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依頼者 :鎮守府
作戦領域:パラオ北方
敵勢力 :財団
作戦目標:敵勢力の撃破
ミッションの概要を説明します。
ミッションターゲットは、トラック方面へ侵入する財団兵器群です。財団兵器群は、連戦で大きくその数を減らしています。現状であれば、あなた達で十分に壊滅可能でしょう。従って今回は、細かなミッションプランはありません。あなたにすべて任せます。あらゆる障害を排除して、目的を達成してください。
ミッションの概要は以上です。鎮守府は、あなたを高く評価しています。良いお返事を期待していますね。
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それは、最もしてはいけないことだったのかもしれない。
夕張と言う新人を編入したことで、いつもより楽な仕事を受けようとして。「大きく数を減らしている敵」「細かい作戦のないただの殲滅」、その言葉を額縁通りに信じてしまったこと。だから由良は、特に疑念も持たず今回の依頼を受けた。
今回の作戦領域パラオについて語るには、先ずジャックも手に入れた、財団についての知識が必要である。
彼女達が財団と呼ぶ存在。これは世界数箇所にある「タワー」なる大型建造物を拠点とし、そこから無人兵器を展開し全世界に向けて侵攻を行っている。タワーは確認できるだけで大西洋南部、北極海ノルウェー近海、地中海クレタ島近海、インド洋アッズ環礁近海、中部太平洋、太平洋南部イースター島近海、東シベリア湾に全部で7つだ。かなりの高層物であるが、なぜ海上に建設したのか、それについてすら判然としていない。
では鎮守府と財団の現在であるが、複数の基地が密接しているラバウル方面は一応支えることが出来ており、また中部太平洋からの圧迫を受けるトラックはなぜか財団からの攻撃が微小(ただし深海棲艦からの攻撃を受けている。が、それも緩やかなもの)ということで維持しているわけだ。そしてパラオは、インド洋から進出した財団に攻囲されている。
疑念に思った方もいるかもしれない。パラオの位置、インド洋中部からの距離の差。
様々な不幸の積み重ねだ。
東南アジアは大きな先進国家がなく、自衛戦力が乏しい。だからこそ艦娘の存在を歓迎したわけであるが。アジア有数の資源地帯及び海運の要所でありながら、一方でその立地は人類海軍と艦娘主権領域の狭間であり、この為これまで深海棲艦と戦っていた彼らにとって「それぞれが出した部隊との共闘が望める、有数の安全海域」だった。タウイタウイとブルネイ、リンガは正式な艦娘主権領域ではないが(そもそも国家ではないので国際処理上正式なものなど鎮守府にはないのだが)、アジア諸島連合より艦娘の休息地として提供されていた。輸送航路が手厚く守られた防衛地点であるが、同時に深海棲艦多発地域からは遠い。前線基地たりえないこの地域は、人類海軍が派遣した防衛用アームズフォート及び通常艦艇と、アジア諸島連合の保有する払い下げ中古艦が展開し、これら援護が期待できることから、それまでは新人艦娘の修練の場であった。
動けない防御兵器、乏しい機動戦力、錬度低い艦娘。それぞれが別の管轄で動く。
財団の一斉攻撃という混乱の中、各部隊が連携して機動し事に当たる、などという事は望めなかったのだ。タウイタウイ、ブルネイ、リンガという艦娘の寄港地はインド洋からの財団部隊にその初動で粉砕され、鎮守府はアジア方面の国連軍と寸断されながらかろうじてパラオで戦線を引いた。この実情を汲み取れば、どれほど危険な場所かは語るまでもない。
パラオ。
それはジャックが入手した情報の限りで、艦娘主権領域の中で最大の激戦区であった。
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「感心はしないな」
作戦海域へ移動するヘリの中。さしものジャックも不機嫌気味に、彼なりのやり方で由良をたしなめていた。
対する由良はというと、いまだにジャックの伝えたいことが伝わっておらず首を傾げるばかりだ。
「あの、何か問題が」
「急激な時局の変化でもないのだから、情報を正しく入手し扱わなければならない。パラオでの依頼頻度が上昇している、この事実だけでも疑うに十分だ。知識で武装をしろ。漫然と依頼を受けるだけでは、この先生きのこれんぞ」
「その、それがわからないのですが」
由良は困惑したまま。
「確かによくない噂は聞きますが、私達に渡されているパラオ海域での作戦はいつも通りのような」
「では依頼一覧を見せてくれ」
「はい」
要求通り、由良は端末を弄ってからジャックへと手渡した。受け取ったジャックもまた、自分用の端末で依頼を確認していく。
そして今度は、ジャックのほうが困惑することとなった。
(何だこれは)
由良が端末で渡したのは、艦娘向けの依頼一覧。
ジャックが自分の端末で出したのは、ファットマン社のレイヴンに向けた依頼一覧。
合致しないのだ。
レイヴン向けの依頼件数が100とするなら、艦娘向けのそれは10に満たない数でしかない。あからさまに、艦娘へ渡す依頼件数が絞られていた。
艦娘は部隊の総功績点、つまりこれまでの経験の積み重ねに応じて依頼の質が変動するという。部隊配属の艦種も関係する。弱い駆逐部隊は近海哨戒しかできず、ベテラン戦艦部隊は相応の敵と交戦する依頼が解禁される。では第11部隊はどうなのかというと、三年目の中堅所たる部隊長由良、ニュービーを脱した吹雪を擁した水雷部隊。これは、姫級の深海棲艦撃破などの過ぎた依頼以外は、概ね開示されるランクである。五月雨や夕張のような新人を編入していることで、哨戒任務をある程度優先して手に取れるようにはなるが、依頼の開示ランクそのものが下がるという事はない。
それで、この有様。
絞られているが故に、由良たちから見て依頼量が変化していない。そして、レイヴン向けの依頼には大型兵器を倒せだの、複数のレイヴンによる「点取り合戦」、つまり戦果を稼げというものが見えるのに対し、艦娘に渡された方はACとの協同戦や兵員輸送護衛、そして今回のような小部隊殲滅と一見して楽そうなものばかり。
由良の言葉の通りなら、艦娘の対通常兵器としての能力はさほど期待できない。対財団戦における戦力としては計上しがたい、それは間違いなく勘案されているだろう。それにしても、だ。
依頼を取りまとめ、艦娘に下ろすのは鎮守府。
「‥‥‥兎に角だ」
疑念とそこから導き出される懸念に対し今は一切の蓋をすることにして、ジャックは端末を突き返しつつ適当に説教を続けることにした。
「君は新人を連れた身だ。もっとトラック近海での仕事を受けるべきではなかったのか」
「はい、それは同意します」
それがなかったからこれを選んだのだが。近海哨戒の依頼絶対数は少なく、第11部隊よりも低錬度な部隊に優先して回されたのだ。
由良にしてみれば納得のいかない叱責であったが、それでも殊勝に受ける。良く出来た娘だが、おかげで彼女が受けの一手なので、ジャックは自分で話を進めるしかない。
「そもそも君達は、レイヴンほど金や名声に気を使う必要がない。ドミナントでもないのだから、あれこれ手を出すのはいかん」
「ドミナントって何ですか?」
「ドミナントというのはだな」
ジャックとしても言い出した手前引っ込みがつかず、しかし具合よく説教を切り上げたかったので、吹雪の横槍を受け止めることにした。実の所はジャックも、左腕ハンドグレネードこそ買い揃えたが、「海上戦が想定されるのに、フロート足に換装するどころかいつもの鈍重重量二脚のままで来た」という落ち度があり、単に彼女達と同席しているだけとは言えまさにお前が言うなであったのだ。
「ドミナント仮説と言ってな。我々の業界におけるドミナントとは、先天的因子により常識を上回る戦闘能力を有する者のことだ」
「天才ということです?」
「そうだな。その成長速度は、たった24時間で、無名の身からベテランレイヴンを倒すほどだ。圧倒的強者。私の住んでいた町は、そのドミナントが救ってくれた」
だが、ここにはドミナントがいない。
相手を超える強さを持たぬのに、このインターネサインの亜種ともとれる財団をどうすることができようか。数の暴力か。一体どれほどの屍が必要となるのか、今は想像もできない。
「何か、あれですよね」
「黒い鳥に似てるよね、吹雪ちゃん」
そう語る吹雪と五月雨の言葉に、ジャックは耳を奪われた。
どうも、ファットマン社の傭兵はその呼び名がレイヴンだったりリンクスだったりと呼称が統一されない。逐一区別するのも面倒なので彼女達はAC乗りと呼ぶわけだが。レイヴンとはワタリガラス。カラスは黒い鳥。なのでマギーの放った黒い鳥という単語も、特に深い意味はなくレイヴンの称号に恥じない程度の実力がある傭兵のこと、とジャックは思っていたのだが。
「黒い鳥とは」
「はい。えっと、この前工廠で、大侵攻の話をしましたよね」
「提督没後に深海棲艦による攻勢があった、というものだったな」
「その時、艦娘による2回の反攻作戦があったんですが。第二次反攻作戦の時に、黒い鳥と呼ばれた艦娘が現れたんです。オリジナルに次ぐ伝説ですよ!」
「すべてをなぎ倒し、すべてを焼き尽くして深海棲艦を退けたと言われる、伝説の艦娘です」
それは、まさにドミナント。
何だ、単にレイヴンではないというだけで、やはりドミナントはいるのではないか。ならばやることは一つ。
「ほう。その娘は、今はどこに?」
「わかりません。大侵攻の終わりごろに、姿を消してしまったんです。轟沈したことを鎮守府が隠しているとか、喪失を恐れて鎮守府が艦娘を辞めさせて生きているとか。いろいろ噂はありますけど」
「名前も、艦種もわからない。オリジナルの一人だったのか、艤装適合の二代目だったのかどうかも。一応、オリジナルの白露型駆逐艦夕立がそうなんじゃないかって見解もあるんだけど、これもどうにも断定できない。でもま、かっこいいわよね。黒い鳥。間違いなく誰かの活躍があったからこその反攻作戦成功なんだし、それを形ないプロパガンダで済ませるにはあまりに」
「それもですけど。もう一つのもそうですよね」
熱くなる吹雪と夕張に対して、そう述べたのは五月雨だ。
「そちらも聞こうか、五月雨」
「あ、はい。えっと私が聞いた黒い鳥は、黒い艦娘部隊なんです。鎮守府登録されていない複数の黒い艦娘が、味方のピンチにやってきて、敵を倒して静かに去っていくっていう」
「五月雨ちゃんのは、黒い鳥の再来と言われているほうですね」
そう補足を入れるのは由良。
「財団の攻撃が始まった時期に、その話が回り始めたんです。本当は黒い鳥が生きていて、今もこうして仲間を助けてくれるという、そんなお話。目撃談が複数で、黒い鳥も複数いるとか」
「ほう」
「ですが、御伽噺ですよ」
肯定派の吹雪、五月雨、夕張に対し。由良はそうではない様子だ。
「こうして艦娘になってわかります。そんな活躍はできません。再来の方の目撃証言も、嘘とは言いませんが、誰かが験担ぎに黒い服を着ていたんじゃないでしょうか。衣服に指定はありませんから」
「その通りだ。私も、レイヴンとしてそう思っていた。だが私は、実際にドミナントという存在を見た。アレは疑いようもない、人間の可能性だ」
「ジャックさんは信じるんですね」
「信じる者は救われる」
「驚きました。ジャックさんなら、夢想話は無益だからやめろと、言うと思っていました」
「君は私のことを誤解している」
予想外にドライな評価を貰っていたことを知って、ジャックは少々の不満と共に彼女の後ろ頭を見る。
少なくとも彼は、インターネサインによる世界崩壊を憂い、誰も見向きせず埃かぶったドミナント仮説を掘り当て、それを信じて身を賭して企業と言う世界を敵にするような男である。恐らく彼こそが、この中で一番の夢想家だろう。
「私はドミナントを探している」
隠すこともない自らの目的を、ジャックは述べた。
「君達が財団と呼ぶインターネサインの亜種を、私は破壊するつもりだ。強大な敵は、より強い最強のものによって破壊しなければならない。そうでなければ達せられない。最強の称号を得るに相応しい人物、ドミナントを見つけ、彼らに託す」
「‥‥‥最強って、つまり何でしょう」
「何?」
不満そうに呟く夕張に目を向けて、ジャックは怪訝顔になる。その目線が鋭すぎたが為、夕張はこれはいけないとわたわたと手を振った。
「いえ、何でもないです。あはは」