艦隊これくしょん VERDICT DAY   作:水崎涼

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A Photograph Of The Cut

 

 

 

 C8海域で財団小型飛行タイプ多数。向かったのは第34部隊の重巡1、駆逐3。

 M15海域に深海棲艦中規模水上打撃群。向かったのは第6部隊の戦艦2、駆逐2。

 D21海域に財団大型兵器。誰も向かわず。

 W15海域に財団小型兵器多数。向かったのは第41部隊軽巡1、駆逐1、水上機母艦1。随行AC一機。

 ジャックは海図を図書室のテーブル広げて、パソコンから依頼状況を拾い上げて配置状況を追っていく。

 鎮守府の艦娘及びAC部隊への依頼状況。そして、達成後に送信されるレポートを閲覧しての戦況。それらをこの地図の上に出していく。言ってしまえば簡単な話で、鎮守府が把握しているはずの情報を彼は勝手にまとめているだけだ。

 そしてある程度進んだ所で、誰に向けるでもなく小さく唸る。

 出鱈目だ。

 あまりにも難しいと予想される敵には艦娘側に一切依頼を渡さず、AC部隊で対処させようとしていること。その規則性以外は場当たり対応だ。もっと合理的に依頼を渡しているのかとジャックは期待していたが、完全に事務的に処理しているのみの様子。

 そもそも艦娘の戦術単位、最大6名からなる部隊制では大掛かりな作戦行動が取れない。挙句、部隊編成が何かの意思によって調律されているなら兎も角、仲のいい子と組んで好きにやって状態だ。駆逐2しかない部隊があれば戦艦2重巡3で集まっている部隊があり、戦艦に軽巡が随行している部隊があれば、駆逐艦に潜水艦が付いている部隊がある。出鱈目編成で適材適所など望むべくもない。それらも功績点から見える錬度がばらばら。さらには依頼と言う形で仕事を渡す形式。誰かが受けるまで放置で、即応性がまったくない。それら負担をすべてAC部隊が肩代わりしている状態だ。

 傭兵は、それだけで大きな群と戦うことはできない。正面で戦う正規軍がいて成り立つ職業なのだ。その正規軍役である鎮守府艦娘が無秩序。正直、なぜファットマン社がこうも鎮守府をよいしょしているのかジャックには図りかねるが。

 そういうものが見えるにつれ、不満は募っていく。

 そして結論は。

 

「任せられんな」

 

 パラオが落ちた今、トラックとラバウル方面の一本線が艦娘の領域であり、最終防衛ラインとなる。あの最後の24時間ほどの緊急性ではないが、状況は既に致命的だ。

 そこでジャックはまず、手駒の用意を始めた。この状況に際し一定の危機感を持ち、対財団の意思を持ち、鎮守府以外の司令塔を求めているレイヴンの集約だ。表向きの謳い文句は、『鎮守府以外の手による秩序の創出と混乱の打開』。鎮守府の弱腰姿勢に思うところのある傭兵をかき集める。そして、それはまず顔見知りから声をかけることとした。かつて―――ここにおいて、この世界がジャックの知る世界の延長とは既に彼は思ってはいないが―――バーテックスとして集めた人員全員を確保することが出来た。彼らはジャックの持つ記憶を共有してはいなかったが、人格はそのままであった。

 それにプラスして、彼はいくばくかのレイヴンを口説き落とし傘下に入れた。個人ではジノーヴィーから始まり、また、ハイエンドACの団体と協力を取り付けることが出来た。

 マクシミリアン・テルミドールが束ねるこの集団は、特定国家そして大手軍需企業のバックを受けていた、純然たる傭兵とは呼べない者達だった。彼らは、ある計画の為にファットマン社に埋伏していた。

 

 

 

 計画。

 計謀を得手とするジャックからしても、それは気分のいい話ではなかった。

 

 

 

 アジア諸島連合、という複数国家の集合体がある。文字通りにアジア地域の島国を中心とした国家協力機構である。

 離反した艦娘が自身らの土地にやってきた為に、深海棲艦の駆逐という恩恵を得ることができた国家らだ。恩恵がある以上、国連議会では及ばずながら親鎮守府の姿勢を取っている。無論それらは少女達への善意ではなく当然に国家としての打算ではあったが、武装組織鎮守府への土地貸与や物資の売却等かなり協力的かつ、国連と鎮守府間の散り持ちも微力ながら行っていた。

 形式上、諸島連合は正しく国連に名を連ねているが、艦娘周りの件で悶着がある。軍事力は経済力に比例しており、諸島連合のそれはアームズフォートの一基も所有できないまさに「たかが知れている」ものだった。そのような所に艦娘が来てくれて海賊対処までしてくれる上、主義主張もない上に温和とあって大変ありがたがっており、鎮守府が民間軍事組織のような形態を取ったこともあり諸島連合と鎮守府とはかなり良好である。

 これは諸島連合からの要請としてならば、友好関係である鎮守府は断りにくくなるということだ。この諸島連合によい顔をしつつ、国連からのお願いとして、鎮守府をある程度国連のコントロール下に置きたい。

 

 

 

 というのが、比較的穏便な方の案かつ現在進行形で実施している方法。

 

 

 

 では、強硬派の案はどうだろうか。

 鎮守府の存在は国家における世界史の汚点であり、究極的には現体制を取り潰してそんな過去は拭ってしまいたい。隠匿が出来るものではなく、対話ができる土壌もなく、となれば機会を見つけて処理するしかない。歴史は、勝者が作るもの。そう、例えば「諸島連合内で民族紛争が勃発。大変残念なことに戦火に巻き込まれた鎮守府も戦場になり、政治的混乱の中で焼けてしまった」。あるいは現情勢においては「財団の攻撃で鎮守府が壊滅し、それを遅ばせながら懐の深い国連軍が駆けつけて残存艦娘を救った」というシナリオなどがよいだろうか。

 拠り所を失った艦娘に新たな生活環境を提供して懐柔し、後の対深海棲艦用兵器とする。彼らハイエンドAC集団は、この汚れ役を請け負った傭兵達だった。ネクストによる、鎮守府基地の同時襲撃。ファットマン社登録として隠れゴーサイン待ちだった所を、ジャックが呼び止めたことになる。

 これらはあるいくつかの有力国家の意図であり国連意向ではなく、また団長、マクシミリアン・テルミドールの意思とも違う。

 アームズフォートのような兵器や人型機動兵器の大量所有は、これまで財団が安値で売りつけた為に存在できていたのであり、その財団が手のひらを返した今、国家予算でどうにかなるものではない。現在は戦時体制で捻出しているが、何時までもは続かない。仮に財団を片付けたとて、深海棲艦と軍事衝突を続ければいずれ破綻する。陸地に押し込められ、生命が生まれた海を捨てて文明を退化させるだろう。重度の環境汚染を指摘されて世界的に規制の方向にあるハイエンドAC、4型のコジマ粒子だが、窮した国家が使用を解禁しないとは言えない。残されるのは荒れ果てた大地と、汚染され尽くした海。

 だが艦娘ならば、それらを止められる可能性を秘めている。

 有効な対深海棲艦能力としては未だ艦娘は無二の存在との認識が強く、また事実だ。艦娘対深海棲艦、全世界対深海棲艦。コジマ粒子使用禁止という最後の良心を国家が脱ぎ捨てないうちに、この構図をもう一度構築すれば、そこから大きくずれることはない。艦娘部隊の維持コスト自体はたいしたものではない。戦いが長引くならただの現状維持。もしも彼女らが深海棲艦の根絶を果たし人類が海の財産を再び得たならば、人々は活力を取り戻すだろう。深海棲艦がいなくなれば、対通常兵器としてはいまいちな艦娘の存在価値も低下する。その時彼女達は、本当の自由を手にするだろう。

 人類海軍と鎮守府を結びつけて一個の強大な力とし、財団や深海棲艦を打ち倒し、未来を切り開く。

 切り開く為に犠牲が必要ならば、自らが任じる。

 

「大義に酔っているな」

「人の事が言えたものか」

 

 だが途中までの共闘が望めるのであればジャックとしては異議はない。その戦力自体、極めて有効なものである。

 手駒をある程度揃えると、次は手段だ。

 過去にジャックは、企業と癒着した傭兵派遣組織レイヴンズアークの粛清を行った経験がある。鎮守府の中心を叩き運営者を引き摺り下ろし、自身が居座る。テルミドール達の予定行動とほぼ変わらないが、同様の手段をとるというのも十分にありえた。ファットマン社のほうは、継続して傭兵派遣組織として活用。恐らく最も過激であり最も効果的な手法であった。

 

「なのだがな」

 

 それが鎮守府でなければ、準備が整いしだいすぐに実行したであろう。

 ジャックが拠点として勝手に居座っている鎮守府図書館の扉が、開かれる。

 やってきたのは由良だった。由良は今日は出撃せず、トラックへとやってきた知人の艦娘の所に行っていた。その知人と言うのは名取という元パラオ所属の艦娘であり、つまり現在流れているパラオ陥落の報の事実関係とその状況を聞きに行っていたのだ。同型の艤装所有者なので、親睦も兼ねている。睦月達の件で、彼女は触発されたのだった。

 その報告。

 

「すまん、席を外してくれ」

 

 ジャックの求めにテルミドールは黙って席を立ち、由良に会釈しつつ去っていった。

 そして由良は、彼の座っていた席に腰掛けてジャックと対峙する。

 

「パラオ陥落は事実のようです」

 

 挨拶もそこそこに放たれた言葉は、いきなり厳しいものだった。

 

「所属艦娘部隊は総撤退。撤退中、追撃の手が伸びたそうですが、不明艦娘部隊の援護により撤退成功したとのことです」

「不明艦娘部隊?」

「黒い衣服だったそうですよ」

 

 また一つ、黒い鳥伝説が積み上げられたわけだ。黒い衣服。鎮守府登録にない艦娘となれば、誰かはもはや自明の理。

 戦っているのだ。彼女達も。

 だがなぜ、他の艦娘達と共に戦わないのか。 

 

「艦娘部隊の被害は?」

「退避そのものは鎮守府主導で行われて、殉職が出たという話は今のところは。AC部隊の活躍と、アームズフォート部隊に攻撃が分散したのも大きいかと」

「アームズフォート部隊はどうなった」

「通信途絶です。壊滅との判断でよろしいかと」

 

 本国に戻れずパラオに逃げ込んでいた部隊だったそうですと付け加えて、由良は沈鬱な表情になる。アームズフォートともなれば乗組員は膨大だ。

 これで残る艦娘達の基地はここトラックとラバウル、ショートランドとブインのみ。ただし、ショートランドとブインについては「芳しくない戦況」だ。イースター島のタワーからの攻撃。財団の攻撃が本格的ではない方面とはいえ、緒戦から攻撃に晒され続けてきた地区なので、よく持ったと誉めるべきなのかもしれないが。

 

「由良。これを見てくれ」

 

 ジャックは、テーブルに広げたその地図を彼女に見るよう促した。

 艦娘に渡さず握り潰されている分も、鮮明に。

 

「感想をもらおうか」

「目に見える形で示されると、唸らざるを得ません」

 

 由良も渋い顔をする。統制された軍でない以上致し方ないが、素人目にもこれはまずいとわかるレベルだ。

 崩壊の足音。

 

「君には打ち明けておこう」

 

 一定の信頼を寄せた上で、ジャックは続きを語る。

 

「現状は見ての通りだ。そしてこの状況を作り出した鎮守府には、既に指揮能力がないと判断する。よって、鎮守府には潰れてもらう」

 

 過激な言葉に、由良は頭を上げてジャックを真摯に見つめ。

 そして、悲しい顔。

 

「私達の歴史を、壊してしまうのですか。‥‥‥いえ。仕方ない、ですよ、ね」

「そうだ」

 

 ジャックは頷き。

 

「ただ潰しただけでは、君のような反応をする者が大多数だろう。私の指示に従うとも思えん」

 

 鎮守府を粛清できない理由。

 レイヴンズアークの時は、表向き中立の傭兵派遣組織でありながら特定企業と癒着していた、それを正すと言う名分があった。バーテックスについても、統治者として腐敗目立ったアライアンスの対抗組織でありその受け皿という外面があった。だが今回はそうではない。鎮守府の下手糞運営に見かねたから簒奪するという形になってしまう。自由行動を許されていたところに、突然湧いてきた人間の指示の通りに動かなければならないということにもなる。大義も名分もないのだ、聞く者はいないだろう。

 よって手段は一つ。

 鎮守府を生かしたまま、体制変更をして当面の危機を跳ね除ける。運営者を説得して積極指揮を取らせる、という表現が近いか。

 その為には。

 

「彼女達に、鎮守府に戻ってきてもらう。オリジナルは君達の象徴であるのだろう。御旗を得ればある程度の求心は見込める」

「睦月さん達に、鎮守府の運営者になってもらうのですか」

「娘に組織運営能力まで求めてはいない。生き残っていた伝説の黒い鳥オリジナル、あるいは単に精鋭艦娘部隊との謳い文句で扱うつもりだ。鎮守府運営者もそのままに、私は睦月達に信任されてやってきたアドバイザー、と言う立ち位置がいいか」

 

 彼女達の未来を考えれば、後者になるだろうなとジャックは考える。

 睦月達の説得。鎮守府の説得。

 不確実で、効果も即応でないが、彼女達艦娘が艦娘であるためにはそうするしかない。一応程度にも、鎮守府はこれまでを維持してきた実績がある。組織運営能力について期待はずれになることはないだろう。

 後は。

 

「これが叶うとしたら。君は戦うか?」

 

 一艦娘として、この話に乗れるか。依頼の自由選択ではなく、多少の強制力を持った鎮守府の指示を聞く気があるか。

 由良はしばし黙った。そして言葉を選ぶように、ゆっくりと唇を動かした。

 

「私は、部隊長です。権限はありますが、吹雪ちゃんや五月雨ちゃん、夕張を危険に巻き込むことは。したくありません」

「その通りだ」

「ですが」

 

 由良の瞳は、逃げない。

 

「私は、艦娘に憧れてきました。鎮守府にも。その鎮守府が、この一事を乗り越えるために力を貸してくれと、そう言うのであれば。決死作戦でもないのであればですが、戦います」

「その発言を鎮守府運営者から引き出すのに、彼女たちが必要だ。ヘリを出してもらえるか」

「はい」

 

 述べて、由良は頷いた。

 

 


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