Fate/Fallen Craze -魔都の幻影-【現代中華Fate】 作:白木蓮之輩
【12月10日 日没】
【南京路 路上】
上海の中心に位置する繁華街は、絶えず民衆の喧騒に包まれている。
『○○公司』『××集団』———
食品、金銀、眼鏡、宝石……様々な中小企業直営店の大きな看板が、地上数メートルの高さでズラリと並ぶ。
その、片隅で———
埃とゴミに汚れた少女が、ひとりうずくまっている。
誰にも認識される事はなく。
誰にも助けられる事はなく。
いや、むしろ。
人は少女を避けて、街路を通り過ぎる。
温かい家も、食べ物もない。
ただ寒い体をこうして丸めて、体温を保つしかない。
あと何日保つのかすら少女には分からない。
飢えと、孤独と、冬の寒さ。
そして————汚れた身体。
それが少女の全てであり、もはや、人間として生きてはいなかった。
名前など既に彼女にはない。
『
そう蔑称として少女は街往く通行人に疎まれていた。
少女はホームレスだった。
冬の野外に適さない、乱れた服装。
近くにあるゴミか、ダンボールがなければとても夜を過ごせない。
第二次性徴を迎えていない小さな身体は、栄養が足りず痩せている。
髪も、栄養不足とストレスによる精神の疲弊でくすんだ灰色に変色している。
その眼に光はなく。
生きている実感や希望は、欠片も残らずなくなっていた。
少女は物心ついた時から上海に住んでいた。
ごく普通の家庭で、愛されて育った。
しかし、ある日。
人混みで親とはぐれ、迷子になった時。
見知らぬ男に手を引かれ———誘拐された。
上海ではよくある話だ。少女は、その被害者の一人だった。
だが少女が連れ去られた目的は人身売買ではなく———もっと、単純な欲望だった。
暗く、光の差し込まない屋内。
市内ではあるが、人が寄り付かない区画の、朽ちそうな木造の建物の一室で。
地獄のような日々を送る。
男たちは彼女の身ぐるみを剥がした。
何も身につけていない少女の体躯が露になる。
少女は泣き叫んで嫌がる。だが男たちは少女を押さえつける。
力の強い壮年の男性に、齢十歲にも満たない彼女が勝てるはずもない。
必死に手を、足を、首を動かそうとするが———逆らえば、暴力が振るわれる。……やがて、動かすことを諦めた。
そうして従う。服従した少女を、男たちは嗤いながら玩具にしていく。
嫌な感触。素肌を汚い手で触れられる。嫌だ。執拗に弄ばれ、知り得ない不快感にただ拒絶だけが走る。
怖い。
嫌だ。
少女はそれが何であるか理解出来ない。だがそれが汚いもので、自分が汚されているのだということだけは、わかっていた。
あるのは、恐怖と不快だけ。
悦んでいる男たちから必死に目を背ける。だが身体に、口に、押し付けられて含まされる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
こんなの、いやだ、いやだよ。
たすけて。
だれか、たすけて————
だが、そんな心の叫びは、誰にも届かない。
男たちは、ただ獣の欲望だけを剥き出しにして。
順番に。貪るように。
少女を、陵辱し続けた。
男たちの残飯のみで生きながらえる日々。
それ以外の時間は、欲望を処理するための人形。
それまであった家族と生活を失った少女は、人間としての意志すら喪失した。
助けを求めることすら諦め、感情を殺し、何も感じないフリをする事が一番楽に思われた。
死というものを理解できない彼女は、やがてこれ以上のどん底はないだろうと思い始めた。
ちょうど、そんな時だった。
男たちの隠れ蓑は、一人の善良な一般市民によって暴かれた。
彼は少女を暗闇の部屋から連れ出し、「もう大丈夫だよ」と逃げることを促した。
しかし、彼がそれを警察に通報する前に——
……男たちに見つかる。勇敢に立ち向かう彼だが、男たちに道徳はない。彼は、たった一撃の殴打で殺された。
それを目の前で少女は見ていた。
彼が倒れ、痙攣ののちに動かなくなった姿を。
少女はただ走った。
身体が、もうここにいるのは嫌だと叫んでいた。
殺された彼がせっかく作った逃走の機会を、逃すわけにはいかなかった。
男たちに追われながらも少女は市の中心へ向かい——そして、振り切った。
*
それから、街を彷徨う。
しかし少女には、帰る場所はなかった。
お腹が空くとゴミを漁って食べられるものを探した。路頭で寝ていても、手を差し伸べられることはない。加えて、その服装は毛布一枚で身体を包んでいるだけ。それは、裏社会のケダモノ達にとって恰好の獲物だった。
突如。
ガシッ——と。
頭を掴まれる。
そしてそのまま、暗い路地裏——排水管と汚水の溜まった隙間に連れて行かれる。
見れば、以前とは違う三、四人の男が手足をがっしりと捕らえている。
その中の、一人の男に背を向けた姿勢になる。
包んでいた毛布がはらりと落ちる。あられもない姿。瞬間、絶望の淵を悟る。
一秒後。
身体の中に、嫌なものの入る感覚が蘇った。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
泥のように扱われる。
耳に障る嗤いと強く掴まれる痛みが、壊れた心を
たすけて————
心の中で叫ぶ。
だが、行為は止まずに幾度も繰り返された。
そうして、ひとしきり身体を侵されたあと。
中身に汚いものを注がれたまま、その場で捨てられた。
*
本当の地獄は、それが繰り返される事だった。
棄孩にとってはむしろ、ホームレスとして街を彷徨っている間が安寧だった。
だがそれは続かない。
どういうわけか、一日路頭で過ごしても次の日にはまた違う男の集団に囚われた。
逃げ場のない毎日。
欲望の捌け口に使われるだけの日々。
棄孩が生きている時間は、ホームレスを続け、誘拐され、陵辱され、逃げ出す間もなく捨てられる———その繰り返し。
体は痣だらけで。
大事な部分は、もうとっくに意味を失ってぐちゃぐちゃで。
誰も———
誰も、彼女を助ける者はいなかった。
*
薄暗い中で、ピンクや黄色の刺々しいネオンが点滅する。
———夜は、さむい———
冬の寒さは、いとも簡単に体温を奪っていく。衆目の見て見ぬふりに晒されながら、ぶるぶると震えることしかできない。
———こんな世界が、きらいだ———
棄孩は、親に捨てられたのではない。彼女を棄てたものは、この世界。故に、彼女の嫌うものは、この世の全てだった。
———なんのために、生きて———
こんな身体で。意味を失った心で。
一体、どこに生きる希望があるのか。
かつ、かつ、かつ。
……また。棄孩を見つけるハイエナたちの足音。
身体を縮めることしかできず、精一杯身構えるが……意味はない。
ハハッ———と、笑い声。
また繰り返される。また侵されて、道端に棄てられる。
逃げ出したい。だけど逃げ出す体力も、精神力もなかった。
……腕を引かれる。針金のように細い腕を、乱暴に抑えつけられる。
ざらざらして、太く力の強い指。
いたぶるような、醜い声と視線。
びちゃびちゃと撒き散らして、かわりばんこに屍体漁り。
生きてなどいない。
心だったものは、既に死んでいる。
体格に不釣り合いなリズムと共に。何もかもを、暴かれていく。
……棄孩には、それを何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も味わおうと、厭な感覚だった。
———痛い———
———どうして———
———いつもと同じなのに———
———同じ、玩具にされるだけなのに———
———こんなに、理不尽で、痛い、だなんて———
今までそう思う事はなかった。
それが自分の運命だと受け入れて、なされるがままでいた。
……だけど。
死んでしまった方が楽に思えるほど、痛い。
初めての時だってそうだった。
大事な場所を破られて、吐き気のする笑い声を聞きながら必死に痛みに耐えた。
もう自分が以前とは違うものだとわかっていても、ただ死んだように生きて痛みに耐えた。
体だけが痛いのではない。こんな、普通じゃない事をされているという自覚が、いちばん辛くて消えたかった。
この瞬間……三回目の順番が終わる時だって、バラバラに、ズタズタに、胸が茨に穿たれたように痛い。
———なんでわたしが、こんな———
その理由を知らない。なにも悪い事なんてしていなかった。なのに、こんな、わけのわからないモノたちに侵され続けているだなんて。
それが、この世界に見捨てられた少女に生じた、何より深い痛み。
だから———初めて。
死んだ心から、涙を流した。
「……だれか……たすけ、て————」
耐えきれず呟く。
———瞬間。
それが呪文となったように。
何かのスイッチが、カチリと入ったように。
彼女の令呪と魔術回路が、赤と蒼の光に輝きながらその機能を駆動した。
「……………………!!」
————風を切る音。
体に掛けられた体重が離れていく。
あらゆる呼吸が止まり、あらゆる声が凍結する。
ばたん、と。
囲んでいた男たちが、尽く倒れる。
見れば。
男たちの首、心臓には——鋭く細い、銀色の針。
一秒前まで活きていたモノたちは、今やピクリとも動かなくなり———
呻き声も漏らさず。
血飛沫すら一滴もなく。
虚空から射出された針は全て急所に刺さり、男たちの生命活動を終わらせていた。
「———獣に堕ちた下郎共よ。報いと思え」
現れたのは、髪を長く垂らした長身の男。
薄暗闇の中。
この時代のものとは思えない出で立ちで、その後ろ姿は立っている。
そして———
男は、少女に振り返って言った。
「私は———君の声を聞いたサーヴァントだ」
*
その声を確かに聞いた。
「座」で眠る私に、その叫びは確かに届いたのだ。
———その声が、助けられなかった者達への慚愧を呼び起こす。
———私はかつて神技へ至ったが、それでも救えなかった者がいた。
———だから、この声を無視するわけにはいかない。
———私は、私の力でこの手を伸ばさなければならない。
そうして、掴み取る———
あらゆる時空の座標を越える事を、聖杯の機能が可能にする。
少女の
*
【二時間後】
【南京路 ホテルの一室】
「……とりあえずこれでいい……な」
整頓されたベッドの上、眠る
彼女には調合した薬草を飲ませ、栄養素を補填すると共に痛みを和らげた。眠っているのは、その副作用だ。
ふう、と。
僅かに安堵のため息を漏らす。
これでもうマスターが冷たい風に晒される事も、危険に遭う事もない。
「私は———君の声を聞いたサーヴァントだ」
暴漢たちを斃した後。
英霊はそう少女に言った。
少女の頸元には、赤色をした歪んだ紋様。
———令呪。
それは少女が、彼——サーヴァントと契約した証だった。
彼らの契約の成立には、長い呪文も膨大な魔力も必要が無かった。現界には、聖杯から与えられた魔力と器で十分。そして、少女の「助けて」という呼び声が、最後の鍵となった。
だが———
彼を見上げた少女の目には、一点の光もなく。
濁りきった色が、ずっと奥まで拡がっていた。
「—————」
動揺よりも、怒りが走った。
こんな、普通ならば幸福に暮らせていたであろう幼子が、並ならぬ恐怖と苦痛に遭い、それが幾度も繰り返されている。親も、家も、安心できる場所も———何もない。身体も、心も、とうに限界を過ぎている。
彼の診眼には全てが判っていた。
生前、医者としての知識と経験が昇華された知覚。あらゆる病状と病因を見通す目で、少女の容態を知る。
……だがそれは、とても事実として受け入れ難いものだ。
少女はその全身に暴力を振るわれ、筋肉は衰えている。それだけでなく——少女の陰部の中身が、酷くかき乱されて、ボロボロになっているのだ。
おそらく二度とまともに機能する事はなく、子を宿す事もできまい。
未発達の身体はこうも壊れていて、終わっている。
……しかし。その要因は、決して
————それは、「呪い」だった。
彼の診眼は、呪いとまで云われた病すら見通す。だがこの病は、方技——自らの能力としての最大の医術を以ってしても、およそ治せないものだった。
その呪いは、何ら拍子もなく世界から与えられたモノ。
少女は生まれつき———穢れた情欲を持った男を引き寄せる呪いを患っていたのだ。
……なんて、最悪だろう。
彼は必死で、叫びだして狂いそうな衝動を抑えた。
こんな事があってたまるか。
こんな残酷な運命があってたまるか。
何より———そんな冒涜を許した世界を、彼は赦せなかった。
呪いという次元の病を治すには、単純な能力では不可能だ。
それこそ宝具——あらゆる病を「隔絶」する神技でなければ、少女の呪いは治らない。
…………しかし。
マスターから供給される魔力はあまりにも微弱だ。命ですら風前の灯火だったのだから、魔術回路を数本有しているだけの、魔術師ですらない少女からそう多くの魔力は望めない。
加えて彼自身の魔力も少ない。生前は道士ではなかったため、キャスターとして召喚される事は叶わなかった。逸話によって、無理やり
故に狂化は最低限に留まり、比較的正常な精神を保っている。しかし、キャスターの持つ魔力を生成する技能を、彼は持っていない。魔力の燃費はいい方だが、それでもかろうじて実体を留まらせるだけで、宝具を使用するには能わない。
……致命的、な状況だ。
できる限りの手は尽くしたが
だから状況は一歩も進んではいない。彼女が再び襲われる事のないように、自分が護らなくてはならない。
先程のように、唯一の武器である針を使って外敵を傷つける事はできるが、それ以外に戦闘に使えるほどのものはない。宝具ですら、完全に病への特攻であるため向いていない。だから、騎士クラスのような攻撃力に優れたサーヴァントに遭遇した時、危険は計り知れない。
「————聖杯、か」
そう。
聖杯ならば呪いを完治するに足る魔力がある。
現状で宝具を使えないのなら、聖杯を求める以外に術はない。
……だがそれは、他のサーヴァントとの戦闘を強いられる事を意味する。
バーサーカーといえど彼は一介の医者に過ぎない。どれだけ薬で、手術で、患者を救おうと、同じ英霊を前にたったひと振りの太刀に対抗できる強靭さはない。……だから、これは身を捨てる覚悟の大きな賭けだ。サーヴァントであってもただの弱い医者である自分が、そんな賭けに勝つことなんて———
「——————成し遂げて、みせるとも」
……ああ、答えは初めから決まっていた。
彼女の声を聞いた時から、腹を決めていたのだ。
絶対に救わなければいけない。
絶対に勝たなければいけない。
医者としての使命よりも。
英霊としての矜持よりも。
一人の、心ある人間として、その少女を————
……だが、忘れるな。
オマエが生前、救えなかった者達。
万能の医者であるオマエが、ただ助けようとして取り零した命。
ソレらがオマエを無辜の怪物にさせる。
オマエの傲慢で死んでいった機能が、器官が、同じようにオマエに還りオマエの
臓腑は今も腐りながら仮初の生命を侵蝕している。
内側からの痛みに、魔力の身体が砕けて剥がれて磨り潰されそうになる感覚を味わう。
———私はきっと、あの汚濁に染まった眼差しを忘れられない———
光のない瞳。この世全ての闇を視て、絶望に濁った瞳。
その地獄から、光を取り戻したい。
自身が、同じく世界の運命に翻弄されたものだとしても。
それでも、彼女に比べれば些細なものだと耐えて立っていられる。
……後戻りはできない。
この傲慢が、二度目の生に与えられたただ唯一の意味なんだから。
「…………マスター」
目を閉じる。
数秒の苦しい沈黙。
あまりにも強烈な、痛みに満ちた感傷が駆け巡る。
目を開く。
苦渋に満ちた顔で、
「君の
そう、誓いを口にした。
*
不夜の南京路は、雲のかかった空を薄橙色に染めながら沈んでいく。
窓の外、散光の夜を眺める。
建ち並ぶビルは、コンクリート造りの楼閣と天に届かんばかりの摩天楼が同じ空間にある。
その隙間に人は息づく。完全な暗闇を抱えながら、それでも明かりを点けて生きている。
……聖杯から知識を与えられながらも、現代のこの地の風景は真新しく映る。
いや、私の時代にはまだ上海という街はなかったが。
その活気と虚ろな光芒はどこか、かの洛陽の都に似ている。
ああ———愚かな医者、なのかもしれないな、私は。
処刑された時ですら、きっと私は愚かだった。
だが愚かであったが故に、私は最期まで医者である私を見失わなかったのだろう。
……だから、過去にあった己の生涯は、今はどうでもいいのだ。
今は、これからの事を考えよう。
聖杯へと至る道を。全てのサーヴァントを凌いで、勝利を手に入れる方法を。
夜明けにはまだ、遠い。
立ち向かわねばならない敵が、この街に潜んでいる。
———なら切り開くのみ。
喩え未来が、腐りながら滅びる運命であろうと。
この身が堕ち果て、何者でもないモノになろうと、尚。
……己が尊き信念を、最後まで貫こうというのなら———
医者の英霊は拳を握り、明けない夜に沈思する。
安らかに寝息を立てる少女を、見守りながら。
【サーヴァントステータス】
<CLASS>
<マスター>
<真名> ???
<性別> 男
<属性> 混沌・中庸
<パラメーター>
筋力:E 耐久:E 敏捷:C 魔力:E 幸運:E 宝具:A+
<保有スキル>
1. 無辜の怪物:D
2. 方技(医):A+++……スキル「外科手術」の上位互換であり、「人体研究」「星の開拓者」としての側面をもつ。万病を治す神域の医療だが、科学の範疇を超えた呪いの治療は不可能。漢方薬の調合もこのスキルに含まれる。
3. ???
<クラス別能力>
狂化:E-……キャスター適正はなく、バーサーカーのクラスとして無理やり現界しているため狂化のランクは低い。
<宝具>
「???」