にこと手を繋ぎながら街を歩く。今日は邪魔者のいない正真正銘のデート。その邪魔者は身の危険を感じたのか会議を終えると『綺羅星は空気を読んでクールに去るわ』と脱兎の如く逃げ帰った。何だかんだ言いながら綺羅星名義を自分で使い始めていたりする。
ツバサにとって生徒会長との決戦(対面)が間近だから。外部生よりも同じ学校の生徒の方が話は通り易いと考え、あんじゅと二人で挑まなければいけない。なのにその味方が自分を殺そうとするアサシンであっては、上手くいく物も上手くいかなくなる。なので今回は素直に帰宅したというのが真実。
生徒会長との対面が間近という事実はあんじゅの頭の中にはない。今日この瞬間をただただ大切にし、愛しさが溢れるこのトキメキに身を委ねるだけ。にこ以外のノイズはシャットダウン。とどまることを知らずして、進めや無敵のにこあん道!
「うっふふふ」
幸せが笑顔となって表れて、自然と笑い声が溢れ出る。好きな人とのショッピング。それだけのことでもこんなにも幸福に酔いしれる。恋は魔法。デートは至福。自分の妄想ではもっともっと先に進んでいるというのに、今のこの時間とは比べ物にならない。
手の感触を感じ、会話を楽しみ、同じ体験をする。一秒すらも戻ることのないこの世界。だから過ぎた時間を思い出という形で刻んで行く。その中で二人の思い出をこれから沢山作っていきたい。一つ残らず忘れないと思いながら、増えすぎていくつも忘れてしまう。でも其れは悲しいことじゃなくて、だって毎日新しい二人の思い出が生まれていくのだから。
そうなるとは限らないが、あんじゅはそうなることを望んでいる。同性同士という現実的ハンデは全く気にしていない。これが恋する乙女の盲目故の強さ。否、ヤンデレの真骨頂なのかもしれない。
「一度家に帰るだけで充分だと思うんだけど」
「私の部屋に置いておけばいつでも泊まれるでしょ?」
「でも、わざわざ買うのは勿体無いよ」
「何を言ってるの。にこさんはそんなこと気にしなくていいのよ」
にこが気にしているのは今から買う洋服と下着のこと。直接あんじゅの家に泊まりに行くのではなく、一旦家に戻ってからと考えてたにこは必要な物を何も持ってきていなかった。ひと時も離れたくないあんじゅがプレゼントするから買いに行こうという話になり、多少強引ににこの手を引き店へと向かって歩き出したのが事の顛末。必要そうな物は先に揃えてあるが、買い忘れていた物があった場合はあんじゅが出すつもりだ。
「にこさんの手料理が楽しみで仕方がないわ」
「そんな楽しみにする程上手じゃないんだけど。ママのお手伝いはするけど、妹達の面倒とかも見てる時は手伝えないし」
「謙遜はなしなし。それに、にこさんが私の為に料理を作ってくれる。それが何よりも嬉しいの」
心の底から嘘偽りのない純真な想い。あんじゅの言葉は自信の少ないにこを包み込んで勇気を与えてくれる。期待を裏切らないチーズハンバーグを作ろうと、心の中で気合を燃やす。
「でも私はてっきりにこさんの壱番の得意料理はカレーだと思ってたわ」
「カレーも簡単だから作れるけど。一番と言われたらチーズハンバーグだよ。どうしてカレーだと思ったの?」
「にこさんの壱番でしょ? にこさんの壱番だからニコ壱番。1番得意だから一本縦線を加えると……カレーが一番得意そうでしょ?」
真坂の名前遊び。逆に言えば其れだけにこの名前を思い描いていたという愛の証明。決してセンスがある発想ではないが、これにはにこも何とも言えない愛想笑い。だけど嬉しい気持ちが生まれるのが不思議だった。
「あんじゅちゃんは料理とかするの?」
「ううん。私は家庭科の調理実習の時に少し携わった程度。ピアノやってたから指を怪我したくなくて」
「ピアノ凄く上手だもんね」
「うふふ。にこさんとこうしてスクールアイドルをやる為にピアノを頑張ってきたの。赤い糸が結んでくれた運命に感謝ね」
繋いだ手に温もりが増した。だとしたら、にこが四年間通った音楽教室もスクールアイドルをやる為の運命だったのかもしれない。そこにも赤い糸があったのだろうか?
「私が聞くのは失礼かもしれないけど、好きってどういう気持ちなの?」
「全然失礼なんかじゃないわ。私の好きを知って、にこさんの中の好きに気付いてもらえたら最高だもの」
あんじゅと初めて逢ったあの瞬間の感情が何なのかまだ分からない。長い時間を掛けて小指に結ばれていた見えない赤い糸の距離がゼロになったのか。それとも身近で感じた最高の憧れなのか。
「これはあの時も言ったけど、出逢った時は好きになるって理屈じゃないんだって思った。それからにこさんと過ごす時間の中で、愛は人を欲張りにさせるんだなって感じたわ。それだけじゃない、人を寂しがり屋にしたり甘えん坊にしたり。切なくさせたりもするし、怒りやすくもさせる」
「多くの自分を外に出して、心の引き出しから多くの発見を得る。恋は図書館みたいだって今は思ってるの。知らないことを学び、色んな自分と出会うことで成長していく。一つひとつの本を開く度に新しい発見が待ち受けているみたいにね」
「人が一生を掛けて図書館にある全ての本を読むことが不可能のように、恋も一生を賭しても完全に理解することはできない。でもね、其れでいいの。だからこそ私は一生にこさんに恋心を捧げ続けることができる。恋心を動力に愛を灯し続けることができる」
「好きという感情を失くしてしまう人がいるけど、私は決してそうはならない。死すら超越して共に在りたい。それが叶わないなら来世でも共に歩みたい。つまりはにこさんを骨までしゃぶりたいってことよ」
語り過ぎたのが恥ずかしかったらしく、あんじゅが最後に好きなフレーズを入れて締めた。聞いてるにこは繋いだ手に汗が滲みくらい火照っていた。好きとか大好きは家族から言われ慣れている分、あんじゅに言われても嬉しさはあってもここまで強烈な羞恥はこない。
常識は家庭で。勉強は学校で。心の成長は恋で。多くを学び成長できるからこそ、人は其れらを大切にしてきたのだろう。あんじゅは言葉に出さずに心の中でだけきちんと締める。
「チーズハンバーグ。今までで一番美味しいの作れるようにがんばるね」
今のにこが返せる最高の回答はこれだった。答えが出てないから言葉に愛を乗せられない。軽々しく乗せるのは真剣なあんじゅに失礼。だからこそ、料理に沢山の愛情と感謝を込める。きっと言葉通り一番美味しい物になる。
「ええ、期待してるわ。あ、エプロンも買わなきゃいけないわね。にこさんに似合うフリフリが可愛いやつ!」
「エプロンにフリフリがついてても邪魔にしかならないような」
「機能美よりもにこさんが可愛い方が重要だからフリフリは必須よ」
反論は駄目と言わんばかりに弾んだあんじゅの声に頷くしかなかった。
「にこさんは可愛いんだから可愛い物を着る義務があるの。これからは機能より見た目の可愛さを選ばなきゃ駄目だからね」
「あんじゅちゃんみたいに美人の場合は?」
「やだ、にこさんってば。私のことを褒めてどうするつもりなのかしら。勿論、にこさんに求められるなら私の全てを捧げるけど」
「褒めるというかあんじゅちゃんが美人なのは事実だよ。スタイルもいいし。声も可愛いし」
自分とは雲泥の違い。これは自虐ではなく事実確認。一方のあんじゅはにこに褒められて極楽気分。思わず濡れてしまいそうな程嬉しい。一応涎で口周りが濡れてないか空いてる右手で口元に触れて確認した。
「余りにもにこさんが可愛くて言い忘れてたんだけど」
「なぁに?」
「にこさんは自分の声が嫌いなのかしら?」
思わず歩いていた足を止めてしまった。あんじゅも同じように停止した。せっかくパパとママがくれた声。嫌いではない。と、言えないのが悲しい。若干コンプレックスだから。
「……あの、少しだけ」
アイドルの動画を見る度に少しだけ積もる心の穢れ。可愛くて歌が上手くて声まで可愛い。声の可愛さは努力で補えない。自分では絶対に届かない領域。だから――夢を諦めた。でも、声や音痴だったことの所為にする自分は嫌い。何かを理由にして諦められる人間なんて、100%成功しない。
「有名な狸ロボットのアニメは知ってる?」
「うん。妹達が大好きだから毎週観てるよ。毎年映画も行くし」
「私達が小さかった頃のロボットの声は覚えてる?」
「過去の作品はDVDで借りてきたりするから覚えてるよ。あのドラ声だよね」
「ええ、そう。あの人は子供の時からずっと自分の声にコンプレックスを持ってたそうよ。でもね、他にないあの声だからあの役にってスカウトされたの。最初はすごく悩んだみたい。本当に自分の声でいいのかって、不安しかなくて。でもね、何度も何度も説得されて」
ここにツバサが居れば『三顧の礼とか強靭の星の原画担当の人の話みたいね!』とか無駄にカットインしてきてあんじゅをイラつかせただろう。ここには居ないのでスムーズに言葉を続けた。
「悩みに悩んだ末に声優の仕事をやってみる決意を固めたという話よ。其れが多くの子供達に愛され続ける作品の礎になったの。今はもう声は変わってしまったけど、もし普通の声だったら今はもうない作品だったかもしれないわ」
「愛される声って誰の耳にも可愛いとか綺麗とかで判断できないと思うの。それにアイドルって可愛かったり綺麗な顔してるのに、まるでその顔に合わせたような声をしているじゃない。クールなら低めの声。可愛ければ甘い声。綺麗なら細い声。完璧過ぎて私は応援したいとは思えない」
「にこさんは可愛い顔だけどちょっと変な可愛い声。アイドルと違って顔と声が合ってない。でも、私にとっては誰よりも好きな声。耳元で愛を囁かれたら胸のドキドキが抑えられないんじゃないかと心配するくらい。だからこそ、にこさんに自分の声を好きになって欲しい」
「スクールアイドルを広めようとするなら、自分の全てを好きになりましょう。そうじゃなきゃいざという場面で自信が持てずに失敗してしまうわ。私を愛する前に、にこさん自身を愛してあげて。私はいい女だから少しくらいは待てるわ」
ずっと好きになれなかった自分の声。低めでちょっと濁ってる感じがして。せめて音痴じゃなかったら『歌声は綺麗だね』とか褒められて好きになる切っ掛けがあったかもしれない。でも、そんな切っ掛けはありえなかったIF。だけど――
「待てるのは少しだけなんだ」
――音痴だったのはこの瞬間の為だったんだ。あんじゅにこうして自分の声を好きになる切っ掛けを貰う為。等身大の自分を愛せるようにって、愛を説くように優しく背中を押して貰う為。パパとママに今のにことして産んでくれてありがとうって、心の底からの親愛なる感謝を言えるように。
だけど出てきた言葉はあんじゅへの感謝ではなく、ツッコミだった。だって、ここで感謝しても意味がないから。あんじゅが好きな自分の声を好きになること。胸を張って自分の声を誇れるようになること。それこそが今のあんじゅがくれた贈り物への最大の感謝になるから。
「当然じゃない。今年のクリスマスにはにこさんと身も心も結ばれてる予定なんだから!」
「みもっ!?」
いつもの如く感動を最後に吹き飛ばすあんじゅ。決意を固めた顔で追撃する。
「私がにこさんを抱くのではなく、にこさんに抱かれてみせるわ。自信をつけたにこさんが私を押し倒すの。私に触れながら愛を囁き、この身体に消えない想い出を刻んでいくの。愛し合うことを教えてくれるの」
完全に口元が緩んで残念美人状態。にこは空いてる左手であんじゅのほっぺたをむにゅっとする。
「恥ずかしいから街中でそんなこと言っちゃ駄目」
部室でされたお返しとばかりに何度もほっぺたを揉んだ後、我に返って再び店を目指して歩き出す。あんじゅはにこに引かれるようにしながら、完全に夢心地。陽だまりの中でうたた寝をしているようなふわふわした充足感。
「あと、クリスマスはお家でパーティー」
「え゙っ!!」
突然アラームで幸せな夢から現実に戻ったかのような絶望感。明るい未来計画が崩壊する。足元が崩れ、意識が絶望の谷へ落下する。その瞬間、
「パーティーするからその後でも平気? って言おうとしたの」
「な、なんだ。数多くの氷の結晶で体中を貫かれたかと思うくらいの絶望に見舞われたわ」
表現がツバサに借りた少年漫画の影響を受けつつあるが、にこは気にしない。というか気づかない。
「あんじゅちゃんも一緒に家でパーティーしようよ」
「まぁっ! 素敵ね。で、でも……パーティーが終わった後、にこさんを私のお家に連れて行くってことは、そういうことだってにこさんのご両親にバレちゃう訳よね」
普通は友達同士のお泊まり会だと思われることに微塵も気づかない。にこはどう返したものかと少し悩んでから、
「その時はその時。どうなってるかまだ分からないから。でも、 」
最後は口パクで言葉を締めるにこ。改造計画後のにこは小悪魔っぽい性格が似合うかも! と興奮しながらも、聖夜が初めての夜になっていることを願うあんじゅ。でも、今日も今日とて初めての夜に違いない。幸せの道をにこと歩みながら、願わくば全てが上手くいきますように……。
次回の綺羅星~!
ついにベールを現したUTX高校生徒会長
圧死させるような強力なプレッシャー
見た者を突き殺す氷の眼差し
非理論的な話は一切聞かない効率主義者
UTXの規律を守る為に、彼女は謀反者を処刑する
オスマン帝国から自国を守った英雄のように
罪ある者は同じ学校の生徒でも容赦はしない
だがこれはスクールアイドルを広める為の聖戦
ツバサは自らの命を燃やし、仲間に夢を託して綺羅星のように輝いた
次回『ツバサはじめてのりょうちけい』
私の命もあと一話! って、何よこれ~! それから改造計画ってやつはどこに行ったのよ!?
※にこの声云々はにこ個人の感想
※重※要※アイドルの声云々の話はあんじゅさん個人の感想です※※※