目を覚ましてからの出来事の多くは、ジャックを困惑させた。だが逆に言えば、所詮はその程度の代物でもあった。「理解しがたいが理解は出来る」。鎮守府と艦娘、深海棲艦とファットマン社。彼にとっての未知の単語は、その一言で片が付く。
だからこそ、恐らく今の彼自身にとっての最大の問題について、ジャックはじっと視線を渡している。
彼が今いるのはガレージのひとつだ。艦娘達、いや、ここにいる者達が「3型」と呼んでいる、見覚えあるパーツによって組まれたACがある。
あまりにも、見覚えがありすぎる。
「ウコンゴ・ワ・ペポ‥‥‥」
アーマードコアとは共通化されたパーツによって組みあがっている。同じ製品を買って同じ塗料を塗りつければ、同じACが出来上がる。だから可能なのだ。ウコンゴ・ワ・ペポ、操縦者によってそう名付けられた機体を再現することはまさに可能だ。エンブレムとて突き詰めれば絵に過ぎない。コピーはたやすい。
ACは。
そのACの足元には、数名の姿。
つなぎを着ている人間は当たり前に作業員。
では。
「‥‥‥ンジャムジ」
彼は一体何だというのだ。
知った顔で、知った声で、知った口調で、作業員と話しているあの男は一体何だというのか。
殺害依頼を出し、達成され、ACの残骸と共に死亡確認まで取ったその人間が、そこに存在しているのは。一体何だというのか。
ジャックは夢想家ではあった。藁をも掴む事情とはいえ人類の未来を思い、なんら根拠ないドミナント仮説を信じ、ひとつの組織を立ち上げて世界を敵に回す程度には。だがその彼をもってしても、こうしてガレージの入り口からじっと眺めるしか出来ない。
そして、気配を感じ取ったンジャムジが目を向けてきたとき、彼はバーテックス創始者でもレイヴンでもなくなった。
「ジャック、ドウシタ」
「‥‥‥あぁ、いや」
それはどこまでいっても、彼の覚えている友人そのものであった。
ジャックは言い淀み。
「少し顔を見に来ただけだ」
「ソウカ」
何かの夢だろうか。あるいは、ドミナントを見つけ出してインターネサインを破壊したと言う記憶のほうが夢なのだろうか。
ここに来る前にジャックが調べた限り、自身が立ち上げたはずのバーテックスと言う組織は陰も形もない。構成員だった人物、例えば烏大老やライウンは確かにいるが―――彼らが生きている事自体にも問題はあるのだが―――彼らと直接面会して鎌をかけてもまるで知らないそぶりであった。もしもジャック自身の記憶のほうが夢だとするのであれば、それはバーテックス創始以前からのものであるということになる。
記憶と現在。どちらを信じればよいのか。
「ンジャムジ。以前話したバーテックスのことだが」
「ナニヲ、イッテル?」
「‥‥‥いや、いいんだ。たいしたことではない」
現状を受け止めるので精一杯の彼は、それでも平静を装って話を切る。
今この瞬間は、だ。
「会えてよかった。また来る」
「アァ」
そしてジャックは逃げるようにガレージを後にする。
言いたいことは山ほどあった。これらの状況への説明要求、彼が知りえている限りの記憶、自分によって裏切られ、ドミナント候補の奴に殺された記憶があるのか。そして謝罪。どうであれ生きているのだから「殺してしまってすまない」とはおかしな話であったが、それでも謝罪したい心が彼にはあった。だがそのいずれもを、ジャックは口にはしない。
信じがたい事実から離れると、彼にもジャック・Oとしての理性と思考が戻ってくる。
まずは、現状を現状として受け止める。
ここが自分の知らない未知であり、それで世界が回っており、その世界にいるのだから致し方ないことだ。生物は、環境に順応しなければ生きていけない。
無論、慣れてそのまま溶け込み忘れる気はない。
鎮守府、深海棲艦、人類海軍。そこに割って入る財団。それらの勢力図や方向性に対する理解や、ひいては今後自分がどう生きるかというもの。財団というのがいわゆる旧世代の遺物であり、破壊すべきものであるのなら相応の対処をしなければならない。
幸いにしてジナイーダがここにいる。どのような形かで接触し、報酬を餌にまた破壊してもらえばいい。
数十分前までしていたその楽観的思考はしかし、ンジャムジの存命を目の当たりにして頭の中から消え去っていた。ありえなくも「ンジャムジが生存している」であれば「ジナイーダがドミナントではなくなっている」可能性が出てきたからだ。
ジャックは手元の端末を弄る。
「仕事の速さは役に立つな」
ジャックは、リサーチャー業を行っているエド・ワイズという人間と接触することができていた。無論、有償ではあるが。だが彼のおかげで、ジャックはこの世界における現在を断片的に知ることが出来ていた。その彼に依頼していた中の一つに、ジナイーダについてのこともあった。
端末に送られたそれに。
「何?」
ほんの数時間前の話がそこに書かれている。
ジナイーダが依頼の為に出撃した所、不明AC部隊に襲撃されて大破。救援の部隊につれられて戻ってきたという。
彼女は完璧だ。己の強さを望むレイヴンであり、すべてを果たし運命の24時間を越えたドミナント。ドミナントである彼女が、負かされるなどあってはならないこと。最早自分の記憶が役に立たないとはいえ、それでも彼女もまたジナイーダであるはずだ。それなのに。
ドミナントが倒されるわけがない。
「歩きながらの端末弄りはやめてもらえる?」
浴びせられた女性の声に、ジャックは振り返る。
左腕が使い物にならなくなっている、その女性。
「マギーと言ったか。これは失礼した」
「えぇ。ついでに、妙に嗅ぎまわるのもやめてもらえる? リサーチャーを雇って何をする気」
ジャックはエドに、ファットマン社や鎮守府という組織がどんなものであるかの調査も依頼している。普通のレイヴンであれば不要な行動だから、どこかで足が付いて疑われたのだろう。そう解釈した。
非友好的な視線を、しかしジャックは怯まずに受け止める。
「出された依頼を漫然と受けるだけでは、レイヴンは生き残れない。君もAC乗りなら理解してもらえると思うが」
「知らなくていい事は、知らなくていい。何一つ。それが傭兵でしょ」
「依頼そのものについては、な」
「それと。私はもう、ACには乗っていない」
左腕がそのようになっている以上、ACを操作することは困難だろう。それ自体はジャックにとってたいしたカミングアウトではないが。
「由良は、君がAC乗りだと言っていたが?」
「2年前まではね。負傷して、ファットマンの誘いで降りたわ。説明することでもないから、由良も勘違いしたままだけど。知らなくていい事は、知らなくていい」
「だが、籍は消していない」
データベース上、彼女、マグノリア・カーチスはいまだファットマン社の傭兵の一人として登録されたままになっている。
心情はジャックにもわかる。
レイヴンは、特別なのだ。立場ではなくその生き方が。何にも囚われず、何にも恐れず。金と言う対価を口実に、ただただ自分と言う存在を戦場に自身の心に刻んでいく。それは退屈な戦場にスリルを求めてか、自身の力を誇示したいがためか。それは人によるだろうが、魅力に引き込まれる者がいる。だからジャックも、バーテックスを立ち上げ最早ACに乗る必要のない立場となっても、その実力がなくなっても、レイヴンとしてあろうとした。
マギーは空を仰いだ。今日は、どこまでも蒼い。
「私は、黒い鳥になりたかった。でも私は選ばれなかった」
「レイヴン、か」
ワタリガラス。傭兵。
ドミナント。孤高のレイヴンの頂点に立つ、最も高く飛ぶ者。
自分がドミナントであればどれほどよかっただろうと、ジャックも考えたことはある。他人に委ねるしか出来なかったインターネサインの破壊を自身で成し遂げられたのなら。己の無力を知り嘆いた。弱者の自身にどれほどの価値があるのか。
「今でも、戦場に戻りたいと思う。ブルーマグノリアと呼ばれたあの頃のように、飛びたいと思う。でもね」
マギーは視線を水平に戻す。そして、艦娘敷地のヘリポートに目を向けた。
「ほんの少しだけど。そうではない生き方もあるのかなと、思ってる」
「そうではない生き方?」
シャトルバス。そこから数名の少女達が降りて、ヘリへと向かっている。
「友達と呼んで、仲間と呼んで、そんな人たちと肩を並べて戦場と言う困難に向かっていく。もしかしたら、仲間と認めた人と並んで戦い笑う姿は、一人ただ強く孤高である傭兵と同じくらい、価値のあるものじゃないかってね」
「ふむ」
「彼女達の傭兵ごっこに付き合っているうちにね」
「やはり、君の目からもごっこ遊びに見えるか」
依頼を受けて仕事をする。鎮守府のシステムはまさに傭兵のそれだったが、彼女達は何かが違う。
その疑念の際たるものが、彼女達の「部隊制」だ。上限数6名までとなっているが、複数で事に当たることを前提としているシステム。戦力の集中は成功率の上昇に繋がりはするが、群れるという事をあまりしないレイヴンからしてみれば異質だ。
レイヴンが群れないのは、依頼の為なら裏切り行為が日常茶飯事である世界だからだ。親子でもない限り、背中から撃たれる危険性を常に抱えなければならない。一方で艦娘達は。深海棲艦、そして財団と言う明らかな敵がおり、それを前に団結している。敵が明らかであり、隣には信頼を寄せる仲間がいて、陣営色分けが成されているのに、「どこからの依頼でも報酬次第」な傭兵システムが根付いているのは異質なのだ。だから、ごっこ遊びに見えてしまう。そしてそれは概ね事実である。
と。
「ジャックさん」
女性の声に、ジャックは振り返る。
由良だ。
ジャックは彼女に対して、しばらく仕事を一緒にしないかと提案し、彼女達もそれを受けたのだった。由良は、こうして彼を呼ぶために足を運んできたのだった。
折角の知己だ、利用できる所はそうさせてもらう。悪意があるわけでもないのだからいいだろうと、ジャックは足を進めようとして。
「ジャック」
マギーの呼びかけ。
諦めのような、そんな口調で。
「黒い鳥は、ここにはいない」
「‥‥‥そうかもしれんな」
ジナイーダが、記憶と違ってそうであるように。
ならばどうすればよいのか。
答えがないまま、ジャックは由良の元へと足を運んだ。