依頼者 :鎮守府
作戦領域:中部太平洋
敵勢力 :財団
作戦目標:威力偵察
今回の依頼は、以前の選定試験に合格された方々に発信しています。依頼内容は、各タワーへの威力偵察です。
今回の偵察では、財団無人兵器に送信されている信号の発信源、及び財団の特殊機動兵器「パルヴァライザー」を探し出すことが目的です。
偵察を予定している一帯には、財団の無人兵器が防備するように展開しています。調査活動にはまず、これらの部隊を排除する必要があります。財団は現在、深海棲艦及び国連軍と激しい交戦状態にあり、その間隙を突いて、複数の艦娘とACが同時にタワーへ接近する形となります。
なお、深海棲艦との連携は偶発的に発生した出来事であり、必ずしも我々と共同歩調を取っているものではありません。本作戦においては敵ではありませんが、味方でもないことを留意してください。
また、パルヴァライザーとの交戦はやむをえない場合を除き、可能な限り避けてください。
非常に危険な任務ですが、今回の事態を解決する為に必要な行動です。どうか、よろしくお願いします。
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ジャック・Oは、異性関係について傭兵業ほどには熟達していない。女性衣服について特に関心を向けた事もなかった。
艦娘はなぜか、セーラー服を好む。しかもスカートが異様に短い。海風やヘリのローターの風でめくれるだろうとか、スパッツ装甲くらいつけたらどうかとか、疑念くらいはジャックも持つが、それ止まり。そんなものだ。
しかし、卸したてがごとき清楚な。
メイド服
を着て訪問されると、話が違ってくる。
「私は、衣服の変更を希望した記憶はないのだが」
メイド服を着付けてやってきた娘、春雨になるべく視線を配らないようにして、彼は悲鳴のような苦言を呈する。
彼は知っていた。砂塵と火薬の世界にあって発達はしない文化だったが、給仕の概念はあった。メイド服も存在していた。その冒涜的魅力も十分に理解できるし、やや紅潮し恥ずかしながらも意志を貫こうとする艦娘春雨の姿が乗算されて、それはもう天井知らずに大変な事となっている。
しかし、状況は理解できなかった。
「艦隊にはですね、秘書という職がありましてですね」
メイド姿の妹を連れてきた村雨が、鼻高々に語る。
提督を補佐し雑事と艦隊運用をこなす艦娘代表者、秘書艦。提督存命時はそのような特別職があった。
との体裁はあるが、本格的事務業務は大淀らが中心として処理していたので、事実上提督の付き人世話係であったとされる。逆に、提督が艦娘を世話する事もあったらしいが。そのような状況であるから、選ばれる艦娘は必然としてそういうこと。
それとメイド服の関係はなかろう。それとも、世話というのはそういう意味も入っているのか。軍人としてはさておき、私人としてはジャックが内心評価をしていた提督なる人物だが、このメイド服が性癖による指定衣服の可能性が出てきたので考えを改める必要を感じるのだった。実際、潜水艦娘の水着は本当に指定されていた、らしい。
「どうです、お傍に置きたくなったでしょう? そうでしょうとも」
「せ、精一杯勤めさせて頂きますっ」
セールスする白露型三番艦と、売られている五番艦。
ジャックが居城と定めた事務室隣の応接室。扉の隙間からは、再合流を果たしたオリジナル白露、時雨、五月雨、三人の目鼻が覗いている。下手にあしらうと一気に敵視されかねないので、嫁に出す母と嫁に出される娘、との率直感想をジャックは飲み込んだ。代わりに拙い知識量から世辞の句を探り出し。
「よい、と、思、う」
「でしょでしょ?」
「どこから引っ張り出してきたのだ。簡単には売っていまい」
「昔持ってきてそのまま仕舞い込んでまして。やっぱり大本営製は違うね。高速修復材に漬け込めば、100年前から放置されたメイド服もこの通り」
ほつれひとつない純白の前掛けをつけたロングスカートメイド服に、そしてこれぞ似合う妹だと、村雨は極めて満足そうに頷いてみせた。
高速修復材とは艦娘が使用する物資。艦娘が浴びればたちまち疲労が抜け、艤装にかければたちまち再生し、衣服にかけてもたちまち元通りになる。それも完璧に。いくつか条件が存在するが、この物資により艦娘は破格の戦線復帰能力を有した。少人数でも戦えてしまうゆえんである。そしてこの高速修復材は、依頼達成報酬として現在も国家側から得ている。
この高速修復材。艦娘以外にとっては入浴剤を溶かし込んだに等しいただの液体。一応精製には手間がかかり量産は難しいそうだが、なぜどのようにして効果が出るのかは今もって不明。
「コジマ粒子安定化の前に、その修復材を調査すべきではないか」
「知らなくていい事は知らなくていいのです、ね?」
マグノリアとかいうヘリ整備士も似たようなことを言っていたなと、ジャックは思い起こす。
面白くない話題になるや封殺に来る村雨。傍らに置くなら、純真で眩しい春雨よりも一線を用意する村雨を選択したいジャックだった。もっとも、全艦娘から自由選択なら、敏腕かつ心に余裕が生まれて茶目っ気が出てきた大淀か。あるいは、だったが。
ジャックはドア越しに楽しんでいる艦娘達を追い払い、扉を閉めさせる。村雨は召集対象ではなかったが、居る事に問題はないのでそのままとした。
「メイド服はお披露目としまして、秘書艦の事は結構本気ですよ。もちろんジャックさんに任せてもいいと思ったからだけど、この二人を置いたほうが、あなたとしてもやりやすいんじゃないかしら。私達にしか頼めない仕事って、出てくるでしょう?」
「目立つのは本位ではなかろう」
「それはそうですけど」
「その話に関する事で呼んだ」
もう一人、それまで無言で待機していた再来のほうの艦娘、長月にも視線を配る。
ジャックは、選抜部隊によるタワー偵察について語った。
大淀と話したものと同様の内容だが、彼女達にするのは戦闘単位の話。予想されるパルヴァライザーとの衝突。
どのようにして勝つか。
ではない。
それを語るには。パルヴァライザーに対しての、ジャックの今の見解が必要か。
パルヴァライザー。彼の記憶の中ではACを模す、成長する兵器。
ACはそれ以前からある兵器だ。共通規格により高い汎用性を実現する一方、一度作った規格の枠を出られないという弱点がある。ACそのものは兵器として、何年も前から根幹は成長していないということだ。自分らより前の世代のレイヴンも幾多いる。旧世代の遺物を発端とした一件において、パルヴァライザーがACを解析し自ら成長する時間は大いにあった。
だがパルヴァライザーは「最強と認識しているらしきACを模す」のに、「強化はされるが強化でしかない」し、ACの枠を出たがらない為に結果として「ACで対抗できる程度にしか成長しない」。
もちろん、対抗できるのは極一握りであるが。最後の数時間での恐竜的進化は完全にドミナント共のせいだが。
ACに勝ちたいなら、どうするか。一番は、アンチACになる事だ。ACを問答無用で吹き飛ばす大火力と、ACが持ちえる火器では手が出ない重装甲。極論、ジャイアントキリングを遂行するアームズフォートや、4型ACネクストのように独自規格で二周りほど大きくするだけでもよい。ACを倒せるならば、通常の戦車やMTなど問題にならない。
だが、パルヴァライザーはこの極端な解決法を取らなかった。AIと武器構成を見直した程度にしか進化しない。
これは、かえって不自然ではないか。
パルヴァライザーは確かに強大だった。だが今にして彼は思う。
我々は強敵を倒したのではない。
倒させてもらえたのではないか、と。
人類が乗り越えられる程度の難題として作られた品だったのではないか。
ただの推論だが、もしもこの推測が正しいとするならば、ジャックが生きた世界におけるその模範解答とは。
それは、遺物を前にした複数の人間による企業体が、弱体化前に意識改革してアライアンスを構成し、遺物の完全排除を掲げ、その純戦力たる戦術部隊と核心情報を持つ有志連合バーテックスが協同し、インターネサインに立ち向かう事ではなかったのか。
いかにパルヴァライザーといえど、レイヴン数十人と企業規模の戦闘団に同時襲撃されれば、特攻兵器と合わせたとしてもインターネサインの完全防衛は不可能だ。共通敵を前に団結できた人間は、その未来にも幾多の可能性を生み出すだろう。
まかり間違って存在してしまったドミナントに、模範解答もろともすべてを破壊させてしまったのは。あの状況で他に手がなかったにしろ、あまりの暴挙ではないか。
あれはあれで、何の思惑かで敷かれたレールなどくそくらえという、人間の尊厳とかいったものを守ったようなものだ。管理の下で息を吸う事を自立しているとは言わない。一つの回答としては間違いでもなかろう。ジャックとしても、選択が間違いだったと考えを改める気もない。
ただ、それが彼女達艦娘が住む世界に適した回答かどうかとなると、また話は変わってくる。
ジャックは、否と結論した。
彼女達は傭兵ではない。生きればいいというものではない。
彼女達には時間としての未来ではなく、展望としての未来を抱かせるべきだと。
意識改革をした国連軍と、一時共同歩調を取る深海棲艦、何の思惑かで進んで鎮守府の負担を背負うファットマン社。そしてこの世界の主演である、戦い続ける艦の魂達。
「パルヴァライザー戦について、もちろん君達の力を借りるが」
「ご期待に沿えるようがんばります、はい」
「やってはみるよ」
「逆だ」
それぞれに意欲を見せた二人は、挫かれて何事かとジャックを注視する。
「がんばるな」
続けて、ジャックはかつて夕張と語らった話を本人達に聞かせた。
目立てば今後生きにくくなる事、仲間達は二人を守る為に尽力してくれる事、代えて物量戦にて決着を目指す事、その手はずは完了しつつある事。
傍らにいる友人達は何を投げうっても付いていき守り隠す意思があるが、隠される本人が勝手に暴れては仕方ない。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
力を求められたから呼ばれたと思っていた二人は、納得しがたい様子を見せた。
傭兵にとって力と金とは、自らを証明する手段であり物質的な結果だ。彼ら傭兵の多くは血に飢えている。
しかし。彼女達にとって、背負った最強の称号とは結果としてそうなっただけの、何の価値もないどころか面倒を生む品だ。どうしても必要な局面なら、自身と仲間の危機に当たれば、迷わず振るう。そうしてきた。その機会があまりに多すぎ、乗り越える力を何かの間違いで手にできてしまったわけだが。
だから。
「黒いACよりも強いなら、全力以上にやるしかない。断る」
「春雨も、それはできません。他の人が傷付く前に、私は戦います」
二人の答えに、ジャックは目を細める。
不満ではあるが、戦う意思を眺めるのは素直にうれしい。
「私の采配が不満か」
「今更ジャックを疑っているわけじゃない。だが、ダメだった場合の話だろう」
「そのような『たられば』は、起こさせないと言っている」
「戦場に『たられば』は、よくあることじゃないのか」
傭兵としては大変耳に痛い言葉を、長月は口にする。
ダメだった場合の保険、それすら封じるのか。問いに対しての回答はあまりに辛い為、ジャックは主導権を得る為に無視して押し通した。
「私は、君達と戦略単位の合議をしたいのではない。それは既に済ませている」
一拍。
「君達に問うのは。世界最後の日まで、艦娘である気があるかどうかだ」
英雄にはならない、という覚悟。
「君達の戦士としての力は認めている。自ら切り開く覚悟があることも知っている。だが、君達は艦娘として生きられなくなる。史上に名を残すのもよいが、望むわけではあるまい。それとも地下基地で、赤い海の中でまた姿を隠し生き続けるか」
受容していたし特別に不満のある生活ではなかったが、望んでいたわけでも満たされていたわけでもないその時間に、二人の娘は眉を落とす。
人々の盾として艦娘を任じた春雨と、人々の盾となるべく艦娘を志した長月は顔を見合わせ。頷き合い、改めてジャックへと向いた。彼にとっては力こそがすべてであるはずだった。その主義主張を抑えて自分達を案じてくれるというのなら、答えは。
「わかりました。がんばりません。でも、本当にどうしてもの場合は」
「君達が選ぶ生き方だ」
ジャックは投げるに留める。
少なからず愛着を持った故にここまで用意したのだから、自身の意向通りに動いてもらいたいという欲求はあった。自身の手で彼女達を管理したかった。大人の責務として、絶対にやるなと釘を刺すのだ。嘆願という形で示すのも吝かではない。
しかし。
今それをしてはいけない理由が、ジャックにはあった。
「お話は、もういいですかね」
つまらない話は終わったと理解して、やはり線引きに来た村雨がにやける。
そして、ぽんと妹の両肩に手を置き。
「ところでジャックさん。肝心なところを聞いていないのですが」
「話すべきことは話したつもりだが」
「秘書艦ですよ秘書艦。うちの春雨、可愛いですよね?」
可愛いとしか答えようがない戦場離脱困難な語りに、ジャックはまたしても世辞の句を引っ張り出す作業に追われた。