艦隊これくしょん VERDICT DAY   作:水崎涼

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依頼者 :ジャック・O
作戦領域:ビスマルク海
敵勢力 :財団
作戦目標:船団救援

 作戦を確認します。
 ビスマルク海マヌス島付近を航行中の石油タンカーが、所属不明の潜水艦隊に追撃されています。これを排除し、タンカーの安全を確保します。
 護衛の対潜哨戒ヘリからの情報によると、潜水艦隊は比較的大規模であり、財団所属の無人小型潜水艇を中核としています。タンカーには護衛の駆逐艦が随行していますが、緊急時は石油タンカーの離脱が最優先となります。敵潜水艦隊をすべて撃沈してください。
 以上、作戦の確認を終了します。

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Reminiscence

 

 

「と、言われてもね」

 

 ぐずる連装対潜噴進砲にヘリの中で応急修理を施しながら、夕張は小さく眉をひそめる。

 昔に行った艤装強化により、航続距離とトレードオフで火力を得た。のは、艤装と直結された砲の話である。魚雷ならまだしも、缶ジュース程度の大きさの爆雷で通常兵器を相手にするのは、さすがに無茶というものだ。

 とはいえACは陸の兵器で対潜など考慮もされていないし、通常戦闘艇を鎮守府は保有していない。彼女達の足たるF21Cヘリには短魚雷を数本詰めるが、財団無人機はたいてい二桁以上の数が群れをなす。貧弱でも、回数を攻撃できるだけ艦娘のほうがマシである。

 

「ACのインサイド爆雷があるじゃないですか」

「ACの爆雷は、地上施設や歩兵をなぎ倒すのが主目的の着発弾だ。水面で炸裂する」

「じゃあ吸着機雷で」

「水中捜索レーダーはACにはない」

「うちらのコレよりはいいと思いますよ?」

 

 数十年海水で熟成された投射機や噴進砲を、夕張はレンチで小突く。

 妖精さんなる存在を知覚できるオリジナル達により、鎮守府は再び武装の新造が可能となった。が、錆だらけ故障だらけのサルベージ品を、全部隊分更新するには至っていない。これらサルベージ品はどうにも高速修復材の適用外であるらしく、先の迎撃戦で放出した優良装備は、損壊したまま工廠前で修理待ちの待機列を成していた。

 

「それと、もうふたつ疑問がありまして」

「27tと31tを連れてこなかった理由か」

 

 先回りの返答に、夕張は頷く。

 27t、31t。つまり、かつて黒い鳥と呼ばれた春雨が属する第27部隊と、再来と呼ばれている長月が属する第31部隊、あるいは規格外の力を持つ第六水雷戦隊の面々もだ。ジャックが信頼する強者達は、是非手元で扱いたいはず。それをせず、今時の普通の艦娘の普通の水雷部隊である、第11部隊にジャック単身のみというのは異質に映る。

 もっとも、質問者が答えられる問いを、質問と呼んでいいかは疑問だが。

 

「君ならば理解しているだろう」

「‥‥‥目立たせたくない、と」

「それで、もうひとつの疑問は何か」

「あなたが付いてきた理由です。ただの救援任務では、ないんですよね」

 

 今や鎮守府司令と並び、組織の意思決定力を持つに至っているこの男が、小戦区の掃海程度に出張るのはいかがなものか。となると、別途目的があると勘ぐれる。

 サプライズとして最終期まで隠しておこう。との意向の為進んで語るものではないが、隠すほどでもない。ジャックはあっさりと吐露した。

 

「騙して悪いが掃海依頼は嘘だ」

「しまったぁ、報酬前払いだった」

「特に何もない」

「はい?」

 

 夕張は目を丸くしてジャックを見上げた。

 

「警戒には入ってもらうし、私なりに考えて君達を選んだが、敵部隊など確認されていない。主に運搬役だ」

「ヘリさえ貸してくれれば構わないと。それなら鎮守府直轄のでいいのでは」

「私なりに考えて君達を選んだと言った」

「鎮守府司令も連れてきたくなかった、とまで読んでよいですかね」

 

 それには好きにしろとジャックが答えると、夕張は追求はせず装備の応急修理に戻った。掃海任務がないと聞いても、手を抜く性分ではないようだった。

 実際、ジャックは本件に大淀も二人の伝説も連れてきたくはなかった。六水戦も同様の理由で除外すると、気軽に頼める人間として第11部隊しか残らなかったし、誰かと共に行動するなら彼女達を選択したかったのだ。

 

「私からもよいか」

「えぇ、どうぞ」

「君がこちらの隊に復帰した事に驚いている。よいのか」

 

 先の遠足まで第六水雷戦隊とくっついてきた娘は、笑って答えた。

 

「あの子達は、もう大丈夫ですよ。たくさん笑ってくれるようになりました」

 

 昔なじみの仲間達が次々合流してくれている、これ以上の幸福はない。もちろん、自分達を慮ってくれた彼女がそのまま残ってくれるならなお良い。実の所、夕張は六水戦側に来てくれないかと請われていたが、オリジナルの夕張が合流したのを機会にやんわりと断り原隊復帰した。

 名誉第六水雷戦隊として、二人の夕張と第31部隊の面々を囲んだ記念写真が、彼女達の思い出の隣に飾られている。隊が変わっても、大切な友人だ。

 格納庫部に報知音が鳴る。

 操縦席側からの呼び出しだった。予定海域に船団を確認したとのことで、ジャックと夕張は操縦席側へ戻る。操縦席では部隊長の由良が、所定の作業を行っていた。

 

「照会、来ました。目標のタンカー、アオテアロアを確認‥‥‥けど」

「どうしたの?」

「護衛が多いわ」

 

 聞いて、夕張も身を乗り出し望遠画像を確認する。

 船団は中核となる石油タンカーが一隻と、駆逐艦四隻、フリゲート艦一隻の陣容で輪形陣を構成していた。建艦戦争時代ではないのだから、タンカー一隻に対し駆逐艦が二隻も居れば多いほう。特に駆逐艦は比較的艦齢が若いか近代化改修済みな上、財団が売却した量産型ではなく自国設計製造の威信仕様であった。護衛対象に対して、手厚すぎる防御である。

 それも、数が多いだけではなく。

 

「駆逐艦マールバラ、ミッチャー、ヴードゥシシィ、ド・グラース‥‥‥英、米、露、仏と見事に管轄違いね。タンカーはニュージーランド、フリゲートのブリスベンはオーストラリアか。諸島連合公認って事?」

「一部では財団を押し返したと聞いていたけれど、統率は回復していないのかな」

「それでもここまでごっちゃにするかなぁ。タンカーに限定核とかコジマ粒子が詰まってたりしないわよね。‥‥‥ん、7時にもう一個反応がある」

「艦隊に接近してくる。数一、照会終了。敵ではないみたい。第215任務群所属、おおつき型護衛艦はづき」

 

 聞き覚えのある単語に小首傾げる由良に向けて、先に思い出した五月雨が声を上げた。

 

「ジャックさんとアームズフォートの護衛をした時の船です。無事だったんですね!」

「そうだった、あの時の。ラバウルからシドニーに回航したとあるから、復帰してきたのね。でもどうして単艦でこんな場所を」

 

 船団側も警戒する様子はなく、むしろ合流の為のようであった。

 怪しい艦列の援護なんて嫌よと、直近の活動記録を鎮守府側に問い合わせしようかという様子である。それだけ、彼女達には異様に映っている。

 

「彼らを、寄せ集め艦隊と見た場合はそうなるな。頼りないか、怖かろう」

「えぇ、まぁ。複数国家の艦隊が連動機能して勝利した海戦というのは、ほとんど聞きませんし」

「では、選定者が集まった会談であれば、どうか」

「会談?」

 

 小首をかしげた由良は、駆逐艦側から呼びかけがなされた事ですぐにモニタへ向き直る。

 数度のやり取りの後、最も後部甲板の大きい駆逐艦ミッチャーに着艦する事となった。これだけでも由良たちにとっては驚きである。そもそも、依頼を受けて出撃した艦娘が艦に招かれるという事自体がないし、受けてもいけない決まりになっている。とはいえジャックから、鎮守府司令よりの許諾書を見せられては従うしかない。

 到着し次第敵と交戦と思っていた彼女達はわけがわからないまま、ジャックの指示と誘導のままに降り立った。艦載用ヘリではないが駆逐艦側も5型AC運搬を想定している大きさだった為、ほとんど支障はなかった。

 こともなげにジャックが降りていくので、仕方なしと由良達も続く。小銃装備の警護兵数名が迎えたが、特に警戒もされていないことがことさらに由良達の困惑を誘った。非正規武装組織との侮りか、過去のいきさつから冷ややかか、おだててくるかのいずれかが、艦娘に対する態度の通例だった。

 それでも艦内に入る前にボディチェックをということで、手前で作業に入る。ジャックは適当な警護兵から。

 

「女子組はこっちよ」

 

 と、ふわふわとした癖のある金髪ロングの女性士官が、フランクにやってきて担当した。

 作業を終えると、一団は改めて艦内へと案内される。

 

「最近は髪を伸ばしても大丈夫なんですね。腰くらいありましたよ」

「胸も超弩級です。でもあの人、不思議な感じだったね」

「五月雨ちゃんもそう思った? なんかこう、どんと、ぐわっとした感じだったよね」

「うん。たくさんの光が、ばっとしてて」

「もう少し人類が理解できる表現にできないものか」

 

 吹雪と五月雨の会話にジャックはそう苦言しつつ。案内に従い通路を進み、一室へと通された。

 部屋は士官室だった。十数人が会議に使える部屋に、異なる軍服を着た人々が起立で迎える。所詮は非正規の武装組織でしかない少女に対してやはり異例と言っていいが、由良達をことさらに驚かせたのは胸の階級章だ。

 

(将官、ね)

 

 一艦の艦長ならば佐官が通例で、将官だと隊司令クラスになる。所属国それぞれに将官が一名以上見えるのは明らかに異質であり、由良達にただならないものを感じさせた。

 ジャックはというと、そんな肩書き何するものぞとばかりに進み出ていた。それぞれの国の言葉の挨拶と共に握手を求められた彼は、尊大ですらあるいつもの態度で、一方で一応の礼儀としてここ最近で身をもって覚えさせられた体外的営業スマイルを浮かべ、握手に返す。

 そして、背後の少女達へと振り返り。

 問う。

 

「彼らが何と言っているかわかるか」

「‥‥‥えっ?」

 

 由良達はぽかんと男を見上げた。代表者の彼らも、挨拶の返答がないことにやはりぽかんとした。結果、場には妙な静けさが広がった。

 たまりかねて、由良が顔色を窺うようにジャックを見上げる。

 

「あの、ジャックさん。もしかして英語以外の言葉が」

「言語が違う人間が居るとは想定していなかった」

 

 会談と嘯き複数国家の人間がいる場へやってきて、まさかこちらの代表が挨拶一つに窮するとは、彼女達だって想定していない。

 

「え、えぇっと」

「何と返せばいい。こちらで出来た知人からは、挨拶は『To nobles.Welcome to the earth』が良いと聞いたが」

「それは挨拶ではなく明確な宣戦布告では。だめですよ」

 

 軽口を叩く事のない男が本気でボケていることに気づき、由良と夕張は慌てて前へ進み出た。とりあえずしゃなりと笑顔を作ってそれぞれの言語で挨拶を返す事で、お向かいの人々をなだめ。

 

「向こうも職人通訳持って来てないみたいよね。基本は英語でやって、穴埋めはうちらで受け持ったほうがいいと思う」

「私達が進めてもいいのかな」

「貴族共よ地球へようこそって、ジャックに任せたら世界が滅ぶわよ」

 

 それでも一応はジャックに了承を得て、改めて艦娘達は顔を突き合わせる。

 

「オーストラリア訛りなら私がわかる。確か由良、フランス語を専攻してたわよね」

「少しだけよ? それにロシア語は」

「私ができます、お任せください!」

「よし、吹雪ちゃんよろしく。五月雨ちゃんは日本の方をお願いね。残りの英語圏も私が」

「了解しました!」

 

 分担を決めて、四人それぞれが応対に入る。

 由良が若干言語慣れしていない感じが出る以外は極めて流暢であったし、第11部隊は皆物腰の柔らかい娘だ。慣れぬはずの甲板着艦を苦もなくこなした、自身らの子供ほどの小さい娘達の高い教養に、男の護衛程度と認識していた大人達は改めて礼節を上げて遇した。おかげで、ジャックだけがイロモノ枠として取り残される結果となる。

 

「これが女子力か」

「二ヶ国語以上収めるのは鎮守府の決まりです。それで、こちらの方々は機密的な話をしたいとおっしゃっていますが」

「こうなっては君達も参加するしかあるまい。司会の進行は彼らに任せてよい。私は話を聞きに来た身だ」

「言葉かわからないのに?」

「その問題は既に解決した」

 

 振り返らないのが彼の主義である。

 神輿が馬鹿っぽいということで合議に艦娘達が参加することを許諾され、彼らは不足分の椅子を運び入れて卓席につく。発言などは自由にしてよいとのことだった。

 遅れて合流したはづきからも複数名が派遣されてきた。うち、二佐の階級章を胸に掲げた人物は由良達の姿を認めると、小さくだが、すべてに先んじて会釈を行った。慌てて由良達も返す。

 

(はづきの艦長だ)

 

 ジャックからの耳打ちを受けて、だから自分達が選ばれたんだなと夕張は無言で理解した。

 会議は始まった。

 初手からして、一武装組織に過ぎない鎮守府とそこに属する艦娘では知りえない、各戦線の詳細な現状が飛び交う。シドニーの臨時統合司令部開設、ニュージーランド沿岸安全の確保、グアム飛行隊の復帰。ミクロネシア連邦への救援として、英駆逐艦マールバラとアイアンデュークの派遣準備があることなど。

 

(これ、私達が参加して大丈夫なの?)

(さ、さぁ‥‥‥)

 

 非正規の武装民兵が聞いてよい内容とは思えず、夕張と由良は居心地を悪くする。一方吹雪と五月雨は、こちらはもう考える事を放棄して呆けていた。

 堂々と司会進行を担当していた将官が、ここからやや歯切れを悪くさせた。一通りの情報共有が終わり、題が対財団の具体内容へと移っていた。事変前、技術習得の際にタワーへと派遣した人員が隠し撮りした、タワーの内部写真が各人に配られた端末にある。そのうちの一枚は、衛星攻撃兵器の射出台との分析結果がでているという。

 言葉で想像は出来るが、ここは会議を邪魔しない程度に知識人を求めたほうが良いと、ジャックは夕張の肩をつついた。

 

「衛星攻撃兵器とは」

「攻撃能力を持った無人宇宙衛星で、偵察衛星を直接破壊したり、敵性国家の新規衛星打ち上げを宇宙から迎撃するものです。アサルト・セルの名で、財団が販売目録にラインアップしていました。使ったら宇宙がデブリでやばいよねと条約禁止されているんですが、それを財団が自身用に打ち上げるかも、という話みたいです」

「成されたらどうなる」

「地表まで届く衛星砲の構想もありましたから、地球上の財団を殲滅しても、空からのレーザーでタワーに絶対防衛ラインが作られるでしょうね。仮に突破しても、兵器生産設備を宇宙に移転させられたら、こちらからは一切反撃できないまま毎日地球降下作戦かも」

「人類の屠殺だな」

 

 各戦線が押し返し始めたのは、兵器製造ラインをアサルト・セル用に切り替えた為に正面戦力が減っただけである可能性がある。宇宙制覇され、空に蓋をされてからでは手が出ない。

 そこで敵を同じくする我々は、団結して素早くタワーを破壊。

 とは、ならない。それは、タワーに利用価値を見ない艦娘や傭兵目線で言える絵空事。

 経済軍事にここまで打撃を受けた国家としては、それ以上の対価を求めるのは当然の帰結。対深海棲艦どころかこの先の支配力となれるのだから、賠償代わりに技術もろともタワー施設を奪いたい。これにはやはり、一番に乗り込んでの領有権主張だろう。現在の持ち場を適当に放棄し、他国を出し抜いてタワーへの接近を。この場の将官はその通達を受けているか、受けていなくても推察できる者達だった。

 こうして一つの部屋を共有している者達だが、財団が消えれば、次はタワーを巡って砲を向け合う間柄となる。彼らは国に属する軍人である。命令とあれば遂行するのが義務となる。

 だが、それ以上に人間として、明らかな国家総力戦路線を行く未来は、安易には承服しかねる話だった。

 司会は、ジャックに発言を促した。

 

「従って、鎮守府がタワーに一番乗りし、先に手を付けてしまう。この為の合議だ」

「彼らが支援してくれるのですか?」

「彼らは外縁陽動をする。任務群が数個動けば、当座戦力は足りる」

 

 タワー東西北部から、艦艇で接近をかける。これで敵の護衛を極力はがし、南部から主力が接近する。由良の問いにジャックは答え、場にいる幾人かが小さく首を縦に揺らした。

 タワーに近づくだけで外交上の問題を抱える自身らではなく、第三者にかき回してもらう。火種まで処理できれば、今後数十年の復興期間という平和が約束されるのだから、各所も十分溜飲を下げられる。

 そんな事を誰ができるか。小銃を持たせれば一応は戦える陸や、艦艇よりははるかに量産販売できる空と違い、外洋まで出られる海上戦力とその船員とは簡単には揃わないし、武装漁船程度では足りない。

 この筋書きを叶えられる、財団と一時でも張り合える海上戦力と組織力を現在持つ第三勢力は、ひとつしかなかった。

 厳密にはもう一か所ある。ファットマン社だ。確かに傭兵ならば、輸送手段と投下状況確保は必要だが、艦娘の性質を思えば適しているのは彼らである。もしも艦娘が失敗した場合の保険としてジャックはプランを立てているが、だからこそまずは艦娘に託してみようという方針。現鎮守府の艦娘達が参加成功させてこそ、意味が出てくるものがある。

 鎮守府にタワーを壊させ。

 

「そして。タワーを勝手に壊すなんてと、私達は怒られるのですか」

 

 多くの大人達の前で彼女、由良は声を上げる。

 少女のただならない声音に、その場のほとんどの者が由良へ目を向けた。

 面倒を抱えないまま、子供を後方で督戦するという話が、由良には我慢できなかった。

 ここまでに多数の犠牲を支払いながら、将来得られると皮算用していた利権を第三者に潰されるというのは、少なからず反感を買う行為だ。全体の指針を決める者から敵視されれば、この場に居る軍人達から理解を得られてもしようがない。

 また、作戦が失敗すれば鎮守府に責が来るのは必定。失敗による補償とて行われないだろう。

 

「深海棲艦と戦わなければ怒られ、戦えばもっと難しい課題を背負ってきたのが艦娘です。そうして立ち行かなくなった結果が、あの鎮守府ではないのですか」

 

 戦果を、利益を。

 戦いを望み、利益を望む人間ならば。傭兵ならば、むしろ望む環境であるが。

 仲間を失い嘆いた艦娘。強さを求められた艦娘、強さを背負わされた艦娘の姿を、由良は浮かべる。

 そんな彼女達今ようやく鎮守府に集い、笑顔を作り始めたというのに。

 

「私達はまた同じ事を‥‥‥!」

 

 そこまで口にした子供は静まった場に気付き、感情を向けるべき相手も語るべき話も違う事に気付き、止まった。

 

「―――訂正、します」

 

 俯く。

 

「ご依頼の任務について、第11部隊は戦闘力が不足していると考えていますので、お受けできません‥‥‥船酔いをしてしましたので、少し席を外します。失礼します」

 

 目を合わせないように一礼して、由良は飛び出すように部屋を出て行った。

 子供の身勝手を怒る大人は居なかった。その反応致し方なしと、しかし掛ける言葉も見つからずに見送る。

 気持ちとしては追いかけたいが、礼節としては会議終了まで待つべきだと悩む夕張達は、ジャックへと目を向けた。

 

「付き添ってやれ」

「は、はいっ!」

 

 許諾を得て、部隊員達は慌しく立ち上がり由良を追いかける。

 

「賢い娘と思っていたが」

 

 言わなくてもわかってくれる娘と思っていたが、言葉にしなければ正しく受け取ってはくれないらしい。

 少ない言葉で裏まで察しろというのは、傭兵間でしか通用しないのだなとジャックは静かに反省した。傭兵のような生き方をしていても、彼女達は本質ではそうではない。後で詫びの一つも必要だろうと考えながら。

 呟く。

 

「数個艦隊数万人の将兵が、現場判断のみによって動くわけがなかろうにな‥‥‥話を続けてくれ」

 

 

 

 □

 

 

 

 自らが艦を名乗るが故に、由良は乗艦した経験がほとんどなかった。

 護衛や救援依頼で何度も目にする通常型艦船だが、いざ乗ってみると意外にも大きくて、そして狭く小さく感じる。今居る後部甲板は、先ほど飛び出した部屋からは100メートルと離れていない。それでも落ち着ける場所は、ここくらいだった。

 景色を眺める。

 艦娘は確かに肩身が狭い。今日会った彼らはかなり友好的なほうだが、艦娘ごときと扱われる事もあるし、一つの被弾でも大きく叱責されることもある。だからといって困窮するほどの締め付けは受けていないし、多くは感謝される。ありがとうの一言でも、随分とうれしい。

 人々を守ることに、由良はある種の誇りを持っている。けれども、相手方の理解や対応が辛い時もある。思うところは、出てしまう。

 財団と戦うのはいい。倒す事もする。そうでなければ、今日自分達が帰る基地や町さえもなくなってしまう。しかし、その結果で何も変わらないなら、自分や自分を隊長として慕ってくれる部隊員が辛い思いをしてまで、やる必要はあるのだろうか。

 ただ財団がいなくなるだけなら、今までと変わらないのだ。

 

「Hi」

 

 波音の中に女性の声が聞こえて、由良は海を見つめていた顔を上げて振り返る。

 女子組のボディチェックを担当していた女性士官が、もう一人東洋系の同じく若い女性士官を連れて、気さくに手を振ってきていた。ボディチェックの時の方はこの艦の兵員として、東洋人は護衛艦はづきの所属だろうかと由良は考えた。

 腰まで届く茶けた髪の東洋士官。にこりと微笑む彼女の会釈に返しつつ、金髪の士官に指で誘導されたほうへと由良は目をむける。艦内に繋がる扉の所で、三つの顔が様子窺いに突き出ていた。

 大丈夫よと声をかけても納得しない部隊員達を、金髪士官が誘ってどこかへと連れ出していく。

 一方で、残った東洋士官は由良に歩み寄った。彼女は自身の喉を人差し指でつついて。

 

「日本語、大丈夫ですか」

「はい。英語仏語より得意です」

「よかった」

 

 英語は嗜むくらいしか扱えないので、と困った顔で自嘲する士官は、背を押され艦首側へと運ばれていく吹雪達を見送る。 

 

「良い仲間ですね」

「えぇ。巡り合えて良かったと思います」

 

 だから、利己的で危険な作戦には共に行きたくはない。

 黒い鳥と呼ばれる娘達ほどに強ければ、守ってやると言えるのかもしれないが。

 この士官が来たのは話し合ってのことだろうと、並んで外の景色を眺めながら言葉を待つ。

 

「私、軍を離れていた時期がありまして。最近なんですよ、復帰をしたのは」

 

 士官の側から、話が振られた。

 先ほどの情けない喚きを聞かれていたのかもと、由良は彼女の横顔に目を配る。彼女には軍人らしいどっしりと構えた様子はない。悲しそうに目を細め、景色を眺めている。

 

「変わらないことに失意して、悪くなっていくことに絶望して。とても長い時間、逃げてしまいました」

「‥‥‥逃げる事は、悪い事なのでしょうか。私は、罪だとは思いません」

「私のは、ただの逃げでしたから。良い夢に、ずっと浸っていたかった」

 

 良い夢。

 意外にも、現在はこれに当たるところがある。

 敵が深海棲艦から、同情や加減の余地のいらない無人機へとすげ変わった現在。戦場の混乱が一通り収まった今、衛星兵器のタイムリミットさえなければ悪くはない環境なのだ。ここから無理に解決を目指し、また人々同士が争うよりは、財団を世界敵として適当に残すというのも。ひとつ夢かもしれない。

 

「思い出だって大切です。現実に悪夢が広がっているならば、逃げてもいいのではないでしょうか」

「誰にも、咎める権利はないでしょうね。勝手に期待していた人達が、裏切られたと勝手に怒るだけです」

「その声が、痛いですけれど」

「痛過ぎます」

 

 物事の目線が自分と変わらないように感じ、この方は自分以上に何かあったのだろうなと、声の調子から由良はそう推測する。

 彼女は今ここにいる。軍艦の上で、軍服を着て、戦場にいる。

 

「なぜ、軍に戻られたのですか」

「‥‥‥。自分でも、よくはわかりません」

 

 小さく吐息ひとつ。

 

「諦められなかったのか、怒り疲れたのか、喉元過ぎればというものだったのか。今でも、進んで軍にいたいとはあまり思ってはいません」

「けれどあなたは、制服を着ています」

「そうですね。それでも制服を着ようと思った、という話と。逃げ続けた私が、この服を着ることを許されたという意味でもあります」

 

 制服のボタンを一つ選び、指でなぞる。

 

「もう一度、やりなおしたい。もう一度、望みをかけてみたい。もう一度、答えを求めて戦いたい。掴み取ってみたい。そんなところです。きっと」

「あなた一人が気を張っても何も変わらず、ただ繰り返すだけではないでしょうか。私は、それが怖いです」

 

 平和は欺瞞だと言い、希望は幻想と言い、恐怖に膝を折る。

 歴史は繰り返すと言う。環境が変わらないなら。

 士官は同意に頷いてから、あたりを見渡した。大きな海の上で、複数の艦が並んで航行している姿を。

 

「ここにいるのは、鎮守府の部隊に救われた艦や乗員です。彼らはそう感じています」

 

 その言葉で、由良は自身が護衛した事のある艦へと目を向ける。

 それは財団事変初期。通信網がパンクする中、進退窮まった彼らが出した。依頼と言う名の救難信号。

 依頼として投げたものを、鎮守府はいつも通りに受け取り各部隊が受けていった。

 一部隊あたり最大六名、対通常兵器能力は相応。戦局への寄与などささやか、居ても居なくても大勢は変わらなかった場所もあっただろう。それでも、依頼を蹴るという選択を退けてやってきたヘリとAC、そして艦娘が、彼らの目にどう映ったか。

 

「任務群間の連携、海将クラスが揃い、船を出して武装組織を出迎える。以前ならばありえなかった。私が逃げ出し、目を閉じ耳を塞いでいる間もこうして世界は変わっていて。そこに、私は希望を持てた気がするんです」

 

 この程度の船団に将官がそろい踏み。今日の出迎えと現在行っている会議は、彼らからそれだけの価値があると思われているのだと、由良は理解した。思い返せば、責任所在の擦り付け合いではなく、既に目標が定められた上での話であったようにも感じる。戦略レベルの歩調は、既に整っていたのかもしれない。

 

「たくさんの人の意思があるんです。51人が賛成し決定しても、49人は反対している人がいる。その49人だって理由なく反対しているわけではないですし、51人も意気投合しているわけではありません」

「そう、ですね」

「人は、組織は、簡単には変わりません。でも、変わる事はできる。私達は、意思を持っているから」

 

 決められたプログラムをただ遂行する機械ではなく。

 知識を求める事ができる、考える事ができる、決める事が出来る。

 

「その時に変わらずに背を向け、思い出を懐かしむだけでは。進めないのだと。私は感じました」

「‥‥‥」

「変わらないかもしれない。変わるとして、もっと悪くなるかもしれない。怖いです。それでも。私は、この変化に望みをかけてみたい」

 

 春雨を迎えに行った時の鎮守府司令も、近しいことを語っていたと由良は思い返した。

 士官が改めて由良に向く。由良もまた正した。

 

「私達はあなた方に、タワーという利益を損ねた破壊者ではなく、混乱に幕を引いた功労者として共に名を連ねてもらいたいと、考えています」

「それは、責務を背負わせる為でしょうか」

「功績を与える為です。数十年前の離反行為を打ち消すほどの功績。共通敵を前に共に戦った事実と功を持って、今後の和解の足がかりとする。この為に財団事変を逆に利用してやろうという、そう考えている方々がいて、少しだけそちらの声が大きくなっています」

 

 戦局は徐々に人類側へと傾いてきている。

 タワーをものにすれば艦娘云々もなく、国際社会に発言力を得られる。艦娘篭絡よりもタワーの占拠だ、という意見の切り替えが始まっている。と同時に、財団事変の初撃に焦り、この苦境を乗り越えるのに、鎮守府を含めた各方面との共同戦線を張るべきだ。と模索していた意見者の声が、相応に残っていた。

 これ以上人類優位になれば、鎮守府との共同路線が不要になる。タワーの占拠派の声が大きくなってしまう。

 人対人の戦となれば、艦娘など出る幕もない。このまま艦娘不要論に傾き、歴史の表舞台から去ることもできるだろう。彼女達個人にとっては平穏かもしれない。

 もっとも、その場合はタワーを巡る終わらない総力戦の時代か、足の引っ張り合いの末財団に宇宙制覇され人類が管理される時代、どちらかが確定しているわけであるが。

 タワーなど制圧した所で利用できるかわからないし、制圧そのものができるかも怪しい。無論、タワーを取った瞬間に各所が連合して殴りに来るだろう。統制できない混乱に突入するくらいなら、一世紀時を巻き戻し、人類と艦娘対深海棲艦の構図に戻ろう。少なくとも艦娘は、いまだ一切のコンタクトが取れない財団とは異なり、人類種の敵とはならない協力姿勢を持つ対話可能な存在なのだから。

 目指すべきは、よりを戻し復興にて国を豊かにする制御可能な時代。そういう声だ。

 鎮守府が目指したい未来図の一つ、『財団事変を片付け、旧来に戻り、できれば国家と関係修復する』と向きが同じ。綺麗な思惑の絡みではないが、今は、元に戻る最後の機会だ。

 

「過去の清算、ということですか」

「ですが、それは一人ではだめです。一人では、英雄になってしまうから」

 

 力と名声を欲しいままとした最強の個人に向けられるのは、崇拝と畏怖。その力を売買し簒奪し独占を目指す、また別の時代。最強となって荒野を一人で生きられるほど、艦娘は強くはない。

 いずれもを、艦娘は求めてはいない。

 

「一人用のボートではいける場所は限られてしまいますが、百人が巡洋艦を動かせば洋を渡る事ができます」

「‥‥‥」

「借り物の船ではありますが。目指す場所が同じならば、私達と共に船を動かしてみませんか」

 

 述べて笑いかける。由良もまた返した。

 この人となら、共に戦いたいと思った。

 

「由良と申します。鎮守府第11部隊、三代目由良を拝命しています。あなたのお名前を伺っても良いでしょうか」

「私は」

 

 士官が言葉を続けようとしたその時、艦外のスピーカーが大きく唸り出した。

 戦闘配置と対潜監視が発令され、掛け声と共に乗員がすばやく移動を始める。

 騙して悪いがやっぱり敵襲じゃない、と泣きながら戻ってくる夕張を眺めて、由良と女性士官はどちらがともなく小さく笑った。

 

「戦う機会が、できたみたいです」

「世界は忙しいですね」

 

 困ったものだ。

 けたたましい警告音の後、各艦はランチャーから静止ジャマーを射出し海中に展開した。敵は既に、攻撃態勢に入っているようだった。

 比較的小型の無人機が攻撃できる距離ならば、今からでも艦娘の出番である。

 自分達はここへ戦いに来たのだ。戦い続ける理由をくれた女性へと、由良は背を伸ばして見せた。

 

「鎮守府第11部隊、対潜掃海任務に入ります。F21Cの発艦準備をお願いします」

「了解しました。ご武運を」

「共に」

 

 一礼して、由良は仲間が待つヘリへと向かった。

 共に戦うために。

 

 


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