Fate/Fallen Craze -魔都の幻影-【現代中華Fate】 作:白木蓮之輩
最上階は心地がよい。高いところが好きだというわけでもないが、ただ、こうして摩天楼の頂点に立っていると、何もかも掌握しているかのような気分になれる。
無論、気分になれるだけであって、実際にそうなるわけではない。
野心を現実とするためには、何が必要か。若い頃からよく己に言い聞かせた、何かを真の意味で手に入れるためには、手腕と決心が必要なのだと。それが女であろうと、金銭であろうと、地位であろうと、魔術の秘法であろうと、聖杯であろうと、だ。
静かに呪文を唱える、目の前にあった一面のガラス窓が淡い光を放ち、その向かいにあるネオンの街と合わせるかのように眩い、数本の線条が浮かび上がる。それらの線条は形を変え、字へと画へと生まれ変わる。記されているのは私が数ヶ月に渡って調べ上げた、此度の仕事の資料である。
国家勢力との交渉の記録、手札。各競争相手の情報、弱点。戦闘に適した地形、万が一のための脱出経路。そして最短で目的に達するための、
人道を除けば、すべて完璧だ。幸い私は魔術師の端くれの錬金術師で、人道も所詮はマテリアルの一つでしかない。
血の滲むような努力、などと言う輩はみな阿呆だ。的確な方向性と、確実な下準備。この二つが揃えば、楽に充分な成果が出せる。
「そこに気が付けるかどうか、それが人の差だと思わないかね、キャスター」
「あら? そういう自惚れは男友達の前でしてくれます? 古来より狩りは男の役目、女は過程なんてどうでもいい、成果だけ持ってきてちょうだいな」
返答をくれたのは、私が此度の聖杯戦争で召喚したサーヴァントである。一面のネオンから目を外す、振り返れば彼女はベッドの上に転がっていて、服装は何時もの中華式のあれではなく、バスローブになっていた。
随分と現代に馴染んだものだ、それともありとあらゆる物を駆使して男を虜とするのが、かの英霊の性質であるのか。
「フェミニストに叩かれそうな言論だな、そういえば君は男尊女卑の時代の生まれだったかな?」
「その中の異類よ、私は。まうんてぃんぐなんて品も風情もないことは言わないお約束だったでしょう? 上下関係はべっどの上だけで充分、それも日替わりでお願いするわ」
成程、罪な女だ。
「なら、お望みどおりに」
ベッドにゆっくりと膝をかけ、少しずつ彼女に近寄る。上体のみ起しながら伏せていた彼女の肩を軽く押せば、何の抵抗もなく彼女は為されるままに仰向けとなった。まるで体重がないようだ。
「年齢の割にはお盛んなのねぇ……?」
「年齢の話はするな」
それに覆い被せるように身を置くと、彼女の頬が目前まで迫った。瞬間、苛烈で濃密な芳香が鼻腔を満たした。果実のそれとは程遠く、もっと肉質な、しかし赤子の乳香とも訳が違う、さらに淫美な、背徳な香気。それは今までの何度も嗅いだ雌の匂いだが、かつてのどれよりも鼻に残り、脳天まで突き抜ける。
手で水墨のような長髪を退かせば、そこには黒洞々とした眼がぽつりと静かに灯っていて、こちらを凝視していたかと思えば、また焦点がぼやける。誘っているのか?答えはきっと否であり、是でもある。
手のひらに収まりそうな華奢な頬を手で擦ると、カーテンにも似た秀麗な睫毛が目を匿う。桜桃のような小さく丸みを帯びた唇を軽く齧ると、火照った吐息が果汁のようにあふれ出す。あぁ、なんとも甘美な……
ありとあらゆる果物を蜂蜜と混ぜ、発酵させたような香りの濃さでいて、不思議なことに甘ったるさは感じない。
淫蕩でいて純潔、潔白の中に汚れを帯びる。それが彼女だった。
これほど強く抱き締めたのはいつ以来だろうか、このまま抱き潰したい欲求といつまでも傍に居てほしい情念が葛藤し、解けることなく正気を失う。彼女という名の海におぼれて、蕩けてなくなりそうだ。
***
寝台の横に予め淹れておいたアールグレイを一口すする、ホテルが用意したものだが、悪くない。
「お前もいるか?」
「プーアルなんてないのかしら? それは柑橘が効きすぎて呑む気が起きないわ」
「ほう、ならルームサービスでも呼ぼう」
やはり年なのか、体と脳が既にクタクタだ。脱ぎ捨てた服の中から小瓶を取り出し、内容物を数滴紅茶に垂らす。
「なぁにそれ? 精力剤?」
二回戦かしら。などと彼女は少し期待しているように見えた。
「まぁそうだな、しかも私特製だ。だが残念ながらお前に使う精力ではない、今の情報を纏めようと思ってな」
「えぇ……もっと構って頂戴よ……」
音もなく後ろから抱きつかれた。両腕は私の胸元で交差し、背中から懐炉にも似た暖かさが伝わる。
「後でな」
この国には温故知新、という言葉があるらしい。実にいい言葉だ。新たなるもの、まだ知りえないは配下に探らせているところだが、近頃芳しい情報はない。残念なことに、この四字成語の前半しか実行できない。お得意の情報閉鎖が始まった、ということか。
主なる組織は二つ。一つは、此度の聖杯戦争の運営側。同時にそれは、私がこの聖杯戦争に参加できるよう取引をした相手でもある。
「参加者と運営者の掛け持ち、か」
無論、向こうは出来レースにしようとしている。故に私も名目上彼らに協力し、最後には彼らに勝利を譲り、聖杯を渡すよう伝えてある。新薬の臨床実験と、聖杯戦争の体験。それと引き換えに、私は莫大な資金の提供と、彼らとの長期合作の契約を設けた。
お得意の情報屋をいくつか使い潰してしまったが、致し方無い。必要な投資、というものだ。
「とは言え双方、取引の約束など守ろうとはしない」
何せ聖杯である、リスクを冒して、契約を破棄してまでも手に入れる価値が、ソレにはある。最後の最後で、私は聖杯に手を出す。向こうもそれを見越して、口封じがてらに私を殺しにくるだろう。全く誠意の籠っていない、上っ面だけの取引だ、実に商人らしい。何せ戦争だ、何かしらのトラブルに巻き込まれて命を落としてもおかしくない。彼らはそういったトラブルに見せかけて襲い掛かってくる。
「隠蔽工作などしなくとも、私が死んだこと如きでカンパニーは動じないだろうがね」
「あら、薄情ね」
「私がそう組み立てた」
しかし
彼らに関しては、当分は協力関係を保ちつつ、堤防するのが得策だろう。
「もう一つの組織は通称、
「ふぅん……? 人心を惑わすものかえ?」
それだけなら、恐るに足らんがな。
「烏合の衆を優秀すぎるカリスマが統べる集団は、いつの時代だろうと、パブリックエネミーだ」
私が手を出すまでもないだろう。
「お前はお前の為すべきことを為せ」
「はぁい、
直に部下が報告に来る頃合いである。紅茶を一思いに飲み干して、着慣れた正装を掴み上げる。
窓の外を見れば、そこには合衆国とどこか似ていて、どこが致命的に違う風景があった。ここが異国であると、再認識させてくれる。思えば両親もよく旅行先の土産話をしてくれたものだ。
そこに映し出された散りばめられたネオンは一つの大きな、星空の幻燈を彷彿させた。偵察用の魔術礼装がとあるマンションの窓を横切ると、家族の団欒がそこにあった。遍く星光の一条だ。あの光の一つ一つに、一つ一つの家族と、その暖かな物語があるのではないのかと、ふとそう思った。遠い、あまりにも遠すぎる存在だ。くだらない、くだらない感傷だ。今の私には、会社がある、夢がある、野心がある。
聖杯だけを考えよう。心と決意を鉄にして、光沢すら帯びさせるほどに磨きあげれば。慢心と愛憎をどぶに捨て、退路すら見えぬほどに身を投じれば。
私は無敵だ。
久しぶりの投稿です……
受験とか色々ありました、申し訳ございません。
今年も私生活の方で、中の人ことブラックと白は両方依然として忙しいと思いますので、引き続き不定期連載となります。
来年こそ、安定した更新連載を!目指せ週刊!
次回は来週投稿予定です。
不届きなところをご指摘してもらえたら、大変有り難いです…
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