艦隊これくしょん VERDICT DAY   作:水崎涼

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112 miles over

 

 

 ジャックは、乗機フォックスアイを見上げていた。

 ジャックは、いわゆる弱者であった。最盛期でも上位にはつけるがトップランカーとはいえない。それは自身が認めていた。

 バーテックスを設立したあの一連の出来事も。そしてあるいは、ナービス社が掘り当てた旧世代の遺物とそれに関するあの突撃兵器の飛来も。自身がドミナントであれば、すべては波も立たずに終わった話だ。自身が直接出向き、望むままに行えばいいのだから。

 力がないから、何も出来ない。知ってなお何も出来ないからこそ、不幸と絶望を感じる。

 そして諦観のうちに、絶望にゆっくりと潰されていく。今もまさにだ。

 だから進む。その選択に確証がなくとも、止まってはいられないから。

 だが、進むには結局力が必要で、力を持つ誰かがその方向に向けて動いてくれなければならない。だからジャックは策を巡らせて、依頼と言う方向性を示し、突き動かしていく。

 その作業が終われば、やはり待つしかない。

 

「‥‥‥」

 

 格納庫の空洞の中、ジャックは背後に足音を感じた。

 近寄ってくる誰かを十分に引きつけてから、振り返る。

 

「君は」

 

 来るのは意見取りまとめ役の睦月か、ヘリに用事をつける由良あたりだろうと目星をつけていたジャックは、予想外の客の姿に対して怪訝に思う。

 客―――緑髪の少女、第31部隊所属員の長月が、神妙な面持ちでそこにいた。

 

「長月だったか」

「ちゃんをつけないで呼び捨ててくる年長者は、天龍以来だな」

「何か用事か」

「会議室の空気が重くて逃げてきたんだ」

 

 少女はそう語ると、全高10メートルに届くかどうかというフォックスアイを見上げた。重厚な重二脚の鋼鉄は、十分な威圧感がある。

 

「かっこいいな」

「自らの分身だ、拘らねばな」

 

 自分の機体。これはジャックの誇り、その体現。

 答えに少女は笑って、彼の誇りを見上げる。

 これは自分だ。そしてそれ以上に、力だ。

 

「君らは、それほどに力が欲しかったのか」

 

 ジャックの調べの限り、駆逐艦は艦隊の盾であり戦場の何でも屋だ。何でもできる何でも屋は何でもしなければならず、大変に忙しい。もちろん、打撃力はあるに越したことはない。しかし決戦専務させるように駆逐艦に大改造をするのは本末転倒では。

 

「足りなかったんだ」

 

 少女は続けて語る。

 

「姫級を追い返せるだけの艦が足りなかった。反攻作戦の時、主力艦が相当やられた。正規空母と高速戦艦に、雷装巡洋艦と雷装駆逐艦だな。潜水戦隊もまとめて未帰還だ。瞬間的な損失数は、過去のレイテを越えるとか言っていたな」

「昔の艦娘のドクトリンは、大型艦で十分な打撃を与えた後に、水雷艦による夜間雷撃決戦を強いる、だったか」

 

 敵の最大脅威を放置と言うわけには行かない。上位姫級を倒すには有無を言わせない火力が必要だ。

 打撃が出来る大型艦と、トドメ役の水雷部隊の喪失。艦娘部隊は組織的抵抗力を失った。敵地深部での喪失だった為、これら艤装は現在もサルベージが困難だという。

 

「鎮守府が出来てからは、海上護衛は依頼がある時にスポット参戦だからな。海軍も軍艦を揃え始めたし、財団も現れてACを売り始めたし、後方輸送について艦娘に頼りきりって事態は解消された」

 

 その代わり、通常兵器ではどうしようもない姫級を追い払ってくれと言う依頼が増える事になる。艦娘に期待されるのは、やはり対深海棲艦としての力だ。しかしその打撃力を持つ主力は。

 得手にする海防艦や新人を海上護衛に充当して、古参駆逐艦が前に出る。となるのも致し方ない。

 責任と期待を叶える為に、力が欲しくなった。

 睦月達の現状は、いらぬ失態の後処理をし続けた結果でもある。

 

「amen amen gospel amen」

 

 英語だろうか。唐突に、彼女は謳い始めた。

 ごく短い歌詞が、繰り返される。

 恐怖し、この世は幻想と語る。そして、救いよ来いと祈る。

 

「これは恐怖しながらも祈り抗う人の歌なのか。それとも祈り届かず恐怖し、幻想と言って失意した人の歌なのか。どちらなんだろうな」

「随分と、難しいことを考えるものだな。恐らくは前者だろう。歌詞では祈っている」

「最初だけで、祈りをやめたのかもしれないぞ?」

「戦うことも、か」

 

 そして彼女はジャックに振り向く。

 彼女は、とても困った顔をしていた。

 

「自らで行動しないという事は、傍観しているのと同じだ。少々厳しい評だが、この基地にいるだけでは解決せん」

「そうだな、私は戦うことを放棄しているのかもしれない。多分、私は怖いんだな。けど、わからないんだ。どうすればいいのか」

 

 自分がどうするべきか。自分に何が出来るか。自分に出来ることなのか。

 それを実行に移せるだけの決断力と、覚悟。なによりも成す為の強さ。中学生にも満たないであろう年齢の少女には、あまりに難しい問題。そういうものは経験がいる。

 いい年齢の大人であるジャックのような経験者が、後進に示すもの。今、艦娘達を指導する大人はいない。学びたくても学べない。

 だからジャックは、自らの経験を語り聞かせた。

 

「私は過去に、小さな組織を運営していた。情勢を知り、方向性を探り、定めた目的の為に賛同者を集め周囲に依頼を渡してきた」

「そうなのか」

「仕事のできる人物を求めて、私は二人の逸材を見つけた。私の望む結果を出す、すばらしい仕事人だった」

 

 彼らは間違いなく強者であった。レイヴンの名にふさわしい。

 

「私は運営者だ。結果がすべてだ。故に私は、彼らの人間性については問わなかった。もとより、高潔さなどは望めない界隈だったが。強さを求める狂犬であろうと、金の亡者であろうと、ただのイエスマンでも。私の手の内で転がってくれるのなら何でもいい」

「それは、どうなったんだ」

「目的は果たしたよ。達成すら危ぶまれていたことを成したのは、これ以上ない結果だ‥‥‥だが」

 

 達成した充足感。

 同時にそれは、目的を失った喪失と言う虚しさに繋がる。

 バーテックスの賛同者達は潰えた。インターネサインを破壊して、その後は? 自分は?

 生きる目的も。果たすべき役割も。友さえも。

 生きる理由が、何もないのだ。

 すべてを投げ捨てて、贄として。すべてはなくなった。

 大業は成したかもしれない。だが、空虚は満たされない。この虚しさが続くという、恐怖。

 自らに課した成すべきことは終わった。自身のその先の展望や希望などは、ない。だからジャックは終わらせようとしたのだ。その恐怖に蝕まれる前に。燃え尽きる瞬間までレイヴンとして戦い続けて生きたという、その証を自身に刻む為に。好きに死ぬために。それはまさに自己満足。

 自己満足でしかないのだ。

 

「目的は達した。途方もない犠牲を払って、その場を乗り越えた。だが、他には何も残らなかったのだろうな」

 

 バーテックスとの衝突により、アライアンスは僅かながらにあった支配力を喪失した。名のある傭兵も大半が消滅。あの二人の傭兵を継続して雇えるほどの資金力を持つ組織はないだろう。あの二人は支配者ではない。世界の流れを決める指導者ではない。傭兵は、ただ戦場を渡り歩くだけだ。

 バーテックスとアライアンスの衝突、その動向を見守っていた小さな生き残りが、残された資源を奪い合う戦場を。

 彼にしてみれば、争いそのものへの侮蔑はない。人がこの先も生きられるならそれでよかろう、滅亡は回避してやったのだから各々勝手に生きて戦ってくれ、である。平和の使者を標榜したつもりはなかった。

 

「私は、間違えたとは思っていない」

 

 結果もある。

 彼は、間違えたとは思っていない。

 

「お前は」

 

 彼女が見上げて問う。

 責めているようでもあり、警戒しているようでもあり、願っているようでもあり。

 

「また同じことをするのか」

 

 自分達にも犠牲を強いて、破壊の跡だけを残すのか。

 彼は、間違えたとは思っていない。

 ただ。考えうる限りでたった一つ。

 

「その件では、やれなかったことがあってな」

「それは」

「気の置ける友人を手放す事になってな。あれだけは心残りだ」

 

 子供の手前、少しばかり言葉を濁しておく。

 犠牲と言う対価を支払い最高効率最高確率を引き出してようやく乗り越えたようなことを、支払う対価をゼロに限りなく近い最小限度に押さえて達する。彼女達が皆で同じ場所に立ちその先を見る。

 無謀だ。無茶だ。ありえない。

 だが、不可能と言い切るのは、まだ早いかもしれない。

 

「友人を失わない方法を。試してみようと、思っている」

 

 彼の顔を、彼女は見つめる。

 

「君は恐れている。私も恐れている。私は弱者だ。自身の力で出来ることなど知れている。だが、瓦礫の中でただ祈って蹲るつもりはない。好きに生きさせてもらう。好きに死なせてもらう。私は、レイヴンだ。君は何だ」

 

 少女は見上げていた。強く、見上げた。

 

「私は艦娘だ」

「そうだ。艦娘として生きるといい。では艦娘とは何だ。深海棲艦と戦えれば満足か、金と言う報酬があれば満足か。違うな。戦闘艦として生まれ、戦うことを義務付けられたのか。違うな。艦娘と言う誇りを持ち、仲間と共に歩みながら、人々を守る自らが決めた正しさの為に戦う。私が見る限り、艦娘とはそういう存在に思うが。だが信念のみではな」

 

 子供に迫る選択肢ではないが、この情勢で戦場に身を置く者として、そのくらいは決めるべきだろう。

 艦娘が艦娘である為には、鎮守府には潰れてもらうわけにはいかない。あれは国家に代えて、現在の艦娘の誇りと存在を庇護する組織だ。鎮守府がなくなった場合の艦娘のその後と言うのは非常に想定し辛い。居てもらわなければならないが、その鎮守府自体が戦おうとしていない。

 そこで黒い鳥達だ。既に戦場で噂になるだけの影響力を持つ人物達。私は戦う意思がある、求めるなら鎮守府の意向に従う意思があると示せば、事情が変わってくるだろう。その後は、ジャックが意図した方向へ鎮守府の意思決定が向くように蹴りつけることになる。

 悠長だ。結果だけを求めるならば、一刻も早い中枢捜索と破壊をするべきなのだ。この世界で艦娘がドミナントたりえるのなら、そのドミナントを見つけ成長を間に合わせ、どのようにしてでも操るべきなのだ。例えどのような犠牲を払おうと、例え艦娘がただ一人となろうと。

 これはあるいは、一つの贖罪かもしれないなと、彼は息をつく。

 

「子供の君がわからないというのなら、私が大人として道を示してみよう。責には私の名を使おう。利益はまず私が頂くが、不利益も私の名が背負おう」

「気前がいいんだな。普通、面倒からは逃げるものだろう」

「好きに生きさせてもらう。それだけだ」

「面白い奴だ」

 

 そう述べた少女は、口端を吊り上げ女の子らしからぬ笑みを浮かべた。

 

「私は、戦うと決めたんだ。どれほど力になるかはわからないが、手伝うよ」

「君一人か」

「そうだな。今の所は」

 

 もしかしたら睦月達が統一した意思をここに持ってきたのかもしれないと期待していたジャックは、やや気落ちする。彼にとって、力添えしてくれる人物が黒い鳥でなければ意味がないのだ。まぁ由良達と同様、微力とは言え手駒が増えるのは悪くはない。睦月達とのパイプ役にも使える。

 ところが何を思ったか、少女は水を得た魚のごとく話を続けた。

 

「ヘリならこちらから出せる。何をすればいい」

「君の腕を見ておくのも悪くはないが」

「ちょおっと待ったぁ!」

 

 闖入者の声に、二人は振り向く。

 それは数いる少女達の一人。

 

「私も連れて行って」

 

 適合者の夕張が、腰に両手を当てて仁王立ちしていた。

 

 

 

 

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