武装組織鎮守府における大規模戦闘である深海棲艦による大侵攻、そして財団事変における功労者とされながらも、その行方が謎である「黒い鳥」と呼ばれた伝説的艦娘が、それぞれ白露型駆逐艦娘五番艦娘春雨、睦月型駆逐艦娘八番艦娘長月である、という説があった。
その圧倒的な力は敵をたやすく打ち砕き、戦局をも変えたという、記録のない伝説。
一方で、その伝説が噂の域を出る事はなかった。オリジナル春雨は提督離反以前の2025年6月8日海上護衛中に撃沈、オリジナル長月は大侵攻以前の2054年8月17日作戦行動中行方不明の記録を持ってその航跡は途絶え、関与を否定されている。艤装継承者及び再度現れたオリジナルに対する後日の調査でも、その事実及び、伝説と呼ばれるほどの圧倒的技量は確認できなかった。
財団事変中の詳細未確認の戦果の多くについては、該当作戦のいくつかに参加が確認された一人の傭兵。ジャック・O。彼と彼が駆る人型機動兵器アーマードコアによるものと結論され、大侵攻の黒い鳥伝説についても同様の事情であろうと推論され、調査は打ち切られた。
事変中に現れ、鎮守府司令を篭絡し実効支配していたと目される、ジャック・Oという謎多き人物。
その生存を確認できない今、真実を追求する事は誰にも出来なかった。
タワーへの攻撃は国連軍とアジア諸島連合軍、そして艦娘部隊が協同して立案し実行した作戦である。
伝説を隠す方法。彼が示した方法は、伝説の存在以上の利益を代えて与える事だった。
既にタワーを破壊されてしまった中、まったく理屈に合わない個人の探索と、本事変における解決宣言権利及び鎮守府との関係修復の確約とでは。比較するまでもない。
この宣言と平行し、財団の活動停止後、無用なタワー破壊行為で海洋を汚染し財産を損ねたとして、首謀者としてマクシミリアン・テルミドールと、彼が率いるORCA旅団と呼ばれる傭兵集団の主要構成員が国際指名手配となる。タワー占拠派の恨みを受ける、スケープゴートとされた。
7つのタワー崩壊。拠点の喪失という一大事に対しても、財団はついに何の回答も寄越さず、その活動も確認できなくなった。しばしのち財団は消滅したと判断され、統治者は彼らに対し無言の感謝の意思を乗せて、財団事変の終結を宣言した。
戦争は終わった。
誰もが安堵したその時、それまで財団によって抑えられていた元の海の支配者、深海棲艦は再びその活動を始め人類を脅かした。
財団に代わる、わかりやすい旧敵。
物資と気力を事変で失った国家には、彼らと戦うだけの力は残されていなかった。かつて辿った歴史を繰り返し、人々は海を失おうとしていた。
そんな彼らの目の前に現れ手を差し伸べたのは、かつてと同じ、古の艦の名を名乗る少女達であった。
財団に対し世界連合を組んで立ち向かった実績と、続けて協調路線を取る鎮守府の態度。先に帰還した艦娘の尽力により作られた融和ムードの中、鎮守府とその艦娘に対し、国家は公式に態度を変えた。
ある密約。
国家は、艦娘に貼り付けたレッテルを公式に取り除き、世界脅威に対して共に戦った仲間との札を新たに掲げる。代わりに、艦娘は離反行為に対し謝罪を公表し国家へと戻る。この取引があったという噂だ。彼は、打算家達の性質を知悉していたのかもしれない。整えられたテーブル上で、両者はそれぞれの過去を精算した。
こうしてオリジナルの艦娘はチューク諸島を去り、故郷の港で迎えられその大地を踏んだ。
従前の規模へと戻った武装組織鎮守府であるが、こちらも存続することとなった。私達適合者艦娘にとっての帰るべき場所は、トラックを始めとした基地群だった。
事変中の臨時司令オリジナル大淀に代わり、新たに鎮守府総司令の席に着いた適合者艦娘長門は、就任会見において、今後も現体制を維持しながら深海棲艦に対することを表明。各国と親善に尽くすことを発表した。
また、鎮守府は独自行動として、深海棲艦に対しても対話の道を模索することを標榜する。人々の盾としての側面が強くなるオリジナル達、彼女らに出来ない戦い方をするとの意思表示だった。
鎮守府の宣言に対し、国連は不干渉という名の賛同の立場で自由を保障。民間軍事組織として認知を広める。
人々は、失敗の記憶と記録を持ったまま、やり直す機会を得た。
財団から仕入れた対深海棲艦技術の分、艦娘の負担が減った状態で。
国家に属し、確かな庇護の下で人々の意思を受け止め、彼らを守る為に戦う艦娘。
国家に属さず、不確かな庇護の下で現場のニーズに答え、彼らを守る為に戦う艦娘。
戦艦娘長門は、現在に連なるオリジナル達の功績を讃えると共に、就任会見をこう締めくくった。
「私達を信じて途を切り開き、託してくれた人達がいる。彼らの意思が生き続ける限り、この途は続くでしょう」
私達と共に歩んでくれた彼らについても、少し語らせて欲しい。
財団よりの貸与をされていた人型機動兵器アーマードコアは、供給元の消滅による維持費の高騰と、経済復興注力による軍事予算削減、軍用兵器としての有用性の疑問視から、軍主力の座を追われた。人型兵器は大陸紛争地での傭兵専用機となりながら、国家で維持ができなくなった大鑑巨砲主義の極地、アームズフォートと共に次第に姿を消していく。
この過程で、チューク諸島に本拠を構えていた傭兵斡旋組織ファットマン社は、国家と鎮守府間のとりなし及び島嶼防衛によって得ていた収益と仕事が激減。採算が取れないとして、ヘリ整備部門と物資輸送部門、事務部門を二束三文で鎮守府に売却すると、社名をレイヴンズアークに変更し、活動拠点を中東へ移した。
合わせて、多くの傭兵達も、融和と平和を掲げた鎮守府を家とはせず、それぞれの戦場を求めて飛び立った。ただ、極少数ながら鎮守府と提携する道を選んだ傭兵もおり、ACの姿は今でも鎮守府で見ることが出来る。
前述した通りヘリ整備部門は今日も私達の足を支えてくれているが、その中にマグノリアさんの姿はない。詳しい消息は聞けなかった。初老の男性と共に業界から身を引いたとも、再びACに乗り戦場にいるとも言われている。
フォーミュラフロント競技会は、中断していたグランプリを再開。新世代の興行として継続し、事変に疲れた人々へ娯楽を提供している。
それと、彼女の事も。自己思考型戦術指揮支援システム「アンジェリカ」は、よろしくはない出自と技術で作られていたという。存在が危うさを生む為、艦娘強化計画及び規格外兵装図面の破却に合わせ、本人も了承の上で破棄される事がジャックとの合議で決まっていた、らしい。
しかし、旧第六水雷戦隊達のアンジェリカさんを消さないでとの嘆願もあり、今は鎮守府事務処理に転用されている。
その美声が、私が見てきた一連の出来事が夢ではなかったのだと感じさせてくれた。
同じ過ちを繰り返さないようにと言うように、赤レンガの本棟は今日もチューク諸島に佇んでいる。
鎮守府は、今日も華やいでいる。落ち着いていて、時に騒がしく。黒い鳥と呼ばれていた子も一人の駆逐艦娘として、母国の第二駆逐隊や、鎮守府第31部隊でそれぞれに元気に働いている。
一方で、混乱の渦中にあった時のほうが熱気があったとも私は感じる。あの頃のほうが、語りに出来るような出来事が多くて、日々が充実していたと思えるのだ。
冷めた熱。
少しだけ、寂しい。
財団との戦争が終わらなければ、彼は今日も鎮守府にいてくれたのだろうか。尊大な態度で椅子に腰掛け私達に道を示し、時には共に出撃して、私達と共に居てくれたのだろうか。
私は多分、とても危険な事を考えているのだろう。戦う喜びと充実の生の為に、いかなる代償をも支払う、終わらない戦いの世界を求めようとしている。
理解はしている。
私達が求めたのは、たとえ一人となろうとも生き残り飢えを満たす、戦う為の戦いではない。私達が選んだのは、多くの人達と共に楽しい思い出と平穏を作り、共に守る為の戦い。戦場を求め戦いを求める、傭兵であり続ける彼らとは、道を同じくはできない。戦うその意思が、ほんの一時だけ重なり合っただけなのだ。
彼は、私達の指導者にはならなかった。だから。
彼は傭兵。共に戦う友人。戦友、なのだろう。
タワー中枢で出会った赤いACは「修正プログラム」と言った。
中枢の電子音声も「全行程の終了」を宣言して自動停止した。
最後の黒い機会鳥と戦っていた遊撃部隊は、「実験は失敗」との言葉を聞いたそうだ。
「この結果は、財団に深く関わる何者かが仕組んだレールの上なのかもしれない」
「すべては誰かの計算通り。もしかしたら、ジャックさんの仕掛けなのかもしれないですね」
「そうは、思えないのだけれどね」
「はい。あの人も、振り回された側だとは感じています」
目の前のオリジナル、村雨ちゃんも頷く。
彼は誰かの手先としてではなく、自分の意志によって私達と歩んでくれたように思う。彼の誠意を、私は疑えない。彼もまた、踊らされた一人だったのかもしれない。役目が終わったから、誰かが私達から取り上げたのでは、と思う。
私達は試され、利用された。
でも私達は間違いなく、自分達で道を選び戦い、勝ち取った。
もしもまた世界が歪んでいき、それでも私が戦い続けるならば。どこかでまた、出会えるかもしれない。
「仕事に戻りましょう。22時34分。鎮守府第11部隊、輸送護衛依頼を終了します」
「第一護衛隊群、第四水雷戦隊第二駆逐隊、船団護衛の引継ぎを行います。任務お疲れ様でした」
中途までの石油タンカー護衛任務を、予定通り迎えにきた艦娘部隊に託す。
それなりにしてから、私と村雨ちゃんはどちらがともなく相好を崩した。部隊長同士が最低限正そうとしている横では、二人の五月雨ちゃんがハイタッチしているものだから苦笑も出てしまう。
村雨ちゃんの双子の妹は、眠そうにぽいぽいと呟きながらピンク髪の相方を抱き枕にしている。改めて自身の艤装を得た春雨ちゃんは、恥ずかしそうに笑っている。タンカーの甲板には、艦娘を見ようと出てきた何名かの船員が見えて、彼らに向けて吹雪ちゃんが両手を大きく振っていた。
艦娘と言う代替不能な個人に委ねる事への懸念を持った国家は、財団が残した対深海棲艦能力を持つ兵器を元に開発を推し進めた。この研究は一定の結果を出し、相対的に艦娘の重要度は低下。伴って過剰な期待や負担を受けることは減っていくことになる。今はまだ途上だけれど、こんな夜を皆で過ごせるようになっている。
月が輝く、綺麗な夜を。
「良い夜ね」
部隊員夕張の言葉に、頷く。
まんまるの、お月様。
静かに月を見上げていられる時間が、今の私達にはある。
「月が、綺麗ですよ」
こんな夜を私達に与えてくれた彼へ渡す言葉には、それがいいのかもしれない。ありがとうと言っても、多分素直には受け取ってくれないだろうから。
私達は、戦い続けている。
戦い続ける。
それこそが、私達の可能性だと信じて。
【あとがき】
一話目を確認したら、去年の三月だったんですね。
エタらないようほとんど完成した状態で投稿を始めたのですが、睦月達合流後の話をまるっと書き直して、だらだらと続きましたこちら。その間に艦これで夕月が実装されないかなと、期待していたんですけどね。
黒い所を押し出したりして、喜楽とは遠く読み辛かったかと思いますが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。ありがとうございました。