時刻は草木も眠る丑三つ時。にこは既に夢の中。あんじゅは地獄通信にツバサの名前を書き込んだ後、にことラブラブでイチャイチャでほにゃららする妄想をしながらベッドの上でご満悦のまま就眠。そして、ツバサはノートに色々と書き込んでいた。当然ながら黒いノートではなく普通のノート。
中学生の思い出と時間を奪う卑劣な策を自信満々に胸を張っていた自分。邪道と指差されても納得の策であると今では恥じている。だからこそ、失敗をしたことをジャンプ台にして新しい圧倒的策を思い付こうと頭を悩ませていた。
あんじゅ同様にアイドルについて詳しかった訳ではない。二人と出会ってから勉強した口だ。全員にという訳ではないが愛称や名称みたいな物が必要だと分かる。でも、これは今すぐ決める必要がない。
何故なら注目されていないから。ある意味自分たちだけではっちゃけてたら滑ってると思われる。自己満足を求めているのではない、夢を現実にする為に歩みを進めるのだ。足踏みをしたいなら妄想の中で充分。
「……あ~」
気分転換に声を出して見た。其れで脳が覚醒されていい策が生まれることを祈ってみたけど、そんな都合の良い展開は現実には用意されてない。楽をして得られる力なんて意味がない。今日、正確的な日付では昨日になっているけど、学んだばかり。
若い頃の苦労は買ってでもしろという言葉の意味を少し分かった。ただ知ることと学んで覚えることの差って事だと思う。苦労という学び舎で覚えたことは忘れにくく、未来の自分の血肉となる。
恥を上書きする為に現状を整理し直す。作詞は三人。作曲はあんじゅ。振り付けはアイドル好きのにこがやる可能性が高い。が、見るのと創作するのでは別物。打算交じりであるが、同じ芸能コースでダンスの得意な人と交友関係を築く必要性があるかもしれない。
衣装デザイン。衣装製作。ある意味で一番これがやっかいかも知れない。素人がやろうと思って手を出せる範疇を超えている。それこそ海外留学を推されるくらいの服飾の腕があって初めて、人前で披露できる物が仕上がるレベル。
そんな子がスクールアイドルになってくれれば一番。そう考えてから頭を振る。楽をして得られる力なんて意味がないと思った矢先にまた楽をしようとする。こんなんじゃまた恥ずかしさに涙することになる。
邪道ではなく歩むのは正道。でも、常識の中で常識を強襲するような策が必要。普通の人なら常識的に考えてその思考を破棄するような、その思考を武器に変えて注目を集める。まずは注目されることが必要不可欠。
カチカチ山の狸のように、注目されて背中に火がついた状態なら、火事場の馬鹿力でなんとかできるかもしれない。一人ではできないことが、仲間とならできる。それは漫画の中でだけでなく、現実でも通用する確かな真実だと思うから。
「……音ノ木坂とUTX。交わる筈のなかった二つの学園で出会った三人が奇跡を描く」
漫画の帯についてそうな宣伝文句を口にしてみた。
「UTXの利点を最大に活かせてる?」
脳裏に浮かんだ疑問が零れ落ちる。レッスンルームやカラオケにジム。室内プールまである。何もないとはいえ部室も与えられている。これだけが強みだと言うには弱い。お金を払えば別のところだって使える。
UTXでしか使えない策。もしくは、UTX高校の生徒だからこそ打てる策。そんな物があるかどうかは分からない。でも、ないから諦めるなんて馬鹿らしい。イカサマだって気づかれなければ勝利になる。
ないなら自分で穴を開けて、終わってから埋めてしまえばいい。圧倒的策とはそういうもの。誰もが諦めた箇所にこそ突破口を見出す。開き直ろう。邪道寄りのギリギリ正道だっていい。綺羅ツバサにしか歩めない道がある。
少し脇に逸れたって、直ぐにまた二人と同じ道を歩んでいる。運命ってそうあるべきだと思う。決意を固めたところで思い浮かぶこともなく。ノートの上には無意味な落書きが数を増やしていくだけ。
気晴らしにUTXのホームページを観覧する。芸能コースを日本一にすべく色んな方面に手を出している。勿論スカウトしてきた生徒は特待生となり、入学から卒業までの費用は一切免除。その他にも待遇は抜群。希望者には送り迎えに女性警備員も随伴。それは仕事へ向かう時は人数も増やすらしい。
「へぇ~」
自分からUTXの入学を希望した訳ではないし、ツバサは特待生でもないので初めてその実態を知った。その続きには特待生の誰がどのような仕事をしているのかが紹介されていた。TV・ネット・ラジオ・雑誌。
どこかで目にした、耳にした人達が自分と同じ高校に通っていたことを知って驚いた。売れっ子であれば当然学校に通う時間が減る。芸能コースと特待生ではクラスが別なのでそれ以前の話。甲子園を目指す男児と野球選手くらいの違いがある。
ならばこここそが最大の突破口。特待生の中からスクールアイドルに勧誘することが出来れば、絶対に注目を浴びる。それこそ小さな注目なんてものじゃない、その業界の関係人にすら知れ渡るくらいの大きな注目。
これはある意味で自分の通う学校に喧嘩を売る行為。スクールアイドル部という拠点を失う可能性もある。だけど、スクールアイドル部は音ノ木坂学院にも存在する。だけど、ここで冷静になる。学校を背負って名を広めるのがスクールアイドルの醍醐味。このままではただの邪道。
筋を通せば邪道は正道になる。本人だけを説得しても誘拐と同じ。本人と学校を説得して初めて勧誘になる。そうすればスクールアイドル部としての活動を認めた上で、これからも胸を張って夢を目指せる。
そして、狙う必要があるのは女子中高生に人気である必要がある。となれば、狙う相手は決まった。
「奇跡の統堂」
その美貌とスタイルの良さはモデル界で一躍有名となり、今やファッション雑誌で表紙を飾ることは当然のような扱い。それでも、相手は同じ高校一年生。UTXの生徒だからこそ接触の機会を多く作れる可能性がある。
スケジュールが公開されてる訳ではない。休み時間をフルに棒に振ったとしても見つけ出す。自分が尊敬する矢澤にこは音ノ木坂で全生徒に声を掛けたという。それでも諦めずにUTXまでやってきて、自分とあんじゅと出逢ってくれた。
スクールアイドルを広めるという夢を分け与えてくれた。ならば今度こそ自分が頑張ってみせる番だ。全校生徒より特待生一人の方が気が楽。狙った獲物は――いや、これは後の敗北フラグに繋がりそう。狙った相手は絶対に逃がさない。
面識すらない。だけど、モデル界百年に一度の奇跡と呼ばれる統堂英玲奈の運命は今日決まった。
「知らなかった? 現世魔王からは逃げられない。『きら』なだけに!」
画面に写る英玲奈の画像に向かってドヤ顔を決める。正しく深夜のハイテンション。目指すべき道を決めただけで、接触できるかどうかも未知。勧誘する為の話術もなし。学校を説得する素材も皆無。
だけど、今のツバサに怖い物等ない。自信満々の策を正論で論破されることに比べれば、恐怖なんて感じない。駄目と言われるなら、相手が折れるまで信念を貫き続ければいい。スクールアイドルを背負う綺羅ツバサの心は決して折れることがないのだから負けはしないのだから。
とはいえ、それしか考えないのは愚の骨頂。思いついたことで愉悦して足元を掬われてはならない。達成感からくる眠気がハイテンションを凌駕し、ツバサに冷静さを取り戻させた。
「一番の問題点。奇跡の統堂との接触よね」
ツバサの行動できる時間帯と英玲奈の行動時間が完全に被らない可能性。どれだけ足しげく校内を徘徊しても接触できなければ意味がない。さっきは気合いと勢いでなんとかなると思ったけど、想いだけで世界は上手くは回らない。
にこの志は受け継ぎ、確実性は上げなければならない。スケジュールを大まかでも知っている人物とまずは接触し、情報を提供してもらう必要がある。学校で友達があんじゅしかいないのが問題だ。伝手がない。
先生に聞いても個人情報の厳しい昨今教えてくれないだろう。何か問題があれば情報を開示した先生の責任が問われる。その上、こちらが成功しても何の利も生まれない。先生にとってはハイリスクノーリターン。
相手にも利が生まれて、情報を知ってそうな人物がいれば……。そんな都合が良い人物がいるだろうか? いる訳がないと否定した。
「はぁ~」
そこを思いつかなければ圧倒的策も、人魚姫のように朝になれば泡となって消える。段々と重くなってきた瞼を支えながら、頭を回転させるけど何も出てこない。自分にもにこのように協力してくれる先輩がいれば……。
「あっ!」
にこに協力してくれている先輩と、模索していた存在がイコールで結ばれる。勿論別人ではある、でも役職は同じ。生徒会長。綺麗故に少し性格がキツそうに見えるのが印象的。名前までは覚えていないけど、生徒会長なら特待生相手でも接触を可能にできる。
個人情報で開示されることを拒まれるのなら、生徒会長権限で呼び出して貰えばいい。解決策は見えたが、今度は生徒会長を説得する手間が生まれた。
「生徒会長を説得して、奇跡の統堂を勧誘。その後は先生や学校長の支持を得る」
前途多難というかほぼ無理ゲー。まるで主人公に不利な状況で進むことになるトーナメントのようだ。其れは少年誌のお約束。綺羅ツバサは主人公ではない。だから生徒会長にすら勝てないかもしれない。
「それでも、一瞬だけど綺羅星のように。眩しく燃えてやりきってみせる。それが夢を叶える為に邁進する人間の在り方。例え高校生活の残りが一日しかなくても、欠片も無駄にしたりしない! それが私達スクールアイドルの生き方!」
圧倒的策略は成功しなければただの愚策。生徒会長で失敗すればスクールアイドル部に対しての評価が著しく下がる。本人に失敗し、スクールアイドルへの苦言をブログにでも書かれれば終了の危機。先生と学校長までいけても、そこで駄目なら完全に道は閉ざされる。
その覚悟を持って行動をしなければならない。今は三人で一つのスクールアイドル。昨日までの自分ならそんなことも考えられずに一人で行動してた。だけど、これが本当に正しいのか相談することが必要だと学んだ。
「…………」
学んではいてもどうしようもなく怖かった。再び否定されてしまうのではないかと。人を好きになったことがない。でも、恐らくだけどこれは告白に似ていると思う。自分で精一杯考えた策。其れは自分自身の欠片。其れを否定されるというのは、自分自身を否定されてるみたいに感じてしまう。
眠気もハイテンションも姿を隠すくらいに恐怖心が溢れる。ノートの近くに置いてあるハンカチが視界に入った。泣いた自分ににこが差しだ出したハンカチ。洗濯後、母に任せずに習いながらアイロン掛けして綺麗に畳んである。
にこは自分を否定した訳じゃない。正しくある為に導いてくれたのだ。だから恐れる必要なんてない! 自分が見当違いなことばかりを提案しても、何度でも訂正して導いてくれる。絶対に見捨てたりしない。
「そうやって信じられることが本当の友情よね」
面倒臭いことだって引き受けたり、逆に迷惑を掛けたり。笑い合って、言いたいことを言って、時に喧嘩だってするかもしれない。色んなことを経験しながら大人になっていく。こんな素敵な想いを多くのスクールアイドル達に経験して欲しい。
「……ふぁ~あ」
明日は午後から『君の膵臓を食べたい』を観るから早い時間からの練習と決まっているのに、時計の針が怖い箇所を指している。二日も連続で映画を観るのは家族でもなかったこと。
あんじゅが「二日も連続でデートを邪魔するとか空気を読めないなら、空気を吐かずにずっと吸ってなさいよ!」と修羅の如く猛っていたが、気にしていない。一人だけ別行動とか寂しいから。
ツバサは椅子から立ち上がり軽く身体を解す。お風呂上りと寝る前のストレッチは欠かさない。ダンスを覚えるのにまず大事なのは柔らかく、怪我をし難くすること。激しい練習は身体作りができてから。ストレッチを終えてベッドにダイブする。
「まずは打倒生徒会長」
あれだけ恐怖しながら、もう既に気持ちはにことあんじゅに認められることを前提としている。其れがツバサの強さであり長所でもある。眠気の海に漂いながら、寝る前に毎日しているイメトレを開始した。この日から、イメトレの中のメンバーが三人から四人になったのだった。……おやすみなさい。