同意、というよりも再び彼女達の基地に行くことに賛同した吹雪と五月雨を伴った、第11部隊のヘリは鎮守府を飛び立ち、例の海域へと向かった。
なお今回は、外部スピーカーで普通に呼び出すという方法でアクセスを試み無事に成功した。再びやってくるなりスピーカーをオンにしてしゃべり出したジャックを睦月達がどう思ったかは、交信役となってマーカーをセットしてくれた弥生の声がちょっと不機嫌そうだったところから、言うまでもないが。
再び基地内に入ると、格納庫には番号証を消している第31部隊のヘリもあった。鎮守府内にいれば一度陽炎を見つけて話を通そうとも思っていた所いなかったのでこのような手段をとったのだが、ジャックにとってこれはこれで好都合と言うものだった。睦月達と縁あって傍にいる艦娘。オリジナル達を隠そうとしている彼女たちの合意は必要であるし、この戦力も芋ずる式に釣り上げられる。駆逐艦数名とはいえ、理解者は多いに越したことはない。
「で、今度は何用よ」
その部隊長陽炎にねめつけられ、申し訳ない顔を向けつつ、ジャックは睦月達に取次ぎをお願いする。用件なら私が聞く、とのことだったので、一言「睦月達に鎮守府に戻ってきてもらいたい」と語るや、陽炎はことさら機嫌を損ねた。
それでも相談してくるから待っててと待たされること10分ほど。心労の見て取れる陽炎の案内で、ジャック達は別区画へ続く通路を通された。
彼女が足を止めたのは、やや文字がかすれている「会議室」というプレートを付けた扉だった。
「こんにちは」
部屋には、既に睦月型姉妹及び第31部隊の面々が揃っていて、起立で迎えた。夕張の姿もある。
皆が、長方形状に並べられた席に座る。
お話を窺いますとの睦月の許可で、ジャックは語り始めた。自身が取りまとめた戦況を見せて現在の鎮守府の窮状を訴え、現在の鎮守府の体制と態度の問題点を語る。その打破に象徴となる人物の存在とその力が必要であること、その役に睦月型オリジナルが適役であること、微力ながら自分たちも手伝いをすること。
彼女たちは真摯な態度で聞いてくれた。
ジャックが語り終える。
「それは、鎮守府としての意向なのですか」
「否だ。約束通り、君達の存在は誰にも伝えていない。すべては私の計画だ」
「誠意はありがたいけど話にならないじゃない。戦没扱いになってるこいつらに、鎮守府に居場所があると思ってるの」
もっともな点を陽炎が突っ込む。戦没処理されたオリジナルが実は生きていて、というのはまだいい。だが、数十年単位で鎮守府に帰らなかったという事実に対してどう説明し、鎮守府がどう反応を寄越すか。
睦月からも、わかっていた厳しい返答が帰ってくる。
「ごめんなさい。現状ではお受けしかねるのです」
「断るならば教えてもらいたいものだ。君達は、ここで一体何を成そうとしている」
「それは‥‥‥」
睦月は言いよどむ。その彼女に代わって、陽炎が身を乗り出した。
「あんたらならきっとわかっていると思うけど、そっちのお願いとやらは賭けなのよ。睦月達が鎮守府に受け入れられるか、艦娘の人心掌握が出来るか、ここまで押された戦術戦略単位で押し返せるか。全部賭け。どれの失敗も許されないし、成功確率も確実じゃあない。卑怯な言い方するけど、この責任を全部睦月達におっ被せるつもり?」
棘はあるがジャック達を一定評価した態度で。
責任。この苦境で象徴となる責任。誰かが負う必要がある、責任。
しばしの沈黙の後。
「私達は」
睦月が、口を開いた。
「私達は、実験部隊でした」
「ちょ、睦月!」
「いいのです」
憤る陽炎を制して。
彼女は語った。
次々と現れる新型深海棲艦。今までは良かったが、これからはいずれ艦娘の艤装では太刀打ちできない可能性が出てくる。その時点で可能性ではなく事実として、姫級でも上位となってくると、専用装備をした特化艦でないと撃破不能なケースは多々あったという。
艤装の強化。新型兵器の開発。
艦娘であれば誰でも扱える、上位の姫級を余裕を持って倒せるだけの力。
睦月型駆逐艦は、艦隊決戦最終局面で運用できるかという点で見ると、その出力に難があった。当人達も十二分に理解していた事柄であり、強く力を望んでいたうちの一部であり、一時的に戦線を離脱しても問題ない程度には常時後方配置されており、全艦健在でもあった。誰でも姫を倒せるという究極目標達成を考えれば、残存人数からして試験に適していた。
自分達に出来ることなら。
彼女達の提案に対し、提督も首を縦に振るのに時間を要したという。兎も角も、許諾が下りる。第六水雷戦隊として編制され、艦隊離脱の下準備を始める。周囲にどういう印象を与えるかはわかっていた為、この研究は秘匿を旨とされた。元々、結果が出るかどうかもわからないのだ。余計な期待をかけず、研究失敗となっても波風立てず戻ってこれるように。
訓練名義で艦隊より離脱した第六水雷戦隊は当時のストラトフォード社、後のファットマン社の協力も得てこの基地を建設し作業を始めた。全性能を均一に引き上げる改三試験。実体装甲盾搭載。艦砲高速連射機能。防空駆逐艦クラスの対空火器搭載。重雷装巡洋艦以上の魚雷搭載。甲標的搭載。缶出力強化。重巡主砲搭載。方向性の異なる改造を、一人一人が受け持った。
彼女達はそれぞれの改造と共に、いくつかのものを完成させた。艤装と一体となり、飛躍的な能力向上を果たす艤装増設パーツレスポンスチップ。自己思考型戦術指揮支援システム、アンジェリカ。兵器としては対深海棲艦多薬室型大型長距離砲。そして対深海棲艦規格外六連超振動突撃剣。
提督の為にと邁進した彼女達は。
提督の死去によって、その意義を失ってしまった。
彼女達は迷った。研究内容から、大手を振って鎮守府に戻ることは躊躇われた。その時点ではまだ未完成でもあった。戻るなら、せめて研究を完了させてからにしよう。この判断が裏目に出てしまった。大侵攻が発生し、その初動で海域を制圧されてこの基地で孤立してしまう。
これはいけないと。何かの役に立つかもしれないこの基地の防備に夕張以下5名を残し、試作兵器輸送と艦隊合流を目的に睦月達8名は先行出撃する。結果としてこの輸送は失敗し、試作兵器のひとつを奪われて撤退することとなった。
「はっきりと覚えているのは、そこまでです」
「妙な言い方をする。記憶がないのか」
「ない、わけではないのですが」
言いよどみながら、睦月は自身らも事実として事後入手した出来事を話した。
睦月ら8名の出撃後、この基地は財団による襲撃を受けた。防衛に当たった夕張以下5名は、放棄し離脱を試みるも叶わず没し、そして支援システム「アンジェリカ」の制御を奪われる。
機械や戦術システムと融合とも呼べるシンクロを果たす機能は、4型ACに搭載されるAllegory Manipulate Systemように、制御の為の数値情報を脳に直接を流し込むものだ。艦娘側から艤装の制御を容易にする。一方で、その逆の事象も起こせる。
意思を持つ使用者が艤装を操るのではなく。
意思を持つシステムが艤装を介し、接続者をマテリアルとして操る。
「システム側が指令を出力したら。操れるのか、艦娘を」
それを想定して作ったわけではなかったが、利用されてしまった。
この数十年間、彼女達は夕張達と顔を合わせていない事に疑問を持てず、アンジェリカの指示なら聞くのが当然と、言われるままに行動していたという。鎮守府の事も基地の事も、その期間まったく思い出せなかったそうだ。
そして財団事変。
その中で「指令」を受けて第31部隊と交戦することとなり。そして第31部隊の彼女達が、睦月達が艤装に取り付けたレスポンスチップを破壊したことで自由となった。アンジェリカの制御も、「大元」から切り離して開放した。
自由になったが、気付けば数十年経過している上にオリジナルは全艦戦没しているという鎮守府公式発表である。鎮守府に戻ることなど出来ず、結局彼女達は変わらずこの基地で過ごすしかなかった。
「強化人間研究、か」
構え撃ちを必要としない姿勢制御、出力やFCSの繊細なコントロール。それを可能にする、機械と人間との接合。
アリーナ上位や高名な傭兵は、それだけで強化人間を疑っていいほどだ。ただ一言強化人間というが、それは多大なる精神負荷による人格破壊や、肉体の破棄を意味することもある。触れることは禁断ではあるが、同時に、傭兵の間では強さを求める存在だからこそ許されている節がある。それと同様のものを彼女達は手を出していたわけだ。
果たしてこれは、看過していい事なのだろうか。
艦娘という存在に触れた身として、ジャックの答えは決まっている。そして恐らくは、狂っているのは目の前の彼女達だけでもないであろうことも。
「私達は全うする機会を失いました。無為に時を過ごしました。それでも待つと決めたのです」
「その力が必要な敵が現れた時、君達が破壊すること、か」
彼女達は頷いて同意を見せる。
「財団のことはどう思っている。その相手とは考えないか」
「それは‥‥‥ごめんなさい。答えが出せません」
「簡単よ。命をかけるに値しない。でしょ?」
陽炎の言葉に睦月は悲しそうな顔をして、しかし否定はしなかった。
「由良さん、あなたでいいや。あなた、今から鎮守府に迫る敵を押し止める為に死んできてよ。って言われたら、喜んで受ける? 受けるなら今すぐ死を実践して見せてよ」
「‥‥‥、いえ」
「そういうこと。うちらはうちら皆の為なら命を張れる。こいつらも、提督とやらにずっと心を傾けてきた。だからね、提督も仲間もいない鎮守府とかどうでもいいのよ」
レイヴンが求めるのは強さと金、信じるは己。何者にも組しない、旗などいらない。好きに生きて好きに死ぬ。それが傭兵だが、彼女達は根本的に、そういう生き方は出来ない。必要なだけの強さ、必要な目的、信じられる仲間。そして信じられる上位者。
「そりゃあ、このままじゃ良くないのはわかってる。で?‥‥‥ま、そういう話。わかってもらえるとうれしいわ」
「理解した」
「そりゃよかった」
「では当初のプラン通り、鎮守府には消えてもらう」
ジャックのその言葉で、全員が驚愕の色を見せて彼を見た。
「艦娘主要基地への、ネクストによる同時攻撃。一挙に機能を破壊し、鎮守府に無条件降伏を迫る。そして掌握、内部を粛清し私が指揮を取る」
「何それ、革命って奴? 誰がぽっと出のおっさんの言う事なんて聞くの」
「不満なら出て行ってくれて構わない。艦娘そのものの存在など、財団の件ではいささかも重要ではない。ファットマン社の傭兵のほうがよほど役に立つ」
陽炎が物言いたそうに口をぱくつかせるが、言葉にはならない。
その反応こそがジャックが望んでいたものであったが、それは表情には出さず、ただただ厳しく続ける。
「鎮守府とかどうでもいい、のだろう? 私も同意見だ。折角共通の敵のようだから、君達も満足してもらえる条件で一緒にどうかねと誘いに来たのであって、鎮守府や君達を救う事が目的ではない。弱者を拾い上げるほど、こちらも信用していないし暇もない」
強化人間計画となれば、彼女達の実力は恐らくまったく遜色のないものだろう。ドミナントの可能性がある彼女達をみすみす手放すことになる痛手はあるが、同時に、子供の我侭に付き合っていられない。時間が経てば経つだけ、インターネサイン亜種の中枢への接触が困難になる。
それに。金や栄誉では釣れず、これだけ厳しい言葉を浴びせてなお動かないような娘達なら、どの道戦力にはならない。持てる力を振るわないのは無力と同義だ。戦う意思のないドミナントなど不要だ。
「話は以上だ。私はフォックスアイの所にいるが、日が落ちる前にここを出立したい。君達も、用事を済ませておいてくれ」
由良に向いてジャックは語る。折角訪れるなら手土産でも持っていこう、と言う名目を作って、ヘリには雑貨や生鮮物資を積んできていた。それを詰み下ろす時間は、彼女たちが進退を考える時間になる。
自らの居場所を伝えてジャックは席を立ち、そして一人会議室を後にする。
部屋には、少女達だけが残された。