インフィニット・ストラトス~終焉の銀河の果てに~ 作:とっぷパン
イギリス・首都ロンドン 国際IS委員会・緊急招集会議
「――――さて、今回緊急で集まってもらった理由は先程お話した通りだ。この国際IS委員会の内、その中から二名もの議員がIS学園にて騒動を引き起こしてくれた……」
豪華な装飾が施された薄暗い室内に、長広い円卓を囲んで数十人分の重たい沈黙が広がっている。司会を任されている議員は国際IS委員会の紅一点。若干赤みが強いピンク色の髪を肩口付近で切りそろえ、鋭くもエキセントリックな瞳に万人が美しいと応える美貌を備えつつ、メリハリの利いた美しい身体を紺色のスーツで彩った正に麗人と言うに相応しい美女。その女帝という雰囲気を放つ女性が、その他の男性議員を相手に明らかな嘲笑を浮かべて説明をしていた。
「これは、国際IS委員会創設以来の各国に対する影響力と面子を丸潰れにする大事である。そして――――」
手元にある調書から視線を上げ、ホログラムで投影された議員全員を見回しながら幾人かの議員達をその鋭い視線の先に捕らえる。視線の先に混じった気迫に押された議員達は、蛇に睨まれた蛙の如く完全に萎縮して視線が下に向いている者が大半であった。
「――――ここに集まっている方々の中にも、彼のムルタ・アズラエルの派閥に属して密かに手助けをしている者が存在している様だ……」
彼女が一言話すたびに彼らの体が反応を見せ、ある者は体の震えが止まらず、またある者は額から絶え間なく冷や汗が流れ落ち、またある者は茫然自失と言った様相で在りもしないモノを見つめる様にブツブツと独り言を呟きながら宙を見つめている。
「ここに集まっている皆は、仮にも国際IS委員会に選ばれし誇りある御方ばかりであると存ずるが……。当然、今回の件関係した者達の処遇は自らの手で裁くものと思っている」
女性議員の最後の言葉に決意を固めた議員がちらほらと現れる中、当然自身は悪くないと考える議員も決して少なくない数が見て取れる。そんなある種滑稽とも取れる態度でこの場にいる者達は、以前から決して良いとは言えない噂が付き纏う人物が大半を占めていた。
「よって、この場ではあえて糾弾はしない事にしようと考えるが……何か反対の意見は御在りだろうか?」
「…………異論無し」
「……同じく」
「くっ……ぬぅ。異論無しだ……っ!」
事件に関係の無い者達は比較的あっさりと同意し、後ろ暗いモノを抱えている議員達の反応は様々に分かれている。
中でも唯一沈黙を守って拒否の意を伝える者達が三人ほどいるが、別に満場一致で決める様な体裁を執っている訳でもないので多数決で処分が決まる。下された判決は言わば犯人が分かっている状態であえて情けをかけられたと言うもの。プライドが高い委員などは歯を食いしばって屈辱に耐えている者も居り、女性委員はその姿を見ながら悠然と勝利の笑みを浮かべるのであった。
「それでは、逆賊ムルタ・アズラエルとカオル・タカミネ両名は除籍の上、国際指名手配の手続きを済ませた後に各国に対処を促す。……以上でかまいませんかな?」
「「「「異議無し!!」」」」
「……多数の賛成により当議案は可決された! 以上で議会を閉幕とするっ!!」
木製小槌のタンタンッという音が会議場に鳴り響き、国際IS委員会初の身内を処断する会議は閉幕を迎えた。
――――議会終了後――――
日の光が歴史あるロンドンの街並みを照らし、人が通る路地には活気が溢れて様々な人間の日常が複雑に織り成されている。元気に走り回る子供達が公園で遊び、活力溢れる大人達は商売や仕事に励んで忙しく過ごしている。
「…………ふう」
そんな街並みを豪邸の窓辺から見下ろす一人の女性。ティーカップに注がれた香り豊かな紅茶を片手に、疲れた表情を隠す事無く深いため息を吐く。肩口で切り揃えられたピンク色の髪が風に揺られてふんわりと舞い、崩れた髪を直そうと手櫛で軽く髪を掻き揚げる動作が何とも言えず美しく、イギリスの豪邸ならではの荘厳な建物と相まって誰もが認める美麗な絵画の様な風景がそこにあった。
「……おお、主様。先程の会議、大変御立派でございました」
「ふむ、セロか……」
そんな彼女に声をかける初老の執事。振り返ることも無く女性の口から紡がれた名前はセロ。親と子位歳の離れた彼女を生涯唯一の主と認め、女王陛下直属の執事の職を辞してまで彼女を守らんとする豪傑である。
「……これで幾らかは篠ノ之の奴に貸しを作る事が出来たし、アズラエル派の勢力を削る事にも成功した。だが……」
「はい、彼奴等の勢力は議会から追放となりはしましたが、外の勢力は未だに健在……。さらには肝心のムルタ・アズラエルとカオル・タカミネも健在とくれば――――」
「収支としてはトントンと言った所か……。実に口惜しい結果になったものだよ」
主の言葉にその様ですな、と一言返し、忌々しいと言わんばかりの表情で空を睨みつける主をそっと見守る。澄み渡った青空に浮かぶ白い雲の間を抜ける様に鳥が駆け抜け、遠くの方からウエストミンスターの鐘がロンドンに昼時を告げる音を鳴らしている。
「まあ、今更後悔をしても何が出来るでもない。……それに、篠ノ之の奴から受け取った情報もまだ見ていない事だし、昼食のついでに報告してもらおうか」
「仰せのままに……」
主からの命令に一礼したセロは、白手袋に包まれた右手の指を一回だけパチンと鳴らす。すると、主から見て正面の扉が音も無く開き、彼女が食する為の料理を積んだ専用の食卓ワゴンを一人の若いメイドが押して現れた。
「…………」
そろそろと見事な足運びで料理を運ぶメイド。髪は主人よりも大分淡い桜色で、肩甲骨の下辺りまで伸ばした髪を後ろに流し、両耳の後ろから一房づつ前にゆるりと垂らしている。紺色のメイド服にはスタンダードモデルから大胆に改造が施されており、ひし形にざっくりと開いた胸元からは褐色の肌が覗き、シンプルなロザリオのネックレスが一つだけ飾られている。
「本日の昼食は厚切りベーコンとレタスとトマトのサンドイッチ。サーモンのムニエル、マッシュポテトのサラダとコンソメスープとなっております」
殆ど音を立てずに食器を並べるメイド。容姿から察するに歳はまだ十代前半と言った所で、身長や身体つきからまだまだ成熟していない少女特有の儚さが感じられる。
「ふむ、ご苦労」
「はい……」
「……ああ、そうだ。イリア、お前もここに残れ」
準備が完了したので一礼して下がろうと反転してロングスカートに包まれた足を動かそうとした時、主から自身の名を呼ばれすぐに足を止めて振り返る。その幼さが残る顔には、主に対する疑問は欠片たりとも浮かんではいなかった。
「さて、では早速聞かせてもらおうか。イリア、今日一番のフレッシュジュースを持て」
「「畏まりました、主様」」
主の命に一礼して二人はそれぞれの仕事に入る。セロは懐から一通の封筒を取り出して封を切り、イリアは食卓ワゴンのボトルホルダーから一本のボトルを取り出す。封を切られた中から数枚の用紙が姿を見せ、主の前には静かにコースターとグラスを設置される。
「ウオッホン! では、僭越ながら私めから内容を報告させていただきます」
「うむ、聞かせよ」
「…………」
セロが一つ咳払いをして語り出すのを尻目に、キュポンという小気味の良い音と共にイリアによってボトルのコルク栓が抜かれる。トクトクッという音に合わせてグラスの中に
「では、彼の男性操縦者についてですが、名前はカノウ・トウマ。容姿は典型的な日本成人男性で、年齢は23歳。名前に漢字表記は無いようでして、住所は東京都・台東区浅草となっております」
セロの口から浅草という日本の名所が出た時、主である彼女の肩が一瞬ぴくっと震える。
「ふむ、こちらで裏付けは取れているのか」
「はい、一応は住所・氏名共に戸籍情報は東京都に記録されておりました」
「……一応は、か?」
優美な動作でドリンクを一口飲み、芳醇な香りが口から鼻に抜ける瞬間を楽しむ彼女。
そして、幾分かの沈黙の後彼女の切れ長の瞳に強い意志の光が宿った。
「では、こちらの諜報部員からの連絡との相違点を聞かせよ」
「畏まりました。では、まず浅草周辺の住人に聞き取り調査を実施いたしました所、付近に住む者達はトウマ・カノウという人物に身に覚えなきという答えが多数でした」
「多数、か……」
「はい、少数ではありますが知っていると証言した者もおります。しかしながら、これらは篠ノ之博士による一計にあると存じますれば」
手元の皿からサンドイッチを一つ摘み口に運ぶ。柔らかな白いパンを大した力も入れずにかみ切れば、レタスのシャキッとした歯ごたえが伝わる。そのまま噛み進めるとフレッシュなトマトが顔を見せ、さらに噛み進むと香ばしく焼けたベーコンが姿を見せた。
小さな口で一口分だけ噛み千切り、軽食の部類であるサンドイッチとしては手の込んだ素材を使っている一品をゆっくり咀嚼する。噛み締める度にベーコンの旨みと脂身が溢れ出し、それを新鮮なレタスの水分がサッと洗い流す。最後にトマトの甘味が口に広がり、お腹に納まる満足感とともに次のサンドイッチに手を伸ばしていた。
「ふむ。然ればカノウ・トウマとは、やはり……」
「はい。恐らくは主様や私、それにイリヤと同じ様な境遇と思われます」
「…………」
セロの言葉にを肯定する様に頷くイリア。どうやら彼女も含め、この場にいる三名には何某かの共通点があるらしい。さらには、件のカノウ・トウマにも同じ様な違和感を感じている様子だ。
「やはり、直接確かめねばどうも測りかねぬな…………セロ」
「はい」
「これより早々にスケジュールの調整をせよ。それに加え、IS学園にも手配を頼むぞ」
「畏まりました。では、先方の財閥の方々には全てお断り申し上げておきます。勿論、財閥の御子息方とのお見合いの件に関しましても私めから……」
セロの言葉にニヤリと笑みを浮かべ、鷹揚に頷いていせる主。どうやら、国際IS委員会議員相手に大立ち回りを演じて見せた女傑も、自身の色恋沙汰に関しては色々と
「ああ、それとイリア」
「はい……」
「お前も学園に連れて行くぞ」
「……分かりまし――――ええっ!? わ、私もですか?」
ドリンクで口を湿らせた直後、主の口からイリアにとって重要な事がさらりと告げられた。メイドとして身に着けた美しい所作の途中でその事に気付いたイリア。今までの寡黙な雰囲気から一転して、驚きを顔に出して主に詰め寄る。
「な、何で私がIS学園なんて所に行かなければならないのです? 年も学園の入学年齢基準には達しておりませんし……。何より、私はISなんて使えませんよ!?」
「まあ、落ち着けイリア」
蟹股で主に詰めかけ、両手で頭をガシガシと掻き毟りながら講義する。そんな従者の姿に苦笑しつつも、片手で制しながら事の次第を説明しようと右手に持ったグラスを置くのだった。
「フフ、別にお前を学園に入学させようとは端から考えてなどいない。お前は私の従者であり、女王陛下をお守りするジェントルマン・アット・アームスの一人だったセロに鍛えられた優秀なガーディアンでもある」
「…………」
「残念ながら、いかに私の右腕とは言えセロを連れて行く訳にも往くまいからな。今回はお前が適任というわけだ」
「…………はぁ、分かりました。そもそも主の命とあれば是非もありません。喜んでお供させていただきます、我が主」
諦めたのか、納得したのか。暫しの沈黙の後に一礼して見せるイリア。その姿を満足そうに見つめるセロは、孫が成長する姿を楽しむ好々爺様に朗らかな笑みを浮かべるのであった。
「うむ。ではセロ、イリア。これから忙しくなるぞ、気を引き締めてかかれ!」
「「畏まりました!」」
主である女性が力強く宣言する。それに呼応してセロとイリアは最敬礼をもって応え、ここに新たな物語の分岐点が生まれた。
そしてそれは、遠く離れたトウマ達の物語と少しづつ交わろうとしていた……。
アメリカ・デトロイト市 地図には載らない場所・????
「では皆さん、明日から早々にこの場所を放棄します。運び出せる物は塵一つ残こさないで下さい」
「「「了解いたしました、御当主様」」」
「フフ。さあ、お引越しの開始です」
アメリカの大工業都市デトロイト。人類の歴史にISが登場するまではアメリカの自動車産業の拠点であったその場所に、政府の地図にも記載されていない秘密の拠点が存在した。あたり一帯は近代的な工場が多数居を構え、ISがその名を世界に轟かせてからは主にISの武装や機体部品、装甲加工整形の技巧開発研究を主軸とした企業が軒を連ねている。
しかし、古い廃工場の地下深くにはある組織の巨大な地下プラントが建設されていた。
その組織の名はブルーコスモス。数日前にIS学園にて騒動を起こしたムルタ・アズラエル率いる謎の秘密結社である。
「……さて、私は次の部屋の指示に行きますから。ここは任せましたよ、オルガ、クロト、シャニ」
作業員に指示を与えるのは組織の盟主であるムルタ・アズラエル。その傍らには三人の年若い青年達が控えていた。オルガ、クロト、シャニと呼ばれた三人は、トウマの居た世界でアズラエルと共に宇宙に散ったブーステッドマンであった。
「分かったぜ、雇い主さんよ。こっちは俺達で監督してっからよ、報酬は新刊の小説でいいぜ」
「俺は新しいゲーム機と、新作のシューティングゲームのソフトがいいな」
「……僕は音楽プレイヤーがいい、新しいやつ」
だが、彼らの様子には大きく差異があった。かつての激情っぷりは消え失せ、年相応の感情を見せていのだ。もし、この場にトウマとミナキの二人がいたのならば、彼らの変貌ぶりに驚愕した事であろう。なんせ、比較的会話が成立したオルガはともかくとして、後の二人はほとんど会話が成立しないほどに人格障害が出ていたのだから。
「ちゃんと仕事を熟してくれれば幾らでも……。では、後ほど上で」
「了解。ちゃんと仕事を熟して見せますよ」
リーダー役はオルガが務めているようで、雇い主のアズラエルとも良好な関係のようである。他の二人は我関せずとばかりに自由な振る舞いをしているが、一応任された仕事には自覚がある模様だ。
空気の噴き出す音共に自動で開く扉。それを潜り廊下へと出ると、アズラエルは次の部屋へと向かっていく。しばらく進むと研究室らしき施設が見え始め、ガラス越しの空間には所狭しと機材やら未完成のISパーツが保管されていた。研究室の前には台車や運び出す荷物が並び、辛うじて運び出す空間があるだけで通路の大半が塞がっていた。
「ご苦労様ですね、皆さん。この調子でドンドン運び出してくださいよ」
「はっ! 心得ております、当主様」
「ここにある物は次の拠点でも使えますので、できるだけ仕分けして積み込んでくださいね」
「はい、万事お任せ下さい」
どうやらこの部屋には彼らの資材となる備品が多く保管してある様子だ。IS専用小型ミサイルの設計図やら、IS専用新型マニュピレーターの開発計画などの書類を黒服の作業員たちがせっせと片付けている。 一つ頷いて満足げな笑みを浮かべながらその部屋を後にするアズラエル。
「さて、次の部屋は……っと」
さらに通路を進んだその先に、特別厳重に管理されているであろう扉と部屋が姿を見せた。
「…………」
『センサー感知、確認。声紋、指紋、網膜スキャンを開始いたします。こちらへどうぞ』
「毎度の事ですが、こういう物は些か面倒ですね~」
扉の上部のスピーカーから機械音声が流れ、扉枠自体が変形して床のタイルもスライドしスキャン装置が迫り出してくる。レーザー光線が全身をくまなく調べ上げて情報を即座に解析していく。指紋認証、声紋認証と続き、最後に網膜解析を済ませて扉が元に戻った。
『…………スキャン終了。ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエル様と確認いたしました。体温分布良好、ご機嫌も良い様ですね』
「ええ、いたって良好ですよ」
『お通り下さい』
ピンポーンという音とアナウンスの後、厳重にロックされた扉の鍵が次々に開錠されてパズルのピースを解く様に扉が崩れていく。ISというオーバーテクノロジーがあるとは言え、明らかにこの世界の物とは異質なシステムで開発されたであろう事が伺える扉が開かれる。
そこには、地下へと降りる階段が螺旋状に設置されている巨大な円筒状の空間が広がっていた。下を見ても
「…………」
カツン、カツン、というアズラエルが鉄板を踏み歩く音が空間に響き渡り、徐々に暗闇の底へと降りていく。彼が通るたびに階段上部に取り付けられた照明装置が点灯し、闇包まれているこの空間をほんのりと照らしていった。
十数メートル程階段を降りると、その中ほどに作業用エレベーターが姿を現した。階段はそのまま下へと続いているが、アズラエルはエレベーターの前に立つと扉の横にあるボタンを押し乗り込んだ。操作パネルにはずらっとボタンが並んでおり、彼はその最下層を示すボタンの一つ上を押していた。
「……全く、ここに来るたびに緊張しますね」
誰にともなく呟く彼の額からは汗が滲み出ていた。緊張からくるのか、エレベーターが下に行くにつれてそわそわとしだし、ネクタイを緩めたりハンカチで汗を拭ったりと落ち着かない様子を見せ始めた。エレベーターの明かりが空間を薄く照らすのをじっと眺めながら下に着くのを待つアズラエル。そこには先程上の階で見せていた彼の余裕は全く感じられなかった。
????・????
程なくして目的地の階に到着した事を知らせるベルが鳴り、特殊な合金で作られたエレベーターの扉が開かれた。開かれた扉の先には三人は並んで通れる通路があり、さらにその先にはまた厳重な警備装置に守られた扉が存在を主張している。
アズラエルは足早に通路を進むと扉の前に立ち、上階と同じ様に認証システムの検査を受けて扉の先に足を踏み入れた。
「タカミネ博士、引っ越しの準備は進んでおりますか?」
「ああ、お主か……。大分進んでおるよ」
そこにいたのは、先日のIS学園で騒動を起こした片割れのカオル・タカミネだった。巨大な部屋の壁一面に備え付けられているモニターとコンソールの前に立ち、資料を片手に冷めたコーヒーを啜っている。相も変わらず人相の悪い顔に剣呑な光を灯した目で資料を睨みつけていた。
「……
そして、書類に視線をやったまま背後のモニター画面を指さすタカミネ博士。そこには、先程アズラエルが降りてきた空間の底が映し出されていた。
その中央には巨大な物体が安置されており、大きさにして数十メートルは優に超えている物がシートに包まれてワイヤーで縛り付けてあるのが確認できる。その物体をモニター越しに睨みつけるアズラエルは、やはり何処か怯えている様子が垣間見えた。
「……やはり、いつ見ても体の芯から震えがくる代物ですね~」
「だろうな。私も初めて見た時は恐れしか湧いてこなかったよ、こいつには……」
「フフ、博士もですか……」
「ああ。最も、今は好奇心と知識欲が勝っておるがね」
震える手を見ながら話すアズラエルをちらりと見つつ、視線を手元の資料から背後のモニター画面へと移すタカミネ博士。その顔には研究者によく見られる不敵な笑みが浮かんでいた。
「好奇心、ですか……。とてもじゃないが、私は
「お主はそれで良い。為政者があんなものに興味を持つようでは、それこそこの世の終わりが近いと断言するようなものだ」
「為政者ですか……。その様な者になったつもりは無いのですがね~」
政治家になったつもりは無いと含み笑いを零すアズラエル。そんな彼に、違いないと肯定しながら笑い飛ばすタカミネ博士。気が合うのか、似た者同士なのかは定かではないが、彼らには一種の連帯感が生まれつつある様だった。
「では、博士。あの怪物の事はお任せいたしますが、くれぐれも丁重に運び出してください。何かの拍子で動きだされでもしたら事ですからね」
「分かっておる。こいつが動き出したとなれば、今の我々では防ぐ手立てが無いからな。早く次の拠点に移り、こいつの対抗策を考え出さなければ……。今のジンライでは歯が立たん」
笑みを浮かべていた顔から一転、苦々しい顔つきに変わる二人はモニターを見つめる。暗闇に浮かび上がる巨大な物体はピクリとも動くことはない。
しかし、その巨躯からは圧倒的な存在感と共に言い知れない不安と恐怖を掻き立てる何かが出ている、そんな気がしてならない二人であった。
フランス・首都 パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港
「シャルル・デュノア様、空港に到着いたしました」
「……分かった。ここまででいいよ、後は僕達だけで行きますから」
「……了解いたしました。御武運を」
フランスの首都パリ。国際線が発着する国内最大の空港シャルル・ド・ゴール空港の前に、今一台のリムジンが止まった。リムジンの中から姿を見せたのは金髪の少年が一人。そして、その両脇を挟むように銀髪の執事とメイドと思われる成年男女が二人、大きな荷物を抱えながら付き添っていた。
シャルルと呼ばれた少年は運転手に帰還を促すと、黒塗りのリムジンは滑るように空港の出口へと走り出す。その後姿を車体が見えなくなるまで見送る少年の目には、どこかもの悲しさが伺える光が宿っていた。
「……さ、シャルル様。飛行機に乗り遅れてしまいますので、そろそろ参りましょう」
「…………うん」
執事の男性に促されて、後ろ髪を引かれる思いを振り切るように前を向くシャルル。眉が若干八の字に下がっている事から、まだまだ迷いや不安を振り切れている訳では無い様である。
「シャルル様。日本行の便は第二ターミナルから発着しています。ここは第一ターミナルですので、目的の便に乗るにはシャトルに乗って第二ターミナルE2まで向かわなければなりません」
「……荷物は我々がお持ちいたしますので、余裕をもって参りましょう」
執事が地図を見ながら目的地を確認し、片手で荷物を抱えたメイドは優しく少年の肩に手をのせて励ます。肩に置かれた手にそっと自身の手を重ねるシャルル。俯いている彼の顔は伺えないが、小刻みに震えている肩からふっと力が抜けた事からようやく吹っ切れた様だ。
「うん、もう大丈夫。さ、早くシャトルに乗らないとね!」
「はい、シャルル様」
大きな荷物を軽々と抱える執事を先頭に、シャルルを間にメイドが後ろをついて行くのであった。
~ 一時間後 ~
「ふう……。何とか出発の手続きに間に合いましたね、シャルル様」
「うん。まさかシャトルの駅を間違っちゃうとは思ってなかったけどね」
「うぐっ!? そ、それは……」
E2ターミナル内のラウンジにて寛ぐ三人。少し息を切らせながらもなんとか受付に間に合った彼らは、搭乗までの少ない時間で会話を楽しんでいた。銀髪の執事はラウンジのウエイトレスに変わり給仕をしている。
何故かと言えば、これは先程の会話での内容が全てである。
地図と睨めっこしながら空港内を散々迷った三人は、本来乗るべきシャトルとは別の車両に乗ってしまい、アフリカ行の便が出るターミナルに着いてしまったのである。その迷子の主犯格は銀髪の執事であり、シャルルやメイドが間違いを訂正する暇もなく迷子になってしまった事から罰を受けていたのである。
「ふふ、最後の最後で二人とのいい思い出が出来たから許してあげるよ」
カフェオレを飲みながら笑顔で許しを与えるシャルル。そんな彼の言葉に侍従二人の顔が若干悲痛そうに歪むが、瞬きする間に戻った為にカフェオレを飲むシャルルに気付かれる事は無かった。
「……シャルル様。これから向かうIS学園では、様々な体験が貴方様を待っている事と思われます。ですが、決して最後まで諦めてはなりません。さすれば、シャルル様の力になってくれる人も現れるでしょう」
「…………」
笑顔だが悲痛な彼の言葉に対して、諭すように言葉をかけるメイド。そんな彼女の言葉をカフェオレを飲みつつ黙して聞く。目を瞑っているのでシャルルの感情は読み取れないが、カップを持つ手が若干震えているのから察するに何かを堪えている様子が伺える。
「シャルル様、この世の中は決して貴方様の敵だけで構成されている訳ではありません。この国では出来ない事も、どこの国も属さないあの場所なら――――」
「無理だよ」
「――シャルル様……」
ふにゃっとした力の無い笑みを浮かべ、たった一言の全てを諦めたかのような言葉でメイドの意見を否定するシャルル。その何処までも自分を俯瞰的に、そして自身をまるで他人の様に話す様子からは、歳相応のはつらつとした若さが微塵も感じられなかった。
そんな疲れ切った老人の様な気配さえ滲む彼の姿に、今度ははっきりとその顔を悲しそうに歪ませる従者二人。今回の件を知っている数少ない人間であるが為に、この小さな少年に何もしてあげられない事が二人には歯がゆくてならなかった。
「……僕には、僕には運が無かったんだよ。だから――――」
「シャルル様!」
「な、なに?」
尚も自信を卑下するシャルルに鋭い声が突き刺さる。座して少年を怯えさせる威圧を放つのは銀髪のメイド、そしてテーブルの横に立つ銀髪の執事も言葉に言い表せぬ怒気を発していた。
周りの体感温度がまとめて氷点下にでも落ち込んだかのように肌寒くなり、空港内で二人の従者を中心に冷たい風が吹き始める。周りで寛いでいた旅行客やビジネスマン達は、急に吹き始めた風と冷気に恐怖を覚えつつ震えるしかなかった。
「……今の言い様には断固反対致します」
「同じく。この身で使える主様の御子息様なれど、その腐った諦めの御心には断固として意見させていただきます」
底冷えする声色で、少年に挑発とも取れる物言いを浴びせる従者達。その言葉を浴びせられたシャルルは、先程までの恐怖は消え去り茫然とした様子で二人を見入っていた。
「――なっ!? く、くく腐った!?」
そして、その言葉の意味を脳が理解すると同時に先程までの諦観は何処に行ったのか、年相応の怒りと自身に良く使えてくれている従者達の初めて見る態度に対する驚きを露わに立ち上がる。
「そうです。確かに貴方様の出自は世間一般的には褒められたものではないとは言え、その初めから何もかも諦めている態度には怒りを通り越して呆れすらこの心に浮かんでまいります」
「御母上が亡くなられ、デュノア社長に御身を引き取られてからの生活にもご苦労なされた事も存じ上げている我らであっても、今回ばかりは抗議せねばなりません」
絶対零度。恐らくは人類の殆どが体験したことが無いであろう寒さを、この二人は周りの人たちとシャルルに幻覚させながら話し続ける。立ち上がった勢いもそのままに、詰め寄ろうとするシャルルも二人の剣幕に気おされて再び席に座る事しか出来なかった。
「今までのご苦労はこの身が痛いほど存じております。なれば、会社の意向が通じぬ学園にて必死になって足掻いて下さいませ」
「残念ながら我らも
「……社、長? それって――――」
『アテンションプリーズ。本日はシャルル・ド・ゴール国際空港をご利用を頂き誠に有り難うございます。日本行――――』
シャルルが従者達の言葉に出てきた社長について聞こうとしたその時、運悪く彼の旅立ちを告げるアナウンスが流れた。放送を聞いた三人はそれぞれの思いに蓋をして立ち上がり、アナウンスに従って出発ゲートまで歩き出す。
何を話すことも無く、唯黙々と通路を進む三人であったが、シャルルは先程の言葉の意味を聞こうとチラチラと前を行く二人を見やる。荷物の載ったカートを押しながら前を進む二人はシャルルの視線に気づいてはいたが、あえて何も語ろうとはせずに歩を進めるのであった。
「……シャルル様。我々はここでお別れです」
「…………うん」
「どうかお気をつけて。貴方の未来に幸があらんことを、このフランスの地から願っております」
「…………う、ん」
二人に勇気づけられたとはいえ、単身で会社から与えられたミッションに対して再び不安な思いが沸き起こり涙ぐむシャルル。震える心と体を何とか抑え、健気にも笑みを浮かべる少年にメイドがメイドの手が重ねられた。
「……シャルロット。強く、心を強く持つのです」
「はい……」
重ねられた手を引き自身の胸元へと少年を抱き寄せ、シャルルの本当の名前呼びながら抱きしめるメイド。母親の温もりに包まれる様な心地で思いっきり抱き着くシャルロット。その震える肩に今度は執事の手が力強く、そして優しく置かれる。
「シャルロット、お前は優しい子だ。だが、自らの人生は己自身で勝ち取らねば意味は無い」
「……あっ」
「しかし、己の力だけで解決できない事がある時は遠慮なく人を頼る事を覚えておくがいい」
「……はい!」
元気な返事をするシャルロットの頭をグシグシと若干乱暴に撫でる執事。些か傲慢な物言いではあるが、確かな愛情を感じる言葉にシャルロットは決意を新たにするのであった。
「では、シャルル様。お気をつけて……」
「行ってらっしゃいませ……」
元の言葉使いに戻った二人はシャルロットに別れのあいさつを済ませる。二人の挨拶を受け取ったシャルロットは、今度こそ不安も迷いも捨てて別れを告げることができた。
「いってきます!」
「「御武運を!」」
シャルロットが見えなくなるまで礼を続けた二人は、搭乗口に彼の姿が消えたのを確認するとその場から静かに立ち去る。スーツの懐からインカムを取り出し、空港外に待たせてある車を呼び出す執事。一方メイドはスカートのポケットからケータイを取り出して、デュノア社に見送りが終わった事を告げる連絡を入れる。ほぼ同時にインカムとケータイを切り終わると、おもむろに執事が立ち止りメイドに話しかけた。
「フッ、……お前も変わったな妹よ」
「ククッ、それは兄上も一緒でしょうに」
「フフフッ、違いない」
似たような笑い方で自分達の変化を楽しむ二人。先程シャルルに対して見せていたのとはまた別の、恐らくはこれが彼らの地の姿なのだろうという事が伺える。
「しかし、我らがこうして変わる事が出来たのもあいつらのおかげだ。世界からはじかれた身ではあるが、こればかりはあいつに感謝しなければな」
「確かに。何の因果でこの力を持って生まれたかを理解した以上、過去の私達の様な者を増やす訳にはいかない。それに――――」
話しながらターミナルの窓からシャルルの乗る飛行機を見つめ、今度はその視線を空に移して遠い目になるメイド。同じく飛行機を見つめる執事も、メイドと同じ様な遠い目で白い雲が流れる青空に視線を移していた。
「――あの男ならばきっとシャルロットの力になってくれる、今はそう信じて待ちましょう」
強い確信をもって話すメイドと、それに同意して頷く執事。どうやらこの銀髪の兄妹には、ある種の共通した強い確信があるようだ。
「そうだな。我らも社内に救う害虫を駆除して、シャルロットの帰りを大手を振って迎えられるようにせねば……。いくぞ、妹よ」
「はい、兄上」
確固たる目標を持って突き進む決意を固めた兄妹。自分たちが慕う者の為、彼らの厳しくも激しい戦いの火ぶたが切られた。
ドイツ・郊外 ドイツ軍IS配備特殊部隊・兵舎
本日もつつがなく訓練が無事に終わり、ドイツIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの面々は各々の時間を過ごしていた。
そして、訓練後のシャワーを済ませたシュヴァルツェ・ハーゼ隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿がここ兵舎一階の食堂にあった。しっとりと濡れた銀髪をそのままに、今日の夕食である日替わり健康セットを手に空いているテーブルを探していた。
「…………この時間は誰もいないな」
しかしながら、若い隊員が多い部隊である為に六時台の早い時間に食堂を利用する者は居なかった。彼女は年齢から考えると階級が少佐と位も高く、普段ならば副隊長のクラリッサ・ハルフォーフと共に訓練内容の確認と問題点の洗い出し、それに合わせたスケジュール確認と調整に食事の時間を費やしている。
が、しかし。クラリッサが所要で軍部に向かっているために、今日は一人で夕食をとることになったのであった。
「ふむ、む……?」
窓際寄りの少し離れた席に腰を落ち着けたラウラ。テーブルに備え付けられた調味料を取ろうと手を伸ばした彼女は、醤油の入った小瓶の下に乙女チックな便箋が置かれているのを発見した。
だが、とりあえず醤油を夕食のおかずである納豆にかけてから脇に置き、ぐるぐるとかき回しホカホカのご飯にかける事を優先するラウラ。まずは自身の食欲を満たす事を優先した様だった。
日本人でも地域や個人によって好みが分かれる納豆だが、ある理由があって彼女は大好きになった。
しかし、部隊での納豆人気は低く、日本の文化に興味があるクラリッサでさえ納豆は遠慮しがちであった。その為、独特の発酵臭と粘りが特徴の納豆を食べる為には、部下である隊員達の食事時間とずらして食べているのだ。
尚、夕食時に同席する事が多いクラリッサは、感情の起伏が乏しいラウラの数少ない感情を見せる瞬間を見逃しまいと甘んじて耐えている模様だ。
「……やはり、この馥郁たる大豆の香りは好い。栄養面でも優れている発酵食品の中でも、納豆こそ至高のおかずだな」
薬味の乗った小皿には、刻み葱、和辛子、胡麻といった納豆に合う物が配膳されている。だが、彼女は最初の一口だけは何も入れずに白米と醤油を垂らした納豆だけで頂くと決めている。そして、徐々に薬味を足しながら味の変化を楽しむ事を至福の時間としているのだ。
「~っ!! 美味い…………」
御飯と共に納豆を一口かきこむ。すると、何時もは冷静沈着、ドイツの冷氷と評される彼女の顔がほっこりとした物に変化する。普段の彼女からみれば相当に締まりの無い顔ではあるが、クラリッサや一部の隊員の間では女神の様に崇められている――――という噂がある。
一口かきこめば後は欲望のままに黙々と食べ勧めるラウラ。主菜の焼き魚から漂う香しい匂いに、フカフカに焼かれた身とパリッとした皮を楽しみ。小鉢に添えられた白菜ときゅうりの漬物で箸休めしつつ、出汁の香る温かな味噌汁で疲労した身体を芯からを温める。
「ふ~、ふ~……ん」
何とも見事な日本の夕食ではあるが、ここがドイツである事を考えたら違和感が半端ではない光景である。
何故、ドイツ軍の兵舎でこの様な料理が出されるのかというと、これには一人の世界最強が大いに関わっている為である。が、それを語りだすと世界最強のある失態が関わっている為に、彼女の名誉を守る為に敢えて語らずにおこうと思う。
「御馳走様でした……。さて、と」
緑茶で人心地着いたラウラは先程見つけた便箋に目を通すことにする。乙女チックな便箋から四つ折にされている紙を取り出し開いてみれば、それは副隊長であるクラリッサからラウラに宛てられた手紙だった。
「ほう、やっと全ての手配が完了したのか……」
手紙の内容は至ってシンプルな物で、ラウラがドイツ代表候補生としてIS学園に入学させられる期日と、その為に日本に向かう飛行機のチケットが同封されている事を書き記してあった。
「ふむ……。しかし、このような事ならば態々手紙などにしなくても直接伝えてくれれば良いだろうに――――んん?」
用件だけを伝える事に特化した簡素な手紙を読み終えると、洋紙の隅に何かが書かれているのを発見したラウラ。目を凝らしてよくよく見て見ると、形成時に生じた洋紙に混じったゴミと見間違えんばかりの大きさで書かれた文字が書かれていた。
「裏面に続く、か……。何も書いてはいないぞ?」
しかし、裏を確認しても一文字すら書かれてはおらず、唯の余白しか無かった。疑問にラウラではあったが、確認できない物では読む事もできず。結局ズボンのポケットに便箋ごと突っ込む事で読む事は諦めたようだ。
「クラリッサめ、訳の分からん手紙を寄こして何のつもりだ? 内容を認しようにも明後日まで奴は兵舎に戻ってこないしな……」
段々とぬるくなってきたお茶を啜りながら、手紙の件でどうした物かと思案するラウラ。だが、どうにかしようにも自身は学園入学に際し用意しなければならない荷物を纏めなければならない為、手紙の内容を尋ねる事に時間を使う余裕は無い。かと言って、クラリッサが戻ってくるのもラウラが旅立った後となる為、彼女が自分の所に来てくれる可能性も無い。
「ん~…………。おお、ISの
今更ながらその事実に気付いたラウラは、早速自身の専用機ISを使おうと秘匿回線を開きかける。が、ISから表示されたクラリッサの連絡先に繋ごうと指を伸ばした所でピタッと止まる。
「――ふむ……私用で使ってしまったとなれば、始末書物だな」
一つため息を零して表示ウインドウを消した彼女は、完全に冷めたお茶を飲み干して食器を片付け始めた。空になった食器を載せたお盆を返却口に返すと、ラウラが納豆を食べ終わる時間を見計らったかのように食堂入口から複数人の声が聞こえ始めた。やがて、ラウラよりも若干年上であろう事が伺える黒い眼帯を着けた女性の一団が姿を見せた。
「でね、昨日はそいつが――――って、隊長!」
「もう夕飯は御済みですか?」
「まさか、今日も納豆をお食べになられたので……?」
きゃいきゃいと年相応な女性の会話を繰り広げながら近づいて来る一団だったが、上官であり部隊の隊長であるラウラに気付いた彼女達が話しかけてきた。ドイツの冷氷と言われいるラウラではあるが、彼女らの態度から察するに部隊の者とはある程度のコミニュケーションがとれている模様である。
「うむ、今日も美味な食事であった」
「エ、エヘヘヘ。そ、そうですか~……」
凛々しくも誇らしげな顔で頷くラウラに対して、引き攣った笑みを浮かべて愛想を振りまく部下達。やはり、食に関しては十分な理解は得られていないのが現状な様だ。
そそくさと注文カウンターに向かう部下達を見送った後、そのまま食堂を後にするラウラ。辞令が出たあの日からちょこちょこと準備を進めていた彼女は、外に買い物行くそぶりも見せずに自室に向かう。更に言うと、ラウラは一般的な女子と比較しても大分世間に疎い。普段着る服も軍服を除けばほぼ着た切り雀状態で、アクセサリーの類もほとんど持っていないのである。
「ふむむん、いよいよIS学園に向かう日が来たか……」
簡素だがしっかりとした作りのドアを開けて入ると、これまた質素な家具しか置いていない室内が目に入る。ベッドと木製の机、小さめのクローゼット以外は大した家具を置いていないシンプルな部屋。見事なまでに彼女の性格が出た結果このような部屋になったのだ。
大きめのトランクケースと軍隊で使うザックを開け、中身を入念に確認して不備が無いか確かめる。一通りチェックが終わった所で先程食堂で見つけた便箋を取り出す。結局何が書かれているか分からないままであったが、明日から長い間軍隊を離れるにあたって部屋においていく訳にもいかない。それならば、IS学園に持って行き後で確認するのがベストな選択だろう。とりあえずザックの中に放り込む事にした。
「教官……、私は貴女に認めていただけるような人間になる事ができたでしょうか? 強く、美しい貴女のような人間に」
ハンガーに掛けてある軍服の内ポケットから一枚の写真を取り出し見つめる。様々な作戦や戦闘行為で傷つき、ボロボロになった写真に写っているのは数年前のラウラと一人の女性。きっちりと軍服を着こなした女性に頭を撫でられている銀髪の少女は、今や立派なドイツ軍IS配備特殊部隊隊長である。
「織斑、一夏……」
そんな彼女の口から次に出たのは、今や世界を沸かせる男性操縦者の名前だった。懐かしそうに写真の女性を語る表情から一変して、好戦的でありながら楽しそうな笑みを浮かべるラウラ。
「ククッ、早く戦ってみたいものだ……」
窓辺から差し込む月明かりに照らされた笑みは、冷氷の二つ名に相応しい冷たく嗜虐的なものだった。
IS学園・一般医務室
「ヘックシュッ! う~、この背筋を駆け上る寒気は……誰かが噂してるな」
「は? いきなり何いってんのよ。っていうか、よくも私の顔目掛けてくしゃみしやがったわね!!」
クラス対抗戦から数日が過ぎた一般医務室。そこには今だベッドで安静にしている二人の少年少女の姿があった。ナノマシンを使った最新の医療技術によって打撲や小さな傷も殆ど癒えているものの、大事を取って半ば強制的に医務室に縛られているのである。
「痛いっ!? ちょっ!? お互いまだ完全には回復してないんだからやめ――――」
「どっせい!!」
「痛ってー!? ……くぅ~! 脇腹をつねるのはやめろよ、鈴!!」
大げさな声を上げる二人ではあったが、やっている事はほぼ子供の喧嘩レベル。癒えているとはいうが、筋肉痛程度の痛みは残っている為にこれでも本人達には大事なのであった。
「あらあら。お隣さんは元気が有り余ってますね、トウマ?」
「如何やらそうみたいだな、ミナキ」
その騒がしいベッドの隣で病衣に身を包み寝ているのは、件の事件で怪我を負ったトウマだった。今朝方からお見舞いの為に医務室へと足を運んでいるミナキも一緒になって、元気だけはある子供達を微笑ましく思いながら眺めている。それと同時に、ミナキがぎこちない手つきで林檎の皮を果物ナイフで剥くのを内心冷や冷やしながら見守っているトウマである。
「よっと。……う、ん? ああっ!?」
もう少しで剥き終わる寸前で大きく実を削ってしまうミナキ。落胆する彼女をしり目に、手を切らなくて良かった安堵するトウマ。怪我をしたことで逆に気疲れする羽目になるとは、これではおちおち怪我もできない様だ。
「……ありがとう、ミナキ。もっと練習すれば上達できるから、怪我が治ったら一緒に皮むきの練習でもしよう。ミナキの料理のが上達するのは俺としても嬉しいしな」
「うん! じゃあ、代わりにあ~んってしてあげるわ」
「おお~っ! それは役得だな……あ~ん」
お互い幸せそうにイチャイチャするトウマとミナキ。そんな二人の気に中てられた一夏と鈴は、気まずい雰囲気のままベッドの上で身もだえる他なかった。
「おい、もっと離れろよ……!」
「う、ううっさいわね……! 私だって気恥ずかしいんだから……、我慢なさいよ」
「お、おう……」
大人達二人のせいで急にお互いを異性として認識し始めた二人は、もじもじしながらも離れようとはしなかった。一夏はしおらしい鈴の姿を意識しまいとそっぽを向き、鈴は普段鈍感な一夏の珍しい態度に気恥ずかしさを覚えて、唯でさえ平均的な女子より小柄な身体を更に小さくするのであった。
「……そ、そういえば一夏。今日はあの栄養ドリンク飲まないの?」
いつまでもこの気まずさに耐え切れなくなった鈴は、雰囲気を変える為に栄養ドリンクの話をしだした。
ここ最近一夏がお世話になっている、クスハの健康ドリンク・VerミナキSPの事である。もの凄い効能と共に凄まじい味と気絶を伴うスーパー健康ドリンク。一人の健康オタクが作り出した恐怖の代名詞クスハ汁が、一人の優秀な科学者との出会いで完成した史上最強の飲物である。
「あ、ああ。あれか……」
「どったの? なんか梅干し食べた御婆ちゃんみたいな顔してるけど」
話を聞いた途端に渋面になる一夏。如何やら既に身体が効能と味を覚えてしまったらしく、栄養ドリンクと聞くだけでミナキの作ったドリンクが思い出されるまでになった様だ。
「……いや、実はさっきトオミネ先生に貰ったんだけどさ。鈴、お前が飲んでみるか?」
「え? まあ、くれるって言うんなら貰ってあげるけど?」
ベッドの隣に備え付けられている移動式のテーブルに置かれたクーラーボックス。クラスメイトや先生方からのお見舞いの品が敷き詰められた中に、何故かやたらに存在感を示す小さな小瓶がある。何の特徴もない普通の栄養ドリンクにしか見えない小瓶であるが、これこそ件の飲み物なのだ。
「さ、これが栄養ドリンクだ。くれぐれも言っとくが、絶対に一気飲みしちゃいけな――――」
「ぷはっ! え? もう飲んじゃったわよ」
「――何してんだよ、鈴!」
一夏から瓶を受け取るやいなや、男らしい一気飲みで中身を飲み干す鈴。好きな相手から受け取った物には何の警戒感もなく、一夏の注意も虚しく全て彼女の胃袋に収まってしまった。
「何って、あんたが飲めって言ったでしょう? 全く訳分かんな――――ぐばぁぁぁっ!?」
「りーーん!! この状態で俺を一人にしないくれーーっ!!」
決して何も吐き出してはいないが、某世紀末救世主の悪役並みの叫び声を上げベッドに突っ伏す鈴。辛うじて白目をむいて気絶する顔を、好いた相手に見られる事を防いだのは彼女の最後の意地であろうか。
「は~い、次はバナナですよ」
「おう、どんと来い!」
そんな隣で起こっている事態も何のその。普段は衆人の目もあってベタベタする訳にいかない鬱憤を、ここぞとばかりに発散するトウマ達。薄い仕切りを挟んで正反対の空気が流れる室内。彼ら以外の人間がいない事も相まって、一夏を見舞うためにやって来た千冬が姿を見せるまで混沌とした雰囲気が続くのであった。
いかがでしたでしょうか?
今回は世界でうごめく情勢と、その中で動き出す人達のお話でした。
はてさて世界はいつでもキナ臭いもの。様々な人々の思惑と欲望が混じり合い、着々と世界は動き出す。
ちょこちょこと様々な人物が登場いたしましたが、物語が進むにつれてドンドン増えていきます。皆様の想像を掻き立てられるように、今後とも精進していく所存です。
これにて鈴音編は終了となり、お次はいよいよシャルロット&ラウラ編になります。幾ばくかのオリジナル成分を配合しつつ、萌えと燃えもぐんぐんup!
それでは皆様、誤字・脱字・感想など、お待ちしております。