改めて客人扱いを受けた由良達は、連れられて食堂へと案内された。
30名ほどが収容できるだろうか。その食堂に案内されると、今から料理を作るのでと黒服の少女達は各々にエプロンを身につけて厨房へと入っていった。姉妹らしいというか、非常に和気藹々とした空気だ。
「今日は生鮮食品があるからご馳走よ」
警戒を解く気はなかったのか戸口で待機する陽炎が、しかし打って変わって笑顔でそう答えた。彼女達第31部隊ががこの基地に立ち寄るのは、そういう食材を初めとした品々を搬入する為でもあるそうだ。
始めはじっと待機していた第11部隊の面々とジャックだったが、我慢できなくなったらしい。やがて吹雪と五月雨が立ち上がると、「お手伝いします!」と名乗った。いえ客人だからと断られたが、吹雪が折れなかったのでならばと彼女もエプロンを借りて厨房に入っていく。
調理姿を見せてくれる彼女達だったが。ある程度落ち着いた所でそれに気づいたらしい。
「自己紹介してないにゃし!」
ということで、睦月型の彼女達は一人ずつやってきた。個人個人の紹介で、いろいろと話してくれる睦月がいたかと思えば名前だけ言って去る弥生がおり、非常に真面目そうな三日月がいたかと思えば、語尾にびょんをつける変な卯月がいたり。
陽炎と不知火ら第31部隊の面々も含めて一通り終わり。
「以上なのです」
「睦月型駆逐艦にはあと、水無月と夕月がいるそうだけれど。彼女達は?」
「二人は戦没しちゃったんだ。艤装もまだ回収されてないみたいだね」
その割にはあまり深刻そうな様子を見せず、金髪の皐月と言う少女が答えた。また、長月と菊月の艤装が回収されているということは、オリジナルの長月と菊月もまた沈んでしまったということである。なので生き残りのオリジナルは睦月、如月、弥生、卯月、皐月、文月、三日月に望月で8名であった。
「ところで、料理もいいが夕張はどうなった」
「今、アンジーと話してるぴょん。もう少しでアンジーもわかってくれそうだぴょん」
「監視とかは」
「あの人は悪い人じゃないのですよ」
悪い人間ではないだろう。だからといって放置するのもどうなのだろう。危機管理が出来ているのはもしかして陽炎くらいではなかろうか。彼女が厳しい態度を崩さない理由が、ジャックにはわかった気がした。
ジャックは改めて部屋を見る。外観など拘らず突貫で工事したような質素な建物ではあるが、それでもどうにかしようとしているのか、ぬいるぐみや写真などが数少ないながらも飾られている。
写真は、どれもこれも複数人が映っている。『祝、キス島作戦完了!』と書かれた垂れ幕が掲げられていたり、クリスマス行事らしい風景の一幕だったり。その中でも丁寧に飾られている写真がある。13名が並んでいる集合写真。厨房にいる面々がそのままの姿で映っている。なんとなく雰囲気の似ている緑髪と白髪の少女が恐らくオリジナルの長月菊月で、見知らぬ残りの黒セーラーの子が水無月夕月であろう。そして彼女たち12人が中央の少女、夕張似の娘を囲んでいる。
皆、笑って写真になっている。
これは、どれほど昔の記録なのか。その詮索は、ジャックはしないことにした。
そうこうしているうちに良い香りが漂ってくる。人工知能アンジーとの目的を済ませた夕張も文月が連れて来て、晴れてこの基地にいる全員―――他にいなければだが―――が揃った。
「じゃん。牛すき煮風なのです!」
盛りつけたそれを、白米と共に並べていく。味噌汁もだ。
全員が席に着いたのを確認して、やはり一団の長らしい睦月が声を上げた。
「それじゃあ」
『いただきます!』
手を合わせて。
実に自由な夕食だった。早速に友人関係を築いたらしき吹雪と睦月が、席を隣り合わせて話しながら食べている。もくもくと箸を進める弥生と望月がいる。卯月と皐月が、改めて由良やジャックに話しかけて、鎮守府の話などを掘り出そうとしてくる。飽きないほどに賑やかな食事だった。
鎮守府にも食堂はあり艦娘も集う。ファットマン社の人間と艦娘が同時に利用できる場所もあり、そこにはジャックもお邪魔したが、これほどではない。少女達は少女達として個では相応だが、部隊で隔てられた彼女たちはどこか余所余所しい。その風景とどちらがよいか。そんなものは、ジャックとしても思考するまでもないわかりきったこと。
夕食を終えると、じゃんけんで片付け係を決めた彼女達はまた各々に動き出した。見事勝ちを収めた娘達は食堂側で休むわけだが、弥生は硬い表情でじっと座り、菊月も読書だ。この二人、口数が多い子とは思えないが、あまり友好的とも言いがたいのでジャックも見守る他がない。ただ、五月雨が弥生に話しかけると普通に応対をするし声に棘もない。そういう子らしいと、彼も理解した。
夕張はもう少しやることがあるといってまた部屋を出て行き、それに望月もついていっていた。
食後の、ゆったりとした時間。
と、菊月が本を閉じると、ジャックの下にやってきた。
「先ほどは悪かった」
「何がだ」
「物言いがきつかった。反省している」
「いや、こちらこそ失礼をした」
彼女達は、睦月達オリジナルを守りたいと思っているのだろう。であれば警戒をするのも道理、伴って応対が厳しくなるのもまた然りだ。
その白髪の少女は、続ける。
「私は、艦娘に憧れて登録した。強くて、かっこよくて、誇り高い。責任を全うする力。私も、そうありたいと思う」
述べながら、菊月はジャックの対面に座って。
「私は弱者の側だ。そのつもりはなくても、与えられた仕事をして、そうして逃げてきた。だがそれは違うのだと、睦月達が教えてくれた。強大な敵を強大な味方に任せるのではない。皆で戦い共に乗り越えるのだとな。だから、そうして生きようと努力しているつもりだ。共に戦うのに、枷にはなりたくないからな」
この子も吹雪同様憧れで、憧れの通りにあろうとしている。吹雪とはほんの少しだけ立場が違うだけで、本質は同じ。
「それが、本来の君達艦娘のあり方なのだな」
仲間は見捨てない。仲間と共にある。
すべては傭兵の真逆であった。だがその生き方もまた、一つの道なのだろうと。
「オリジナルがそう考えて実行したこと、艦娘が今も最大6名の部隊制であること、そして艦娘になろうと志願する君達の考え。君達、特にオリジナルの過去については詳しく聞きたいところだが。やはり君達はレイヴンにはなれない」
「当たり前さ。私達は艦娘だからな」
そう言って、菊月は初めて笑顔らしいものを見せた。
「約束は約束だ。今日のことは、内密にする」
「うむ。それで、今後についてなのだが」
菊月が陽炎に視線を配る。そして、陽炎は厨房で洗い物をしている睦月型たちに向けて声を上げた。
「ねぇ睦月。夕張さんの件ってまだ時間かかるの?」
「アンジーさんはなんとか納得してくれたみたいにゃし。でも、夕張さんが見たいものがあるって」
「うちの夕張がごめんなさい、睦月さん」
ぺこりと頭を下げる由良に、睦月はわたわたと両手を振る。
「いえいえ、違うのです! 睦月達も知りたい話なのでよかったのです。なので、もう少しお時間を頂きたいのですが」
「とりあえず伐採したけどさ。指導灯も逝っちゃってるし、あのヘリポートで夜間飛び立つのはおすすめしないわよ。てなわけで、こいつらにはこのまま泊まってもらったらどうかしらって。あんたらもどう、鎮守府に急いで帰る用事があるなら別だけど」
こちらを向いて陽炎が問う。
そのあたりの決定権はジャックにはないので、由良へと視線をパスする。そして由良は吹雪と五月雨へと渡す。
そしてキラーパスを受けた吹雪が、目を輝かせた。
「お泊りしていいんですか!」
「それは睦月もうれしいけど、おもてなしが出来ないのです」
「いえ構いません。ヘリで寝ます!」
「そ、そういうわけにもいかないにゃし。大事なお客さんなのね。せめてお布団は」
「布団なら、第二拠点を引き払った時に持ってきたものがあるから足りると思うわ」
寝る場所は、歯ブラシは、お夜食の用意は、などなど。
そうして相談を続ける彼女達の表情は、とても晴れやかだった。
□
「それで、このユニットはどうすればいいの?」
自身の艤装から取り出してきた装置を置いて、夕張は付き添いの望月に尋ねていた。
当初の用件、すなわち少女達がアンジーと呼んでいる人工知能、『アンジェリカ』の間違った認識の是正は、夕食前に終わっていた。
その過程で、夕張の艤装に保存されている記録データの吸い出しを行おうという話になった。それを見せればアンジーも納得するだろうと。国家として、そして今の適合者艦娘の艤装修理に当たっても問題になった、解析不能な装置。なのに搭載しないと艤装が動かないという謎なユニットのひとつだ。それが、航空機でいうフライトデータレコーダーやコックピットボイスレコーダーに相当する装置だと、ここに来て知りえたのである。この記録と、夕張の口から繰り返し説明することで、現在アンジーは夕張の戦没と、目の前の彼女が艤装継承者である事を正しく認識している。
工学の道を進んだ夕張であったが、その夕張から見ても随分と、高度なAIであった。本当にAIなのか怪しいほどだ。似てこそいるものの、夕張はオリジナルの夕張ではない。相応に差異はあるというのに、アンジェリカと呼ばれるこのAIは勝手に認証の基準を下げて迎えたのだ。まるで彼女の帰還を待ちわびていたかのように。オリジナルの夕張の戦没など認めないというように。
ともあれ、それが夕食前の話。
アンジーが正しく認識したことで、本来の用件は終わっていた。それは夕張の興味本位の探求からだった。解析不明で有名なユニットの中身を覗けるなどという機会など、今後あるかどうか。
「そこに置いて。アンジー、記録呼び出して~」
『接続。履歴の一覧を表示します』
音声と共に、画面に日付で区分されたデータ一覧が表示された。艤装起動日付であり、起動から停止処理までのデータであった。
ここ数か月分の直近のデータ、2116年付のそれは、すなわち夕張が艦娘候補生として駆動させた日付とその時の記録。そして大きく数字を飛ばして、2060年8月14日1348時の欄がある。2060年。それは、鎮守府が深海棲艦による一斉攻撃を受けた大侵攻の年である。
望月は、眠たげな目を少しだけ細めた。
「残ってるねぇ。アンジーに再生頼んだら読み出してくれるよ」
「うん。でもいいのかしら。これって、あなた達の機密にあたるんじゃない?」
「艦娘夕張が先代の記録を見るだけでしょ、別に問題ないって。睦月もそう言ってたし」
述べて、望月はくるりと踵を返す。
「あれ、望月ちゃん?」
「うちらは後で聞くよ。いやぁ、もしかしたら聞かないかも」
その背中は、小さい。
「本当に見たいと思ってたら、長月と菊月のレコーダーから吸い出してるし。やっぱ、見たくないんだよねぇ」
「‥‥‥そっか」
戦没のその瞬間など。
望月は夕張に向き直る。ダウナーな中にもわかる、辛そうな感情。
「夕張さんはうちら、第六水雷戦隊の旗艦だったんだ」
「第六水雷戦隊?」
「そ、うちらの部隊名。夕張さんは旗艦兼基地の総責任者。んで、その日付は夕張さんと、まぁ、4人が沈んだ日のはず。うちら8人は輸送で別行動中でさぁ、その場にいなかったんだよね。知りたいは知りたいけどって奴?」
本当に小さく肩をすくめ、「んじゃあね」と、どこまでも気だるそうな眼鏡の少女は、ルームを後にしていく。この場の機能は好きに使っていい、そういう意味だ。
夕張は躊躇した。興味本位で尋ねただけだったが、これは彼女達のとても深い部分に触れるということになることに気づいたからだ。それは、責任を伴うことではないかと。
「それでも、このままってわけにもねぇ?」
ユニットの中身を見れるというのがまずひとつ。自らが使う艤装でありながら、いわゆる先代である夕張の戦没状況がまったくの不明であり知らないこともそう。結局謎のままである彼女達の存在について調べることが出来れば、由良達に対して話のネタにもなる。
調べるならとことんまでが信条である。
彼女は、一拍だけ間を置いて。
「アンジー。2060年8月14日1348時のデータを再生して」
『了解。音声記録再生します』
ノイズ交じりの音声が、その部屋に流れ始めた。
□
「残る?」
翌日。日も上ったことで帰ろうという段になったところに来た夕張の唐突な発言に、ジャックと由良は怪訝な顔を浮かべるしかなかった。
夕張は頷く。そして、とてもまっすぐな瞳で、居並ぶ黒服の少女達を見つめた。
「やりたい事ができたの」
「あなたね。そんな勝手をしたらこの子達も迷惑でしょう」
「ちゃんと了承は貰ったわ」
既に話は付いているらしい。
ジャックはしばし、彼女を見つめ。
「夕張」
「はい、何でしょう」
「何を見た」
夕張がその言葉に少しばかり見せた動揺の色に、ジャックは確信を持った。
意識改革。
無人兵器の襲来、そしてインターネサインの存在に気づいた彼は、企業に扱われ破滅へと進むことを恐れ、これを破壊する為最強のレイヴンとして相応しいドミナントを探す為の行動を起こした。一見にしなくとも、大それた博打であり唐突で突飛な行動であった。だがジャックをそこまでさせるものが、それにはあった。
夕張は、口元に人差し指を当てて笑ってみせる。
「この子達と、一緒に過ごしてみたい。そう思ったんです。変な事は考えていませんから」
堅い意思の前には、どんな言葉も不要だ。
夕張のわずかな私物と艤装を積み下ろし、由良達はヘリに乗り込む。エレベーターが動き出し、地上へと運ばれていく。そして始動させてフォックスアイを懸架し飛び立つまで、彼女達睦月型姉妹と陽炎達は見送ってくれた。
再び四人乗りとなったヘリの中、後部座席の吹雪と五月雨は「面白かったね」などと気楽にはしゃいでいる。黒い鳥が誰なのかは判明しなかったものの、それ以上のビッグイベント、オリジナルに出会えたのだから彼女達は満足していた。五月雨の話だと、彼女達はオリジナルと夜更かしして語らったらしい。
夕張のこともあるので、彼女達はまたあの基地に行く気満々である。
「皆、笑っていましたね」
唐突に、由良がそう口にした。
「睦月達か?」
「えぇ。第31部隊が運んでいるのは各種雑貨や食料だそうです。鎮守府によりつけないのですから行動制限、食料調達は至上課題でしょうし、もしも公式の登録抹消日からずっとあの基地に住んでいるのだとしたら、疲れてしまいますよ。それでも笑っていられる」
「姉妹と一緒にいられるから、か」
「私達も艤装型式上は姉妹の人がいますが、特に関わりもないのでそれ以上の感想も出ません。でも、そうなのかもしれませんね。うらやましい、かな」
由良が微笑む。
今は、黒い鳥達をそっとしておこう。それは由良たちとジャックの共通した答えだった。
だがそう長くはないだろうと、ジャックは考える。世界は止まることなく時を刻んでおり、時の中で変化が起きているのだ。これからも隠し通せる保障もなし、またジャックとしても黒い鳥の入手を諦めたわけではない。
そしてその時、どのように行動するのか。ジャックもまた、彼女達との出会いで決めていた。
数日後。
パラオ陥落の報が、鎮守府にもたらされた。