やる気なしの錬金術師   作:厄介な猫さん

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また日常章。だけど、視点は主人公ではない
てな訳でどうぞ


幕間四・《隠者》と《法皇》の調査記録
百三十三話


日も昇っていないフェジテの肌寒い朝。

そのとある建物の屋上に二つの人陰があり、その内の一つは何かしらの道具を持って膝をついていた。その道具が向いている先は―――フィーベル邸であった。

 

 

「…………(ギリギリギリッ!)」

 

 

その道具を顔に押し付けて膝をついている人陰―――黒を基調としたスーツと外套に身を包んだ老人は凄まじい形相で歯軋りしている。

その老人の憎悪に燃える瞳に映っている光景は―――リィエルとウィリアムが一つのベッドの上で一緒に寝ている姿であった。

 

 

「……本当にキャッキャッウフフしていたようじゃのう……」

 

 

その老人―――バーナードから底冷えするほどの呪詛の声が洩れる。

アルベルトから話を聞いたバーナードはあの手この手を使い、《詐欺師(ウィリアム)》の一日調査の許可を掴み取ったのだ。理由は《戦車(リィエル)》が懐柔されていないかで。

それだけの為に神鳳(フレスベルグ)を使ってフェジテに赴き、調査に適した各種魔導器の使用申請まで通して持ち出したのだ。

 

 

「バーナードさん……分かっていると思いますが……」

 

「分かっとるわいクリ坊。ちゃんと一定の距離を保って監視に徹するわい」

 

 

もう一つの人陰―――補佐として連れて来られたクリストフの言葉にバーナードは見向きもせずに答える。

クリストフはそんなバーナードに困ったような笑みを浮かべ、同様にその光景を筒の形をした魔導器を使って視界に収める。この魔導器を通して遠見の魔術を使えば、結界の阻害と探知をすり抜けることができる、まさに監視に適した魔導器である。

クリストフが収めた光景は、リィエルが自分からウィリアムに抱きつき、安らかな表情で寝ている姿であった。

 

 

「……本当にそういった関係ではないんでしょうか?」

 

「……アル坊が聞いた限りではそうなってはいないようじゃが……気付かぬ内にそうなっておる可能性もあるからのう……」

 

 

ちなみにアルベルトは先の撲滅作戦で一番の功労者だった為、女王陛下から特別休暇も与えられ休養中である。

アルベルトは最初は辞退しようとしたが、バーナードが「休める時に休むのも重要じゃ。もちろん鍛練も無しじゃぞ?」と言われたので今回は大人しく身体を休めている。

 

 

「あっ、リィエルが寝返りをうってウィリアムに覆い被さりましたね」

 

「顔があんなに近く……ッ!!(ギリギリギリギリッ!!!!)」

 

 

端から見れば羨まし過ぎる状態にバーナードは歯軋りと共に血涙を流し、クリストフは何とも言えない気分で見つめる。

クリストフは一先ず、盗聴用の魔導器も起動して二人の声も聞こえるようにする。

 

 

『zzz……』

 

『すぅ……』

 

 

ホーン部分から聞こえてくる二人の寝息。それだけ聴けば和やかな気分になるのだが……

 

 

「あっ、リィエルが頬擦りしましたね」

 

「あんなに微笑ましい顔で……ッ!(ワナワナッ)」

 

 

バーナードが剣呑な雰囲気を発しているので全く和めない。むしろ怖い。

 

 

『ん……』

 

 

そうしている間にリィエルが目を覚ました。普段はウィリアムが先に目を覚ますのだが、今日は眠りが深いようである。

 

 

『おはよう、ウィル……』

 

『zzz……』

 

 

リィエルが肩を揺すってウィリアムを起こそうとするも、今日に限っては本当に眠りが深いようで軽く身動ぎした程度で睡眠を続行していた。

 

 

『…………』

 

 

そんなウィリアムをリィエルは何時もの表情でじっと見つめ―――

おもむろにウィリアムの顔に両手を置いて自らへと向き合わせ―――

 

 

『……ん』

 

 

何の躊躇いもなく顔を近づけ、唇を重ね合わせた。

 

 

「―――」

 

「……本当にあの二人は付き合っていないのでしょうか?」

 

 

今まさに出来上がった羨まけしからん光景に、バーナードの思考は硬直し、クリストフは二人の関係に改めて疑惑を持つ。

 

 

『…………んぐ……む……?…………………………ッッッ!?!?!?!?!?!?!?』

 

 

そうこうしている内にウィリアムが息のしづらさから目を覚まし、リィエルとキスしている現実から目を瞬かせ、現実と理解して一気に眠気が飛んだように両目を見開く。

リィエルもウィリアムが起きた事で接吻を止めて離れる。

 

 

『おはよう、ウィル』

 

『ああ、おはよう。じゃ、なくてっ!!何でキスしていたんだ!?』

 

『ウィルがすぐに起きなかったから、セリカから教わった方法で起こした』

 

『……まさか、その方法は』

 

『ん。仲の良い男女は、すぐに起きなかったらキスで起こすものだって言ってた』

 

『本当にいい加減にしてくれ教授ぅうううううううううううううう―――ッ!!!!!』

 

『?』

 

 

ウィリアムの叫び声がホーン部分から大きく響いてくる。もし、音声遮断の結界を周囲に張ってなければ周りに聞こえる程と言えるくらい大きかった。

 

 

「……う~ん……このやり取りからして、リィエルは教わった事を実践しているだけのようですね」

 

「―――」

 

「バーナードさん。現実に戻ってきてください」

 

「―――はっ!?おのれウィル坊……朝から女の子にキスされるとは……やっぱり今すぐぶん殴りに行ってくるわい」

 

「あくまで調査任務ですから駄目ですよ。殴るなら別の機会で」

 

 

思考の空白から復帰して殺る気をみせるバーナードをクリストフは愛想笑いしながら宥めていく。

 

 

「……ん?ウィル坊とリィエルちゃんの首もとに何かかけられておるのぉ……」

 

「……ペンダントですね。どっちも同じ意匠の」

 

「つまり、ペアルックというわけか……」

 

「……本当に仲が良いですね。どっちがプレゼントしたんでしょうか?」

 

「ウィル坊の方に決まっとるわい。リィエルちゃんはああいうのには疎かったからのぉ」

 

「……確かに」

 

 

バーナードの推察にクリストフは納得して頷く。自分達が知っている限り、リィエルが件の組織の暗殺者として扱われていた過去を考えれば当然だ。

 

 

「それにしても、どうしてあの二人はあれほど仲が良いのでしょうか?」

 

「……そうじゃのう。何で儂は可愛い子ちゃんにモテんのじゃのうな」

 

 

クリストフの疑問にバーナードは的外れな言葉で返す。その間も―――

 

 

『……何で朝から俺の匂いを嗅いでいるんだ?』

 

『……何となく?だけど、不思議といい匂い』

 

『……ハァ……』

 

 

端から見ればイチャイチャしている光景が続いていた。

 

 

「……これは、リィエルが懐柔しようとしているように見えますね」

 

 

ウィリアムの胸元に顔を埋めて匂いを嗅いでいるリィエルの姿にクリストフは真面目に考察を続ける。

対してバーナードは―――

 

 

「……ずるい……羨ましい……マジで代わってくれんかのぉ……?(ブツブツ)」

 

 

夢のような光景に、嫉妬で静かに狂っていた。

 

 

「あっ、システィーナさんが帰宅しましたね」

 

「白猫ちゃんか……朝からグレ坊とイヴちゃんと特訓していたのは確認しとったが……」

 

 

バーナードはそう言って魔導器を降ろして少し感慨げに呟く。

 

 

「室長から降ろされて、一族から見限られたイヴちゃんが元気そうで本当に良かったわい」

 

「そうですね。左手で魔術を使う事が出来なくなって左遷されたと聞いた時は心配でしたが、その左遷先がグレン先輩達がいる学院だと聞いて安心しましたからね」

 

「これからも色々と大変じゃろうがの。……アル坊から聞いたあの話を含めてのぉ」

 

「……えぇ」

 

「ひとまずは、今日一日はがっつりと監視してリィエルちゃんが懐柔されていないかどうか、しっかりと見極めないとのぉ」

 

「あはは……」

 

 

相変わらずのバーナードに、クリストフは苦笑いしながら再び調査を再開するのであった。

 

 

 




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