矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

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17.罪という後悔の迷宮

 私は目を覚ましてから毎朝夢を見る。

『そんなに気にすることじゃないよ』

 陽だまりみたいな温かさを持った男の子。物心つく頃から一緒にいて、人付き合いが苦手だった私をいつも救ってくれた。落ち込んだ時、泣きたい時、寂しい時、必ず私の傍に居てくれた。大切な物を貰ってばかりで、全然返せなくて、それが時々妙にもどかしかった。

『英玲奈ちゃんは充分に魅力的だから、それを自分で否定するのはいけないことだよ』

 私の方が誕生日が早くて、背も一度も抜かれたことはなかった。だけど、心の成長はずっとずっと負けていた。今でもきっと其れは変わってない。彼はずっと私の前を歩いてて、その背中を追い続ける。でも、その背中が見えないまま時間が流れる。

『表情の変化が分かり難いくらいで、英玲奈ちゃんの魅力は全く衰えないよ』

 笑わない子ってよく言われた。無表情で人形みたいって怯えられた。何を考えてるのか分からなくて不気味と陰口叩かれたこともある。中学生になってから、クールだと評価されるようになった。逆に言えば其れは冷たいってことで、褒め言葉のつもりで使ってるのが逆に傷つく。そう思うのは私の我侭だったのだろうか?

『責任力あるからなのかさ、英玲奈ちゃんってクラスの出し物の時はいつもより表情豊かになるんだよ。知ってた?』

 彼は私以上に私を知ってくれている。良いところは褒めてくれて、悪いところは優しく嗜めてくれる。家族より安心出来た私の居場所。当たり前のように続いていくと思っていた二人の道。

『多くの人の前に出るようなことに慣れれば、今よりも表情豊かになって、より魅力が増すかもね』

 変化のない表情。蓄積されてきた穢れ。思春期ということもあり、我慢できなくなって、だから彼が提案した。

『そういえば今度コンクールだかコンテストか忘れちゃったけど、モデルを発掘するって募集を見かけたよ。英玲奈ちゃん、チャレンジしてみたら?』

 其れは今まで続いてきた当たり前の終わり。彼との別れ道。常に気にすることはないと言ってくれていた彼の言葉を信じず、胸の内に巣食う穢れを優先した愚者の選択。だから私は陽だまりを失った。

 モデルの統堂英玲奈という道を一人で歩く。仕事という責任感から表情筋は以前よりずっと柔らかくなった。笑っていることを気づいてもらえる。クールという言葉がきちんと褒め言葉と受け入れられるようになった。だけど、安らぎの居場所を失った。

『モデルとしてデビューなんて凄いよ。初仕事は英玲奈ちゃんに先を越されちゃったね』

 その時は初めて彼より先に大人に近づけたと思った。憧れ続けた背中に追いつき、並んで歩けるようになったと思った。貰ってばかりで子供っぽい私が、貰うだけじゃなくて与えたり出来るようになるかもしれないと。考えただけで胸が高鳴った。

『統堂さん。貴女は女性人気だけでなく、男性人気も会得できる。だから恋愛はご法度。男性との接触は極力避けるように。昔と違ってアイドルブームの所為で……』

 夢の終わりを告げる言葉。その時になって私は漸く気が付いた。私は彼を男性として好きなのだと。本当はずっとずっと知ってた。気づかない振りをしてただけ。心は理解しながら、頭で拒絶してた。其の理由は簡単。

 

 ――あの頃の私には自信がなかった

 

 自信と引き換えに得た物は、彼と逢えない今日がまた始まるという現実。閉じていた目を開く。贅沢な話なんだと思う。モデルを目指してもなれない人がいる中で、こんな後悔ばかりの私に仕事が多く入る。なのに私は戻りたいと日々思っている。逢えない分だけ募る想いと切なさ。

 寝ている間に彼と逢えた時、朝目覚めてから幸せな気持ちに包まれる。だけど、夜部屋に帰ってきた時、その幸せな気持ちが裏返る。現実では彼に逢えないという事実が心を引き裂く。感情が抑えきれなくなって、泣くことをやめられない。

 どんな人間にも時間を戻すことが出来ない。誤った選択を正すことは出来ない。だからこの苦しみから逃れることが出来ない。こんなにも苦しいなら、いっそのこと彼のことを全て忘れたいとすら思ってしまう。

 だけど私は卑怯者だ。何度も何度も忘れたいと願っても、一度として彼と出逢わなければ良かったとは思ったことはない。思えるわけがない。彼と出逢わなかった私なんて、私とは成りえない。

 

 多くの感情を教えてくれたのが彼

 短所を長所に変えてくれたのが彼

 人の輪に恐れることなく入れるようにしてくれたのが彼

 こんなにも人を愛しいと想えることを教えてくれたのが彼

 

「……逢いたい」

 涙の代わりに想いが溢れ出る。叶うことのない願い。モデルとしての人気が出れば出るほど彼が遠ざかる。世界の色が消えていく。表情は豊かになったのに、心はどんどん冷え切っていく。自分の想いに真っ直ぐに生きたい。そう思っても行動に移すことなんて出来ない。

 好きがどんな想いよりも心を占めているのに、仕事を放棄するなんて責任感が許さない。だって、この仕事は彼がくれた物だから。離れる切っ掛けになったのに、モデルは彼との繋がりだから。

自分の意思と想いのちぐはぐ具合は、糸の絡まった操り人形のよう。

 人形と呼ばれるのを嫌っていたのに、自ら操り人形と自虐する。最近忙しくて疲れが溜まっていて、思考がより暗くなっている証拠。でも、今日は完全オフで学校に行った後はそのまま休める。体は休めても心は救われることはない。

 学生でありながら、学校に行く日数よりも仕事の数の方が多い。だからまだUTX高校の生徒である自覚は薄い。其れが特待生という立場である証明。休んでしまおうかという誘惑に負けそうになる。あたかもその考えを読んだかのように、スマフォがメールの着信を知らせた。気だるい体を起こし、手を伸ばしてスマフォを取る。差出人は生徒会長。

 

『今日は必ず学校にくること。スーパーモデルの君のことを、大変に愚かな者達が待ち受けているよ。夢と現実の区別のついてない愚者。いや、愚者とすら表現するのも失礼なくらいの大馬鹿者。現実を行き続ける君とは対極の存在。猛毒になるのか万病の薬になるのか。結果を待っているよ。十一時に第四トレーニングルームに行ってね』

 

 ミステリー小説の暗号のように解読不明の部分もあるが、十一時に第四トレーニングルームに誰かに会いに行けということだろう。それは別に構わない。モデルという仕事は一期一会も多い。逢いたいのはたった一人だけだというのに。

「……はぁ」

 重い波がきている。こんな時はひたすらに眠るか、仕事の忙しさで気を紛らわせたい。だけど、今日は其れが出来ない。憂鬱が身体を支配する。

「人を好きになるとは呪いのような物だな」

 こんなに苦しいのに手放せないのだから。いや、こんな苦しい想いすらも誰にも渡したくない。そんな気持ちがあるのに、全てを捨てて彼に逢いに行く勇気がない。モデルが彼との繋がりというのは臆病な心の言い訳。

「強くなりたい」

 自分の気持ちをハッキリと伝えられるくらいに。二度と道を違えることがないように。仮初の強さではなく、自分の中でしっかりと根付くような強さを。

「……」

 本当に今日は重症だな。苦笑いを浮かべながらベッドから降りる。学校へ行く準備をしていれば少しは気分転換になるだろう。頭ではそう考えていながら、パジャマのままで椅子に腰掛ける。そして、当たり前のように机に広げたのはアルバム。

 親が作ったアルバムから彼と一緒の写真を抜き取り、こうして良く見るアルバムを製作した。彼との高校入学の写真とか飾れれば良かったのに。モデルになってなければ、間違いなく彼と同じ共学に通ってた。

 自分でこんなことを思うのもアレだけど、相当に自分はめんどくさい女だな。男からは敬遠されるに違いない。でも、彼以外からどう思われても構わない。やはり私はモデル失格だ。

「楽しかったな」

 写真の中で幼い彼が笑顔で笑っている。その隣で楽しそうには見えない無愛想な幼い私。でも私は知ってる。彼と一緒でとっても楽しんでいたことを。無自覚に恋を育んでいたんだと。

 新しいページを開いていく。成長していくけど、二人の距離は離れることはない。この写真と写真の間には全てを覚えてはいないけど、二人の当たり前の日常があった。大人に近づくということは、自分を切り捨てることなのだろうか……。

 だったら大人になるということは、この痛みがなくなるということなのだろうか? だとしたら私は大人になれなくていい。ずっと大人になれなくてもいい。だけど現実にネバーランドは存在しない。仮に存在したとしても、そこはきっと永遠に変化のない写真のような世界。

 結局私はいつまでも彼の背中に追いつけないまま。自業自得にしては重すぎる罰。もっと早く恋心に気付いていればこんなことにはならなかったのに。後悔だけが豪雨のように降り注ぐ。止まない雨は現実にはない。でも、心の中のこの雨は降り止むことを知らない。

「……」

 新しいページに空白だけが残る。中学になって少ししてモデルの仕事を始めたから、それ以降の写真が何一つない。本当ならこのページも、次のページも、その次も。ありえた筈の未来が、白紙という過去に塗り替えられる。

 修学旅行の自由時間。誕生日会。中学の卒業式。高校の入学式。何気ない日常の瞬間。零れ落ちた可能性は戻らない。何度同じ懺悔と後悔の迷宮に潜ろうとも、現実は一秒たりとも変わらない。

「逢いたい」

 想いも現実も後悔も。今日も何一つ変わることがない。そう思っていた。だけど、迷宮を抜け出すアリアドネの毛糸が魔法のように現れる。初めて聞くスクールアイドルという存在によって。目を覚ましてから見る夢の終わりが訪れる。心の中であっても、止まない雨はないのだから……。

 

◆おまけ・前日の会議◆

「アレは相手に情けを掛けるような相手じゃない。何かの意図があって私達を会わせる決断をしたに違いないわ。断じて中二病発言の痛さに同情した、なんてことはありえないし」

「待ってよ! 明らかに私の言葉に感銘を受けてたじゃない」

 あんじゅとツバサの意見は真っ二つに割れていた。どちらかと言わずともあんじゅの意見が正しく、どちらかと言わずともツバサの発言が間違っている。ただ、そうする判断をさせたのは紛れもなくツバサの功績であるが。

「二人とも頑張ったってことにこね」

 ぴょこぴょことツインテールを揺らしながら満面の笑みのにこ。

「あぁ~にこさん可愛い!」

 もうあんじゅの思考からツバサは消え失せていた。にこへの愛に心と表情が蕩ける。

「にこさん好き好き大好き!」

「んんぅ!」

 強く抱きしめられてにこが喉を震わせる。にこが猫だったらストレスで早死にしていたことだろう。と、ツバサはどうでもいいことを考えながら冷静になる。生徒会長との勝負は激闘ではなく死闘だった。

 あんじゅにはああ言ったが何故逆転演出が発生したのか分からない。自分の発言がスイッチになったとは思うが、核心を持てる訳でもない。漫画なら別視点で種明かししてくれたり、回想シーンが入って正解を教えてくれるが、現実にそんなものはない。UTXに何かしら利のある行動と判断された?

 否、自分で言うのも何だけど賭けに出るには倍率が崩壊していた。当たれば伝説の玉が買えるような倍率だ。だけど答えのない問題に時間を賭している場合ではない。明日は今日みたいにピンチになる訳にはいかない。奇跡は二度も簡単に起きたりしないから奇跡って言うのだから。

「今日の話題は後日するとして、奇跡の統堂勧誘の作戦を練りましょう」

 祝賀会を上げるのはメンバーが正式に増えてから。勝って兜の緒を締めよ。例え絶対王者に勝っても、次の試合で負けてしまっては意味がない。一番好きな漫画から学んだことだ。

「作戦は至って簡単。中二病を患ってる綺羅星さんを置いていく。以上が成功の秘訣ね」

「何を言ってるのよ。私が居なかったら絶対に勧誘できないでしょう」

「会長への発言を文に起こしてから、もう一度その台詞を言って頂戴。言えたなら黍団子作ってあげる」

「誰が猿よ!」

「誰も猿だなんて言ってないわよ。ツバサって名前なんだから雉に決まってるじゃない。一番戦力外なところとか似てるし」

 言い返す前に確かにと納得しかけて、大きく頭を振った。

「ツバサと翼のある雉を掛けてるのは上手いけど、誰が戦力外よ」

「はぁ~。一人でウッキーって煩いわね」

「やっぱり扱いが猿じゃないのよ! 褒めて損したわ。後付設定ね!」

「本当にツバサルさんは賑やかね」

「誰がツバサルよ!」

 こんな風に言い合ってるけど、二人で行動すれば支え合って結果を出す。あんじゅとツバサはやっぱり凄いなぁっと関心しながら、テーブルの上の紙を見る。十一時に第四トレーニングルーム。明日もまた自分は何もできない。スクールアイドルの未来を二人に託して、ただ待つだけ。

「ねぇ、あんじゅちゃん。ツバサさん」

「何かしら。何か追加で注文する?」

「奇跡の統堂を勧誘する必殺技でも思いついた?」

 今日を乗り越えたばかりで、明日また説得しなければいけないというのに、重圧を感じさせないマイペースな二人。尊敬する二人ならきっと大丈夫。

「あのね、にこね……その、ね」

 にこはたどたどしくなりながらも言葉を紡ぐ。あんじゅは目を輝かせ、ツバサは神妙な顔を浮かべた。これは決戦を明日に控えた勇者達の会議。 おしまい!

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