◆喫茶店◆
「そう言えば話題がそれてしまったのだけど、英玲奈さん。愛しの彼の協力は具体的に何が可能なのかしら?」
英玲奈が決意した一番の理由。一緒に考えたり、相談することができると本人は言っていたが、其れだけでないと直感で分かった。それだけなら敢えて協力という単語を使う必要はない。恋人同士なら当然のことなのだから。
「けーちゃんは昔からポエムが好きで。小学五年生の夏休みからは作詞も挑戦してたんだ。だから作詞のことならけーちゃんにアドバイスを貰えるし、なんなら作っても貰えると思う」
これこそが英玲奈がスクールアイドルを選んだ一番の理由なのだろう。好きな人と青春を飾る活動を共有できる。その喜びをあんじゅは知っている。
「にこさん。二曲目からは英玲奈さんの彼に作詞をお願いしたらどうかしら?」
「うん。その方がいいと思う。ツバサさんはどう思う?」
「作詞の難しさを考えれば其れが正解だと思うわ」
とどのつまり丸投げ。作詞がいかに困難な物なのか体験してるからこそ、適材適所を適用する。偶発的とはいえ、スクールアイドルは女子高生のものだが、裏方なら男子も手伝えるというアピールにもなる。
「そういうことなのだけど、頼んでみて貰えるかしら?」
「ああ。けーちゃんにお願いしてみる」
奇跡の統堂しか知らない人は別人だと思ってしまうくらい、柔らかな幸せを帯びた笑顔。恋をすると人は優しくなり、愛を灯すと柔らかくなる。
「これで私達の活動への道も近づいたわね」
ワクワクが止まらないといった感じのツバサ。練習の場を失ったことを考えれば、現状は大きなマイナスに位置する。しかし、そんなことを微塵も感じさせない。この明るさこそが現リーダー的ポジションにいる理由である。
ツバサは中二病故、あんじゅの方が頼りになる面も多々あるのだが、全ての優先順位が愛であるからリーダーには不向き。にこは大器晩成型なので言わずもがな。新しい英玲奈はというと、どちらかというと縁の下の力持ちタイプだと勝手に推測するツバサ。
「ねぇ、にこさん」
「なぁに?」
「私の所為でにこさんまで泥を被って自宅謹慎になった訳だし、にこさんのお家に言ってご家族の方に謝るべきだと思うの」
真摯な顔をしながらも、あんじゅの瞳には『にこさんのお家に行きたい!』と書かれていた。くすっと笑いながら、
「さっきも言ったけどあんじゅちゃんの所為じゃないにこ」
にこに可憐に焦らされた。なので回りくどさを捨てストレートに言う。
「にこさんのお家に行きたい!」
瞳に書かれていたとおりの言葉に再びにこは笑う。友達を家に招くのは久しぶりのこと。最後に家に招いたのが受験が始まる以前。そして気づく、あんじゅの家に泊りに行きながら、家に誘ったことがなかったと。
「じゃあ話し合いが終わったら家に行こう」
「ええ! にこさんのお部屋楽しみだわ。私の匂いをマーキングしなきゃ」
「あんじゅさん。動物じゃないんだから」
呆れながらツバサがツッコミを入れた。
「そうね。私 は 違うわ」
「誰が動物よ! 誰がツバサルよ! 私は人間よ!」
「あら? 私は何も言ってないわ。綺羅星さんは自分をサルだと思ってたなんて知らなかったわ」
「うぐぅ!」
「くすっ」
ツバサとあんじゅのやりとりに笑みを零す英玲奈。クールな性格に似合わずに笑いの沸点は低め。幸せが飽和状態だからの可能性もある。そんな中、にこはぼんやりと考え事をしていた。
先ほどあんじゅから北海道へ旅行へ行こうと誘われた。ここにいない唯一のスクールアイドル・黒須愛に会いに行こうと。自分と同じく一人で活動を開始し、学校の生徒全員を勧誘したことを話すと、彼女もまた同じ行動を取った。そして、皮肉なことに結果までもが同じだった
。
それでも来年の春には新入生が入ってくるからと、にこよりずっと前向きな考えでスクールアイドルを一人でも続けていくと宣言してくれた。逆の立場だったら自分はそんな明るい言葉を嘘でも言えただろうか?
UTXの前で足踏みをしていた自分には到底不可能。また諦める結果になっていた筈。会いに行く為には来年に繋がる結果を与えたい。作詞のアドバイスは貰える。衣装は制服で構わない。振り付けと作曲。
レッスン室は使えない。部室もUTXの方は使えない。でも、黒須愛は最初から部室すらない。たった一人の同好会だから。あんじゅの言葉を思い出した。泥を被る。
にこの中で一つひとつの出来事が、今絆という糸で紡がれる
溢れ出るときめき
胸を焦がす煌き
未来への輝き
出逢いから生まれた夢への道筋
一人では踏み出せなかったあの日の一歩
仲間と出逢えたから、新しい一歩を踏み出せた
そして……
これは踏み出す二歩目
踏み出すには大きな負担を強いることになる。
泥に塗れることになる。
それでも、にこは一つの歴史を築き上げる二歩目を踏み出す決意をした。
「英玲奈さん。けーちゃんさんと連絡を取り合って、作詞についてのアドバイスを貰ってもいいかな? 最低限は自分達でするけど、形にならないと歌にすることができないから」
「けーちゃんが反対する筈もない。協力してもらう」
意外にも早く恋人との共同作業ができることもあり、英玲奈の口元が優しく緩む。
「ありがとう」
二つの内の一つ目をクリアしてホッと胸を撫で下ろす。だが、これは想定の範囲の結果。英玲奈の加入動機とリンクするものだったから。だが、次は違う。不可能の可能に変えるくらい、努力と無茶が必要になる。
体の向きを変えて、あんじゅの側面を見つめる形にすると、あんじゅも合わせるように体の向きを変えた。真正面から見つめあうにことあんじゅ。
普段の愛らしいにことは一変して、その場の全ての視線を奪うような雰囲気を纏う。これは矢澤にこの秘められたカリスマ性の片鱗。何が起こるのかツバサと英玲奈は成り行きを静かに見守る。
当事者のあんじゅは、にこの真剣な表情に愛が高まる。この瞬間にでも抱擁したくなる衝動という名の愛を、どうにか押さえ込む。
「あんじゅちゃん――」
凛々しさと甘えの二律背反の表情が浮かぶ。
ツバサはそんなにこを見て、まるでブギーポップみたいだと思った。流石に変な泣き声の褌妖精のように、場の空気を壊してしまうので口には出さなかったが。ツバサでも空気は読めるのだ。……べ、別にさっきの友達認定発言が嬉しかったから、だから空気が読めてるってワケじゃないわよ!
「――ワガママ言ってもいい?」
あんじゅの胸が締め付けられる。好きな人に頼られるという喜び。炸裂しそうな程高まる愛情。これから先、何度でも頼られたいという欲求が生まれる。だけど、あんじゅの答えは……。
「にこさん。もう一度言ってみて」
未来よりも現在。もう一度頼られたいという想いが最優先された。まさかのあんじゅの切り返しに、にこの真剣モードが途切れる。そして、頭が冷静になってしまった。
考えてもみれば大好きな両親以外にこんなワガママを言うのは初めてで、本当に口にしてしまっても良いのか。だけど、この時を逃せば夢はまた消えてしまう可能性がある。
こうして仲間ができたのに、遠い地で志を共有してくれる友達がいるのに、それだけは避けなくちゃいけない。だからこそ、あんじゅの協力が必要不可欠。勇気を出せなかった自分を掬い上げてくれたあんじゅ。恩を仇で返すような要求をしなければならない。
「にこさん」
優しく囁かれる声にエールを貰い、もう一度口を開いた。
「あ、あんじゅちゃん。ワガママ言っても……いい?」
先ほどと違って言葉に戸惑いが生じ、瞳も潤いを見せる。頬は羞恥に染まり、言い終わった口元はもごもごと迷いを噛み締めている。
こ れ は 完全に私を魅了しにきてる!
そんな風にぶっ飛んだ思考に陥りながら、
「その内容は?」
口では冷静そのものの返事を返した。早く抱きつきたいから、最適な言語を本能が選択したに過ぎない。心は完全ににこの虜。
「作詞が終わり次第、一週間以内に作曲を完成させて欲しいの」
ツバサはその言葉を聞いて大きな違和感を感じた。その違和感の正体はにこの無茶過ぎるあんじゅへの要求。どんな無理難題でも、にこから求められたらあんじゅに断るという選択肢はない。
其れを分かっていながら、こんなことを言い出すなんておかしい。これまでのにこの言動からは考えられない。まだ短い付き合いとはいえ、にこが自分より仲間や未来のスクールアイドルのことを深く思いやる性格なのは、涙を流したくらいに理解している。だからこそ解せない。
人間とはついつい自分の当たり前を相手も持っていると勘違いしがちである。にこは八割方断られると思いながらも、あんじゅを頼ったのだ。断られない前提で無茶振りをした訳じゃない。
スクールアイドルを浸透させる為に。みんなで夢を叶える為に。この大切な仲間と歩み続けていたいという気持ちから生まれ出たもの。これは矢澤にこの成長。リーダーの素質に目覚め始めた証。
「私の全てを賭して叶えてみせるわ」
『無理よ!』という否定の言葉をツバサは飲み込んだ。否、そうせざる得なかった。あんじゅ自身と紅いオーラを見て言葉を発せなかったのだ。違和感は拭えないが、こうして契約が成立してしまった以上何を言っても無駄になる。
そして、にこは更なる暴挙とも言える発言をすることになる。今度はツバサも英玲奈も当事者となる。のだけど、その前に――
「あんじゅちゃん! ありがとう」
にこはあんじゅの首に両腕を回してキュッと抱きつくと、喜びを表現するように何度も頬を擦り付け合う。
「に、にっこさん!?」
今までもにこから手を繋いだり、はいあーんをしたり、頭を撫でたことはある。でも、ここまでのスキンシップは常にあんじゅからだった。妄想の中と違って感じる体温。伝わる吐息。込み上げる悦びと其れすらも上回る羞恥がない交ぜになって溶け合う。
一方的に愛してるという自覚があるから積極に攻められる。否、攻める以外の方法を知らない。だからここまでのスキンシップをされる想定がない。妄想時はこういう過程を吹っ飛ばしてしまっているので免疫が皆無。
簡単に言えばあんじゅの顔は朱色に染めり、紅葉する秋の景色のようになっていた。小さくにこの名前を呼ぶその声が裏返ったりしている。あんじゅ恋愛真拳に防御の形無し。
「これも可愛い」
英玲奈が素直な感想を呟くくらいに、あんじゅは今乙女の顔をしていた。ツバサはいつもの光景程度にしか思っておらず、にこの暴挙を自分なりに解析しているが、答えは出ない。真実はいつも人の数だけ存在する。その答えに辿り着くのは安易ではない。
だからツバサは思った。少年漫画だけでなく、もっと策略系の作品も読もうと。努力の方向を思い切り間違えている。だけど其れを指摘してくれる存在はいなかった。
にこの喜びが一段落し、あんじゅは夢心地状態になっている。ツバサと英玲奈に対してにこは言う。
「遅くても次の日曜日がくるまでに作詞を終わらせたいんだけど、力を貸してくれる?」
偽者を疑いたくなる暴挙。ゆっくりでも確実にその一歩を踏み出す。其れが矢澤にこの在り方だと思ってた。なのに今までの全てを壊しつくすような発言。思いつくのはドッペルゲンガー。ちなみにドイツ語である。
もう一人の自分に会うとそのもう一人の自分に殺される。もしくは存在を消され、ドッペルゲンガーがその人になりきって生きていくとされている。突然性格が変わった時は要注意。嘘か真か目撃例はなくもない。だけどあくまで都市伝説や伝承レベル。
「私は言うまでもなく力を貸すよ。けーちゃんとの連絡は可能な限りつくようにしてもらう。だからアドバイスは任せて」
にこの今までを知らない英玲奈は何の疑問も持たずに了承した。今までを知っているあんじゅは……完全に愛に溺れて戦力にならない。この謎を解けるのは自分だけしかいない。
どう切り出せばいいのか言葉が纏まらない。数学で公式を知らずに途中式を完璧に書けと言われるようなものだ。どうしようもない。だからストレートに訊くしかなかった。
「にこさんは何をそんなに焦っているの?」
言われた張本人は一瞬何を言われたのか分からずに小首を傾げたが、直ぐに納得したように数回頷いた。
「英玲奈さんが加入して学校のサーバーが落ちるくらいにアクセスがあったの。今それくらいスクールアイドルは注目されてる。でも、人の注目度は川の流れのように速いから。この機を逃したら絶対にダメ」
「部室の使用禁止。レッスン室の無期限使用禁止。そんな今だからこそ逆にチャンスなんだよ。何もないからこそ、スクールアイドル初のPVを上げないとダメなの」
言っている意味が分からなかった。部室が開放されて、レッスン室も使用可能になったという話なら分かる。その逆だからこそってどういう意味なのか。
「作詞は大まかに自分たちだけど、けーちゃんさんのアドバイスがある。衣装は制服で大丈夫。問題は振り付けだけ。これも短期間でどうにかしよう」
ツバサは余計に混乱する。解決策を思いついてないのに短期間でどうにかするって。本気でドッペルゲンガーに存在を奪われてしまったんじゃないかと心配した。現実に妖怪ポストなんて存在しないから解決のしようがない。
「振り付けなんてまだ入学してまもないから、創作ダンスは全然なのに短期間で完成させるなんて……。作曲もそうだけど無茶苦茶よ。例えできたとしても、逆に恥を掻くだけだわ」
「うん。それでいいにこ!」
「はぁ?」
思わず間抜けな声が口から抜け出すくらい混乱極まった。だが、そんな中でにこの発言を理解をした人間がいた。
「なるほど。そういうこと」
統堂英玲奈その人である。だが、其れだけではない。惚けていた所為で遅れを取ったが、
「流石にこさん。私を何度惚れ直させれば気が済むのかしら?」
あんじゅも理解の意を見せた。またしても一人だけ置いてけぼり。圧倒的策略に憧れながら、常に相手に圧倒的策略をやられる敵キャラみたいだった。今回は知ったかぶりもせずに素直に意図を訊く。
「どういうこと?」
「はぁ~やれやれ。なぜ綺羅星さんがこのメンバーにいるのか本当に不思議だわ」
「二度も同じネタしないで!」
混乱を解くようなあんじゅの毒舌。お陰で一気に力が抜けてフラットな状態へと戻った。状態異常回復が毒を吐かれることとは流石ツバサである。……って、そんな褒められ方しても嬉しくないわよ!
「つまりにこさんは何もないような状態からでもスクールアイドルはできるって証明したいのよ。衣装がないなら制服ですればいい。作詞は下手だって構わない。振り付けだって素人丸出しでいい」
「作曲だけは出来る人に頼む他ないけど、他は練習場所も部室もなくても出来るって証明させたいの。一人から始めるスクールアイドルだっているかもしれない。練習場所が学校になく、公園で一人練習することになるかもしれない。仲間が三年間集まらないかもしれない」
「それでもスクールアイドルは出来るって伝えたいのよ。何よりもスクールアイドルの真価は他の部活とは違う。三年間という限りがある。大学に入って続けられるものじゃないし、中学の時から部活でやってたなんてことも当然ないわ」
「普通の競技が最初から上手い人達の勝負を見せる場であるのなら、スクールアイドルは三年間で成長していくのを魅せる場であってもいい。勿論最初から上手い子達がいたっていいけど、私達始まりが下手であることがスクールアイドルが定着した後に芽吹くのよ」
「下手であっても胸を張る。これからの成長で魅せていく。日本人は劣勢の人を応援したがる習性だしね。当然多くの人がアイドルの真似事にしても酷いと見限るでしょう。見る価値に値しないと烙印を押すでしょう」
「でも、そうじゃない人もいる。下手でも見ていてくれる人がいる。応援してくれる人がいる。評価してくれる人がいる。勿論、私達が最初に泥を被ることでスクールアイドルの評価が地に着いて芽吹く前に枯れるかもしれない」
「そうさせない完璧な二曲目を作って、最高のPVを上げればいい。そして、三曲目、四曲目とその最高を塗り替えていけばいいの。見限った人達が再び注目し、応援してくれるように。歩みを止めなければ絶対に結果を残せると信じて邁進する」
「そして卒業する時に気づけばスクールアイドルが話題になるのが当たり前になってるようにすればいいのよ。今を大切にし過ぎて臆病になるのと、未来を大切にするからこそ蛮勇とも見える勇気を踏み出すとどっちがいいかって話。理解したかしら?」
口をぽかんと開けながらツバサはにこを見る。自分より1センチだけ身長が低いにこ。でも、その内に秘める物の器が違う。あの日、自分の考えを否定された時よりずっと強いインパクトを与えられた。
言うなれば圧倒的策略の対となる存在。成功を収める為に作り上げた鉄骨の上を渡っていくのが圧倒的策略とするのなら、これはガラス。いや、触っただけで切れてしまいそうな糸。そんな糸の上を渡るようなもの。
UTXの先生達を敵に回すのとはランクが違う。人は一度ダメだと思った物に対して、見限った物に対して、どこまでも冷たくなれる。その評価を覆す? そんなものはただの夢物語でしかない。それこそ零ではない可能性の究極形。
「さぁ、スクールアイドルを始めましょう!」
逆境こそが燃えるのが少年漫画好きの綺羅ツバサである。目に炎を浮かべ、拳を握ると滾る闘志を纏う。理解が一番遅かったことなんて関係ない。圧倒的策略と正反対だって構わない。改めてにこをリスペクトしながら、困難な道の先にあるラブライブを燃える展開にする為に今を乗り越えるべく立ち向かう!
あんじゅ「第二章・完」
ツバサ「早過ぎるわよ! まだ三話目でしょ! そろそろ週一ペースでいいから復活したいわね」
あんじゅ「あ、そういうことを言ってエタった作品は数知れず。綺羅星さんがフラグを踏んだわね」
ツバサ「フラグじゃないわよ!」
英玲奈「次回ご褒美ラッシュ。最低保障枚数だったらごめん」
ツバサ「何の話!?」
利根川「綺羅ツバサ。お前と契約するのはインキュベーターではない。このワシだ」
ツバサ「利根川先生なんて出てこないわよ!!」
にこ「わけがわからないにこ」