インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~   作:とっぷパン

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 ささやかな宴から一夜明けて、学園にはいつもの平和が流れていた。平和を教授する一組に、中華の嵐が差し迫っていた。


第19話~それぞれの思惑、少女の涙

 IS学園・翌日 一年一組

 

 

 

 

 「織斑君達、おはよー。ねぇねぇ、転校生の噂聞いた?」

 

 早朝の訓練を済ませた俺達は、それぞれ身支度を整えた後に朝食を取って教室に着いた。すると、席に着くなりクラスメートの女の子達に話しかけられた。いつも眠そうな本音ちゃんを中心に、谷本さんとカナリンとあだ名で呼ばれている女の子や一夏君の後ろの席の鷹月さんなどが集まっている。

 

 「転校生? 今の時期にか?」

 

 ああ、昨日出会った迷子の凰ちゃんの事か。結局あの後も職員の宴会に巻き込まれて、就寝時間ぎりぎりで解放して貰ってたっけな。まぁ、凰ちゃんも楽しんでいたみたいだからそれだけが救いだな。

 

 しかし、山田さんが酒を飲みだしたときは焦ったぜ。織斑さん曰く、あの人は脱ぎ癖があるらしいからな。

 

 「そう、何でも中国の代表候補生なんだって。ホントは今日編入手続きをするはずだったんだけど、待ちきれなくて昨日の夕方に来ちゃったんだって」

 

 「ははは、随分おっちょこちょいなやつなんだな。是非ともそいつの顔を拝んでみたいぜ」

 

 おいおい、一夏君。そんな事を言っていると、不可避のフラグが立っちゃうぞ。

 

 「ふふ、私の事を危ぶんで編入なさって来た……なんて事は無いのでしょうけど、どの組に編入なさるかは気になる所ですわ」

 

 おう。今日も優雅な雰囲気だな、セシリアちゃんは。口に手を当てて小さく微笑む姿は、まさに貴族の令嬢と言った所だ。さっきまでは早朝訓練でバテバテだったんだがな。リカバリーの早いお嬢さんだ。

 

 「このクラスに編入してくるわけではないそうだ。今朝方姉さんから教えてもらったから、それなりに確かな情報だぞ。……まぁ、余計な事も教えてくれたがな」

 

 「顔が怖い、すげえ怖い」

 

 「ふん! お前には後で聞きたい事があるからな、逃げるなよ一夏」

 

 おっと、箒ちゃんがご機嫌斜めのようだな。大方篠ノ之博士が昨日の様子を伝えた時に、凰ちゃんが恋のライバルだと言う事を伝えたに違いない。

 

 「まぁなんにせよ、今の一夏君にはまだまだ自力が足りない。来月のクラス対抗戦に向けてみっちりと訓練内容を組んでやるから、それなりに覚悟しておけよ」

 

 「うへぇ~、そうだった……。唯でさえきつい特訓を二割り増しでやっているのに、これからさらにハードなやつになるのか……」

 

 「大体今の三割り増しだな。全部あわせると脅威の五割り増し! お買い得だな、一夏君!」

 

 冗談交じり会話で強引に話題を変えてみたが、一夏君にはこっちの方が辛い事だったみたいだ。机の上に突っ伏して唸っている。他の皆は一夏君に同情の視線を向けるが、クラスの為とあっては下手に止めようとは思わないようだ。

 

 「それに! 今回のクラス対抗では賞品も出るんだって! なんと、学食デザートのフリーパス半年分だよ! これは是非織斑君に優勝してもらうしかないね!!」

 

 「「「「やるっきゃない!!」」」」

 

 「あ、ははは、そうか…………。はぁ~」

 

 ははは、女の子たちの目の色が変わったな。デザートに弱いのは何処の世界でも女の子たちの共通の事らしい。

 

 ミナキもスイーツには目が無いからな、よく俺が買いに走らせられたもんだ。おかげで浅草のお菓子店やスイーツ専門店の常連になってしまった。今じゃあ顔パスで品物が出てくるように……。 

 

 「まぁ、専用機を持っている人って、今の所一組と四組だけだから楽勝だよ!」

 

 「そう、そう。カノウさんもついているし、セシリアだっているもんね。優勝は一組のものだー!」

 

 あらま、もう勝った気でいるようだが、世の中はそう簡単に物事は運ばないんだぞ。ほら、教室のドアに一組優勝の文字を消す事のできる子の陰が……。

 

 「――――そう簡単にはいかないよ」

 

 「「「「え?」」」」

 

 突然割って入った声に疑問が湧き、一夏君を含めたクラスの子達が一斉に教室のドアへと振り向いた。すると、女の子達が頭に?を浮かべる中一夏君の目が大きく見開かれる。

 

 「二組はあたしが代表がなったのよ。……久しぶりね、一夏」

 

 「お、お前、鈴か? じゃあ、中国から来た代表候補生って……」

 

 「そうよ。中国国家代表候補生、凰・鈴音とはあたしの事よ! 今日はクラス対抗戦に向けての宣戦布告に来たわ!!」

 

 教室のドアに背を預けて目を瞑りながらニヒルに笑っているのが、昨晩出会って今しがた話題にもなっていた凰ちゃんだった。こちらを見ていたので、軽く手を振っておくだけで今はいいだろう。

 

 ……しかし、一応初登場シーンで格好つけている様だが、昨日の失態を見ている方としては大変微笑ましく見えてしまうな。

 

 「何格好付けてるんだ? 全然似合ってないぞ」

 

 「んなっ……!? なんてこと言うのよ、あんたは! っていうか、さっきの話もバッチリ聞いてたんだからね! なにが、おっちょこちょいよ! あんただって同じ様なモンでしょうが!!」

 

 フーッ!! と、激昂した猫のようにツインテールを逆立てる凰ちゃん。気のせいだろうが、うっすらと頭の上に猫耳が見える気がする。

 

 それと、その後ろに控えている彼女の姿も……。

 

 「おい、凰」

 

 「なによっ!?――――て、千冬さん!?」

 

 今日もスーツをビシッと着こなした織斑さんの登場である。昨日は久しぶりに凰ちゃんに再会したらしいが、一夜明ければ教師としての顔で接している。

 

 「宣戦布告をした度胸は買ってやるが、もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

 「は、はい……」

 

 先程まで威勢のいい顔をしていた凰ちゃんではあるが、織斑さんが現れた事によって気勢を削がれた様だ。

 

 「それとな、一応職務中は織斑先生と呼べよ」

 

 「はい、織斑先生。……また後でくるからね。逃がさないわよ、一夏!」

 

 「……ほら、もう戻るがいい。二組の担任が来たぞ」

 

 「あ、はい! じゃあ、失礼します!」 

 

  そう言うと、凰ちゃんはいそいそと自分のクラスへと戻っていった。なんだかな~、これから一騒動ありそうな予感がする。

 

 「それでは、SHRを始める。今日の連絡事項は――――」

 

 まぁ、一夏君には良い刺激になりそうだ。

 

 

 

 

 

 授業中・篠ノ之箒

 

 

 

 

 

 ふむ、やつが姉さんの言っていた中華娘か……。確か、凰・鈴音と言っていたな。たった一年で中国の代表候補生にまで上り詰めた凄い女子らしいと姉さんは言っていたが、専用機を拝領している事から実力もかなりの物だろう。

 

 「――――であるからして、この場合はこの戦術パターンが適当なものとして選ばれる。しかし、次のような場合は――――」

 

 一夏のやつも知り合いに再会した……。そうだ、私と再会した時と同じような態度で接していたな。

 

 私は視線を一夏の方へ向けて、授業を必死で理解しようと奮闘している様を眺める。初日での参考書廃棄事件が尾を引いているのか、今の一夏に余裕は欠片もないようだった。寮の部屋では夜遅くまで勉強をしているし、私もそれに付き合う形で起きている。そして、その昔と変わらぬ努力する姿を見て、私は嬉しくなってしまうのだ。どんなに時が過ぎても、昔私と一緒に過ごしていた時と変わらぬままなんだなって、そう思えるから。

 

 「――――故に、この場合のオプション装備はF型となるわけだ。次に、アリーナ内での戦闘では空間に限りがあるために――――」

 

 ……しかし、この学園に入学して一夏に会えたはいいものの、着実にライバルが増えていっている気がしてならない。セシリア然り、凰・鈴音然り、他にも学園内には沢山のライバル達がいるのだろう。憂鬱だ……。

 

 思わずため息が出そうになったが、今は授業中だったことを思い出し自重する。

 

 「……篠ノ之、ここの答えは何だ?」

 

 「はい、C型オプション装備に切り替え小隊単位での一点突破です」

 

 突然の質問にもバッチリ答える私。

 

 フッ……決まった。

 

 「……質問に対する答えはいいが、考え事も程ほどにな。顔に出ているぞ」

 

 「っ! ……はい、わかりました」

 

 おぅふ、自分で格好つけていった分精神的ダメージが大きい……。

 

 もう、考え事はやめよう……。

 

 

 

 

 

 授業中・セシリア・オルコット

 

 

 

 

 

 あの方が中国国家代表候補生ですか……。噂には聞いていましたけれど、実際にお会いするまで何処か信じられませんでしたわ。たった一年と言う短い期間で代表候補生に上り詰めるなんて、並大抵の事ではありませんもの。きっと、もの凄く厳しい訓練を積まれて来たのでしょうね。

 

 「……篠ノ之、ここの答えは何だ?」

 

 「はい、C型オプション装備に切り替え小隊単位での一点突破です」

 

 そして、何よりも重要な事は一夏さんのお知り合いと言う事にありますわ。かなり近しい間柄――――そう、日本で言う幼馴染という関係ですわね。箒さんだけではなく、もう御一方いらっしゃったとは……。さすがは、一夏さんといった所でしょうか。

 

 「質問に対する答えはいいが、考え事も程ほどにな。顔に出ているぞ」

 

 「っ! ……はい、分かりました」

 

 なんでしょう? 箒さんが身悶えていらっしゃいますわ。……まぁ、いいですわ。今は関係ありませんもの。

 

 さてと、少し整理をしなければならないようですわ。

 

 一夏さんを取り巻く今の状況は決していいものではないことは明白。世界各国の政府が一夏さんの遺伝子を狙って、刺客を放ってくるのは暗黙の了解で公然な事実。現に、イギリス政府から私に打診があった。まぁ、私が殿方の事をよく思っていない事はイギリスでは有名な事ですから、政府も大して期待はしていないのでしょうけど。

 

 「――――なのである。……さて、次の内容だが。一応これまでの戦術パターンで攻略できる任務を、お前達が自分で作戦を考え発表してもらう時間とする。尚、使用機体は打鉄とラファール・リヴァイヴの二機種とする。では、任務内容のデータを転送する。各自、気合を入れて――――」

 

 そんな中、中国の国家代表候補生が現れた。先程見た限りでは中国政府の思惑は感じられませんでしたが、彼女の場合は私的な思いが前面に出ていましたわ。ならば、一夏さんの為にはこちらの陣営に引き込むのが得策のはず……。しかし、今の時点では彼女が加わる事で出来るメリットとデメリットが不明なのも事実。

 

 「……それでは、始めにオルコット。代表候補生の威厳を示してみろ」

 

 「はいですわ。今回の任務内容から考えますに、本作戦では防御型の打鉄を使用するべきと推察します。しかし、全てを打鉄だけでは装備数に心もとない事もありますので、トップをラファール、サイドを打鉄で構成する小隊がよろしいと考えます。そこで必要なオプション装備ですが――――」

 

 まぁ、そこは実際に話してみてからのお楽しみといった所でしょうね。勝負は休み時間や放課後といった所ですわね。   

 

 「――――といった作戦が適切と思われます。以上ですわ」

 

 「……ふむ、合格だ。だが、戦術はこれが正解と言うものはない。その日の天候や環境、敵の数などでいくらでも変化する。いいかお前達、オルコットがいった作戦はあくまでも一つの提案事項だ。他にもいくつかパタ-ンが存在するのを見つけ出し、授業終了までに各自の戦術データを転送するように。以上だ」

 

 フフ、どうやら役目は果たせたようですわね。代表候補生としてクラスメイトの皆さんに模範を示す、これは私に課せられた使命ですもの。

 

 「……ところで、オルコット。授業中に百面相は控えろよ。一人の女として、それはどうかと思う」

 

 「っ!? ご忠告ありがとうございますわ、織斑先生」

 

 教科書を開いたまま私にそっと耳打ちされた織斑先生は、私の肩を軽くポンと一回叩いて授業に戻る。去っていく後姿を眺めながら、私は必死に羞恥心に耐える。代表候補正の矜持やらなにやらと思っていた事が全て恥ずかしいですわ!!

 

 うぅ、もう考え事はよしましょう。これ以上は恥の上塗りですわ……。

 

 

 

 

 

 

 授業終了・休み時間

 

 

 

 

 

 

 「さっきはどうしたんだ二人とも。千冬姉になんか言われたのか?」

 

 先程の授業で見せた二人の挙動不審な行動に疑問を持った一夏は、休み時間になった時に真っ先に聞いてみた。一番前の席だった為によくは見えなかったが、ちらりと盗み見た時には既に二人は机で身悶えていた。

 

 「……フフ、先程の事は忘れてくれ」

 

 「私も箒さんと同じ意見ですわ……」

 

 ぐったりと机に突っ伏した二人はそのまま深いため息を吐く。広い教室の中、周りはいつものように騒がしい。だが、この空間だけは静かで寂れた雰囲気が漂っていた。

 

 「まぁ、二人がそう言うんならいいけど……。とりあえず飯にでも行くか? 腹も減った事だしな」

 

 「そうだな。とりあえず気分転換が必要だな、セシリア」

 

 「そうですわね、箒さん。いつまでも滅入ってないで、美味しいランチでリフレッシュですわ!」

 

 威勢よく立ち上がった三人は、そのまま一年用の食堂に向かって歩を進める。ちなみに、トウマはここにはいない。なにやら用事が出来たと言って、ミナキと共に何処かに出かけてしまった。ミナキが焦った様子で話していた為に、なにかよくない事態が起きたのだろうと三人は考えていた。

 

 そして、入学式が終わってからほぼ毎日の行事となりつつある団体での行軍をしつつ、ぞろぞろと食堂へと向かう。

 

 一夏はいつもの日替わりランチ。箒はお気に入りのきつねうどんで、セシリアは洋食ランチだった。既に入学してから一ヶ月近く、それぞれに食べる物は決まってきた様だ。

 

 「待ってたわよ、一夏!」

 

 威勢よく一夏達の前に立ちふさがったのは、話題の転入生である凰・鈴音。ツインテールを誇らしげに靡かせながら、カウンターの前で仁王立ちである。

 

 「まあ、とりあえずそこを退こうぜ。品物を頼めないし、通行の邪魔だぞ」

 

 「ふん! そんな事は分かってるわよ。だから言ったでしょ、待ってたってね! あんた達がここに着いた時に出て来たに決まってんでしょ。それぐらいの分別は弁えてるつもりよ」

 

 「「…………」」

 

 その手にラーメンを持ったまま一夏と問答を続ける鈴音。そして、無言で二人を見つめる箒とセシリア。出来のいい漫才のような掛け合いを見守る二人の心は、周りの生徒たちの心を代弁しているかのように同じだった。

 

 ((……早く退いてほしい《ですわ》))

 

 そう、お腹が減っている手前、一刻も早く退いて欲しかったのだ。

 

 「それにしても久しぶりだな。丁度丸一年ぶりの再会だな。元気にしてたか?」

 

 一夏の問いかけに小さくため息をつき、若干呆れた様な仕草で答える。

 

 「ハッ! 元気も元気、怪我病気を一つもしないで過ごしたわ。我ながらたいしたもんだと思うわよ。それよか、あんたは少しぐらい病気とかしなさいよ。いざ掛かると、軽い風邪でも免疫が無い方がしんどいわよ」

 

 「そうなのか……。物心ついたときから風邪なんて引いた事ないからな~、鈴の言うとおりいざって時はガクンとくるだろうな」

 

 「……間に受けんじゃないわよ。ホントそういう所は変わんないわね、あんたは」

 

 鈴音がおふざけで言った言葉に、いたって真面目に返す一夏。それに対して鈴音は疲れたように一夏を仰ぎ見るが、その口元はうっすらと笑みが浮かんでいた。再会した想い人が変わっていない事が少し嬉しかったのである。

 

 「あー、一夏よ。そのへんして、早く品物を受け取ってくれないだろうか」

 

 「そうですわ。後がつかえてましてよ、一夏さん」

 

 そろそろ後ろの生徒たちがイラつきだした頃に、これはいかんと二人から声が掛かる。鈴音と一夏が後ろを振り向けば、かなりの数の生徒達が行列を作って殺気を放っていた。生徒達の背後からは威容とも取れるプレッシャーが立ち上り、異様な空間が形成されつつあった。

 

 「お、おう。これは、早く退かないと命が無いな」

 

 「な、何でここまで殺気立ってんのよ~」

 

 食べ物の恨みは恐ろしい。その言葉を身をもって知った一夏と鈴音だった……。

 

 「じゃあ、定食もきた事だし、奥のテーブルに行こうぜ」

 

 「そうだな。早く席についてゆっくりと食べたい」

 

 一夏が奥のテーブル席を指し、その提案に箒が頷き賛成する。とりあえず、この場から早急に退散する事に反対意見は無かった。

 

 「お腹が空きましたわ。皆さん、早く座りましょう」

 

 「う~ん、結局迷惑かけちゃったみたいね。さっさと退散しましょうか」

 

 四人揃って奥のテーブル席に向かう。食堂には一学年の生徒達のほぼ全てが集っている為に、広い食堂は生徒達でごった返していた。

 

 「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさんは元気にしてるのか? それに、いつ代表候補生になったんだよ」

 

 「質問ばっかしないの。あんたの悪い癖よ、それ」

 

 さっそく質問攻めにする一夏に苦笑しながらたしなめる鈴音。言葉の端々から、二人が親密な関係にあることが伺えた。

 

 「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

 「ええ、私達だけ仲間はずれは寂しいですわ。よろしければ、お話を聞かせてくださいな」

 

 これ以上二人だけで話されては席を共にした意味が無くなる。そう思った二人は、思い切って二人の関係性を尋ねる事にした。もちろん、箒とセシリアはそれぞれ別の思惑があるのだが……。

 

 「わりぃ、わりぃ。一年ぶりに会ったもんだから、つい話し込んじゃったな」

 

 「そうね、ここらで自己紹介といきましょうか。私は凰・鈴音、中国国家代表候補生の一人で専用機持ちよ。一夏とは小学校五年生からの付き合いで、日本で言う所の幼馴染ってやつね」

 

 二人だけで話していた事を謝罪し、件の鈴音が自身と一夏の関係を話し出した。なんとも要点を分かっている説明で、端的でありながら大体の関係性は理解できたのであった。

 

 「ふむ。どうやら私が転校した後に、入れ違いで転校してきたようだな……。私の名は篠ノ之箒。知ってるとは思うが、篠ノ之束を姉に持つ。一夏とは小学校二年の時に仲良くなって、それから転校する四年生の時まで家族ぐるみで仲良くさせてもらっていた。……よろしくな、凰」

 

 箒は事前に姉から聞かされていた情報と照らし合わせ一人頷くと、改めて自己の一夏との関係性を話した。 

 

 「ええ、一夏からよく話は聞いていたわ。確か、篠ノ之道場って所の同門だったんでしょ? 最初の頃はよく箒、箒って一夏が話していたわよ。あと、凰て言いにくいし、鈴でいいわよ。そのかわりあたしも箒って呼ばせてもらうけどね」

 

 当時の思い出を懐かしそうに語る鈴音だが、箒もまた短くも幸せだった時を思い出していた。箒にとってはこの学園で束や一夏に再会するまでの唯一楽しいと思える時間だったのだ。

 

 フレンドリーに振舞う鈴に多少気後れしながらも、相手を知る為には近しい位置に入るしかないことも分かっている為に提案に乗らせてもらう箒。

 

 「……そうか。では、改めてよろしくな。鈴」

 

 「ええ、よろしくね。箒」

 

 しかし、それは鈴も同じ事だったようで……。両者が共に笑顔で握手を交わしているに対して、二人の間には激しい火花が散っている様だった。    

 

 「さて、次は私の番ですわね。私の名前はセシリア・オルコットと申します。イギリス国家代表候補生の一人で、イギリス貴族オルコット家の現当主を勤めておりますわ」

 

 セシリアがいつもの様に優雅に自己紹介をする中、鈴は納得したような顔で頷いている。 

 

 「ちなみに、私も専用機を賜っておりまして、ブルー・ティアーズと言いますの。一夏さんとは学園に入ってから、一組のクラス代表を賭けて戦った後仲良くさせていただいております。よろしくお願いいたしますわ、鈴さん」

 

 「……そう、イギリスの代表候補生が一組に居るって聞いてたけど、あんたの事だったのね。噂は聞いているわ。イギリスの名門貴族オルコット家、その現当主が代表候補生になって活躍してるってね。よろしくね、セシリア」

 

 セシリアが自身の耳につけている待機状態のブルー・ティアーズを見せながら、鈴音に握手を求める。一方、鈴音も事前に仕入れていた情報が正しかった事を確認し、セシリアの握手に応じる。だが、こちらも静かな火花が散っていた。

 

 (意外と情報を持っていらっしゃいますのね。あの大雑把な国にしては……、いえ、軍事的な意味合いで侮れる国ではありませんでしたわね)

 

 (ふ~ん、どうやら一夏の事を狙っているのは間違いなさそうね。でも、国家間の一夏争奪戦には関わっていなさそう。とすれば…………)

 

 二人の代表候補生の思惑がぶつかる中、鈴音は一つの答えを見出したようだ。視線を一夏の方へと向けて、ムスッとした顔で問いかける。

 

 「一夏。 あんたの天然フラグ建築士は、いまだに衰えてないようね。むしろ酷くなってんじゃない?」

 

 「……なんだよ突然。それに、天然フラグ建築士ってなんだよ。そんな職業聞いた事ないぞ?」

 

 わけが分からないと頭をひねる一夏に、他の三人から一斉にため息が漏れ出る。本人に自覚は無いようだが、惚れた者はしっかりと一夏のスキルを理解しているようだった。

 

 「ほんと、あんた達も苦労してるみたいね。……まぁいいわ、今に始まった事でもないし」

 

 鈴音の言葉に箒とセシリアが頷く。特に箒は昔の事もあってか、セシリアよりも深く頷いていた。

 

 「ところで、一夏。あんた、クラス代表になったんだってね」

 

 「おう、セシリアとの勝負には負けたんだけどな。何か色々あって俺が引き受ける事になったんだ。でも、やると決まったら精一杯努力するぜ!」

 

 「そういう所も変わってないのね……。安心したわ、これなら思いっきり戦っても良いみたいね」

 

 挑発的な笑みで自身を見る鈴音に対して、一夏は同じように好戦的な笑みで見返す。幼馴染の関係ゆえだろうか、二人ともに負けん気が元々強かった為に妙なライバル意識が二人の間にはあったのだった。

 

 「……ふん、良い顔するようになったじゃない。それでこそ、あたしのす、好き……お、幼馴染ね!」

 

 「? おう、首を洗って待ってろよな、鈴!」

 

 鈴音が言いかけた言葉に疑問が浮かぶが、特に気にする事も無く宣戦布告をする一夏。肝心な所でいつも鈍感な幼馴染に残念さが滲むが、それもいつもの事と思い直し苦笑を零す鈴音。

 

 「フフ。……さてと、そろそろお暇しようかしら。一夏、放課後に少し時間空けといてくれる。話したい事があるから。じゃあね」

 

 残っていたラーメンの汁を一気に飲み干し、お盆を片手に席を立つ鈴音。去り際にそっと一夏に耳打ちをして、三人にウインクをかまして去って行った。

 

 「ふむ、初対面では騒がしいやつだと思っていたが、なかなかどうして、思慮深い一面も持っているようだった」

 

 「ええ、そうですわね。凰・鈴音、中国の代表候補生……。油断は禁物ですわよ、一夏さん」

 

 鈴音について初見での感想を述べる二人。どちらの目にも鈴音は侮れない相手と映った様で、それぞれの立場や想いから一夏に注意を促した。

 

 「ああ、鈴の事はこの中じゃあ俺が一番よく分かっているつもりだ。あいつは負けん気が人一倍強いやつだからな、たぶんこの一年でかなり努力をしてきたんだと思う。でなきゃ、専用機持ちの代表候補生になんかなれないだろうしな」

 

 静かに拳を握り締めながら鈴音の去っていった方を向く。その瞳には、箒とは違った関係の幼馴染ゆえのライバル意識の炎が見て取れたのだった。

 

 「また壮絶な特訓の始まり、か。何処までも付き合うぞ、一夏」

 

 「ええ、我らが一組のクラス代表の為。私も微力ながら力を尽くしますわ」

 

 「……ありがとう、二人とも」

 

 箒とセシリアからの励ましに礼を言いつつ、一夏の視線は少し先の戦いへと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園・5・6時間目 第3研究室・トオミネ研究室出張所 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう、何とか落ち着いてくれましたね。お昼時なのに悪かったわね、トウマ」

 

 広い研究室内に、私はトウマと一緒に汗を滲ませながら一息ついていた。

 

 「なに、怪我が無くてよかったよ」

 

 様々な機材が足場の無いほど散らかった室内に、一機の打鉄が鎮座している。私とトウマの二人は、先程研究室の警備をしている職員から連絡を受けて、急ぎ研究室に駆けつけたのである。

 

 「……しっかし、こいつは訓練機用の制限を付けているんだろう? まさか、こんなに感情豊かな代物だとは思わなかったよ」

 

 「本当ですね。純粋な兵器でもない、しかし、ただのパワードスーツでもない不思議な存在。まさに、私達がよく知る特機の様な存在ですよ」

 

 そう、ISとはとても不思議な存在である。製作した本人をしても尚全てが解明されておらず、その核となるISコアには感情すら見て取れる不可思議な代物。私たちの世界の科学理論で言えば、マジンカイザーや真ゲッターロボといった特機の中に見られる特徴である。しかも、世界に分散している全てのコアに感情が宿っているなどと、特機にまみれたあの世界ですら見れなかった希少な存在であった。

 

 「ああ、まさか癇癪を起こして暴れるとは思わなかった。まだまだ子供なんだな、こいつは」

 

 笑いながら打鉄にそっと触れるトウマ。ある事情があって、トウマはこの打鉄に父親として認識されてしまったらしい。

 

 ちなみに母親は私。それと、もう二人……。

 

 「偶然とはいえ、一連の連鎖によって目覚めた意識なのですから幼いのは仕方ありませんよ。……とはいえ、毎回この有様では資金がすぐに無くなってしまうわね」

 

 辺りの惨状を見渡しそっとため息を吐く。元の状態に戻すのは不可能と思われる機材を見ながら、新しく買いなおさなければならない物に優先順位をつけながら算段する。あ~、これは出費がかさむわね。

 

 「なぁ、ミナキ。こいつって待機状態には出来ないのか? さすがに俺が四六時中ついている為には、四の五の言ってられないと思うんだが……」

 

 「でも、貴方には雷鳥があるじゃないの。これ以上専用機まがいの携帯は学園でも承認されないと思うわ」

 

 すでに、トウマには雷鳥という大雷鳳が変質したモノと思われる専用機がある。この世界には存在しない新たなISコアだが、公には束さんが新たに開発したコアが使用されていると説明してあるのだ。数に限りがある今のIS事情では、一人に対して二機のISを携帯させるなどは通らないだろう。

 

 「だとしても、この状況を放って置く訳にも行かないだろう? なら、特殊な状況下での実験だとでも言い含めておいて、その間に上手く成長を促すしかないと思う」

 

 ふーむ、トウマの言葉にも一理ありますね。特殊な状況下での実験ですか……。束さんに相談してみてから上に陳情してみますか。これ以外には良い案も浮かばないし……。

 

 「そうね、一応束さんと相談してみるわ。それから上に陳情する事になりそうだから、トウマにはしばらくここに通ってもらう事になるわね」

 

 「ああ、それくらいお安い御用さ。……でも、そうなると一夏君達の特訓が疎かになりそうだな。どうしたもんか……」

 

 そうでした、あの子達の面倒もトウマが見ていたんでしたね。そうなると、だれかに手伝って貰わないといけなくなりそうです。

 

 とすれば……。

 

 「それなら千冬さんに少し分担してもらいましょう。彼女なら織斑君達ともそれぞれ面識がありますし、技能面での伝達も上手くできると思いますよ」 

  

 

 「あ~、それしかない、か。じゃあ早速、夕食の時にでも話してみるか」

 

 「ええ、忘れちゃ駄目よ」

 

 右の人差し指をトウマの唇にそっと触れさせて念を押す。いまだにこういった行為は照れを感じさせるが、愛する人とこうして平和に過ごせている事を実感させてくれる大事な行為でもある。

 

 すると、トウマは私の指を唇から離し、そっとキスをしてくれた。

 

 「ん……分かってる。ある意味俺達の子供の様なものだからな、こいつは」

 

 「もう……、いきなりなんだから。でも、貴方の言うとおり、この子は他とは違う異端児な存在で私達の子供。精一杯愛情を注いで育てる為にも皆でがんばりましょうね」

 

 突然のキスに喜びを感じながら、二人で打鉄を見つめる。灰色の外装甲に包まれたその子は、私達の想いに答えるかのように淡く光を放った。 

 

 「もうすぐ自由に飛べるからね、それまで良い子にしているのよ」

 

 『…………』

 

 そして、微かに命の脈動が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園・放課後 第三アリーナ

 

 

 

 

 

 

 「ふう、今日はカノウさんが不在だからいまいち気合が入らないな……」

 

 夕焼けに包まれたアリーナに一夏のボヤキが虚しく木霊する。そろそろ使用時間が差し迫っているために、残っている生徒も指で数えられる位に減っていた。

 

 「だが、それでも敵は待ってはくれないぞ。こうしてぼやいている間にも、各クラスの代表達は着実に力を磨いているんだ」

 

 一夏のぼやきをたしなめたのは、訓練機である打鉄を装着した箒であった。本日はやっと申請が通った為に、ISを装備しての参加である。

 

 「箒さんの言うとおりでしてよ、一夏さん。二組の鈴さんを始め、四組にも代表候補生はいらっしゃいます。今は少しでも早く上達をする事が懸命ですわ」

 

 上空から箒の言葉に同調して降りてきたのはブルー・ティアーズを駆るセシリアだった。こちらも、いまいち気の乗らない一夏をたしなめている。

 

 「……でもさ~」

 

 「でもも案山子もあるか! そんな腑抜けた態度では、鈴どころか素人の私にすら勝てないぞ!」

 

 それでもやる気が感じられない一夏に、箒が挑発を仕掛ける。こうすればこの男は誘いに乗ってくる、幼馴染の経験を生かした戦術だった。

 

 「……分かったよ。そのかわり、最後まで付き合ってもらうからな!」

 

 上手くやる気を刺激する事に成功した箒は薄らと笑みを零し、打鉄の装備である日本刀型のブレードを静かに構える。

 

 「もちろんだ。お前の為に私が一肌脱ぐんだ、お前こそ途中でへばったりするなよ。……セシリア、審判を頼む」

 

 「了解いたしましたわ、箒さん。……それでは、シールドエネルギーが尽きるまで存分に戦いなさい!」

 

 箒から審判を頼まれたセシリアは少し離れた位置に移動し、自身の右手を高々と掲げた。

 

 「いくぞ、箒!!」

 

 「かかって来い、一夏!!」

 

 二人の気迫が徐々に高まっていき、相手の動きを見逃さないよう静かに見つめ合う。

 

 「始め!!」

 

 セシリアの手が勢いよく振り下ろされ、止まっていた時間が動き出すかのように二人が同時に夕焼けの空を翔る。

 

 「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 「たあぁぁぁぁぁ!!」

 

 互いの機体が高速で交差する中ぶつかり合う太刀の火花だけが、美しい夕闇の中で輝いて見えていた。  

 

 

 

 

 一時間後・第3アリーナ

 

 

 

 

 「ふう、今日はこの辺りでお終いにいたしましょう」

 

 「お、おう」

 

 アレから箒との試合を引き分け、さらにセシリアとの試合を連続で行った一夏は地面に大の字で転がっていた。ぜい、ぜいと体全体で息をしているかのように疲労で動けない一夏とは対照的に、箒は少し息を切らしながら、セシリアにいたってはけろりとして立っていた。

 

 「それ見たことか、まだまだ鍛錬が足りないから私と引き分ける結果に終わるんだぞ。怠慢などせずに、お前の目標に向かって唯ひたすらに励まねば」

 

 「…………」

 

 疲労によって返す言葉も無い一夏。肉体的にも精神的にも今は疲れていた。

 

 「ふう、仕方が無いなお前は……。ほら、肩を貸してやるから立ち上がれ」

 

 「あ、ありがとうな、箒、セシリア。目が覚めた思いだよ」

 

 箒が肩を貸しながら一夏を立ち上がらせ、若干ふらつきながらも一夏が笑顔で礼を言う。二人に散々に打ちのめされた一夏は、自身の力と思いの原点に立ち返る事が出来たのだった。

 

 「フフ、お役に立てた様でよかったですわ。それではお二方、私はこの辺で失礼いたしますわね」

 

 「ああ、今日はありがとうな。また、明日も頼む」

 

 「また明日だな、セシリア」

 

 「ええ、それではまた明日お会いしましょう」

 

 優雅な仕草で挨拶をしつつ、セシリアはピットへと戻っていく。それを見送った一夏と箒は、ふらつきながら反対側のピットへと歩を進める。ISを纏ってはいるものの、今は極度の疲労で足元がおぼつかなかい様だ。

 

 「ありがとな、箒。お前の喝は心の底まで響いたぜ」

 

 「なに、気にするな。だらけているお前の心に火をつけるのも、幼馴染たる私の役目だ。それに言っただろ、何処までも付き合うってな」

 

 その言葉に箒の方を向けば、そこには優しい顔で微笑む幼馴染がいた。その表情にドキリと胸の鼓動を早めた一夏であったが、すぐに照れ臭くなって視線を外してしまった。

 

 「…………綺麗だ」

 

 「ん? 何か言ったか、一夏」

 

 「……いや、なんでもないよ」

 

 小さな声で呟いた言葉は、箒の耳には届かなかったと感じた一夏。呟きに対して聞き返された事に苦笑してごまかした。

 

 「……そうか。では、急ぐとしよう。もうじきアリーナが閉まる時間だからな」

 

 「おう、腹減ったな」

 

 しかし、この時箒の顔を見ることが出来れば、一夏はきっと気まずくも恥ずかしい事態になる所だっただろう。

 

 「……そうだな。いつの間にか腹が空いていた」

 

 耳まで真っ赤に染まった箒の顔が、嬉しそうに微笑んでいたのだから……。

 

 

 

 

 第3アリーナ・更衣室

 

 

 

 「ではな、一夏。私は先に戻っているぞ」

 

 「おう、俺も少し休んだら行くから。先にシャワーを使ってくれてもいいからな」

 

 何とか更衣室に辿り着いた二人は、休憩が必要な一夏を残して一旦別れることになった。箒は女子専用の更衣室に向かう為に男子更衣室から出て行った。

 

 「……ふう、疲れたー! あ~、乳酸が身体に溜まっている~」

 

 箒が出て行くまで何とか姿勢を保っていた一夏ではあるが、箒が居なくなった事で疲労に身を任せてベンチに横になった。冷たいベンチの板が肌に心地よく感じられ、疲労が溜まった筋肉に染み渡る。

 

 「…………ん?」

 

 しばらくそのままの状態でボーっとしていたが、不意に自身の身体に影が差した事に気づく。

 

 「はい、お疲れ様。優しい幼馴染がタオルと飲み物持ってきたわよ」

 

 「サンキューな、鈴。丁度飲み物が欲しかった所だよ」

 

 影の正体は、タオルとスポーツドリンクを持った鈴音だった。一夏の訓練が終わるまで待っていたのである。

 

 「あ~~、生き返ったぜ……」

 

 受け取ったタオルで汗まみれの顔を拭き、これまた差し入れられた温めのスポーツドリンクでのどを潤す。訓練で疲れた身体に、普段は甘みが強いと感じるスポーツドリンクが染み渡っていった。

 

 「ふう。……覚えてたんだな、俺の好み」

 

 「たった一年で忘れやしないわよ。あんたも変わってないじゃないの、若いくせに体の事ばっか気にしてる所」

 

 「それこそ変わって堪るかよ。……って、これじゃお前が言った事と一緒だな」

 

 「フフ、そういうこと。人間すぐには変われないモンなのよ」

 

 幼馴染同士の気の合った言葉の掛け合いに、懐かしさと安心を覚える二人。一年前の別れの日までは、この光景が二人の日常だったのだ。

 

 「ところでさ、一夏。あの時の約束覚えてる?」

 

 「あの時って…………。すまん、お前とは色々約束事をしたからどれか分からん。ヒントをくれないか?」

 

 「それもそうね。あの時ってだけじゃあ、どの時だか分かんないものね。……いいわ、ヒントあげる」

 

 一夏のもっともな意見に苦笑し、人差し指を自分の唇に当てながら当時の事を思い出す。

 

 「そうね~、確か小学校の六年生くらいで夕焼けの教室だったわね~。重要ワードは私の酢豚、よ」

 

 「え~? もう少し何とかならないか? ここまで出掛かっているんだけど……」

 

 鈴音のヒントに記憶が刺激されたのか、頭をひねりながらも当時の事をあと少しで思い出しそうな雰囲気だ。

 

 「ダ~メ、これ以上は自分で思い出さなきゃ意味が無いの。ほら、がんばって思い出しなさいよ!」

 

 「う~~ん…………。あ、思い出したぞ! 確か、鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

 

 「そ、そうっ。それ!」

 

 「――おごってくれるってやつか?」

 

 一夏が思い出したことに興奮していた鈴音だが、まさかのオチに凍りつく。期待していただけにその落差は心に重く圧し掛かった。

 

 「…………はい?」

 

 「だから、鈴が料理できる様になったら、俺に飯をご馳走してくれる――――って、おい! どうしたんだよ、鈴!?」

 

 「……え? あっ……」

 

 ショックの余り固まっていた鈴を尻目に上機嫌で語りだした一夏であったが、不意に鈴の目元で光る物が輝きながら零れ落ちたのを見て慌てだす。鈴音も自身が涙を流していた事に気づいていなかったようで、焦りながら目元を必死に拭っている。

 

 「……ふっ、あれ? 止まらない? なんで? ……止まってよっ」

 

 「あっ……。鈴、もしかして約束違っていたのか? ごめんな、俺抜けてるから……」

 

 拭えば拭うほどに溢れてくる涙を必死に抑えようとする鈴音の姿に、己の記憶が見当違いであったことを知る一夏。だんだんと嗚咽が混じってきた幼馴染の姿に、一夏はかける言葉が思い浮かばなかった。

 

 「……うん、一夏って昔から抜けてたモンね。でも、やっぱり……覚えていて欲しかった」

 

 「……ごめんな、鈴。俺――」

 

 「一夏っ!」

 

 「え? ……なんだよ?」

 

 再び謝ろうとした一夏の言葉を鈴音が遮り、呆気にとられた一夏はそのまま聞き返した。

 

 「私、やっぱり悔しい。この思いが少し理不尽な事も分かっているけど、今はこの思いを収める事が出来ないの。……だから――」

 

 「…………」

 

 「――だから、この悲しみも怒りもクラス対抗戦でぶつけさせてもらうわ。…………覚悟してよね」

 

 話し終わるまでには涙も止まり、俯きながら弱々しくパンチを一夏の胸に放つ鈴音。俯いた顔を一夏は見ることが出来なかったが、悔しそうな顔で必死に泣きたい思いを堪えている事だけは感じ取れた。

 

 「……おう、存分にぶつけてくれ。俺に出来るのはそれぐらいしかないからな……」

 

 「ええ、覚悟しなさいよ。メッタメタにしてやるん、だから……」

 

 「ああ、覚悟して受け止めるぜ。……でも、もし俺が勝ったら――――」

 

 贖罪の意味を込めて鈴音の心を受け止めようとする一夏に、涙を堪えたまま無理に笑おうとする鈴音。そんな痛々しい姿の幼馴染をギュッと抱きしめながら、一夏が試合に勝った時の事を話し出す。

 

 「――お前に勝つことが出来たなら、あの時の本当の約束を教えてくれないか?」

 

 「…………分かった。もし、あたしに勝つことが出来た時は、その時は教えてあげるわ」

 

 真っ直ぐに自身を見つめてくる幼馴染の姿に、鈴音の恋心を刺激されて約束してしまった。恋する乙女の心には、一夏のひたむきで真っ直ぐな視線は効果抜群だったようだ。

 

 「言ったからには、あたしに勝って見せなさいよ。……まってるからね」

 

 「おう、有言実行が俺の性分だからな。絶対に勝って見せるさ」

 

 「ふふっ、できた例がないけどね!」

 

 「おいおい、それは言わない約束だろう? ぷっ、はは、はははははっ!」   

 

 お互いにギュッと抱き合いながら、どちらからともなく笑みがこぼれる二人。素直に笑い合う二人には、先程までの悲痛な雰囲気は微塵も無かった。

 

 「あたしと戦うまでやられんじゃないわよ!」

 

 「お前もな、鈴!」

 

 そして、威勢よく挑発し合う二人の周りには、何処までも明るい雰囲気が漂っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

 

 表題は『クラス対抗戦《リーグマッチ》日程表』という物。

 

 そして、一年生の一回戦、一組の相手は二組…………鈴音だった。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回は色々と複雑なお話でした。

 トウマの一人称から始まり、箒やセシリア、複数人称、ミナキと来て、最後は鈴と一夏の甘くも切ないお話になってしまいました。

 今話で初めてミナキの一人称を書きました。それなりに満足です。

 鈴ちゃんは、暴力描写を抜きに書いていたら、いつの間にやらもの凄いヒロインしておりました。これも満足ですね。

 何気に重要な話がぽろっと出てきましたが、これらの話はもう少し先で分かると思いますのでお楽しみにしていただけたら嬉しいです。

 では、誤字脱字・感想など、お待ちしております。

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