「………逃げよう」
束が去った後、簪はそう言った。
「に、逃げると言っても、まだ一夏たちも見つけていないのだぞ!?」
「………見捨てる」
「み、見捨てるってあなた、よくそんなこと言えましたわね!!」
セシリアが簪の首根っこを掴む。そこでようやく、簪の顔が彼女の髪以上に青くなり、震えていることに気付いた。
「………勝てるわけない………勝てるわけないよ……あんなの……」
「仮にも代表候補生でしょう!? 全員揃えばどうにか―――」
「―――ならねえよ」
上空で爆発が起こると同時に全員が聞こえた男の声を追った。
「桂木悠夜……貴様―――」
「更識簪の判断が最良だ。お前ら、今すぐここから離脱しろ」
「あなたの指図は受けませんわ!」
「犯罪者の言う事を聞く気はない!」
「………そうか。ともかくだ、そこの雑魚女2人はともかく、更識簪は今すぐ平坂コーポレーションの医療船に移動して姉を預けて来い。たぶん、そいつが死んだら地球が崩壊する」
突然のカミングアウトに2人は呆然とする。ただ簪だけは頷いて楯無を連れて消えた。
箒とセシリアは簪が行った方向を睨んだが、悠夜がため息を吐いたことで我に返った。
「一体どのような経緯で平坂さんがあなたを逃がしたかわかりませんが、わたくしたちがあなたを捕まえますわ」
「覚悟しろ、桂木悠夜」
「………そんなことよりも、良いのか?」
「何がだ?」
「俺に構うのは良いが、白騎士がお前たちが好きな織斑一夏なんだが?」
二人は驚きを露わにする。さっき零司から受けたダメージは絶対防御があるとは言えシャレにならないレベルだ。
「クソッ!?」
「今日の所は見逃してあげますわ!!」
「うっわー小物くせー」
棒読みでそう言った悠夜。2人の姿が無くなったのを確認した悠夜は自身も白鋼と同じ機体を展開して目的地へと向かった。
白騎士がダメージを食らって落下する。それを見たマドカは信じられないという気持ちもあったが、何よりも急に現れて横取りをした存在に殺意を芽生えさせた。
「おい……貴様……」
「…………」
「……よくも………私の獲物をぉおおおおおおおッッ!!」
斬りかかるマドカ。しかし零司はその攻撃を蹴りでいなし、怯んだマドカに容赦なく連続で蹴りを入れる。
フィニッシュと同時に吹き飛ばされたマドカはいくつかの施設を破壊して―――突然斬られた。
「何ッ!?」
マドカは目を疑った。それもそうだろう。さっき飛ばしたはずの白鋼が自分の背後にいるのだから。
「貴様、どうやって―――」
「―――弱い」
白い装甲に紫の筋が現れる。白鋼の背部スラスターから紫色の粒子が放出される。
「消えろ、ゴミが―――」
白銀の剣を展開した零司はマドカに振り下ろしたその時、とある機体が乱入した。
「横から失礼」
「桂木悠夜!? 貴様が何故ISを―――」
「普通のISとは違うんでね。零司、ここは引け。更識楯無をやったのはこいつじゃない」
「……………」
悠夜に言われた通り、零司は武器を収納する。
「…………君、その機体をどこで手に入れたの? 今の技術じゃ黒鋼の再現なんて無理でしょ」
「お前の白鋼と同じ経緯だ。楓が開発したRコアによって生み出した。だからほぼ全機能が使用可能だ!」
ドヤ顔をする悠夜に零司は笑った。
2人にとってこうしてバカをするというのはとても楽しく、至福とも言える時間でもあった。もっとも、零司にとっては簪の世話を焼いたり楯無と話をしたりする方が楽しいが。
「―――おい」
だがそれはマドカにとって関係のないことだ。
「何を談笑しているのだ!! どけ! 悠夜! 何なら今すぐミンチに―――」
「余計な喧嘩を吹っ掛けるな。悪いな零司。この戦闘狂、織斑一夏にご執心でさ」
「こっちこそごめん。君の彼女を再起不能にしてしまう所だった」
「誰が彼女だ!?」
「全く。少しは状況を見ろよ。お前の敵は白騎士だろう?」
悠夜は冗談めかしてそう言うと、零司の笑みが消えた。
「………ああ、そうだった」
周囲に殺気が漏れ始める。それを感じた悠夜は笑みを浮かべるが、触れれば消滅する気すら感じるマドカにとって恐怖を感じ始める。
「本当はね、悠夜。君と全力で戦いたいけどまた今度にしよう」
―――ここは地球だから
そう言って零司は穴を生成し、その中に飛び込んだ。
「………撤退した、のか………?」
「そんなところだ。ま、確かに俺たちが戦う舞台は地球じゃ狭すぎるな」
笑みを浮かべながらそう言った悠夜は、どこかに行こうとするマドカを掴んだ。
「離せ! 私は織斑一夏を―――」
「今は止めておけ」
悠夜の顔は真剣だった。
まるで愛しい人―――とまでは行かないが、まるで大事な何かを思う目をマドカに向ける。
「お前じゃ、零司は勝てねえよ」
「ふざけるな!!」
マドカが叫ぶ。その叫びはまさしく何かを折られそうになり縋るそのものだった。
「私はたくさん努力したんだ。ずっと死に物狂いだったんだ! それを、あんな訳の分からない存在のために諦めろって言うのか!?」
「そうだな」
悠夜は残酷にもそう言った。
マドカは《フェンリル・ブロウ》を展開して悠夜に攻撃する。しかしそれよりも早く悠夜がある剣を展開して《フェンリル・ブロウ》を破壊した。
「…………例え、お前が努力したところで―――超えられない壁というものは確かにある」
「………………」
沈黙するマドカ。あまりの呆気なさ故に放心してしまった彼女に通信が入る。
『エム、今すぐ撤退しなさい。………エム?』
「こちらで通信を確認した。エムと共に帰投する」
『………あなたには色々と聞きたいことがあるわ。桂木悠夜』
「お好きなように。ただ答えられないものは答えない。それだけだ」
マドカを掴んだ悠夜は離脱した。
既に話は通っていたみたいで、簪の姿を確認した船はヘリポートに着陸を指示する。
指示に従った簪を既に準備されていたストレッチャーと医師団に楯無を預けた彼女は自分の父親である更識茂樹に連絡した。
『………何のつもりだ、馬鹿娘が』
「どのような内容で、零司に私を助け出させましたか?」
簪は本音を助ける時、予め本音から今回の騒動の断片を聞いていた。その中で簪がとても気になってものが一つだけあったのだ。
―――零司が簪を救出すると言ったこと
一夏曰く、最初は参加を拒否していたとのことだが、それが急に参加すると言い出したのだ。本音もどう考えてもおかしいと思ったが、あの時は作戦行動中だったので通信を制限されていたが今は違う。状況はたった一人の乱入によって混乱している。だからこそ簪は確認を取るために電話をかけた。
『………一つはお前の絶縁を白紙にすること。そしてもう一つは―――お前たちを零司君に譲渡することだ』
「………そうですか」
そう言って簪は電話を切り、楯無を渡した時に案内された部屋に入ろうとすると後ろから声をかけられた。
「―――更識、他のみんなを知らないか?」
「………さぁ。もしかしたらもう手遅れかもしれません」
「………何を知っている?」
千冬から少し殺気が放たれる。しかし簪は物怖じせず答えた。
「平坂零司が怒ったこと。それによって―――世界消滅の危機に瀕していることです」
そうはっきりと言った簪。千冬はその言葉を信じることができなかった。
気が付いた白騎士は自身の損傷率を確認する。咄嗟に防御をしたことが功を奏したか左腕部装甲のダメージのみで済んでいた。それもまた、異常な回復力で完治しつつある。
そしてまた白騎士が飛び立とうとした時、さっきまで白騎士がいた場所が―――消失し、クレーターを作った。
『…………』
「…………」
2つの白が対峙する。白騎士は既に目の前の存在を消すことを決めており、ビームで迎撃して隙を作る。しかし目の前の白にビームが当たることはなく、10㎝ほど前に展開されているバリアにぶつかり相殺される。
『………化け物が』
「随分と人間らしいことを言うじゃないか。機械風情が」
白騎士の背部にビームが直撃する。シールドエネルギーが大幅に減るが、後ろに気を取られた白騎士は前からの高速移動からの斬撃を諸に食らった。
―――それほどまでに、零司の攻撃は早かった
手の平に球体を瞬時に生成後すぐに無数のビームを白騎士に向けて飛ばす―――と認識した瞬間に白騎士は既に斬撃を食らう。その硬直を狙ってかビームがぶつかり、白騎士にダメージを与えていく。
『………あ………ありえない………こんなところで………私が………』
「君程度のレベルなんてこの世にゴロゴロいるさ」
零司の手から白い球体が生成する。しかしそれはビームを放出するタイプではなかった。
白騎士は離脱する。だがその行為自体が無駄だった。
「貫け」
白騎士の身体をエネルギーが貫く。それによって装甲が弾け飛んだ。
白式の装甲を一部残した一夏が海へと落下する寸前、零司が風で受け止めた。そして―――かなり手を抜いて装甲を解除した足で顔を蹴る。
「グガァアアアアアアアッ!!??! ……って、あれ? ここはどこ―――って、痛ぇええええええッ!!!」
痛む一夏を余所に零司は一夏が装備している白式のガントレットを掠め取る。その光景をたまたま見ていた一夏は量子変換して消失させる零司に食ってかかろうとするが、激痛で倒れた。
動かない一夏を風で船の方に飛ばし、自身もまた船に向かう。その道中で零司の方に砲弾が飛ぶが、寸前に回避する。
飛んできた方向を見た零司。視線の先には専用機持ちたちが攻撃態勢を取っている。
「貴様が一夏から奪った物を返してもらうぞ、平坂零司」
ラウラが代表でそう言うと、零司は右手で中指を立てた。どうやらそれは予測していたようで打ち合わせしていたのか鈴音を乗せた箒が接近した。
「覚悟!」
「当たれ!!」
衝撃砲が高速で撃ち出される。零司はそれをすべて叩き落とす。
「嘘ッ!?」
「君たちの常識が僕に通じるわけないじゃん」
鈴音の後ろに現れた零司は鈴音に掌打を叩き込む。一瞬にして大半のシールドエネルギーを消失させられた鈴音を守るため箒が鈴音を敢えて捨てて零司に接近する。
「もらった!!」
「墜ちなさい!!」
下からシャルロットが、周囲からビットが零司を襲う。しかしどの攻撃も零司に届かない。それどころか―――シャルロットの機体が完全に再起不能に陥っていた。その近くではほとんどの装甲が吹き飛んだ紅椿を纏う箒が倒れている。
「好きな人のために戦うその姿勢は良いと思うよ。でもさ―――」
―――君たちにはその資格はないかな
今度はラウラの番だった。
ラウラの下から強力なエネルギーが放出される。それが装甲を全て消し飛ばした。
「………そ………そん…な……」
「ラウラさん?!」
「貴様ァアアアアアアアッッッ!!!」
まるで箒の思いに応えるかのように紅椿が加速する。だがそれは悪手だった。
「この白鋼は僕の理想を体現している」
箒は零司を斬った。でもそれは残像であり、箒は後ろからエネルギーの塊を食らわせられて吹き飛ばされる。装甲の大半が吹き飛んでいた。
「後は君だけだね、セシリア・オルコット」
「………こんな……ありえない……」
「本当だね。僕だって驚いている」
―――君たちがここまで弱いなんてね
そう言った零司はセシリアの眉間を狙撃銃で貫いた。もっとも、絶対防御が発動して彼女は無事だが、その威力はいくらダメージを負っているとは半分以上あったシールドエネルギーを空にしてセシリアを気絶させるには十分だった。
零司はようやく終わったと一息入れると白鋼のハイパーセンサーに次々と機体の反応が現れていく。
「…………妹やられて姉登場?」
どの機体も展開装甲が装備されている。しかし零司は臆することなく、次々と専用機持ちたちを自分の方へと引き寄せ、箒を回収し終えたばかりの真耶の方へと飛ばす。
「さっさと消えてくれるとありがたいんだけど」
「い、一体何をするんですか!?」
その質問はするべきではなかったかもしれない。零司を喜ばせるだけであり、今も零司は笑顔を浮かべている。
「サンプルはもう十分だし、この場で回収したところでどうせ没収される―――なら、後を残さず消えてもらうとするさ!」
両腕をそれぞれ対局の場に伸ばす零司。すると彼の両横に亀裂が入り、穴が開く。そこから放出されるエネルギーが白鋼に吸収される。
「おっと。ここじゃ場所が悪いか」
零司が消えた。少なくとも真耶にはそう見え、新しい反応が現れるまでそう思っていた。
真耶の機体に白鋼の異質な反応が示された時には零司は真耶の上にいて、横に伸ばしていた腕を自分の胸に持って行く。認識性なのかある程度の位置に腕が移動したとき、エネルギーが球体に収束されていく。
機体が零司に攻撃を開始する。しかし―――すでに遅かった。
ビームというビームが球体に吸収されていく。そして―――零司はそれを解放した。
「―――ディメンション・ブラスター!!」
開放されたエネルギーが強襲した機体を一体残らず消失させた。それを近くで見ていた真耶は―――文字通り絶望した。
Rコアとは正式名称を「リフレクト・コア」といい、、篠ノ之束のクローンである篠ノ之楓によって生み出されたその人間が思い描く「最終地点」を顕現する第二のISコアである。
基本性能は普通のISと同じであり、白鋼にもハイパーセンサーはもちろん、絶対防御機能も備わっている。ただ違う所と言えば男にも扱えることができ、尚且つ性能は人それぞれなのだ。言わばその人間が目指す最終地点を生み出すコアである。
それ故に楓はそのコアを3個しか作らず自身を解放した悠夜とその親友でタフな零司に渡した。
「………正直、平坂零司にコアを渡したのは後悔している」
「そう言うな………って言いたいんだけどな。流石に……これは………」
「とはいえ、あなたも似たようなものですけどね」
厳しい言葉に悠夜は視線を逸らす。
「仕方ないじゃないか!! 男にとって「大量殺戮」と「綺麗な攻撃」のハーモニーは絶妙なんだから!!」
「仕方ないもくそもないでしょう」
睨む楓だが悠夜は臆するところか平然と楓の頭に触れた。
「だがアイツも俺も、「宇宙」に対する警戒心は強い」
「………それもそうですね。ま、それでもかなりアウトな機体ですが」
楓がそう言うコアを作ったのは、それが一番手っ取り早いから。
そもそも楓も普通のISコアを生み出すことができ、さらに普通のタイプで男でも動かせるコアを作り出すことができる。だがそれを安易に公表するのは今の社会を最悪の形で荒れさせることを危惧したからだ。
悠夜が持つ黒鋼、そして零司が持つ白鋼ならばそれは起こらない。装着し、理想の体現を登録したところで機体は装備者のモノとなり、開放するにはそれこそ無謀とも言える難題を解かないといけない。解こうとすれば割に合わないほどの時間がかかる。さらに言えばいずれ来るであろう宇宙からの侵略者などを撃退するにも必要だったりする。だからこそ、束製のISがあれだけのスペックを持っていてもある意味おかしくないのだが。
「ともかくしばらく様子を見ます。あなたは?」
「……亡国機業に戻る。最悪お前と合流することも視野に入れるさ」
そう言うと楓は悠夜の頬にキスをしたあまりの不意打ちと全く警戒していなかったことから悠夜は受けたが、様子から悪い気はしていないようだ。
ま、人の欲は無限大ですからね(笑)