艦隊これくしょん VERDICT DAY   作:水崎涼

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依頼者 :ジャック・O
作戦領域:中部太平洋
敵勢力 :財団
作戦目標:中枢破壊

 一体どれほどの者達が、この依頼を受け取ってくれただろうか。ここまで戦った君達は、混乱の幕引きを託すに相応しい存在だろう。
 私からの依頼はタワーの破壊、及び、パルヴァライザーの撃破だ。
 パルヴァライザーは戦闘を繰り返しそのデータを蓄積し、永久に成長し続ける兵器だ。数多の無人機を止め、この財団事変に結末を与えるには、その統括機構であるタワーを破壊するしかない。君達の目標は、施設最奥部にある中枢だ。
 すべてはこの時の為にあった。君達皆の力で、未来を救ってくれ。

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Someone is Always Moving on the Surface

 

 

 彼女達は、スクリーンレスの画像を見つめる。

 すべての艦娘に一斉発信された、一つの依頼。

 

「来たのね、この時が」

 

 夕張が、緊張を交えた声音で呟く。

 彼女の属する第11部隊を含んだ威力偵察部隊が、中部太平洋のタワーを調査したのがつい先日。そして、彼女達は幸運にも一発で「当たり」を引いた。パルヴァライザーらしき未確認機体も発見した。

 ここにおいて、鎮守府は大きく動いた。

 まず、散開していた艦娘部隊が再びトラック基地に集結した。適合者艦娘は旧来通りの部隊制を維持したまま、先の迎撃戦同様水上打撃部隊、空母機動部隊、水雷戦隊、海上護衛隊に振り分けられた。一方でオリジナルの艦娘達は、鎮守府司令大淀により編成配置された。

 睦月ら第六水雷戦隊、村雨の第27部隊、陽炎の第31部隊の3つのみは、艦娘主隊から引き抜かれる形で第一遊撃部隊を構成した。この部隊だけは別行動をする。強者には強者の舞台がある。

 ファットマン社の所属ACも、依頼による誘導で配置換え。有数の実力者は、艦娘部隊と同行して作戦参加となった。

 フォーミュラフロント競技会にも動きが起きる。現在開催中のリーグ戦を「会場での火災事故による延期」を理由に停止、各フォーミュラチームの動向について黙認の形を取った。そしてフォーミュラチームはファットマン社に、複製AIチップを提供し整備班を貸し付けた。より多くの人間の生還の為、u-ACは死兵として散ってもらう事になる。

 そして鎮守府、ファットマン社が引き上げた戦域に、通常艦艇が展開を始めた。

 ニューギニア島防衛を名目に任務群が展開。作戦の補助として、数隻の駆逐艦がミクロネシア連邦の防御に入った。

 そして今ひとつ。深海棲艦の偽装行動が、ぴたりと止まった。彼らは彼らとして独自に、すべての海で、タワーへの攻撃を開始し集結時間を稼ぎに入った。

 きれいな絡みとは言えない。しかし各方面に約束を取り付け、実行に移されている。世界が、確実に動いている。

 お膳立ては完了した。時間も戦力も、これ以上は望めない。

 あとは。自分達が、この戦いに挑むか。

 最後まで戦い続けるか。この依頼は、最終意思確認。

 

「‥‥‥」

 

 吹雪と五月雨の手が、小さく震えている。

 今までにない規模で、今までにない敵を相手にする。

 艦娘部隊は一度は財団と戦い、そして深海棲艦の支援がなければ負けていたという、事実上敗北した結果がある。艦娘部隊は数も質も向上した。財団の無人機生産も鈍化している。側面は通常艦隊が固めている。だが一度敗北した敵を相手に、敵の土俵で、一度のチャンスで勝たなければならない。

 恐怖と不安が先行するのも、無理のない話だった。

 

「良く考えて答えを出してね」

 

 子供達にそう声をかけて、由良は立ち上がる。由良と夕張は、二人の間でもう話がついている。吹雪達が参加しなくても、二人は行くことを決めていた。できうることなら、遊撃部隊についていきたいほどであった。自分達はタワーに取り付き破壊すればいい。それとて難しい話だろうが、彼女達はそれ以上の困難を引き受けること疑いないから。

 夕張もまた、二人が悩める時間をと腰を上げた。二人で、部屋を出ようと。

 

「由良さん!」

 

 その背中に声を浴びて、由良は振り返る。

 まだ緊張で堅いけれど、確かに見返す吹雪と五月雨がいた。

 

「私を連れて行ってください!」

「私も行きます!」

「‥‥‥、いいのね?」

「はいっ!」

「よろしくお願いします!」

 

 二人の意思に、由良は相好を崩した。

 危険とわかりきっている任務だ。その点では断って欲しくもあった。彼女達の作戦参加は、由良の部隊長としての責務を高めることになるのだから。

 だが、これまで一緒にしてきた仲間と同じ困難に立ち向かえる。自分を信じて付いてきてくれるというのは、素直に嬉しい。だから彼女は、部隊長としての責務を果たす。

 

「第11部隊は、作戦に参加します。功績点の温存は不要です。できうる最高の装備を揃え、午後の最終合同訓練までに艤装のチェックを行い、待機して下さい」

「了解!」

 

 敬礼。そして吹雪と五月雨は、慌しく部屋を出る。

 彼女達は駆逐艦級だ。軽巡級に比べれば、その生残性は劣るといわざるを得ない。夕張については艤装が万全になってなお人のことは言えないのだが、彼女も軽巡としての意識はある。それに、艦娘としては後輩であっても、実年齢は夕張の方が上だ。吹雪や五月雨は戦友以上に、可愛い妹であった。

 

「生きて返してあげないとね」

「私達も。ね?」

「うん。じゃあ、私達も準備しますか」

「夕張は先に行ってて。私は、少し所用を済ませてから」

 

 わかった、と答えて、夕張も吹雪達の後を追っていった。廊下で夕張を見送って。

 そして由良も、動き出す。

 宿舎から、本棟赤レンガへ。そして事務室の隣までやってきた。

 応接室。もっとも、一人の傭兵がここで作業を始めてからは、掲げたプレート通りの機能はしていないが。その扉をノックすると、入室を許諾する声が扉向こうより放たれた。「失礼します」と断って、由良は扉を開き入室した。

 

「君か。どうした」

 

 由良の姿を認めて、彼、ジャックはパソコンで作業する手を止めた。

 「少しだけお話をしたくて」、そう述べて、由良は作った笑顔に困ったような迷うような感情を混ぜる。

 

「私も、君とは作戦前に言葉を交わしておきたかった所だ」

 

 男は指を組み、椅子の背に体を預ける。

 ソファへと案内され、由良は腰を下ろす。

 

「そちらの話を聞こう」

「いえ。ジャックさんから先に、お願いします」

「自制も結構だが、年頃の娘らしく、素直に生きてみたらどうか」

 

 忠告程度の前置きをして。

 ジャックもまた、しばしの迷いを払う為に一呼吸置き。

 

「君は」

「はい」

「君はその最初から、私に疑問を持っていたな」

 

 由良は、笑う。本当に困ったように、笑う。

 そして笑って誤魔化せないとわかって、彼女は肩を落とした。

 

「艦娘のことを知らない。変ですよ。ファットマン社所属の傭兵ならことさらに」

 

 情報社会だ。海に面しない内陸国であっても海運の影響はあるし、国連声明もある。この世界に住んでいるのであれば、艦娘を知らないなどということは、よほどでなければ。トラック基地でファットマン社所属傭兵として動いているなら、それらは知っていて当然のこと。

 当然の事は知らず、由良達にとってはわけのわからない単語を口に出す。

 

「それに、ファットマン社からの直接依頼なんて、あれが初めてでした」

「わかっていて、そ知らぬ顔で私に説明してくれたわけだな。鎮守府、トラック基地、ACの型式、艦娘の歴史。それを、人が悪いと言う」

 

 ジャックの犯した最初の失態で、目の前の少女は理解し、そして受容した。ジャックが利用してやるつもりが、由良の方が意図を汲み取って、どうぞ利用してくださいと寄ってきていた訳だ。自分が抱える疑問にはすべて蓋をして。

 ジャック・O救助依頼の真意。

 ジャック個人が最初に調査をはじめ、そして今に至るまでその答えが見つからない事案だ。

 中東で活動していた傭兵ジャック・Oがファットマン社と契約した。資金も振り込まれた為ファットマン社はガレージを用意し到着を待ったが、彼は、移動の道すがら財団部隊殲滅を受諾し、恐らく失敗。仕方ないのでファットマン社が救援依頼を出し、たまたまだが由良達が受領した。

 無論のことこのジャック・Oなる人物は同一ではないと、ジャック自身が否定する。経歴すら架空のようであり、実在人物と取り違えたという事情ではないようであった。

 不可解には違いなかったが、彼にとって舞台裏の把握は重要事項でもない。ジャックは調査を中断したが、彼女はそうではなかった。

 

「ご友人がいるようなので、話して掘り出そうともしました。私程度の実力では、不審点は見つけられませんでしたが。ごめんなさい」

「構わん。だが、理由を聞いてもよいか。なぜ私を受容した」

 

 問い返しに、由良は一度天井に視線を送って。

 当時の自身を振り返るように、言葉を選んでいく。

 

「目的があったわけでは、ありません‥‥‥ただ」

 

 視線を、水平からやや伏し気味に。

 

「助けて欲しかった。だと、思います」

 

 財団の部隊が、国家の軍隊を次々壊滅させながら、自分の住んでいる場所にやってきている。強大な津波を前に、部隊単位で関係が寸断され、方々に散っている艦娘部隊。誰も救援などしてくれない。救援の依頼が作られ、誰かが受諾したとしても、それでは遅いのだ。大型兵器に遭遇した折、たまたま付近を第31部隊が飛行していなければ、自分達は。

 危機に直面しても、誰も助けてはくれない。

 

「吹雪ちゃんや五月雨ちゃんが怪我をするかもしれない。部隊長だから、電子支援や回収のことがありますから基本的にヘリからは降りません。そんな愚痴を言える人も、いつでも連絡が取れるわけではない。支援が呼べる時はいつも呼んで、仲良くして。そしたらきっと、関わった人達が第11部隊の存在を意識してくれて。その人達が、私たちのいざの時に助けてくれるだろう、と」

「誰を貶めたわけでもあるまい。恥じ入るな」

 

 友人を裏切ったこともなければ、他者を傷つける為に謀り偽ったこともない。

 些細な気がかり。最後の、いや、解決できる中では最後の疑問が晴れて、ジャック・O個人には最早なにもなくなった。

 

「気になっただけだ。私からは、以上だ。では君の話を聞こうか」

 

 主導権を渡された由良は、一度目を閉じた。

 話す内容は、もちろん彼女から接触しに来たのだから、当然に決めていた。それを口にするだけの勇気をかき集め。

 

「あなたは、何者ですか」

「‥‥‥」

「どこから、来たのですか」

「‥‥‥」

「そう、聞くつもりでしたが。取り下げます。もう一つだけにします」

 

 由良は、眼を開く。その瞳で、しっかりとジャックを見据える。

 

「ジャックさん―――私達の、司令になって頂けませんか」

 

 それは質問ではなく、嘆願であるのかもしれない。

 黙するジャックに、由良は続けた。

 

「鎮守府の陣頭指揮宣言からこちら、皆はジャックさんの存在を認知しています。あなたというアドバイザーが付いていると知っています。ジャックさんが、私達のために戦ってくれていることを。任務群が、協力姿勢を見せたことも。察せないほど、私達は子供ではありません」

 

 ジャックはまだ語らない。静かに、彼女の話が終わるまで待つ。

 

「この財団事変が終わった後こそ、束ねる人は必要です。もしもジャックさんが先頭に立ってくれるというのなら、私は喜んで付いていきます。他の人も、自分達に尽くしてくれた人に返す事を、不満にはしないでしょう」

「‥‥‥」

「司令や提督でなくてもいいんです。このまま鎮守府に留まり、私達と一緒に戦ってはくれませんか」

 

 そこまで語り、由良は口を閉ざした。語ることはすべて語った。後は、答えを待つだけだ。

 ジャックは、すぐには返答をしなかった。

 彼は、同様の話を既に要請されていた。大淀もそうであるし、第六水雷戦隊の意見として睦月も持ってきた。あなたにお願いしたい。あなたになら付いていける。あなたなら不満はない。直接的に語られずともだ。赤レンガで時折すれ違う艦娘達からは、十分な敬意と期待の態度を向けられていた。それを察せないほど、ジャックは愚かではなかった。

 それは過去、提督と呼ばれた人間に寄り添った艦娘と同じ。

 また、歴史を繰り返そうとしている。

 だからこそ。

 

「私は君達の指導者ではない」

 

 

 

 

 

「私は、レイヴンだ」

 

 

 

 

 

 由良は悲しげに瞳を揺らし、何かを口にしようとして、しかし閉ざして目を伏した。

 わかっていた。わかりきっていた答えだった。ジャックが今なお、事務仕事に不向きなこのような部屋を選んでいる時点で、愚問に過ぎるのだ。

 長月や春雨に、その力を封じるよう命令という形を取らなかったのも、今なお依頼という形で艦娘達に仕事を渡しているのも。艦娘達が自身を仰ぎ見ないようにする為。自身が代えて提督の地位に居座れば、未来にまた同じ事件を引き起こすだろう。

 信じられる人が去ってしまうことは、悲しい。

 それでも確かな答えを貰った由良は、しっかりと彼と目を合わせ、返答に対しての謝辞を述べた。

 第11部隊部隊長、艦娘由良として。

 

「ありがとうございます」

 

 一つ頭を下げて、彼女は立ち上がる。

 

「由良」

 

 急ぎ視線を外そうとする艦娘に、傭兵は呼びかける。

 この娘は、言わなければ理解してくれないから。

 

「私は、君達と同じ戦士として、矜持ある艦娘と共に戦えた事を光栄に思っている。拒絶として要望を蹴ったわけではないとだけ、理解してくれ」

「‥‥‥、はい」

 

 言葉だけは理解したと彼女は視線を返し、背筋を伸ばす。

 敬礼はしない。艦娘と傭兵は、そういう間柄ではないのだから。

 

「では。失礼します」

 

 由良はただ踵を返し、応接室を出る。ジャックもまた、その扉を閉じられるまで気もなく振舞った。

 それが、互いができる精一杯の誠意だった。

 

 

 

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