インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~ 作:とっぷパン
IS学園・クラス対抗戦前日 日曜日・早朝
「よし、今日も張り切っていこうか!」
「はい、トウマさん! 初めての参加ですけど、よろしくお願いしますっ!!」
「ははは、元気があって良い返事だ。怪我に気をつけて参加してくれよ、凰ちゃん」
「勿論です!」
朝日が昇り始める早朝の時間帯。いつもの様に皆に向けて気合を入れる俺は、いつものメンバーの他に新たな人物が加わった事を嬉しい気持ちで見ていた。
「……なぁ、なんで鈴がここに居るんだ?」
「……まぁ、なんだ。あいつがどうしても参加したいと言っていたからな、私からカノウさんに頼んでみたんだ。そしたら、二つ返事で了承してくれたと言うわけだ」
「そうでしたの……。まぁ、いくら他クラスとはいえ、せっかくお友達になった方が仲間外れと言うのも悲しいですから。私としては鈴さんを歓迎いたしますわ」
「皆が良いんなら俺に異論は無いけど……。一応対戦相手なんだから、イベントが終わってからでも良かったんじゃないか?」
一夏君が何やらぶつくさ言っているのを尻目に、俺と凰ちゃん、そして織斑さんの三人は早速準備運動を始める。
「おい、そこの三人。さっさと準備運動で身体の筋肉を解せ。お前達の中でやる気があるのは凰だけなのか?」
織斑さんからの凍てつく視線と鋭い言葉に、慌てて準備運動のストレッチを始める一夏君達三人。その様子に凰ちゃんと一緒に苦笑を零す。本日も織斑さんのクールな言動は御健在の様だった。
「もう、一夏ってば私に勝つ気があるのかしら? ふっ、ほっ」
「……まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな。試合になればまた違った面が顔を出すさ、っと」
「だと良いんですけどね……。なんだかんだ言って、一夏ってどこか抜けてますから」
「フフ、返す言葉が無いとは正にこの事だな」
あらま、織斑さんが言い負けるとは珍しいな。そして、話題の一夏君はもの凄く居心地が悪そうにしながらもストレッチに励んでいる。凰ちゃんと一夏君の間に何が在ったかは知らないが、雰囲気から察するに十中八九恋愛絡みなのだろう。
もてる男は辛いな、一夏君……。
「……さてと、そろそろ皆ストレッチは終わったかな?」
「「「「はい!」」」」
「私も大丈夫だ。今日のメニューはどういった物を考えているんだ、トウマ君」
「おう、今日は男女別にしてやってみようと思う。一夏君は俺と一緒に基礎の訓練で、女子の皆は織斑さんに監督してもらう事になる」
そう言いながら、俺はジャージのズボンのポケットから数枚の紙を取り出す。その紙には、昨夜俺とミナキや織斑さん達と考えたトレーニングメニューが書き記してある。これまでは体力面や格闘技術を中心に訓練をしてきたわけだが、来週に差し迫ったクラス対抗戦の為にスペシャルな特訓を用意してみた。
「これを各自見てくれ。この中に女子用のメニューと男子用のメニューが書いてあるんだが、一夏君のメニューは女子達の比じゃないから覚悟してくれ」
「「「……これはいくらなんでも」」」
「…………」
女子三人がドン引きした様に顔を青くする中、当の一夏君は石化した様に固まって白目を剥いていた。
「……カノウさん。これはマジなんですか……?」
「何を言っているんだ一夏君――」
震える声で俺に質問をしてくる一夏君。そんな彼に向かって、俺は満面の笑みで応えてみせる。
すると、一夏君は何を勘違いしたのか俺に対してホッとしたような笑みを向けてくる。
「――全部本気に決まっているじゃないか」
「っ!?……本気なんですかっ! この訓練メニューが全部っ!?」
「な~に、今の君なら大丈夫さ」
俺が笑いながら止めを刺すような言葉を言うと、一夏君はその場でガックリと膝を折って地面に突っ伏した。別にこの程度の訓練で凹まんでもいいと思うんだが……。
「ちょっと一夏、しっかりしなさいよっ! 確かにこの訓練メニューはドン引きモノだけど、あんたは私と戦うんだから一歩でもいいから前に進みなさいよね。でないと、一撃もかすらせないまま一夏の事倒しちゃうわよ!」
凰ちゃんが一喝する様に挑発してみせると、さっきまで沈んでいた一夏君がハッとした表情で凰ちゃんをみやる。
「そうだぞ、一夏。お前が相手にする人間は格上の代表候補生なんだから、例えどんなにドン引きする様な訓練でもやっておいて損は無いぞ」
凰ちゃんに続いて箒ちゃんが彼を諭すように話しかける。武道を長くやっている彼女の事だから、この訓練メニューの大事さを理解してくれたのだろう。
「お二人の言うとおりですわよ、一夏さん。私との戦いを思い出しなさいな。剣術しか使えない機体である以上、少しでも技術を進歩させる為にはどんな過酷な訓練も嬉々として受けなければ」
現役の代表候補生であるセシリアちゃんも、一夏君を優しく、そして力強く諭してくれている。彼女もイギリスの代表候補生になる為に必死に訓練を積んできた事だろうし、惚れている男の為にも頑張って励ましているのだろう。
「ほら、いつまでそうして座っているつもりだ馬鹿者。これだけの女達に励まされているんだ、もし立ち上がれなければ男が廃るぞ」
最後に織斑さんに発破を掛けられ、目に力強い光を輝かせながらスクッと立ち上がる一夏君。どうやらもう大丈夫な様だ。しかし、なんだか毎回こんな事をしている気がするのは俺だけだろうか?
「さて、時間は有限なんだ。早速訓練に取り掛かろうか、一夏君」
「はい、もう大丈夫です。こうなったらとことんまでやってやりますよ!」
「うん、いい返事だ。これなら大丈夫だろう」
そう言いながら、俺は雷鳥・改の拡張領域にしまってあったある物を取り出す。一夏君は突然出現したある物を見て、先程のやる気満々な顔を引きつらせている。
「……あの、もしかするとそれは――」
「おう。見ての通り、4tトラック系で使われるタイヤだ」
「――ですよね……。ってことは、最初の重量マラソンてこれを引きながら歩くんですか?」
ははは。一夏君、君は何を言っているんだい? マラソンて言っているのに歩く訳はなかろう。
「儚い希望を抱いている所悪いが、マラソンなんだから走るに決まっている。コースとしては島の海岸線を軽めに4分の1周として、重りとして俺がタイヤに座って乗っていく。一定の速度から落ち始めたら、この鞭でビシバシ行くからペース配分を誤らないように」
「えっ!?」
「「「「…………」」」」
「どうだい、これぞ特訓って感じのメニューだろ。本当はまだまだ距離を伸ばしたい所なんだが、時間も無いしやる事は沢山あるからな。比較的優しめにしておいたぞ」
ん? なんだか織斑さんを含めた女子達が一様に顔を引きつらせているな。これくらいだったらまだ易しい方だと思うんだが、どうやら俺もゼンガーやバラン達に毒されているらしい。もしここに居るのがゼンガー達だったら、タイヤ引きに加えて砂浜で走らされるだろうな。
「共に考えた私が言うのもなんだが、実に過酷なメニューを考え付いたものだと今になって軽く後悔しているよ。まあ、使いものになる程度には生かしておいてくれよ、トウマ君」
「フッ。いくら非常識に囲まれて鍛えてきた俺でも、常人の限界は弁えているつもりだよ。生かさず殺さず、限界まで鍛えて見せるさ」
織斑さんが苦笑しながら、後は頼むと言って女子達を連れだってマラソンに出かけていく。その様子を眺めつつも、俺と一夏君の二人も重量マラソンの準備に取り掛かる。一夏君の腰にロープを巻きつけ、その先にタイヤを巻き付けてその上にドッカリと腰を下ろす。
「じゃあ、俺達も行こうか」
「……ちくしょうーっ!! こうなったら最後までやってやるっ!!」
覚悟を決めた一夏君が勢い良く走り出す。若干泣きが入っているものの、想定していた速度よりも遅いので早速鞭の出番だ。
「遅い! 亀に抜かれるぞ! もっと早く走れ!!」
「ぐわあああぁぁ!!」
「カタツムリの方がいくらか俊敏だぞ! もっと早く!!」
「いっそ一思いに殺せーっ!? やっぱり殺さないでーっ!!」
朝日に照らされた早朝の朝に、一夏君の悲鳴と俺の怒声に合わせて鞭の音が響いていく。
「ぬうあああぁぁっ!!」
「遅い! 蟻の方がまだ早いっ!! もっと足に力を入れて走るんだっ!!」
「ひいぃぃーっ!? 走るから鞭はやめてーっ!?」
「無駄口を叩くなっ! 喋る元気があるなら足を動かせっ!!」
今までの特訓で意外と体力が付いていたのか、結局最後までこの調子で走りぬいた一夏君であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハァ、ハァ……。ゲホッ、ゲホッ……。あぁ~、なんとか走りきったぜぃ」
「おーし、重量マラソンはこれでお終いだな。よく頑張るじゃないか、一夏君」
今私の目の前では、重量マラソンと言う名の皮をかぶった拷問とも呼べる代物を無事にやり終えた一夏が地面に這い蹲っている。真っ白に燃え尽きたような印象を受けるほど疲れきった様子だが、なんとかぎこちないながらも笑顔でトウマ君に褒められている。
「……どうやら無事に帰ってきたようだな、一夏。あれをやり遂げるとは、我弟ながらたいしたもんだ」
「へ、へへへっ。……なんとか走り終えたよ、千冬姉」
「ああ。よく頑張ったな、一夏。後で何かおごってやろう」
余りにも疲れている様子なので、思わず普段では滅多に聞かせない様な優しい声で弟を労う。今更ながらに、自分の弟が背負ってしまった運命に同情してしまう。そして、それと同時に自分もこの特訓をやって見たいと言う思いが、心の底からじんわりと湧いてくるのを感じていた。
「……アンタよく耐え切ったわね。正直な所、最後まで走りきるとは微塵も思ってなかったわ」
「鈴は初参加だからな、入学以来カノウさんに鍛えられてきた一夏だからこそ成し得たんだ。私達がやったら数分で潰れてしまうのが関の山だよ」
「……でしょうね。私もこれを最後まで走りきる自信は無いわ」
一夏の様子を見ながら、鈴音と箒のやつが感心した様に話している。さしもの中国代表候補生といえども、この重量マラソンを走りきる自信は無いようだな。
「お疲れ様ですわ、一夏さん。よろしければ、お飲み物でもいかかですか?」
「サンキュー、セシリア。正直、喉がカラカラで今にも干乾びそうだったんだ……」
「フフ、一夏さんたら大げさですわね。人間そう簡単には干乾びませんわよ?」
さすがはイギリス代表候補生でありながら、オルコット家の当主でもある小娘は違うな。気遣いが幼馴染の二人より出来ている。
まぁ、こればっかりは社会経験の差だろうがな。
「さて、一休みした所で次のメニューをやってみようか」
「えっ!?」
「始めに言ったろう? 時間が無いってな」
「…………ハァ、分かりました。何としてでもやり遂げて見せます!」
フフ、本当に容赦が無いな。だが、身内には出来ない事をやってもらえるのは非常に助かる。私が引き受けるとなると、どうやっても感情や私情が入ってしまうからな。その点トウマ君にはその心配は微塵も感じられないし、先程の宣言通り限界まで鍛えてくれるだろう。勿論、彼に弟を頼んだ手前としては私も助力を惜しまんが……。
「じゃあ、一夏君。早速だが、上着を脱いでこれを両腕の上腕に装着してもらう」
「はぁ? こうですか?」
「それで次は――」
何やら雷鳥・改の拡張領域から次々と物を取り出すトウマ君。ロープに茶碗が三つ、精神力と書かれた仏壇にある線香立てと太めの線香。そして、やかんとカセットコンロに大きな瓶に努力と根性と書かれた物を二つ取り出した。これはもしかすると、根性で乗り切れ全身耐久訓練なのか?
「よし、これで準備は出来た。あとは――」
「え? ちょっ!? カノウさん、マジですか!?」
「マジだよ~。冗談でこんな事はしないよ~っと。……出来た」
「「「うわあぁ~~……」」」
一夏の余りにも辛そうな姿に、女子連中が全力で引いているのが分かる。かく言う私も、トウマ君から事前に聞いていたにも拘らず、実際に見た弟の姿にドン引きしている。
「足首を板にロープで固定して、膝の稼動も膝立ちの姿勢から伸ばせないようにロープで固定している。そして、尻の下には燃えている線香が……」
「ぐうわあぁぁぁっ! あ、足が動かせないぃぃっ!?」
身体全体をガッチリ固めて、只管にその膝立ちの姿勢を強要している
「さらに、手の指だけで掴んでいる水がたっぷり入った瓶と頭、両腿に置かれた熱湯の入った茶碗がなんとも言いがたい拷問チックな姿に変えているわ……」
「ぎいぃぃやあぁぁぁっ! 指がーっ! 指が千切れるーっ!?」
「大丈夫だ、一夏君。そう言って千切れた者はまだ居ない」
尚且つ、少しでも身体の姿勢を崩せば熱湯が身体に零れ落ちる。
「それだけでは在りません。両腕の上腕に付けられた腕輪には小さな刃が付けてありますわ。あれでは、腕を少しでも下げようものなら容赦なく刺さって、すぐに腕が上がる仕組みですわね。正に――」
「「「中世の拷問を訪仏とさせる光景だな(ね・ですわ)」」」
「あいたっ!! っ――今少し刺さりましたよっ! これでも比較的優しめなんですかっ!?」
「おう、いろんな意味で効くだろう? これぞ名付けて、根性で乗り切れ全身耐久訓練! だっ!!」
もはや先程までのやる気に満々の弟はいない。今私の目の前にいるのは、修行僧も驚嘆モノの訓練に励む一人の男だ。
うん、訓練が終わったらいつも以上に優しく接してあげようと思う。
「ほれほれ、あと少しだ。後十秒、9、8、7……」
「ふんぬぅぅぅううああぁぁぁあっ!!」
あと少しだ、頑張れ一夏。
「……4、3、2、1、終了~」
ふう、なんだか柄にもなくドキドキしてしまったな。なんとも心臓に悪い訓練だ……。
「は、早く解いてっ! 早くロープを解いてくれ~っ!!」
「私が今解いてやるからな、一夏!」
「ほら、さっさと瓶を放しなさいっ! あたしが持っててあげるから!」
「ああ! 急に動いては駄目ですわ、一夏さん。頭の上のお茶碗がまだ取れていませんの!」
小娘共に甲斐甲斐しく手助けしてもらいながら、やっとの思いで地獄の責め苦から開放された一夏。その顔には安堵の心が浮かんでいた。
「なんにせよ、たった二つのメニューをこなしただけでその様子だ。早朝訓練は時間的にも此処までといった所の様だな、トウマ君」
そろそろ一夏の体力的にも限界だと判断した私は、朝御飯を理由にして訓練の終了を進言してみる。すると、トウマ君は腕に付けている時計を見て、それもそうだなと言って訓練の終了を宣言してくれた。
「よーし、朝御飯の前にシャワーを浴びたい人はそのまま行ってくれて構わないぞ。一夏君は十分に身体をマッサージしてから着替えるようにな」
「は、はひぃ。了解、です。カノウさん~」
「はははっ。大分お疲れの様だな、一夏君。どれ、後でマッサージでもしてやろう」
「あ、ははは。是非にお願いします」
笑いながら一夏の筋肉を解す手伝いをするトウマ君。ふふふ、まるで兄弟のようだ。もし歳の離れた男兄弟がいたらのなら、きっとこういう風景が見れたのだろうな。
「では、トウマ君。私達は先にシャワーを浴びに戻らせてもらうとするよ。各自仕度が終わったら食堂で合流としよう」
「おう、俺達もさっさと食堂に向かうとするよ。特に動いてはいないけど、散々叫んだからな。もう、腹が鳴ってしょうがないんだ」
そう言ってグーグーと鳴るお腹を押さえながら苦笑する彼の姿に、世間ではクールな女で通している私の顔に自然と笑みが浮かぶのであった。
IS学園・一年寮食堂
今日も良い天気に恵まれて、爽やかな朝日が入り込む食堂にていつものメンバーで食事を取っている。今朝も、トウマ達は早朝からのトレーニングに励んでいた様で、食堂で合流した時にはほんのりと汗の香りがしました。
「トウマ。今日は何時になく織斑君がお疲れの様だけど、もしかしてあのメニューをやり始めたの?」
何時になく覇気が感じられない織斑君の様子が気になった私はこの様子に心当たりが在った為、食事中で行儀悪いのを承知でトウマに聞いてみました。
「勘が鋭いな、ミナキ」
すると、若干苦笑しながらも正解だと答えてくれました。しかも、本来なら常人では早々にリタイヤしてしまうメニューを、何と二つもこなしたと言うではありませんか。これには素直に驚きましたね。彼にはまだ早いとばかり考えていたものだから、ぎりぎりとは言え二つもこなした事が驚きでした。
「フフッ。我弟ながらたいしたものだったよ、ミナキさん。見てる方としては冷や汗ものだったけどな」
最初の頃とは人が変ったかの様な健啖家振りを見せる千冬さんが、これまた苦笑しながら訓練メニューの印象を話してくれました。どうやら世間で世界最強といわれている彼女ですら、あの訓練メニューには冷や汗が流れるのを感じるものだったと……。
「なになに? なんだか面白そうな事してるね~。束さんは朝が弱いからニャ~、参加できないのが残念極まりないぜぃ!」
「せ、先輩ですら冷や汗モノの訓練ですか~。うう~、想像するだけで寒気がしますね」
千冬さん並みの健啖家振りを見せる束さんが、訓練に参加できない事をそれほど残念そうに見えない笑顔で残念がっている。真耶さんは綺麗なお顔を青くしながら、想像からくる擬似的な寒さに震えているようです。まあ、まともな一般人ならば真耶さんの反応正しいのでしょうが、ここに居るのは非常識の集団ですからね。私も含めて、ね……。ウフフフフフ。
「ど、どうしたんだ、ミナキ。笑顔が薄ら寒いものになっているぞ」
「あらあら、私とした事が……」
私もトウマに出会う前まではそれなりに常識人を気取っていましたが、αナンバーズで過ごす内に私の常識はいとも簡単に崩されました。さらに、元は普通の一般人だったトウマがたった一年という短い期間で達人とも呼べる域に達した事で、私の中の常識と呼べるモノの割合が下がってしまいました。
「ねぇねぇ、トッチー。最近デスクワークや研究開発ばかりで、この美しい束さんのナイスバディーが鈍ってるんだ。だから、放課後の訓練に束さんを参加させてくれないかな? かな?」
「お? ついに博士も参戦かい? じゃあ、はりきって訓練メニューを組まないと。日々の運動不足は色んな所で弊害を出すからな~。美容にも健康にも、適度な運動が必要不可欠さ」
なんだか、トウマが何処かの宣伝番組の様な事を話し始めましたね。きっとまた昔のバイト先の人からの受け売りでしょう。なんだかんだ言っても、あの大戦が終わった後も復興と証したバイト活動に勤しんでいましたからね。あの時の人々とのふれ合いは、私とって一生の宝物です。
「フフ、久しぶりに試合でもしてみるか? 昔はよく二人で模擬戦をしたもんだが、あの頃より実力は落ちていないだろうな、束」
「おおう、怖い怖い……。ちーちゃんのバトルジャンキー発言に、束さんはガクブルものですよ!」
「何を言う。得物を使わない素手同士の試合では互角だったくせに……」
「ニャハハハ……。もう十年も前の事を持ち出されてもな~。逃亡生活をしていた時も適度な運動は欠かさなかったけど、本格的に鍛えた事はないから大分実力に開きがあると束さんは思うよ」
あらま、束さんがそこまで運動が出来る人だったなんて……。同じ研究者として若干羨ましい。私はあまり体力に自信が無いから、トウマとアレをする時も真っ先にへばっちゃうのは私の方だし……。私も少し運動してみようかしら……。
「ねえ、トウマ。私も一緒に参加させてくれないかしら。さっきの話じゃないけど運動不足はお肌にも悪いって言うし、私もたまには運動してみたいのよ。……駄目かしら?」
「おおっ? ついにミナキも運動の大切さに気づいてくれたか! いや~、長い道程だった。運動するくらいなら研究を優先させてくださいと言っていた、あの出会い頭の問答から早4年。俺は今感動しているっ!」
「あら、そんな事もあったわね。まぁ、トウマや千冬さん達みたいに鍛えるつもりは無いから、普通のメニューでお願いするわ」
「おう、任せとけ! 綺麗なボディーを作る為のメニューを考えておくから、三ヶ月もすれば引き締まった曲線美を手に入れられるぜっ!」
私に向けてグッと突き出された親指ポーズと満面の笑顔に、若干の苦笑を持って返す私。正直ここまで私に運動をさせたがっていたとは、今の今まで気づきませんでした。
「まぁ、まるでテレビ通販みたいな喋り口ね。ウフフフフ」
「ああ、少し演技臭かったかな?」
「「「「アハハハハッ!」」」」
それから暫く楽しい日常的な会話をしながら食事を楽しんだ私達は、一時間目の授業の準備の為にそれぞれの仕事に向かうのでした。
IS学園・放課後 第三アリーナ
さて、本日もいつもと変わりなく放課後がやって来た。いよいよ来週に迫ったクラス対抗戦に向けての最後の訓練が始まろうとしている。
「じゃあ、一夏君。対抗戦前最後の訓練を始めようか」
「はいっ! よろしくお願いします、カノウさん!」
今まで、俺から一夏君に対してISの操縦技術を教える事はしなかった。彼女の姉である織斑さんや、イギリス国家代表候補生であるセシリアちゃんがいる為に、近接格闘専門である俺の技術を仕込むのに遠慮した為である。ブレードを使うのであれば織斑さん。回避運動や射撃戦対応に関してはセシリアちゃん。さらには対戦相手として箒ちゃんがいた為、一通りの技術習得には困らなかったのだ。だが、そうやって其々の特徴を生かした訓練をもってしても、世界各国の代表候補生を倒すにはまだ足りないのである。
「よし、今日俺から君に教えるのは近接戦闘の足運びと、それをISで再現する為のイメージ方法だ」
「足運びと、イメージ方法ですか? それって、態々カノウさんに教えてもらうほどの事なんですか?」
おっと、やはり俺の思っていた通りだ。彼はIS戦闘においての移動方法をまだ掴めちゃいない様だ。これが出来ると出来ないでは、近接戦闘特化の白式の戦闘能力が大きく変わってくる。
「そうだ。君はほぼ無重力戦闘と言っていいISの戦いにおいて、無意識に地上で扱う剣道や武術の足運びを再現しようとしている。それは、無重力で戦った事の無い人間には些か難しい技術だ。特に不器用な君には、な」
俺が今までの一夏君の戦闘を観察して出した答えに、若干焦ったように苦笑してみせる一夏君。彼は以前織斑さんから指摘された様に、決して器用な方ではない。その結果、IS戦闘において移動や踏み込みに無駄な所作が入り、白式の一撃必殺の技を上手く叩き込むことが出来ないでいたのだ。これは、エネルギー消費が激しい白式にとって致命的な弱点となり、唯でさえ技術で劣っている一夏君にとって大きな課題となっている。
「君は宇宙空間での戦闘の仕方を知らないだろう? 無重力空間である宇宙では、剣道の様な足で大地を踏みしめて進む移動方法は行えない。当然、踏みしめる大地が無いからね」
「確かに。踏みしめる大地がなければ、地球上で発達した多くの武術は意味を成しませんからね」
「そうだ。今地球上で発達している武術は、そのほぼ全てが対地上用や重力下での対空戦闘になっている。無重力である宇宙空間では、実は姿勢一つ制御するのにも多くの訓練が必要になるんだ」
そう、実は無重力空間での姿勢制御は意外と難しい。なんせ、重力や引力といった物を引っ張る力が働かない為に、拳一つ上手く打ち込むことが出来ないのである。逆に蹴りなんて大きな動きをしようものなら、その場で何時までも回転するはめになるんだ。これにはコロニーの太陽光反射板ミラー拭きのバイトで、嫌になるほど思い知ったもんだ。あの時は偶々近くを通りがかったピンク髪のお姉さんに助けられて事なきを得たが、あの時誰も助けてくれる人が居なかったらと思うと今でも冷や汗が止まらない。
「宇宙服とかだったら、背中に空気を噴射して姿勢を制御する為のランドセルを背負うんだが、ISには残念ながらそういう装備は存在しない。だったら、どうすれば上手く移動して姿勢を崩す事無く攻め込めるのかなんだが……」
俺はそこで一旦言葉を切ると、自身のIS・雷鳥・改を展開して空中に浮かび上がっていく。一夏君は真剣な眼差しでこちらを食い入る様に見ている。
「これから実践して見せるから、よく見ててくれよ」
「分かりました、カノウさん!」
一夏君が元気よく返事を貸してくれた所で、俺は今回の訓練相手に通信を入れる。
「……織斑さん、準備はいいかい?」
『フッ、こちらも準備は出来ている。いつでもいいぞ』
「了解。そうれじゃあ、早速出番だ」
『楽しみだよ、トウマ君』
そう、今回の模擬戦闘訓練の相手は織斑さんである。心なしか声に嬉しそうな雰囲気が混ざっているのは、俺の耳がおかしく無い限り気のせいでは無いだろう。
「……ミナキ、織斑さんのいるピットゲートを開放してくれ。これから模擬戦闘解説を始める」
『OK、トウマ。Aピット、ゲートハッチオープン。射出進路クリア。打鉄・改、発進してください』
『了解。織斑千冬、打鉄・改。出る』
管制室にいるミナキがサポートし、織斑さんが打鉄の改造機を纏ってアリーナに飛翔する。実はこの改造機、例の意思が発現した打鉄を篠ノ之博士とミナキで改造した機体である。世間では防御型といわれている打鉄だが、織斑さんの実力に合わせるなら防御ではなく攻撃と速度に重点を置くべきであるとの事から、高機動性を有した機体に仕上げている。
古来から、防御が硬い事とは重さ《ウエイト》にあった。重さとは防御でもあり攻撃力でもある。しかし、その強者である重さに立ち向かう為に、人間は武術を編み出してきたのだ。そして、その頂点を極めようとしている織斑さんだからこそ、もはや重さは障害にはなりえないのである。そこで、織斑さんが目指したのは神速とも呼べる速さと的確な観察眼の強化であった。
「待たせたな、トウマ君。どうやらコイツも空を自由に飛びまわるのが好きな様でな。全体的に機体コンディションがとても良好だ」
織斑さんの笑顔に合わせて、原機よりさらにシャープなラインになった打鉄・改から反応が返ってくる。最近になって身振り手振りだけにとどまらず、音声信号や簡単な文字列を発進できるようになった。ちなみに愛称は「うー」である。これは暫定的なものであるが、遠くない未来に織斑さんの専用機としてフルチューンされる事になれば、正式な名が付けられると思う。
『ワタシ、ゲンキ。トブ、タノシイ!』
「おうおう、そっかそっか。うーが元気なら俺も嬉しいぞ」
『パァパ、ウレシイ? ワタシとイッショ、イッショ!』
おうふっ! こ、これが娘?を持つ親の心境か……。なんだか猛烈に撫でまわしたくなってきた。ISなんだけどな……。
「……さてと、うーの調子も良い様だし、早速模擬戦闘訓練を始めようか」
『ヤル! マァマと一緒にパァパと戦う!』
「……だそうだ、トウマ君。せっかくだ、擬似的なものでも家族として楽しもうじゃないか」
なんだか織斑さんがとても嬉しそうに微笑んでいる。だが、やる事は所詮戦闘訓練だから、家族行事としてはどうかとも思う。
『こちら管制室のミナキです。両者とも準備は出来たようなので、これより模擬戦闘訓練を開始します』
「カノウ・トウマ、いつでもいいぜ」
「同じく。織斑千冬、いけるぞ」
『では、制限時間は30分。観客席にいる織斑君に理解できるように、十分気をつけて戦闘を行ってください。……それでは、バトルスタート!』
ミナキからの試合開始宣言が成されると同時に、俺達の間に流れていた暖かい雰囲気が一気に締まった物へと変化していく。
「さて、一夏君。まずは素早い移動の仕方とそれの応用を見せるぞ。決して、イグニッション・ブーストじゃ無いからな」
『はい! ISのハイパーセンサーを使って見てます』
「よし、しっかり観察してろよ!」
一夏君にしっかり見るように言いつけた後、俺は対戦相手である織斑さんに向けて突撃していく。勿論、唯飛翔して突撃するのではない。空中でしっかりと足を踏みしめて大地を走りぬけるように翔けて行く。余りにも速い速度で駆け抜けるために、雷鳥・改の姿は残像を残すほどの速度に一瞬で到達する。
『なっ!? そんな事がっ!?』
「フッ、トウマ君。君は驚きという名の物質で出来ているんじゃないだろうなぁ!」
『パァパっ、すごい!』
一夏君の驚きの声を聞きながら、日本刀型ブレードを八相の構えと呼ばれる姿勢で迎え撃つの織斑さんに正面から飛び込む。
「せやっ!」
そして、織斑さんの間合いに入る手前でさらに加速して懐に踏み込んで右拳を打ち込む。
「むっ!? ……見えたっ!」
だが、ハイパーセンサーを駆使した織斑さんにギリギリで左下に回避されてしまった。さすが世界最強のIS使いだ。訓練の成果が着実に出て来ている。
「まだまだ、これからだぜっ!」
「こちらも行くぞ、トウマ君!」
俺達二人の気迫がアリーナに吹き荒れる。拳と刀、蹴りと剣技が幾度もぶつかり合う音が響き渡る。正面から切り掛かってきた織斑さんが、俺の間合いに入る寸前で掻き消えるように姿を消す。
「後ろっ!」
「くっ! さすがだな、トウマ君!」
消える前に僅かに見えた残像を追い、背後に差し迫った刀の一撃を後ろ回し蹴りで迎撃する。刀と雷鳥・改の足部が鍔迫り合い、激しい火花を散らしながらお互い弾かれる様に後退する。そして、僅かな時間もおかずにお互いに体勢を整えて再びぶつかり合う。
「おりゃぁああっ!!」
「せやぁぁああっ!!」
細かい足捌きと体移動で、織斑さんの切り付けを最小限の足運びで交わす。これも、本来ならば地上で進化を発揮する歩方であるが、ISのPICとIMF《イメージ・インターフェイス》を駆使して再現する事に成功している。結局の所、ISの戦闘において大事な事とは自身の肉体を鍛える事もさる事ながら。如何にイメージを上手く作り出すという事と、機体制御訓練をどれだけ修練するかで勝敗が左右されるのである。
「ふんっ!!」
事実、先程から織斑さんの動きが段々と鋭くなっている。俺の足運びや姿勢移動の方法をなどを見て理解し、自身のIS運用方法に合わせて取り込んできている。……まったく、楽しくなってきやがるぜっ!
「さすがは織斑さん! 一筋縄ではいかないかっ!」
「フフッ。私にも世界最強の肩書きがあるからな! そう簡単にはやられんさ!」
俺の蹴りと織斑さんの刀が空中で何度も切り結ぶ。お互いに決定的なダメージは与えられずに、シールドエネルギーだけが小さく、しかし着実に減っていく。
ISの戦闘で勝敗を決めるには、各機体のシールドエネルギーをゼロにする事や搭乗者を気絶させる事が一般的だ。IS白式や織斑さんの前専用機たる暮桜といったシールドエネルギーを攻撃に添加する特殊な機体を除いて、シールドエネルギーとは機体耐久力であり言ってみればRPGゲームなどでよく見られるHP《ヒット・ポイント》のような物である。また、そのシールドエネルギーの数値とは別にEN《機体エネルギー値パラメータ》という物がある。このENという物は、要するに機体を動かす為の純粋なエネルギー値である。これを消費する事によって、瞬時加速《イグニッション・ブースト》や基本的な移動、武装変換及び換装などに使われる基本的なエネルギーをまかなう訳だ。
……全部ミナキの受け売りだけどなっ!
「ぜぇぁぁああっ!」
「せぇぇええいっ!」
ガキンッという音を響かせながら、お互いの機体に蹴りと拳がめり込む。すでに織斑さんの刀は激しい攻防のさなかに砕け折れている為、お互いに素手による激戦が繰り広げられている。俺が右の蹴りを叩き込めば、織斑さんは同じく右拳を俺の身体にねじ込んでくる。シールドバリアーに守られているとはいえ、一つ一つの拳や蹴りの衝撃まで防げる訳では無いので身体を貫くような衝撃が俺達二人に襲い掛かる。
「ぐっ! ……まだまだぁっ!!」
「おっと。……そろそろ終いにしようぜ、織斑さん。これ以上の戦闘はお互いのISに掛かる負担が大きすぎる」
とりあえず、どう考えても決着が共倒れしか考えられない戦いを終了する事を提案してみる。すると、彼女も薄々同じ事を考えていたのか、一旦戦闘を中断して自身のISのダメージ状況を確認している様だ。
「む? それもそうか……。うーよ、どうだ楽しかったか?」
『マァマ、パァパと戦うの楽しかった! ……けど、もう疲れてきちゃった』
「そうか、ならば結構。私も十分に楽しめたし、一夏達の参考にもなっただろう。此処までとしようか、トウマ君」
苦笑しながらそう話す織斑さんには、完全に満足したと言う思いは浮かんでいなかった。きっと彼女の中ではまだまだ戦い足りないのだろうが、うー《打鉄・改》や雷鳥・改のダメージ状況を考えると終わりにせざるをえなかったのが本音かな?
「ヘッ……そんな顔をしなくても、また戦おうぜ織斑さん」
「…………トウマ君?」
「まだまだ時間はあるんだ。……いつか心行くまで戦おう、織斑さん」
俺の突然の提案に一瞬キョトンとした表情を浮かべた織斑さんであったが、何を提案されたのかを理解すると嬉しそうな顔で頷き。
「フフッ。……そうだな。その時は心行くまで相手をしてくれ、トウマ君」
華やかな笑顔を見せてくれたのであった。
「さてと、……こちらトウマ。管制室、応答してくれ」
『……こちら、管制室のミナキです。どうしたの、トウマ。試合時間はまだ12分も残っていますよ?』
「ああ、その事なんだが。俺も織斑さんもISが限界っぽいから、今日の所は此処までにしようって話しになったんだ。シールドエネルギー、EN共に限界だからな」
『あらあら、どうやら雷鳥・改もうーちゃんも限界みたいね。場合によってはオーバーホールも考えなくちゃ駄目かも……』
なんと、そこまでダメージが蓄積されていたか……。気づかない内にだいぶ戦いにのめり込んでいた様だな。機体ダメージも把握できていなかったとは、こりゃあ後でミナキから説教が待っているな。
……織斑さんも含めて、な。
『……分かってると思うけど、二人とも後でお話があるから、ね?』
「お、おう。了解した。な、織斑さん」
「あ、ああ。……分かった、ミナキさん」
『ウフフッ。今日は徹夜ですね、二人とも?』
ううぅ、背筋に寒気が……。ミナキが怒っている時の表情で、怒りが表に出ている時はまだいい。これがやたら笑顔で一見怒っている様に見えない時が一番怖いんだ。
『……とりあえず、二人ともピットに帰還してください。織斑君にもまだ話す事があるのでしょう?』
「了解した。これより帰還する」
「じゃあ、織斑さん。また後で、な」
「うむ。……お互い頑張って生き残れるようにしよう」
織斑さんと共に諦めの苦笑を零しながらそれぞれのピットへと戻る。勿論俺を出迎えてくれたのは一夏君と、その他大勢の生徒達の群れだった? ……どったの、この騒ぎは。
「おいおい、一夏君。どうしたんだ、この騒ぎは」
「いやいやいやいやっ! 千冬姉とあんな激戦を繰り広げたんですよ! 途中から生徒達がアリーナに集まり始めて、いつの間にかこんな騒ぎになってたんですよっ!!」
「あらま、そら~気がつかなかったぜ。何せ織斑さんとの戦いに夢中になっていたからな! あははははっ!!」
「……あはははって。もう、千冬姉と互角の勝負をした事がどれだけ凄い事か分かってませんね。……はぁ」
おっと、一夏君が失礼なことを言っているな。いくらなんだって、織斑さんと互角って言えば世界最強の操縦者みたいなもんって事位は誰でも分かるわ。
「な~に、お互い本気の勝負じゃあなかったんだ。君に技術を教える為にお互いに特殊な事は何一つやってない。技や兵装も何も無い、唯のチャンバラと素手の戦いさ。歩方は多少特殊だったがな」
「は、ははは、そう言えばそうでした……。いつの間にか二人の戦いに引き込まれて、本来の移動方観察の事をすっかり忘れてました」
おいおい、そりゃないだろ。って、人の事を言えた義理じゃないか。
「まぁ、いいさ。一応ISの戦闘記録は管制室で録画してあるんだ。後で織斑さんに頼んで見せてもらうといい」
「……はい、すみませんでした」
「誤る暇があったら練習する事だ。この移動方法を習得すれば、近接戦闘の幅が格段に広がるからな。何としてでも習得するように。……なっ!」
肝心な事を忘れてしまっていた事に肩を落として沈んでしまった一夏君に、俺はニッカリと笑って沈んでいる肩を叩いて励ます。感情の浮き沈みが激しい年頃だし、それを支えるのも大人の仕事なのだろう。出来れば少しは自立して欲しい物なんだが、な。
「カノウさん、握手してくださ~い」
「キャーッ! カノウさん、サインください!!」
「「ああ~!? あんた達だけずる~い!!」」
「いえ~い! とっち~ってば凄いぜ~! お菓子ください!」
おりょ? いつ間にやら布仏ちゃんが混ざっている。何時でも何処でも、いつも通りなのんびりとした娘だ。…………和むぜ。
「さあ、皆。すまないがシャワーに行くから通してくれ。汗だくのままじゃあ風邪引いちまう」
「あ、すみません。……ほら皆、これ以上は迷惑になっちゃうから撤収!!」
「「「了解しました!!」」」
リーダーらしき女子生徒の号令で、ピットに押しかけていた生徒達はあらかた帰っていった。残っているのは一夏君と布仏ちゃんだけだ。なんだか無駄に統率が取れている子供達だったな……。
「さて、布仏ちゃん。お菓子なら夕食後にあげるから、後でまた来てくれ」
「了解しました、とっち~隊長! うわ~い、お菓子ゲットだぜ~!」
「は、はは……。相変わらずだな、のほほんさん」
ピョンピョンと飛び跳ねながらピットを去っていく布仏ちゃん。満面の笑みを浮かべて去っていく彼女に対して、俺の顔には苦笑が張り付いている事だろう。お兄さんは君の将来が不安だよ……。
「じゃ、じゃあ、カノウさん。俺、千冬姉の所に行ってきます」
「おう。しっかりと動画を見て練習に励んでくれ。今の君なら完全習得するのに一ヶ月以上は掛かるだろうが、凰ちゃんとの試合までには何とか使える位にはなると思う」
「はい! 何とか使えるように頑張ります。それじゃあ、夕食の時にまた!」
そう言うと、一夏君もピットから駆け足で去っていった。その様子を見送った俺は、雷鳥・改の展開を解除して近くのイスに腰掛ける。戦いで傷ついた雷鳥・改もそうだが、俺の身体にも疲労が溜まっていたらしい。若干足元がふらつくのを感じる。やはり、まだ乗り始めてから日が浅い事が関係しているのか、ISを完全には乗りこなせていない様だ。思ったよりも疲労が溜まっているのがその証拠。無駄な動きが多い所為で、筋肉に疲労が溜まるのだろう。
「……まいったな。これじゃあ、まともに戦えるまでに時間が掛かりそうだ。いくらDML《ダイレクト・モーション・リンク》システムに似てるとはいえ、生身に近い状態での戦闘がこれほど負担になるとは……」
本当に疲れるぜ、これは。やはり、システムLIOH《Lead・Innovation・Organic・Harmony》をカットしている事と、いまだにファーストシフトもしていない事が原因だろうな。まったく、何時になったらファーストシフトをしてくれるのか……。
「まあ、今考えても仕方ないか……。確かこの後はミナキや篠ノ之博士に運動してもらう予定だったな。はてさて、何をやったもんか……ん?」
ミナキ達の運動メニューを考えていたその時、ISのプライベートチャンネル《秘匿回線》に連絡が入った。パネルをタッチして画面を開いてみると、そこにはミナキの文字が……。
「はいはい、こちらトウマ。どうしたんだ、ミナキ」
『トウマ、今からこっちに来れるかしら。今、束さんから連絡をもっらたんだけど……。来週のクラス対抗戦で事件が起こるかもしれないって言っていたのよ。詳しい話は管制室で話すから、大至急こっちまで来て頂戴!』
「分かった。すぐそっちに向かうよ。織斑さんには連絡を入れたのか?」
『もう連絡済よ』
一旦そこで通信を切ると、俺は汗を軽く拭きながら管制室へと急ぐ。どうやらきな臭い事が待っているようだな。
「……ハッ! やっぱり、何処の世界でも平和には過ごせないか!」
何処の世界にも外道はいるもんだ。なら、それを倒すのも俺達の仕事なんだろう。そんな事を思いながら、俺は出来る限りの速度を持って管制室へと急ぐのであった。
はい、いかがでしたでしょうか。
前話が短い分、こちらが長くなってしまいました。
トウマと千冬が模擬戦闘ながら、割と本気で戦いました。結果は、両者の機体損耗が激しく引き分け。まあ、世界最強と異世界の英傑の一人であるトウマが戦えば、個人専用に徹底的にカスタムされた物でなければこうなりますよね?
っということで、次回はいよいよクラス対抗戦です。鈴音と一夏が激しくぶつかり合う様を、これから上手く書いていければ良いなと思います。
では、誤字脱字・感想など、お待ちしております。