◆喫茶店◆
あの会長は言わば行動力のある魔王。大魔王なんかより断然格好良くて、最後は部下にも恵まれて、終わりの時すら胸熱だったあの魔王に似ている。作品の知名度的にも、魔王にならなかった的な意味でも、現世魔王では話にならない。
今よりもっと実績を残してからでないと相対するのは危険。だから後に正道と言われるようになろうと、呼び出しを受けるような手段は使ってはならない。今回のような謹慎ならまだいいが、廃部を言い渡されては未来が閉ざされる。
英玲奈の勧誘の発案者はツバサ自身によるもの。咲くにしろ圧倒的策略にしろ、今度は焦らずに練らなければならない。最も、そんな風に何かを考えずに事がスムーズに運ぶことが一番の幸せである。微塵もそんな予感はしていないが。
「にこさん! 本当によかった。私がにこさんを巻き込んでしまったから、嫌われたんじゃないかととっても心配したわ」
「自分の意思で付いていったんだし、にこがあんじゅちゃんを嫌うわけがないよ。ないにこ」
「やだぁ~! わざわざ語尾を言い直すにこさんの天然あざと可愛さが私の琴線をいつも刺激するにこ!」
処罰の報告をにこがあんじゅにしてから、いつもの喫茶店に集合。あんじゅの不安が無事に解消され、いつもの甘えモード突入。
「その語尾はにこのものだよ」
「うふふ。にこさんが可愛さの限界を突破したから、思わず使ってしまったわ」
にこの顔を引き寄せて頬ずり。くすぐったそうな声を漏らすが、にこはされるがまま。新メンバーが加入しようと、罰が与えられようと平常運行のヤンデレあんじゅ号に苦笑いのツバサ。ここに来て会長の前であんじゅが一言も喋っていなかったことを思い出した。
前回会長の言葉のラッシュに飲まれた自分を救うように言葉を発したのはあんじゅ。ヤンデレとはじゃじゃ馬なエンジンを搭載したバイクのようだ。その時に本気を出せる状況じゃないと使い物にならない。
比喩なので物扱いしている訳じゃない。性能という意味での話。簡単に言えばにこへの愛を供給できてさえ要れば、どんな相手でも立ち向かえるということだ。次の機会があればその辺を気にしよう。と、心のメモ帳に書き終えると「こほん」と咳払いを一つ。
「統堂さん。改めて聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「ああ、なんだろうか?」
「どうしてスクールアイドル部に入ってくれたのか。正直、一夜明ければ白紙に戻されてもしょうがないと思うくらいの結末だった訳だし」
また無能が何か言ってるわ的な視線を感じたが、ツバサに何か言うよりにこに甘える方を取るだろうという読み通り。あんじゅが何かを言うことはなかった。
「そんな不義理なことは考えもしなかった。ただ、スクールアイドルという物を調べさせてもらい、やりたいという気持ちが強くなった」
「何か統堂さんの心に響く要素があったかしら?」
「スクールアイドルとは学校を代表として活動する。だけど、ここのメンバーは少し違う。立ち上げ故にその存在をアピールする為に学校の枠を越えて活動している。そこが一番私のやる気に繋がった」
ツバサの憧れの策士ポジションなら「なるほど。そういうことね」とか理解できるのだろうけど、残念ながらまだまだそのポジジョンには遠く、理解が追いついていない。寧ろ、にこを愛でることに全力であったあんじゅが、
「ああ、なるほどね」
自分が言いたい台詞を奪われて少し悔しくなった。だけどここで突っ込むと返り討ちに遭うのは確実。
「へ、へぇ。そういうことね」
にこが理解出来ずに素直に尋ねて、答え合わせてしてくれると気づいたから。だから自分も分かってるアピールをしてみた。
「あんじゅちゃん。どういうこと?」
計画通り――
『きら』なだけに完璧ね! 自分の考えを現実がなぞるように動く。まるで神になったかのような錯覚。やはり目指すべきなのかもしれない。スクールアイドル界の神に!
「うふふ。にこさん、それはね」
にこの耳に唇が当たるくらいの距離で、
「愛しい恋人と一緒に活動できる可能性があるということよ」
と、正解をにこにだけ愛を囁くように教えた。予想外のイチャ付きで肝心な正解を知ることができなかったツバサ。口を開いたまま硬直。
「ふふっ」
そんなツバサの行動を全て理解した英玲奈は笑いながら、回答を教えることにした。
「学校の枠を越えることができるということは、けーちゃんの協力が得られる。モデルと違って色んなことを一緒に考えたり、相談したりできる。だから私はスクールアイドルをしたいと強く思ったんだ」
背伸びをやめたモデル界百年に一度の奇跡。昨日の告白事件の後、当然のことだけど英玲奈は事務所に呼び出しを受けた。事実をどうにか揉み消してモデルを続けるように言われるも、英玲奈にはその気はなく。自分勝手だとは思う。だけど、これはもう決めてしまったこと。
英玲奈の決意は固く、事務所も本日付けでの解雇を申し出た。入っていた仕事は全てキャンセル。事務所に迷惑を掛けて辞めたことは深く胸の中に刻み込んだ。これは恋人の話を言い出した時、拒まなかった過去の自分が背負わせた重石。
二度と表舞台には戻れない証し。だから人前に出るのはスクールアイドルが最後になる。モデルとしての自分を応援してくれていたファンを裏切った分、それ以上の輝きで許して貰う。其れが理想であり、今の英玲奈の目標。
「お熱いのは構わないのだけど、残念なお知らせが一つあるわ」
「何だろう?」
「確かにこの綺羅星さんは女装して活動してるけど、愛しの彼を女装させて参加させるのはバレると思うの」
本気で真面目な助言をしている風のあんじゅに、英玲奈は思わず目を何度かパチパチさせた後、言葉の意味を飲み込んで口を押さえて笑い出した。
「ふふふっ、あはははは」
罪意識よりも開放感の方が勝っている今、恋人になったけーちゃんが女装する姿を想像し、想像できなかったにも関わらずツボに入った英玲奈。次第に顔も頬も耳まで赤くなっていくが、笑いが止まらない。
「ちょっとちょっと! 何自然の流れで私のことを男扱いしてるの!?」
「だって男じゃない」
あんじゅはケロリと、事実を言ってるんだけど貴方の方こそ常識は大丈夫? 的な真面目さ声に変えて返答する。芸が深まり過ぎていつか本当に『綺羅ツバサは男である』という歪んだ事実が真理に上書きされそうな謎の恐怖。
二人と出会った時からのお約束のネタでもある。だから悲しいけどツバサの中で切り返しの言葉を考える技術も進化していた。本当に悲しいけれど!
「肩出しの服買って今度着てくるわ。それだったらもう男の子扱いされないわよね。だってハッキリと分かるもの……骨格で!」
進化とは成長の証。でも、どこか涙の味のする進化であった。だが、あんじゅの切り替えしが楽しみでもある。ちょっ、ちょっとだけ楽しみなだけだからね!
「骨と言えばにこさんよ。ね、にこさん。骨までしゃぶらせて」
「それはムリにこぉ」
「やだぁ。にこさんってば本当になんでこんなに可愛いのかしら」
「ちょっと! 私の発言スルーしないでよ!」
ただイチャイチャの材料にされただけ。ツバサはあんじゅの掌の上で弄ばれただけで今回も終わった。隣を見れば英玲奈が目をハンカチーフで目元を拭いながら、まだ肩を震わせいている。クールというイメージを破らせるのが、英玲奈の最初の仕事かもしれない。ならばこそ仲間内で柔らかい雰囲気を作らないと。
「統堂さん。いいえ、英玲奈さん。出会って日が浅いとはいえ私達はこの三年間を過ごす大事な仲間よ。だから名前で呼ばせて貰うわね。英玲奈さんも私達のことを好きに呼んで頂戴」
「そうね。一人だけ苗字でとか呼ばれると不仲なのかと思われるし」
珍しくツバサの意見を肯定する。出会って二度目の言葉を出しての肯定。前回はスクールアイドルの大会の名前のこと。ツバサの胸に言葉にできない達成感が生まれた。
「じゃあ皆と同じように名前さん付けで呼ばせて貰おう」
「普通に呼び捨てにしてもらって構わないわよ? ね、にこさん」
「うん」
モデルをやっていたクールに見える英玲奈。イメージとしては呼び捨てが似合う。というか、普段皆のことを呼び捨てが基本なのかと思い、遠慮しなくていいと提案したのだが。
「今まで私は人を呼び捨てにしたことが……ないんだ」
頬を羞恥の紅葉に彩り、瞳に湖を映し、顔を少し伏せる英玲奈の姿はこれ以上ないくらい乙女だった。喪服を着た王子様が最後に自転車で迎えに来てくれるような乙女ではなく、本物の乙女。機を見て敏。これはチャンスとあんじゅが切り込む。
「これは私の妄想から得た経験なんだけど」
其れは経験でもなんでもない。思い切りツバサが引いていた。
「普段ちゃん付けで呼んでくれる好きな人が、時々でいいから呼び捨てで呼んでくれるとね、キュンって胸を締め付けられるくらい高鳴るの」
期待をするようににこに激熱視線を送る。にこは悪戯っぽく唇をツンッと尖らせると、
「あんじゅちゃんはあんじゅちゃんにこ」
と言い切ってから微笑んだ。
「やぁん! にこさんってば小悪魔~!」
むぎゅむぎゅと抱きしめ、にこの匂いを堪能しながらもう一言。
「私達で呼び捨てにすることに慣れておけば、いざとなったら愛しの彼のことも呼び捨てで呼んだり出来るんじゃないかしら?」
一番日が浅く思い出がないからこそ、一番距離の近い呼び方を勧める。しかも、そのことを踏み台扱いにすることで気を楽にする。どちらかというと策士ポジションにはあんじゅの方が似合う。尤も、にこを陥落させることが一番なのでそんなのに興味はないが。
「……ありがとう。分かった。改めて、ツバサ。にこ。あんじゅ。よろしく」
「うん! 英玲奈さん。よろしくね」
「ええ、よろしく。英玲奈さん」
「よろしく、英玲奈さん」
これで本格的な活動を始動できる。否、急務で行わなくてはいけない。注目を浴びたとはいえ、何もなければ世間では忘れてしまう。この注目されている間に初めての曲である『スクールアイドル』を完成してそのPVを上げる。UTXでの行動が規制されても、やり切るしかない。
でもまずは空中分解しない為にも、英玲奈に言わなければいけない事がツバサにはあった。
「それで英玲奈さんに先に言っておかなきゃいけないことがあるのよ」
「何だろう?」
「あんじゅさんはその……ガチな同性愛者だけど気にしないでね。後、にこさん以外に対して少し辛辣だけど負けないでね」
とんでもない爆弾である。
「あのね、ツバサさん。そういうのを風評被害っていうのよ」
にこを抱きしめた手を離さずに、長々しいため息を吐いた。人の噂の多くはこういう馬鹿な人間の勘違いが原因なのだろう、とあんじゅはアンニュイな気分になった。
「私が好きなのはにこさんだけ。女の子が好きとかいう気持ち悪い勘違いされるようなこと言わないでくれるかしら。私が女で生まれてきたのはにこさんとこうしてスクールアイドルをして、多くの人に広め、愛を深められるようになのよ。運命の導きを汚すような発言はしないで頂戴」
フンッと不機嫌に鼻を鳴らすと、スンスンとにこの匂いを嗅ぐ。そして、にこが『あんじゅちゃんの誕生日はにこと出逢うより前の』と言い出す前に、あんじゅは早口で追撃をかける。
「どうしたらそんな風に人を貶められる性格になるのかしら? もしかして中学生の時、関西みたいにお弁当持参の学校で、おかず交換しようと声を掛ける度にクラスメートから差し出されたのは……白いご飯とコンニャクだけ。そんな日々が続いてこうして歪んでしまったのかしら」
今までとは別の切り口。あんじゅの自分とのコミュニケーションツールは歪んではいるが、どんな風な言葉が出てくるのか楽しみでもある。が、今は其れより何よりツッコミを入れなきゃいけない箇所がある!
「白いご飯はおかずじゃないでしょ! つまりおかず交換を拒否されてるじゃないの。拒否されない場合はコンニャクのみ。私、お弁当にコンニャクが入ってたことすらないんだけど」
「私はお腹にいいからとお弁当の際、よく糸こんにゃくが入っていた。美味しいし」
フォローを込みで英玲奈が合いの手を入れた。
「私は味がなくて好きじゃないのよね。もっと、主役を張れるようになってから出直してきなさいって感じ」
「其れ絶対にこんにゃくじゃなくて私に対して言ってるわよね!?」
「何でもかんでも難癖つけてくるなんて。にこさん、私怖いわ」
「あははっ。夏休みになったらお弁当持ってお出かけしたいね」
にこの言葉にあんじゅのハートが燃え上がる。一気に妄想し、其れを口にする。
「にこさんの誕生日を経て、一つ段階を駆け上がった私達が行うデート。素敵だわ!」
「もう、あんじゅちゃん。四人で行くの」
暴走するあんじゅを諌めるが、恋する乙女は暴走機関車。急に止まってはくれない。
「じゃあ……二人きりで行くのは旅行にしましょうか」
「旅行?」
「ええ、北海道へ。会いに行きましょう。にこさんに会わずに夢を共有してくれた黒須さんに」
「あっ!」
黒須愛。北見塚原学院のスクールアイドル。あんじゅとツバサと違って、遠い地に居ながらスクールアイドルという物に惹かれ、活動を開始ししてにこに勇気を与えてくれた人。英玲奈にツバサがそう解説した。
「でも私旅行行けるくらい」
にこの言葉を遮りあんじゅが言う。
「勿論にこさんは手ぶらで来てくれて大丈夫。必要な物は全部私が用意するから」
「いつも奢って貰ってるのに旅行までなんて」
「私がにこさんと旅行に行きたいの! 私の我侭に付き合って……お願い、にこさん」
あんじゅの必殺超甘え。
「にこさんと夜景を見たいし、狐が触れるあの場所にも行きたいし、クマ牧場でにこさんに怖がりながらにこさんに抱きつきたいわ。にこさんは私と行ってみたい場所はないのかしら?」
こう言われると普段から好きと言われてることもあって、にことしては反論を封じられる。
「……あんじゅちゃんは時々ずるい」
「恋する女はずるさも武器に変換して愛を得るのよ」
子供が得意なことを自慢するかのように、あんじゅが鼻を高くして胸を張る。微笑ましさとしょうがないぁという気持ちとで、にこは言った。
「パパとママに許可取れたらだよ? にこは前にあんじゅちゃんが言ってたあの動物園で、ライオンの餌やりしてみたい」
木で作った釣竿みたいなやつの先に、生肉をぶら下げて網の目の前から中にいるライオンに餌を上げるという体験は他では絶対にできない。そんなにこの言葉にあんじゅが歓喜の声を上げる。
「にこさんってば、私の些細なネタまで拾って調べてくれるなんて嬉しいわ。北海道のチャペルで式を挙げましょう!」
気が早すぎるあんじゅであった。二人の世界がこの後十分程続き、ツバサが割って入った。今までなら多少暢気にしていても良かったが、状況が変わった。居場所を封じられたことを再認識しなければならない。
が、その前にその罰を与えた張本人のことを先ほど考えた『行動力のある魔王』という座布団獲得できるくらい上手い例えを披露した。二人のことを言えないくらいに、ツバサの思考も暢気である。
「行動力のある魔王って……貴女ね」
この発言には流石のあんじゅも一度にことの戯れを辞め、姿勢を正した。
「あのね、ツバサさん。あの人はあの部屋から出るどころか席から立ったこともないでしょう」
その発言に電流走る・・・!
圧倒的盲点。余りにも強いプレッシャー故に縦横無尽に吹き荒れる嵐のようなイメージがあったが、言われてみれば会長は一度たりとも席を立ったことすらない。これが噂に聞く幻魔術。勿論そんな物はない。
「そもそもあの会長は私達が芸能コースでありながらも、こうして部の設立を承諾してくれたのよ? しかもその部の内容は当時オトノキにしかなかったスクールアイドルという未知の物。普通なら芸能コースという時点でアウトよ」
「その上にまだ何の実績も活動報告すらしてないのに特待生の英玲奈さんと会う約束を取り付けてくれた。ツバサさんがあんな風に失礼な発言をしたのに、よ。引き抜かれる可能性が僅かでもあったのに」
あんじゅの言葉一つひとつが酷く重い。まるで空気を指で弾いてるだけなのに、凄く重いダメージを受けている気分。今じゃもうあいつに勝てる気がしないとか言われてみたい。若干の現実逃避。
「今回私達は会長に受けた恩を仇で返してしまったの。そんな会長を魔王扱いとか……どうしたらそんな恥知らずの性格になのかしら?」
「うぐぅ」
うぐぅの音しか出せない。打たれまくった上でそういえばと思い出した。今年の生徒会長は一番甘いという噂。だけど甘さがあっても会長の座を得たということは、歴代の会長の中で一番優秀である証明だと。
嗚呼……このことを思い出してから初対決前夜に咲くを練るべきだった。ジョーカーであるにこという札を切るのは英玲奈との初対面ではなく、非常識でも会長との初戦だったのかもしれない。そうすればあんじゅの暴走は起こらず、放課後に英玲奈の告白を成功させていたかもしれない。
マルチエンドの推理ゲームで犯人に殺されながらヒントを与える主人公のように、ツバサは散りながらにして二週目のヒントを出して箒星のように輝き消えた――。
「もしかして綺羅星さんは自分以外の動く物は全て敵とでも思ってるんじゃないかしら? 明らかにヤバそうなキノコを食べれば体が大きくなったと思い込み、海外の危ない地で密かに栽培されてる花を食べたら炎が出せると感じたり」
「――私はプレーヤーの操り人形なんかじゃないわ!」
残機がないのは先ほど確認済み。というかそんな表示はなかった。それでも即復活できたのは、いつか言いたい台詞100選の1つを言えるタイミングだったから。
『私は○○の操り人形じゃない』
これはコウヘイが父親の呪縛から逃れる時に使った台詞のオマージュ。部屋の片付けの最中に読み直し始めたこともあり、最近は鬼浜ブームのツバサ。それはともかく、現実に戻ってきた故にすることは一つ。
「そうね、私が間違っていたわ。あの人は魔王なんかじゃない。誇りに思うべき会長ね」
「私もそう思う。あの人は特待生の私にも色々と便宜を図ってくれた。いつか頂いた恩を倍にして返したい」
言葉を訂正したツバサの発言に、英玲奈が感情の篭った言葉で頷いた。
「雰囲気とか発言とか魔王と言われると確かに納得するけど」
「あんじゅちゃん!?」
会ったことがないので蚊帳の外だったけど、何だかいい話に纏まったと思った瞬間にあんじゅがぶち壊した。
「やっぱりあんじゅさんだって魔王と思ってたんじゃない。にこさんは対峙したことないから分からないだろうけど、半端ないプレッシャーなのよ。初対面の時なんて一人だったら成す術なく帰されてたと思う」
「だけどあんじゅさんという友達が居たから。アタッカーを切り替えながら、どうにか説得することに成功したのよ。あの勇士を二人にも見せたかったわ」
誇らしげにない胸を張るツバサだった。だがもう一人はというと、
「……綺羅星さんと友達? え、私が?」
まるで不可思議と相対したような、何を言っているのか理解の範囲外。その言葉に返す言葉を持ち合わせていない。それでもどうにか言葉にしろというのならばとあんじゅは重い口を開いた。
「宇宙の謎が全て解かれることがあれば、私は綺羅星さんの友達だわ」
「何その頑なに一生友達にはなりません宣言!? というか私達は既に友達でしょ? 同じ誓いを立てた仲間じゃない。忘れたの? あの桃園の誓いを!」
ツバサはかつてテンションを上げ、三人でスクールアイドルを広める誓いを立てようと、三国志の桃園の誓いを再現しようとした過去があった。
「それって桃園さんが勝手に言い出して、勝手に自爆しただけでしょ。そんな誓いを立てようとする恥ずかしい存在と誤解される可能性があるから、にこさんと私を巻き込まないでくれるかしら? ミスター蚊帳の外さん」
「ミスターじゃないしバリバリの身内!」
「綺羅星さんは何故スクールアイドルメンバーに入ってるのか不思議なくらい。と、みんなに思われてるから」
「あんじゅちゃん!」
頬をぷく~っと膨らませるにこ。最近のおこのサイン。
「あ、可愛い」
思わず英玲奈の口から素直な感想が漏れた。
「やん! にこさん、ごめんなさい。綺羅星さんは……友達? ……だったわね」
「その疑問系と間は何なのよ!」
「にこさぁん」
もはやあんじゅの瞳は膨らんだにこの柔らかほっぺのみ。ツバサは眼中から消え失せていた。ぷっくらと膨らむその二つの頂に人差し指を同時に当てると、ゆっくりと挿入する。にこが頬を膨らませるようになってからのあんじゅのお気に入り行為。
弾力あるほっぺたに自らの指が沈み、段々とにこの口から空気が抜けていく。にこの可愛さに蕩けていると、今回は直ぐにほっぺたが元通りに戻った。今度は押しても凹まない。
どうやらにこの怒りはまじおこすら通り越して、激おこぷんぷん丸状態に移行してしまったようだ。傍から見ていると幼さがプラスされるだけにしか見えない。もっとにこの可愛い一面を引き出したいところではあるが、やり過ぎて本気で怒らせたら立ち直れない。
にこのほっぺたから指を離し、姿勢を正す。そして、大きな溜息を吐いてからツバサを見た。
「私は友達でも仲間でもなかったらこんな面倒で、意味不明な暴走をする人を傍に置くことを許可したりしないわ」
「……」
ツバサは顔を伏せた。にこと英玲奈に顔を見られない為だ。今私は探偵役より先に真犯人を知ってしまったサブキャラの顔をしていることだろう。
あんじゅが言った言葉はなんだか友情青春物っぽいが「暴走をする」の後に他の二人は気付かなかったようだが、声に出さなかった一文字が隠れていた。口が「ざ」の字を確実に刻んでいた。こんなこともあろうかと私は読唇術を学んでいたので間違いない。『きら』なだけに有能!
そして考える。「ざ」から始まる単語。簡単なところで言うならば「雑魚」か「雑草」辺り。生物としてすら認識していないという意味なら……ざ、雑音。
もし、今私が顔を上げたらあんじゅさんはどんな顔をするのかしら? 死神を使ってライバルを死に追いやった天才の顔をするのかもしれない。『きら』に対して!
偶然……間違い
本当……嘘
死神……探偵
いつしか私は……綺羅星は考えるのをやめた。
というのはツバサの壮大な照れ隠し。余りにも嬉しくてついニヤニヤと頬が緩んでしまい、其れを見られたくなくて顔を伏せただけ。こんな思考を浮かべたのは少しでも早くいつもどおりに戻れるように。だけど、中々に喜びは隠れてはくれない。
「なんだか一番の風評被害を受けた気がするのだけれど?」
「そんなことないにこ」
えらいえらいとにこに頭を撫でられ、直ぐにデレデレとしただらしない顔になるあんじゅ。こんな顔を見せずに伏せたツバサの方が、あんじゅよりずっと女の子だった……。