インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~ 作:とっぷパン
IS学園・六日目 朝・食堂
「はむっ……むぐっ……うん、うまい」
「はぁ~、今日は一段と良く食べるな、一夏。もう、それで五杯目か……」
「むぐっ?……なんか、カノウさんの特訓を受けた後はやたらに腹が空いてな。なんていうか、朝と昼はガッツリ食べないと持たないんだ」
お茶碗に盛られた御飯が瞬く間に減っていく光景を見ながら、感心したように一夏の食べる様子を見つめる箒。彼女自身はすでに食べ終わっていて、後は目の前の男が食べ終わるのを待っている状況である。
「はぐっ……むぐっ、ずずっ……うまい」
「ほえ~~」
先ほどまでは一緒に食べていたクラスメイトも居たのだが、一夏のあまりの食べっぷりに顔を引きつらせて先に行ってしまった。それでも、一夏とお近づきになりたい生徒達は後を絶たずに周りを取り囲んでいたりするから、年頃の女子達のバイタリティーは侮れなかったりする。
「……これで、ラストっと。……はむっ、むぐむぐ。……ご馳走様でした」
「やっと仕舞いか。……一、二、三っと、全部で五人前は平らげたな」
最後の一口を平らげ、いつものように礼をして長い朝食が終わる。箒が重ねられた食器を数えて、感嘆の声を上げる。
「は~~、やっと腹いっぱいだ。いくらなんでも燃費が悪すぎだな、食費がかかりすぎる」
「そうだな、見てるこっちの食欲がうせるくらい食べたな。……まぁ、たくさん食べる男は、か、かっこいいと思うぞ」
「そ、そうか?……はは、なんだか照れるな」
箒が最後にボソッと呟いた言葉に、食後のお茶を飲みながら照れたように答える。ちょっとした事で甘酸っぱい青春を感じる事ができるのも、十代の少年少女達の特権だろうか。朝日の差し込む食堂で、二人の座る空間だけが初々しいカップルが作り出すような空気を纏っていた。
「そ、それじゃあ、もう時間だし片付けて行くか」
「う、うむ、そうだな。これ以上のんびりしていては、織斑先生に怒られてしまうな」
甘酸っぱい空間にいることが我慢できなくなったのか、どちらともなく立ち上がり片付け始める二人。五人分の食器を一人で運ぶには難があるらしく、箒に手伝ってもらいながら足早に食堂を去る二人だった。
「ふむ、実は食堂に居たのだがな。あむっ……むぐっ……。しかし、よく食べるなトウマ君」
「はむっ?……うん、今日もうまいな!」
「ほんと、ここの食堂の料理はいつもおいしいですね~。あ、それくださいね、トウマ」
「……相変わらず、仲がよろしい事だな。むっ、トウマ君。私にも、その煮魚を分けてくれないか?」
何気にテーブル一つ挟んだ向かい側にいた、朝錬帰りのトウマと千冬。それに食堂にて合流したミナキで朝御飯を食べている所で、青春し始めた己の弟達の声が聞こえてきて思わず食べている物を噴出しそうになってしまった。
ちなみにトウマは、一夏の倍は食べている。そして女の身である千冬でさえも、朝から御飯を四人前を平らげていた。ミナキは普通に一人前であるが、時々トウマのおかずを拝借して食べている。
「しかし、トウマ君。一夏が大分食べていたようだが、一時的なものなのか?」
「ほぅむ?…………ああ、あれは急速に体を作り変えているために起きる栄養補給の手段の一つだな。まぁ、そのうち治まるから安心してくれ」
口の中に大量の食べ物を入れたトウマが早送りの様に口を動かし、リスの頬袋のように膨らんだ中にある食べ物を嚥下して千冬の疑問に答える。
「……そうか、害はないんだな」
トウマの言葉に安心して、心配そうに下がっていた眉尻を元の位置に戻す。自身の唯一と言っても過言ではない家族の事だけに、一夏の事に関しては敏感な反応を見せる千冬であった。
「大丈夫ですよ、千冬さん。弟さんの事に関しては、私とトウマが相談してトレーニングをしていますから。私こう見えても医療看護師の資格も持っていますから、メンタル面でもばっちりサポートしますよ」
「……フフ。ありがとう、ミナキさん。二人のおかげで、一夏のやつも良い方向に向かいそうだ」
にっこりと微笑んだミナキの笑顔に、安心を感じて思わず自分まで笑顔になる千冬。不思議とミナキの笑顔には心が穏やかになる効果があるようで、彼女に微笑まれた生徒達も大概の場合は和やかな雰囲気になる事が多かった。
やはり、戦争という物を体験している人の笑顔には、経験していない人に比べて深い愛情とも呼べる物が宿っている気がするのであった。
「……さてと、腹もいっぱいになった事だし。そろそろ教室に行くか、二人とも」
「もうこんな時間でしたか。そろそろ急がないといけませんね、千冬さん」
「うむ、私達が授業に遅れては生徒に示しがつかないからな。遅刻はするなよ、トウマ君」
テーブルにたくさん積み上げられた食器を三人で片付け、時間を気にしながら急ぐトウマ達。暖かな朝日が差し込む中、IS学園の騒々しくも平和な一日が始まろうとしていた。
IS学園・一年一組 四時間目・担当教師 山田 真耶
「それでは授業を始めたいと思います、いない人が居たら先生に報告してくださいね~」
穏やかな日差しの中、四時間目の授業が始まる。今日は半日で終わる日程のために、生徒達も若干そわそわしている。
「皆いるようなので、授業を始めますよ。教科書の63ページを開いてください、この授業ではISの基本的な用語を勉強していきます」
ISを運用する上で基本的な用語は勿論の事、専門用語の類は覚えておく事が必須になっている。これは操縦者、技術者関係なくの必須事項である。
「まずは、ISスーツについて説明しますね。ISはもともとを辿れば、ウエットスーツのような全身を覆うタイプになるはずでした。しかし、宇宙開発という目的から外れてしまったために、全身を覆うタイプではなく胴体部分を覆う物と大腿部から下を覆う物の二つを組み合わせたタイプに変化しました」
なぜ、兵器を纏うために着用する物が全身を覆うタイプではないのか。それは、各国政府の宇宙開発の興味の無さと、年頃の女性が扱うものとしての見栄えを顧慮した物となっているらしい。仮にも兵器を運用するなら、見栄えを気にするのはいかがな物か……。
「…………。この世界の国家の上層部は、いったいどんな頭をしているんだろうか……」
「ん? どうかしましたか、カノウさん」
「……いや、なんでもないよ。それよりちゃんと山田先生の話を聞こうか、一夏君」
「? 分かりました」
思わず呟いた独り言を一夏に聞かれてしまったが、詳しくは聞き取れなかったようでサラッとごまかす事に成功した。自身が異世界の住人である事を知られていないために、何を聞かれたところで問題はないのだが……。
このIS学園の教師達には素性がばれているために、もしかしたらこの世界の各国家に情報が渡っているかもしれない。いや、むしろ渡っていない方がおかしいだろう。
「――――というわけで、現状のISスーツは着用の義務が無いのです。しかし、スーツを着用有無では反応や感覚に僅かな誤差が生じますので、皆さんはしっかりとISスーツを着用しましょうね」
「「「「はい!」」」」
しかし、いくら彼女達が自国の上層部に情報を漏らそうとも、異世界から来た男女が空から降ってきましたなんて報告しても頭の病気を疑われるのが関の山だろう。その現場の映像があるなら多少は信じてもらえるだろうが、基本人間という生き物は自身の生きてきた情報に基づいて考えて動く生物であるために、非現実的な事が起きようとも簡単にはその現状を認められないのである。
なお、その現象は権力に近い人間ほど強まる傾向にあるようだ。
「次は、PIC《パッシブ・イナーシャル・キャンセラー》について説明します。このPICとは、ISの標準的システムの事で、浮遊・加減速といった今までの近代兵器では不可能な事を可能とした画期的なシステムです。なお、これを基にした第三世代兵器がドイツで開発されて――――」
真耶の説明が教室に流れていく中、トウマは一人自身の世界の事を思いだしていた。争いで満ち溢れた銀河で戦い続けた日々を、人の世が生み出す憎悪とそれを打ち破る希望の光。妄執とも呼べる憎悪の連鎖にとらわれてしまった人々による、終わりという出口の無いトンネルを歩き続ける空しさ。
それらを経験してきたトウマには、この世界の争いごとにまで積極的に関わる必要は無い。しかし、一夏や箒といった若い命が争いに巻き込まれようとした時には……、その時は命を賭けて戦うだろう。争いが生み出す負の連鎖を知っている者として、命を守るために戦ってきた戦士としてトウマは戦い続けるだろう。
「――――というわけで、時間が来ましたので今日はここまでとします。皆さん、HRがありますから先に帰ってはダメですからね!」
「「「「起立! 礼! ありがとうございました!」」」」
それが、自身の見いだいした答えなのだから……。
「あ、それといい忘れた連絡事項があります。クラス代表決定戦後に行われるカノウさんと代表者の一騎打ちですが、勝った人も負けた人も二人でカノウさんと戦ってもらう事になりました!」
「「本気ですか!?」」
「あら、どちらにしても私の目的に変わりはありませんわね」
「「「「ええっ!?」」」」
新たな決定事項に驚く者が多数を占める中、トウマの実力の一端を知る一夏と箒は絶望に染まった顔で驚愕し、どちらにしても目的が変わらないセシリアは笑みを浮かべながら余裕を見せ、何も事情を知らないクラスメイト達は突然の変更にざわつき始めるのであった。
そして、今日の授業でもっとも大きな衝撃がクラス中に走った瞬間でもあった事に、軽くショックを覚える真耶だった。
~HR後~
「トウマ、お昼御飯に行きま――って、なにしてるんですか?」
今日の授業が終わり生徒達が次々に教室から出て行く中、机に座ったままなにやら作業をしているトウマ。その姿を見つけてミナキは昼ごはんの誘いをかけるが、彼はミナキに一枚の紙を見せてきた。
「いや~、何か授業中に考えていた事を小説風にアレンジしてみたんだけど。どうかな?」
「どれどれ、見せてください。…………」
なにやら紙いっぱいに書かれた文字を読み進めていくミナキ。最後まで読み終わると、ため息をつきながらトウマに紙を返した。
「…………トウマ、真面目に授業を受けてください。たしかに、私たちに付きまとう問題の一つですけれど、そんなに心配する事でもありません。こちらには篠ノ之博士が、世界最強の織斑先生だっているんですから、この世界の人達と馴染むのに心配事はそんなにありませんよ」
「あら、ミナキ先生には不評だったかな?……まぁ、俺もそう思ってるんだけどね」
ミナキから言われた事に自身も納得しているのか、比較的あっさりと認めるトウマ。
「それより、お昼御飯ですよ!午後からも予定はあるんですから、早く行きましょう」
「分かったよ。それじゃあ行こうか、ミナキ」
自身の考えを纏めた紙を鞄にしまい、席を立つトウマ。そして、すぐにトウマの左腕に自身の腕を絡め歩き出すミナキ。人気の無くなった教室に、二人の甘い雰囲気だけが漂っていた。
IS学園・七日目 休日・トウマの私室
「さて、今日は一夏君達の特訓はお休みにしたわけだけど、さすがにこれ以上体を虐めるのは良くないから筋肉や骨、内臓といった体の各器官を休ませるために休日としました」
「そういう訳か。考えてみれば異常な事が体の中で起こっているんだからな、休息が必要な事も頷けるな」
IS学園に入学してから初めての休日に、トウマがいる寮室にいつものメンバーがそれぞれ私服で集まっている。ほんとの所は特訓をしなければならないはずだが、事情が事情なので無理にするわけにもいかずに部屋でくつろいでいるわけである。
「あれだけ急激に体を作り変えたら後遺症が心配な所だけど、その心配も無い様だし。今日はのんびりできるね~、束さんは非常に疲れてます~」
「そうですね、博士は特に忙しかったですものね。授業内容と日取り、織斑君の専用機の開発なんて同時にするようなことじゃありませんから、お疲れになるのも無理はありませんね」
そうなんだよ~と、疲れた顔で元気なく真耶に同意する束。さすがの彼女もこの一週間ほとんど休み無しで働き続けたために、いつものハイテンションがなりを潜め疲れた表情でソファーに寝ている。
「苦労をかけるな、束」
「いいんだよ~、ちーちゃんのためなら火の中水の中さ~!」
「フフ、ありがとう、親友」
親友の苦労にねぎらいの言葉をかける千冬。感謝された束も、にへら~と嬉しそうに笑みを浮かべている。長年の幼馴染特有の気の使い方に、微笑ましい物を感じるトウマ達であった。
「ところで、トウマ君。一夏のやつは実際の所、どこまでオルコットに食い付いていけるんだ? トレーニング教官としての意見を聞かせてくれないか」
「ん? それも、そうか。一夏くんの今の実力は正直言って、まだオルコットさんに勝てるほどじゃあない。これは技量の問題もあるから仕方がない事だが、体力面だけならかなりの上限UPで勝っているだろうな。それと、反射の方もかなり鍛えられているはずだ。勝てないまでも、良い所までは食らいつけるだろう」
「そうか、そこまで基礎体力が上がっていたのか。君に頼んだ甲斐があったというものだな、トウマ君」
自身が予想していた結果よりも随分といい事が分かり、普段クールで通っている千冬も思わず笑顔にならざるを得なかった。
「まあ! 一夏君もがんばったんですね。トウマの特訓にもなんとかついて来れていましたし、心の状態も今の所は良好です」
「……何から何まで頼ってばかりだが、皆が手伝ってくれて嬉しく思うよ。私一人だったら、きっと一夏を叱る事ぐらいしか出来なかったと思う。皆には感謝してもしきれないが、礼だけは言わせてくれ。ありがとう」
一人の姉として、弟のためにここまで協力してくれる皆に礼を言う事しかできない千冬。ひざの上で握られた手は、感極まったせいか微かに震えていた。
「なに、これからが本番なんだ。まだ感謝されるにはちょっとばかし早いぜ、織斑さん」
「そうですよ、先輩。まだ始まったばかりじゃないですか、彼が一人前になるまでが私達の仕事ですよ」
トウマと真耶の言葉に、俯いていた顔を上げる。一瞬目じりに光る物が見えた気がするが、すぐに目元を手で隠してしまったのでトウマ達はあえて気づかないふりをした。
「ちーちゃん、大丈夫だよ。いっくんなら箒ちゃん達と一緒にどんな事でも乗り越えていくんだ、それを見守るのが私達のや~くめ~!」
束が疲れた顔をしながらも、笑顔を作って千冬を勇気付ける。最後が若干間延びしているのは、彼女ならではの茶化し方であろうか。
「そうですよ、千冬さん。まだこれかが本番です。お礼を言われるのでしたら、全てが終わったときに受け取ります」
そして最後にミナキがそう言って締めくくると、千冬は勢い良く顔を上げて皆を見回す。その顔にはいつもの凛とした表情が戻っていた。
「そうだったな、まだ礼を言うには早すぎた。一夏や箒といった私達の教え子達が、立派に独り立ちするまでは気が抜けんからな。皆にはこれからもたくさん頼る事になるが、すまないが皆私に力を貸してくれ!」
力強い言葉で誓う千冬の姿に先ほどまでの弱弱しい雰囲気などは欠片も無く、凛々しい大人の女性の姿を取り戻していた。
「うんうん、やっぱりちーちゃんは凛々しくないとね!」
「そうですね、博士。先輩が元気になってよかったです!」
「こ、こら、抱きつくな!?」
ソファーに寝転がったままでいた束と、隣のイスに座っていた真耶が千冬に抱きついて喜んでいる。
「あら、千冬さんの復活ですね、トウマ」
「そうだな、織斑さんは自分自身の中に抱え込んで表に出せないタイプみたいだからな、いい転機になったようで安心したよ」
ソファーの上ではしゃぐ三人を眺めながら、のんびりとお茶を飲むトウマとミナキ。気分は、娘達を見守る両親だろうか。
なんにしても、平和な休日を過ごす大人達だった。
「こら、束! ちょ、何処に手を入れているんだ!」
「ふひひひ、ちーちゃんの胸はやわらかいの~」
「あっ……やっ……。ま、真耶も見てないで助けろ!」
先ほどまでの疲れた様子は何処に行ったのか、束の卑猥に動く手が千冬の胸や太ももなどのデリケートな所を触りまくる。束のあまりの攻勢に、同じく抱きついていた真耶に助けを求める。
「せ、先輩があられもない姿に……。わ、私も混ざろうかな?」
「ま~や~! お前まで混ざってどうするんだ! あんっ、だ、だから、胸と股から手をどけろ束!!」
「うぇっへっへっへっへっ! ここか、ここがいいのか~?」
好き放題に全身さわりまくる束に、なぜか触発されてしまった真耶までが混ざりだす。二対一になった事で形勢が不利になった千冬は、必死に抵抗するしか道は残されていない。
「も、もう、やめてくれ~~~~!!」
「ふふふ、あんなに楽しそうにはしゃいじゃって。仲がいいわね、トウマ」
「そうだな、ミナキ。織斑さんも楽しそうだ、はははは」
二人掛かりでもみくちゃにされる千冬を眺めながら、人気にお茶をすするトウマとミナキであった。
IS学園・休日 一夏&箒の部屋
「ふう、やっとうちに帰ってほしい物を取って来れたな」
「まぁ、いくらなんでも一夏の荷物が少なすぎたからな。荷物を取りに行くには、今日が休みで丁度よかったな」
トウマから今日は休みにすることを伝えられていた一夏と箒の二人は、ゴリゴリマッチョのSP達に付き添われながら自宅に荷物を取りに行っていた。いくら質素な生活をしていたとしても、着替えと携帯電話と充電器だけでは思春期の少年の荷物にしては質素すぎたのである。
「漫画とかゲームの類は禁止だから、一応千冬姉ぇにノート型液晶投影パソコンはダメかって聞いたらOKしてくれたからもってきた」
「あの千冬さんが、パソコンの持込なんてよくOKをだしてくれたな」
肩に担いできたバッグの中から取り出した、最新型のノートパソコンを見てそう呟く箒。千冬の昔を知るものとしては、堅物と呼ばれていた彼女が弟のためにノートパソコンの持ち込みにOKを出した事が信じられなかったのだ。
「もちろん、始めは反対されたよ。そしたら、カノウさんが偶々通りかかって千冬姉ぇを説得してくれたんだ。……さすがはカノウさん、同じ男として感謝しても仕切れないぜ」
「そうか、カノウさんから手伝ってもらったのか。なら、あのお堅い千冬さんがOKを出すのもしょうがないか」
「しょうがないってなんだよ~、俺にとっては死活問題だぞ。音楽もろくに聴けないなんて、悲しすぎるじゃないか」
ブーブーと文句を言いながらも、もって来た荷物を整理する一夏。パソコンの他にも様々な日用品を持ってきたようで、初日と比べると明らかに部屋の備品が充実していた。
「うん、大分充実したな。これで、着替えと歯磨きセット、ケータイと充電器しかない生活ともおさらばだ! あははははっ!」
「た、楽しそうだな、一夏」
笑いながらクルクルと回る一夏の姿に、軽く引いている箒。いくら好意を持っている異性でも、回りながら朗らかな顔で笑っているのはさすがに遠慮したい箒であった。
~数分後~
「ところで、一夏。明日の試合なんだが、正直何処まで食らいついていけると思っているんだ?」
「ん~? そうだな~…………」
気持ち悪い行動していた一夏を張り倒して再起動させた箒は、一先ずお茶の用意をしてイスに座り明日のクラス代表決定戦について聞いてみることにした。
ここ一週間一夏に付き合って特訓してきた箒であったが、彼の成長振りを肌で感じて確かに強くなっているのを感じていた。
だが、急激に強さを手に入れた人間はどうしても慢心しやすい。箒自身が過去そうであった様に、必ずどこかで決定的なミスをしてしまうものなのだ。
故に、箒は彼が慢心していないかどうかを確かめるために今の心情を聞いてみることにしたのだった。
「……やっぱり、実際戦ってみないとわかんねぇと思うけど。ほぼ確実に、俺が負けるだろうな」
「ほう、何故そう思うんだ? 私の目から見ても、お前の実力は2倍くらいに跳ね上がっていると思うんだが……」
自身が肌で感じた感想を、素直に答えて反応を見ようとする。すると、上を向いてま苦笑しながらこう答えた。
「一週間やそこらで超えられるほど、国家代表候補生は弱い存在じゃあないだろう?」
その慢心の欠片もないまっすぐな本音に、一瞬驚きで目を見開いて一夏を凝視してしまう。しばらく見つめた後に、目の前の男の性格を思い出す。
「…………フッ、そうだ。お前は昔からそういう性格だった、私の心配事は杞憂だったな」
「なんだよ突然、昔の失敗した事なんか思い出すなよ恥ずかしい」
少年時代は千冬の教育の所為もあってか、いつも慎重に動く性格の男だった事を思い出し、自身の考え事は無用になったことに嬉しさを感じる箒。
その箒の表情に、昔の地震の失敗談などを思い出したと感じた一夏は、眉尻を下げて苦笑いをしながら箒に話しかけるのであった。
「まぁ、何にしても明日の試合は胸を借りるつもりで挑むだけさ。イギリス国家代表候補生の力ってやつを、いっちょ拝ませてもらうとしますか!」
「その意気だぞ、一夏。明日はオルコットのやつに、ドンと胸を借りるつもりでぶつかって来い!」
自身が好意を寄せる相手の力強い意思を込めた言葉に、思わず笑顔になって激励する箒であった。
「しかし、勝っても負けても次に控えているのはカノウさんだよな」
「ああ、下手したら病院送りだな」
一番大切な事実を思い出した二人。
「「…………」」
しばらく無言の二人であったが、実際戦う一夏向けて箒は肩に手を置いて――
「……生き残れよ、一夏」
――とだけ呟いたのであった。
「チクショウ……。俺、無事に生き残れるだろうか」
いかがだったでしょうか。
今回は二日分続けてのお話でした。
原作、またはアニメなどでの千冬さんは、強い大人の面が目立っているようですが。この小説内の彼女は、たった一人の家族を心配する姉の面を強く出していこうと思っております。
千冬さんだって、気が弱くなる瞬間が必ずあるんです。だっていくら強くても、彼女は一人の弟を心配する女の子だもの……。
とまぁ、千冬さんの情報はここまでにして、誤字・脱字、感想などお待ちしております。