かっこいいコキュートスが書けて満足したのですが、やはり本筋から逸れる為お蔵入りになりました。
ねむい目をごしごししておきたら、こわいかおのおねえさんと、こわいかおのおにいさんがいた。わたしはしってる。この方たちは、わたしのおかあさまと同じすごい人なんだってわかる。
だってわたしはえぬぴーしーだから。おかあさまたちことはすごい人だってあたりまえなの。
でも、すごい人でもこわいかおはこわい。なきそうになって、でもがまんした。だって、ししょーがわらっててっていったから。おかあさまの次にだいすきなししょー。
目のまえはうるうるで、ゆめの中みたい。とてもこわいけど、いっしょうけんめいわらった。
わたしのうで、いたくつかんでたおねえさんに「気持ち悪い」ってなぐられた。とてもいたくて、とてもかなしくなった。
そばにいるのはしらない人ばかり。
どうしてししょーはいっしょじゃないの? どうしておかあさまはむかえにこないの? かなしくなって、かなしくなって、でもがまんした。
ししょーとずっとあってない。
ししょーにあたまをよしよしってなでてほしい。
ししょーに手をつないでだいすきだよって言ってほしい。
ずっとずっとひとりでいて、でもひさしぶりにししょーといっしょのくらいへや。
でもさみしい。だってししょーはお外にひとりでいくの。ひとりでいってほかの、こわい顔のおにいさんたちにひどいことされるの。
わたしはひとりでおへやの中。くらいくらい、こわいへや。
ずっとずっとわたしはそこにいて、けったりたたかれたり、いたいことされるししょーを見てた。
お外はこわい。
おへやの外で、まっかなししょーがわらうのがこわい。
ぼくはだいじょうぶだから。そういってわらうししょーを見てるしかないのがずっとこわい。
なんかいもなんかいも、うごかなくなるししょーを笑っているみんながとてもこわい。
こわいのがいやで、目をつぶって、もとにもどれってなんどもなんどもおもった。でもししょーのくるしいこえがきこえる。ずっとずっときこえる。
こわいおにいさんの、たのしそうなこえもきこえる。
それがとてもいやだった。
すごい人だから、そんなことおもっちゃダメなのに。
はやくなくなってほしかった。
目をあけたらまっかなへやじゃなかった。
ぼんやりしてよくわからなくて。
かたくてひんやりした。たくさんたくさんうえしたにうごいて、でも側にししょーが居た。
かたくてひんやりした手から、あたたかくてやわらかいししょーの手に。
うれしくなって手をにぎった。手はあたたかかった。
うれしくてみあげた。ししょーのかおもうれしそうだった。
でも、ししょーはおいかけっこをしていて、たくさんたくさん早く走った。わたしも、ししょーにおいていかれないようにたくさんたくさんはしった。ししょーはわたしがくるしくなったらだいてくれた。ぎゅってしたらししょーのにおいがした。
「光、今からする約束を守ってくれる?」
たくさんたくさん走ったあと。わたしをぎゅっとしたししょーはそういった。ししょーはよくやくそくをする人だった。やくそくをまもるとしあわせになるから、うんっていった。
「じゃあ、お約束一つめ。僕は少し疲れたから、休憩するね。絶対に追いつくから、それまで赤い服のお兄さんと、水色の虫さんの言うことを聞いて」
こしょこしょばなしで耳がこしょぐったい。それが寝る前のおやすみのごあいさつみたいで、たのしくて、うんっていった。
「二つめ。もしモモンガさんっていう人に会ったら沢山お話ししてあげて。明美さんのお話しを。明美さんのお姉さんのお話を。モモンガさんは怖ーい見た目の人だけど、とても良い人だから」
おかあさまの話をするのは好きだから、うんっていった。
「最後のお約束。僕が君を娘の様に愛している事を忘れないで。死んじゃだめだよ長く長く生きて。幸せになって」
ししょーはかなしいかおになっていた。ないちゃうまえの、くしゃっとしたかお。わたしはあたまをよしよししながら、うんっていった。
ししょーはうれしいのかかなしいのかわからないかおをした。でもぎゅってくるしいくらいしてくれて、ゆびきりまでした。
水色の虫さんに、ししょーがわたしをはいってする。
すこしこわくてししょーをよんだら、だいじょうぶだってわらわれた。
虫さんのうではかたくてつめたくて、ふしぎなかんじだ。
「明美さんのお姉さんがいるギルドの人だから大丈夫だよ。光は先に向こうの、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんに会ってお母さんとお姉さんの話しをしてあげて。僕もきっと行くから」
「心配はいりません。今回ばかりはナザリックの外の者とはいえ、命に代えてもアインズ様の元へ届けるとお約束いたします」
ししょーにそういった赤い人はこわい口をやさしくしていた。
赤い人のことばでししょーはえがおになった。
わたしもうれしくなった。
ししょーが早くこないかなって、むしさんのうでの中でわくわくしてた。
それは幼い少女の記憶。忘れられない別れの記憶。
無邪気に健気に待っていた。
ある少女の始まりの話。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一つの腕に持つ斧で目の前の木を切り倒し、一つの手に森妖精の少女を抱く。残りの手に造物主である武人建御雷から下賜された武器。武器攻撃職を多く修めた自分の能力を最大に活かすべく選りすぐられた最高の業物。外骨格の淡く輝く体には仲間からの強化魔法。首や手足に自分の為にしつらえられたアクセサリー。指には至高の御方から貸し与えられた強力な指輪。
そのどれを取っても追撃をしてくる者達よりも数段勝る装備品。しかし数々の最高装備も、数の暴力には勝てなかった。
今や彼は反撃で殆どのスキルを使い果たし、残りMPも殆ど残ってはいない。HPはまだ半分近く残っているが、だからといって勝機は薄いだろう。
コキュートスは考える。
今の自分ができる最善の策はなんなのかを。
コキュートスは選択する。
何がナザリックにとって最善なのかを。
油断させ勝機を見出す為に降参することか?
武人らしく討ち死にすることか?
答えは否。断じて否。たとえそれが一般的な最善だとしても、武人にして忠臣。そう設定された自分にそれは許されない。
無数の攻撃を共に受け、なんとか一命を保っているか弱き命を、なんとしてでも主人の元へ届けなくてはいけないのだ。
降参するのもよい。だがそれはこの森妖精を主人の元へ送ってからだ。
討ち死にするのも良い。だがそれはこの脆い命を巻き込まない様にしてからだ。
通信手段になる〈伝言〉の巻物を取り出す。予備も含めて10数あった巻物は全て敵に無効化された。最後の一枚を敵の死角になる様に工夫した。後は相手の通信阻害魔法が切れたら──。走りながら器用に複数の作業をやる彼の努力も虚しく、少しの動きの差から敵はコキュートスが巻物を取り出したのを察知する。
「往生際が悪いなぁ! <魔法効果範囲拡大><上位道具破壊>!!」
手に隠し持っていた巻物が砂になって消える。
カチカチと不機嫌に顎を鳴らし、コキュートスはこちらからの最後の連絡手段が消滅したのを受け入れた。最後の望みはニグレドの監視が届いていることだが、敵のギルド拠点を出る際にトラップにかかり監視の範囲から外れてしまった。援軍は絶望的だろう。
(ナラバ、コウスルシカアルマイ)
追っ手を十分引き離した所でコキュートスは腕を旋回させて周りが見通せる程の広場を作る。そして残ったMPを使って〈細氷結晶〉を発動した。コキュートスの周囲から極小の氷の粒が舞い上がり、辺り一面をキラキラと真っ白に染める。コキュートスが使える魔法の中でも珍しい認識阻害系の魔法であり、本来は彼の守護階層のフィールド効果と合わせて隠蔽率を看破不可能な迄に上げるのが目的だ。
この森の中では精々が見通しが利かなくなり命中率が落ちる程度だろう。しかしそれでいい。
コキュートスがこれを選んだのは何も奇襲を仕掛ける為ではない。使ったMPに応じて効果時間が延長されるこの魔法は、今回コキュートスが使ったMPを考えると10分はこの場で効果を発揮するだろう。コキュートスが倒されたとしても。
「〈地蟲蠢動〉……〈フロストオーラ〉!」
残ったスキルでワーム系のモンスターを呼び、巨大なその口に森妖精の少女を放り込む。レベルがそこまで高くないモンスターであるから、ワームによるダメージはないだろう。コキュートスは呼び出したモンスターにこの場から離れて森妖精の集落近くまで逃す様に伝える。相手に地中にいるモンスターにも効果のある魔法やスキルを持つ者が居ないのはこれまでの闘いでわかっているからこその苦肉の策だ。これでも駄目だったらその時は最善を尽くしても駄目だったと諦めるしかない。
モンスターが地中に潜ったことを確認すると、フレンドリーファイアの為に切っていた常時発動スキルをオンにする。コキュートスを中心にあたりの地面が凍りつき、辺りはさながらスケートリンクの様だ。場を整えて、出来るだけここで時間を稼ぐ。
決意を固め森妖精の少女を抱いていた腕に再び武器を握ると、追いついてきた敵に相対する。
「観念したみたいだな」
「同じ100レベルとは思えない硬さだけど、やっぱり黒幕って事だよな?」
「あの1500人の攻略の時もこんなチート使ってたんだろう」
「ありえるな。ギルマスの話じゃあこの世界を作ったのも奴ららしいし」
「でももうちょっとで倒せる」
手に持つ装備を入れ替え、氷に対する耐性のある防具を身につけるのをコキュートスは大人しくまった。どの道この戦力差では勝負が見えているのだ。向こうが時間を浪費してくれるのならそれだけあの森妖精の生存率が上がる。
モタモタと相手が準備しているうちに、コキュートスにかけられていた魔法の効果が切れる。それに寂しさを感じる自分に呆れた。
1000年前は一人で戦うのが当たり前だった。だから味方からの支援魔法など無かったし、一人で戦わなくなった後もそれが無くなったからと言って何も感じなかった。しかし今は違う。弱くなったのかもしれない。仲間の助けが無くて心細いなど。けれどどうしてか、コキュートスはこの変化が心地よいと感じている。
低い雄叫びと共に前衛三人がバラバラの方向から攻撃を仕掛けてきた。一対他を想定した完璧な連携はコキュートスを以ってしても崩すのは困難だ。
冷気ダメージを軽減させる装備を持っていなかったプレイヤーを一閃し、他の者を傷を負いながらもなんとか別の手でいなす。硬い金属の擦れる不快な音に負けない様にコキュートスは高く吠える。
「ココカラ先ヘ通ス訳ニハイカナイ! 通リタケレバコノコキュートスノ屍ヲ越エテモラオウ!!」
氷の霧に紛れるそのライトブルーの体をゆすり、非公式ラストダンジョン3番目のボスは耳障りな叫びをあげた。本来の場所ではなく、既に満身創痍であり、MPもスキルも残っていない。
だからどうしたと言うのか。この身に刻まれた魂は、役割は、使命は何一つ変わりはしない。
全ては栄えあるナザリックの為に。
全ては最後まで残られた慈悲深き主人の為に。
「イザ、尋常ニ勝負!」
デミウルゴス死亡、敵ギルド武器破壊によりナザリックの二面作戦が失敗した報を受けた10分後、アインズの元にコキュートス死亡の報せが届けられた。