インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~ 作:とっぷパン
IS学園・一般医務室 PM・6:24
「うっ……ん……?」
全身に軽い筋肉痛の様な痛みを感じ、日曜の朝に起きる時の様な気だるさを引っさげて意識が覚醒する。アルコール独特のツーンとした臭いが鼻を衝き、だるい身体を起こして辺りを見回せば薄いカーテンが夕日に照らされながらはためいていた。白いシーツに簡素なパイプベッド、病院で着る様な薄い衣服の袖から覗く包帯を見て、自分が何処で寝ていたのかを察した。
「ここは……医務室、か」
未だにぼやけている意識で夕日を見ながら、今日学園に起こった事件を思い出していく。
「……確か、鈴と勝負をしていた所に邪魔が入って……それから――――」
ふと脳裏にフラッシュバックする今日のクラス対抗戦で対峙した無人のIS。漆黒のボディを真紅のマントで包み、厳しい特訓で成長したはずの自分を軽くあしらった強敵。
「――――そっか。負けたんだったな、俺…………っ!」
今までの努力を否定された様な気持ちに陥り、鈴との約束が果たせなかった事も相まって心の底から悔しさが溢れ出し、涙となって目から零れ落ちていく。
「ちくしょうぉ……っ!!」
痛いほど握り締めた拳を振り上げてベッドに叩き付けようとしたその時、悔しさに塗れた俺の拳を温かい何かが包み込んだ。
「……目が覚めたようだな、一夏」
「っ! 千冬姉…………あっ」
俺の手を包んだ温かさが千冬姉の手だと分かると、悔しさに塗れた心を包む安心感と共に、15にもなって肉親に涙を流している所を見られた羞恥心が津波の様に押し寄せてきた。
「いや、これは……その……」
「フッ。なに、私は何も見ていない。たった今ここに来たばかりだからな……」
普段は滅多に見せる事のない優しい笑みを浮かべて、悔しさと恥ずかしさと安心感でごちゃ混ぜになった俺の頭をグシグシと少し乱暴に撫でる。人撫で事に心が落ち着きを取り戻し、さっきまで混乱していた俺の心はいつの間にか穏やかな優しい風が吹き、青葉が生い茂る草原の様に凪いでいた。
「……ありがとう、千冬姉。もう大丈夫だ」
「そうか?」
俺の言葉に笑みを深めながらそっと手を離す。温かさが消えた所から小さな喪質感が生まれるが、グッと堪えて心配してくれた姉に笑顔を向ける。俺の笑みに満足したのかは分からないが、もう一度目を細めて笑った後いつもの凛とした顔に戻る。
……優しく笑った顔も似合うけど、やっぱり千冬姉にはこっちの凛とした顔の方が似合ってるな。
「さて、一夏。お前が気絶した後の事を話す為に、七面倒くさい事務処理を終わらせて来た。機密も混じっているから話せない事もあるが、お前の知りたい事を色々と答えてやろう」
そうだ、あの後どうなったかは知らないんだった……。悔しがってる場合じゃなかった。
「……じゃあ早速聞くけど、あの無人ISはどうなったんだ? 確か、気を失う前にカノウさんの声が聞こえた気がしたんだけど……?」
若干身体が痛むのを我慢して姿勢を正し、腕組みをしながら佇む千冬姉に事件のその後を質問してみる。ふむ、と一回肯いた千冬姉は、近くにあったパイプイスを引っぱってきて腰を下ろす。うん、立って話すには長い内容なんだな。
「クラス対抗戦に乱入してきた無人自立稼働IS、正式名称ジンライの事だが……」
ジンライ……。そうだった、あのISの名前はジンライ。人間では到底出来ないような動きと機動性を発揮できる無人のIS……。
「カノウ君が奴を破壊してくれた」
やっぱり、あの時の声はカノウさんだったか……。地獄の底から這い出てきた死神の様な雰囲気だったから、意識が薄れてきてた俺の耳にはいまいちカノウさんだとは認識できなかったんだよな。
「――――…………以上だ」
「それだけかよっ!?」
短かっ!? 態々イスを引っ張り出してきた意味無いじゃん……。て、言うか、そんな真剣でキリッとした顔で言う事じゃあないぞ。
「フッ……冗談――――ああ、やめろ。そんな目で私を見るな。普段は厳しい姉が出した茶目っ気ではないか……」
訳の分からない茶目っ気を披露してくれた我が姉を、猫が得物を狩る時の様な目でジッと見つめる。尚もブツブツと言い訳を呟く姉に対して思わず苦笑が零れてくるが、今は我慢して続きを聞くとしよう。
「ウオッホン! ……それでは続きを話すとしよう」
わざとらしく咳払いをして仕切りなおす千冬姉。一瞬で声がいつもの雰囲気に戻った事から、なんだかんだで俺を安心させる為の行為だったんだろう。
「カノウ君はIS・雷鳥・改を満身創痍になるまで追い詰められて、最後の最後に奴を大技で撃破した。しかし、今回の黒幕を捉える為に学園も色々と準備をしていたのだが、ジンライの量産型と思われし機体が増援で現れてな。まんまと逃げられてしまったよ……」
「ふ~ん……って、学園は今回の事件をあらかじめ知っていたのか!?」
千冬姉の話では学園は今回の事件をあらかじめ知っていた……。その上で黒幕って奴を捉えようと準備をしていたって言うのか? って、もしかして――――
「前日の束さんの作業って、今回の為にやっていた事だったのか……。なんで事前に教えてくれなかったんだよ、千冬姉」
俺の質問に千冬姉はため息交じりに答えた。
「事前に情報があったとは言え、何時仕掛けてくるのかも分からない敵を物的証拠も無いまま拘束は出来ないからな……。この学園は外的圧力に強いが、法整備などは日本の憲法をモデルに開発されている。こう言う所で日本の憲法は弱いからな、今回の事で法改正も視野に検討委員会が設置される事になった」
そうか、日本以外の国だと事前情報だけで拘束は可能な所があるらしいけど、法が日本の憲法を元に作られているなら今回の後手に回った対応もしかたがない、か。
「――それに。事前にお前達へ教えておいても、隠し通すだけの演技力は期待できなかったからな。試合にも集中できないし、何よりお前自身落ち着かないだろう?」
うっ……、確かに千冬姉の言っている事は大正解である。でも、それでもと思ってしまうのは俺だけだろうか?
「でも、あのカノウさんが満身創痍って……。やっぱりすげえ強い奴だったんだな」
「ああ。少なくとも奴は、代表候補生以上の実力を有しているISだった。恐らく、このまま成長すれば国家代表でも下手すれば敗れる可能性の方が大きいだろう」
「国家っ……!? マジでそんな奴と戦っていたのか、俺達」
結構ヤバイ相手だった……。奴の目的が試験の為の稼動実験じゃなかったら、今頃俺と鈴の二人は生きていたかどうかも分からなかった、と言う訳か。
あの時俺を射抜いた紅く光るカメラアイを思い出し、思わず体に震えが来る。寒気を伴った震えは全身に広がり、夏間近だというのに真冬に裸で外に放り出された時の様にガクガクと震えた。
「……よく憶えておけ、一夏。それがISを扱う者についてまわる恐怖だ」
「こ、これが? ISを操縦する人間についてまわる恐怖……」
「うむ。まぁ、常日頃付き纏ってくる物でもないがな」
千冬姉はそう言うと、震える俺の手を握り肩を優しく数回叩いた。するとどうだろう、さっきまでガクガクと震えていた俺の手はピタッと止まり、心臓から暖かな血液が全身に巡っていくのを感じられた。
「これは……?」
「どうだ、震えも止まっただろう?」
「ああ、うん。止まったけど……」
千冬姉のほんのりと暖かい手の平から熱とは違う何かが流れてくる気がして、思わずジッと千冬姉の顔を見てしまう。そんな俺の顔が可笑しかったのか、千冬姉は目を細めて笑みを零す。
「恐怖と言う物はな、一人で抱え込むから尚更強く感じてしまう物だ。こうやって誰かに手を握ってもらうだけで、その人から安心という熱が伝わって心が落ち着く」
握った手をそっと離して事の種明かしを説明する千冬姉。手の平から伝わってきたあの不思議な熱は安心、か……。
「もし、今のお前と同じ状況の人を見つけたならば、今度はお前がその人の手を握ってやれ」
「分かった。もし、俺でも千冬姉と同じ事ができるならやってみるよ。……まぁ、此処の生徒は俺なんかよりも強い女子の方が多いけど」
苦笑いでそう応えると、千冬姉はそうだな、といいながら同じ様に苦笑する。それから鈴の事とかこれからの予定などを一通り質問して、聞きたい事が無くなって来た頃を見計らって再び眠気が襲ってきた。この何とも言いがたい気だるさが拍車を掻け、ウトウトとしながら千冬姉の話を聞いていた。
「――――ふむ、もうこんな時間か。どうやら 少し話しすぎたようだな」
「ん……ありがとう、千冬姉」
「お前もまだ体が辛そうだし、ここいらで一旦私は引き上げるとしよう」
俺が眠気と闘っているのを見透かした様に席を立つ千冬姉。黒のタイトスカートの皺を伸ばし誰もが認める美脚を医務室のドアまで進めた時、ふと思い出した様にベッドの方まで戻ってきた。
「そういえば、最後にこれを渡しておくのを忘れていた……」
スーツの懐をゴソゴソとあさっているのを尻目に、本格的に睡魔に負けそうになっている俺の目蓋はドンドンと閉じられていく。
「――っと、あったあった。後でコイツを――――って、眠ってしまったか……」
段々と薄れていく意識の中で、千冬姉のため息と苦笑とも取れる笑みをぼんやりと薄目で見ながら、枕元にあるテーブルに何かのビンらしき物が置かれる音を聞き取る。
「よく頑張ったな、一夏……。無事でよかった……」
最後に俺の体にかけられていた毛布のずれを直してくれた千冬姉は、カツカツとヒールの低い靴音をたてながら静かに医務室から去っていった。
そこで俺の眠気も限界が訪れ、夕日で紅く染まる医務室の中で心地よい眠りにつくのであった。
IS学園・特別医務室 PM・6:43
「…………」
そろそろ夕闇が差し迫った午後6時過ぎ。私はトウマの様子を見るために、一般生徒とは別に半ば隔離されている特別医務室に立ち寄っていた。
「もう目を覚ましているかしら……?」
専用機である雷鳥・改の左腕部と右脚部を破壊してまでジンライを止める事を選んだ為、初期設定の機体での無茶が祟り一気に疲労が限界に達してしまった。
……結果、事件黒幕達を取り逃がす事になってしまった為に、事後処理が面倒くさい物ばかりになってしまい、事件が午前中に起きたのにも拘らず今の今まで事務処理に追われていた。
「……よし!」
書類整理で疲れた体に気合を入れ、特別医務室の扉に専用カードを翳す。ピッという音と共に音声認識の為の機器が扉からせり出し、さらには網膜スキャンや全身スキャンの装置が扉のドア枠部分から次々に設置されいく。
「IS学園特別機械科講師、ミナキ・トオミネ。認証番号02368293、担当科目・整備及び普通教科理科学」
私の声に反応してピピッという電子音を鳴らしながら、音声認識機器の画面に文字が羅列される。それと同時に全身の骨格を調べるスキャンが開始され、網膜をスキャンする為の機器に右目を見せる。紅い光が私の全身をくまなく照らし、網膜のスキャンが終わった所で合成機械音声が結果を告げる。
『認証開始…………完了。IS学園特別機械科講師、ミナキ・トオミネと認識しました』
「ふう、毎回これだと何だか緊張しちゃうわね」
『体温分布に異常が見られます。大分御疲れのようですね』
「あら、分かっちゃう? 結構優秀なのね」
機械に体の疲れを指摘された私は、苦笑を見せつつ開放された扉から中に入る。一般的な学校の医務室などとは比べ物にならない位の設備と、堅牢なセキュリティシステムによって守られている特別な場所。消毒薬その他の様々な薬品の匂いが混ざり合い、病院の様な独特の香りが室内を満たしていた。
「……結構広いわね、ここ」
畳30畳分の広さの室内にはしっかりとした医療用ベッドが15個ほど並んであり、それぞれに同じ規格で作られた最新式と思われる機器がベッドの隣に備え付けられいる。白いカーテンで仕切れるようになっている為、どちらかと言うと大部屋に近い印象を受ける部屋みたい。
「あ、いたいた。……って、まだ寝てるみたいね」
セキュリティ状窓が一切無い構造の室内の中ほど、様々な機器が所狭しと設置され機能しているベッドが一つ。その白いシーツがかけられたベッドの上で寝ている男が一人……。言わずもがな、トウマですね。
「あらあら、毛布を蹴り飛ばしてるし酷い寝相…………枕は何処に行ったのかしら?」
いつもの学生服から病衣に着替えさせて、軽めの毛布をかけて寝かせていたのだけれど……。いつの間にか上は肌蹴ているし、枕は右隣のベッドの枕とシンメトリカル・ドッキングしている。右手はベッドから投げ出されて宙ぶらりで、左手は毛布を掴んで抱き枕状態にして掴んで放さないみたい。
「まぁ、涎まで垂らしちゃって……。ウフフフッ、まるで大きい子供みたいね」
子供がそのまま身体だけ大きくなった様な無邪気さを感じさせる。そんなトウマの姿に、私の疲れた心が穏やかになっていくのを確かに感じた。
「……むにゃむにゃ、そ、それは……違うぞミナキ~……!? ハバネロは……飲み物じゃ……ない……!!」
「……トウマったら」
何の夢を見てるのかしら? 言ってる事からして私が夢に出てきているみたいだけれど……?
尚も寝返りをうって寝相を乱そうとするトウマに毛布を掻け、シンメトリカル・ドッキングをしていた枕を一つベッドに置いて彼の頭を乗せる。私が色々と直している時も一向に起きる気配が無い彼の額に右手を乗せ、額から頬に向かって優しく撫上げてみる。
「……んっ……?」
くすぐったそうにピクピクと眉と唇を震わせるが、徐々に心地良さそうに寝息を立て始めるトウマ。つんつんと彼の頬っぺたをつつきながら、寝ているのをいい事に少し愚痴を零そうと思う……。
「…………なんで異世界に来てまで、私達は過去に付きまとわれるのかな?」
そう、今日の事件で黒幕として教えられた人物。それは、元の世界で雷鳳を己の復讐の為だけに築き上げた私の亡き父と瓜二つの外見をもった老人だった。
ジンライという雷鳳の前身であった機体といい、人の命を欠片も考慮していない実験と無人機体の追求……。そして、極めつけはあの時、あの特別観戦席で試合を観戦していた時に浮かべていた気味の悪い笑み。あの笑みは、私が父の雷鳳開発にかかわる事を決めた時に徹夜で作業していた父が浮かべていたゾッとする様な狂気の笑み。人を、己の開発したロボットの消耗品程度にしか考えていなかったからこそ浮かべることの出来た地獄の亡者の様な感情の表れ。
「あの危険な光が宿った笑みを、私は今でも覚えているの……」
当時は意味も分からず唯々お母さんを早くに亡くした父の為に何かしてあげたい、その事だけが頭を占めていたから幻覚だと自分自身に言い聞かせ見なかった事にしていた。
でも、雷鳳が暴走したあの日。素人だったトウマが父が作った雷鳳の性能を引き出せないことにイラついていた私の心を、根底から揺るがして父の執念を理解したあの時。あの幼い日の父の狂気にまみれた目を思い出し、そして、父がどうしようもなく狂っていた事を理解した。
「でもね、貴方が居たから私は立ち直れた。貴方と出会えたから、私は父の妄執と狂気を振り切る事が出来た……」
貴方の真っ直ぐな心と信念が、塞いでしまった私の心の扉を開いてくれた。熱い信念と無限に湧き上がる闘志。強力な敵を前に道を見失う事もあったけれど、今思えばその全てが今の貴方を導く為の必要な布石だった気がする。
そして、貴方は雷鳳と一緒にあの激闘の一年間を戦い続け、三年後何の因果か別の世界で過去の遺物の様なモノと再び相対して戦う羽目になっている……。
「……心配したのよ、トウマ。三年前の決戦も、4ヶ月前のケイサル・エフェスとの再戦の時も。そして――――」
寝息を立てる彼の手をそっと掴み縋り付く様に握れば、私の心の奥底から篤い思いが滾々と湧き出る湧き水の如く徐々に溢れ出す。
「――この世界に来てからもずっと、こんなにボロボロになってまで戦って……。ISの機体パーツは替えがきくけど、貴方の身体は一つしかないのよ?」
目頭から熱いモノが込み上げ、震える声と共に私の目から零れ落ちてベッドのシーツに消えていく。
戦って戦って戦い抜いて。それでも足りないくらい戦い抜いた彼の身体は、常人ならばとっくに使い物にならない位の疲労とダメージをその体に蓄積している。
今回の事件で負った傷は、プラズマ・コンバータと
「……でも、貴方は戦うのでしょうね。そう――――」
あの戦い日々から唯一変わっていないトウマの心構え。命を脅かす敵を前に、どんな状況になってしまった時でも諦めない不屈の闘志と鋼の魂。
「――命ある、限……り……」
不安や言いたい事を吐露した所為か、事後処理の疲れが一気に睡魔となって襲ってきた。眠気に細まる目をこすりながらどうしたのもかと辺りを見渡せば、先程のドッキングしていた相方の枕が目に止まる。
「……ん……?」
眠気を堪えながら何とかその枕を掴み取ると、穏やかに寝ているトウマのベッドに枕を並べる。段々と暖かくなってきた身体をトウマの横に乗せ、汗と陽だまりの匂いがする彼の身体に自分の顔をこすり付けて目を閉じる。すると、トウマの心臓の音が耳に染み込んできて、心の底からの安心と共に堪えていた眠気が私を夢の世界へと誘って行く。
「……おやすみ、トウマ」
意識が途切れる寸前、彼の腕が私の身体を包み抱きしめてきた。心がドキッと弾むが、そんな乙女心も押し寄せる眠気には勝てなかったみたい……。
IS学園・一般医務室 PM・7:05
「ん……んう、うん?」
身体を駆け巡る筋肉痛による痛みによって、私は安穏とした眠りから目覚めた。ベッドから起き上がり辺りを見渡せば、夕闇に沈む太陽が僅かな明かりで空を照らしつつ水平線の向こうへとおさらばしようとしていた。時間帯で言えばもう午後7時近く、すでに夕食の時間帯を迎えて寮内は混雑している所だろうか。
「いっつつ~、この痛みは久方ぶりだわ……」
私は日本に居る一夏に会う為、一年というごく僅かな時間だけで中国国家代表候補生にまで上り詰めた。当然、そんな短い時間で上に行こうとすれば一般的な代表候補生よりも怪我が多くなる。特に初日などは、当時私に指導教官として現在広報部に所属している劉さんから徹底的にしごかれた。体力はもちろんの事、格闘戦や様々な中国武術を中心に仕込まれ、武器を扱う時間は打撲や骨折といった生傷が絶えなかった。
「……たしか、一夏と一緒に無人機と戦って負けちゃったんだっけ?」
まぁ、今の所医療用ナノマシンが発達している御蔭もあって単純な骨折などは数日で完治するし、切り傷や擦り傷火傷なども程度に差はあれど数時間で完全に回復する事ができる。でなければ、今頃私は一夏はおろか世間一般の人にはお見せできない様な傷だらけの身体をしていただろう。
「あぁ~、負けた事事態は納得してるけど、やっぱり悔しいな~……」
負けること事態は候補生になる過程で散々経験しているから、今更一回の敗北した事自体は苦にならない。国の面子とかを考えると、敗北というモノは決して良くは無いのだけれど……。
「あったまくるわ……っ!」
一夏との約束や今回の勝負にかけていた思いが、何の関係も無い奴に邪魔されたのが悔しくて悔しくて堪らない。自身の力の無さと、奴が本気で戦っていたら自分を含め一夏諸共無事では済まなかった事が分かり切っているのが悔しい。
「……っ、そうだ! 一夏は――――」
「お前の隣で寝ているぞ、凰」
「――――ふぇっ!? 千ふ――――」
私の独り言に声が返ってきたと思ったら、白い仕切りのカーテンがシャッと開いて千冬さんが顔を見せた。
「医務室では静かにしろ……」
「――――痛ったー!?」
と思ったら、唯一何の痛みも感じて居なかった額に思いっきりデコピンされた。今季一番の痛みと衝撃が私の額に襲い掛かり、体の痛みを忘れてベッドの上を転がりまわる。
「オ~ウ、幾らなんでも怪我人に千冬のデコピンは致命傷モノですねィ~……」
「キ、キッカ先生……っ!!」
デコピンをかましてくれた千冬さんの後ろから、我等が2組の担任であるキッカ・クレメンティ先生がにゅっと顔を覗かせる。
「……一応手加減はしたつもりなのだが、な」
そんなキッカ先生の言葉と私の痛がり様に、デコピンをした手をグッパッと握ったり開いたりして苦笑いで返す千冬さん。どうやら、アレで手加減をしたつもりらしい…………恐ろしやっ!?
「オホンッ! まぁ、その話は一先ず脇に置いてだ……。何故私達二人がここに来たか。分かっているな中国国家代表候補生、凰 鈴音」
「……えぇ、なんとなくですけど」
仕切り直しと言わんばかりに露骨に咳払いをした千冬さん。その口から出た代表候補生と言う言葉に、若干苦い思いをしながら肯定して肯いてみせる。
「さすがは代表候補生ですねィ、分かりが早くて助かりま~ス。……私達がここにきた理由は、無人機動IS・ジンライとその開発者について。それに、今回の事件の黒幕の話をする為で~ス」
千冬さんの言葉を受け取ってキッカ先生が理由を話しだす。理由は私が思っていた通り、今回の事件に関する話の様だ。
キッカ先生が近くのパイプイスを二つ持ってきて、私の寝ているベッドの左側に二つ共置いて腰を下ろす。千冬さんもキッカ先生に礼を言うと、自身もイスの上に腰を下ろした。千冬さんは黒いストッキングに包まれたカモシカの様な足を組み、キッカ先生は背もたれにぐでっと身体を預けて思いっきり背伸びをしている。
「さて、まず始めに言っておく。今回の事は――――」
「態々念を押すように言われ無くても、始めから分かってますよ。……今回の事は緘口令が布かれるんですよね。大丈夫ですよ、これでも口は堅い方ですん――――」
「――――最後まで聞け。今回の事に関しては逆の措置が取られる事になった」
「――――でぇ? か、かかかか緘口令を布かないんですか!?」
学園の決定を話す千冬さんの言葉に、思わず負抜けた声で反応する私。てっきり緘口令が布かれるものだとばかり思っていた私は、疑問で溢れかえった頭をそのままに反射的に聞き返してしまった。
「
食って掛かる勢いの私を宥めつつ、理由を話すキッカ先生。言っている事は理解できるのだけれど、それをしてしまうと学園の面子とブランドが傷ついてしまうのではなかろうか……。
「ふむ、お前の言いたい事も確かにそうだが、これは面子に拘っているべき問題ではないのでな。学園や世界各国が協同して奴らを追い詰めなければ、下手すればこちらが敗北してしまう事もありえる」
「其れほどまでに危険な奴らだったんですか……。国家代表級がいて敗北、か」
「まぁ、国家代表と言っても強さはピンきりだからな。それに、敵対するISとの相性の問題もある。一概に負けるとは言えんな……」
現段階ではある一定以上の国家代表級ならば、苦戦はするものの負ける事はそうは無いと言う事ね。実際、代表候補生の私とそれなりに実力が付いてきた一夏のコンビで戦っても、結局はいいようにあしらわれて敗北を喫してしまった。奴にダメージらしい物は与えられなかったし、私の動きやクセも戦いの中で学習して分析されている感じを受けた。
つまり、奴は機械特有の学習能力と分析力で相手を観察し理解する。そして、その分析されたデータがどんどん蓄積されていってより強力にジンライを強化していくという仕組みみたいね。なるほど、国家代表級でも負けることがあるかもしれないと言うのも納得できるわ……。
「そして、あのジンライは少なくともあと二機は存在しているみたいデスネ」
「ええっ!? 後、二機もっ!?」
「うむ、残念ながら事実だ」
そこで、キッカ先生の口からダメ押しの追撃が飛び出した。慌てて千冬さんの方に視線をやれば、これまた実に真剣な表情と視線で私の言葉を肯定する返事が返ってきた。ため息を付く千冬さんと苦笑いが隠せないキッカ先生、それに口をあんぐりと開けた私の間に沈黙が舞い降りる。
(あ、ありえないわ……、何であんなのが量産されてるのよっ!!)
私と一夏を簡単にあしらう事ができるISが、少数とはいえ量産されている事実に言い様の無い恐怖が身体を駆け巡る。恐らくは戦闘パターンも各種で換装やら何やらで様々なタイプが存在するのかもしれないし、それに使用されているISコアもきっと正規のものでは無い可能性が高い。とすればだ、世界中でISの盗難及び強奪事件が発生する可能性も検討しなければならないという事か……。
「……改めて話すとだ。お前と織斑の二人が敗北を喫した後、カノウ君が専用機で出撃してジンライと戦闘。気絶したお前らを守りながらの戦闘の末、ISの左腕部と右脚部を破壊されつつも撃墜に成功した」
「その後、特別観戦席にて黒幕の二人。学園外部理事のムルタ・アズラエルと国際IS委員会議員カオル・タカミネを拘束する筈でしたが、増援で現れた二機のジンライにより確保は叶わず……。カノウ君も先のジンライとの戦闘による負傷で特別医務室行きデス」
何と言う事だろうか。あのカノウさんがISを損傷して自身も怪我を負うなんて、少しだけ見ることが出来たあの人の強さから考えると尚更背筋に震えが来る。
「……それで、今回の学園の決定に繋がる訳ですか」
「そう言う事デスねィ……」
本当に苦虫を噛み潰した表情とはこういう顔を指すのだろう、と言わんばかりのしかめっ面で悔しそうに語るキッカ先生。普段は太陽みたいに明るい性格で向日葵の様な笑顔のキッカ先生の初めて見る顔に、少しばかりの驚きとそれほど危険な奴等が相手なんだと言う事がひしひしと伝わってきた。
「それはそうと、凰。今回はすまなかったな。お前達二人には損な役回りをさせてしまった……」
「え? いや、別に私は……」
「フフ、隠すな隠すな。織斑の奴と何か約束をしていたんだろう?」
「…………はぃ~、そうでふ」
クククッという含み笑いを零しながら、若干眉を下げつつすまなそうな顔で謝る千冬さん。何故に一夏との約束が知られているのかはさておき、何故謝罪からいきなりからかわれている展開に繋がっている状況なのだろうか。
「まぁ、その話は当人達で折り合いをつけるしかないがな。あまり拗らせてくれるなよ、鈴音」
「そうデスネ、学園生活に支障のないよう気をつけてくれると先生達も助かりますネィ!」
「りょ、了解しました……」
ああ、キッカ先生までも……。
元国家代表の先生二人から自身の恋愛事情について指摘され、穴があったら入りたい思いに駆られつつも赤面しながら返事をする。目が覚めてから色々と驚きの連続だったけれど、今の会話で一気に疲れが出てきたみたいだわ。
「……ん……む」
尚も小難しい話を続ける千冬さん達の会話も段々と眠気を誘うBGMと化し、第二回モンド・グロッソ時の国家代表達は何をしているのかという話題になった時には、私の頭はすでに大海原で波に揉まれる船の如くゆらゆらと前後に揺れていた。
「――――は確か玉の輿に乗りそこね――――って。あらあら? 鈴ちゃんも疲れが出てきたみたいですネ。チフユ、そろそろ引き上げましょうカ」
「その様だな、クレメンティ先生。……凰、我々はもう行くぞ。一夏とは後でじっくりと話し合え、いいな」
パイプイスから立ち上がって一言私のそう言い残した千冬さん達は、イスを片付け仕切りカーテーンの向こうに消えて行った。
「……はぃ……ふぁ~……んぅ」
私の気の抜けた返事が届くが早いか否か、プシュという空気が抜ける音と共に二人分の靴音が医務室から出て行く。その音を最後にしてとうとう私の気力が底を付き、柔らかな枕の上に頭がダイブをきめる。すでにクリクリッとした密かに自信を持っている目は完全に閉じられ、同年代の女子と比べても華奢な身体は疲労回復を求めて睡眠モードに移行する。
「……疲れた~」
腹部に軽くかかっている毛布を手繰り寄せ、ふかふかで手触りの良い感触によって一気に夢の世界への扉が開いた。
「……お休み、一夏……」
できれば、恋をしている少年との楽しい夢が見られますようにと思いながら、私の心は温かな想いで満たされていくのであった。
いかがでしたでしょうか。
今回はメインが一夏と鈴で、インターバルとして間にミナキさんを入れてみました。意外と怪我の少ない一夏たちに比べて、身体がボロボロの状態なトウマ。
まぁ、トウマは医療用ナノマシンによって数日後には回復していますので、特に深刻な事態ではありません。
そして、分割した次回のメインたちは…………。
それでは、誤字脱字・感想などお待ちしております。