矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

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前回までの【矢澤にこ自身がラブライブ】
スクールアイドルの存在しない世界で、矢澤にこはスクールアイドルを作る
そして、運命に導かれるように優木あんじゅと綺羅ツバサと出逢った
遠い地にてにこの想いに共感し、スクールアイドルを立ち上げる為に頑張る友と交信し
モデル界百年に一度の奇跡・統堂英玲奈を勧誘することにした三人
其れは他校に乗り込んでの事件となった……


後ろ向きだけど全力で前向き!
二律背反。矛盾を武器とする少女・矢澤にこ

ワガママボディにハイスペックなヤンデレ
にこへの愛を糧とする甘えん坊・優木あんじゅ

少年漫画大好きで中二病気味
打たれ強さは勇者級綺羅星こと綺羅ツバサ

見た目はクール心は誰よりも女の子
幼馴染の彼氏ができました・統堂英玲奈


超地味なじぶたれた正道になる物語ここより再幕!

第二章【綺羅ツバサも燃えるラブライブ】

ツバサ「章タイトルも激しくダサいわ! まだ再開の見通し立ってないけど、エタったと思われる前に投下しておくわよ! 本編Re☆スタート」

が、駄目――

伏線という名の幕間からの入り


第二章【綺羅ツバサも燃えるラブライブ】
1.中二病でもスクールアイドルがしたい!


■ 幕間 ―とある主人公達のお話― □

あるところにそれはそれは努力家の少女がいました。

家が剣道の道場をしており、小さい頃から地道な鍛錬を続けています。

冬場の手足の痛みに泣いた日もありました。

練習の辛さに嘆く日もありました。

けれど少女は一度たりとも辞めたいと口にすることはありません。

何故ならば少女には生まれる前からのスーパー幼馴染がいたからです。

家族よりも大切で、どの幼馴染よりも近い、特別な存在。

一度弱音を吐いた時、彼女は言いました。

 

「だったら私も一緒に剣道やる! やるったらやる!」

 

少女は止めましたが彼女は聞きませんでした。

それもこれも同じ苦労を分かち合うことで、心の支えになると信じているからです。

だから少女は弱音を吐くことなく共に頑張り続けました。

才能があったのか彼女はグングンと強くなり、練習試合でも結果を残すようになります。

ですが、少女は試合となると上がってしまい、その実力を全く出すことは出来ずに負けてしまいます。

 

それは小学生最後の練習試合になっても、残念ながら結果は変わりませんでした。

緊張しないように、上がってしまわないようにと、必死になって試した様々な努力も水の泡。

練習試合の終わりに相手の大将が少女に挨拶しました。

自分は来月には海外に引っ越してしまうから、どうしても本気のアナタとやりたかった、と。

本来なら秋になる前に引っ越す予定を、生まれて初めて我侭を言って引き伸ばしてもらっていた。

その事実までは伝わりはしなかったけど、少女には申し訳なさと悔しさで心が一杯になりました。

 

夜になり、幼馴染達の前で少女は大きな声で泣きました。

嘆き悲しみを泣き声に乗せて……少女の慟哭。

幼馴染達は色んな案を出して対処法を考えます。

ですが、試したことがある物に近いか、見当違いのものばかり。

月も終わりに近づいた頃には完全に暗礁に乗り上げてしまいます。

しかし、モデルの仕事で忙しかったクォーターの美人お姉さんが帰ってきたのです。

それが後に語られる伝説の幕開け。

 

三月の最終日。

少女の願いにより、今までのメンバーでする最後の練習試合が行われます。

ずっと実力が出せずに試合の時は先手だった少女が、今日は大将です。

スーパー幼馴染が相手の副将を破り、棄権。

全ての運命を少女に託します。

少女は立ち上がると高らかに言いました。

 

「我が名はウミンディーネ! 我が後ろに友がいる限り、我が前に敵はなし! 我が最大の敵は己の中にあり。だが其れも今は我が友。故に無敵也! 我、これより確定した勝利を手にす!」

 

道場には無縁の壮大な中二病発言。

顔を真っ赤にさせ、声を震わせ、瞳を揺らし、それでも言い切った。

今までの練習試合の中で、否! 人生の中で一番の羞恥。

とどのつまり、これに勝る羞恥は今の少女に存在しない。

試合前の礼の時には今までにない覇気が纏っていた。

ずっと待ち望んでいた本気の少女との対峙。

これを機に剣道は辞めるつもりだった。

そんな気持ちすら吹き飛ばす闘気。

 

見ていた者全ての記憶と心に刻まれるような名試合。

 

試合後、熱い握手と共にいつかの再戦を固く約束した二人。

これは恥ずかしがり屋故に緊張して負け続けていた少女の転機のお話。

語り継がれる名試合なだけに、少女はこの先もずっと中二病ネームと寄り添うことになる。

黒歴史にしたくても、大切な幼馴染達の想いの詰まった解決策。

そして、ライバルとの忘れられない絆。

だから今日も今日とて少女は言う。

 

「我が名はウミンディーネ! これより確定した勝利を手にする者也!」

 

★幕間・閉幕★

 

 

 

◆音ノ木坂学院・生徒会室◆

 場所は音ノ木坂学院生徒会室。そこには普段とは違った緊張感が漂っていた。にこは神妙な赴きで断罪の時を待っている。学校を休んで、他校の制服を着て、更に着た制服とは違う他校の昼休みに現れ、大人気モデルの告白という事件に関与した。

 冷静に考えて退学はないにしろ、停学は間逃れないのは分かる。だからこそ、にこにとって部室の次に憩いの場である生徒会室でありながら、否! だからこそより居心地が悪い。正確には申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 スクールアイドル部の立ち上げから協力してくれているのにも関わらず、こうして問題を起こしてしまったのだから。恩を仇で返すという言葉のお手本。

「やってくれましたね」

 まず始めに声を上げたのは副会長である零華。憧れる綺麗な声は、こういう時に恐怖を増加させる。だけどこれから始まるのは自分で積んだ業。怖いからと逃げ出すことはできない。責任を取れない人間についてきてくれる者なんていない。良し悪しに関わらずスクールアイドルという存在の狼煙は上がった。ならば見本となるべく行動し続けなければならない。

「まさかUTX高校の制服を着て、上々川高校に乗り込むなんて前代未聞です」

 零華はため息にも似たソレを吐き出すと、メガネをクイッと直す。しかし、その言葉とは裏腹に表情自体はとても晴れやか。

「私の友人が上々川高校に通っているので話は聞きました。卒業しても尚、昨日という日を忘れないと。ドラマの撮影のエキストラになった気分だと興奮していました」

「え?」

「正直私は少々UTX学院を侮っていました。他校に乗り込むような熱を持った生徒がいるなんて、微塵も想像できませんでした」

 其れくらい常識外れな行動を取った。反省はしなければならない。でも、後悔はない。決して胸を張れることなんかじゃない。だけど、どうしても必要なことだった。だからといって開き直ることは許されない。

 反省すれば許されるなんて甘い考えを持つことが一番の罪。救いの手を差し伸べてくれた目の前の二人に迷惑になるようなことは二度としてはいけない。信頼というのは積み重ねであり、だからこそ崩れてしまえば終わる。信頼は地に落ちて、優しくされることはこの先ないかもしれない……。そう考えた時、心が大きく揺れた。

 放課後はあんじゅとツバサ。そして新メンバーの英玲奈がいる。だけど、オトノキでは一人ぼっちになるということ。スクールアイドルという物を作って生徒全員を勧誘し、その後問題を起こした。奇異な目で見られ、今ある溝が更に広がった可能性が高い。

 信賞必罰。例え目の前にいる優しい先輩達から嫌われてしまっていても、やり切らなければいけない。学校に居場所がなくて諦められるなら、あんじゅとツバサと英玲奈とは出逢えていなかったのだから!

「零ちゃん。矢澤さんが混乱するからちょっと待って。先に学院側からの罰を言い渡すわね」

「ははっい!」

 緊張で声が裏返ったけど、そんなことを気にする余裕はない。まずは学院からの通知。

「今日はこのまま帰って、明日一日自宅謹慎。反省文は原稿用紙三枚以上。これが各科目の課題。お小言はなしとのことよ」

「え?」

「うちの学院はもう廃校でしょう? だからそんな厳しくする必要はないって判断ね。人を不幸にするような悪さをしたならともかく、幸せにしたんだからいいじゃないってね」

 登校と同時に職員室でなく生徒会室に呼び出された謎が氷結した。先生方にとっては自分なんて変な生徒でしかないだろう。スクールアイドルなんて謎の部を作って、こんな事件起こして。

 

 それなのに……。

 

 嬉しすぎて思わず頬が緩んでしまいそうになる。それなのに体は言うことを聞かずに、完全に笑顔になってしまった。

 

「そうそう。矢澤さんは神妙な顔より笑顔の方がずっと似合っているわ」

 にこのことを嫌ったりしていないという証明するように、会長もまた笑顔を浮かべた。最初からそうでなかったのは一応罰ということだろう。改めて自分の心に今回のことを戒めた。

「笑顔に水差すようで悪いのですが、今回の件でUTX高校サイドからは対応がキツくなるのではないですか?」

「それは……そうなると、思います」

 先生達を説得することを一つの通過点に置いていたのに、策が思いつかぬまま行動し、結果的には完全に対立。説得以前に話すら聞いて貰えないだろう現状。思い通りいかないのが人生だけど、その結果を踏んだのも自分の行い。

 今を嘆くよりも一歩でも在りたい未来へと歩みを進めなければならない。限られた間しか活動できないスクールアイドル。足踏みしている時間なんてない。

「明後日の謹慎明けは、登校したらまたここに来て貰えるかしら?」

「はい、わかりました。この度はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした!」

 親しき仲にも礼儀あり。例え言葉とは裏腹に笑顔であっても、想いはきちんと伝わる。だから深々とお辞儀をして謝罪した。顔を上げると珍しいことに、というか初めて零華が目に見える形で微笑みを浮かべていた。

「矢澤さん。UTX高校に面白い逸材がいるとわかった以上、最高のアシストをしてみせます。私もスクールアイドル部ですから。幽霊部員ですが」

「零ちゃんのやる気スイッチも入ったみたいだから、この今日と明日は大人しくして、また元気に活動してね」

「はい! 本当にありがとうございます」

 課題と原稿用紙を受け取るとにこはもう一度礼をして生徒会室を後にした。

「さて、零ちゃん」

「大丈夫ですよ。昨日の事件を耳にしてから、土日の予定はキャンセルしておきました」

「……ふふふ。察しがいい後輩を持って私は光栄だよ」

 わざとらしく伸びをしてみせる会長。その隣で新しい書類を作成し始める零華。

「大学のサークルと違って特別許可証を作らないといけないのは手間ですが、行動力に見合った支えをするのが生徒会ですから」

「お、良いこと言うね」

「言葉にしなくても、会長から教わったことです」

「…………れいちゃん。きゃらににあわないこといってるとべつじんせつがながれるよ」

「なんで棒読みなんですか。失礼極まりないですよ。こんな気分の時しか本音を言えない面倒な性格なんです」

 ツンっと作業してた顔を壁へと向ける。らしくない可愛らしい行動に笑い声を上げながら、授業を受けるというイベントより優先して、UTXのスクールアイドル部の出入りの許可証を通さないといけない。

 音ノ木が緩いからといって簡単に許可が出るかは分からない。だけど、一度や二度の却下で諦めていたら先程までいた生徒の先輩として恥ずべき存在となる。この学院が活性化する為にはイレギュラーであったが、今回の事件は持ってこいだったのかもしれない。

 スクールアイドルという単語で検索した人たちのアクセスに耐え切れずに、学校のメインサーバーが落ちたのは職員室で騒ぎになったけど、それはそれということで。ただ静かに終わる筈だった学院がこんなにも注目され始めた。

 これがドラマなんかだったら廃校撤回なんて素敵な結末が用意されるのだろうけど、生憎と現実は一度決まったことを覆すことなんて出来ない。結末は変わらない。ただ、これから卒業生していく私達が、そして最後に入学してくる生徒達が、この学院の終わりを迎えた後に母校を誇りに持てる学院であって欲しい。

 ただ悔しいというか惜しいと思う感情が浮かんでしまうのは仕方ないこと。どうして後二年早くにこが生まれてこなかったのかと。そうすれば奇跡は起きたかもしれないし、三年間が言葉に出来ないくらいに多くの苦労を背負ったことだろう。

 其れは何よりも輝いた勲章となって心に根付いて、素敵な輝きに満ちた筈だ。時が戻ることもないし、現実にIFはない。だからこの胸に生まれた想いは、卒業までの時間に全て浄化されるくらいに沢山の苦労をしよう。卒業する時の自分が最高の笑顔を迎えられるように。

「月曜日の帰りにでも何か奢ってあげるから、ふてくされないでよ」

「子供じゃないんですから、ふてくされたりしません」

 何事もなかったかのように零華が作業を再開する。どうやらテンションは元に戻ったらしい。

「ですが、奢ってくれるというのであれば美味しい和菓子屋があるので、そこのお饅頭でもご馳走になります」

 こんな風に甘えるのは珍しい。どうやらまだスイッチはオンのままのようだ。卒業のことよりも目先の月曜日。放課後にきちんとお饅頭を食べられるか否か。増えた仕事を捌いていくしかない。

「頑張ろうね、零ちゃん」

「はい」

 朝のSHRまでの僅かな時間とはいえ、進められるだけ進める。いつもの無言の作業ではなく、その日は初めて零華の鼻歌が生徒会室に響いていた……。

 

 

◇UTX高校・生徒会長室◇

 ここに初めて訪れたのが一月以上前のような錯覚を覚えるのは、この場の空気から逃れたいという恐怖心から生まれる逃避。ずっとツバサのターンが不発で終わった苦い記憶を塗り替えるかのように、今目の前に底知れぬ闇が広がっている。ステータス異常で表すならば『暗闇+恐慌+混乱+無口+技不能』こんなところかもしれない。

 綺羅ツバサと一緒に生徒会長に呼び出しを受けたのは、優木あんじゅと統堂英玲奈。UTXスクールアイドル部のオールキャストということになる。つまり今この部屋には四人もの人間がいるということ。だが、入室以降誰一人として口を開いていない。

 前回は入ってきても作業をしていた生徒会長がずっとこちらを見ている。それはもう顔に似合わない冷たい目をしていた。招かれざる客という思いがこみ上げるが其れは違う。今回は生徒会長からの呼び出しである。

 つまり罪に対する罰の執行。その決定を言い渡す為に四人をここに呼び出した。漫画やドラマなら職員室に呼び出されるか、処罰の内容が掲示板に張り出されるが、UTXでは処罰の言い渡しも生徒会長の仕事。

 古きあたり前を淘汰し、新しきを是とする。誰かが創り上げた流れを汲むのではなく、自分たちこそが新しき流れを作るというように。その新しい風を作ろうとした先輩達を無意識に恨むのも仕方がない。

 息をする度に喉が痛む。目を開けているだけで耐え難い苦痛。立っている感覚が薄れ、現実の中で現実を忘れるかのような錯覚。鉛を背負わされ、棘を呑まされ、下半身はコンクリート漬けにされている気分。

 打たれ強さに定評のあるツバサを持ってしてもこの評価。だが他の二人を案じる余裕はない。そんなことをしようものなら「その油断が命取り」とか言って殺される可能性もある。視界の右上に自分の顔マーク×0だからゲームオーバーになってしまう。

 ツバサの現実逃避と違って、英玲奈は真っ直ぐ会長の目を見つめ返していた。ツバサとあんじゅと違って、英玲奈にとって会長は恩人の一人。スクールアイドル三人と出逢わなければ今もあんな苦しい想いを抱きながら、日々を過ごしていた。

 好きな人の彼女になったという余裕がある。自分がすべきことを見つけたという強みもある。これ以上に緊張するような現場もこなして来た経験がある。二人と違って社会を学んでいるというのは大きい。

 

 プレッシャーとは身を固くするものではない。恐れるものでもない。慣れるものでもない。では何が正解なのか?

 

 プレッシャーとは楽しむこと。楽しんで乗りこなすことで人は跳躍できる。自分の殻を一枚でも二枚でも破ることができる。グンと成長することができる。一朝一夕にそう成れるようにはならない。場数を踏むこと。慣れに似て非なるモノ。

 英玲奈には既にその域。だからツバサのように動揺し、現実逃避することもなく見つめ返せる。苦しい想いをしたけれど、モデルの活動は結果的に英玲奈を成長させた。

 そして、あんじゅはというと。完全な上の空。自分と同じ恋する少女。そんな子が困っているということもあって暴走してしまった。ハッピーエンドではあるし、あんな風に大勢に見られながらにこと抱き合えたらどれだけ幸せであるか。

 問題はそのにこ。自分の暴走で巻き込んでしまった。あの時点でにこを部室に残せば処罰される可能性はなかった。が、目撃者が多い。いくら制服がUTXだったからと言って許されるとは思わない。逆に罰が加点される可能性まである。

 自分の勝手さがにこを窮地に追いやった。世が世なら切腹すら生易しい。嫌われたかもしれない。そこが最重要。浮かれていてこの思考に辿り着いたのが呼び出しを受けた時。つまり、ほんの十分前。だからにこと連絡が取れていない。

 謹慎だろうと停学でも構わない。にこに嫌われていたらどうすればいいのか。息が荒くなって、鼓動がおかしな速さで脈打つ。どうしてこんな当たり前の事に気づけなかったのか。先程までの自分を剣で切り裂きたい衝動に駆られる。

 ストレスで胃がキリキリと音を立てている気がする。口の中に水っ気はない。出口なき迷宮に迷い込んだような不安。にこと繋がっている赤い糸の先が見えない。今も尚無事に繋がっているのか、それとも……。

 

 父親に監禁されていたコウヘイが脱獄、リュウジを助太刀するあのシーンの熱さときたら! 作中唯一の共闘シーン。新勢力との抗争で主人公達がピンチになった時にライバルがっていうのは燃えるわよね。押されていたのにライバルが現れた瞬間不甲斐ない姿は晒せないって、一気に力が増すとか。レオにバイクを燃やされたライバルの特攻隊長のハンゾウが、ハーデスの手下に盗まれたハヤトのバイクで駆けつけるシーンとか胸を焦がしたわ。

 

 と、完全にツバサが現実を忘れた頃になって生徒会長が口を開いた。

 

「やってくれたねぇ。可能性を買って頂きたいだっけ? 君の言う可能性っていうのは、こうして処罰される為に呼び出しを受ける未来を差していたのかなぁ?」

 可愛らしい俗に言うアニメ声。だけどその声を聞いた途端、ツバサの思考は現実に引きずり戻された。逃げている場合じゃない。打たれ強さこそが自分の武器。攻めなければ勝利は掴めない。この思考の切り返しの早さも自覚はないが既に武器レベル。

 確かにツバサはつい先日会長に可能性を買って頂きたいと、鼻と顎を尖らせて調子に乗って言った。咲くを駄作にしない為に満開していたから。中二病全開勇者だった。その時はこんな風に呼び出されるとは微塵も思っていなかった。

 だけど、スクールアイドルを広めるという目的と新メンバーを獲得するという目的は果たした。そう、昼休みではなく放課後にしていれば文句はなかったという事実しか待ち受けてない。これを切り返せる言葉を悔しいが、今のツバサは持ち合わせてはいなかった。

「こう見えても忙しい身なんだよ。君達に一時退室許可を出した私まで先生方に色々と言われたし……いつまでも義務教育気分が抜けてないのかな?」

 その嫌味はズッシリと重く圧し掛かった。『お前、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?』と言われた主人公と重なった。或いは目の前で力の差を開放されて動けなくなったシーンかもしれない。三分でビルを壊せる威力ある言葉に対抗できる言葉は絶無。

 否、ここで黙っていたら開き始めたスクールアイドルの可能性を誰よりも自分が否定することになる。熱き想いを伝えられるのは言葉以外にない。其れを怯えて発せないんじゃ、あの日の自分以下に成り下がったということ。

 確かにいけないことをしてしまった。あの高校には混乱させて迷惑かけてしまった。だけど、失敗した時こそ胸を張れ!

 放課後で普通に勧誘していたらこの会長との今の対立は存在しなかった。この人は完全に倒さないと仲間になりはしない。逆に倒せれば力を認めて仲間になってくれる。悪魔だって魔王だってゲームによっては仲間になる。これは失敗したからこそ得たチャンス。

「返す言葉もないみたいだねぇ。今回のことで君達スクールアイドル部は先生達を敵に回した。部室は一月使用禁止。授業以外でのトレーニングルームの使用無期で使用禁止。簡単に言えばこの学校に味方はいないと思った方がいいよ」

 メンバーが揃って本格的に練習をと思っていた矢先のクロスカウンター。部室の使用禁止も痛い。信賞必罰。痛いくらいに実感する。湧き上がっていたツバサの勇気に陰りが混じる。

 夏の夜空を彩る花火は咲いて直ぐに散っていく。綺麗な花も咲いた後は萎れていく。だからって咲くの結末が……満開したら枯れなきゃいけないなんてルールはない。散華なんて現実にいらない!

「全ての先生が敵に回った訳じゃありません。生徒だって――」

「――お得意の可能性理論ね。一度失敗した人間の言葉に価値なんてないんだよ。現実の中で夢を見るのは勝手だけど、其れを人に押し付けないでくれるかな」

 

 蝋燭の火は燃え尽きる際に大きく火を散らす。

 まるで勇気を燃やし尽くすように反撃を試みる、

「か」その刹那――

 

「可能性が零じゃない云々の青臭い台詞は要らないよ。其れはね、敗者になるべく人間の典型的な言葉だからねぇ。ま、見えない可能性を信じて奈落に落ちるのは勝手だけど、人に迷惑は掛けないように。こうして事件を度々起こせば退学だよ」

 

 死を恐れずに世界チャンピオンに挑んだボクサーは真っ白に燃え尽きた。だけど、綺羅ツバサはまだ燃え尽きていない。例え燃え尽きて灰になろうと、その中から生まれ蘇る。

 

「今は邪道と思われる行いも、後に私達が辿った軌跡を人は正道と言うでしょう。そう成れるように私達はスクールアイドルの活動を続けてみせます。会長の言うとおりこの学校の全てが敵だとしても構いません。敵が味方になる喜びを其れだけ多く味わえるのですから」

 現実逃避したり、怯えたり、竦んだり、言葉を遮られて、言葉を読まれても。そんなのは全て過ぎ去った過去でしかない。大事なのは今この瞬間。言いたいこと、信じてることをただ叩きつけてツバサは不敵に笑ってみせた。

 現実に攻略サイトなんてない。攻略法もない。だからこそ可能性の宝庫となる。どの敵がどうやって倒せるのか。どうしたら仲間になるのか。むしろ特定ターンで倒しても仲間になんてならないかもしれない。

 ただ、其れは今ではない未来。悔しいけど結果を何も出せてない現状では魔犬慟哭破。つまり負け犬の遠吠え。それでも胸を張って未来を語れるなら、今の自分は昨日までの自分に誇れる。

「君達はもう今日は帰って。今週はそのまま学校にこないでくれるかな。反省文は原稿用紙十枚以上。各教科の課題をやりながら充分に反省し、鑑みることだねぇ」

「会長にも何れ見えますよ。私達が通った後にできている可能性という正道。今は目に見えないようですけど」

 ツバサの最後の言葉には反応はしなかった。飽きたのか呆れたのかは定かではない。ツバサも返事があるとは思っていなかったので、渡された三人分の物を受け取ると礼をして部屋を出た。あんじゅは心ここに在らずのまま、ふらふらと部屋を後にする。結果的に英玲奈一人が残った。

「どうやら君に彼女達を引き合わせたのは失敗だったみたいだねぇ。猛毒にしかならなかった」

「いいえ。私は生徒会長に深く感謝しています。ありがとうございました」

「今の私には嫌味にしか聞こえないけど。ま、自分でモデルよりスクールアイドルを選択したんだ。後悔も嘆きも自己処理でお願いするよ」

 その言葉に英玲奈が笑った。モデルの時よりずっと柔らかく。まるで面白いジョークを言われたかのように。

「今は間違ってるとされる道も、行き着けば正しかった。私はその可能性を信じてます」

「だったら証明してみせるといいよ。零ではない可能性ってやつをさ」

「ええ、必ず」

 英玲奈も礼をしてから部屋を出た。三人が居なくなっても珍しく作業の手は動かぬまま。出て行った扉を見つめていた。まるで、見えない道が薄っすらと見えているかのように……。


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