やる気なしの錬金術師   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


百七十三話

―――戦いは白熱していた。

システィーナが暴風の防壁ごしに雷閃を連続に放ち、アディルは魔術によって強化された豹のような動きで岩山を蹴り上がって避ける。

 

アディルは距離を取りながら、口を動かし、頭上の星図を弄っていく。おそらく、《星天術》を発動しようとしているのだろう。

事実、システィーナの周りに、激しい炎の嵐が取り囲むように巻き起こったのだから。

 

しかし、それらの炎は、システィーナが黒魔改【ストーム・ウォール】であっさりと周囲へと吹き散らして四散させる。

システィーナはそのまま疾風脚(シュトロム)でアディルを追いかけるも、アディルの柔軟な体術と、それを補佐する緻密な身体能力強化術で簡単に振り切ってしまう。

 

追いつけないと判断したシスティーナは、黒魔【ブラスト・ブロウ】を連続起動(ラピッド・ファイヤ)し、風の破城鎚を三撃放つ。

それをアディルは、独特の魔術でかわし、少し離れた場所に降り立つ。

まさに、互いに一歩も譲らない戦いだ。

 

 

「……凄いですね。システィーナ先輩」

 

「そうだな―――」

 

 

オーヴァイの感嘆の呟きにウィリアムが同意しかけた、その時。

 

 

「……ん?あの銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)、様子がおかしくないか?」

 

 

上空に映し出されている、無数のフィールド視点の映像の一つにグレンが訝しげな視線を向けながら呟く。

銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は、その巨体な見た目とは裏腹に、実は草食で、自身の縄張りに侵入した者にしか、その牙を剥かない魔獣だ。

 

その自身の縄張りでゆっくりとしていた銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)が何の前触れもなく起き上がり、その巨体からは信じられない敏捷さで、空へと飛び上がった。

 

 

「「……は?」」

 

 

グレンと、同じくその映像に気づいたウィリアムは銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)のあり得ない動きに目が点になる。

その銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)の向かう先は―――システィーナとアディルの戦いの要の結界を維持している守手の一人だ。

 

銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は口を大きく開け、咆哮―――竜の咆哮(ドラゴンズ・シャウト)で守手の一人に容赦なく放って打ち倒す。

当然、システィーナとアディルを閉じ込めていた結界は消失。銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は気絶した守手に一瞥もくれず、そのままシスティーナとアディルの下へ飛び―――システィーナへと襲いかかった。

 

 

「なっ!?」

 

「ええッ!?」

 

「システィ!!」

 

『システィーナおねーちゃん!!』

 

 

カッシュ達が驚愕を露に叫ぶ中、システィーナは黒魔【ラピッド・ストリーム】を連続起動(ラピッド・ファイヤ)―――疾風脚(シュトロム)銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)の丸太のような双牙の一撃をかわすも、銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は完全にシスティーナに狙いを定めており、執拗に追いかけていく。

 

 

「イカサマだ!?今すぐ試合を止めろッ!!」

 

 

当然、グレンは声を荒げて立ち上がり、中止を叫ぶ。

だが、それをイヴが冷水を浴びせるように言った。

 

 

「……落ち着きなさい。これが敵チームの魔術戦略という可能性があるわ。精神支配系か召喚系の魔術で……」

 

「ンなわけねぇだろ!?ハラサの連中だって、どう見ても予想外ですってツラじゃねぇか!?」

 

「だから落ち着きなさいって。それもわかっているから」

 

 

システィーナの危機にひたすら動揺するグレンに、どこまでも冷静に言葉を告げるイヴ。

そこで、ウィリアムはイヴが何を言いたいのか理解ができた。

 

 

「……つまり、運営側はハラサ側の作戦だとしか判断できないってことか」

 

「!?」

 

「ご明察。フィールドは外部からの干渉を完全に遮断する強固な断絶結界で仕切られている。特に、魔術に関しては厳しい上に、昨日の試合のサクヤ=コノハは、強固なプロテクトで守られていたゴーレムを片端から支配していた。だから、運営側は試合を止めるわけにはいかないのよ」

 

「……あの規格外は例外だろうが……ッ!?」

 

 

グレンは悪態をつくも、イヴの言い分を理解してか、それ以上の反論が出来ない。

あれが、“誓約”による結果という可能性も十分にあるからだ。

 

 

「だけど……どうやって干渉したんだ?」

 

「そうね。第十三聖伐実行隊(ラスト・クルセイダース)……どうやって仕掛けたのかしら……?」

 

 

その額に冷や汗を滲ませながら、姿形を見せぬ、得体の知れない敵の仕掛けに思考を巡らせるグレンとイヴにウィリアム。

その間も、システィーナは銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)と壮絶な鬼ごっこを続けている。

 

ハラサ側はこれを好機と見て、メイン・ウィザードのアディルを前面に押し出し、攻勢に出てきている。

いくら魔力容量(キャパシティ)が怪物じみているシスティーナとはいえ、このまま銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)に追いかけ続けられれば、遠からず魔力が枯渇してしまう。

 

 

「どうするの?グレン。総監督には、試合放棄をする権利がある。止めるなら……棄権するなら、今よ?」

 

「……クッ!」

 

 

一度は座っていたグレンは再び立ち上がる。手には、棄権を表明する照明信号弾を空に打ち上げる筒が握られている。

状況は既に詰んでしまっている。この状況を打開する手がない以上、試合を棄権して止めるしかない。

 

 

「―――な!?」

 

 

だが、グレンは空に投射される映像に写し出されたシスティーナを見た途端、絶句していた。

見れば、システィーナの眼は全く諦めていない。勝利への意志に溢れていた。

 

 

「……システィーナ……いいぜ……やってみやがれ!」

 

 

グレンが照明信号弾の筒を降ろしてそう告げた直後、システィーナは銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)から逃げ続けながら、右手の指を印を結ぶように次々折り、複雑に変化させていく。

 

 

「……ッ!?」

 

「符丁ね。あれは、グレンとシスティーナの間で決めているオリジナルでしょ?」

 

「それで、先公。システィーナは何を伝えてきたんだ?」

 

「あ、ああ……“竜”、“動キ”……“不自然”……“規則アリ”?」

 

「つまり、竜の動きに規則的な不自然さがあるのか?システィーナから見て」

 

 

ウィリアムの呟きに、イヴが何かに気付いたように、口元を押さえる。

 

 

「そう言えば……銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は、時折、奇妙なタイミングで見失ったように動きが鈍ることが何度かあったわ」

 

「俺達はてっきり、白猫がたまたま死角に隠れたからと思っていたが……まさかッ!?」

 

 

そこで、グレンは手元の地図とシスティーナの映像を見比べていく。

システィーナも、検証してくれていると信じ切っているかのように、銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)を引き連れて、フィールドのあちこちを駆け回っていく。

 

その結果、銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)の不自然な動きは、起伏の多いフィールドに存在する遮蔽物の、すぐ北西付近にのみ存在していることが判明した。

 

 

「……カラクリが見えてきたぜ。銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)は、観客席の南東から見た死角に入った時に、動きが不自然になる」

 

「南東の観客席側に、銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)を操っているやつがいるってことか……」

 

「ああ……南東の観客席を捜すぞ!」

 

 

グレンが確信を持って立ち上がるも、イヴが冷水を浴びせるように言い放つ。

 

 

「無理よ!大まかな位置を割り出せても、それでも何千人もの観客がいるのよ!?いちいち一人一人確認するつもり!?」

 

「…………」

 

「しかも、敵は魔術で仕掛けているんじゃない!魔力の逆探知すら出来ない以上、敵を捜すのは不可能よ!」

 

「……いや、ルミアとイヴがいれば、絶対に見つけられる」

 

「……は?」

 

「え?」

 

「先生?」

 

 

不敵に笑うグレンの態度に、イヴとウィリアム、ルミアの三人は揃って間抜けな声を洩らす。

そんな彼らに構わず、グレンはニヤニヤ笑いながら確信を持って告げる。

 

 

「“異様に体温が低いやつ”が、銀の飛竜(シルバー・ワイバーン)を操っている敵さんだ」

 

「は?」

 

 

グレンの確信持って告げた言葉に、イヴが眉を顰める。

ルミアも目をぱちくりさせて困惑している。

だが、ウィリアムはグレンが何を言いたいのかを、ここで理解した。

 

 

「……“吸血鬼”か!?」

 

「「!?」」

 

 

ウィリアムの言葉に、イヴとルミアは驚愕に目を見開く。

吸血鬼には、不死性、再生能力、吸血行為による眷属化、影の操作、毒、変身能力、絶大な闇の力、元素支配、身体能力―――そして、魅了の魔眼がある。

 

魔術ではなく能力である上に、光自体は通っている以上、断絶結界に引っかからずに干渉ができる。

そんな彼らの反応に、グレンはますます得意げな笑みを浮かべて告げていく。

 

 

「ああ。おそらく、な。あの女の言葉……“血を啜るのが大好きな変態”なら、まず確定だ」

 

「あの脅し文句か……」

 

 

まさか、つい零した言葉がヒントになったとは、向こうは夢にも思っていないだろう。

 

 

「……ほんっと、普段は鈍いのに、肝心なところで冴えているわね……」

 

 

イヴもウィリアムと同じことを考えてか、心底呆れたように言葉を零す。

 

 

「だけど、それだけ条件が絞れていれば、見つけるのは容易いわ」

 

 

イヴはそう言って、グレン同様に立ち上がる。

 

 

「場所を変えるわよ。ここで探知するより、近くで探知する方が効率的だから」

 

「おう。ルミアとウィリアムも一緒に来てくれ」

 

「はい」

 

「あいよ」

 

 

グレンの呼び掛けに、ルミアとウィリアムも頷いて立ち上がる。

そして、場所を移動し、イヴの熱源探知で、通路から立ち見でフィールドそのものを直接見下ろしているように見える、かっぷくの良い老人が引っ掛かった。

 

そして、グレンはルミアの王者の法(アルス・マグナ)で隠蔽魔術を強化して、ルミアと共にその老人の下へと向かっていく。

そして、ウィリアムは―――

 

 

「―――位置についた。何かあれば直ぐに狙撃する」

 

 

北西側の観客席のエリアで、隠蔽魔術を使った状態で《魔銃ケヴァルト》を構えて、その老人に狙いを定めていた。

もちろん、使用する銃弾は疑似銀浄弾(パラ・シルバーブレット)である。

 

 

『ああ。戦闘になったらきっちり援護してくれよ?』

 

「当たり前だ」

 

 

通信魔導器から聞こえてくるグレンの言葉にそう返し、魔術で視力を強化した目で件の老人を見つめる。

やがて、後ろからグレンとルミアがその老人の背後に現れ、老人―――チェイスは変身を解いて本来の姿へと戻り、少しして身体を黒い霧状にしてその場から消え去っていった。

 

 

「……逃げたか」

 

 

相手が逃げたと確信し、ウィリアムは銃を降ろす。

そして、妨害がなくなったことでようやく自由となったシスティーナが仲間の下に駆けつけ、渾身の【ブレード・ダンサー】でアディルを下し、奇跡の逆転勝利を収めるのだった。

 

だが、連中の妨害は続くだろう。

今回は素直に退いたが、次も素直に退くとは限らない。

ルナにヴァン……吸血鬼であるチェイスに匹敵する化け物二人の力が未だ未知数なのだから。

 

 

(……“女の子の臭いに欲情し、涎を垂らして見境なく貪るケダモノ”……これが事実なら……)

 

 

もし、ヴァンの正体がウィリアムの予想通りだとしたら、相当面倒な相手になるだろう。

 

 

(だが、そんなのは関係ねぇ!あいつらの邪魔をするなら、容赦なくぶっ飛ばしてやる!!)

 

 

ウィリアムはパァン!と義手の拳を掌にぶつけ、決意を新たにするのであった。

 

 

 




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