骸骨と狐の最後の時
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点である『ナザリック地下大墳墓』。10階層にも及ぶ階層のうち、第9階層にその部屋は在った。嘗てはギルドメンバー41人全員が勢揃いした円卓の間だが、今はその圧巻たる姿は無く、僅か3人がそれぞれの席に着くのみである。
その内の一人であったヘロヘロも眠気の為ログアウトし、円卓の間にはだんだんと小さくなる言葉が虚しく響くだけであった。残った二人のどちらかとも知れない溜息が溢れる。
このギルドは社会人で構成されている。それぞれに
しかし、
「ふざけるな!」
怒号と共に振り下ろされた両手がテーブルに叩きつけられる。
怒りを顕にする漆黒のローブを身に纏った骸骨の異形の姿をした存在…"
そんな彼の膝の上にひらりと飛び乗るのは九本の尾を優美に揺らす妖狐…"九尾の狐"だ。小狐形態を取っているミーシェは、そっと彼の肋骨に頬を摺り寄せると尻尾でテーブルを叩いた手を宥めるように撫でた。その存在に気づいて、モモンガはそっと息を吐き出した。
「すみません、ミーシェさん。取り乱して」
「いいえ。あなたの憤りも…悲しみも、理解できますから」
きつく握り締められた拳を開いて、膝の上からこちらを見上げるミーシェの頭に触れた。
「もふもふしてもいいので、落ち着いてください。お別れまであと少し…悲しげなあなたより、わたしはいつもの楽しそうなあなたを見ていたいです」
「ミーシェさん……」
そうですね、と笑顔のアイコンを出したモモンガは、ひとりしきりミーシェの毛並みを堪能した後、ふと宙に浮くこのギルドの象徴であるギルド武器"スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン"見つめた。手が離れた事に頭を持ち上げたミーシェも、彼の視線の先を見つめる。思い出すのはこれを作り上げるために仲間たちと共に冒険を繰り返した日々。
「せっかく苦労して作ったのに、結局使う場面はありませんでしたね」
ミーシェの言葉に「そうですね」と頷く彼に、ひとつ提案をした。
どうせ最後なのだから、ナザリックの支配者らしくいきませんか、と。
「モモンガさんはこのギルドのギルドマスターです。それはあなたが持つに相応しい。行きましょう、玉座の間に」
勝手に持ち出すことに抵抗のあったモモンガだが、最後くらい良いかと思い直して言われた通りスタッフを手に取った。
禍々しいオーラを放つそれは、まさしく死の支配者である彼にピッタリだった。
そうして、部屋を出た先でNPCであるセバス・チャンや個性的なメイド服に身を包んだ女性陣-戦闘メイドプレアデス-達を先導して移動した。ミーシェもモモンガの肩に乗りその先へと進んでいく。
辿り着いたのは精巧に作られた女神と悪魔を象った両開きの扉だ。今にも動きだしそうなその扉を抜ければ、目の前に広がるは静謐さと荘厳さを兼ね備えた雄大な玉座の間。天井から床、シャンデリアに至るまで作り込まれた圧巻の空間だ。
その奥に聳え立つ玉座へと腰を降ろしたモモンガと、その肩から降りて再び膝へ腰を下ろしたミーシェ。
数える程しか訪れたことがない部屋を、彼女は物珍しそうに見渡した。その視線が部屋の両脇に下げられたギルドメンバーを顕した旗に向く。
モモンガもそちらに視線を向け、骸骨の指先を伸ばしながら一つ一つその旗に刻まれた名を呼んでいく。
「ミーシェさんと初めて会った時のことも、今では懐かしいですね」
モモンガが懐かしむように言う。ミーシェも今とは違う装備を纏っていた死の支配者を思い出して「そうですね」と返した。
「集団でPKにあっているのを見かけて、助けようと思ったら……ふふっ、そんなの必要ないとばかりにあっという間に倒して。あの時ウルベルトさんも一緒で、驚いてたなぁ」
クスクスと笑う声が聞こえた。思い出すのは、低モンスターとして知られる妖狐種族の中でも最弱の野干であった最初の頃の記憶。
「聞いたら最近始めたばかりの低レベルなのに、倍近くあるプレイヤーを難なく倒して、ほんと驚きましたよ」
「レベルや魔法だけじゃないんですよ。あんな戦い方もなってないプレイヤー、素手でぶっ倒せます」
「あははっ!そうそう、スピード重視で接近戦こそミーシェさんの得意な戦い方ですもんね。あっという間に間合いに入られて、気づいたらぶっ飛ばされてますもん」
脳筋とも思われるが、ミーシェの戦い方は一切の無駄のない流れるような素早い動きで、的確に狙う。尻尾すら自身の体の一部として違和感無く扱うことのできるミーシェに死角はなかった。
「その後、ギルドに誘われたんですよね」
「ミーシェさんは最年少で、誰よりも過酷な場所で働いてて…なのに数日も開けずにギルドに来てくれて」
それは、ずっと変わらなかった。だんだんとギルドから去りゲームを辞めていく仲間の中で、最後まで残ったのはモモンガを除いてミーシェだけだった。
「モモンガさんをひとりにはしないって、決めましたから」
真っ直ぐに見上げるミーシェに、モモンガは息を呑む。
「傍にいます。最後まで」
「ありがとう、ございます……」
泣きそうな声だと、思った。
去っていくギルメンを見送っていたあの頃のように寂しげなモモンガに、ミーシェはハッとして話を変えた。
「わたしはこのナザリック地下大墳墓を拠点としてからしか知りませんが……とても、楽しかったです。いっぱい笑って、馬鹿やって、共に戦って……」
「はい」
「それこそ、初期から皆さんと共にいて、共にギルドを創り上げてきたモモンガさんは……」
「はい。たくさんの思い出が詰まったユグドラシルも…今日でおしまい。ああ、楽しかった……本当に、楽しかったんだ」
震えるような声で呟くモモンガに、ミーシェも頷き、その骸骨の手にそっと己の獣の前足を乗せた。
「わたしも、です。あなたに出会えて、みんなとこのギルドで過ごして、わたしは無くしたものを取り戻せた。楽しい、と…嬉しい、と…感情を思い出し、笑う事ができた。ああ……いつぶりだろう?こんなにもたくさんの想いで溢れるのは」
今ではもうすっかり色褪せてしまった遥か遠い記憶…それでも尚忘れられずに縋り付くばかりの記憶。その中でのみ存在していた感情がこのゲームを通して再び思い出す事ができた。ここで知り合い仲良くなった彼らは嘗ての仲間達と同じ位大切で大好きな存在だ。そう思えるのも、全ては彼の存在があったからだ。
膝の上で見上げるのを止め、そこから降りると今までの獣化の第1形態(小狐姿)から最終形態(本性)になると、ふさりと揺れる尻尾で玉座ごとモモンガを包みこんだ。そしてその顔をモモンガへと近づける。
「モモンガさん、ありがとうございます。あの日、わたしを見つけてくれて。わたしを、このギルドに迎えてくれて。あなたのおかげで、今のわたしはいる。またひとつ、忘れられない、かけがえのない思い出が増えました。いつか終焉を迎える日まで、きっとわたしは忘れないでしょう……ええ、きっと」
長い…永い時を生きてきた。その中で、また忘れられない思い出ができた。終焉を願うばかりの身ではあるが、それでもこのキラキラした思い出を胸に滅びを迎える世界を生きて行こう。最期まで。
「共に居てくれてありがとう。……そして、さようなら。願わくば、いつかまたあなたに出会える日を。あなたと笑い合える日を、願っています」
暖かさを感じない骨の身に頬を寄せ、感謝の意を込めるようにそっと目を伏せてその瞬間を待つ。モモンガも骸骨の手を伸ばしてミーシェの頬に触れ、彼女に感謝を述べた。
最後の最後まで共に居てくれて、ありがとう……と。その言葉と共に、時刻は0:00を迎えた。
迎えた……のだが。
「終了、しませんね……?」
「延期…でしょうか?でも、コンソールも出ないしGMコールも使えない。変だな?」
目を開け、顔を離した二人は何も変わらない周囲の様子に首を傾け、それぞれ試してみるがその全てが徒労に終わった。
「どうかなさいましたか?モモンガ様、ミーシェ様」
自分達しかいないと思っていた空間に、第三者の声が響いた。呆気に取られるモモンガを横にミーシェは瞬時に警戒態勢をとる。彼を守るべく9本ある尻尾のうち4本を残すと、声の方に振り向くと同時に攻撃すべく残りの尻尾を向けた。しかし、それは相手を視認した途端動きを止めた。
「アルベド……?」
「はい、ミーシェ様。守護者統括のアルベドで御座います。至高の御方の会話を遮り不躾にもお声掛けしご不快にさせてしまったこと、誠に申し訳ありません」
如何様にも罰を、と平伏した体勢で更に深く頭を垂れるアルベド。その口元は、表情は、NPCとして設定されていたものではなかった。自然と……そう、感情を伴って動いていたのだ。有り得ない。そんな仕様、ユグドラシルにはなかった。ミーシェは混乱しながらも焦りは禁物だと息を吐き出すと警戒をとく。
「緊急事態だったから、警戒した。ごめんなさい…アルベドは悪くない。過剰防衛だった」
「そんなっ!ミーシェ様が謝罪される事など御座いません。配慮に足りなかった浅はかな我が身こそ愚劣極まりなく、死を持って償いをさせて頂きたく存じます」
深々と頭を垂れ断罪を待ち望む罪人のような悲壮感を漂わせるアルベドが発した言葉に先程の比じゃない程驚愕する。
なんだ、この、ものすごく…それこそ神を崇めるかのような従僕の言動は。動揺しつつもミーシェは尻尾をひとつ伸ばすと艶艶とした漆黒の髪の天辺に置き、優しく撫でた。
「アルベド。わたしは、アルベドが大好き。このナザリックにいる皆も、そう。だから…そんな悲しいこと、言わないで」
ただ話しかけただけじゃないか。確かに驚いたけど。でもそんな些細なことで罰とかない。
それに、アルベドを咎めるならば、自分も先程大切な仲間に対して尻尾を向けて攻撃しようとした。
「さっきのアルベドの無礼(とも思ってないけど)を、許す。だから、アルベドを傷つけようとしたわたしのことも、許してほしい」
「ミーシェ様からの謝罪など不要で御座いますが…勿体なきお言葉、ありがとうございます。愚かな我が身をお許し下さるミーシェ様のご慈悲に感謝を」
何故か涙を目に浮かべてもの凄く感動した様子のアルベドに、もうどう対処していいかわからないというように救いの目をモモンガに向けながら話を逸した。
「えーっと、あの……モモンガさん。その、これからどうします?」
尻尾から解放されたモモンガは、先程のやりとりで何かを推測したのか、ミーシェに変わって次々と指示を出して行く。まず、セバスが呼ばれた。
「大墳墓を出て、周辺地理を確認せよ。もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的にここまで連れてこい。交渉の際は相手の条件をほぼ聞き入れても構わない。行動範囲は周辺一キロに限定。戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様。直ちに行動を開始します」
本拠地を守るために創造されたNPCが拠点の外に出られるかを確認するのか。ゲームであれば絶対に不可能な事であったが……それはその時ハッキリする。
モモンガのやろうとしていることを察したミーシェは静かに聞いていた。
「プレアデスから一人だけ連れて行け。もしお前が戦闘に入った場合は即座に撤退させ、情報を持ち帰らせろ」
ひとまずの手を打ったモモンガだが、そこでセバス以外の声が上がった。
「モモンガさん。わたしもセバスさんに同行してもいい?」
「ミーシェ様⁉」
驚愕とも非難とも言うべき声を上げたのはモモンガではなくアルベドやセバス達であった。モモンガは冷静に「何故だ?」と問うた。今この状況で安全な場所から外に出るのは危険だ。未だ絶対な味方だと保証もないNPCと行動するのも。
「もちろん、本体で外に出るつもりはない。分身体を創り出す。外の世界が未知である以上、セバスさんはともかく…プレアデスはレベル的に不安」
これは今のキャラクターのスキルが問題なく使用できるか試す為でもあるし、万が一先程懸念したように戦闘となった場合、分身体ならば囮にも時間稼ぎにもなる。
「しかし、至高の御方であるミーシェ様を危険に晒すわけにはいきません。我が創造主たるたっち・みー様により、貴女をお守りするよう言いつかっております」
「(至高の御方?)……セバスさんがわたしを想うように、わたしもセバスさんが大事です。分身体なら消えても問題ないし、それであなた達を守れるのなら本望です」
お互い譲らないといった姿勢だが、そこに手を加えたのは黙って聞いていたモモンガだった。
「わかった。確かに分身体ならばこちらに損失は出ないし最適な手段だ。分身体は消滅すれば見聞きした情報は本体に集約される。ミーシェさんの同行を許可する」
「ありがとうございます、モモンガさん」
モモンガが許可した以上セバスはもう何も言えない。せめてそんなことが起こらない事を願うばかりであるが、それまでは全力で警戒してミーシェを守る所存だ。
「プレアデスからはナーベラルを連れて行ってもいいですか?〈飛行〉で上空からも見てほしいので。アサシンのスキルで不可視化はわたしがかけられますし」
もう一つの提案も通り、ミーシェは戦闘も考慮してステータスの劣る職業スキルの《分身体》ではなく、種族スキルの《分御霊》の方を使用した。
「(問題なくスキルが使用できた……)それでは、行ってきます」
セバスとナーベラル・ガンマを引き連れて玉座の間から出ていくのを見送り、本体であるミーシェは再度モモンガを見上げた。
「見聞きした情報はリアルタイムでモモンガさんに伝えられるので、他に確認すべき問題に取りかかりましょうか」
「そうだな……」
スキルは問題なく使用できるみたいだが、魔法はどうなのだろうか?前衛職であるミーシェはともかく、モモンガは魔法職だ。魔法が使えなければ戦闘能力はもちろん、行動範囲も情報収集能力も格段に落ち込んでしまう。
いくらかはミーシェがカバーできるだろうが、彼女にばかり負担を強いるわけにはいかない。
「魔法の確認なら、第六階層の円形闘技場なら広いし…多少破壊しても問題ないと思う」
「そうだな。あとは……」
チラ、とアルベドやプレアデス達を見やる。
もう一つの懸念事項、それはNPC達の忠誠心だ。ゲーム内であればゲームデータとしてそうあるように設定されているから書き換えない限りは不変であるが、今目の前で起こっているようにNPCが自我を持ち行動し始めた今ではそれは絶対とは呼べないだろう。
ナザリックのNPCはモモンガらと同レベルであり戦力も匹敵する者らが幾人か存在する。万が一裏切られたらたった二人で乗り切るのは難しいかもしれない。
「そうだ……!モモンガさん、第五階層に行ってもいい?」
「ん?なぜだ?」
今そんな話が出ていただろうか?頭を傾げるモモンガに、ミーシェは至極簡単な言葉を口にする。
「コキュートスに会いたい」
「コキュートス…第五階層の階層守護者か」
確か、ミーシェは先程のセバス同様コキュートスの事もお気に入りだった。彼らのように自我を持ち言葉を交わせるならば、確かに会いたいと思うのも不思議ではないが……。今しがた考えている事を踏まえると、少々不安だ。
「大丈夫、そっちも《分御霊》で行くから。万が一…は、セバスさんと同じように、コキュートスなら起こり得ないと思うけど。……まあ、あくまで設定のままなら、だけど……。でも、身の危険が迫るような問題は起こらないと、《野生の勘》は告げてる」
「ミーシェさんの
「「了解いたしました」」
「わかりました。コキュートスにはわたしが伝え、一緒に行きます。警備は《分身体》の方を何体か出してプレアデス達に付けましょう」
《分御霊》は一日9回までだから、あと7回使用できる。《分身体》ならば人数に制約もないし、ナザリック内ならば多少ステータスが落ちている分身体でも大丈夫だろうと、ミーシェはスキルを発動させた。
ぽふん、と白い煙を上げて小狐姿のミーシェが複数現れてプレアデス達の肩に乗った。それを見て満足したのか、《分御霊》も彼女達と共に玉座の間から出ていった。