◇それぞれの前夜◇
ツバサは机の上のノートに色んな言葉を書き込む。だけど、直ぐに二本線で消されていく。超人気モデルで特待生という立場から、どうすれば特待生を剥奪され、モデルを止める決意を出来るというのか。心からの熱い説得でなんとかなる?
「流石にないわね」
生徒会長に学ばされた。熱い言葉だけでは議論にすら値しない。本人の勧誘に成功した後、今度は大人を相手にしなくてはならない。今のままでは通用しないと、最後の言葉で教えてくれたのだ。逆に言えばまだまだ成長できるという証明。
「あはははっ」
無意識に笑いが生まれる。バスケをしてた頃よりも充実していて、だから初めてこう思った。身長が高くなくてよかったって。あんなに欲していたのに、努力じゃ手に入らなくて嫉妬したりもしたというのに。スクールアイドルとしての今が、暗かった過去すら明るく照らしてくれる。
入学した時に思い描いた輝かしい日々なんて霞むくらいに、睡眠を取る時間すら勿体無いと感じてしまうくらいに大好きな毎日。好きな漫画の最終巻の一ページ一ページを愛おしむみたいに。
たまに主要キャラが全員揃ってこの先どんな展開になるのかと期待していたら、打ち切りで連載終了してしまうあの悲しさ。そんな状態を招かない為にもしっかりと明日だけでなく、その先の一手を考えたい。
想いの強さだけで策は生まれない。シャーペンを指でくるくる回しながら頭も回転させる。会長の言葉は正しい。でも、一番熱い想いを宿すにこと対峙していたら……あの言葉を同じように発しただろうか?
違う言葉を投げかけていた気がする。自信がなくても、緊張で言葉がつっかえつっかえになっても、にこの言葉には人を惹きつける魔力があるから。だからこそ、明日のことを考えると口元が堅くなる。
「……ジョーカーを切るべきタイミングは明日でいいのかしら?」
既に決まった事だとはいえ、未来への不安が拭えない。ジョーカーとは最強の手札であるが、ゲームによっては敗北へ繋がる諸刃の剣。
「剣より錫杖みたいな特殊な武器の方が最近ブームなのよね」
いくら考えても策士になれない。そんな現実から逃げるように思考が逃避を始める。いっそもう現実を捻じ曲げるくらいの熱意を宿せば、其れが究極の武器になるんじゃないだろうか? 勿論最強の武器は仲間との絆! 私を誰だと思ってるの? 最強最悪のスクールアイドル・綺羅星!
言うまでもなく、深夜は中二病をレベルアップさせる。現実と現実逃避のループ。策は思いつかぬまま、睡眠時間だけが減っていく。広大な泥土の中を遠泳するように、疲労と恐怖だけが蓄積される。それでもツバサは足掻き続けた……。
朝日がカーテンを明るく染め上げる頃、ベッドに入ることなく、ノートに頬を付けたまま、ツバサは夢の世界へ旅立っていた。実らない努力は評価に値しない現実の中で、其れを理解しててもツバサは笑って言うだろう。実らないと理解しても努力を続けてみせると。
だって彼女は紛れもなく――スクールアイドルの勇者だから
布団の中でずっと目を瞑っていたけど、夢の中に落ちることがない。理由は分かっていた。緊張で胸がドキドキして眠気がこないから。
「……眠れない」
今から六年前。二人の天使が生まれて、にこはお姉ちゃんになった。もっと年が近ければ構って欲しくて駄々を捏ねたりしたのかもしれない。だけど、年が離れてることもあって、立派なお姉ちゃんになろうと強く意識するようになった。
だからこんな風にワガママを言ったのは歌が下手なことで駄々を捏ねて以来。パパもママも怒ることなく、自分を信じて受け入れてくれた。本当はいけないことなんだって分かってる。自覚はしてるし反省もしてる。でも、後悔はしていない。
「にこは悪い子だなぁ」
小さな呟きは、目覚まし時計が刻む音に掻き消された。目を開けて首の位置を少しずらす。薄っすらと光る針は既に三時半を指していた。明日は寝不足間違いなし。そう分かってても眠れないのだから仕方がない。
モデルの統堂英玲奈。バイト経験のないにこにとって、働いているという時点で目上の人というイメージがある。そんな凄い人がスクールアイドルに興味を抱いてくれるだろうか? 例え興味を抱いてくれたとしても、今の地位も仕事も放棄して、特待生という立場を破棄するなんてありえるだろうか?
冷静に言ってこちらから提示できる利はない。ツバサが好きな策という物も用意していない。冷静に考えると無謀以外の何でもない。自分のように諦めたから生まれた夢に乗ってくれるような環境にいない。あんじゅとツバサですら奇跡だったのに。
「……ん」
自分のほっぺたを揉んだ。自信のないことを言った自分を戒めるというよりは、あんじゅならきっと自信のない自分に、こうやって元気と自信を分けてくれる。あと、大きな愛。気持ちで負けてちゃダメだ。
「にこは可愛い。にこは可愛い」
自信をつける為の呪文。自信を持って勧誘しないと相手にも失礼だし、好きと言ってくれるあんじゅにも失礼。
「にこは可愛い。にこは可愛い」
考えを直す。あんじゅとツバサと出逢ったことは運命であり、奇跡ではない。明日の出会いも奇跡ではなく、運命なのかもしれない。だったらまだ奇跡はこの先に残っている。未来という沢山の可能性の中に、望むべき未来という奇跡が眠っている。
其れを掴み取る為には、もっと自分の行いに胸を張れ、矢澤にこ!
活を入れる。そもそもヘッドハンティングは違法じゃない。仕事と部活という違いがあるが、これもまた違法ではない。尤も、合法であれば何でも許されるのかと言えばそうではない。正しさだけでまかり通るなら、人の心はこんなにも複雑ではない。
モデルファンに恨まれる可能性は高い。モデルをしている現在よりも売名行為という意味での質は格段に下がり、UTXの出入りを禁止されるかもしれない。だけど、ツバサの考えた咲くは正しいと思ってる。
これこそが私達の正道。がむしゃらに正しいと信じた道を行く。恨みのような強い感情が反転すれば絶対的なファンとなる。人間の印象というのは、悪い方から良い方へ変化するのが一番好感を持ち易いらしい。強引な理由付けだけど、自信を持つ為になら何だって武器に変えよう。
「私は可愛い」
あんじゅのように目を惹く色っぽさはない。ツバサのようにカリスマ性はない。可愛いと自己暗示を賭けなきゃいけないくらいに平凡。だからこそ、スクールアイドルのお手本になれる。可愛く在ろうとする形こそスクールアイドルなのだから。
遠き北海道の地からも応援してくれた。あの人気モデルがスクールアイドルになるかもしれないと知らせた時は驚いていたが、成功すれば難航しているメンバー集めも上手くいくかもしれないと。だから絶対に成功させてって、その言葉が大いなる勇気を与えてくれた。
だけど希望を得れば得ただけ、希望を蝕もうとする絶望が湧き上がる。失敗という名の猛毒を想像すると身が竦む。成功する未来と失敗する未来。揺れ動く未来の中で、不安を消しきること等できずに目を瞑る。
アラームが鳴り始める迄一時間を切り、にこは漸く眠ることができた。大いなる不安をひと時の間だけ忘れられる安らぎの揺り籠。
矢澤にこは道を開く者
彼女もまた――スクールアイドルの勇者である
「ぁぁあっ、にこさん!」
優木あんじゅはマイペースを崩さない。泊まりにきた時に一緒にお風呂に入ったことで、妄想の質は格段に上がった。にこを想い絶頂ラッシュを経験し、安らかな微笑みを浮かべながら眠りについた。……眠りについた。
◆決戦当日の朝/喫茶店◆
三人の女子高生が座る席に華は無かった。ツバサは寝不足な上に、座って寝たので節々が痛い。にこは一時間と寝ていない為、出る欠伸をダルそうに、手で隠す作業を繰り返していた。そして、充分に睡眠を取ったあんじゅは……。
「……」
にことあんじゅ以上に酷い顔をしていた。この世の終わりを自分一人だけが知っていて、其れを話してしまうと即座に崩壊が始まってしまう。だから自分一人で抱え込み、その時がきてしまうことをただただ震えている。そんな状況であるように見える。それほど酷かった。
「あー。色々考えては見たんだけど、結局駄目だったわ」
張りのないツバサらしからぬ声で告げる。何か策を思いついていれば今の状態でも、いつもの元気で胸を張っていただろう。
「そっかぁ」
夢現を迷子になりながらも、どうにか意識を保っているにこが答えた。英玲奈をスカウトするに当たって、初めて学校をサボったにこ。他校の生徒を休んでUTXに連れてきた、というアキレス腱を残すことになるのがツバサは心配だった。切り札は最後まで取るべきではないかと。
カードゲーム主体の漫画だと、先に切り札を見せた方が十中八九負けとなる。だが、にこという支えがあれば英玲奈の説得という関門はどうにか出来る。そんな予感がする。全く根拠なんかない。でも、そう思わせる不思議な魅力がにこにはある。
「……」
いつものあんじゅであれば、朝食を一緒にできることに感無量の喜びを表していたことだろう。今日はまだ挨拶の一言を搾り出したきり、無言のまま今に至る。にことの距離もいつもならピッタリとくっ付いているのに、今日は隙間が開いている。
出逢った瞬間からその距離をゼロにしようとするあんじゅらしくない。オレンジジュースを飲んで少し起きた頭が疑問を口にさせた。
「あんじゅちゃんどうかしたの?」
にこの声にあんじゅは一瞬身体を震わせた。ハッとしたように顔を振ってにこを見る。今にも泣きそうなあんじゅの瞳。絶望に染まる中、重々しく言葉を紡ぎ出す。
「夢の中で……にこさんが、私に……ウザいにこって、何度も、何度も……うぅっ」
夢を見る時間すらなかったにことツバサに対し、絶望の夢を経験したあんじゅ。人事を尽くさなかった人間に対し、天はどこまでも冷たい。ある種の自業自得。だが、にこはそんなあんじゅの言葉に胸を撫で下ろした。
どこか具合が悪いのかと心配したから。身体をあんじゅの方へずらし、いつもの距離に落ち着くと言う。
「にこはあんじゅちゃんにそんなこと言わないにこ。偽者の言うことなんて気にしちゃダメだよ」
本物はここに居ると言わんばかりに、あんじゅの腕に顔を擦り付けた。小動物が自分の匂いをマーキングするような行動。絶望は一転して絶頂に変わる。
「あぁ~ん! にこさんにこさんにこさん!」
にこの顔を胸に抱き寄せて喜びに身体を揺らす。
「んぅぅ!」
にこが若干苦しそうな声を上げるが、幸せ絶頂のあんじゅの耳には届かない。もう何も恐くない状態。
「ふぁ……あぁ。緊張感、ないわね」
ツバサは欠伸をしながら、何だかんだでいつも通りになった二人を見て、目を擦りながら手を付けてなかったホットサンドに手を伸ばす。腹が減っては戦ができぬ。ただでさえ今はバッドステータス。無理にでも栄養を付けて頭を回転させなければならない。
受験の時先生が言っていた。人間の脳は起きてから三時間経って漸く目覚めると。約束の時間が十一時。今現在が七時前。充分脳は冴えてくれると信じたい。信じる為には朝食を完食すること。例え胃が無理だと信号を送ってきても。
「うちの会長同様、チャンスは今回限りと考えるべきね。決して諦めはしないけど、接触の機会を作れるとは思えないから。絶対に蜘蛛の糸を掴んで生還するわよ」
「はい、あ~んっ!」
ツバサの言葉を素通りし、あんじゅはにこの頼んだホットケーキを切って食べさせていた。
「あーん……んっ、おいしい」
「うふふ。にこさんのその食べる姿が私にとってのご馳走だわ」
「二人とも人の話を聞きなさい。というか、あんじゅさんもきちんと朝食頼みなさいよ。いざと言う時に力も知恵も出ないわよ」
注文する気力もなかったので、あんじゅの分もにこがオレンジジュースを頼んだだけで食べ物は注文していない。
「にこさんが食べ終わったらケーキ頼むから一緒に食べましょうね」
「だったらあんじゅちゃんもホットケーキ一緒に食べよう。はい、あ~ん」
今度はにこからあんじゅへ食べさようと差し出される。悪夢からのこの極楽状態。もはや世界よりあなたが欲しいと言い切れる程の幸せ。にこの居ない世界なんて価値がない。
「あ~ん……うっふふふ。幸せだわ。もうこのまま時が止まってしまえばいいのに」
「私達の戦いはこれからなのに終わってどうするのよ。現実の打ち切りエンドなんてごめんよ」
「打ち首エンド? 綺羅星だけに儚い散り際だったわね」
「打ち首じゃないわよ、打ち切り! 打ち首とかいつの時代の日本よ!」
あんじゅの毒舌にツバサが元気に切り返す。いつもと変わらない日常。
「あははっ。なんだかいつも通り過ぎて不安が消えちゃった」
「にこさんの不安はいつでも私が消してみせるわ」
「ふふっ。私達に不安なんて必要ないってことよ」
どんなに疲れていても、どれだけ寝不足であっても、仲間と一緒なら活力が沸いてくる。大切な人の笑顔は無限の元気を与えてくれる。現実は時に悪夢より厳しく、底のない絶望をぶつけてくる。一人ではどうしようもないことだってある。
だけど同じ夢を志す仲間が居れば歩みを止めるわけがない。逃げ出すわけがない。大切な人がこうして傍にいてくれるのだから。例え両足が重くて動かなくなったとしても、支え合って歩いていく。其れが仲間と一緒にいるということ。
だからスクールアイドルは絶対に夢を諦めない。現実に屈しない。一人の夢は諦めても、好きな人達との夢は現実を希望に染め上げる。それが絆を結んだ仲間達との無言の誓い!
「綺羅星さんがあの顔をしてる時はくだらないこと考えてる時ね」
策もなければ体力もない。だけど三人に不安もない。恐怖を知りながら恐怖を恐れない。未来を希望に染めていく。絶望を希望にすれば其れだけ多くの笑顔が生まれるのだから。彼女達は紛れもなく勇者である……。
明日のスクールアイドルへ
寝不足にも負けない不屈の勇者
矢澤にこの章