廃棄王女と天才従者   作:藹華

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 ルミアちゃんが尊すぎて辛い


世界の裏側と後日談

「……私は絶対に《銀の鍵》を使わないッッッ!」

 

 ルミアはアルスに対して確固たる意志を以て告げる。

 

「………………」

 

 対するアルスは、冷たい眼でルミアを見る。

 

 その眼は、グレンやイヴですら背筋がぞっとするほど冷めていた。

 

「……どうして?」

 

 ルミアへと向き直って、アルスは問う。

 

「……アルス君にいなくなってほしくないから」

 

 あまりに簡単で、それが故に覆すのが難しい理由だ。

 

「結果は変わらないよ。禁忌教典(アカシックレコード)が人の手にある限り、絶対に世界は滅びる……そうなれば、僕だけじゃない……ルミアやイヴさん、システィーナさん、リィエル、グレン先生……全員が死ぬ」

 

「それでもッ!私は……アルス君に……いてほしいよ……」

 

 ルミアは震える声で泣きながら訴える。

 

 アルスは、ルミアの言葉を否定できない。当たり前だろう、アルスも同じことをするだろうからだ。

 

 そして、ルミアはアルスより大人で聡明で賢い。それ以外の方法がないことを直感的に理解しているはずだ。

 

「……なら、願っておいてくれないか?」

 

「……え?」

 

 アルスの言葉にルミアは驚きを隠せない。

 

「ナムルスから聞いたでしょう?魔法は人の純粋な願いを叶えるんだ……だから、願っててくれよ……僕が世界の裏側から戻ってくることを……」

 

 アルスはそう言うが、可能性は限りなく零だろう。世界の裏側は、魔法も魔術も干渉はできないのだから。

 

「だから……《銀の鍵》を使ってくれ……」

 

 そう言って、アルスは頭を下げる。

 

「……い、や……私は……アルス君が……いて、くれれば……それで……」

 

 アルスのその姿を見て、ルミアの目から更に涙が流れてくる。

 

「……大丈夫」

 

 一層、泣き始めたルミアを抱きしめるアルス。

 

「───ッ!」

 

「……頼むよ……ルミア……」

 

「アルス君は、ずるいよ……そうやって……頼まれたら、私が断れないって……知って……」

 

 抱きしめながら頼むアルスにルミアは声を更に震わせながら言う。

 

「……ごめんね」

 

「……《門より生まれ出づりて・───」

 

 ルミアは涙を流しながら呪文を唱え始める。

 

「《空より来たりし我・───」

 

 アルスに対するありったけの願いを込めて。

 

「《第一の鎖を引き千切らん》───ッ!」

 

 そして、ルミアの両手が銀色に輝き、いつの間にかルミアの手には《銀の鍵》が握られている。

 

「ありがとう」

 

 アルスは手短に感謝の言葉を言って、魔力を高め始める。

 

「《体は剣で出来ている・───」

 

 アルスは禁忌教典(アカシックレコード)を閉じ込めるための詠唱を始めた。

 

「《血潮は鉄で心は硝子・───」

 

 ルミアへの感謝と謝罪を込めて。

 

「《幾たびの戦場を越えて不敗・───」

 

 ルミアは生涯、自分を呪い続けるだろう。

 

「《ただ一度の敗走もなく・───」

 

 あのとき、アルスを止めれるのが自分だけだと知っていながら止めれなかった自分自身を……永遠に呪う。

 

「《ただ一度の勝利もなし・───」

 

 イヴは生涯、後悔し続けるだろう。

 

「《担い手はここに独り・───」

 

 自分にアルスのストッパーを務めれるだけの力があればと……後悔し続ける。

 

「《剣の丘で鉄を鍛つ・───」

 

 そして、アルスは消失し続ける意識の中でルミアや自分を受け入れてくれた全ての人に感謝と謝罪をし続ける。

 

「《ならば我が生涯に意味は不要(いら)ず・───」

 

 いつも、身勝手で卑怯でずるい自分を受け入れてくれたことを喜びながら謝罪する。

 

「《この体は・───」

 

 少女は願い、祈る。少女が唯一愛した少年が戻ってくることを……

 

「《無限の剣で出来ていた》───ッ!」

 

 少年は微笑む。少年が唯一愛した少女が、これからは襲われることも脅されることもない、皆で笑い合える最高の人生を送れるのだから……

 

 

 ◆

 

 

「………………」

 

 イヴは内心、やっぱりと思っていた。

 

 イヴは【メギドの火】をアルスが作った世界が飲み込んでいるのを見たから。

 

「……なに……あれ……」

 

 システィーナは驚愕する。

 

 アルスの10節にも及んだ魔術を見て、驚愕していた。

 

 なぜなら、呪文を唱えるとき抱きかかえていたはずの本が、今ではアルスの両手に収まるくらいの丸い球体に飲み込まれているのだから。

 

「……あれが……固有結界……」

 

 グレンは絶句する。

 

 グレンは信じられない。魔術とは、大宇宙すなわち世界と、小宇宙すなわち人と等価に対応しているという古典魔術論である。世界の変化は人に、人の変化は世界に影響を与えるというものだ。

 

 だが、この魔術はそれを根底から覆す。この魔術は言うなれば、自分だけの世界をこの世界に作る魔術だ。この古典魔術論を以て考えるのであれば小宇宙が大宇宙を作っているということだ。

 

「………………」

 

 リィエルは、何も分かっていない。

 

 

 ◆

 

 

「……アルス君……行くよ……?」

 

 ルミアは問う。

 

 今から自分の愛した相手を世界の裏側という未知の世界へと送るのだから。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 アルスは答える。

 

 これから、自分の愛した少女を視ることしかできない……世界の裏側へと行くのだから。

 

「……絶対に……帰ってきてね……待ってるから」

 

 そう言って、ルミアは《銀の鍵》をアルスが支えている丸い球体へと構えてカチリと回す。

 

 禁忌教典(アカシックレコード)ほどではないにしても、固有結界も十分に存在が大きい。そのために強制転移までは少しの時間がある。

 

「……絶対に帰ってくるよ」

 

 可能性の欠片すらないことを満面の笑みで言うアルス。

 

 すると、そこに空から2人の男性が舞い降りた。

 

 いや、正確に言うならば、それ(・・)は人ではなかった。足元は透けている……つまり、霊体だ。

 

『嘘は良くないぜ、後輩』

 

 アルスとよく似た2人で、比較的ワイルドな方が言う。

 

『……そのやり方は、僕もどうかと思うよ……まぁ、僕も同じようなことをしたんだけどね』

 

 穏やかな方がアルスに向かって言う。

 

「「「え?」」」

 

 アルスとアルスと瓜二つな2人以外の全員が驚愕の声を漏らす。

 

 全員、アルスの言葉のどこに嘘があったのか見当がつかないのだ。

 

『……一度でも世界の裏側に行っちまえば、(こっち)側に帰ってくることはできねえ。それがたとえ……魔法であってもだ』

 

 アルスが隠した真実をあっさりバラした、ワイルドな偽アルス。

 

『君は失う辛さを知らなさすぎる……もっとも、僕が言えることではないがね』

 

 アルスに向かって、自虐と説教を同時にする、穏やかな偽アルス。

 

「説教をしにきたのなら、帰ってくれ」

 

 臆することなく、アルスが告げる。

 

『いやいや、オレ達はお前さんに感謝してるんだぜ?』

 

「……………」

 

『お前さんが、その本をメルガリウスから持ち出し、剣を鞘に納刀してくれたからオレ達はここにこれたんだ』

 

『この人が言う通りだよ。だから、これはお礼さ』

 

 穏やかな偽アルスが本物アルスが支えている固有結界を受け持った。

 

「……ッ!?」

 

『ふふっ……こと世界構築とその維持に関しては、僕の方が上だ。なにせ、特性だからね』

 

 固有結界を維持することはそれほど難しいことではない。だが、問題なのは禁忌教典(アカシックレコード)を抑えつけることだ。

 

 本来は膨大な魔力を持つアルスがその魔力を使って禁忌教典(アカシックレコード)を抑えつける。だが、霊体である偽アルス達に膨大な魔力があるとは思えない。

 

 そこで───

 

『オレが、オレという存在概念を使ってこの本を抑えるって寸法さ……あと、世界の裏側へ行く前に1つだけ教えとくぞ?言わなかったら誰も気付けないからな』

 

「………………」

 

 絶句しているアルスに、偽アルスは続ける。

 

『その眼についてさ……どうせ、その眼のことを『禁忌の~』とか『王の選定~』とかって思ってるんだろうが、違うからな……その眼には禁忌もくそもねえ。ただ、愛した女を殺されないように最悪の結末を回避するための眼だ』

 

「……ッ!」

 

『だから、精々幸せに暮らせ……お前さんが愛した女とな』

 

 ワイルドな偽アルスは言うだけ言って、球体の中へ入って行った。

 

 その直後、《銀の鍵》の強制転送が起動し、偽アルス2人と禁忌教典(アカシックレコード)は永遠に表の世界から消えた。

 

 

 ◆

 

 

 誰もが、言葉を失った。

 

 突然の登場だけでなく、突然のカミングアウト。

 

「……はは、本当……最高のお礼だ……ありがとう……」

 

 絶句から立ち直ったアルスは今は消えた偽アルス達に感謝を述べる。

 

「……アルス君、皆に謝ろう?ね?」

 

 ルミアはアルスの手を握りながら言う。

 

 アルスが意外だと思ったのは、ルミアが怒ってないことだ。

 

 ただ穏やかな笑顔で怒りは全く感じられない。ルミアはアルスが生きていることが嬉しいのだ。アルスが自分の前からいなくなる可能性がなくなって、更に自分も襲われることがなくなった……そんなハッピーエンドがただ嬉しいのだ。

 

「……アルス……良かったな」

 

 このときばかりは流石のグレンもアルスに激励の言葉を贈る。

 

「……アルスッ!?さっきの魔術はなにッ!?あんな魔術、私知らないわよ!?」

 

 システィーナは、こんなときでも魔術バカが炸裂し。

 

「……?なに?これで、終わり?」

 

 リィエルは終始何もわかっていなかった。

 

 そんなハッピーエンドで終わ───

 

 

 

 ───らなかった。

 

アルスの背後から、もの凄い怒気を感じるのだ。

 

「……感動シーンのところ申し訳ないけれど……アルス、自己犠牲に対する申し開きは?」

 

 イヴは未だに怒っていたのだ。

 

「す、すいませんでしたァアアアアアアアアアアアアアア───ッ!」

 

 アルスは慌てて土下座する。グレンの固有魔術【ムーンサルト・ジャンピング土下座】の経験を複製したのだ。

 

「大体、貴方は自分で何もかも背負い過ぎなのッ!少しは相談しなさいよッ!バカ!」

 

 そう言って、イヴもアルスの胸に飛び込む。

 

「……貴方が無事で……良かった……」

 

 イヴはアルスの胸でそう呟くのだった。

 

 これで、本当にハッピーエンドだ。

 

 

 アルス(少年)は最後の最後に自分を犠牲にせず、ルミア(少女)を救うという最高のハッピーエンドを成し遂げた。

 

 アルス(少年)ルミア(少女)の物語はここで終わり……

 

 

 ◆

 

 

 結局、アルスの持つ魔眼は監視者(オブサーバー)の力ではなかった。愛した女を殺させないためにはどうすればいいのか……その答えが、アルスの持つ魔眼だった。

 

 代々、魔眼は継承されてきた。世界が魔眼を授けるのではない、魔眼が人を選ぶのだ。その世代の中で、最も女性を愛することができる人物に継承されてきたのだ。

 

 そして偶然、魔眼を継承された少年の愛した女性が《王者の法(アルス・マグナ)》という異能を持つ少女だっただけのこと。

 

 だが、アルスもルミアも、あの少年達も少女達も……これを偶然だとは言わない。これは運命であり、必然だったと……誰もが口を揃えて言うだろう。

 

 でなければ、これだけの条件が揃うことも……誰もが傷つかない幸せな世界になることもなかったのだから……

 

 

 ◆

 

 

 少年少女は成長する。

 

 アルス達は17歳でアルザーノ帝国魔術学院を卒業した。

 

 アルス達の世代は、アルザーノ帝国魔術学院において最も優秀な世代と言われている。

 

 当たり前だ。3日間フェジテを救うために戦闘技能を叩きこまれ、アマチュア軍人と言われたマキシム魔導塾の連中を倒すために、イヴという凄腕の魔術師を相手にした生徒達が優秀でないわけがない。

 

 そのおかげもあって、システィーナは卒業時には第五階梯(クインデ)となり。ギイブルとウェンディは、システィーナには及ばないまでも学生でありながら第四階梯(クアットルデ)に至るという快挙を達成した。

 

 2組の生徒達はシスティーナを筆頭として、全員が第三階梯(トレデ)以上だ。因みにアルスは第三階梯(トレデ)である。

 

 グレン曰く、固有結界を証明すればセリカと同じ第七階梯(セプテンデ)になれるらしいが当の本人は

 

「興味ないです」

 

 とのこと……

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿ね」

 

「馬鹿ですね」

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿ですわ」

 

 アルスの回答を聞いたグレン、イヴ、システィーナ、ギイブル、ウェンディは次々にそう言った。

 

「あ、あははは……」

 

 流石のルミアもこれには苦笑い。

 

 階級とは将来の給料にも影響するものだ。階級が高ければ高いほど給料は高くなる。

 

「しかし、本当にいいのか?ルミアと結婚するなら金はあった方がいいだろう?」

 

 グレンは卒業の日にそう言った。

 

「いいんですよ。ルミアとは一緒に歩いていきたいから」

 

 アルスは微笑みながらグレンにそう答え。

 

「……そうか」

 

 グレンもそれにつられて笑いながら答える。

 

「それに、僕なんかのことを心配してていいんですか?グレン先生だって減給に次ぐ減給でお金余ってないでしょう?」

 

「俺はどうとでもなるんだよ……なにせ、白猫の家からの全面的なバックアップがあるからなっ!」

 

 どこまでもクズである。

 

「《この・お馬鹿ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア》───ッ!」

 

「ぎゃああああああああああああああ───ッ!」

 

「……どこまでも締まらない人だなぁ……」

 

 アルスは、グレンとシスティーナのお遊びを見ながら呟く。

 

「ふふっ、そうだね」

 

 いつの間にか隣に来ていたルミアが言う。

 

「ねえねえ、アルス君……皆で卒業記念に、どこか行こうよ」

 

「……そうだね」

 

 校門前で2組の生徒達は待っている。

 

 

 ◆

 

 

 アルス達が卒業記念に行った場所は2年次生のときに魔術競技祭の飲み会をやった場所だ。

 

「お~い、アルスぅ……なんで、お前が俺らの天使様と結婚すんだよぉ」

 

 酔ったカッシュが、アルスに寄って来た。

 

「それが運命だからさ」

 

 似合わない言葉だとアルス自身思っているが、それ以外の答えを持っていないのも事実だ。

 

「お前、ルミアちゃんを幸せにしなかったらぶっ殺すからな~」

 

「そうだぞ、1回でも泣かせたら承知しないからな~」

 

「と、当然だよ」

 

 割とマジな声で言ってくる男子生徒達にアルスは若干引き気味である。

 

 

 ◆

 

 

 ルミアはというと。

 

「ル~ミ~ア~」

 

「し、システィ!?」

 

 酔ったシスティーナに絡まれていた。

 

「絶対にぃ、アルスにぃ、幸せにしてもらいなさいよぉ~?」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 ルミアはアルスの彼女ではあるが、まだ結婚はしていない。

 

「アルスぅ~アンタにぃ~ルミアを娶るぅ~権利をあげるわぁ~」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 ◆

 

 

 アルスは学院を卒業し、本格的に帝国の宮廷魔導士団特務分室のメンバーとなった。そのため、資金面では問題ない。

 

 何より、アルスには暗殺者時代のお金がたんまりと残っているので最初から問題がないといえばない。

 

 ルミアと結婚、ひいては同棲するために最も困難なのは……レナード=フィーベルの説得だ……

 

 と、いうわけで……アルスは今フィーベル邸でレナード、フィリアナ、システィーナ、ルミア、アルスの5人で話している。

 

 システィーナがいる理由は説得の補助だ。

 

「……アルス君……だったか。私はね、娘達を愛している……そんな娘が君のことを本気で愛していることくらいは分かる。だが、私は親として聞かなければならない……君にとってルミアとは何だ?」

 

「……大切な人です……いつも、隣に寄り添ってくれて……いつも、無茶をする僕を止めたり、癒したりしてくれる……言葉では言い表せないほどに、大切で、かけがいのない人です」

 

「……次にルミアのことをどう思う?」

 

 質問がほぼ同じな気がした。

 

「愛しています。世界で1番……誰よりも」

 

「何を言ってるんだ貴様はァ!?ルミアを最も愛しているのは、この私だッ!」

 

「え……え?」

 

 何を怒っているんだ……?とアルスが思っていると。

 

「ごめんなさいね?この人ったら、娘たちのことになるといつも暴走して……ほら、大丈夫?あなた?」

 

 レナードを絞め落としながら言う。

 

「「あははは……」」

 

 アルスとルミアは苦笑い。

 

「でも……アルス君がルミアを愛していることは分かったわ。この人は私が説得しておいてあげる」

 

 フィリアナはアルスにそう言ってくれた。

 

 

 ◆

 

 

 時は過ぎて、卒業から1ヶ月が過ぎた頃。

 

 システィーナやグレン、イヴ、アリシア七世など、色々な人達に招待状が届いた。

 

 内容は『この度、アルス=フィデスとルミア=ティンジェルは結婚します。1週間後、結婚式を開くので是非来てください』だ。

 

 この1週間後というのは、アリシア七世が参加できる日だ。ルミアのウエディングドレスを見たいという親心をアルスが考慮した結果だ。

 

 

 1週間後

 

 アルスは新郎控え室で妙な緊張感を持ちながら椅子に座っている。

 

 すると───

 

「ちったぁ落ち着けよ……」

 

 妙にそわそわしていたアルスを見て、そう言うグレン。

 

「いやぁ……結婚って、妙な緊張感がありますよね……落ち着けませんよ」

 

「まぁ、その歳で、しかも自分の意思で結婚するなんてあんまないだろうけどよ……落ち着け……キモイぞ」

 

「……キモイとは失礼な……」

 

「ようし、落ち着いたな……入ってきていいぞ」

 

 グレンがそう言うと、ウエディングドレス姿のルミアと付き添いのシスティーナが入ってきた。

 

「……ど、どうかな?」

 

「………………」

 

 アルスは言葉も出せない。

 

「あ、アルス君……?」

 

 ルミアが近づいて顔を覗いてみると。

 

「……先生……僕、死んでもいいかもしれない」

 

「ダメだよ!?」

 

 アルスの呟きに、ルミアが慌てて否定する。

 

 グレンとシスティーナは呆れている。

 

 

 ◆

 

 

 結婚式は開始され、今は新婦の入場だ。

 

 ヴァージン・ロードをグレンのエスコートのもと、歩いてくるルミア。

 

 今、この場においてルミアに見惚れていない者などいない。ルミアの母であるアリシア七世すらもウエディングドレス姿のルミアに見惚れていた。

 

 ルミアもアルスのいる祭壇の前に立つ。

 

「愛は寛容にして慈悲あり……愛は妬まず、愛は誇らず、見返りを求めず……只、己が身と魂を汝が愛する者へ捧げよ。さすれば───」

 

 全員起立からの讃美歌斉唱、アルベルト元司祭による聖書朗読……

 

 式は何の滞りもなく粛々と進んでいく……

 

「───ゆえに愛とは闘争である。今、此処に不変の愛を立てたからと安寧に浸ってはならない。今日という人生の幸福なる門出は終わりに非ず、始まりである───」

 

 粛々と進んでいく。

 

「これより、汝らの歩む先は、あらゆる艱難辛苦が魔の声となりて、汝らの心に囁き、汝らの愛を試すだろう。汝らは魂の闘争を以て試練に打ち克たねばならない。互いに寄り添い、愛を信じよ。愛を守り、家族を守るべし。愛とは闘争である───」

 

「アルス=フィデス。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、ルミア=ティンジェルを妻とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、ともに支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 アルスは迷いなく宣誓する。

 

「ルミア=ティンジェル汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、アルス=フィデスを夫とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、ともに支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 ルミアも迷いなく宣誓する。

 

「我、主の御名において、この式に参列する者に今一度、問い質さん。汝らはこの婚姻に讃するか?この婚儀に讃し、祝福せし者は沈黙を以てそれに答えよ……」

 

 沈黙。

 

「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立ち合いの下、今、此処に2人の誓約は為された。神の祝福があらんことを……」

 

 アルベルト司祭の締めの詞も終わり、次は指輪の交換だ。

 

「指輪の交換を」

 

 アルスはリングガール……ガール?であるイヴから指輪を受け取り、ルミアはシスティーナから受け取る。

 

 アルスは、自分の手とは違う、柔らかくて小さい左手の薬指に指輪をはめる。

 

 逆にルミアは、自分の手とは違う、硬くて大きい左手の薬指に指輪をはめる。

 

 ルミアの顔はヴェールに覆われているが真っ赤であることは分かる、アルスは隠すものもないため平然を装っているが真っ赤だ。

 

「それではヴェールアップと誓いのキスを」

 

(え?)

 

 アルスとルミアの内心はこれだ。結婚式のときにするか迷い検討した結果、人前でやれば後に悶えることが分かっているので却下したはずだが……

 

 客席をちらりと見れば、アリシア七世とイヴが笑っている。

 

(主犯はイヴさんと陛下か!?)

 

 アルスは内心焦る。

 

(お、お母さん……流石に恥ずかしいよぉ……)

 

 ルミアは羞恥で更に顔を赤らめ。

 

「誓いのキスを」

 

 ヴェールアップすらしてないのに、誓いのキスをだけを言うアルベルト。

 

「……あっ……」

 

 ヴェールアップすると、ルミアが小さい声を上げた。

 

 ルミアの顔は、それはもうトマトのように真っ赤で……

 

「……いくよ……?」

 

「……う、うん」

 

 そう言って、ルミアの肩に優しく手を置いて唇と唇を合わせる。

 

「「「おお───ッ!!!」」」

 

「「「きゃ───ッ!!!」」」

 

 元2組の生徒達から歓声が上がる。

 

 だが、アルスとルミアはキスのせいで顔が更に赤くなって、意に介せない。

 

 こうして、アルスとルミアの結婚式の1次会は終了した。次は2次会だ。

 

「アルス!お前、男だったぜ?」

 

「うん、ありがとう……」

 

 カッシュ達がアルスの精神をごりごり削っていく。

 

 因みにルミアは未だに赤面して悶えている。

 

「る、ルミア?大丈夫?」

 

「恥ずかしかった……恥ずかしかったよぉ……」

 

 その後は、特に何事もなく……いや、あった。

 

 2次会で用意していた高級肉料理と苺タルトだけが、2次会開始3分で消えた。

 

 犯人はグレンとリィエルだ。

 

 まぁリィエルは良しとしよう、苺タルトはリィエルのために用意したようなものだから。だが、肉料理に関しては皆で食べようとしたのだ。

 

 よって、グレンは死刑。

 

 カッシュの証言曰く肉料理に近づいた人を片っ端から『グルルル……』と脅していたらしいので死刑だ。

 

「なんで俺だけなんだよ!?リィエルだって、苺タルト全部食っただろ!?」

 

 グレンは、そう訴えるが。

 

「リィエルは可愛いっ!アンタは男……これが真理だ」

 

「「「そうだ!そうだ!」」」

 

 カッシュを筆頭に2組の男子生徒がグレンを取り囲む。

 

 グレンvsカッシュ達2組の男子生徒が始まった。

 

「……頼むから、式場は壊さないでくれよ……?修理代全部僕にくるから……」

 

 アルスの言葉を聞いてくれたのか、全員初歩の汎用魔術で戦ってくれている。

 

 その後、【愚者の世界】を使ったグレンにカッシュ達がやられるのであった。

 

「ま、俺に【愚者の世界】を使わせたことだけは褒めてやるよ」

 

 グレンは格好つけながら、そう言う。

 

 

 

 

 結婚式の翌日。

 

 アルスとルミアは新しく買った家にいる。

 

 アリシア七世とフィーベル家から、結構な額のお金をもらったが一切使っていない。

 

 貰ったお金は子どもができたときに使うつもりだ。

 

 流石に、17、18で子どもを作ろうなんて考えていない。

 

 ゆっくり、ゆっくりでいいのだ。アルスとルミアには時間があるのだから。

 

 

 ◆

 

 

『……まぁ、オレ達にできなかったことをやってくれたアルス(少年)には良い褒美だろう……』

 

『……良かったんですか?いいところを取っちゃいましたけど……?』

 

『いいさ。それに、せっかく手に入れた幸せを捨ててまで、ルミア(少女)を救おうとしたんだ。オレ達が動く価値はある』

 

『……………』

 

『それに、お前もアルス(少年)には幸せになって欲しいだろう?』

 

『……そう、ですね……僕達はできなかったことですから……』

 

『なら、それでいいのさ』

 

『……そうですね』

 

 

 ◆

 

 

「アルス君、大好きだよ」

 

「僕も大好きだよ、ルミア」

 

 この先、少年少女は穏やかな人生を送っていくだろう。

 

 少女を縛るものを少年が全て壊したのだから……

 

 少女は少年を愛し続ける。自分を愛し、自分のために全ての謎を解き明かした少年を……

 

 少年は少女を愛し続ける。自分を愛し、守り続ける。少年という人間を初めて見てくれた少女を……




 この『廃棄王女と天才従者』のテーマ曲?というか、合っている曲というものがありまして……『feels happiness』という曲なのです。個人的にはこれが一番合っていると思います。是非、聞いてみてはいかがでしょうか?

 そして、初期からこの作品を見てくださっている方々……途中から見始めた方々、最近見始めた方々……誠にありがとうございます。

 何かリクエストがあれば、じゃんじゃんください。できるだけ、やってみます

 あ、イヴさんヒロインルートは書きますから安心してください。

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