矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

24 / 32
4.永遠となった学校偶像 ~ツバサは帰らない~

その日のことはハッキリと覚えていて、大人になっても決して忘れることがないだろう。

過去と相対するような感覚と、その後に訪れることになる最低最悪の自己嫌悪。

 

運命と出遭った後に、夢が始まった

 

これは意図せずに恋を司ったとある少女の歴史

 

■『UTXファイア葛藤大会』で一歩を踏み出せなかった理由■

 

「あの、少しお時間よろしいですか?」

 

 顔を上げるとそこに居たのは自信のなさそうな小柄の少女。中学生、或いは小学生と間違えられてもおかしくなさそうだけど、私服でないので当然後輩であるのは分かった。そして、何故見ず知らずの後輩が自分に声を掛けてきたのかの内容も知っている。

 

 入学して間もないというのに、多分二年生の中で一番その名前は知られているだろう。残念ながら良い意味ではなく、悪い意味で。この出会いは出遭いと言い換えられる程に、自分を自己嫌悪の沼に陥られることになる。自業自得であったとはいえ、出遭いだったと呪うことになり……。

 

「何か用?」

 

 内容は聞かずに知っていながらもそう切り返した。万が一にも《噂の矢澤にこ》でない可能性も零ではないから。とはいえ、十中八九そうであると確信している。家庭科部に入部したいような子は部活紹介の前に先輩に会いにくる程の行動力はないだろう。勝手な判断ではあるが確信していた。きっと知らず内に運命を感じていたんだと思う。

 

「私、一年の矢澤にこと言います。スクールアイドルという物を始めようと思いまして、先輩もどうかメンバーに入ってもらえないかと思いまして」

 

 思いましてが連続してる。どうでもいいことを考えながら、胸の中がざわつくのが嫌というほど分かる。目の前にいる幼い顔立ちの少女が悪い訳ではない。

 

「スクールアイドルって何?」

「は、はい。スクールアイドルというのは」

 

説明を始める噂の少女。……この子が悪い訳ではない。だけど、抑えようのない苛立ちが徐々に溢れ出る。黒い感情が自分を支配するのを止められない。何故なら、そこに居たのは一年前に自分が踏み出せなかった一歩を踏み出している、ありえたかもしれない可能性の体現だったから。

 

 長谷部美樹(はせべ みき)。家庭科部の部長。完全寮制のある高校を本命としていた。だけど、受験当日に高熱を出してしまう。諦められず、母が薬を買いにいく間に受験する為に家を抜け出し、どうにか最寄の駅まで辿り着いたところで力尽きて救急車で病院に運ばれた。

 

 散々怒られた後も諦めることはできずに、二次募集を望むも希望は叶わず。演劇部で有名な高校に入ることが出来ず、無理をして熱を長引かせた結果、滑り止めでしかなかった音ノ木坂学院以外に選択肢がなくなった。

 

 音ノ木坂学院は伝統と無駄に広い敷地だけしか誇れる物はなく、生徒数が受験したかった学校に比べるまでもなく少ない。演劇をするには当然ながら数多くの人員が必要とされる。結果を言うまでもなく、音ノ木坂学院には演劇部は存在しなかった。

 

 熱を出した時に無理をしなければ違う学校に入れた筈だ。でも、希望校にどうしても入りたかった。沢山の創作劇をこなすあの学校に入り、色々な衣装を作りたかった。美樹の母は若き頃はコスプレイヤーとして色んな会場に足を運んでいた。

 

 既成のコスプレ衣装は値段が高いから、自作して行くうちにコスプレより衣装作りにのめり込み、結婚後も娘に衣装作りの面白さを骨の髄まで教え込んだ。結果、衣装作りという趣味は演劇という水を得てより一層輝くということを知る。中学では演劇部があったので当然そこでも衣装を主に担当し、自分の衣装が演じた人により光にも闇にも色を変えることに、言葉に出来ない喜びを感じるようになった。

 

 だからこそ、熱すら押しのけて受験を成功させたかった。自分の衣装を着て最高の劇を演じて貰える。言葉にすることすら勿体無い、伝えたくても伝える手段を持たない。あの感覚を存分に味わえる筈だった未来は、そう成り得たという過去の可能性でしかなくなった。

 

 それでも諦めきれずに一年生の一人を除いて勧誘してみた。いくら生徒数が少なくても、男子がいないから大道具が大変であっても、人数さえ集まれば可能だから。絶対数は変わっても、演劇が出来る可能性がなくなった訳じゃない。

 

 でも、誰一人として話に賛同してくれる人はいなかった。そして、最後に勧誘した生徒の正論が一番心にダメージを負った。

 

『演劇がやりたかったなら、もっと生徒数がいる学校受験すればよかったじゃん』

 

 受けられるのなら受けたかった。其れが出来なかったから今こうしているんだと。自業自得だけど、勝手な考えだと分かっていても、その怒りは胸の内で燃え上がった。けれど、夜になるとその怒りは痛みに姿を変えた。現実が底のない絶望をぶつけてきた。怒りで冷静さを失っていたけど、演劇はもう出来ないと悟ったから。

 

 受験もしくは就職を控える三年生が演劇部という、時間を必要とする部に立ち上げから力を貸してくれるとは思えない。ならば二年生を勧誘すればいい。だけど、心がもう一度踏み出すことを恐れた。また傷つくことを拒んだ。

 

 だから、二年生の今部活をしていない生徒数を勝手に考え、その半数以上が入ってくれないと無理だからと……そこで演劇部立ち上げを諦めた。部活動が盛んではないのにも関わらず現実からは目を背けて。

 

 目の前で説明をする少女はありえたかもしれない自分。傷ついても、諦めることをせずに踏み出した姿。だけど、決して其れは自分ではない。何でこう出来なかったのかという悔しさと、よくわからない羞恥心。

 

 ――説明を終えた後輩に美樹は言い放った

 

「アイドルなりたきゃUTX行けばよかったじゃん」

 

 あの日、自分を傷つけた正論。今度は自分が振るう番だと言わんばかりに正論を続けた。人生で至上最低だと自分を呪いながら、言葉を遮ることが出来なかった。自分の後悔と無念と諦めたくなかった心を呪詛にして吐露するように。

 

 全てを出し切った後、後輩の少女は、

 

「そうですよね。ごめんなさい」

 

 何一つ悪くないのにそう謝った。

 

 謝罪すべきは自分であり、行動力を称えることはあっても傷つけられる謂れなんてない。だけど、向けられた小さな背中に掛けられる言葉は何一つなかった。傷つけた癖に、まるで自分が被害者のように傷む胸が酷く気持ち悪かった。

 

 数日が経っても気持ちが晴れることはなく、演劇部がないのならと入った家庭科部。活動自体緩やかで、ただおしゃべりに来てる先輩たちが基本。そこで三年生にも勧誘を続けていたことを知り、胸の痛みが増した。

 

 自分への自己嫌悪が止まらない。

 

 自分だけで完結することのできない感情がもどかしてく堪らない。

 

 だからといって謝りに行くことが出来ない。だけど行動力が沸いてこない。この一年で失くしてしまったから。最良を求めるのではなく、妥協して今をただ過ごす。変わり映えのない日常は傷つくことがないから。

 

 その日常を自分の悪意で終わらせて、その悪意が毒となり心を蝕んでいる。自業自得。人を呪わば穴二つ。

 

 何か切っ掛けが欲しい。この苦しさから抜け出せる切っ掛けが……。

 

 救いなんてない。幸せは一瞬なのに、絶望は永遠。そんな世界の中で、その一瞬を求めてしまう。相手に詫びる気持ちよりも、苦しみにのた打ち回る自分を救いたい。お釈迦様でも垂らした糸を切るのに、こんな自分を救ってくれる人なんて居ない。

 

 その筈だった。でも、救いの手が憧れの人から与えられた。

 

 奇跡の統堂のスキャンダル。昼休みに男子生徒に告白して抱きついた。嘘と偽り悪意が錯綜するネットの中で、其れが真実であったことが夜になって本人のブログで公開された。その中でモデルを辞める旨とスクールアイドルを始めるということ。そして、応援してくれた人への謝罪で締められていた。

 

 ありえない確立のことを人は何と呼ぶのか。偶然と必然という言葉だけでは足りないことを何と呼ぶのか。

 

 其れを人は運命と呼ぶんだと思う。漢字にすれば同じ二文字。だけど重みが違う。だからこそこんな素敵な言葉が生まれたんだ。なんて思いながらも、言葉が作られた順番を調べた訳じゃない。もしかしたら運命が先かもしれない。でも、今はそんな真理は必要ない。自分がそう思うなら其れでいい。

 

 また踏み出せない臆病な自分を押し出す。その切っ掛けがあればいいんだ。これはやり直す為の一歩。演劇部ではない。でも、自分のルーツは母のコスプレが原点。故にアイドル衣装――ううん、スクールアイドル衣装の方が似合っているのかもしれない。

 

 去年踏み出せなかった自分を擁護するのなら、演劇部立ち上げなかったからこそ全力で力を添えることが出来る。許されるなんて都合の良い未来が待っているなんて決まってない。許されない方が確率的に高い。

 

 許されない? だからどうしたというのだ!

 

 受験の失敗。演劇部発足の失敗。煮え切らない日々を過ごしてきた。短期間ではあるがあの出遭いから毒されたように苦しんできた。……全然自分らしくなかった。一体何をやってきたんだろう? 自分らしさを無くした人生なんて何の意味があるというのか。まるで憑き物が落ちたようにスッキリとした。

 

 何でこんなにも回り道をしていたのか。どうしてあんな酷いことをしてしまったのか。スッキリとしながらも当然悔いは残る。きっと許されるなんて奇跡が訪れても消えはしないだろう。これは長く続く人生で簡単に消してはいけない私の傷だ。

 

 スクールアイドルを誘われた時は毒で返してしまった。だからどういう内容なのか調べていなかった。力を貸すべき今、きちんと調べないといけない。滑り止めでしかなかったから、初めて自分の学院のHPを開く…………否、開けなかった。

 

 読み込みが遅いなんて物じゃなかった。クラッカーによる集中攻撃でもされているのかと心配するくらいに遅い。なんでかと思ったけど、直ぐに納得する。奇跡の統堂のブログ。見た者がスクールアイドルを検索して、学院のHPにアクセスしているのだろう。

 

 物凄くじれったい。だけど彼女に正論という毒を吐き続けた時間に比べたら、こんな待ち時間なんて何でもない。長い時間待たされた先に待っていたスクールアイドルの概要。創生者だからこそ他校と組めるという豪胆さ。諦めないという意志が導いたこの集中的アクセス。

 

 誰もその差し伸べた手を取り、メンバーになることはなかった。其れでもこんなにも爆発的に広めることをしてみせた。素晴らしいとしか言えない。行動することが未来を掴む。尤も、熱に犯されながら無茶して病院に運ばれるようなことは、行動ではなくただの馬鹿だけど。

 

 あの時、心に闇を抱え、刃を持っていた私の目は完全に曇っていた。矢澤にこの写真を見た時、グッと胸を掴まれた。統堂英玲奈のような特別な容姿を持っている訳じゃない。何が優れているなんて言葉には出来ない。だけど、創作意欲が湧き上がる何かを持っている。

 

 明日行動を起こしてどんな結末が待っているかは分からない。でも、確かに言えることがある。踏み直した一歩は今まで踏み出した何よりも価値のある一歩となることだろう。心の傷は痛むけど、それ以上に心が高鳴る。この鼓動は始まりの福音。

 

 至上最悪の出遭いが最高の出会いへと姿を変える

 

 運命の輪は大きく大きく広がり、みんなの夢へと姿を変えて、幸せという色に未来を染め上げていく

 

 

 後にツバサは綺麗な顔をしてこう言うのだ

『人の出会いっていうのは、運命で決められてるのかもしれないわね』

 

ちなみに美樹は興奮して眠れず、にこ不在の教室に乗り込んだのはお昼休みになってからだった……。

 

 

◆音ノ木坂学園 放課後の生徒会室◆

「凄かったわね」

 主語を抜いても何を指しているのかがハッキリと分かる。

「衣装作りが趣味とはいえ、中学のときは演劇部でしたから。演じる側もこなしてきました。だからきちんと腹式呼吸ができます」

 お昼休みにあった矢澤さん事件。二年生が一年生の教室に入るなりただ大声で叫んだだけ。其れだけで事件扱いなのが、如何に音ノ木坂が平和なのかが窺える。そして、これが静かに終わりを迎えるだけだった学園の二人目の産声。

「どんな子なの?」

「矢澤さんのように他校に乗り込む程ではありませんでしたが、中学の時は凄く行動力がありました。だけど去年の春、演劇部を作る為に私以外の一年生を勧誘して失敗。それから失速してしまいました」

「どうして零ちゃんの友達なのに勧誘しなかったの? 私なら真っ先に勧誘するけど」

 立ち上げたばかりで一人しかいないより、二人いる同好会の方がまだ入り易い。もし自分に合わなくても勧誘した人以外いるなら辞め易いから。

「彼女の性格ですかね。意地っ張りな部分もあるので。それに私は体力がある方ではないですし、演技力もないですから」

 一度は言葉を区切り、間を空けてから静かに口にする。

 

「それでも勧誘されたら入っていました」

 

 まるで過去の自分に言い聞かせるように。訪れなかった可能性に少し未練が漂う。

「だから矢澤さんの時に零ちゃんがあんなに乗り気だったのね」

「はい。あの時……力に成れなかった後悔をやり直すという訳ではないですけど」

 だけど、零華の罪悪感に似た感情が軽減されたのは確か。決して代わりにはなれないけれど、過去を今に塗り替えることは出来る。美樹が再び立ち上がるのなら、同じ部員としてではなく生徒会として力に成ればいい。頼られないのなら、自分から手を差し伸べればいい。

「部員としては力に成れなくても、今度は生徒会として力になってあげればいいのよ」

「ふふっ」

 思わず零華は笑ってしまった。考えが似ている。以前も自分がにこに語ったことを、二人になった時に会長に言われたことがあった。似ているというか、自分が会長に寄っていったというのが正しい。だから似てしまうのだろう。

「本当に音ノ木坂が活性化していく気配がするわ。矢澤さんという音が他の生徒に、校舎に、長い階段を伝ってこの街へ響いていく。素敵ね」

「恥ずかしいことを言いますね」

「いいじゃない。三年生は一番現実と向き合わなくちゃいけないんだもの。ロマンチックくらいが丁度良いのよ」

 まるで歌うかのように言葉が弾む。こういうところは似ることはないなと思いながら、心は弾んでいる。

「明後日には入場許可を得て、来週には授業の日程を本格的に決められるくらいにしないとね。冒険した後は宝物というご褒美がないと」

「そうですね」

 生徒会とは日の目を見る機会より下準備ばかり。宝物のようなご褒美なんて全然ありはしない。だけど、矢澤にこという音に乗って、この学園が一つの歌になってこの街に響き渡るのなら、それ以上の宝物なんてない。忘れてしまうような作業の一つひとつが意味があったんだと未来の自分に笑顔を見せられる。

「明後日が彼女にとってやり直しの一歩になるといいわね」

「はい。矢澤さんが目指す道という起爆剤を得た彼女がどんな反応をするのか……一段落が訪れなくなりそうで少し怖いです」

 だけどその顔には恐怖なんて微塵もなく、これから訪れる楽しみに彩られていた。




ツバサ「そういえば以前私こんな経験をしてね」
あんじゅ「綺羅星さんの歴史は綺羅星さんにとって人生なのかもしれないけど、私にとっては雑音でしかないわ」
ツバサ「何よその切り返し――」
にこ「あんじゅちゃん!」
ツバサ「――格好良いわね」
にこ「ツバサさん!?」
英玲奈(自然とショートコントみたいな流れになる三人。微笑ましい)

[現在の身長]
英玲奈 160cm
あんじゅ 158cm

[身長がもう伸びないことを私達はまだ知らない]
ツバサ 147cm
にこ 146cm
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。