矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

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20.矢澤にこ自身がラブライブ

「綺羅星という地球外生命体が礼を逸したわね。私は優木あんじゅと言うわ。同い年ね」

 あんじゅの言葉にツバサは今更気が付いた。勝手に盛り上がって、自己紹介すらしてなかったことに。余りにもうっかり過ぎた。先ほどの躾という言い方は強ち間違っていない、と感じる程に。だが『中二病の魂 心の若さ尽きるまで』という言葉があるように、きっとこの先も同じ過ちを犯すこともある可能性が高い。

「それで、こちらの誰よりも可愛い女の子が」

 にこの後ろに回り、抱きしめながらほっぺを二度ふにふにしてから、言葉のバトンをにこに繋いだ。誰よりも可愛くはないよっと思いながら自己紹介をする。

「矢澤にこ。今はUTXの制服を着てますけど、音ノ木坂学院に通ってます。私も同い年です」

 きちんと挨拶できたにこを後ろから可愛がる。完全に二人の百合世界。なんの為に仕切りなおしたのか呆れる余裕が生まれながら、先に自己紹介を改める。

「先ほどは失礼したわね。私は綺羅ツバサよ。同い年だし、気軽にツバサって呼んで頂戴」

「男の子だってきちんと言わない方がもっと失礼よ」

「えっ?」

 ツバサの勧誘には全く表情を動かさなかった英玲奈が、驚きの色を浮かべながらツバサを凝視する。その少し細い小さな瞳を大きく見開き、口を閉じるのすら忘れている。

「待って! 初対面の人の前でそのネタ使わないで! というか、本当に男だと思われたことに大変ショックを受けているんだけど。私ってそんなに男の子に見えるの!?」

 冷静に戻った直後の大打撃。爆弾投下したあんじゅはにこの頬に首っ丈。その為にこはツバサのフォローに入れないでいた。

「ち、違うわよ! 私は女の子だからね! というかね、漫画じゃないんだから性別偽れる訳ないでしょ。バレたら一番のお偉いさんの首が飛ぶだけじゃ済まないわよ。学校が終わるわよ。廃校確定よ。そんなリスク背負って入学させる奇人変人がどこに居るのよ!」

 ショックが大きすぎて逆に頭が冴え渡るツバサ。あんじゅの『ツバサ男の子シリーズ』を完結編にすると言わんばかりの威力。これが私の全力よー!

「普通の女の子だったらそんなに全力で否定しないわよ」

 が、駄目。あんじゅにバッサリと切り返された。

「……」

 燃え尽きたツバサから視線を外すと、困惑の色を見せる英玲奈を見据える。写真越しよりも冷徹に思われるかもしれない美貌。だけどその瞳がそうでないことを教えてくれる。ツバサの勢いでは説得できないことも、にこの心の篭った説得で心が全く揺れないということはないだろう。

 真剣に英玲奈を解析しつつ、にこのほっぺたを捏ねる指は止まらない。大事なお客さんを前にしても自分を貫くあんじゅに力強さを感じつつ、なすがままにされるにこ。くすぐったさと指から伝わる確かな愛情を感じつつ、スクールアイドルへの想いをどう形にするかに思考をシフトする。

 あんじゅとツバサはあくまで芸能コースでありながら、異端とも言える存在。芸能人になる気がなかったからスクールアイドルに興味を持ってくれた。でも、英玲奈は違う。其れは最初から分かってたけど、本人を前にすると強く実感する。

 普段から仕事をこなしているからか、ただ立っていてるだけでも絵になる。自分とは明らかに役者が違う。同い年というのすら信じられないくらい。一人だったら臆してしまい、一歩を踏み出すことができなかっただろう。

 今はもう違う。臆する必要なんてない。ツバサが駄目でも自分がいる。自分が駄目でもあんじゅがいる。あんじゅが駄目だったら、その時はまたツバサが立ち上がってくれる。絆を無条件に信じているから、臆するなんて意味がない。

 

 無限に沸く勇気を声に乗せて

 心の底から沸きあがる想いを言葉に変えて

 この楽しさを共有する仲間との未来を掴み取る為に

 

 絆という最高の武器を携えて、にこが英玲奈と対決する。スクールアイドルにスポットライトを当てる為の勧誘。あの日、踏み出せなかった一歩をやり直す。あんじゅの指が頬から離れた。其れがスタートの合図。

「言うべきことはツバサさんが言いました。同じ言葉を重ねても時間を無駄にするだけだと思います。だけど、一つだけ言わせてもらってもいいですか?」

「うん、構わないよ」

「では短刀直入に言います」

 小さく一度深呼吸をしてから、真っ直ぐに英玲奈を見据える。これが矢澤にこのたった一つの冴えたやり方。右手を差し出して言う。

「にこと友達になって、一緒にスクールアイドルをやってください!」

 提示できる物がないのなら、何物にも負けない絆を築き上げればいい。友情という花を咲かせればいい。出会いは一方的であっても、そこに打算が含まれていても、友達になれればただ切っ掛けだったんだって思ってもらえる。運命の1ピースだったんだって思ってもらえる。そうなれればこの出会いは運命に至る。

 

 ツバサは冷静に英玲奈を観察していた。自分が男説以外では表情を崩さなかった英玲奈が、今のにこの言葉に確かな変化が見えた。何と表現すれば正しいのか、複数の感情が重なりあっていて、どういう感情を抱いているのかは憶測は難しい。ただ、宝石を思わせるようなその瞳が波打ったことを考えると、悪い感情ではない筈。

 とはいえ、其れは自分の希望が含まれているからであって、何らかのトラウマを踏んでしまい、瞳が潤んだ可能性だってある。どちらにしろ自分がした説得より効果が出ているのは確か。もしかしたらにこの最大の武器はこれなのかもしれない。

 相手の心の扉を開くという能力とも呼べるもの。其れは決して天性の物なんかではなく、矢澤にこ自身が培ってきた感性その物。あんじゅは愛。自分は好奇心。果たして今英玲奈はどんな扉を開かれているのか……。

 どんな扉であるかは分からないが、もう戻れはしない。にこの世界に包まれてしまったら最後。光り輝く栄光を勝ち取るまで、壮大な未来という夢を掴み取るまで、もう歩みを止められない。スクールアイドルこそがにこの世界。やがて生まれるラブライブ。人はこう呼ぶ事になるのかもしれない。ラブライブ。其れはスクールアイドルの甲子園。或いは、矢澤にこ自身がラブライブであると。

 

 成長と共に人は幼き記憶を失っていく。だけど、英玲奈には絶対に忘れたくない思い出があった。何度も何度も上書きし、その思い出を守り続けてきた。今や英玲奈にとってその思い出こそが統堂英玲奈の始まり。

 にこが差し出した小さな手は、物心ついて初めて彼が差し出してくれたあの手を思い出させた。友達になろうって、言ってくれたことが全ての始まり。その手を握ってから英玲奈の人生が本当の意味で始まった。

「……!」

 差し出されたにこの手に、幼き彼の手がダブって見えた。何かの切っ掛けで強く彼を思い出すことが多いけど、幻覚を見るくらい自分が参っていることに酷く動揺する。だけど、其れは新しい統堂英玲奈が始まる魔法の瞬間。

 

「統堂英玲奈さん。スクールアイドルは部活動。故に恋愛は自由なのよ」

 

 普通の人では気づけない解れ。だけど、病むほどににこを愛してるあんじゅは勘付いた。恋に迷い臆病になっている姿を垣間見た。悪夢で怯えていた今朝の自分と重なる部分を感じた。

 英玲奈の勧誘の為に調べた情報とも重なる。大アイドルブームに乗っ取り、恋愛自由だったモデル業界も今は恋愛はご法度。好きな人がいたとしても、その想いを口にすることができない。想像しただけで、あんじゅにとって地獄すら生ぬるい世界になること間違いなし。

 ツバサが提示したのはスクールアイドル史に残る名前と名誉。にこが提示したのは友情。そして、あんじゅが提示したのは閉ざされた恋心の開放。

「な、んで?」

 動揺していた英玲奈は、あんじゅの言葉に反応せずにはいられなかった。これによってあんじゅの推測は当たっていることを確信する。にこと出逢うまで恋に全く興味がなかった。だけど、今は恋をしているからこそ、同じように恋をしている英玲奈を応援したい気持ちが湧き上がる。

 言わば恋愛という名の戦場を駆ける戦友。そうでなければ、にこが差し出した手をそのままにするとかありえない。その差し出したにこの手は、今はあんじゅの手によって繋がれている。

「恋という病は苦しいわよね。楽になりたいでしょう? モデルという檻から抜け出す切っ掛けを作ってあげる。だから、話して。貴女と好きな人の話を」

 あんじゅの唐突な奇行。にこは小首を傾げ、ツバサは唇を舐めた。解説役をやろうと思ったのに、完全に置いてけぼりの展開になってきた。どこをどうしたら先程の流れで恋に繋がるのか。これが漫画なら読者置いてけぼりの展開だ。

 だからと言って口を挟む訳にもいかない。自分とにこの時以上に英玲奈は感情を露わにしている。突破口が間違っていない証拠。自分の理解が追いつかないからと邪魔したら、仲間ではなくただのお邪魔虫。最終バトルまで読者に嫌われながら生き続けて、最後はアッサリと死ぬ奴になってしまう。

 あんじゅが恋を知ることで、英玲奈の勧誘が現実味を帯びてきた。つまりあんじゅがにこと出会い恋をしたことは運命。そう思うしかないような流れ。凄く強引である気がするが、これで解説役の役目を全うした。後はもう行き着く先までを見守るだけ。ツバサ、無責任の傍観・・・!

「好きな人がいるんでしょう? 隠す必要はないわ。いえ、そうじゃないわね。私はにこさんが好き。一目惚れをして、今も毎日愛情がぐんぐん成長中」

「あんじゅちゃん」

 恥ずかしさに小さくにこが名前を呼ぶが、其れすらも幸せと言ったように微笑む。英玲奈の目には女同士は異端だとか、だからどうしたといった感情は生まれない。自分にはない好きな人に好きと伝える勇気が羨ましかった。自信のなさから変わらない今を得て、失った今を掴んでしまった自分との違いが眩しかった。

「恋ってどんな形にしろ決着をつけないと苦しいのよ。でも、恋を知ってしまうとね、恋を失った後に恋をしてないことで苦しむことになるらしいわ。だから逆に思うの。一つ目の恋を実らせてしまえばいいんだって」

 英玲奈の恋が初恋であることまで読んだ訳ではない。ただのヤンデレ理論である。だが、其れは英玲奈の心に刺さった。忘れたいと願い、だけど出逢わなければよかったとは思えない卑怯者。そんな真っ直ぐな考えは自信の表れ。考え付くこともできなかった答え。

「……確かに、そうなのかもしれない」

 もし今忘れてしまったとしたら、恋心を失くしてしまったことを引きずり続けるだろう。好きだった人を過去にしてしまうなんて、どんな辛いものなのか想像すらしたくない。そうなってはならない。まだ、今ならやり直せる。

 彼の横を並んで歩けるという自信をつける為に始めたモデル。結果的に間違っていた。自信がなくても……。漸く、自分の中で一つの答えが見えた。迷い続けた迷宮から脱出し、降り続ける心の中の雨が止む。その為に踏み出さなければならない一歩目。

 

「優木さんの言うとおり。私は恋をしている。幼馴染の彼に――」

 

 ゆっくりだけど、透き通る言葉で彼との思い出を語る英玲奈。あんじゅは羨ましそうに、にこは真剣に、ツバサは若干上の空になりながら聞いた。英玲奈の心が限界を迎えていなかったら、初対面の相手にこんな話をしなかっただろう。やはり、運命! ツバサは強く確信した。

「――関係ない話までしてしまった」

 初めのクールな表情は影を潜め、母性を見せる柔らかな笑顔。

「統堂さん。モデルをやってたのは間違いだっていうけど、でもそんなことないと思うの」

「え?」

「だって凄くいい笑顔してるから。スクールアイドル向けだと思う」

 話しを聞いて敬語が抜け、普通ににこが笑って告げた。さりげない勧誘。だけど、今度は打算じゃなくて普通にそう思ったこと。モデルよりもずっとずっとアイドル向けの笑顔だったから。にこがアイドル好きになったアイドルに似た笑顔だったから。

「私もそう思うわ。というか、その幼馴染の彼はどこの学校に通っているの?」

「上々川高校だけど」

「上々川ね。オトノキより遠いけど、そう離れてはないわね。急げば昼休み中に間に合うわ。恋する想いをぶつけに行きましょう」

「フゥア!?」

 いくらあんじゅの突拍子な言動に慣れているとはいえ、その発言にはツバサが変な声を上げた。あんじゅはツバサを一瞥すると、言葉なく英玲奈に続ける。

「既成事実とは違うけど、モデルをやめるのと恋を成就させる。それをするのには覚悟を決めて行動するだけ。告白してしまえば事務所も辞めることを引き止められなくなるでしょう?」

「人の意見は邪道扱いしたのに、其れって完全に邪道じゃない!」

「恋に正道も邪道もないわ。そもそも、彼に告白してモデルを辞めたって、統堂さんがスクールアイドルを始めるって決まった訳じゃないんだから関係ないでしょ」

 運命説を確実な物にしていたため、勝手に英玲奈はスクールアイドルを始めるものだと勘違いしていた。少し場違いの発言にうぐぅの音も出せずに撃沈。ただ心の中で『どうしていつも私ばかり』と嘆いていた。

「好きな人がいてその想いが溢れ返ってるのに会いに行かないとかいうのが許せないのよ! 距離が離れてるとかならまだしも、家も学校も近くでウジウジしてるとかないわ」

「あんじゅちゃん。それはちょっと言い過ぎ」

「いいえ、にこさん。自信がなかったのは既に過去。なのに行動しないとか甘え以外のなんでもないわ! 恋って言うのはね、勝ち取るモノなのよ。好きな人と一緒に純愛街道を走りたいならね。何もしないけど会いたい。この想いをどうにかして欲しいとかないわ。後悔するだけなんて何の意味もない。恋をするって傷つくことを恐れながらも突き進むモノよ」

 強引なまでの押し付け。だけど、その言葉は臆病な部分のある英玲奈を奮い立たせるのには充分だった。事務所のこと、モデルのこと、ファンのこと。言い訳にして会いに行かなかった。自信をつけながらも臆病さは直らなかった。

 変わるのなら今日、この時なのかもしれない。生徒会長の手紙に書かれていた『対極の存在』という言葉が思い出された。その後に記されていた『猛毒になるのか万病の薬になるのか』という言葉。臆病な自分には猛毒になり、大馬鹿者になる自分には万病の薬となった。

「優木さん、ありがとう。今から会いに行く。でも、その前に……」

 にこの前に踏み出す。やり直さなければいけない二歩目。英玲奈はにこへ手を差し出す。

「臆病で煮え切らない部分もあるけど、私と友達になって欲しい」

 出会いのやり直し。やる気に満ち溢れた素敵な微笑と共に。にこはその手を握り返す。

「こちらこそ、まだまだ自信がなくて弱気な面を見せるかもだけど、よろしく!」

置いてけぼりのツバサは、てっきりあんじゅが握手を邪魔するかと思っていただけに、少し驚いた。其れを察したのかあんじゅがツバサに言う。

「女同士の友情に茶々を入れる訳ないじゃない」

「え、ちょっと待って。だったら私は何でいつも酷い扱いなの!?」

「ツバサさんは男の子じゃない」

「違うって言ってるでしょ! だから初対面の人の前で言わないでって言ったじゃない」

「だってもう統堂さんは友達だもの」

「そういう屁理屈で返さないでよ!」

 これから起こる出来事はUTXでは当然、上々川高校でも語り草となる。100年に一度と言われるモデルの愛の告白。平日の昼休みをぶち壊す衝撃の事件。ツバサが読めなかったフィールドチェンジ。その結末は……。

 

 

 心の制御の為にずっと『彼』と呼んでいた。一度でも呼んでしまったら塞き止められない想いに溺れてしまうから。でも、もう其れでいい。答えは見つけた。新しくできた友達に背中を押された。恐れる気持ちは恋を失うこと。好きな人が思い出になってしまうこと。だから、私は告げる。

 

「けーちゃん! 私はけーちゃんのことがずっと昔から好きだった! 今も、そしてこれからもずっと好きでい続ける! 私と付き合って欲しい!!」

 

 隣を歩くことを目指す必要なんて最初からなかった。だって、けーちゃんは常に私の手を引いて一歩前を歩いてくれていたのだから。これからもずっと、手を引かれながらけーちゃんの背中を見つめながら成長していきたい。背伸びするのはもうこりごり。勇気を出さずに苦しむなんて二度としたくない。あんな辛い日々は永遠にごめんだ。

 

 けーちゃんの安心する笑顔

 けーちゃんの優しい言葉

 けーちゃんの懐かしい温もり

 

「でも、本当に良かったのかしら? スクールアイドルになるならないは別として、これって完全にモデルは辞めるでしょ。そうなったら先生方からの心証最悪よ。私達全員UTXの制服のままだし」

「本当に綺羅星さんは無粋ね。あんな幸せそうな二人の祝福を前には些細なことでしょ。ね、にこさん」

「うん。もしこれで困難になったとしても、スクールアイドルは人を笑顔にするべきものだから。後悔なんてないにこ!」

 大騒ぎになっている学校のざわめきの中、にこはとても嬉しそうに笑っていた。行く道が険しくなろうとも、そこに道がある限り進める筈なのだから。

「流石私のにこさんだわ! どこかの星とは違うわね」

「なによ、心配しただけじゃない!」

 不安を恐れない。恐怖に呑まれない。踏み出す勇気こそが何よりも大切なのだから。統堂英玲奈がモデルを辞める切っ掛けになった事件。モデルからスクールアイドルになるという報告がなされたブログ。世間にスクールアイドルという単語が注目される切っ掛けを掴み取った。新しい大切なメンバーと共に……。

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