矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

10 / 32
――深夜零時
地獄通信
「綺羅ツバサ」

送信

いっぺん押してみる?


10.にこあん 百合の巧

 作詞は難航を極めた。だけど三人で試行錯誤して、失敗してやり直す。前に進もうとしては進めない。そんな状況なのににこは楽しくて仕方なかった。

 だって、何度躓こうとも誰かが止めると言い出す心配がない。そう信じられる絆が生まれていて、だからこそ絶対に完成させられる。そう信じてるから楽しい。作詞できる人に任せればもう完成していたかもしれない。でも、そうしていたらこの楽しいけど大変な時間を得ることはなかった。

 あんじゅとツバサと出逢ってからの一日は全て忘れたくないくらいに大切で、だけど全てを覚えてることは不可能で、だから忘れてしまっても日々全力で過ごしたということは覚えていたい。未来の自分が今の自分を思い返し、胸を張れるように……。

 

 そんな胸を張れる日々を過ごしながら、早くも訪れたGW一日目。お昼の喫茶店に三人は居た。

「……なんというか、凄かったわね。ラストの暗転後に全てをひっくり返されるなんて」

 映画のジャンルが狂気なのかホラーなのかはともかく、見終えた後の感想会は盛り上がると想像してたツバサだが、ラストの仕掛けに其れしか言うことができなかった。斜め前に座るにこも驚きが抜けないのかぽけ~っとした表情をしている。

「狂気の世界から抜け出したと思ったのにね。さくらは一平と出会った時に既に狂っていたのか、それともあの世界で狂ってしまったのか」

「ハッ! これだから人を好きになったこともなられたこともない綺羅さんは困るのよ。あれこそ一つの究極のプロポーズじゃない」

「ベターマンを観た人でアレをプロポーズと取る人は優木さんだけよ」

「自分の意見を世界の総意だと思うことが完全にナンセンス。狂った独裁者の考えだわ。綺羅星独裁者の会でも立ち上げればいいんじゃないかしら? 残念だけど、さようなら」

 残念と言いながら見る人全てを幸せにできる笑顔が生まれた。あんじゅに対して何を言っても暖簾に腕押し。メタルスライムに魔法。効果的なのはにこだけ。

「矢澤さんとしてはどうだった?」

「あんな風になるくらい人を好きになれるって凄いよね」

 ツバサが考えていた反応と全然違っていて、思わず「え」という言葉が喉に詰まった。その言葉にあんじゅは瞳を輝かせ、得意げに胸を張ってツバサに対して口を開く。

「ふふん。これが好きになられている人の反応。恋愛を一生知らない綺羅さんは何でしたっけ? 狂ってる? 狂気? もうその発想が女として終わってるのよ」

「なんでこんな時だけ男扱いしないのよ! おかしいでしょ。完全にさくらは狂ってたじゃない。狂気の世界を脱出して、現実世界に戻って抱き合って暗転。ハッピーエンドかと思ったら

 

『アナタを骨までしゃぶらせて』

 

って、完全に狂ってる終わり方になると誰が思うのよ。あれを狂ってると言わなかったら世界そのものが狂ってるわ」

「だから綺羅さんの主観が狂ってるってことよ。既に証明されてるじゃない」

 にこの頭を抱き寄せながら幸せな微笑み。世間一般的に正しいのはツバサであるが、今回は相手が悪かった。

「私のプロポーズは其れにしようかしら。にこさん……あなたを骨までしゃぶらせて」

 愛を喘ぐかのように妖艶な囁き。まるでにこの耳に刻み付けるようにねっとりと声で愛撫した。そんなプロポーズを受けてにこの頬が朱色に染まる。

「いやいやいや! 矢澤さんの反応は絶対におかしいから」

「将来の口癖は『仕事が恋人』の綺羅さん。愛を知らずに愛の言葉を否定するなんておこがましい以外のなんでもないわ。敢えてもう一度言いましょう。冥府の炎で灰になりなさい」

「そんなこと言われてなかったし。貸した漫画を読んでくれてありがとう。勝手に変な将来を作らないでくれる?」

 作戦通りズブズブと少年漫画の魅力に嵌りつつあるあんじゅにお礼を言いながら、でも言いたいことはきちんと言うのがツバサクオリティ。ちなみに、ラブライブ創設者の口癖が『仕事が恋人』ということはここだけの秘密。

「じゃあ仕方なく興味はないけど訊いてあげる。恋はしたことあるの?」

「……な、ないけど。それなら矢澤さんも同じでしょ」

「にこさんは私を好きになるから綺羅さんと一緒にしないでくれる。何かとにこさんと自分を重ねようとする考えは正直気持ち悪いわ」

「優木さんは自分勝手過ぎるわよ! すいませーん。紅茶お代わりお願いします」

 自分を好きになると断言したあんじゅだったが、ふと不安が過ぎった。今まで頭では訊こうと思いながらも、心が拒否していた質問がる。其れを訊く覚悟を決める。

「ねぇねぇ、にこさん。にこさんは誰かを好きになったことがあるの?」

 表面上は何も変化させずに尋ねた。声も震えてないし、言葉の起伏も変になってない。あんじゅ自身は気づいてないが、にこを抱き寄せている腕の力が少し増していた。それに気付いたにこは妹に読み聞かせる時のような優しい声色で答える。

「家族を抜かせば初恋はまだだよ。本当の恋ってどんなのか分からないけど、でも――」

 言葉の続きは発せられなかったのに、あんじゅはにこの伝えたい言葉を感じ取り、感極まったようににこの頭を強く抱き締める。

「あぁ~もうっ! にこさん大好き過ぎて呼吸困難になりそう!」

「矢澤さん。優木さんを甘やかすと絶対に後悔する結末を迎えるわよ」

「愛を知らない可哀想な男の子のどうでもいい発言。私は気の毒スルーすることにしたわ」

「何その既読スルーみたいなやつ!? というか今度は男の子扱いに戻ったし。さっきのはフリじゃないわよ!」

「うふふ。にこさんにこさんっ」

 雑音は無視と言わんばかりににこを愛でるあんじゅ。やれやれとため息を吐きながら、ふと思っていることを口にした。

「一目惚れって物語の中だけのことかと思ってたけど、本当にあるのね。性別は置いておくとして」

「煩い人ね。イングランドが生んだ天才シェイクスピアの言葉をあげるわ」

『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』

「つまり私がにこさんを好きになったのは誠の恋ということよ。嗚呼、にこさんの瞳と心に焼き付けるだけじゃなくて、唇に舌に肌に骨に血に私を刻み込みたい」

「矢澤さんが甘やかせるから狂気から猟奇の意気にランクアップしてるじゃない」

 恋に酔いながら呟くは猟奇的な内容。観てきた映画と違ってここは現実なのが一番怖い。

「こういうところもあんじゅちゃんの魅力だから」

「……これ以上ない程に心が大きいわね」

 変な話だがツバサはこれで確信した。にこは自信さえつけば多くの者を自分の世界に染められる逸材だと。世界とはスクールアイドルという枠組みだけではない。にこが居て成る空間その物のこと。どんな破天荒な相手でもこの空気の前では牙が抜ける。

 身近に接すれば接する程に効果的。そういう意味でもアイドルよりもスクールアイドルの方がより強大な武器となる。無意識ながら自分が最大に活かせる武器を創造する感性。これからの成長を加味すると間違いなく主人公!

 だけど主人公の成長だけでは盛り上がりに欠ける。やはりライバル校が出てこなければならない。卑怯な手段を使いながらも、最後は清い心を取り戻す邪道学校。リーダーのみが突出した才能を見せるが、ライブはグループの結束力あってのもので敗れる一本槍女学院。合同練習をして圧倒的魅力に戦慄した好敵手高等学校。

 駆け巡る脳内設定。ライバル校。成長の喜び。切なさと悔しさ。燃え上がる闘志。掛け替えのない友情。人のこと言えないくらい少年漫画青春脳なツバサ。

「なんだか曲作りするって感じじゃなくなっちゃったわ。ぼんやりでいいからスクールアイドルを広める案でも考えない?」

 漫画ならその瞳にライバル校募集の字が浮かんでいただろう。勿論、背中には炎を背負って。

「にこさん改造計画を実行すれば勝手に増えていくに違いないわ。にこさんの可愛さに一歩でも近づきたいと歩み寄ってくるもの。でも、にこさんは私のもの」

「その改造計画って誘拐事件あるいは監禁事件じゃないわよね?」

「失礼ね。私がそんなことする筈がないでしょう」

「この店に入ってからの発言だけで心配になるには充分でしょ」

 改造計画がどういった物なのか想像出来かねないが、其れがにこの自信の源になるしたら大げさではないかもしれない。が、全てを磐石にするには人事を尽くす必要がある。それに何より、自分がやると決めたからにはやらなければ気が済まない。

「ふっふっふ。実はね、考えてたことがあるのよ」

「にこさん。明日は君の膵臓が食べたいを観に行きましょうか。とても名作な予感がするタイトルだって気がついたから」

「観に行くなら今度はきちんと自分でチケット買うから」

 今日のにこの分のチケットはあんじゅの払いであり、自分で出していなかった。今居る喫茶店の支払いもあんじゅが強制的に出すことを知らない。

「そんな些細なこと気にしないで。にこさんは来てくれるだけでいいの。いい女は貢がれるべきなのよ」

「いい女じゃないよ。どう見てもあんじゅちゃんの方がいい女だよ」

「やだぁ~。にこさんってば私の愛を奮わせるのが上手なんだから」

 考えてたことがある。確かにツバサはそう言ったのだが、二人の世界には声が届いていなかった。こほんっと咳払いをしてから同じ言葉を繰り返す。

「あ・の・ね! 実はね、考えてたことがあるのよ」

「あら、綺羅さん。存在していたの?」

「最初から存在してるわよ。って、人に対して存在していたって言葉を使うのはおかしいでしょ!」

「存命していたの方が良かったかしら?」

「もっとおかしいわよ。まぁ、いいわ。凄くいい案を考えたのよ」

 秘密基地を友達に教えるかのような自慢げな笑顔。あんじゅは道端に落ちている一円玉を見るかのような視線をツバサに送った。にこはあんじゅの胸に頭を乗せられながら、小さく小首を傾げた。

「スクールアイドルを効率的に広める方法。これはこないだの優木さんの我侭からヒントを得たんだけどね」

「ご注文のお品お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

「……ありがとうございます」

 時は来た! と、話を始めようとしたツバサに届いたお代わりの紅茶。自分で頼んだので文句は言えないが、出鼻を挫かれた。

「綺羅さん、どうしたの? さぁ、早くお話して」

 優しい言葉とは裏腹に、嘲笑するあんじゅ。ぐぬぬっと言葉に詰まってから、新しい紅茶で一旦喉を潤す。今から話すのは圧倒的策略と言えるべき代物。一息吐いてから何事もなかったようにやり直す。二度も連続でやり直す破目になるなんて、今日はなんて日かしら!

「確かに私達が活動することによっても広まる可能性はあると思うけど、もっと効果的な物を思いついたの。青田買いというか、種を蒔いておくのよ」

「え、下ネタ?」

「種がないわよ! って、何を言わせるのよ!」

 せっかく仕切り直したのに踏んだり蹴ったりだった。大きくため息を漏らしながら、回りくどい言い方をやめた。

「来年高校生になる中学三年生にスクールアイドルを教え込むのよ。院内感染のように中学校でスクールアイドルという存在が広まる。そして、来年の春になればスクールアイドルを知る子が各高校に広がっていく。今から芽吹く種を植えておくのはとても効果的だと思うの」

「ふぅん」

 自信があったとはいえ、言い終わっても茶々が入れられなかったことで安堵した。自分に対して厳しいあんじゅが認める程の策であると証明されたのだから。現高校生には自分達の努力で広め、これから高校生になる子達には中学生に広めてもらう。

 これを思いついたのは言ったとおり、あんじゅの音ノ木坂で授業を受けたいというものから。他校に通う生徒が音ノ木坂に行けば注目される。UTXのように来客が多い学校は特異だし、普通の学校ならそうなる。

 加えて音ノ木坂は生徒数減少の為に廃校になるのが決まっている。言葉を返せば受験すれば受かるという状況。つまり、音ノ木坂を受験する生徒は受験勉強をする必要がない。一緒に練習する時間も充分に取れるということ。

 と言うのは流石に誇張表現。運動部に入ってるとしたら、夏までは少なくとも部活に熱を燃やすだろう。スタメンになれなくても夏の大会まで一生懸命練習した過去を思い出し、少し胸がギュッと締め付けられた。一瞬だけ口内に広がっていた紅茶が汗の味に変わる。

 主人公にはなれなかった過去の自分。でも今は主人公になる必要はない。だってこの物語に主人公は二人も要らないのだから。決まったと、自分に酔いしれていたツバサだったのだが、

「確かに綺羅さんの提案はすごく良いものだと思うんだけど、それは駄目だと思う」

 同意の言はなくともあんじゅすら認めた案は、予想もしなかったにこの手によって破り捨てられることになる……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。