この話は、イヴ編を考えながら書いているため、ほぼ行き当たりばったりで書きます。(現在進行形)
この前書きを書いているのは4648文字のときです。
放課後、アルザーノ帝国魔術学院2年次生2組の教室にて。
「───てなわけで明日の午後は、以前から通達していたとおり、お前らの親御さん達を招いての授業参観だ」
グレンのやる気なさげな宣言に、クラス中の生徒達(主に男子)から、うぇええええっと、声が上がった。
「そう嫌そうな顔すんなよ、俺だって嫌なんだから……あ、先に言っておくが、俺、明日、熱出して休むかも……今朝からなんだか体調がどうにもおかしくてなぁ……」
「き、汚ぇ───ッ!?」
「なんて教師だ……」
「つーか、先生が休んでどうすんだよ!?」
もう放課後のホームルームという雰囲気ではなく、授業参観を歓迎しない一部生徒達(教師含む)の不満ぶちまけ大会と化した教室の一角にて。
「はぁ~~」
「どうしたの?システィ。具合でも悪いの?」
ため息を吐くシスティーナに、ルミアが心配そうに声をかける。
「ううん。そうじゃなくて……その……私達には関係のない話だなぁって……授業参観」
システィーナは、少し寂し気な笑みを浮かべながらルミアに応じた。
「ほら、うちの両親って魔導省の高級官僚じゃない?仕事の関係で帝都とフェジテを行ったり来たり……最近、ほとんど家にいないじゃない?」
「そうだね……お
「明日も当然のように留守だし……だから授業参観なんて、私達に関係のない話だなぁって……ね」
「やっぱり、寂しい?」
「うーん、なんだろう?寂しい……っていうのかな……」
システィーナが曖昧に笑う。
「確かに、お父様とお母様が学院にやって来るのは気恥ずかしいし……でも私達が普段、何をやってるのか、まったく見てもらえないっていうのも……うーん、複雑な気分」
「あはは、そうかも」
つられてルミアも苦笑いである。
「ま、ある意味、これで良かったのかもね」
システィーナは明るく言って、黒板前の壇上に目を向ける。
「大体、なんで俺がお前らに授業をやってるとこを親御さん達にみせなきゃならねーんだ!?それじゃまるで俺が教師みたいじゃねーかッ!?」
「「「教師だろ!?」」」
そこではグレンが、女子生徒達のドン引きの視線を集めながら、男子生徒達を相手に喧々囂々騒いでいる。
すると、システィーナの目つきはたちまちジト目になっていった。
「いや……お父様って人間としても魔術師としても厳格な人でしょ?もし先生を見たら……きっと、クビにしろって大騒ぎよ?」
「うぅ……そうかも……」
ルミアは、義理の父の人柄を思い浮かべながら同意していた。
「え!?システィーナさんのお父さんって厳格な人だったの!?」
「なんでそこを疑われるの!?」
「なんかレナードさんって、娘を愛しすぎていつも暴走してるイメージがあるからさ……厳格な人として見るのは、僕には無理っていうか……」
「……て、的確過ぎて何も言い返せない……」
「あ、あははは……」
アルスの案外的を射た発言にシスティーナは反論できず、ルミアは苦笑い。
「でも、人としては終わっているとしても魔術師としては厳格な人なのよ」
「人として終わってるとか言ってないよ!?」
「魔術師としては立派で、厳格な人なの!『魔術師』としては!」
「魔術師を強調しなくていいよ!」
「フィーベル家じゃ元々ここ一帯地主で、多くの土地を魔術学院の敷地として貸し出しているから……学院内においては相当の発言権があるわけで、いくら人として終わっていてもお父様がその気になれば……」
「本当に先生をクビにできちゃうかもね……それは嫌だなぁ……」
ルミアが困ったような表情で呻く。
「でしょ?だから、お父様とお母様が仕事で授業参観に来れないのは、ある意味良かったのよ」
自分を納得させるように、システィーナは言った。
「べ、別に、私は先生がどうなろうと構わないんだけど……その……ルミアは先生のこと気に入ってるから、クビにされるのは嫌だろうし……そ、それに先生って普段はアレだけど教え方は凄く上手だから、もうちょっと師事していたいっていうか……その……別に他意はないんだけど」
誰に聞かれたわけでもないのに、頬を赤らめながら、そんなことをしどろもに言うシスティーナ。
そんな親友を前に、ルミアは汗を滝のように流しているアルスに視線を向ける。
どう見ても、尋常じゃない汗にルミアは慌てる。
「あ、アルス君!?ど、どうしたの!?」
「……やばい」
「やばい……?」
「システィーナさんのお父さん……あの人と5年前に会って結構な無理を言ったから、結構やばい……」
「……え?」
「公衆の面前で土下座して、レドルフさんと話をさせてもらったんだ……根に持ってても無理はない……と思う」
アルスの言葉に2組の生徒全員が凍る。
システィーナ曰く、魔術師としては立派で厳格な人らしいのでアルスということがバレてしまったその時点でグレンより先に退学が決定してしまうかもしれない。
「……ルミア……ごめん、明日、休むわ……」
「ま、まだお義父様達が来るって決まったわけじゃ……」
「決まってるんだよ……」
「え……?」
「今、フィーベル邸を視てみたら!君の両親がいるんだよ!」
「……うそ……」
「……これって、本当にマズイ状況じゃ……」
システィーナは、グレンのクビを思い。
ルミアは、アルスの退学を心配している。
「……というわけで、僕明日休みます……」
「は?ダメに決まってんだろ?」
グレンがアルスにそう言った。
「は?」
「いや、お前が休んだら誰が俺の代わりに授業すんの?」
「なんで、自分でやらないの?」
「は?なんで俺がやらなきゃいけないの?」
「教師でしょ?」
「違うよ?」
「なんで、アンタ達は疑問形で会話してるの?」
「「してないよ?」」
「ああもう!本当に仲がよろしいことで!!!」
「まあ冗談は置いといて、明日の授業参観は欠席させねえからな。休んだら俺が力づくで連れてくるから、そこんとこ覚えとけよ」
「……うそーん……」
◆
システィーナとルミア、リィエルがフィーベル邸へ帰ると、そこにはシスティーナの父親であるレナード=フィーベルと母親のフィリアナ=フィーベルがいた。
「……お父様達が明日の授業参観に来るのね……」
アルスから事前に情報を受け取っていたシスティーナは驚かない。
「ふふっ、実はね、この人ったら貴女達3人の授業参観に行くため、強引に休暇を取っちゃったのよ」
「先日、学院側から授業参観についての通達を受け、お前達の活躍を見られるかもしれないと思うと、いても立ってもいられなくなってしまってな……魔術競技祭のときは重要な仕事があって行けなかったし……だからつい、やってしまったよ、はっはっは!」
「つ、つい、やっちゃったって……」
レナードは国政の重要機関を支える高級官僚なわけで、つまりレナードがいないと回らないことがあるわけで……
「いやー、お父さん、明日は張り切ってシスティとルミアとリィエルの雄姿を、この目に焼き尽くしちゃうぞ───ッ!」
「え、えーと、その、お父様?楽しみにしてくれているところ、申し訳ないんだけど……」
システィーナがこめかみを押さえながら、進言する。
「その……やっぱりお父様もお母様も忙しいでしょう?だから、私達のために、そんな時間を割いてもらわなくても……」
「そうですよ、2人が私達のためにわざわざご足労をわずらわせることはないです。私達は大丈夫ですから、どうか2人はお仕事に専念されて……」
システィーナとルミアが、純粋に両親を気遣い、そう言った瞬間だった。
「な───」
突然、レナードの表情が奈落の底に突き落とされたかのように絶望しきったものとなって───
「どうしようフィリアナぁああああああああああ───ッ!?反抗期が、娘達に反抗期が始まっちゃったぁ───ッ!?もう駄目だ、お仕舞だッ!この国は滅びるぅううううう───」
明日にも世界が終わらんとばかりにレナードが取り乱し始めて───
「ふふっ、貴方ったら」
すると、いつの間にかレナードの背後に立っていたフィリアナがレナードを絞め落とし、沈黙させていた。
「「…………………」」
フィーベル邸では、割と見慣れたその光景に、今さらながら、あぁ2人とも帰ってきたんだな、と強く実感するシスティーナとルミアであった。
因みに、リィエルは人の話を聞かずにいちごタルトを食べている模様。
「貴女達は心配しなくていいわ」
椅子の上でぐったりするレナードを他所に、フィリアナは優しげに言う。
「この件に関しては、私が秘書官として正式に申請を脅し通───通してきたから、大丈夫」
「今、何か凄く不穏な言いな直し、しなかった!?」
「私も貴女達3人が、普段どんな学院生活を送っているのか、見てみたいの……どう?」
「だ、駄目じゃない……けど……」
「ふふ、よかった。これで、やっと噂のアルス君にお会いできるわ」
フィリアナの口から、その名前が出てきて、システィーナとルミアは椅子から飛び上がりそうな思いだった。
「ごほごほっ!?な、なんで、お母様、アルスのこと知ってるの!?」
「なぜって……いつも貴女達が私にくれる近況報告の手紙に、毎回のように、学院でお世話になってるアルス君とグレン先生のことが書かれていたじゃない?」
「え、えええ───っ!?」
システィーナは慌てて自分の記憶を振り返ってみる。
グレンはともかく、アルスのことなど1度たりとも書いていないはずだ。
ルミアは普通に自分の記憶を思い返す。
ルミアはアルスのことを結構、事細かに書いていた。
「特にルミアはアルス君のことだけで羊皮紙を2枚も使っていたし……ふふっ、ルミアは、随分とそのアルス君を気に入っているみたいね?システィのお気に入りのグレン先生は前に会ったことがあるけれど、アルス君はないからどんな人なのか、今から会うのがとても楽しみだわ」
「お、お義母様……な、内容はお義父様には……」
「大丈夫よ?この人には見せてないから」
「ルミアは一体、どんな手紙を書いたの!?」
「それよりも……ね、2人とも。ひょっとして、そのアルス君とグレン先生のこと……好きなの?もちろん先生としてじゃなく、1人の男性として」
さらにフィリアナが爆弾を容赦なく投じてきた。
「ぶ──────ッ!?ごほっ!?げほごほっ!?お、お、お母様、一体、何、変なこと言って───」
「あら?貴女達も、もうお年頃……立派な淑女よ。恋の1つや2つを経験しても、不思議じゃないわ」
対するフィリアナは屈託なく笑う。
「それに恋は少女を美しく成長させるわ。久々に会った貴女達がとても綺麗になったいたから、ひょっとしたら……なぁんて、勘ぐっていたのだけれど。本当のところはどうなのかしら?」
頬杖の上のその穏やかな微笑はどこか小悪魔的で、悪戯猫のようだ。
「そ、それは秘密です、お義母様。ご、ご想像にお任せしますね?」
ルミアは顔を結構赤くしながら答える。
システィーナは思う。ルミアは最近、アルスに関することにめっぽう弱くなってしまったのだ。
この前も、ウェンディに少しからかわれただけで顔を真っ赤に染めながら逃げて行ったし……
「ごごご、誤解ですッ!?わ、私があんなのに、そ、その、こ、恋……とか、ありえないですッ!?」
ルミアのことを考えていると、自分にも同じ質問がされていると思い出したシスティーナが慌てて答える。
もちろん、顔を赤くしながら。
その後は、レナードが復活して娘の恋を認めないと宣言して、フィリアナに絞め落とされたり。またレナードが復活して、グレンを見定めると宣言したりと……まぁ色々あった。
◆
今回の授業参観は座学系の授業を前半に行い、実践系の授業を後半に行うというスケジュールになっている。
まずはその前半。
運動とエネルギーを操る黒魔術の理論を学ぶ『黒魔術学』の授業では、グレンの姿がおかしかった。
いつも雑な頭髪は整髪用の香油でしっかりと撫で整えられ、目元には銀縁の丸眼鏡。ローブはかっちりと着こなし、言葉遣いも立ち振る舞いも丁寧で洗練されていて────まるで若き賢者の風格を漂わせる、グレンのその姿。
そんなグレンの姿に、アルスやルミアを含めた生徒達が笑っている。
前半はセリカが射影機でグレンを撮っていたら、レナードも対抗して射影機を取り出してフィリアナに絞め落とされたり、まあ色々とあった。
今は、後半の授業開始前の休み時間。
フィリアナはルミアのお気に入りのアルスという少年を探していた。
グレンは先生ということもあり、すぐに分かったのだが、アルスは生徒でルミアからは性格や出来事などしか聞いていないため分からないのだ。
「う~ん、アルス君がどこにいるのか分からないわね~」
「アルスだと……?」
「あなた、知ってるの?」
「5年前に父上に会いに来た少年の名前がそんな感じだった気が……」
「気のせいじゃないかしら?」
◆
そして、授業参観後半。
「本日は戦闘訓練用のゴーレムを相手に、魔術を使用しての戦闘訓練を行ってみましょう」
「先生ー、ゴーレムの戦闘レベル設定は、どのくらいですか?」
「そうですね……戦闘レベル1が、一般的な成人男性の平均的な身体能力設定ですから、ゴーレム相手のセント訓練は初めてだということも加味して、今回はレベル2でやってみましょう」
「ぇえええええええええええ────っ!?まさかの戦闘レベル2~~ッ!?」
「先生、戦闘レベル2と言えば、喧嘩慣れした町のチンピラレベルらしいじゃないですか!」
「そうだそうだ!それじゃつまんないです!せめて戦闘レベル3にしてくださいよ!」
「……やれやれ」
グレンは辟易したように息を吐く。やっぱりなんだかんだで両親の手前、いい恰好したい生徒もいるらしい。
「確かに魔術師とそうでない者の間には歴然とした差があります。しかし、ある程度正式に戦闘訓練を積んだ者とそうでない者の間にも歴然とした差があるのも事実です」
そう語るグレンの表情は、いつになく真剣だ。
「戦闘レベル3は帝国軍一般兵の平均と言われています。町の喧嘩慣れしただけのチンピラとは次元が違います。先生の私見ではレベル3でも多分、問題なく対処できる生徒も何人かいますが……」
グレンはシスティーナ、ギイブル、ウェンディ、カッシュらの顔をちらりと流し見る。
因みにリィエルは、授業参観でも苺タルトばかり言いそうだったのでグレンの指示でセリカに預けている。
アルスはできる限り気配を消して、レナード達にバレないようにしている。そのせいで、グレンを含めたクラスの全員がアルスを見つけることができないのだが……
「とりあえず、今日はレベル2で『戦闘』そのものを経験してください。相手が魔術師でない一般人だとしても、敵意をもって襲いかかってくる相手がいかに恐ろしくて手強いか……ルールに縛られた魔術戦の『試合』とはまた違った難しさを実感できるでしょう」
このゴーレムには人間が実際に行動不能になる程度の攻撃を受ければ動作が停止するという機能があり、『魔術戦教練』の授業では、よく使われているゴーレムである。
グレンが、戦闘レベル2に設定しているときだった。
「こらぁああああ────っ!?ゴーレムを使った戦闘訓練だとぉっ!?それ危なくないのか!?それで万が一、私の可愛いシスティーナとルミアが傷物になったら、貴様、どう責任とってくれるつもりだぁあああッ!?」
「ち……まーた、モンペが暴れだしやがった」
外野で再びレナードが騒ぎ始めて、グレンはため息を吐いた。
「……う、ごめんなさい、先生」
流石に申し訳なさそうにシスティーナが謝る。
「ま、まぁ、仕方ありませんね……それだけ貴女達2人のことが大切なのでしょう。僕はちょっと、保護者の皆様方に説明をしてきます」
「あっ、先生。なら私達も行きます」
「そうね。私達からも説明した方が、お父様の説得も容易いでしょうね」
ルミアとシスティーナがそう言って、グレンについていく。
「助かります。それでは2人とも、よろしく。他の生徒達の皆さんは準備運動を進めていてください。それと一応念を押しておきますが、僕が帰ってくるまで、くれぐれもゴーレムには触らないように!いいですね!」
そして、そう言い残して、グレンは保護者達の方へと向かっていった。
「私も娘も魔術師だ!怪我をするようなことをさせるなとまでは言わん!だが本当に大丈夫なのか!?もしシスティとルミアに万が一のことがあったら私、泣くぞ!?」
「だから大丈夫だって、先生が何度も説明してるじゃない……」
「貴方の仰るとおり、レベル3以上にすると今の生徒達にはまだ危険です。ですが、そんなことは僕の教師としての誇りにかけてさせませんから、安心してください」
「ねぇ、お義父様。グレン先生は私達に本当に命にかかわるような危険なことを強いるような人じゃないですよ?だから安心して、ね?」
「そうよそうよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
レナードが悔しそうに歯噛みしていると────
「ルミアッ!」
アルスの切羽詰まった声が聞こえ、保護者達全員がルミア────ではなく、ルミアの背後からもの凄い速さで迫ってくる人型のゴーレムに目を向ける。
グレンは焦る。ゴーレムの速さを見たが、
ルミアのいる位置は、グレンの右にいるシスティーナの更に右だ。
そんなことを考えたせいで、初動が遅れたグレンでは間に合わない。
ルミアはその華奢な腕でゴーレムの腕を受け止めようとするが、ほとんど意味はない。
このゴーレムは確かに人型だが、それでも金属で作られているのだ。金属の腕が猛スピードで振るわれれば、ルミアの華奢な身体では耐えられない。
「────ッ!?」
ルミアはゴーレムの腕が振るわれた瞬間、息を飲み。
「ルミアッ!」
システィーナは家族であり親友であるルミアを思って、叫び。
「馬鹿ヤロォオオオオオオオオオ────ッ!」
グレンは、ルミアの心配よりゴーレムをレベル4にしたカイとロッドに注意?をしていた。
「せ、先生ッ!ルミアが!ルミアが!」
ルミアよりもカイやロッドに注意をしたグレンにシスティーナがそう言うが。
「ルミアは大丈夫だぞ?俺なんかよりも、適してる奴がいるからな」
グレンは、さも当然とばかりに言う。
案の定、煙が晴れてみれば……
「アルス君ッ!?」
アルスはゴーレムの腕を自分の顔の前で右の前腕を左腕で支えて受け止めていた。
30秒くらい受け止めていると、ゴーレムの頭に石が当てられた。
アルスは、石を当てたグレンに襲いかかろうとしたゴーレムの後頭部に書いてあるレベルを消してゴーレムを停止させた。
「おい、アルス。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
一応グレンが聞くと、アルスは笑顔で答えた。
アルスは笑顔で答えたが、アルスの右腕を見ると────ゴーレムの腕を直接受けた前腕は酷く青くなっている。
「いや、大丈夫じゃn────」
「アルス君ッ!腕を見せて!」
魔術師のローブを着ていないグレンの言葉を遮って、ルミアはそう言う。
「だ、大丈夫だって……」
「いいから!」
アルスが渋っていると、ルミアはアルスの右腕を奪うように近づけて状態を確認していく。
「…………………」
ルミアはアルスの腕の状態を触って確認しているが、骨にヒビが入っているか折れているだろうと結論付けた。
「ごめんね、私がゆっくりしてたせいで……」
「いやいや、ルミアが謝ることじゃないよ」
「でも……」
「謝るべきはグレン先生の忠告を聞かずに、ゴーレムのレベルを上げたカイ君とロッド君だから」
アルスはカイとロッドに謝ってほしくて、そう言ったんじゃない。
ルミアが自責の念を抱いていたから、仕方なくそう言っただけ。
だが、カイとロッドには効果抜群だった。
「ご、ごめんな、アルス」
「すまねえ」
捻った足をローブで固定化されているカイと折れた腕を固定されているロッドが謝りにきた。
すると────
「も、申し訳ございませんっ!うちのバカ息子が勝手なことを────ッ!」
グレンとアルスに向かって、ロッドの母親が駆けつけ早々謝罪してくる。
「いや、謝るのはこっちです。すんません、俺の監督不行き届きです」
「そんな……どう見ても今のはうちのバカ息子が余計なことをしたのが悪いんです!ああもう、この子ったら……同級生にまで怪我させて……ッ!」
「僕なら大丈夫ですよ。腕に痣ができただけですし」
アルスはルミアから右腕を離し、見せつけるようにぶるぶる振っている。
ルミアはアルスの腕の状態を知っているだけに、青ざめている。
「ロッド君はお母さんにいい所を見せたかっただけなんですよ。僕にも、そんな思いがあるのでわかります。だから、あんまり怒らないであげてください」
「で、でも、その腕は痣ってレベルじゃ……」
「え?ちょっと酷めの痣ですよ。折れてたり、ヒビが入ってたらこんなに振れませんよ」
そして。
保護者と何人かの生徒達に付き添われて、ロッドやカイが医務室へと向かって行った。
アルスも遅れてルミアと何故かフィリアナに支えてもらいながら医務室へと向かって行った。
グレンが一件落着だと思っていると────
「……グレン、と言ったな」
鬼のような形相のレナードが、グレンに詰め寄ってくる。
「それが貴様の本性というわけか」
「あー、いやー、そのー、ふ、普段はボク、もうちょっと真面目なんですよ?もうちょっとだけ……ハイ」
「やかましい!男が言い訳をするんじゃないッ!なんなんだ貴様、あの対処は!?貴様がそのような魔術師らしからぬ対処をするから────」
激昂しかけたレナードに。
「ちょっと待って、お父様!」
慌ててシスティーナがグレンの擁護に入ろうとするが───
「おかげで、うちのシスティとルミアの活躍が見られなかっただろう!?」
「「…………は?」」
レナードの意味不明の言葉に、2人とも目が点となった。
「せっかく無茶をしたクラスメートを助けるために、颯爽と呪文を唱えてゴーレムを打ち倒すシスティの姿が見られると思ったのに、それを貴様という男はぁああああ────ッ!?」
(……怒るとこ、そこかよ)
救いを求めるように、グレンが周囲に視線を彷徨わせるが……
「どうです?皆様方。実はですね、あの子が私の愛弟子のグレンなのですよ。ふふ、中々、カッコいいでしょう?教え子達を守るためなら、あの子は────」
ドン引きの保護者達の間で、セリカが誰得弟子自慢を展開していて────
(だからセリカ。お前は帰れ)
脱力しきったようにグレンは深い息を吐く。
そして……
「ふん!貴様に言ってやりたいことは他にも色々とあるが────」
レナードはグレンの眼を値踏みするかのようにまっすぐと覗き込んで。
「まぁ、いい目をしている」
「…………え?」
「先生。うちのシスティーナはその類い稀なる才ゆえに、知らず天狗になるところがある」
「は?」
「ルミアは、実はかなりの才を持っていながら、周囲を立てる心優しさのあまり、自己主張に欠け、それが才の成長を妨げている部分がある」
「…………へ?」
「2人を上手く指導してやってくれ」
そう言い捨てて、ほんの少しだけ頭を下げると、レナードはすたすたと医務室へと向かって行く。
◆
「……なにやったんですか?」
アルスはセシリアに自分の腕を見せて、そう言われた。
「ゴーレムの腕を受け止めたくらいですかね」
「……レベルは?」
「……4……です……」
「ブゴォバハァアアアアアアアアッ!?」
「セシリア先生っ!?」
「た、ただでさえ……金属のゴーレム……なの、に……レベル……4……ああ、おばあちゃん……今、逝くよ……」
その後は、セシリアを全員で頑張って現世へ引き戻したり、アルスの右腕を治療して貰ったりした。
今は医務室のベットで少しだけ安静にしろとのことで、寝ている。
「ふふ、それにしても、貴方があのアルス君だったのね……?」
「どういう噂かは知りませんが、アルスは僕です」
「いえ、噂とかじゃないのよ?ただ、ルミアの近況報告に君のことがたくさん書いてあったから気になっただけなの」
「……なんて書いてあったんです?」
「ふふ、乙女の秘密を暴くのは感心しないわ」
「お、お義母様っ!」
「ごめんなさいね~」
ルミアが顔を真っ赤にしながら、フィリアナにこれ以上しゃべらせないようにする。
すると────
医務室の扉が勢いよく開かれ、入ってきた人物は迷うことなくアルスの寝ているベットに来る。
「貴様がアルスだな?」
「え、あ、はい」
「……貴様、なぜあの時【フォース・シールド】を展開しなかった?展開していれば、貴様が怪我を負うこともルミアが心配することもなかった」
アルスは生粋の魔術師ではないため、敵のパワー攻撃などは基本的に剣を使って受け流すのだ。だが、今回のような状況では固有魔術を使うわけにもいかず、魔術を使うという考えはそもそも頭にすらなかったので身体で受け止めた。
「か、身体が勝手に動いていたんです」
「……そうか……」
レナードはアルスの目を見る。
「……君の眼は、私を視ていないな」
「え?」
「今、君と話しているのは私なのに、君の視線はどこか違う場所にある気がしてならない」
「はぁ……」
アルスは魔眼を起動していないので、レナードの言っていることがあまり分からない。
「まぁ、礼を言っておく」
「…………………」
レナードは娘を愛しているので、ルミアを救ったアルスに感謝をすることくらいは予想していた。
「魔術師としてどうではない。1人の親として、娘を救ってくれてありがとう」
レナードはそう言って、腰を曲げて感謝をしてくれた。
「あ、頭を上げてください。きっと、僕がやらなくてもグレン先生がやってくれましたし……」
「グレンと言う男は初動が遅れていた。あれでは、間に合わな……いや、娘を救った君が言うんだ、そういうことなんだろう……」
レナードは言うだけ言って、去って行った。
「ふふ、こういう人だと素直になるのね」
フィリアナもそう言って、手を振りながら去って行った。
「……なんだったんだろう」
「さ、さぁ……?」
アルスとルミアは2人になった空間で、首を傾げているのであった。
◆
「貴方……ひょっとしなくても、昔を思い出したでしょう?」
「そう……だな。私が官僚になる前……魔術講師時代を少し、な」
「アルス君、
「……ああ、私も
「いい加減な授業をしていたあなたと彼はいつも喧嘩していた」
「それは違う、あいつに喧嘩などできんさ。あいつにできるのは、皆の意見を代弁することだけだ」
「ふふ、そうだったわね。彼は、いつも周りに流されっぱなしで……でも、どこか大切な芯を持っていた……」
「ああ……本当に、よく似ている」
「うふふふ、アルス君って、あの頃の彼にそっくり。ルミアが気に入るのも分かる気がするわ」
「うーむ……思い返せば思い返すほど、ファースンに似ている」
「そうね」
「だが、いくらあいつに似ていたとしても可愛い娘は絶対にやらん!」
「はいはい」
まぁ皆さん思ったよね。ファースンって誰だよ!って分かるよ。僕も調べて初めて気づいた。
fastenって締め付けるって意味だけじゃなくて、繋ぐとかそういう意味もあるらしいってことで採用しました。
ぶっちゃけ、このファースン君をアリシア七世の旦那さんにしたかった……だけど、これ以上オリジナル入れるとやばくなりそうで怖かったので却下で!
これ秘話だったんですけど、アリシア七世の旦那さんは先代の魔眼継承者っていうことにするつもりだったのよ?