ジャック、そして夕張と長月を載せた基地の旧型機F21C/Bは、目標海域まで飛行を続けている。旧型機ということでヘリには脳内スキャン用のヘッドセット及び付随する機能がなかったが、代わりにアンジーと呼ばれている人工知能が操縦を負担している。
なおこの勝手な出撃について、まさに離陸しようと言うところで陽炎が顔を真っ赤にして追いかけて喚いていたが、三人ともが意に介さずそのまま基地を飛び立った。
この機体にはAC懸架機能がない。よって今回ジャックは、ただの観戦者として同乗している。加えて言うのであれば夕張の艤装は艦娘試験当時から変わらぬ不調の為、実質的に戦えるのは長月ただ一人という事になる。
通常の、艦娘に振り分けられるような任務であればそれもいいだろう。だが今回は、レイヴンに渡されている『高難度』の依頼だ。夕張も長月も、艦娘に渡される依頼が絞られていることを知っていた。だから、ジャックに頼んで、ジャックが依頼を受けたという形になっている。
意気込みは認めるが、士気が高すぎて逆に制御不能と言う奴ではなかろうか。少しばかり腕を見せるだけならもっと簡単な依頼でよかっただろうとジャックが問うと。
「少しは頑張るよ」
そう言って、長月は格納庫部に引っ込んでいった。
彼女の艤装は睦月型駆逐艦というクラスである。駆逐艦艤装というのは軽量高機動であるが出力は控えめというACの軽ニ型にあたるのだが、この中でも睦月型艤装は特性が顕著であり足回りの瞬発力がある一方、最大戦闘可能時間や防護性能、射撃出力といった項目はカタログスペック上おとなしいものだった。そして今回の相手は、火力を求められる財団大型兵器。
駆逐艦には魚雷と言う実体炸薬がある。彼女達の切り札だ。ただそれは対深海棲艦で見た場合であり、以前の由良達の通り通常兵器への効果は厳しい。人の身で簡単に搭載できる大きさの火薬では無謀が過ぎる。
「ジャックさん。お話を、いいですか」
そう声をかけたのは、対面に座る夕張だった。
格納庫に入った少女以上の、強く激しい感情と意思を持つその瞳で見つめられた彼は発言を許可した。
「以前、由良達が大型兵器に襲われた時の事を覚えていますか。その前にしたお話の事を」
「どの件かな」
「強大な敵は、より強い最強のものによって破壊しなければならない。私はドミナントを探している、と」
確かにジャックにも覚えはあった。そしてその時の夕張の反応も。
「君は、最強とは何なのか、と言っていたな」
「あの時は、やめましたが。そのお話の続きをしたいんです」
彼女の瞳には、否を言わせないだけの強い力がある。物質的な強さではない。心の強さ。それを見て取ったジャックの承諾を貰って。
夕張はひとつ息を整えてから言葉を続ける。
「私達艦娘は、数種類のタイプがあります。駆逐、軽巡、重巡、戦艦、空母、潜水艦。他にも」
「それは調べている」
「砲撃で言えば戦艦は駆逐よりも強いですが、近距離であれば駆逐艦の魚雷のほうが強いです。空母は空を奪いアウトレンジ攻撃が可能ですが、潜水艦には弱い。相性があります。ACだってそうですよね。重厚タンクには軽装旋回機、軽装機にはダブルトリガーの中量引き撃ち機。一言語るであれば戦艦やガチタンは強い。強い機体とは、どんな凡人でも一定戦果を上げられるものです。でも無敵じゃありません」
無敵。
この世にそんなもの、本来ならば存在しない。
それを覆すのがイレギュラー。ドミナント。
「ジャックさんのいうドミナントは、AC乗りですよね。ではドミナントとは何です。その相性を覆す技量ですか。ミサイル対策機にミサイルを持ち出して勝っちゃうような人ですか。相手も戦場を生きる傭兵で、人間で、全力で挑みます。そんなに圧倒的な技量差が両者に発生するんでしょうか」
「ふむ。続けてくれ」
許諾で、夕張はひとつ頷いて続ける。
「ACは、あらゆるパーツを組み替え多様な状況に対応できる汎用性を持つ機動兵器。パイロットは事前情報からミッションに対し構成を最適化する、これが理想ですが、いちいち武装を変えていたら費用がとんでもないことになります。武器特性把握や重量調整だってある。そしてベテランは、この問題とは別のものを抱えます。慣れ親しんだ得意スタイルを確立していて、変更は強い自分を捨てるというリスクを負うことです」
「リスクは、回避すべきことだ」
結果としてAC乗りは特定のアセンブリを扱うこととなる。ACの汎用性を生かし、構成を己に適合させるわけだ。近接が得意な者は近接武器を、実弾火器が好きな者は実弾火器を。強い武器を持ち、極めたい武器を持ち、懐事情とも相談しながら、頂に至るまで長く修練する。
「でもきっと、ドミナントは違うのでしょう」
「君は、ドミナントとはどのような者だと思っている」
「私は、ドミナントとは『即時適合してしまう』人間だと考えます」
自らに兵器を合わせるのではなく、兵器の限界性能に自らを合わせてしまう。常人には実行不可能な理論値に達してしまう。それも、習熟に要する時間が異常に短い。
理論値だけは高い兵器の例として、射突型ブレードが挙げられるだろう。当てれば二発もあれば相手を沈められる火力を持つACの装備だ。しかし弾数極小射程極小汎用性皆無。当てるには機体を文字通り自在に操る技量を持ち、相手の行動をほぼ確実に読み当てる必要がある。自身の機体構成にはアーキテクト並の知識も必要だ。外せば待つのは己の死、修練においてさえ失敗は許されない。
ドミナントは、殆ど空想でしかないこれを実現してしまう。その異常な習熟速度は、できる可能にする、ではなく、できてしまうという表現になる。
「人間の限界と兵器の限界を同時に満たす。彼らの手にかかればACの汎用は万能に、性能の先鋭は究極に化けるんです。並では絶対に到達できない領域。才能ですよ」
「そうだ」
「でもそれって、『それぞれに役割を持った人間を、適切に相手にぶつける』のと、どんな違いがあるんでしょうか」
ジャックはじっと、聞く。
「炎熱攻撃してくる敵なら冷却を高めた機体をぶつけ、実弾防御の高い敵ならエネルギー火器をぶつける。ACは、あれもこれもと同時に詰め込むことはできません。どれほど強くても、一つの戦場で一機でできることは限りがある。一つの事を一定にこなす事なら、凡人にもある程度可能です。なら、様々な方向性を持った複数機でチームを組めばどうでしょう」
「それが、艦娘の部隊制か」
「私達艦娘は、一部隊につき最大6名の定員があります。この人数について歴史的に語るのは横においておきまして。極端に、6名全員の艦種をばらばらにすれば、それはあらゆる状況に対応できる万能部隊です。一機で戦うドミナントと違い人数分の手段があり、人数分の火力投射が出来ます」
一定以上の質による物量戦。ひとつの目標に対して複数名で当たることでリスクが分散され、個々で求められる技量もハードルが下がる。無論、それぞれが並以上に強ければ成功率も上昇。代替可能な凡人により構成されたチームは、差し替え組み換えが自在となる。
凡人を多数集めれば秀才に並び、秀才を多数集めれば、神童一人にも追いつけるだろう。だからドミナントなど必要ない。よしんばドミナントがいたとして、それを加えたチームを構成すればいい。秀才と神童によるチームは、個人では到達し得ないさらなる高みに昇れる。
それについては、ジャックは否定の意見を持っている。
「それは、相手を分析し尽くせる時間を有している場合に限る。戦いとは、人生とは一発勝負だ」
「いいえ。同じ困難に、何度も何度でも挑むんです。皆で、何度でも。オリジナル達はそうして乗り越えてきたんです。皆で一緒にやれば、絶対に乗り越えられるんです」
勝負は一度しかないのだからその一度を勝てるようにすると考えるジャックと、どれほど困難な勝負でも勝てるまで何度も挑もうと考える夕張。前者はドミナントは必須であり弱者は邪魔になる前に出て行けと考え、後者はドミナントが生まれればその子が大変になるから力が必要なら皆やると考える。
これが艦娘と言う者のようだった。強敵を前に保身優先で逃げ出す、諦めて断念する、という選択肢がそもそも出ない。
どんな状況でも折れない信頼できる兵士だが、同時に、どんな状況でも個人判断で逃げてくれない猪突。
ともあれ彼女が言いたいことは。
「だから。ドミナント探しなんてやめてください」
その分、自分達が戦うから。誰かに押し付けて背負わせないで欲しい。
立派、ではあるが。
「彼女と私の会話。どうせ聞いていたのだろう?」
「はい。失礼ながら」
「ならば責任問題の話はいいな。君達は何もしなくていいし、何も出来ない。代えて、与えられた状況下で勝つのが君達の仕事だ。猶予には甘えんでくれ」
責任の所在云々はジャックにとってはいささかも問題ではない。ただ、責任問題を受け付ける以上、その分結果は出してもらいたい。
ドミナントに責任を背負わせるつもりではないか、という懸念の一つに否で返したことで、夕張は硬い表情を緩めた。
ただし、やはり彼女の思考は甘い。
チームを作る事には問題があるのだ。
「複数チームには、いくつかの問題がある。まず、それぞれの役割を持った複数の個人が、緊急時の柔軟さを維持しつつひとつの統一された意思を持って行動を行えるというのが絶対条件となる。いかほど訓練を積もうと、個別の人間である以上は不可能だ。軍ならば規律の一言だが、今はドミナントとの力量比較の話だ。これは致命的と思わないか」
「ですが、一人よりは多数の方が」
人数分の火力投射。一定以上の質によって構成された物量戦は一般的に良手だ。寡兵による有象無象よりも強く、統制による管理を行えて、少数精鋭よりも人員の代替それによる質の維持が容易い。ドミナントとはいえ、MTが百機も群れてくれば苦戦は免れない。世界最強のドミナントを探し当てるのと、MT操縦者を百人必要分育成するのとどちらが安定して楽かなど問うまでもないだろう。
夕張は重要な事を見落としている。
正面からMTが百機も群れれば勝てるかもしれない。
しかし、個人の技量及び機体能力で圧倒されている以上、絶対に。
未帰還機と殉職者が出る。
艦娘達が最も嫌う、損害という名の犠牲。損害構わず前進できる物量戦と言う手段は取れない。
艦娘艤装の防御機構は極めて優秀だ。その場でいきなり死ぬ事はないだろうが。
「チームを構成するということは、傷つき倒れるチームメイトが出た場合、見捨てるか救援をする必要がある」
ここまできて、夕張も気付いた。
「君は仲間を見捨てられるか」
「‥‥‥いいえ、できません」
だからこそ夕張は今ここにいる。
彼女達はそういう存在だった。恐れない彼女は十分に立派だ。立派であったが、蛮勇とほぼ同義だった。
「護衛戦と機動戦どちらが困難かは語るまでもなかろう。ならば避けなければならない。1人が避ければいいものを、6人全員が避けなければならない。敵も木偶ではない。6人の中で最も弱い者か、最も脅威の者を優先して狙ってくるぞ」
6人で火力は6倍かもしれないが、そのほかはすべて平均値ですらなく最低値に引っ張られる。1人のミスが全体に波及する。
仮に単独退避できたとて、戦力の低下は勝率を下げる。勝率が下がればさらに脱落が出る、脱落が出ればさらに下がる。6名固まってようやく天才と並べるというのに、1人欠ければ。
夕張は、何も言えない。悔しそうに派するが、悲しそうにするが、何も言えない。
「君達の情熱には、正直感心している。だが信念など、それだけでは何も生み出さん」
「‥‥‥」
「私は探し出したドミナントによる、ひとつの決着を見た。ベストとは言い難いが、今思い返してもあれ以上は望めん。よって私はここにもドミナントがいると考えているし、今回もドミナントに依存するつもりだ」
夕張のもう一つの懸念。ドミナント探しをやめて欲しい理由。
それはドミナントの存在が公になり、いかなる状況も覆す最強の艦娘を世界が奪い合うようになること。
情勢の行く末、というよりは仲間を進んで生贄にすることへの抵抗だった。もしも差し出せば、ドミナントは艦娘をやめることもできず、陰謀の中で死ぬまで使い潰されるだろう。それとも国家に属さず皆で抗い続けるか。彼女達艦娘はまた、世界を相手に戦う事になる。
夕張は表情を悲しげに歪める。だが反論はしない。できない。代える手段は、ドミナントの活躍を霞ませるほど自分達が強くなることしかない。そしてそれは、事実上不可能だった。
言い過ぎたかと彼は思ったが、自身の考えの甘さは理解してもらわなければならない。この前置きあってこそ、だ。
「だが同時に、その決着に対する問題点も、君達と触れることで理解した。君の懸念の通り、ドミナントの未来も保障してやるべきだ」
レイヴンならその強さで勝手に戦場を生き続けろ、だが、彼女達は艦娘だ。根本的に、そういう生き方ができない。とはいえ強者は必要だ。強者はそれだけで被害を抑え勝率を上げてくれる。
従って、ドミナントを見つけて育てインターネサインを破壊する、というジャックの当初の目標は現在、以下の通りにならざるを得ない。
最低でも艦娘及びその周囲の犠牲をゼロにしながら、インターネサイン及びいるであろうパルヴァライザーを破壊しつつ、ドミナントの存在を高く秘匿する。
元より彼は夢想家の類であったが、ここまでくると頭痛を押さえられない。
もっとも、彼は気分は害してはいない。戦う意思のある者と共に戦うのは、ことに目の前の夕張のように堅い意思を持つ者といるのは、やはり気分がいい。手段もないわけではなかった。
「ドミナントを隠したいというのならば、その負担は凡人達、君達に乗る。先の通り、一人で戦う以上に困難を伴う。事故は防ぎようがない。最悪死ぬ事になるぞ」
それでも。
「それでも君はチームを選ぶか。ドミナントを守るか。死なずに達するか」
ジャックは問うた。
心配はしていなかったが、彼の期待通り、彼女は殆ど即答で確かに答えた。
「はい。喜んで」
「やはり君は意識改革をしたのだな」
確実に格上の敵と戦う事になる。ジャックの力量もまだわからない中で怖いだろうに、彼女の決意の瞳に、ジャックも考えさせられる。
果たしてそんな道が叶うのだろうか。だが、戦わなければ可能性もない。
「ドミナントを秘匿しながら被害をゼロに。それを、目指してみよう」
「ありがとうございます。私も、あなたに託してみようと思います」
彼女はそう述べて、笑いかけた。
報知音。
作戦海域への到達。失礼しますと断って、夕張は格納庫へ消えていく。
ヘリの望遠カメラでは既にその敵の様子が映っている。通常兵器に対する為の、艦娘を駆逐するには過剰であるバトルキャノンを装備した大型機動兵器だ。データベースには「To-605」とある。大きさの割に機敏な動きで、二本の足で海を蹴りつけて進んでいる。それが二体。
「射撃機に見えるが、あの動きだと接近戦も危ういな」
どちらにせよ、ジャックなら静かに撤退する相手だ。たとえここが陸上であったとて、自身の駆るフォックスアイと自身の技量でアレは倒せない。
『機影二捕捉。全ユニット、データリンク。敵情報を更新。夕張、長月、攻撃開始』
アンジーの声と共に、二人の艦娘が後部ハッチより海上に降り立つ。
一人は夕張だ。艦娘試験時から少々の追加装備を搭載した姿だ。
そしてもう一人は。
黒い娘。
その背には。
『70秒です』
「わかっている」
艤装に背部の装置を、接続。
装置が展開を始める。推進装置が羽を広げ、6枚の牙が円筒状に。鋼鉄の咆哮が木霊する。彼女の艤装をモニタしているヘリの画面は、あらゆるエラーを吐き出していた。
敵機動兵器が、バトルキャノンを発射する。爆
駆け出す鳥には、届かない。
敵機動兵器が、突撃の予備動作を見せた。その前に、懐に入る。異常すぎる推力で、艦娘は艦らしくなく数メートルを飛翔した。
突進し突き出されたチェーンソーの刃が、高速で回転し唸りをあげながら、大きな目玉ごと内部のすべてを食い破った。何もかもを破壊し尽くす、純粋なる暴力。無人の鉄塊は、動作を止めて沈んでいく。
着水を狙い、残りの一体の機動兵器がレーザーキャノンを乱射する。だが、追加の推進装置が圧倒的な機動性を彼女に与えていた。どこまでも速く飛ぶ。
『警告、新たな敵影捕捉。直下急浮上中。D-C101-D、数、一』
「そんなことだろうと思った!」
直後、水中からいくつもの垂直ミサイルが飛び出した。D-C101-D、以前由良達を襲ったものと同型だ。一度飛び上がったミサイルは、空中で回転して長月を狙う。
しかしその誘導物は、別の場所から放たれた射撃によってすべて空中爆発して消えた。夕張だった。砲撃と機銃弾幕で叩き落としたのだ。
空の脅威を彼女に任せ、彼女は唸るブレードを振り上げて。
浮上しようとしてきたD-C101-Dめがけて、叩きつける。チェーンソーが荒々しく水飛沫を上げながら機械を食い千切り、そして、永遠に浮上できなくした。
『終了。グラインドブレード強制解除、緊急冷却開始』
背部装置が艤装から切り離され、絶対的な力は元の位置へと畳まれていく。長月の動きがピタリと止まる。だがそれを追撃する敵はいなかった。夕張が、対空射撃を終えてそのまま残る敵へと挑んで引きつけていた。
機動兵器は夕張の機動力が心許さない事を理解すると、体を丸めて突撃姿勢をとる。
正確には、体を丸める変形機構の為に一度関節部を大きく開いた。
その隙間へと、その場で静止している長月が射撃を叩き込んでいった。彼女が持ってきていたのは艤装のエネルギーを変換する今の艦娘のものではなく、APHE弾を火薬で放つ旧来の艦娘の砲だった。このタイプなら、艤装が止まっていても撃てる。
関節部とはどうあがいても装甲を施せない脆弱な部位だ。機動兵器はバランスを崩して変形動作を中断し、長月へと向いた。こうなると人間サイズの砲では正面装甲に弾かれるだけだ。
だがこの結果、敵は夕張に側面を晒すこととなった。
やつことは単純。
「全門斉射!」
夕張の艤装は未だ不調だったが、エネルギーパック、レイヴン間で電池と通称されるエクステンションと同様の物を夕張は搭載してきていた。一時的とはいえ安定供給を約束された艦砲のエネルギー弾が、足を止めた機動兵器の脚部を完全に破壊する。背部の推力部へも、続けて叩き込む。
海上に浮かぶ為の手段を破壊された機動兵器は、あとはただ、水底へと沈むしかなかった。
□
無事に二人の艦娘を収容して、ヘリは己の基地へと進路を取る。
今回の戦闘映像記録は、あらかじめアンジーが記録していた。「好きに使ってください」、そう述べた夕張からジャックはディスクを受け取った。黒い鳥の再来を示す映像データ。黒い鳥が存在し、姿を現し、戦うという決意を示した姿を記したもの。鎮守府への圧力に十分だ。
ジャックは、翼を下ろした黒い少女に向く。彼女達は睦月達を隠そうとしていたし、睦月達も彼女を隠そうとした故の現状なのだろう。
「君が再来と呼ばれた娘だったか」
伝説に比肩する強者。そう呼ばれたのに少女は満足どころか、むしろむすっとした態度で返した。
最強と言う称号に、一切のこだわりはないらしい。
「失礼した。君が、由良達を助けてくれたのだな」
「そうだな」
「だがその力は、随分と代償が大きいようだ」
試製グラインドブレード。
缶にクラッキングし、無理矢理引っ張り出したエネルギーで機械的材質的限界まで振動回転させる。艤装強化研究と共に開発された、高い装甲を貫く為の近接兵装。一時的に強者となれる兵装だ。艦娘の思想からして、この兵装は充実した友軍支援下で発動し、また友軍による使用後使用者回収が大前提なのだろう。
友軍を信じて捨て身の斬り込み。現状では試作型のこの一基しかないというが、第六水雷戦隊はこれを13名全員分量産配備する予定だったというのだから、随分と道を踏み外している。
だが、このような理論値の塊を量産した所でどうであろうか。彼女の結果は、兵器に適合「してしまう」人間が扱った場合のみの特異例でしかないだろう。艤装への反動も相当である以上、リスクばかりが膨らんでいる。
こんなものがなくとも―――その分の困難を受け苦戦はするだろうが―――彼女なら今日も勝てたに違いなかった。装備は確実に戦いを楽にするが、扱いきれる腕前がなければ。それでも秘匿武器を使って見せたのは。彼女達からの信頼の形。
「リスクはあの通りなんで、倉庫に死蔵だったそうですが‥‥‥いろいろとあったようで」
いろいろ、の部分には第31部隊と第六水雷戦隊の邂逅の件や、この兵装が必要な敵が出てきた出来事が含まれているのは明白であった。
そして今一度。強大な敵を強大な者に任せるのではないことを、夕張は実践して見せた。
「中々の連携だった。慣れているのか」
「格納庫で少し打ち合わせはしたが、夕張さんと一緒に戦ったのは今日が初めてだよ」
「何?」
「私は自分に出来ることを考えて、相手に出来ないことを考えて、こなしただけです」
ふんす、と夕張が胸を張る。そう言えば彼女、二週間ほど前に候補生から昇格したばかりであった。
近接攻撃中の長月に対空警戒はできないし、動けない彼女に残りの大型兵器は対処できない。それはそうだがと、ジャックは納得いかない顔をした。艦娘と傭兵では、仲間に対する価値観がやはり違うらしい。
背中は預けるし援護を受け持つ。同じ艦娘だから。
「やはり君達は面白い」
「それで、私は次は何をすればいいんだ」
「君にはしばらく、私の指示で動いてもらいたい。目立つような仕事は控えるつもりだ、艦娘を続けたいのなら君もあまり暴れないでくれ」
とはいえ力はいくらか周囲に示さねばならない。黒い鳥としての実力を見せつけ、共に戦わないかと声をかける。誰しも強い人間には惹かれるものだ。
「わかった。ではお前は?」
「鎮守府の運営者とコンタクトを取る。従前通り自由参加の依頼と言う形にはなるだろうが、艦娘部隊のコントロール権を得なければな」
手にしたばかりのディスクを掲げる。
こんなものがなくとも鎮守府は彼女の事を把握している可能性もある。彼女の属する第31部隊の飛行記録を見れば、怪しい動きをしているのは一発だ。それでなお黒い鳥を利用する気がないというのであれば、背中を蹴りつけ動かすしかない。
「こぉらあああああああ! 長月あんたねえええええええ!」
唐突に、スピーカーから怒声が飛んできた。一団の良心、陽炎である。あまりの怒鳴り声に、スピーカーはキンキンと甲高く鳴る。
「何やってんのあんた。折角ここまで隠してきたの、パーじゃない!」
「悪い、陽炎」
黒い少女は笑って、そして。
「戦う。そう決めたんだ」
「あんた」
「誰かに扱われる形にはなるがな。私は戦うよ。明日も睦月達と遊びたい」
「共に行くぞ、姉さん」
これは白髪の少女、菊月だ。
「どうします、陽炎」
「‥‥‥はぁ~。どうもこうもないでしょうよ。行く以外にある?」
それでも陽炎の声に怒りはない。
そんな彼女に、長月は意地悪をする。付いてきてくれる事を疑っていないが、冗談が言い合える間柄だ。
「嫌なら乗らなくてもいいんだぞ、陽炎」
「前にも言ったでしょ。私はもう、誰にも、何にも負けたくないって」
言って、彼女達は笑い出す。