無銘がアレスと名乗り始めて、1年と半年が経過した。
その間は、イルシアのジーンコードを元に作られたリィエルが来て驚いたり、ジャティスが王家に対して叛意を翻したりなどなど……色々あった。
そして、アレス達特務分室の今回の任務は帝国の魔術師達を片っ端から殺して回っているジャティスの始末、もしくは確保だ。
ジャティスの始末に投入される戦力は、グレンとセラだけ。他の特務分室メンバーは各地にいる、天使の塵によって廃人となった人の始末に回された。
その作戦を伝えたイヴはとても泣きそうであり、辛そうだった。分からないでもない。
イヴにとって、素直に話せる人物はセラとアレスだけ。そんなセラを死地へと向かわせるのは酷なことだ。それも、父親であるアゼルの命令によって……
バーナードもアルベルトも他のメンバーも、何か言いたげだった。皆、心の底では理解しているのだ。このままでは、セラかグレンのどちらかが死ぬことを。
だが、誰も何も言えなかった。戦いには犠牲が付き物だと、この場の誰もが理解しているから。それは理想主義者であるグレンも同じだ。
そんな感じで、あまりよくない雰囲気の中、作戦が開始された。
◆
この作戦は、基本
アレスのパートナーはアルベルト。お世辞にも仲が良いとは言えないこの2人だが、パートナーとしての相性はむしろ良い方なのだ。
「……お前はこの作戦をどう考える?」
天使の塵中毒者がいると思しき場所へ向かっていると、アルベルトが突然聞いてきた。
「どう、とは……?」
「そのままの意味だ。俺はどうも、腑に落ちない」
「こんな捨て駒みたいな作戦のことですか?」
「ああ。
「イヴさんのこと、信頼しているんですね」
「作戦立案と指揮において、あいつ以上に秀でている者は特務分室にはいないからな」
アルベルトは、だが……と続ける。
「この作戦は、どうも別の人物が考えたように思える」
「アルベルトさんって、よく周りを見てますよね」
「……図星か」
「はい、この作戦はイヴさんが考えたものじゃありません。こんなやり方をするのは、イヴさんの父親でしょうね」
「なぜ、止めなかった……?少なくとも、お前ならイヴを止められたはずだ」
「イヴさんが勝手に作戦を変更すれば、イヴさんの父であるアゼルが怒り狂って何をするかわからないもんで……」
「……一理ある、か……」
「ま、僕は勝手にやらせてもらいますけど」
「……どういう意味だ?」
「セラさんやグレンさんがピンチになると分かった時点で、この場所を捨てます」
「…………………」
「この場所は所詮、囮ですし……何より、あの2人にはもっと幸せになってもらいたいから……」
「……お前も変わったな」
グレンとセラに尊いものを見据えているアレスにアルベルトは少しだけ笑いながら、そう言った。
「変わったんじゃなくて、
アレスにとって特務分室は中々に居心地のいい場所だ。面倒見のいいおじいさんみたいなバーナード。同世代なだけあって、割と話しやすいクリストフ。真面目過ぎてバーナードにからかわれるアルベルト。お互いに持ちつ持たれつのグレンとセラ。
そして、最初は気の強い女だと思っていたけれど本当は寂しがり屋で面倒見の良いお姉さんのようなイヴ。
◆
特務分室での思い出はアルスの宝物だ。特にグレンとセラの兄妹のような……それでいて、姉弟のような関係が好きだった。
その2人は、きっと
だが、ルミアを守る中で他人を頼ってしまったアルスがルミアと
大して頑張ったわけでもなく、大した功績を残したわけでもない。そんなアルスが誰かを頼ってしまった……そんな事実が、アレスの心を蝕んでいく。それを止めてくれたのが、イヴだった。
イヴはアルベルトにアルスの心が摩耗していることを聞いたのだろう。ここからはアルスの予想だが、本来のイヴなら見捨てたはずだ。心が摩耗していく駒など、イヴにとっては欠陥品に他ならないのだから。
だが、イヴはアルスを救った。その理由は知らない、知る必要すらない。救ってくれたという事実がある以上、アルスはその分だけは働く。
……それが、
◆
アレスとアルベルトは他愛ない会話をしながら、天使の塵の中毒者達がいると思しき場所へと向かっていると。
「……来たな」
「……どうやら、そうみたいですね」
アレスとアルベルトが見る方向には、中毒者達がいた。
10や20ではない。明らかに、数百を超えているだろう。
「《貫け閃槍》」
「《
アルベルトは【ライトニング・ピアス】を、アレスは投影魔術を使う。
「アルベルトさん、後衛よろしくお願いします」
「ふん」
アレスの言葉にアルベルトは鼻を鳴らすだけだが、これがいつも通りだ。
アレスが前衛で中毒者を相手しつつ、アレスの処理しきれなかった分を後衛のアルベルトが倒す。
中毒者の残りが数十に減ったタイミングで。
「……視えた……ッ!アルベルトさん、後お願いします!」
そう言って、アレスはイヴのいる場所へと向かって行った。
◆
「……セラ、大丈夫か?」
「……うん、何とか……でも、魔力は底をつきそう……」
「……まじで絶望的な状況だな……」
グレンとセラの先には、膨大な量の中毒者がいる。魔力も尽きかけているグレン達にはどうにもできない……まさに、絶望という言葉が相応しい。そんな光景だ。
強行突破も難しく、かと言って全部を倒しきるだけの力が余っているわけでもない。
後ろも、横からも、全ての方角から中毒者達の声が聞こえる。
グレンだけなら逃げ切ることも不可能ではない。だが、魔力が尽きかけているセラがいるのでは無理だ。
それでも、グレンはセラを見捨てないだろう。自分の唯一愛した女を見捨てるような男であるなら、アレスはグレンに失望するだろう。
グレンは、セラを庇いながら中毒者達を殺していった……
◆
アレスは一度、イヴの元へ戻った。
いかにイヴに借りがあるアレスといえども、これ以上、イヴが父親の言いなりになることを許容することはできない。
この場合、父親であるアゼルを責めるべきなのだろうが、それに反抗しないイヴもイヴだ。だから、アゼルは調子に乗って人としての過ちを犯す。
そして、緊急対策会議室へ着くと。
「そんな、父上ッ!どうして!?ここは《
「ならぬ。彼奴らは所詮、イグナイトたる我らの駒に過ぎぬ。貴様は裏切り者の《
イヴとアゼルの会話を聞いてしまった。
「《
アレスの言葉でアゼルとイヴはこちらを向く。
イヴは希望と期待の眼差しで、アゼルは嘲笑と蔑みの目で見てきた。
「……殲滅したのなら、もう用はない。帰っていいぞ」
「了解した」
そう言って、アルスは普通に帰ろうとした。
「え……?」
イヴは自分の想像していた展開にならず、思わず声を出す。
「どうかしましたか?」
「…………………」
イヴは今にも泣きそうな表情でアレスを見ている。それは期待ではなく、失望あるいは絶望の目だ。
「……イヴさん、貴女の望みを聞きたい」
「私の、望み……?」
「この際だからはっきり言おう。君は感情を表に出すことが下手くそで、いつも自分の心とは正反対のことばかりを口にする……でもね、僕は君の口から
「……わ、私は……イグナイトのために……」
「……はぁ……これなら話せるかな?」
アレスはそう言って、ずっとアレスとイヴの会話を聞いているアゼルに向かって全力の手刀を放つ。
「お、お父様!?」
気絶したアゼルを見て、イヴが慌てる。
「もう1度だけ聞く、君はどうしてほしい?」
「…………………」
「君の父親が聞いてるわけじゃない、今指示を出すなら僕の独断専行ということでお咎めはないだろう」
「……わ、わたし……は……」
「このまま、セラさんが死ぬとしても……僕には待機を出すか、セラさんを生かして僕を向かわせるか……君はどうしたい?」
「……せ……」
「せ?」
「セラを……私の唯一の友人を助けて!」
「……やっと、素直になったな……」
そう言って、アレスはセラとグレンの元へと向かって行った。
◆
「思ったより時間を取ったな……」
アレスの予想では、もう少し早くイヴは改心すると思ったのだがアゼルがその場にいたことが原因なのか少し遅れてしまった。
そんなことを思っていると、アレスの邪魔をするかのように中毒者が現れた。
「汝らの次の生に祝福あれ……《
アレスは救えなかった中毒者達に祝福を送り、彼らを天に還した。
「グレン先輩!セラさん!」
その先にいたグレンとセラを見て、慌てて向かう。
「なんで、お前が……」
「イヴさんに言われたんですよ、セラさんを助けてって」
「俺は無しかよ……」
「素直になりきれてないだけですよ、許してあげてください……それよりもセラさん、あと何回魔術を使えますか?」
「1回くらい……かな……?頑張れば2回いけるかもしれないけど……」
「グレン先輩は?」
「『イヴ・カイズルの玉薬』が3発とC級が2発ってとこだな」
「……それではジャティスさんを倒すのは難しいですね」
「ああ……だからイヴには応援を寄越せつったのに、来たのは
「……なら、作戦失敗ってことで帰りましょうか」
「……あいつが素直に帰してくれるとは思えないんだが……」
「囮作戦でいきましょう。僕が時間を稼ぎます、グレン先輩はセラさんを連れて逃げてください。セラさんは敵に囲まれた場合の援護にのみ魔術を使ってください」
「ちょ、ちょっと待て!お前が残るだと!?」
「はい、僕は
「お前だって知らないわけじゃねえだろ、
「
「有り得ねえだろ、人間には自由意志ってものが───」
「人間の意思や感情すらも、脳内電気信号と生体化学反応の集積……でも、これには1つの弱点があります」
「未来予測に弱点なんてねえだろ!?意思や感情すらも予測できるなら弱点なんてねえ!」
グレンはそう断言する。
「いいえ、人は時に自分の限界を超えます。ジャティスさんはそれを『人の強き意思』と呼んでいましたが、それさえ出来れば、ジャティスさんの
「……だ、だがよ……」
「セラさんを救いたいなら、逃げるべきです」
「…………………」
「グレン先輩、卑怯な言いかたで申し訳ないんですけど……初めて愛した女性と後輩、どちらを選ぶかなんて決まっているでしょう?」
「ばっ!バカッ!俺は───」
「あ、アレス君……こんなときに何言って……」
グレンもセラも顔が真っ赤だ。
「……先輩、そういうことです。セラさんと一緒にイヴさんのところへ行ってください、囮は僕がやります。異論反論文句は一切受け付けないので、ご了承ください」
「アレス」
「先輩……異論は───」
「異論じゃねえ、忠告だ。お前も素直になれよ」
グレンはそれだけ言って、セラをお姫様抱っこし走って逃げた。
「……素直になれ……か……」
「やあ、久しぶりだね、アレス……いや、アルスと呼ぶべきかな?」
「どっちでもいいですよ、ジャティスさん」
「自分の名前がバレたのに、驚きもしないんだね?」
「別に、貴方や天の智慧研究会の人達が本気で調べれば僕の名前くらい、すぐにバレますし」
「僕は君に敬意を表するよ」
「…………………」
「君の
「正確には未来視ですけどね」
「そうだとも、君の魔眼と僕の
「……協力してくれってことですか?」
「まあ、そうしてくれた方が嬉しいのは事実だが違う。僕は君を
「…………………」
「君がいるだけで、全ての人は『強き意思』を得てしまう。君という存在が人の輝きを
「……要は、僕がいるだけでジャティスさんの【ユースティアの天秤】が狂わされると……それが、我慢ならないと」
「まあ、そういうことだね」
「僕からも一言いいですかね?」
「ああ、遺言として聞いてあげるよ」
「アンタのつまらない正義とやらで
「僕の正義を語るなよ、ガキが……決めたよ、お前は絶対に殺す。その信念も、その理念も、そして、その存在も全てを消し去ってやるよ」
「全てを原初へ還してやる……その存在ごと」
こうして、ジャティスとアレスの戦いが幕を開けた……
あ、圧倒的にルミア成分が足りない!でも、ルミア成分を補給するための物語が足りない……物語作らなきゃ(使命感)