高射砲群ほとんどが沈黙し断続的に誘爆、いくつものACも膝を折って火花を散らしている。鎮守府本棟も工廠も、レーダー施設もファットマン社のガレージも黒煙を上げ、消防団が動き出している。外洋からは、白煙を上げた通常型駆逐艦がやってくるのも見えた。
彼女は、空を仰ぐ。
レシプロ戦闘機が、大空で編隊を組み旋回している。
すべてを破壊する絶望の雨は、止んでいた。
「終わった、のか?」
傍らでボロボロになっている青い英雄から、何とも情けなく頼りない声が発信される。
終わったのかもしれない。終わって、一つの転換期を迎えたのかもしれない。
これから世界はどうなるのだろう。誰にもわからない。
いや。
あるいは彼だけは、わかっていたのだろうか。
「これからですよ」
彼に指し示された道を選んでみるのも、悪くはない。
レーダー施設に対空警戒の継続を指示し、大淀は一人も脱落する事のなかった候補生艦隊を引き連れ港へ戻る。その表情は晴れやかで、そんな彼女を見てダン・モロは安堵の息をついた。
「救助と、消火と。皆さんが帰ってくるまでに、傷病者受け入れ体制に、食事の用意もしなければ。依頼、受けていただけますか?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
彼女は、もう一度微笑む。
□
財団の兵器群が、その制御を失って次々に墜落していく姿を、彼は確かに確認した。
すべては終わったらしい。
ならば、自分達が始めるまでだ。
タワーは止まった。だが、その技術や兵器製造機能が消滅したわけではない。誰かがタワーにたどり着き再び稼動させたならば、世界はまた狂い始めるだろう。
いつか人々は、また別の過ちを犯すだろう。しかし、今摘み取れるものをそのままにしておくこともない。この財団事変が人々の記憶から消えるまでは、戒めになる。今は、それだけでいい。
遠方には艦艇が見える。近隣諸国によるタワー制圧の為派遣された艦隊。
贖罪を必要とする前に、すべてを破壊する。二度と手に入らぬよう。
記録ではなく、記憶に残るように。
「諸君。派手に行こう」
号令で、同調者の彼らは動き出した。
人々が手にするであろう新たな罪を、破壊する為に。
□
改めて脅威の排除を確認して、戦艦娘長門は代表として発破のスイッチを押した。
腹まで来る轟音と共に黒煙が立ち上り、一時世界を席巻した畏怖の象徴が傾いていく。一体どのような技術で浮いていられたのか。非常識な巨体は途端に常識を受け入れ、盛大な水飛沫を上げながら、海溝奥底まで沈み込んでいった。
海に、静寂が戻る。
まるでそれを祝うかのように、しかし一言も残さず、ずたぼろとなった深海棲艦の集団は遠ざかっていく。追撃し、排撃する者は誰もいない。そして立ち去る彼らに代えて、先行していた海軍の艦艇と諸島連合の揚陸艦が、艦娘達の元へとやってきた。
船からは内火艇が、のそのそとやってきたギガベース級アームズフォートからは大型ヘリが出撃する。艦娘は兎も角も、ACは空挺降下をしたのだから帰る足がない。彼らと彼らの愛機を乗せて戻る為に、帰りの送迎を一人の傭兵に要請されていた超巨大構造物は甲板上で騒がしくしている。
内火艇が、艦娘と共同して傭兵達を救出していく。輸送ヘリが、引き上げられる機体を回収し始める。損傷した艦娘を、揚陸艦の作業員が迎え入れる。それらすべての作業を安全に行えるように、通常艦艇が周囲の警戒に勤めた。
適合者の艦娘は国に対して直接の確執はないが、オリジナルはそうではない。オリジナルからすれば自らを追い詰めた者達の末裔であり、国家所属者から見ても彼女達は自らを見捨て去った者達だ。だがそれは昔の話だとでも言うように、互いに嫌な顔一つせず、どころか極めて協力的友好的に共同作業している。
「こんだけ仲良く出来てれば、提督と艦娘が国を出ることもなかっただろうにねぇ」
「団結の為には、それを必要とするほどの強敵が必要なのかもしれないわね」
「それだと、深海棲艦や財団に感謝しなきゃいけなくなるからヤだ。いやでも。なんだかなぁ」
第31部隊の陽炎と第11部隊の由良が、複雑な思いで語る。財団が暴れ出さなければ、自分達は今まで通りに何ともいえない間柄で戦いを続けたであろう。
人類は持ちえる余力を、この財団事変で使い果たした。財団に破壊された土地の復興、経済の建て直し、軍の再編。破壊からの経済成長を終え、利権と隠匿を巡る次なる戦争が起きるまでは、今しばらく時間がかかるだろう。血と重油の上に浮かぶ不安定な平和、次なる戦争の為の準備期間。だが一時だけとはいえ、すべてを忘れられる時間。
しばしその様子を眺めていた彼女達だったが。
「何であの敵だけ動いていたんでしょう。他の兵器はタワーを壊したら止まったのに」
五月雨が口にした言葉に、全員ははたと止まる。
その場にいた面々は確かにと同意し、考えをめぐらせる。もっとも、どれほど考えたとて、答えを知る者はいないわけだが。
「主任とか言われてたか。女のオペレーターもいたように聞こえたが。あれだけが有人機だったとか」
「いえ」
彼女に対して、首を横を振る人物がいた。春雨だった。
「あの人は、人間ではありません。でも、純然な機械でもないのかもです」
「アンジーみたいなもの、か」
「はい」
頷く春雨の手には、カケラがあった。戦闘中に敵機体から剥げ落ち、艤装の煙突にひっかかっていた装甲板だった。機械の鳥を構成していた装甲版の一部分、そこにはひとつの絵が描かれている。エンブレムだ。木の幹に足をくくられ吊るし上げられている、ピエロのような服装をした骸骨の絵だった。
死してなお吊るされ続ける道化師。
「正位置の吊し人。世界によって吊るされる事が、この人の目的だったんでしょうか」
「財団が何がやりたかったのか、わからずじまいだからな。倒される事が目的だったと見るのは、傲慢な気はするが」
いくつもの力を合わせなければ勝てない悪。皆で吊るし上げたその姿を見るたびに、人々はこの財団事変を思い出し、立ち向かう為に手を取り合った事を思い出す。自ら望んで吊られ、その身朽ち果ててなお演じ続けるというのなら。彼にとっては壮大な茶番劇でしかなかったということなのか。
人々に尽くし、人々の試練となり、人々の犠牲となった何か。
そんな事をしなければ諍いをなくせない、人々の愚かしさの象徴とも取れるが。
被害の多くは無人機とはいえ、この勝利にしても、多くの犠牲の上で成り立ったものだ。命がかからなければ何でもいい、というものでもない。崩れて沈んでいく機動兵器には感謝と憐憫の思いを抱く。
犠牲を嫌う考えこそが、彼女達の傭兵ごっこの限界でもあるだろう。
「逆位置ならば、無駄や失敗‥‥‥」
「この景色を、無駄にしたくはないな。それにしても、すごいエンブレムだ」
「かっこいいですよね」
「そ、そう、だな?」
ほんわかと返す春雨に、おどろおどろしいエンブレムだと感じていた長月は引き気味だった。
「そうだ。ジャックはどうした。タワー突入部隊の護衛だったろう。まだ仕事中か」
この場に真っ先に来るべき人物とその愛機が居ないことを長月に問いかけられ、由良達は黙り込んでしまった。
タワー内に彼らのACの残骸は見つけられなかった。だがどうも、全バーテックスメンバーは一人とて表に出た様子もないのだ。タワー付近で防衛戦をしていた艦娘部隊や腕利きの傭兵は誰も姿を確認しておらず、揚陸艦座上で状況把握に勤めたオペレーターからも信号消失以外の事実が不明で、連絡も取れないという。
救助作業は始まったばかりだ。被害の全貌が見えるにつれてそのうち出てくるだろうと、ただ一人を除いて皆がそう考え、彼女達も作業の手伝いを行うべく各々動く事にした。
例外だったのは。
「‥‥‥」
例外は、由良だった。
鎮守府に雇われたアドバイザー、ジャック・Oとしての仕事は、タワー崩落と共に完了したとも言える。傭兵としての仕事は、既に終わっている。
財団事変が終わったとすれば、次に自分達がジャックを見る目線は、緊急時に雇われた傭兵としてではなく、危機を乗り越える手伝いをしてくれた偉大なる大人となる。それは、自分達を指導してくれた上位者としてのものと近似していた。
私は君達の指導者ではない。彼のその言葉を思い出して、由良は思った。
混乱に乗じて姿を消す事は、最初から彼の計画のうちだったのではないだろうか、と。
いいや、きっと他所で雑事を処理しているのだ。そう願うように考え、彼女は仲間達の後を追った。