インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~ 作:とっぷパン
IS学園・四日目 早朝・グラウンド
空が朝焼けに染まり始めた頃、学園のグランドをひた走る男の姿があった。一周五キロもあるグランドはきれいに整備されて、うっすらと朝もやに包まれながら朝日に照らされていた。
「…………そろそろ、時間だな」
腕時計型のストップウオッチを止めて、走るペースを下げて流しに入る男。朝日に照らされたその男は、学園で二人きりの男性操縦者であるトウマ・カノウだった。
ストップウオッチを見ると、かれこれ二時間近く走りこんでいた。距離にして、約50kmの長さを走っていた。
「大体こんなもんか……。次は、形の稽古だな」
かつて、トウマが戦士としてまだ未熟だった頃、剣 鉄也や獅子王 凱といった師匠から課せられたトレーニング方法をいまだに続けていた。
そして、ふとある木をを見つめて苦笑しながら声をかけた。
「……稽古に付き合ってくれるかい、織斑さん?」
すると、木の陰から姿を見せたのはトウマの言うとおり、ジャージ姿の学園教師・織斑 千冬だった。
「いつから気づいていたんだ?これでも気配を消していたんだが……」
「大体20分前ぐらいからかな。グラウンドをランニングしていた時に、反対側だったけど一瞬姿が見えたんだよ」
「あの距離から一瞬で、木の陰に隠れた私の姿を見つけたのか?……たいした動体視力だな、トウマ君」
褒められた事に照れ笑いで返し、首にかけていたタオルで汗を拭きつつ千冬に再度問いかけた。
「……で、一戦やってみるかい、織斑さん」
「フッ……答えはもう分かっているんだろう?ぜひともお願いするよ、銀河を救った英勇の実力を見せてくれ」
好戦的な笑みでトウマを見返し、その場で軽くストレッチをして体をほぐし始める千冬。その笑みを見たトウマも、同じく好戦的な笑みで千冬を見る。
千冬が体をほぐし終わると互いに真剣な表情になり、無言で構える二人。そして、一瞬強い風が二人の間を駆け抜け一枚の木の葉が舞い落ちる時、止まっていた時間が動き出し両者の闘志がぶつかり合った。
まず仕掛けたのは千冬からだった。風のように軽く地を蹴り一瞬のうちに懐に踏み込み、気合と共に渾身の右正拳を放つ。
「せいっ!!」
しかし、トウマはその正拳突きを軽く左手で払い、さらに払った手を掴み一歩分前に踏み込んで腹部に向けて右掌打を放った。
「…………」
「ぬっ!?」
鋭く放たれた掌打は何とか体に届く前に左の手で防ぐ事に成功し、一先ず距離をとる千冬に対してトウマはその場から動かない。
「なかなかやるな、織斑さん。今の掌打はわりと本気だったんだけど、見事にかわされてしまったな」
相変わらず好戦的な笑みを浮かべたまま、自身の攻撃を防いで見せた事に素直に感心するトウマ。自身を感心させることのできる達人にあった事に、久しく忘れていた未熟な頃の向上心がふつふつと心の奥底から湧き出てくるのを感じていた。
「フッ……これぐらいかわせなかったらいくらISのワンオフアビリティーが一撃必殺と言えど、刀一本で銃撃の間をかいくぐって相手を切り優勝、なんて芸当は出来ないさ。」
千冬の笑みは深くなるばかりで、ただただ強者との戦いに歓喜している様子しかない。怯えも迷いもなくただ拳を交わせる、そんな気持ちになったのは初めての出来事だった。
第一回モンド・グロッソでは、ISが世に広まってから幾分も経っていない事もあり操縦者の質があまり高くなく、束に付き合ってISの開発に関わっていた千冬は難なく優勝してしまった。
第二回大会でもそれは変わらず、さらに試合を観戦していた弟が誘拐されて決勝戦を棄権した事もあり、千冬は強者に恵まれずに過ごしてきた。
そして今、何の因果か異世界の英勇であるトウマと出会い拳を交えている。初めて自身のライバル足りえる強者の出現に、千冬の心は歓喜し子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
「楽しいだろ、織斑さん。体全体から、生き生きとした闘志を感じる!」
「ああ、楽しいとも!君と戦っていれば、私はもっと強くなれる気がするんだ!こんなに心が嬉しさで満ち溢れそうになるのは、生まれて初めてだ!!」
両者共に拳打の応酬をしながらも、笑みが絶える事がない。汗が空に飛び散り、肉を打つ音がグラウンドに響く。トウマの神速の蹴りが空間を切り裂きながら千冬に迫れば、千冬も同じように蹴りで返す。わずかに千冬が競り負けて体制を崩し、そのまま後方へ吹き飛び地に膝をついた。
「さすがに、一撃一撃が速く重い!これが君の、銀河を救った英勇の蹴りか!!…………足がしびれて立てん、私の負けだな」
「なに、織斑さんだってたいしたもんだ!俺の脚がしびれるほどの蹴りに、機転の利いた返し技。正直、楽しくて仕方が無いよ」
足がしびれて立てない千冬に、手をかして立たせる。お互いに満足のできる試合だったらしく、両者共に晴れやかな笑顔で負けた千冬も悔しさは感じられない。
「すまないな、一人では立てないようだ」
「はは、少しやりすぎたかな。よっと!」
トウマが手を引いて立たせようとするが、力が少し強すぎたらしく勢いあまってトウマの胸の中にすっぽりと治まる形になった千冬。
「あっ……」
「おっと、すまない」
すると、胸いっぱいに今しがた戦って汗だくのトウマの香りが広がり、脳髄がしびれる様な感覚を始めて体験した千冬は一瞬ポーとなってしまう。そして、自身が女を自覚してから一回も男を意識する機会がない事もあいまって、一気に顔が真っ赤になってしまいトウマを直視できなくなってしまった。しかし、足がしびれて離れる事ができずに、トウマの胸の中小さくなるしかない千冬。
「大丈夫か、織斑さん。まだしびれてるようなら、俺が抱えて医務室まで運ぼうか?」
「あっ……ん……いや、しばらくこのままでいさせてくれないか?」
何を思ったのか、そのままトウマの胸に体を預ける千冬。赤面している事には変わりが無いが、体の力を抜いてトウマの体に寄りかかっていた。
千冬がそう言うのならば仕方がないと、そのまま彼女の好きにさせる事にしたトウマ。
「…………もう大丈夫なようだ。ありがとう、トウマ君」
「なに、気にしないでくれ。もとはと言えば、俺の責任だからな」
それから数分経ち、足の痺れも取れたことからトウマの胸からそっと離れる千冬。少し頬にまだ赤みが残っているが、満足げな笑みでこちらを見ている事からもう大丈夫だろうと判断してトウマも笑みを返す。
すると、少し言いにくそうに千冬が話し始めた。
「……もし良かったら、これからも私と朝のこの時間に試合をしてくれないだろうか……。君と戦っていると、もっと前に進める気がするんだ」
「もちろん、大歓迎さ。俺としても一緒に特訓が出来る相手がいると張り合いが出るし、何よりライバルっぽい人がいると燃えるからな!」
「……ありがとう、トウマ君」
優しい笑顔で礼を言う千冬に、少しドキッとしながらも笑顔で笑うトウマ。数十分と短い時間であったが、千冬にとっては色々と初めての体験に、トウマにとっては新たな特訓仲間兼ライバルが出来た有意義な時間となったのであった。
IS学園・四日目 早朝・一夏&箒の部屋
……チュン……チュン……
IS学園に一夏が入学してから、四日目の早朝五時半頃。昨日はトウマのマッサージによって気絶してしまい、気がついても指一本動かせぬまま箒に介護してもらい何とか晩御飯を食べたあとに泥のように眠りについた一夏は、いつもよりも三十分近くも早く目を覚ました。
「う~ん……良く寝た。…………あれ?体が軽い?…………昨日の、カノウさんからしてもらったマッサージの効果なのか?」
「ん…………いちか?……こんな朝早くにどうしたんだ?……って、一人で起きて大丈夫なのか!?」
ベッドから起きて体の具合を確かめる一夏と、その物音に目を覚まして寝ぼけまなこで尋ねる箒。まだ早い時間にもかかわらず起きてストレッチをしている一夏の姿を見た箒は、びっくりして眠気が吹き飛んだ様であわてて駆け寄った。
「ああ、箒。起こして悪かったな、もう大丈夫なようだ」
「そうか、動けるようになったのならば良かった。……昨日のマッサージという名の拷問には、正直言ってかなり肝を冷やしたんだ」
はたから見ても拷問としか思えなかった行為だがしっかりと効能はあったようで、体をほぐすストレッチを一通りこなす一夏。最後にグッと背伸びをして立ち上がると、箒の方へ向き直り笑顔を見せた。
「箒、朝早くからすまないが、トレーニングに付き合ってくれないか?」
「勿論付き合うさ。どうやら体も調子がいいようだし、軽くランニングから始めるか!」
「……ありがとな、箒」
同居人からの早朝トレーニングのお誘いに当然とばかりに答える箒に、優しい笑顔で礼を言う一夏。その笑顔に顔を赤らめてもじもじしだす箒だったが、そうさせた男は頭に?を浮かべて首をかしげていたのだった。
「じゃあ、さっそく着替えて朝練習にいくぞ!」
「あっ!こら、待て一夏!着替えるなら洗面台の所で着替えろ。私だって女なんだぞ、少しは気を使え……」
恥らう彼女の姿にお互いが15歳の男女だったことを思い出し、手を頭の後ろにもっていきながら謝る一夏であった。
「ごめん、ごめん。じゃあ、着替え終わったら声かけてくれよ」
そういって洗面所に入っていく一夏を見て、箒も寝巻きからジャージへと着替えだす。とりあえず寝巻きの肌襦袢を脱ぎショーツ一枚の姿になり、日本人の15歳とは思えないほどに発育した胸を気にしながらブラジャーをつけようとしたその時。
「箒、すまないけどそこのTシャツをとって――――」
「え?」
洗面所のドアが開き、上半身裸の一夏がこちらを向いて固まっていた。突然の出来事で、両者とも固まって動かなくなる。
「…………箒」
「な、なんだ」
固まったまま動かない両者であったが、一夏がその空気を壊し箒の体をまじまじと見てこう呟いた。
「ブラジャー、着けるようになったんだな」
「!?ッ~~~~~~!!……それが辞世の句か、一夏!!」
見事な体捌きで一夏の懐に入り、昨日の組み手で見せた技を仕掛けようとした箒。しかし、それに気づいた一夏は抵抗しようと手を前に突き出す。
――むにゅにゅう――
突きだした一夏の手は、見事に箒のたわわに実った胸をわし掴んでいた。
「ひゃん!?」
「うえっ!?」
手のひらから伝わる温かさと何とも言えない位柔らかな感触に、一夏は再び石のように固まってしまった。
対する胸をわし掴みにされた箒は異性であり長年好いてきた相手である男に対して、女としてちょっと嬉しいながらも恥じらいもありお互いに半裸の状態でいる事から、急いで距離をとりそこから渾身の正拳突きを放った。
「えいやっ!!」
「ぐほっ!?」
渾身の正拳突きが吸い込まれるように一夏の腹に決まり、くの字になってから床に崩れ落ちる。そして、床にうずくまる一夏に一言言い放った。
「……一夏。そういう行為は、まだ早いと私は思うぞ。せ、せめて、夫婦になってから…………」
「…………」
しかし、床にうずくまり気絶している一夏に声は届くはずも無く。静かな部屋で一人もじもじと身悶え、そのまま朝食の時間になるまでその状態が続くのだった。
IS学園・一年一組 SHR・一時間目 担当教師・山田 真耶
「はい、じゃあHRを始めたいと思います。本日はIS訓練の一環として、二年生の授業の見学が入っています。3・4時間目と通しでの授業となりますので注意してくださいね。集合場所は第2アリーナですので、皆さん送れずに来て下さい。あとは――――」
IS学園に入学してから四日目の今日は、二学年のIS訓練授業の見学があるらしい。一年と短い期間ではあるが、しっかりとISについて学んだ生徒達がどの程度の物になるのかを知るにはいい機会と言う事で、毎年一年生はこの時期に先輩方の訓練風景を見学する事になっている。
「――――以上でHRを終わります。すぐに一時間目の授業に入りますので、皆さんしっかりと準備をしていてください」
真耶からの連絡事項が終わると、一斉に授業の準備を始める生徒達。二日前とは違い、皆きびきびと動いている。
どうやらミナキの言葉が相当効いた様で、あれから真剣に授業に取り組む生徒が増えた事に真耶は嬉しさを感じていた。
実は、ここIS学園に入学した当初は全員漏れなく覚悟や兵器を扱う自覚が無い甘ちゃんで、教員としては頭が痛い事なので苦労していたのだ。しかし、今年はミナキという兵器の怖さを良く知っている人物が一喝したおかげで、例年に比べると遥かに早くISの危険性を認識し始める生徒がでだした。
これには教職員一同、諸手で喜んだのだった。あの苦労をしなくてすむし、生徒の事故も未然に防ぐ効果もある。まさにミナキの存在は、学園にとって救世主のようだったと、のちに学園長およびその他の先生から盛大に感謝される事になる。
「はーい、じゃあそろそろ授業を始めますよ~」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
「はい、よろしくお願いしますね!では、教科書の23ページを開いてください。今日学習する所は――――」
元気に挨拶をする生徒達に、同じくらい元気に挨拶を返し今日の授業を始める。今日も忙しい一日になりそうな気がするが、張り合いがいがある生徒達相手にしてみれば些細な事だった。
真耶の忙しくも楽しい一日が、今日も始まった。
IS学園・第2アリーナ 3・4時間目 担当教師・織斑 千冬
「それでは、これからお前達ひよっこの一年先輩である生徒達のIS訓練見学を始める。後でレポートを提出してもらうので、各自感想をまとめておくように!」
3・4時間目通しで行われる見学学習に、一年は勿論ことだが見学される二年生までもが緊張していた。この見学学習は毎年恒例の行事で、今の二年生も去年受けた授業なのだ。
「なお、この授業は五人一組の班に分かれて見学してもらう。休み時間にそれぞれの班でディスカッションをして、互いの知識を共用してレポート纏めてもらうのでしっかりと観察するように。特に織斑は知識が追いついていないので、必ずカノウ君と班を組むようにしろ。トオミネ先生、そちらの生徒は頼みます」
千冬の言葉が終わると一斉に生徒達が動き出し、四日間で親しくなった物同士で班を組みだした。一夏はトウマと組む事が決まっているので、一先ずは安心しているようだ。
他には箒や本音、相川 清香が班員に加わっている。本音と清香は、授業前の壮絶なじゃんけん大会で見事勝ち抜き、班員の座を射止めたようだ。
「よろしくお願いしますね、カノウさん。……俺いまだに知識が曖昧なんで、フォロー方を頼みます」
「よろしくお願いします、カノウさん。一緒の班に誘ってくれて嬉しいです。まだ他の生徒とはあまり親しくなっていないので、困っていたんです」
「おう、よろしくな、二人とも!解説なら任せておいてくれ、こう見えても何回かこういう仕事をした事があるんだ。……バイトでな!」
一夏が申し訳なさそうに挨拶をすれば、箒が嬉しそうに笑顔で挨拶をする。正反対な挨拶だったが、どちらにも笑顔で挨拶を返すトウマ。
「「またバイト!?いったい、どんな生活をしてたんですか!!」」
いくつもの特技を持つ目の前の男に唖然としながらも、同時に突っ込みを入れる二人に笑みが零れるトウマ。そうして笑っているうちに、本音と清香の二人が三人のもとに合流してきた。
「トッチ~、一緒に見よ~。あと、お菓子ちょうだい!」
「織斑君、篠ノ之さん。それにカノウさん、よろしくお願いします!」
本音が早速お菓子をせびりだし、トウマの足元にまとわりつきだす。清香は一夏に興味があるらしく、積極的に話しかけている。トウマは足もとから背中にぶら下がりだした本音に、苦笑しながらも好きにさせている。
「布仏さん、お菓子は夕御飯前にあげるからそれで我慢してくれ。あと背中にぶら下がるのはいいんだが、しっかりつかまってろよ」
「おっけぃ、トッチ~!お菓子のことは頼みました!」
背中にぶら下がりながら器用に敬礼をする本音に、ため息をつきながら一夏達の方へと向き直る。
「じゃあ、そろそろ訓練が始まるみたいだ。皆、席について見学しようか」
「「「「はい」」」」
皆が席に着いたその時、ふと視線を感じたトウマはその方向を見た。すると、視線の正体は目が笑っていい無い笑顔のミナキと、なぜかこちらを睨む千冬だった。二人の女性からの鋭い視線に、背筋に冷たい物が走る。ミナキに関しては理由に見当がつくのだが、千冬が睨んでくる理由は皆目見当がつかなかった。
すると、つかつかと二人の教師が自身のもとにやってくるのを見ながら、自然と背筋を伸ばすトウマ。いつの間にやら背中に引っ付いていた本音は、きちんと席に座って小さくなっている。どうやら二人が発するオーラに気づき、緊急避難したようだ。
「……あらあら、トウマ。若い子にくっつかれて嬉しそうですね~」
「……まったくもってけしからんぞ、トウマ君。不純異性行為とみなして、後で職員室に来てもらう事になるが……覚悟はしておいてくれよ」
底冷えする声と凍てついた視線で自身を見る二人に、隣に座っている一夏でさえガタガタと震えてうつむいて視線を合わせようとしない。
「アハハハ、ナニヲイッテイルンダイ、フタリトモ」
「……どうしたんですか、トウマ。声が震えて、片言になってますよ…………今夜は覚悟してくださいね」
ミナキが笑顔で近寄ってきて、トウマの耳元で小さくお仕置きの時間を告げる。苦笑いしか出てこないトウマは、とりあえず頷く事しかできないでいた。
すると、今度は千冬が近寄ってきて耳元で小さくささやいた。
「……明日の朝は激しくいかせて貰うから、覚悟してくれよ」
この言葉にも頷く事しかできないが、少し千冬の態度が気になったので今日の夕食にでも聞いてみようと思った。
「各自席に着いたな。それでは、見学を始めようと思う。……二年生は、各自訓練を始めてくれ!」
千冬の言葉に、一斉にアリーナのピットから飛び立つ二年生達。誰もが緊張した面持ちで授業に望む中、一人の生徒が縦横無尽に空を駆け回りなんとも楽しそうな面持ちで訓練にいそしんでいた。
「あの二年生、随分と楽しそうだな。動きも他の生徒とはぜんぜん違う、武道に長く精通した動きだ」
「あの青い髪の人ですか?…………確かにそうですね。流派までは分かりませんが、相当強い力と技量をもっていることだけは私でも分かります」
トウマが注目した女子生徒に班員の目が一斉に向き、箒がその生徒の力量を一目で見抜いた。そして、その女子生徒を見た本音があ!っと声を上げて嬉しそうな顔でトウマ達に彼女の事を話しだした。
「トッチ~、あの人のこと私知ってるよ~」
「ほんとかい? 布仏さん。もし知っているなら、是非とも俺達に彼女の事を教えてくれないか?」
トウマに持ち上げられてご機嫌な様子で胸を張る本音に、箒や一夏、清香はまんまと乗せられた彼女に苦笑している。
「じゃあ、私が説明してあげるね~! あの人はここIS学園の生徒会長で、ロシアの国家代表でもある更識 楯無生徒会長で~す!!」
「「「「わ~~~!!」」」」
ジャジャーンという効果音が聞こえそうになるくらい堂々と答える本音に、班員全員が苦笑している。しかし、当の本音はみんなの様子も何処吹く風戸ばかりに胸を張って自慢げだ。
「ちなみに、生徒会長は学園で一番強くないとなれないんだよ~」
「ほう、一番強くないとダメなのか。なら、あの力量も納得の物だな…………まだ若いのにたいしたもんだ」
16の少女が背負うには荷が勝ちすぎているような気がするが、それも彼女の努力が生み出した肩書きなのだから他人が心配する事でもないのかもしれないと思い、素直に感心する事にしたトウマであった。
他の二年生もだんだん緊張がほぐれてきたのか、生き生きとした顔の生徒が大分増えてきた。
基本的にここIS学園に訓練用として置いてあるISは、日本産の量産型IS・打鉄23機とフランス・デュノア社製の量産型IS・ラファール・リヴァイヴ23機の計46機が配備されている。防御に優れている打鉄に汎用性に優れているラファールと、どちらも人気が高く世界的にもシェアが広まっている。
そして、今訓練をしている生徒はラファールに偏っている中、更識 楯無はあえて防御に優れる打鉄に搭乗していた。
「ふむ、防御型の打鉄であんな軌道が出来るとは……。やはり、国家代表は一味も二味も違うな」
「私にはあんまりよく分からないけど、会長が凄いってことだけは理解できたよ……私もいつかあんな風に、自由自在にISを動かしてみたいな」
初めて間近で見る国家代表と言う国を背負った人物のIS訓練に息をのみながら目を皿のようにして見学する箒達。特に一夏は、楯無の事をジッと無言で見ていた。自身が三日後に対戦するセシリアも、国家代表ではないがその卵である代表候補生で確実に強い。改めて挑戦する壁が高い事を確信した一夏は、姉である千冬と同じような好戦的な笑みを見せながら決意を新たに特訓に励もうと思った。
「…………カノウさん。俺、生徒会長の訓練を見て一つ分かりました」
「なんだい、織斑君」
一夏が視線を楯無に向けたままトウマに話しかける。拳に力が入っているようで、腕が小刻みに震えている。
「俺、今日までオルコットの事を心の中のどこかで侮っていたようです。国家代表になろうとしている人間が血のにじむような努力で磨いてきた力でも、一撃くらいなら俺でも当てられるだろうと思っていました」
「…………」
一夏の独白を黙って聞くトウマ。若い力が今一歩前に進もうとしているのを、自身が通ってきた道に照らし合わせて嬉しそうに見ている。
「でも、実際に国家代表の力量を目の当たりにして、今のままじゃあ絶対に一撃もかすらせる事もできないと分かりました」
「…………で、君はどうするんだ?かなわないと尻尾を巻いて逃げるのか、それでもセシリア・オルコットに喰らいついていくのか。選ぶのは君だ、誰も強制はしない」
「…………俺は」
現実を理解した一夏の言葉に、あえて挑発気味に問いかけるトウマ。俯きながら震える手を握り締め、言葉を詰まらせる一夏を黙って見つめる事しかできない箒達。
しばらく場の空気が重くなったが、力を入れて握り締めていた拳の震えが止まると一夏は顔を上げ目の前にいるトウマを強い意志のこもった目で見返した。
「……カノウさん。俺、強くなりたい。オルコットのことを抜きにしても、今の俺じゃあ誰にも勝てないし守れない。第一の男性操縦者としてこの世界で生きていくためには、俺自身が誰よりも強くなければこの先ずっと千冬姉に守られたままだ」
「…………」
「俺は、俺自身のためにも。俺の傍にいてくれる人のためにも!手の届く限りに皆を守れる強さがほしい!!」
言葉の随所に、守るという言葉が入っていたのが気にはなったが。十五歳の男の子が持つには丁度いい目標にとりあえず納得したトウマは、一夏の両肩に手を置き笑顔でうなずいた。
「よしっ!君のその願い、俺が手伝ってあげよう。……だがその道は、辛く険しい道程になる茨の道だ。君にその覚悟はあるのか?」
「覚悟なら、今さっき固まったよカノウさん!だから俺を鍛えてください、お願いします!!」
力強い言葉と瞳で、自身の決意を語る一夏。この少年が歩く人生は、酷く険しく危険に満ちた物になるだろう。ならば、その危険を少しでも減らすのが大人であり同じ道の先輩でもある自分の役目。千冬や束に懇願されて引き受けたこの仕事だったが、実際に一夏から聞いた言葉に自身の気持ちもやっと固まったトウマであった。
「俺の、特訓は地獄だぜ。昨日までの甘っちょろい物と一緒にしてたら、心も体も折れて廃人同然の人間になる。覚悟があるなら心を強く持て、目的を誤るな。そして力に溺れるな。これが守れなかった時は、俺が全力でお前を蹴り砕く。いいか、織斑一夏!」
「はい!!」
「ならば、手始めに今日から三日間は地獄の特訓だ!!ついて来いよ、一夏君」
満面の笑みで頷く一夏に、周りの生徒達も感動している。比較的大きな声で会話していた事もあり、いつの間にやら授業そっちのけでこちらを見つめる生徒が多数いた。
そして、授業が中断された状況にあの方々が動き出す。
「織斑にカノウ君。楽しいお話はもう終わったかな?」
「トウマ、熱血して青春している所悪いんですけど、今は何の時間ですか?」
凍てつく視線と冷たい笑みを浮かべた二人の教師が、威圧感を放ちながらゆっくりと近づいてくる。さっきまで周りで感動していた生徒達は、一目散に自身の席に戻って小さくなっている。
「ハハハハ、これで二回目だな、カノウ君。夜にお話をしなければいかんな、トオミネ先生?」
「賛成です、織斑先生。今日はたっぷりとお説教させていただきます、逃げ場はありませんからねトウマ」
恐ろしく平坦な声色で罰の内容を告げる教師二人に、震えが止まらないトウマ。自身に被害が無そうだと思い横でホッと息をつく一夏であったが、当然のごとく千冬から罰則が言い渡される。さっきとは違う種類の震えに、体が固まる一夏であった。
「織斑、貴様はあとで反省文を提出してもらうからな。……覚悟しろ」
「…………はい、織斑先生」
そしてこの後も見学実習は続き、二年生による訓練学習は最後まで事故などは起きずに無事に終わるのであった。
IS学園・夜 トウマの私室
夕御飯を済ませたトウマ達大人組みは、定例となりつつある一日の反省・報告会を開いていた。今日も夕御飯はトウマ製の美味な物だったためか、千冬や真耶、束にミナキの四人は至福の表情でほっこりと食後のお茶を飲んでいた。
そんな緩んだ空気の中、千冬から今日の報告を始めた。
「……むぐ……今日の授業内容は概ね問題無かった。生徒会長の更識といく人かの生徒がいい訓練を見せてくれたおかげで、一年生の意欲をうまく刺激できたようだった……むぐむぐ」
ソファーに座ってくつろぎながら、トウマが作った茶菓子をつまみながら報告をする千冬。大人の女性として異性に見せてはいけない様な、とろけた至福の表情でお菓子をつまむ姿に苦笑を禁じえないトウマ。他の三人も同じような表情でお菓子を食べているので、注意するわけにもいかないのがなおさら苦笑を深める。
「それと今日は色々とすまなかったな、トウマ君。しかし、授業中に起こった事だから注意せざるをえなかったんだ、許してくれ」
「ああ、別に気にしてないからいいよ。……それより、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「うん?聞きたい事か?」
ここでトウマは、3・4時間目の授業で見たあの事について聞いてみる事にした。
「二つあるんだが、一つは織斑さんについて。そしてもう一つは、一夏君の事だ」
「私と一夏の事か……。まあ、答えられる範囲でならば答えよう」
つまんでいたお菓子を口に放り込み、お茶で流してから真剣な顔で聞く体制をとる。他の三人も興味があるようで、同じくお菓子をお茶で流し込んで聞く体制になる。
「じゃあ、まずは一夏君の事から聞こうか。今日の授業中に話を聞いてたとき、彼の覚悟を問いかけたんだ。そうしたら、言葉の端々に守るという単語が出てきた。何故、彼が守るという事にこだわっているのか俺は知らない。が、このままその概念にとらわれすぎるとろくな事にならない。俺達の仲間にもそんなやつが大勢いて、様々な悲劇や辛い事を経験したんだ。出来ればそんな体験はしてほしくないし、未然に防げるのならば俺も協力は惜しまない。だから教えてくれないか、彼がこだわっている守るという言葉の意味と理由をな」
「……そうか、一夏がそんなにこだわっていたのか。ならば、家族として話しておかなければならないか……」
弟がこだわっている事について心当たりがある千冬は、自身の過去を話す事にした。忘れもしないあの第二回モンド・グロッソ決勝戦前に起きたある事件の事を。
「私が第一回モンド・グロッソで総合優勝してから、ブリュンヒルデと呼ばれるようになって3年後の第二回大会の時の話だ。今回も私は難なく決勝戦まで進む事ができたが、決勝戦前の数十分で一夏のやつが会場から誘拐されたんだ。異変に気づいた日本政府の警備員達はすぐに私に連絡をよこし、それを受けた私は決勝戦を辞退して一夏の行方を追っていたんだ」
「あの決勝戦辞退の理由は、そういう事だったんですか!? 当時二大会連覇の声が上がっていた時の出来事でしたから、先輩の決勝戦辞退のニュースは世界中で話題になりましたけど、真相は闇の中で分からずじまいでした」
「うむ、私も当時の関係者も政府から口止めされたからな。この事実を知っている者は少ないはずなんだが、突然束が私に連絡を入れてきて一夏の居場所を教えてくれたんだ」
真耶が、当時の謎めいた事件の真相を聞いて驚きの声を上げる中、千冬が向かいのイスに座る束を見て微笑みその笑みを受けた束はくすぐったそうに照れる。
「いや~、大会自体は欠片も興味は無かったんだけど、ちーちゃんが出場するって言うし。いっくんも応援にドイツまで行くって聞いてたし、一応は監視していたんだ~。そしたら、見事に嫌な予感は的中して、いっくんが誘拐されていくじゃないか。さすがにこれはまずいと思って、すぐにちーちゃんに連絡を入れたんだ」
「束が教えてくれた情報に従ってドイツ郊外の廃工場に行ってみたら、そこには一夏の他に黒服の男達が数人とISを所持した女が一人いたんだ。怒りに任せて黒服の男達を一瞬で無力化した私は、次にISを使う女と相対した。だが、そいつは一夏を盾にしてすぐにその場を離脱して行ったんだ。幸い一夏に怪我は無かったんだが、自分の所為で私が責められるのに耐えられなかったようでな。それ以来、何かにつけては守るという言葉が口癖になったんだ」
当時の織斑姉弟が体験した誘拐事件に、声も出ないミナキと真耶。トウマは静かに話を聞いていたが、知らず知らずの間に拳を強く握り締めていた。怒りの炎が頭を焦がし、トウマの重く激しい怒りのプレッシャーが周囲を威圧し始めていた。
「トウマ、もう終わった事です。現在織斑君が無事に生きているんですから、その怒りはしまって下さい。……真耶さんが失神しそうです」
「すまない……頭では分かっているつもりなんだが、これが原因だと思うと怒りが湧き上がってくる。確かに一夏君は無事だったかもしれない、だが心までは無事にはすまなかった……か」
原因が分かった事により、一人の少年が抱えている心が見えた。少年が抱えるには重く分不相応な思いに、自身がいた世界の仲間達を思い出す。彼らは、少年少女のような年頃でありながら生きるために、平和を守るために必死に戦っていた。自身が傷つく事もあれば、愛しい人達が理不尽な目に遭い死ぬ事ある世界で命をかけて戦っていた。
そんな人達と一緒に戦ってきた自分ができる事はなんだろう。それは勿論分かりきった事で、自身の全てをかけて一人の少年を鍛える事だけ。ならば、迷う事はない。
「あとは、俺の力量しだいか…………責任重大だな。だが、一夏君のためにも織斑さんのためにも、俺がやらずに誰がやる!」
「そうです、トウマ。その意気です。それに貴方は一人じゃありません、私がついています。一人じゃできない事も二人ならきっと乗り越えられます!」
顔を上げて闘志を燃やすトウマを、甲斐甲斐しく支えようとするミナキ。二人の歩んできた時間の長さが垣間見える光景に若干羨ましそうにする千冬達だが、元はといえばこちらの都合を押し付けている事には変わりが無い事に気づき自分達こそがんばらなければならないと立ち上がる。
「勿論私達だって一緒だ。元はこちらか頼んだ問題なんだ、かわいい弟のために立ち上がらない姉がいるものか!」
「束さんだってがんばるよ~!いっくんは私にとっても、可愛い弟のような存在だからね!いつもの200%増しでお手伝いします!」
「わ、私も、可愛い生徒のために粉骨砕身がんばります!少し頼りないかもしれないけれど、精一杯時間の許す限りに鍛えてあげます!」
五人が一致団結して一夏を鍛える事を確認したトウマ達は、決意を新たに一歩前に進もうと思ったのだった。
「ところで、トウマ君。もう一つの話はいいのか?」
「ああ、すっかり忘れてた。じゃあ改めて聞くけど、布仏さんが俺にひっついてきた時に随分怒っていたみたいだけど、理由はなんだったんだ?」
思い話が終わった後に、意外な話が出た事に慌てる千冬。普段のクールな様子はなりを潜め、一人の女性の表情に変わる。
「あ、あれはだな。その、今朝君とライバルのような関係になっただろう?それが、いきなり他の女にとられたような気がして嫉妬してしまってな。…………すまない、私情が混ざってしまった様だ」
「そ、そっか、それなら別にいいんだ」
恋する女性のような表情で、おもいっきりバトルジャンキーな発言をする千冬に顔が引きつるトウマ達。一瞬千冬に春が来たと思った束や真耶も、今の発言にはおもいっきり引いてしまっている。
しかし、もう一人はそうはいかなかった様で、トウマに対して冷たい笑顔を向けている。
「トウマ、その話ちょっと詳しく聞かせてください。事としだいによっては、お仕置きが待っていますよ」
「ミ、ミナキ、ちょっと冷静に話し合おうか!?お、織斑さんも何とか説明してください!?」
「うん?何もやましい事は無いんだが……。なぜに、ミナキさんは怒っているんだ?」
千冬の態度に何かおもう事があったのか、根掘り葉掘り聞き出そうと迫るミナキ。嫉妬を炸裂させたミナキの恐ろしさを知っているトウマは、何とか穏便に収めようと千冬に助けを求めるも当の本人はよく分かっていない様だ。可笑しな空気になってきた所で、早々に部屋の隅に避難する束と真耶。
さっきまでのシリアスな空気は無くなり一気に修羅場になる部屋に、トウマの悲痛な叫びが響き渡るのであった。
いかがだったでしょうか。
今回はいつもの倍の長さで、色々と動きだしたお話でした。
王道の主人公であるトウマは、これからもベタな内容でISの世界を生きていきます。一応王道的主人公である一夏は、トウマによってこれから本格的に鍛えられていきます。そして、姉の千冬はもっともっと強くなっていきます。
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