艦隊これくしょん VERDICT DAY   作:水崎涼

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Mackerel Pike Festival

 

 

 彼はそのはじめ、インターネサイン亜種の破壊のみを目標としていた。

 財団中枢部へ浸透し、制御機構を破壊する事。それが第一の用件であり、第二の用件などなく、これを果たす為であればいかなる対価をも支払い支払わせるつもりであった。対価に艦娘も必要ならば、やはり支払わせるつもりであった。

 この基地に来るまでは、そのつもりでいた。少なくとも、そう意識していたつもりでいた。

 その思考が変わったのは、一体何時なのだろうか。

 

 

 

 お前は、また同じことをするのか。

 

 

 

 自分を慕う人物を利益の為に殺し、信頼から失意に変わっていくその姿に背を向けて、己の功績に満足しながら、自分だけ好きに死ぬのか。

 一人の子供のそのセリフは、実の所彼を大きく動揺させ、強く唸らせた。そして、彼にとっても決意の機会となった。

 

「警戒行動の効果向上や、的確かつ素早い戦闘判断を行う為には何が必要でしょうか」

 

 彼らの目の前で、彼女は堂々と語る。

 

「この問いに対し、我々は既にいくつかの答えを出しています。反復学習による知識の蓄積、より実践に近似した訓練による精神負荷への耐性獲得、作業を可能にする集中力と体力構築、そしてそれらを維持する基礎力の維持及び向上です。我々は五省に則り、艦娘であるよう勤めています」

 

 五省、というものはこの時点で彼ジャック・Oは知らなかったが、その見解に異議はなかった。ストレス下で呑まれずに、理想形である予行通りの動きを再現し、あるいはその中で柔軟なひらめきをし、確かな実力の元で自身の意思で打破していく。戦いはただの運試しではなく、十分に管理されたものでなければならない。

 

「あらゆる機械製品がその信頼性を維持する為にメンテナンスやオーバーホールを必要とするように、我々がパフォーマンスを発揮する為には我々自身の管理をしなければなりません。脳を休める時間が必要であり、体を休める時間が必要であり、心を休める時間もまた必要なのです」

 

 やはり異議はない。傭兵24時間営業をやっていた彼らの心身が化物なのであり、本来生物にとって休息はなくてはならないものだ。

 

「この休息行為と栄養摂取行為との深い関係性については改めて語るまでもありませんが、彩る事はそれだけで我々を楽しませ、限りない休息を与えてくれます。調達行動は常日頃の課題でありますが、現在基地には十分な物資を保有しており、本日の作業は休息の質を向上させることが目的です」

 

 話がおかしな方向に流れ始めた。

 いや、今日のこの状況からして既におかしいのだが。

 

「支援システムがこれより警戒に当たりますが、各員、潜める脅威を十分に注意しつつ作業に当たってください」

 

 朗々と語る少女の手には長物が握られている。

 古き歩兵の長槍であればまだ格好は付いただろうが、しなることが前提の細い炭素繊維の棒、その先端からは鋼鉄の刃ではなく細く長くも極めて丈夫な糸が垂れている。

 彼は知っていた。

 世間ではそれを、釣竿及び釣糸と呼ぶことを。

 

「戦隊臨時旗艦睦月より達す、F作業許可。作業開始!」

「戦隊、これよりF作業に入ります!」

 

 統制の取れた声を上げると、少女達は意気揚々と波打ち際へ散開し始める。

 腹立たしいほどに手入れされまた年季の入った釣竿とポリバケツ。それはもう手馴れた様子で竿を振っていく彼女達。ライフジャケットにグローブ、帽子にサングラス、折り畳み椅子に飲料水。装備は極めて充実しており、作戦遂行の為万全の構えだ。

 明らかに、かなり頻繁にやっている。

 自身の記憶が正しいのならば、彼女達は数日前、明るくはない自身の身の上話をしてくれた人物と同一のはずなのだがと彼は内心首を捻る。今はそれはそれはもう晴れ晴れとした表情で、戦果を求めて装備を握っている。

 

「釣りではないか」

「F作業だ」

「釣りでいいではないか」

「F作業だ」

 

 淡白に返して、傍らの菊月もひょいと放っていく。

 今日の戦果で夕食のグレードが決まるのだ。第六水雷戦隊、第11部隊に第31部隊の面々も仲良く作業に入ってしまっている。仕方無しに、彼も竿を握る。

 この釣り風景が、この秘匿基地の日常であった。

 財団の意思下にいた頃は、要求するまでもなく生活物資を財団が運びに来ていたという。消耗部品や嗜好品まで取り揃えられていて、随分と手厚い。それらがなくなったので調達の必要性に迫られているわけだ。

 つまりこの基地の存在自体は財団側に筒抜けているということなのだが。この基地、立地としては対深海棲艦においても対財団においても接触面にならない場所にある。財団はどうやら彼女達を使って艦娘艤装の調査をしていたようであるがそれは終了していると見え、それらが合わさり、たかが小娘10名足らずのこんな場所へ、今更派兵して制圧する気もないのだろう。

 

「今の艦娘も釣、F作業をするのか」

「受けたい依頼が発生するまで基地待機ですから、する人もいますね」

「国家所属時代は季節恒例行事だったらしいですよ。毎年この時期になると、探照灯と水中捜索と爆雷を使って大々的に」

 

 由良と夕張が語る。いずれも夜戦照明と敵潜探知、敵潜撃破の為の艦娘装備だとジャックは記憶しているので、開いた口が塞がらないの心境だ。ACのインサイド爆雷で漁業を始める馬鹿は、さすがの傭兵にもいない。

 装備一式が官給品かは兎も角、おおっぴらにやってはだめだろう。そうは思うのだが、どうにも許容されていたどころか、当時は『戦果』次第で本営から装備が配備されていたという。しかも新型や改良装備、試作品など、是非戦果をあげてくださいとばかりの報酬だ。釣った魚で交換した青臭いハイレーザーライフルを担ぐ馬鹿は、さすがの傭兵にもいない。と思いたいジャックであった。

 

「何をやっているのか君達は」

「鎮守府には他に、H作業とO作業、C作業と呼ばれる伝統があった」

 

 とりあえず言葉をぼかしておけばそれっぽく聞こえて許されるという風潮。隠す気もないのに隠しているあたり、菊月の言葉にジャックは嫌な予感しか覚えなかったが、とりあえず彼は問うてみる。

 

「その三つは何か」

「菱餅回収作業、お飾り材料回収作業、クリスマスプレゼント箱回収作業‥‥‥行事菓子に、季節祝いの装飾品に、プレゼント箱はプレゼント箱だ」

「深海棲艦がそれらを持っているのはどういうわけか」

「米と梅干と海苔と茶葉を奪われて、奪還作戦などもあった」

「なぜ強奪される品が極めて限定的なのだ」

「その物資を鎮守府で消費した」

「どうしてそうなった」

 

 常識という定義の再設定必要を迫られた彼は、己の世界を捨てる気にはなれなかったので聞き流すことにした。

 ジャックは、睦月達との交流は不可欠と考え、共にいる時間を作る事にした。まずは仲良くなって十分に信用してもらい、それから本題というわけだ。彼の歩み寄りに対し彼女達も邪険にはせず、話題は自然と昔の話という事になっていく。彼女達が進んで話をしたし、彼も意向によって望んで聞いた話ではあるのだが。今もこうして付き合っているのもそのためなのだが、聞けば聞くほどに現在の艦娘との剥離が進む。

 海の守り手、異形への対抗手段、軍籍軍務としての艦娘。彼女達の過去を表現するにはいずれも間違いないのだが、3つ話をされると1つは変な事が混じっている。妙、ではなく、変、だ。欧州救援の話をされたかと思えば水着を着て戦った話をされ、因縁レイテ突入の話を熱く語られたかと思えば、固形チョコレートを弾頭として装填発射しようとした話が出てくる。

 是非はともあれ、それら事柄についてのみ感想を出すのであれば。

 

「面白そうだ」

「だな」

 

 当時を知らない彼女達も、怪訝に思うどころか自分達もやってみたいという有様。彼が常識人として評価していた由良までもが、楽しそうですねと言い出した時には眩暈を覚えたが。今よりは確実に面白いだろう。

 彼女達は、幸せだったと語る。

 中には鎮守府内に留まらず、民間企業や国家そのものとの出来事も含まれていた。その時期は、高く理解や協力もあった。それが崩れたのは、やはり艦娘の影響力が大きくなりすぎたせいであろう。各所支援付きとはいえ、実働200名そこらで大洋一個の鎮圧や輸送航路の完全確保、地球の裏側までの救援ができる力。利権云々を抜きにしてもまったく無視できない力だ。

 しかしその最初は、彼女達が見てきた時間の中で、最良に近い時期であった。

 別の優良な未来を、この短い時間で提示し完全に構築するのはさすがに個人の限界がある。であれば。

 彼女達にとって最良に近い時期まで、リセットする。

 それが、今のジャックの究極目標であった。

 

「あぁ暇だよう、何か頂戴アンジー!」

『最新のネット記事の閲覧を提案します、皐月』

「面白い事何も書いてないよ。フォーミュラリーグは再来週だしさぁ」

「あら、リーグ戦見てるの?」

 

 メカ愛好家夕張の反応は素早い。

 フォーミュラリーグとは3型ACを用いたAIメカニカルバトルの興行で、チームを各国大手企業が運営している。元々は財団供与のAIロジックやACそのものの研究として始まったものであったが、鋼鉄の人型兵器が戦う姿はまさにロマンであり、ACが娯楽として派生した稀有な面であった。

 

「うん、第一期からみんなで見てるよ!」

「一回だけね、大華とFTオルドーの観戦チケットを頂けて」

「二人の押しはずばり?」

「僕はオウレットアイかな」

「自分の名前を言うのは恥ずかしいわね」

 

 彼女たちに好きに会話する横で、ジャックは考える。

 ジャックとしての懸念はあと二つ残る。

 一つは言わずもがな、現在の最大脅威である財団関連すべてに対する解決法。

 こうして共に過ごす事を許諾されているが、現在、睦月達第六水雷戦隊からは積極的な協力を取り付けられていない。正確には、迷う彼女達に代わって陽炎が「あんたが信用できるって私が判断するまで保留させる」としている。なるほどきわめて厳しく優しい娘だ、部隊長を務めるだけはある。この交流は、これを緩和する為のものだ。

 当初は生き残ったオリジナルという事で喧伝に使う予定だったのが、なりふり構わない強化人間計画に関与となるとそれが難しくなっていた。このまま鎮守府へ正面玄関から堂々帰還、は諸々の問題があろう。身代わりのように再来と呼ばれる黒い鳥が姿を現したこともあり、持て余す睦月達の境遇からくる保留自体は問題はない。

 その仲間達第31部隊、及び想定外に長く関わる事となった第11部隊は手駒になったも同然だが、圧倒的兵力不足。確保の為に先ず鎮守府を口説き落としたいが。

 

「ねぇ陽炎。鎮守府便りってまだ作ってるの?」

「なんぞな」

「3ヶ月に1回くらいのペースで、事務部が一般向けに作ってたんだ。鎮守府でこんな事がありましたとか、艦娘はこんな事をしてますとか。青葉さんの自作記事とかも載せてたりして」

 

 皐月の説明に陽炎は首を傾げていたが、その隣にいた不知火は思い至る事があると声を上げる。

 

「基地新聞の事でしょうか。数ページほどの冊子を不定期に出していますが」

「あったわねそんなの。候補生の授業風景とか、くっそどうでもいい事書いてるの」

「広報ですからね。私達から見てしまうと、致し方ありませんよ」

「あるんだね。よっし、アンジー!」

『了解。接続、転送します』

 

 バケツと並んで置いている自らの艤装を使って、スクリーンレスの画像が皐月の目の前に表示される。いつ当たりが来るかもわからない釣り糸を垂れる、その時間を潰すには丁度いい。

 

「さらっと言ってるけど、接続して大丈夫なの。アクセス元とかばれるんじゃ」

『第31部隊のストークを介していますので問題ありません』

「勝手にうちのヘリを操るなし」

 

 渋い表情を浮かべながらも、その口元は緩んでいる。

 ジャックのもう一つの懸念。

 それは、取りこぼしがないかどうか。

 オリジナルは全滅との公式発表が、現状はこの通りだ。ならば、他にも生き残りがいるのでは。取り残されている者がいるのでは。

 オリジナル達の戦闘詳報を見ると、特に反攻作戦参加艦は、戦没確認は取れていないが帰還しなかったので除籍したという『作戦行動中行方不明』の表記が目立つ。戦後両国間で情報を刷り合わせ、というのも相手が深海棲艦では行えない為そのままにせざるを得ない為だが、戦後未発見の艤装は未だに多い。当時の鎮守府の士気は凶事の積み重ねで低迷しており、そんな鎮守府を見限り意図して戻らなかった者もいるであろうとの推測だ。そういった失意した艦娘の生存者がいるなら、ついでに拾い上げたい。

 財団に対し正面よりの正攻法で打破が困難な以上、彼がこれから取る手法は策謀である。騙し操り駆け引きしの連続であり、「綺麗な手段」を差し込みにくくなる。目の届かない所で勝手に動かれたり、予定外にひょっこりと現れてもらわれると面倒が発生しかねない。

 後から自分も助けてくれなどと言われても、助けられないかもしれない。出てくるなら助けてやりたいので早く出てきて欲しいが、と言うのが彼の思考だった。

 ジャック・Oとはもう少し冷酷をできる人間ではなかったかと、彼は物思う。自身の身の回りの問題がすべて片付いて満足賢者ムードでいたところに、こんな世界を見せられては当然だったのかもしれないが。

 

「引いているぞ、ジャック」

「む」

 

 白髪の少女に言われて、呆けている時間ではないなと、慌てて竿を動かす。

 会話のネタも乏しくなってきた所で、彼女達は気まぐれにかかってくれる魚を仕入れながら、思い思いに記事やら何やらを読んでいたり、艦娘なのに舟を漕いでいたり。

 

「‥‥‥?」

「弥生~、どうした~」

「ん、何でもない」

 

 弥生と望月が短く気だるげに話している。

 最凶不機嫌と最高上機嫌の時以外ジャックには区別がつかない表情をする弥生という娘は、自身から話題を切り出す快活な人物ではない。望月もつついてどうこうする娘ではないので、弥生が隠すのならいいやとばかりに、んあ~と抜けた声を出しながら背伸びをするに止めていた。

 ジャックも平時なら放っている所だが、今は親密ポイント稼ぎの時間。彼は弥生に話しかけることにした。

 

「何か面白い事でも書いていたか」

 

 普段の卯月の絡みで慣れているのか、弥生も来る者拒まずで邪険にはしない。

 弥生は、手元にスクリーンレスの映像を置いていた。娯楽の為ではなく、思い出を懐かしむ為のデータが広げられている。

 それは所属者権限ならば見れる鎮守府データベースの、そこそこ深い場所にある情報だった。

 過去の艦娘の、それぞれの経歴管理。

 

「写真、間違えてるなって」

 

 艦娘と言う少数特異者の、鎮守府内で保管しているデータが、間違えたまま放置されている。

 

「それだけ、です」

 

 まったく持ってそれだけでは済まないことを、彼女は小さく呟いた。

 

 

 

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