防衛砲台の存在を警戒しながら、水雷戦隊は大きなトンネル上の通路を進んでいた。
ドームの両側面には、強化ガラス越しにその向こうの景色を見る事ができた。財団無人機の生産ラインだ。人気はまったくない。作業用アームが機械的に、それをどんどん組み立て兵器を構成していく。早く止めなければ。艦娘達は思いを強くする。
上面もいくばくかがガラス張りであった。
初めは、特に何かあるわけではなかった。しかしいくらか進んだ頃に、機械飛行体が文字通り群れをなして通過を始めた。無人機は外へと向かっている。
今まで見たことのないタイプだ。適合者夕張が、何とはなしにその型番を調べて。
これまで集積してきた戦場や鹵獲品の写真の中に該当はなかった。しかしさらに検索していくと、まさに合致している鎮守府側が3Dで描いた想像図を見つけた。それは、ジャックの記憶を元に描かせたものだった。
型番はない。他の記載も、ただ一文のみ。
「爆薬を抱えた体当たり型兵器‥‥‥」
そして、思考が行き着く。
「これ、やばいんじゃ」
「どうしたの夕張」
「要するに誘導ミサイルなのよ。一度目標地点を入力して飛ばされたら、大本を叩いても止まらない。都市を標的にしたら」
「タワーが止められる前に、ありったけ打ち出して焼くつもりか」
この期に及んでと、長門は唸る。
「ガラスの強度はさほどでもないだろう。ここで打ち落とすか」
「私達が止まるわけには、いきません」
苦虫を噛み潰したような夕張の進言に、長門は頷くしかない。
艦娘達の弾薬には限りがある。無尽蔵に沸く特攻兵器にかまけている余裕はない。既に飛び立ってしまった分は、襲撃先の守り手達に託すより他ないのだ。
「ゲート、開きます!」
先行していた部隊からの報告。自動ドアよろしく彼女達が近づいただけで開放されていく。
そして、彼女達は即座にステップを刻んで両脇へ退避した。先の空間に、脅威となる存在を認めたのだ。
『修正プログラム、最終レベル』
人型機動兵器。
『全システム、チェック終了。戦闘モード、起動』
赤黒い、アーマード・コア。
たかだか1機とはいえ、艦娘から見れば自身の数倍の頭身を持つ鋼鉄、アーマードコアはそれだけで脅威だ。恐怖するなというのは難題に過ぎる。だが彼女達は、自らの部隊長たちに視線を配った。命令をしてくれ、と。
長門型の二人がゲートより飛び出し、挨拶代わりの一斉射を黒いACにくれてやった。AC難なく避けてのける。
『ターゲット確認‥‥‥排除開始』
「二水戦、突撃します。続いて下さい」
オリジナル神通を旗艦とした部隊が、物怖じせず前進を開始する。
ゲートを潜ろうとしたところでパルスライフルの猛射を浴びた数名が艤装に損傷を負い、早くも脱落するが、残る面々は怯まず前進を続ける。続けて第一水雷戦隊と第23部隊、第48部隊が突入。ACが通れる大きさとはいえ集団展開に向かないゲートから、撤退者と上手く離合しながら飛び出していく。
突破を試み、阻まれる。長門と陸奥の元へ向かい、協力して打撃に参加する。
グレネード弾を浴びて後退する者、乱戦で仲間と衝突する者。戦術も陣形も何もない。かろうじて小隊や部隊単位で情報を共有し連携ながら、狭い空間で自由に飛び回るACを撃ち続ける。たった一機で作られた堅固な防御線を突破しようと、突破可能性のある部隊を支援しようと。魚雷を持たない水雷戦隊は、自由に機動できない閉鎖空間の中で戦い続ける。
「やらせるな。撃て、撃て!」
さらに主砲を撃ち続け何とか自身に注意を引かせようとする長門は、乱戦の中で突破に成功しつつあるいくつかの部隊を認めた。艦娘の同時展開数が、たった一機の敵の対応能力をようやく上回ったのだ。
第七駆逐隊は最初に戦線を穿った部隊だった。だがパルスライフルに捕まり、漣と潮が行動不能に陥り撤退を余儀なくされた。続けて適合者名取の第46部隊が射程外まで抜けようかとしていたが、ブレードの光波を浴びて艤装が大破。
だが、同時多発的な戦線の崩壊は艦娘側優勢へと傾いていく。
第17駆逐隊を伴った第10戦隊が突入。続けて第24駆逐隊、第11部隊、第35部隊。
赤い悪魔は、ブーストで一挙に飛び越しゲート前防衛に入った。ここを突破すれば、中枢はすぐそこ。
「行って!」
自らの突破は諦め、第10戦隊は残る部隊を送り出すべく挑みかかる。彼女達の一斉射はACの表面を削るに留まり、ブレードの一撃で矢矧の防御機構が消滅、次なるグレネードの掃射で随伴の磯風と谷風も崩れる。
その間隙で、残る部隊はゲートに取り付いた。扉は電子ロックをなされておらず近づいただけで動き始めるが、その時間すらもどかしい。
パルスライフルの銃口が向く。ならばと、第35部隊の多摩と木曾、若葉が応射しながら盾となる。長門も、射撃の為わずかに動きを止めたライフルを根元から主砲で爆破。
彼女達に守られた第24駆逐隊と第11部隊は、開ききらないゲートを通り内部へと突入する。
そこは、やはり水没した空洞であった。
最終防衛の浮遊砲台がいくばくか展開するその空洞の中心には、六角形の、高くそびえ立つ構造物。
「これがエネルギー炉でいいんですか?」
「何でもいいや、とりあえずぶっ壊そうぜ!」
ここが中枢ならばどうであれ損害を与えられる。江風の音頭でまずは邪魔な浮遊砲台を落とし、天井を這うエネルギーパイプ、そして本命と思われる中心部の六角柱へと砲弾を叩き込み始めた。続行し辿り着いた部隊と共同してAPHE弾を、エネルギー弾を兎に角ぶつける。残しておいた爆薬で発破を試みる。
だが、びくともしない。高性能爆薬ですら、表面を撫でるのみ。
「私、魚雷を取ってきます!」
「待って吹雪ちゃん。また戻ってくるのは困難よ」
「でも!」
「あそことかどうかしら」
後続の一人、オリジナルの叢雲が上部を指差す。装甲版を貼り付けている多くの面と違い、壁面とパイプが繋がっている六角柱には一箇所だけ、透明なガラス張りの部分がある。十中八九防弾処理は施されているだろうが、外見がそれ見よがしだ。
可能性のあるならば。突入に成功した面々は、その場所めがけて主砲を放った。静目標とはいえ、あまりに上部にある。当て辛いが、それでも彼女達は撃ち続けた。
そのうちの一発が、強化ガラスではなく、その下部の部位を撃ち抜いた。
同じ装甲板であるなら、入射角的には撃ちぬけないはずであった。撃った本人の五月雨が一番驚いている。
「あれ?」
「そこよ!」
脆弱な部位があるのだ。残る弾薬とエネルギーで一挙に狙う。
エネルギー弾が熱で溶かし、APHE弾が貫き炸裂する。さらに軽巡級が、一斉射の全弾直撃。
ごうん、と、大きな何かが崩れたような音。
そして、どんという、爆発。
周囲を照らしていた照明が落ちる。
空洞の中が、しんと静まり返った。
いや。
『基幹ユニットの破壊率が、90%を越えました‥‥‥エネルギー供給率、低下‥‥‥』
電子音声が、暗い空洞に響き渡る。まだあるのかと、艦娘達は身構えた。
だが危惧した攻撃や警報音はこない。音声だけがただ淡々と、機械的に。
『部隊への戦闘命令を‥‥‥解除‥‥‥』
『本命令の実行を、持って、プログラムの‥‥‥全工程を、終了‥‥‥』
『システム、を‥‥‥停止‥‥‥しま、す‥‥‥』
艦娘達は、呆気に取られながら空洞を見上げる。しかし電子音声は、もう二度と言葉を流すことはなかった。
「プログラム‥‥‥?」
一体誰が、どんな目的で。由良と夕張が顔を見合わせる。だが、それで答えが出るわけでもなかった。
しかしこの通知が事実だとするならば、世界で破壊活動をしている財団の無人機は戦闘を止め、そしてこの中枢もまたその活動を止めたことになる。
終わったのだ。
「お前達、無事か!」
ACを押し留めていた長門が駆けつける。電子音声の通知と同時、赤いACも糸が切れたように動かなくなったのだ。そして事態がよくわからずきょとんとしている突入部隊の面々を見て、破壊された中央の柱を見て、すべてが終わったのだと、ただそれだけを理解した。
「ありがとう。よくやった」
謝辞を述べて点呼。轟沈者が居ない事を確認し、撤収命令を出した。全体の30%以上が損傷で曳航を必要としていた。
空洞に戻った彼女達は、さらに困惑することとなった。
自分達の帰りを待っているはずの、ジャック達バーテックスの姿がなかった。周囲を見渡せど、どこかへ移動した様子もない。力尽きたACの残骸や搭乗者の姿もない。唯一つ、一人の傭兵からパルヴァライザーと呼ばれていた異形の青い機械だけが、破壊し尽くされた状態で空洞内に崩れていた。
別の区画へ爆薬を設置しに行ったのかもしれない。残存部隊は捜索の進言をしたが、長門はこれを容れずタワーからの脱出を指示した。もちろん面々は不服であったが、ジャック達は一足先に外に出て待っている可能性もあり、結局命令通り、開いた大穴から出ることとなった。
順々に、タワーを後にしていく。
広い大洋では、あれほど響いていた実弾やエネルギー火器、ブースターの噴射音はない。
その中で通信がやってきた。
「‥‥‥り返します。こちら外縁部隊総旗艦赤城。タワー突入部隊、進捗報告を願います」
「長門より赤城。作戦は成功、タワーの停止を確認した。残る作業は爆破のみ。そちらの状況はどうだ」
「財団の無人兵器は、空中で爆散し海中に没しました。現在、当艦隊は敵の抵抗を受けていません」
通信を聞いた水雷戦隊の面々は一斉に歓喜の声を上げた。違いなく成功したのだ。
だが、続く逼迫した赤城の声に、皆は口を閉ざす。
「座標を送ります。座標にて艦娘部隊、及び稼動ACが部隊再編中です。水雷部隊は、直ちに戦闘可能な部隊を抽出して合流をお願いします」
「何があった」
「由良さん、あれ!」
吹雪が、大洋の一箇所へと指を向けた。
□
砲声が、止んでいる。
静かなる海。
戦場に静けさが降りることは、決着を意味している。
「あなた達も、この荒れ果てた海に眠る、幾多の者達と同じ」
争いのない海に、一人の女性の声が添えられた。
「自らを滅ぼすと知りながら、それでも争うことをやめられない。卑小で、愚かな存在」
立ち上る黒い煙。その上で、ただ一機、赤黒い機体が浮遊している。浮遊して、眼下に広がる景色を睥睨している。
火災の音。爆発音。破壊の跡。
彼女は確信を持って告げる。
「主任」
それは、侮蔑と諦観を入り混ぜた歪んだ勝利宣言。
「実験は失敗でした」
力尽き倒れる艦娘とACを、赤黒い機械の鳥が見下ろしていた。