最近では、胃腸炎が流行っているらしいので皆様お気をつけください。
今回はリハビリと
全部
アルス君は、まだ自分を律する前だから一人称は『俺』です。
1人の英雄と1人の聖女
アルスとルミアが結婚して、家にあった私物を新居へ持ち込んだときに段ボールから1つの柄が落ちた。
アルスは
「なに、それ?」
横からルミアが顔を覗かせている。
「ん?これかい?これは、まだ僕がルミアの従者じゃなかった頃の思い出の品さ」
「聞かせて!」
「え……」
「だって、それが
「……じゃあ、話すか」
そう言って、アルスは語り始める。
それは、遠い過去の記憶。
まだ、アルスがエルミアナの従者ではなく、ただのアルス=フィデスだったときの頃の記憶だ……
思い返せば、最初は単純に剣が好きだった。そして、剣が好きだったから、『メルガリウスの魔法使い』に出てくる、《魔煌刃将》アール=カーンに憧れた。
彼は正義とは全く別の道を選んだが、ただ1人……たった1人、己が真に忠誠を捧げるべき相手を求めるという強い意志に憧れた。正義も悪も関係ない、ただ自分が守りたい忠誠を誓いたい……そう思う相手の為に剣を振るう。そんな信念に憧れたのだ。
両親が剣を生み出す鍛冶師だったから、より一層強くそう思うようになったのかもしれない。
だが、そんなアルスの憧れは齢5歳にして消え去った。たまたま王宮へ来た魔術師に、アルスの保有する
帝国政府は早速アルスの両親に魔術師として育てないかと打診した。両親はアルスの意思に任せると言い、アルスは剣を学びたいと言ったが、帝国政府はアルスのような有用になりそうな魔術師を放ってはおけず、アルスの意思を尊重することなく幽閉という形でアルスの言葉をもみ消した。
だが、アルスはどれだけ魔術を習っても使うことができなかった。
そして、魔術師達は
『万物の複製・投影』やコピーなどの
アルスが悪いわけではない、帝国政府は勝手にアルスに期待し勝手に失望したのだ。
アルスがそれを両親に言うと。
『魔術の才能がなくてもいいじゃないか、俺達はお前を魔術師にしたいわけじゃない。お前はお前のやりたいことをやれ、これはお前の
『私達はね、あなたに自由に生きてもらいたいの。私達は、あなたが才能のない魔術師になっても、才能のある剣士になっても、どっちでも構わない。でもね、後悔はしないようにしなさい。くじけてもいい、泣いたっていい、時には道を間違えてしまうこともあるかもしれない。でも、後悔だけはダメよ。それだけは、あなたの人生全てを否定する言葉だから』
アルスの両親は優しかった。
だからこそ、アルスはもう少しだけ魔術を頑張ろうと思ったのだ。
そこから、アルスは頑張った。人一倍努力して、ルーン語の文字に含まれる意味まで全てを暗記した。だが、それはアルスの努力だけではない。その頃から、魔眼は
このときのアルスは、自身に魔眼が宿っているなんて知る由もない。自分の眼の色なんて自分では分からないし、人一倍努力を重ねていると自覚しているからこそルーン語を視れば意味が頭の中で浮かんでくる……そう錯覚してしまっていたのだ。
そのおかげもあって、【ショック・ボルト】程度であれば起動できるようにはなった。だが、威力は弱いし射程は短い。普通の魔術師達が使う【ショック・ボルト】と比べることすらおこがましいほどに。それでも、魔術を起動できた……その事実が堪らなく嬉しかった。
だからこそ、このときのアルスはきっと……
たった6歳しか生きていない子どもが両親に甘えるのは当たり前だ。だが、もしも……その両親がいなくなったら?唯一、甘えることのできる両親を失ってしまったら?───
───答えはそう難しくない。泣く。これは、子どもに限らず大人でもそうだ。自分を育ててくれた、この世に2人しかいない両親を亡くせば泣いてしまう。
アルスはアリシア七世直々に呼ばれて、アルスとアルスの両親が暮らしている寝室へと向かった。そこには、円卓会にいるメンバーやセリカなどの大物もいた。そんな人物すらもアルスの眼には止まらない。なぜなら───
───そこにあったのは、アルスの両親が無残に殺されていた光景だったからだ。だが、アルスは泣かなかった。感情を必死に殺した。他の誰にも、本人であるアルスですら分からないように……
アルスは、両親の近くにある折れた剣を拾い上げる。業物ではあるが、折れている以上使い道はないだろう。
その折れた剣は、アルスの心を的確に表現していた。これからも、
1週間後に迫っている『従者選定の儀』だが、今のアルスに勝つ気などない。
「……結局……魔術師は何がしたいんだよ……ッ!勝手に期待して、勝手に失望して……勝手に人から幸せを奪っていく……ッ!」
「……………………」
アルスの言葉に誰も言葉を返すことなどできない。事実は違う。クズじゃない、人格者である魔術師だっている。だが、それを理解するにはアルスは、あまりにも若すぎた。
「……アルス、ご両親のことについてはお悔やみを……そして、ご両親を守れず申し訳ありません」
アリシアの謝罪と同タイミングで、王室親衛隊や円卓会、セリカなどが一斉に頭を下げる。
「……………………」
だが、アルスはそんなアリシア達に目もくれず声を出しているかすら分からないような声でぶつぶつと何かを言っている。
「……陛下の謝罪を無下にするなど……ッ!」
親衛隊の数名がアルスに向かって剣を抜くが。
「おやめなさいっ!」
アリシアがそれを制する。
誰もが自覚しているのだ。この場にいる全ての人間は、アルスから糾弾されても仕方がない……それだけの失態を犯してしまったのだ。
天の智慧研究会が帝国内部にいることは知っていた。分かっていたが、アリシア達は油断していた。
まさか、宮廷専属の鍛冶師であるアルスの両親の護衛をしていた親衛隊のメンバーが天の智慧研究会の者だとは知らなかったのだ。それと同時に、知らなかったでは済まされない問題でもある。
「……これは、敵の潜入に気付けなかった我々の不手際だ……すまな───」
「謝らなくていい。謝られたところで、どうにもならないことだから」
ゼーロスの謝罪を遮ってアルスはそう言った。
アルスは少し魔術を習った程度だが、魔術でも死者蘇生ができないことを知っている。
アルスは決めつける。ゼーロスの謝罪も、セリカの謝罪も、アリシアの謝罪でさえも、結局は自己満足なのだ。
アルスからすれば、謝られたところで得られる物などなく、逆に傷口を広げるだけだ……両親が死んだことについては、いつかは向き合わなければならない事実だ。でも、今はそんな事実を真っ向から受け止めるだけの余裕がない。
「……もうどうでもいい。剣も魔術も……どうせ、全部”人殺しの道具”だ。そんな物を学ぼうとした俺がバカだった」
そう言って、アルスは折れて落ちていた剣も付箋をびっしり付けていた魔導書も全部を投げ捨てて宮殿から出ていった。
護衛に付くと言った衛士達もいたが、アリシアが止めた。1人で状況を整理する時間が必要だと思ったのだ。
◆
そして、むき出しになった自分は……どうしようもなく、空っぽだった……
「…………………」
「君、大丈夫?」
アルスが歩いていると、1人の少女に出会った。
黄金のような髪色の綺麗な女性だった。
アルスはそんな女性を虚ろな目で見て、すぐに躱す。
「え!?ちょ、ちょっと待ってください。今、私のこと見ましたよね!?何で無視するんですか!?」
無視して躱したアルスに困惑しながら止める女性。
「……何か用ですか?」
「いえ、用と言うほどのことじゃ……って、なんでもう行こうとしてるんですか!?」
「用がないのであれば、別にいいじゃないですか」
「う~~っ!分かりました!用があるので着いて来て下さい!」
「……新手の誘拐か何かですか?」
「ええ!?な、なんでそうなるんですか!?」
「……俺は、あなたに会った記憶がないので用も何もないと思うんです」
「……わ、私はただ……君が酷く悲しい表情をしていたから……」
「心配のつもりですか?やめてくださいよ、そうやって善人ぶるのは」
「ぜ、善人ぶってなんか……」
アルスもこれが八つ当たりであることを理解している。だが、1度スイッチが入ってしまって止められないのだ。
「なら、何故見ず知らずの俺のことを心配するんですか?」
「……私にそっくりだったからです」
「…………………」
意味が分からない。アルスとこの女性で似ているところなんて1つもない。今のアルスは自分でも酷い顔をしていると思う、だがこの女性は心配そうな顔だ。似ても似つかない。
「そういうところも私にそっくりです」
「……俺がなんて考えたのか分かるんですか?」
「私と君で似ているところなんてないって思いませんでした?」
「……なんで、わかったんですか?」
「単純に、経験者だからですよ。私も」
「……そう、ですか……」
「とりあえず、着いて来て下さい。少なくとも私は、君を放置することができないので。着いてこないのならおぶりますよ?」
「……分かりましたよ」
◆
その後、アルスは女性の住んでいるであろうアパートについた。
女性の見た目的に貴族だと思ってしまう。
だが、女性の住んでいるアパートは本当に普通のアパートだった。豪華でもなければ、貧相でもない。
「お腹は減っていませんか?」
「あ、いえ……お、お構いなく?」
まだ子どもなので、敬語もあやふやだ。
「……無理して敬語を使う必要はないんですよ?私は別に、気にしませんから」
「……ありがとう」
そう言いながら、アルスは部屋を見回す。辺りには魔石が少しだけ置いてあった。
「……名前、なんて言うんですか?」
「ジャンヌです。そういうあなたは?」
「アルスです……ジャンヌさんは、魔術師なのですか?」
「……はい。正確には、魔術師
「やめたんですか?」
「理由は色々ありますが……1番は、魔術を
「どういうことですか?」
「私は魔術が大好きなんです。特に白魔【ライフ・アップ】が……こほん。
「……全部が嫌になったから……」
「……どういうことですか?」
アルスは全てをジャンヌという女性に話した。
自分の両親が凄腕の鍛冶師だったこと。
帝国の魔術師達に魔術師となることを強制させられたこと。
両親が天の智慧研究会によって殺されたこと。
そのショックから宮殿を飛び出したこと。
それを聞いた、ジャンヌはアルスを抱きしめた。
「……あなたが見たもの、体験したものと似たようなことを私も見たことがあります」
「……あなたが……?」
「ええ……今のあなたは、きっと魔術師だけではない、人間を憎んでいる……あるいは、嫌っている。そうでしょう?」
「…………………」
「どうしようもない非道を、あらゆる言い訳でやってのける残酷さ……それは確かに、人間の中に存在します」
「…………………」
「……そして、それは私も例外ではありません」
「……え?」
「……神の声を聞かなければ、私は自分の思う信念のために人を殺めた……のかもしれません」
「……信……念……」
「アルス君……それでも、人間を見限らないでください。……そういうものだなどと、諦めないでください」
ジャンヌはアルスに懇願するように言い、アルスはジャンヌの言葉を真摯に受け止めている。
「人に冷めることは簡単で、人を憎むことはもっと簡単で……でも、人を愛し続けるのは難しいことだから……」
「……あなたは、
「……いいえ、1人ではありません。私にだって、辛いときや折れてしまいそうになったときはあります……ですが、その度に私は色々な人に支えられ救われてきたのです」
「……救われた……?」
「はい。悲しいことに人とは弱い生き物なのです。1人で生きることすらできないほどに……弱いのです。だから、誰かに支えてもらわなければならない。だから、誰かに助けてもらわなければならないのです」
「誰か……」
アルスはそう呟いて、顔を伏せる。
話を聞いたジャンヌも知っている。今のアルスには頼れる人も助けてくれる人もいないのだ。だからこそ、普通の人よりもこの言葉は響いただろう。
「……助けてくれ
「え?」
予想外の回答にジャンヌは困惑する。
「だ、誰ですか?」
ジャンヌの質問にアルスは口ではなく行動で示した。そして、アルスが示したのはジャンヌを指す一本の人差し指。
「…………?」
ジャンヌは何故指を指されているか分かっていない。
「……ジャンヌさんですよ。貴女は道端で悲しんでいる見ず知らずの俺を助けてくれた」
「……そ、それはその……あり、がとう…ございます……」
「……お礼を言いたいのはこっちの方だ。貴女のお陰で分かったことがある」
「……………?」
「俺は不幸であっても最悪じゃない……ということだ」
「───っ!」
「貴女の話を聞いて思ったんだ。本当に最悪なのは、全てを失うことだ。大切な人も自分も……全てを失うことが、最悪なんだ。だから俺は、最悪じゃない」
まるで、自分を元気づけるかのように……そう呟くのだった。
目に見えて落ち込んでいたアルスは元気になった。子どもだから影響を受けやすい……ということもあったのだろう。
「……これから、どうするのですか?」
「……あ、あの……ず、図々しい願いなのですが……」
「良いですよ」
「……まだ、何も言ってませんけど……」
「私の言葉を真摯に受け止めた貴方が間違ったことを願うなんて思ってませんから」
「……その考え、絶対に捨てておいた方がいいです。いつか、騙されますよ」
「ふふっ、それで?お願いとは何ですか?」
「俺に魔術を教えてほしいんです……できれば、泊まり込みで……」
「え、そ、その……と、泊まり込みは……」
「……でも、さっきは良いって……」
泣きそうな顔で訴えるアルスにジャンヌは少し悶えて。
「……分かりましたよ」
「ありがとうございます!」
アルスは承諾してくれたジャンヌの評価を改める。彼女はアルスを善人ぶって助けたのではない。彼女は
アルスがジャンヌに魔術を教えてもらったのは、別に魔術が好きになったとか、そんな理由じゃない。
ただ、足掻こうと思ったのだ。親は殺された。でも、自分が生きている限り最悪ではない。ならば、最悪にならないために……殺されないために力を欲しただけだ。
そして、1人でいい……1人でいいから、大切な人を見つける。アルスはジャンヌという女性のように、全ての人を平等に愛するなんて無理だと思う。
だから、1人でいいのだ。そう、《魔煌刃将》アール=カーンのように……
その大切な人を見つけるための1歩が『従者選定の儀』の景品である、王女の従者という立ち位置だ。まずは、王女がどのような人物か知ってアルスが忠義を捧げるに足る相手かどうか調べる。足りないのであれば、従者という位置から退いて別の人物を探すだけだ。
だが、今のアルスではその立ち位置にすら到達できない。
魔術は【ショック・ボルト】とは名ばかりの最弱の電撃だけ、剣は結構出来るつもりだが、少し離れた位置で開始される可能性も考えるなら魔術を修めておいて損はないし、もしかしたら私物の持ち込みは禁止かもしれない。アルスは最初、『従者選定の儀』に興味がなかったため、全く内容を知らないのだ。
◆
そこからは、泊まり込みでジャンヌに魔術を教えてもらった。
「このルーン語は~~~(略)~~~この魔術は~~~(略)~~~───というわけなんです」
「…………………」
ジャンヌの教え方は早いが質は高い。
そんな中、ジャンヌはこう言った。
「はっきり言いましょう。君には才能がない、ですがそれは汎用魔術という幅広い一点に限っての話です。君は
「……使えるのに……」
「……あんな、弱い電気では護身用にもなりませんよ……」
アルスの【ショック・ボルト】をジャンヌが被検体となり護身用として役立つかやってみたのだが……結果は痛くも痒くもなかった。受けたというより、服や皮膚に電気が伝わってる感じすらない。触れただけで【ショック・ボルト】は終わり、痺れることもなく消えたのだ。
「と、いうわけで……これから貴方は
「……って、
「…………………」
「……まじかよ……」
「マジです」
「それ絶対、必要のない言葉ですよね!?」
「…………………」
こうして、魔術を教えてもらい始めた初日に
『従者選定の儀』まで、残り6日。
◆
「……ここは、このルーン語で……この陣の構築の仕方じゃああなっちゃうから……」
アルスはジャンヌに割り当てられた部屋で魔術書や魔術の論文を交互に見合いながら、
◆
そして、『従者選定の儀』当日の早朝。
アルスが未だ未完成な
「やめてくださいッ!」
ジャンヌの叫び声が聞こえた。
行ってみれば、2人の魔術師がジャンヌの手をぐいぐいと引っ張っていた。
「そりゃ、俺達だってさ本当はどうでもいいんだよ?でも、上層部がうるさくてさぁ」
「そうそう、貴族達の奴隷にちょうどいい人物を探さないといけなくてな……ま、恨むなら俺達じゃなくて、貴族達を恨んでくれ」
そして、彼らはジャンヌを連れて行った。どうやら、貴族の女遊びにジャンヌを使うつもりのようだ。
アルスは、2人の魔術師に気付かれないように尾行した。
だが、その魔術師達は気が変わったのか……
「……なあ、この女……俺達のにしねえか?」
「……確かに良い身体だが……」
「もう1人捕れば問題ねえって!こんな上玉、食わねえと勿体ねえよ!」
「……それもそうだな……」
路地裏の同時に2人くらいしか通れないような狭い道で魔術師達は言い始めた。
そうして、ジャンヌの両手をロープで縛ったまま壁を背にして立たせる。
「……くっ……」
「……ッ!やめろぉおおおおおおおお───ッ!」
ジャンヌの胸を触ろうとした魔術師をアルスが突き飛ばす。
「うおっ!?」
1人の魔術師は地面に身体を少し打ち付けただけで、大したダメージになっていない。
「このガキッ!」
そう言って、もう1人の魔術師がアルスの顔面を手の甲で吹き飛ばす。
「───っ!」
アルスはすぐに立ち上がるが、2人の魔術師の内1人は左手を構えて、もう1人はジャンヌに執着している。
「……ふぅ……」
深く、深く空気を吐く。吸っては吐く。この繰り返しだ。
アルスはマナ・バイオリズムを整えている。この状況下で失敗など許されない。成功すれば、ジャンヌもアルスも戻れる。失敗すれば、アルスは死にジャンヌは凌辱の限りを尽くされるだろう。
ならば、やるしかあるまい。
「……
その瞬間、アルスの両手が青く光った。
光り、輝き、最高点に達したその瞬間……アルスの両手に握られていたのは、
「……な、なんだそりゃ?」
アルスと対峙している魔術師が口に出す。
それが当たり前の反応だ。そう……アルスは
誰だって自分の予想外の反応をされたら自身の初動が遅れる。
アルスは、柄と刀身を合わせる。普通なら、こんな行為をしたところでくっつくわけがない。それが、
アルスの投影した剣は魔力を内に内包している。つまり、魔力を弄ればどうとでもなるのだ。
事実、アルスの2つに分かれていた剣は1つになっている。
「なっ!?く、くそ!《猛き雷帝よ・極光の───」
【ライトニング・ピアス】を発動しようとした左手を、手首ごと斬った。
「う、うわあああああああああああ───ッ!?お、俺の手首がああああああああ───ッ!?」
「ひ、ひぃ……」
アルスと対峙していた方の魔術師を放って、ジャンヌに執着し今は怯えている方の魔術師の下へ向かうと。
「……その人を連れて去れ」
「は、はぃいいいいいいいいいいい───っ!」
そう言って、路地裏から去った。
「……大丈夫かい?」
「……助けてくれて、ありがとうございます。それよりも……さっきのは、
「うん。これが───
覚悟を決め、確たる決意を持とうとしているアルスを見てジャンヌは微笑み口を開く。
「アルス君……気付いていますか?」
「…………?」
「今の貴方は、とても……とても格好いいんですよ?」
「───っ!」
「貴方が何を目指してこれを作ったのかは聞きません……ですが、今、この瞬間だけは……貴方は紛れもなく
そう言って、ジャンヌは自分より小さい少年の胸を使って泣き始めた。
ジャンヌも怖かったのだ。女としての尊厳を踏みにじられそうになった、そんなジャンヌを守ってくれたのは……かつて、自分が助けた───
アルスは気付いていた。あの魔術師達の顔は見たことがあるのだ。
彼らはアゼルの忠実なる駒だ。そして、これはアゼルの命令でもあった。
アゼルはアルスの格闘術を警戒し、部下を使って『従者選定の儀』を不参加とさせたかったのだ。
そして、アルスとジャンヌは別れた。
アルスはあと一時間ほどで始まる『従者選定の儀』の会場である宮殿へと急いだ。
集合5分前にアルスは到着した。
「来たのですね」
アリシアは嬉しそうに言う。
「……エントリーはしているので……」
アルスはぶっきらぼうに答えて、対戦相手を見る。
従者選定の儀───それは、王女の身を守るのに誰が一番相応しいかを決める儀式だ。殺傷及び、障害の残るような軍用魔術は禁止。武器の持ち込みも不可。格闘術はあり。そして、今回のエントリー人数は8名なので、3回勝てば王女の従者という名誉を得る。
1回戦、2回戦は固有魔術を見せずに格闘術だけでなんとかなった。
へっぽこな【ショック・ボルト】を起動する。そうすると、相手は対抗呪文を唱える。そのタイミングで格闘術で組み敷いて降参させてきた。
だが、3回戦……決勝だ。相手は魔術の天才だ。
魔術師としてアルスが勝つことなど有り得ない。
「始めッ!」
そんなことを思いながら、審判の声で最後の試合が始まった。
「《大いなる風よ》」
「うわぁ!?」
アルスは、その風を避ける。威力は強いが、範囲があまり広くないので避けるのは難しくない。
「《紅蓮の炎陣よ》」
この魔術は範囲が広すぎる、回避は不可能だ。
だが、この魔術は背後から炎の壁が迫る魔術だ。
「《幼き雷精よ・汝その紫電の衝撃以て・彼の敵を打ち倒せ》」
アルスは前に全力で走りながら【ショック・ボルト】を唱える。これで、アルスの勝ちパターンに入った。
「《霧散せよ》」
そして、相手がマナ・バイオリズムを整える隙にアルスの格闘術が───決まらなかった。
「え……?」
アルスは逆に組み敷かれていた。
「へへへ、格闘術なら勝てるとでも思ったか?真の従者ってのは、格闘術も魔術も完璧じゅなきゃダメなんだよ」
格闘術においてはアルスより少しだけ上なのだ。
だが、ここで隙を見せれば、それは負けを意味する。
だからこそ、アルスは笑いながら。
「紅蓮の炎陣よ」
詠唱ではなく、ただ言っただけだが対戦相手は警戒して下がった。
「……ハッタリか……」
そう、この場の誰も知らない。アルスが使える汎用魔術は【ショック・ボルト】のみだ。
「……《
アルスは
「「「!?」」」
流石の大人達も驚く。
そんなことも知らずに、アルスは剣をくっつける。
「……なぁ、エリート様。アンタは魔術師としてはすげえよ、俺じゃ一生かかっても勝てない。だがな、本当に守るべきものの戦いってのは誇りも矜持も影響を与えない」
「っ!?」
アルスはいつの間にか、対戦相手の目の前に剣を突きつけていた。
「お前は誇りと矜持が影響を与えてる。要は、本気で従者目指してるんだったら……向いてないよ」
そう言って、アルスは対戦相手の少年の首を柄で打って気絶させた。
「……此度の『従者選定の儀』……エルミアナ王女の従者に選ばれたのはアルス=フィデスである」
決勝で勝った者は、それまでとは違う勝利宣告を受ける。
「異議ありッ!」
この雰囲気で終わろうとしたのだが……止めたのはアゼル=ル=イグナイトだった。
「貴様ッ!あれは
アゼルの主張に賛同する者もいる。
だが、1人の
「汎用魔術だけ?違うだろう。そんなルールはなかった」
「そんなはずが……」
アルスの発言で全員が気付いた。
「ルールは殺傷及び、障害を負わせるような軍用魔術の使用禁止。武器の持ち込みは不可。格闘術はあり。それだけだったはずだ……汎用魔術だけという文言がこのルールの中に1度でも入っていますか?」
そう。誰もがルールを勝手に認識改変していたのだ。軍用魔術の禁止=汎用魔術のみではない。
だが、言い分はある。こんな若さで固有魔術を会得するなど思うはずがないのだ。
「だが、それは武器で……」
結局、アゼルは王女の従者に自分の操り人形を送り込むことで帝国を裏から操ろうとしていたのだ。
「持ち込んでなどいない。これは魔術によって作ったものだからセーフだ……でしょう?陛下」
「……そうですね。固有魔術の禁止というルールもない以上、アルスの勝ちは揺るがないでしょう」
こうして、アルスはルミアの従者となったのだ。
次の日から、自身の才能という大きな壁にぶち当たることを知らずに……
◆
「───と、いうわけで結構大切なものなんだ」
「私、ジャンヌさんのこと最近聞いたよ」
「……え?」
「確か、新聞に……」
ルミアはそう言って、新聞を見始める。
「……あ、あった!」
ルミアはアルスにも見えるように机の上に置く。
そこに書いてあったのは、帝国でもこれ以上ないくらいに評価の高い孤児院の院長の名前がジャンヌということだ。
年齢は28歳で、フェジテとイテリアの両方に孤児院を建設するという快挙を成し遂げた。
そして、こうも書いてある。
『”今回の大きな勝利を、あの時の小さくて優しい
孤児院とは1つでも経営が難しいのに、2つも経営して大丈夫だろうかという問題はあるだろうが、アルスは心配しない。
あのジャンヌのことだ。全てを上手くやる……アルスはそう信じてる。
「……アルス君、私じゃなくて他の人のこと考えてるー!」
「あ、え……え?痛いっ!ちょ!抓らないで!痛い痛い痛い痛い!ちょ、本当にごめんって、謝るから許してぇー!」
結局はルミアが嫉妬して、アルスが抓られるという普通の日常であった……
みなさん、思ったでしょう。なぜジャンヌを出したのか……答えは簡単です……私が好きだから!(殴
はい。固有魔術作成のときだけしか出ないんで、まぁいいかなぁ……と……
アゼルとアルスの仲が悪いのはこういうことです。アルス君の固有魔術を作るきっかけはアゼルというより、魔術師全員ですね。
今話、11907文字。1万文字超えたよ!超えちゃったよ!