てな訳でどうぞ
―――日が沈みかけている夕暮れにて、ようやく必要な材料を作り終えた。
「ここからだな……」
ウィリアムは気を引き締めて、そう呟く。
ここまでの作業は全て準備でしかない。『ダストの玉薬』の調合作業はここからが本番である。
ウィリアムは必要な材料を調合台の上に並べていき、特殊なルーン文字が刻まれた乳鉢と乳棒、小瓶を調合台の上へと置いていく。
準備が整い、ウィリアムは『ダストの玉薬』の調合を開始する。
「“硝石を三、剥離の粉を一、粉末状にした紫炎晶石を二。それらを封爆のルーンを描くように混ぜ合わせ、同じく粉末状にした爆晶石を四、投入する―――”」
作るのは二年振りだが、淀みなく調合手順を進めていく。
「“―――作成した粉塵に、白炎綿を二、木炭とアマランスの灰を一加え、結合促進触媒を一ずつ五回投入しながら、右に三回、上下に二回混ぜ、その粉塵をルーン文字が刻まれた別の乳鉢に入れ替え、その乳鉢を軍神マルスの象徴が描かれた布の上に置く―――”」
調合作業を淡々と、無感情で進めていく。
「“―――氷晶水を三、硫黄を二、剥離の粉を一。それらを最初の乳鉢に入れ、ヴァルの印を結んだ後、水銀を一加え、左に六回ゆっくりとかき混ぜ―――”」
その後も問題無く調合を進めていき、最後の手順に到達する。
「“―――出来上がった二つの試薬を三つ目の乳鉢に静かに同時に投入し、ゆっくりと右にかき混ぜながら、呪文を唱える―――”」
ウィリアムは調合式通りに進め、仕上げに入る。
「“―――《律と理・始源と根源・五素の―――》”」
突如、『ダストの玉薬』を初めて使った光景がフラッシュバックする。
「―――ッ!!?」
その瞬間、寒気と目眩が一気に襲いかかり、思わずその場から飛び下がってしまう。
それと同時に、寒気と目眩が治まっていく。
「くそ……」
今ので調合は失敗してしまった。『ダストの玉薬』はデリケートであり、完成するまでミスは許されない試薬なのだ。
こうなった以上、最初からやり直しだ。
(だけど……作れるのか……今の俺に……?)
不意に、そんな不安が過り、初めて『ダストの玉薬』を使った、あの時の恐怖が胸中を支配していく。
(何を考えてんだ!?俺が持つ
ウィリアムは自身を叱責し、再び調合台の前に座り込み、再度、調合に取りかかる。
「“硝石を三、剥離の粉を一、粉末状にした―――…………”」
…………
何度調合しても。
自戒の為と何度も騙し、言い聞かせても。
どうしても、最後の過程でフラッシュバックに加え、凄まじい悪寒に目眩、吐き気まで襲ってくる。
その度に、手元とマナ・バイオリズムが狂い、調合は失敗してしまう。
それどころか、調合の途中にこれらが起こる始末だ。
「ぁああああああああああああああああ―――ッ!!!」
苛立ちと恐怖、それらが混ざり合った感情を吐き出すように、調合台に拳を叩き付け、叫び声を上げる。
「ハァ……ハァ……ちくしょうが……ッ!」
何度目かわからなくなった失敗作を、荒い息を上げながら睨み付ける。
「俺は一体何をしているんだ!?使える手は全部使うんじゃなかったのか!?先公だけに全部押し付けるつもりか!?俺の覚悟は、決意はその程度のものだったのか!?」
ウィリアムは最悪な気分のまま、調合台と改めて向き合う。
材料はもう残り少ない。これ以上の失敗は許されない。
追い詰められたような表情で調合に取りかかろうとして……
「!?」
不意に気配を感じ振り返ると、扉が開いており、その扉の先にはリィエルが立っていた。手にはサンドイッチや苺タルト、魚のパイ等が載ったトレイがある。
「……いつからそこにいたんだ……?」
「叫んでた辺りから。遅かったから、ルミアに言われてご飯を持ってきた」
震える声で問いかけるウィリアムに、リィエルは淡々と返すも、その瞳は若干不安げに揺れていた。
「ウィル……お昼の時よりも元気がない……そんなにそれ、難しいの?」
「……それは…………」
心配そうに問いかけるリィエルに、ウィリアムは堪らずに白状した。
「難しいんじゃない……“びびっている”んだ……この『ダストの玉薬』を調合して……実際に使うことを」
ウィリアムはそのまま、『ダストの玉薬』が自分にとって、どういうものかを語っていく。
「これは……俺の暗黒の象徴……試しに使うまで気づかなかった、悪意と殺意だけで作り上げたものなんだ……」
その悪意を忘れ、繰り返さないために、使うことのない自戒用として作り、持ち続けた。
そして、これのコンセプトを防御に向けて作り上げたのが、魔術金属《ディバイド・スチール》である。
「これをどんな形であれ、もう一度使ってしまえば……俺は道を決定的に間違えて、戻れなくなる……そんな確信めいた恐怖と予感があるんだ……どんな力も使い方次第だというのは、理解してるんだけどよ……」
もしそうなれば。
自分を止めてくれる人間は―――いない。
だから、一度でも使えば、どうしようもないところまで堕ちていってしまうだろう。
「情けねえだろ……?自分から言い出して起きながら、これなんだからよ……」
「……わたしには、よくわかんないけど……」
自嘲気味に、力なく頭を下げて答えたウィリアムに、リィエルはウィリアムを見つめ、突拍子もなく告げた。
「ウィルは間違えない、と思う」
「……は?」
「……んと……うまく言えないけど……みんながいるから、多分、大丈夫だと思う……どうしてかはわからないけど……」
「……自分で言ってわからないのかよ……」
相変わらずのリィエルに、ウィリアムは溜め息と共に呆れ、先程までの悩みが何故か、馬鹿馬鹿しく感じてしまう。
「……とりあえずもう一度やってみる。残りの材料からして、多分、これが最後のチャンスだ」
ウィリアムはそのまま、『ダストの玉薬』の調合を開始していく。
…………
「“―――出来上がった二つの試薬を三つ目の乳鉢に静かに同時に投入し、ゆっくりと右にかき混ぜながら、呪文を唱える―――”」
ここまでは問題なく調合は進んだ。だけど、問題はここからなのだ。
そんな思い詰めた表情をするウィリアムに―――
「…………」
リィエルが後ろから、椅子越しでウィリアムを抱き締めた。
「……リィエル?」
「こうすれば落ち着くって……誰かが言っていた気がする」
「誰だよ、それ言ったやつ……」
若干呆れながらも、リィエルの両腕から伝わる温もりに、先程までの陰鬱な気分が霧散していく。
そして―――
「“――《律と理・始源と根源・五素の標を元に・認識せよ・我は摂理を握りしもの・粉は群の縁を解き放つもの・与えるは紡がれた縁を断ち・親密な縁へと拡げ伝える・微細な象へと帰還させるものなり・……》―――”」
リィエルから伝わる温もりからか、フラッシュバックは一度も起きず、今までの不安定さが嘘のように進んでいく。
そのまま呪文を唱え終え……
「“―――最後に専用の容器に詰めることで、『ダストの玉薬』はここに完成する”」
ルーン文字が刻まれた小瓶に詰め込み、蓋を閉める。
「……ありがとな、リィエル。お陰で助かった……」
「ん。ウィルの役にたててよかった」
ウィリアムのお礼に、リィエルは薄く微笑んで受け取った。
ウィリアムはそのままリィエルを見つめ……
「……お前って、ホント馬鹿だよな」
突然、失礼極まりない言葉を口にした。
「いや、イルシアも何だかんだで、突拍子もないことを言い出す時もあったし……いや、でも、イルシアのほうは学習はしていたな、うん」
そんな言葉に、リィエルは頬を膨らませ、不満げな表情になる。
「だけど……お前は学習しない馬鹿だけど、的だけはついてるんだよな……」
ウィリアムは椅子から立ち上がり、左手をリィエルの頭の上に置く。
「みんながいる……確かにその通りだったな。今の俺にはお前やグレンの先公、システィーナにルミア、それにクラスのみんなも……間違えたら、ぶん殴ってでも正して、連れ戻してくれる人達がいる。そんな大事な事を、お前に言われるまで俺は気づけなかったよ……」
「……」
「だから、俺は守りたいもんを守る為に、この『ダストの玉薬』を確かな意思と決意をもって使う。こいつであの魔人に、一泡吹かせてやるさ」
そんな穏やかな笑みを浮かべるウィリアムを見て、リィエルは胸の内が暖かくなるのを感じる。
システィーナやルミア、グレンと一緒にいる時とは違う暖かさ。
あの時以上にもやもやするけど、それ以上にすごく暖かい。
リィエルはその暖かさがもたらす衝動のまま、ウィリアムに抱きついた。
「リィエル?いきなりどうした?」
「……不思議とこうしたいと思った。ウィルもわたしを抱き締めてほしい」
リィエルのそのお願いに、ウィリアムは呆れた顔になりながらも、抱き締め返すことで応えた。
ウィリアムから伝わる温もりに、リィエルの表情は自然と満面の笑みへと変わっていく。
二人はそのまま、互いの温もりから湧き出る衝動のまま、抱き締めあい……
グゥ~~~~~~~~…………
……その甘い雰囲気は、二つのお腹の鳴る、情けない音で霧散した。
「……腹、減ったな……」
「……ん……」
何ともいえない微妙な空気が部屋一面に流れる。
「……とりあえず、お前が持って来てくれた飯を食うか」
「ん」
ウィリアムとリィエルはそのまま、二人で遅い夕食を食べ始めた。
そんな二人の姿を……
(ふふ……とってもお似合いだよ……二人とも……)
部屋の外から、にこやかな顔でルミアが覗き見ていた。
ルミアは穏やかな気持ちのまま、その場からコッソリと後にした―――
甘い?甘くない?どっち?
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