矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

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6.青春中二野郎はスクールアイドルの夢を見ない

◇呼び方◇ ――にこの部屋

 ツバサが一人シリアスな思考に陥っていた時、英玲奈はにことあんじゅのやり取りを見て、自分もしたいしされたいなと乙女チックなことを考えていた。自分のせいで失われた時間を少しでも早く取り戻したい。だからこそ、あんじゅの甘えっぷりは参考になる。

 

 もし其れを口に出されていたのなら、縮地の速さで『あんじゅさんを参考にするとか、普通の人相手だと嫌われてもおかしくないからやめた方がいいわ!!』と教えてくれただろう。残念なことに口にしていないので止めようがない。

「あぁ~この幸せのまま、時が永遠になればいいのに」

 冗談でもなく本気でそう思うあんじゅに対し、

「永遠なんかじゃ物足りないくらい、幸せな未来を作っていけばいいんだよ」

 停滞することがないからこそ、より最高に成れるとにこが導く。その一言ひとつとっても、あんじゅのにこへの想いは一層愛を増す。

「確かにそうだわ。私のにこさんへの愛は永遠なんかじゃ抑えきれない!」

「あはは」

 変な切り替えしに笑いながら、よしよしと穏やかな手つきで頭を撫ぜる。優しく静かな時間が十分程過ぎ、そんな中でツバサが思考を切り替えて口を開いた。

「これからのことなんだけど、勢いだけだと失敗するかもしれない。だからこそもう少し具体的なことを詰めていきましょうか」

 にこの提案というか考えが最高の物だったのは認める。だからこそ、スクールアイドルが芽吹かないで枯れてしまう未来。その可能性を残したくない。作曲は普通なら無理だけど、あんじゅならどうにかするんじゃないかという気がしてきた。

 

 だから残るは振り付け問題。今回はいい。下手だからこそ意味を成すから。問題は次のPVから。完璧になる必要はないけど、常にその時の最高を更新し続けなければいけない。優勝や金賞のような目に見える結果がないからこそ、ドッグファイトのような時間が延々と続くことになる。

 

 気を張り詰め続ければいつか破裂する。だけど、油断すればスクールアイドルに期待してくれていた人達にすら見限られるかもしれない。恐怖と不安の板ばさみ。でも、緊張と同じように、そんな状態を楽しめるようになれば自然と未来は確定する筈だ。想い描いた明日が、昨日に成りえる。

「綺羅星さんをメンバーから排除するかどうか、よね?」

 ツバサのシリアスに感染するかのように、重い言葉で返したあんじゅ。

「違うわよ!」

「考えたの。顧問はいないし、マネージャーという存在になってもらえればいいんじゃないかしら? そうすればスクールアイドルが健全で安心だと思ってもらえるし」

「何その私が不健全な上に不安な存在だと思われる前提の提案!?」

 さっきまでの優しい時間が嘘だったかのような毒に突っ込みを入れながら、隣で笑っている英玲奈を横目で睨む。にこはにこでいつものやり取りに笑顔を浮かべている。自分の居場所があるって素敵なことだけど、この立ち位置はおかしいと思う! なんて思いながらも、嫌いじゃないツバサ。

「何を今更。綺羅星さんは男なのに女子高に通ってる時点で危険極まりない。スクールアイドルと混ぜるの禁止って書かれてるじゃない」

「書いてないし、仮に男だったとしても騙し続けられてこそのスクールアイドルなんじゃないかしら!」

 男ネタを否定せずに敢えて乗ってみることにした。初めての試みにあんじゅの反応が気になる。心拍数が上がり、心が猛毒に対するコーティング加工を始める。神を生贄にして自分の信じたモンスターを召喚した時のような心境。

「…………。それもそうね。バレなければ問題ないわ」

 覚悟していた攻撃的な切り替えしはなく、初めて自分の言った事が受け入れられた。あんじゅの男ネタに初めて勝利した気がして、胸の奥から喜びが溢れ出て――そこで気づく。

「仮にって言ったじゃない。私は女の子!」

 勝利どころか完全無欠の敗北でしかなかった。男ネタを上手く切り返せる攻略サイトってないものなのか。考えるのは楽しいが、一度くらい本物の勝利を手にしたい。勝ったことがあるということが、いつか大きな財産になるとか言いたい。

「というか、最近私のこと名前で呼ぶ回数が減り続けてる気がするんだけど。私綺羅ツバサであって、本名が綺羅星じゃないわよ」

 男ネタだけに目がいっていたが、綺羅星と呼ぶのが普通になっていた。寧ろ本名の方がレアになっている。

「スクールアイドルなんだし、蔑称があった方がいいじゃない」

「言葉じゃ分からないけど、今の『べっしょう』って部分が別称じゃなくて蔑称だった気がするんだけど」

「蔑称が蔑称って、何を言ってるのか理解不能なのだけど」

 攻撃しながら他の人に伝わらないように擬態させる。とある爆弾使いの見えない爆弾を思い出した。つまりどう足掻いても勝てない運命!? そうだとしても諦める訳にはいかない。

「別称が必要だとしても、普段から頻繁に使う必要はないと思うのよ。いつか行うであろうライブが近くなったら使うようにするとか」

 変化球。にこや英玲奈も自分を綺羅星と呼び始めることになるかもしれないが、それは一時的なもの。スクールアイドルとしてあだ名があるのはいいことだと思うし。

「え、でも。ライブが決まった時にはもう、綺羅星さんは既に……」

「何その縁起でもない反応!?」

「悲しい事件だったわね」

「何らかの惨劇が確定してるみたいな言い方はやめて!」

 二人のやり取りがひと段落したのを見計らって英玲奈が疑問を問う。

「呼び方で思い出したんだけど、けーちゃんのことを普通に呼ばないのは何故だろうか?」

 にこはけーちゃんさんと呼び、あんじゅは英玲奈さんの彼氏もしくは○○な彼等。ツバサはけーちゃん君と呼んでいた。喫茶店で思い出話を語ってる時にフルネームは教えている。

「本人を前にしてないとはいえ、男の子を普通に呼ぶのって恥ずかしいじゃない?」

 男扱いされるが、あんじゅよりずっと乙女チックなツバサ。名前を呼ぶ自分を想像したのか、その頬に朱色の線が引かれている。もこっちが居たら思わず『ほ…ほ…ほモぉぉぉ』と鳴いていたかもしれない。

「英玲奈さん。絶対に彼と綺羅星さんを会わせない方がいいわ。同性愛者みたいだから」

「世界が崩壊したってあんじゅさんに言われたくない台詞よ!!」

「さっきから五月蝿すぎよ。蝿じゃないんだから、にこさんの部屋で騒がないでくれるかしら?」

 誰の所為でと思いながらも、確かに煩かったと猛省するツバサ。でも何で蝿なのかと頭を捻る。先ほどと同じ変換ネタだったが、残念ながら拾うことが出来なかった。

「私は話したとおり、UTXに入るまでは幼稚舎から一貫性の女学院だったから。異性を個別名で呼ぶ習慣がなくて」

 暗に男を名前で呼びたくないのが伝わる言い方。男性嫌いな訳でなく、僅かでもにこに誤解を生む可能性を潰したいヤンデレ心。

「えっとにこはね」

 何故か一旦言葉を区切り、あんじゅの頬をふにふにと弄ってから、

「名前で呼んでるとあんじゅちゃんが嫉妬しちゃうから」

「そんなこと――」

 反射的に切り返しながら脳裏に浮かぶのは黒い感情の積もっていく自分の姿。

「――やぁん! 流石にこさん。私以上に私を理解してくれてるのね」

 うふふと笑いながらにこの太ももに後頭部を擦り付ける。くすぐったそうにしながら、あんじゅの乱れる髪を掬う。微笑ましいやり取りだけど、其れって傷害事件の種を取り除いたって意味でもあるんじゃ? と、捻くれた回答をしてしまう辺りが、ツバサの乙女に成りきれない残念なところ。

「……」

 英玲奈は個性的な回答に笑みを深める。スクールアイドルとは思春期の変身願望を表せる物であり、個性の主張でもある。けーちゃんと出逢えたから今の自分がある。もし逢えてなければ皆に馴染めず、輪に入ることは絶対に出来なかった。

 

 そんな風な子が変われるような切っ掛けの一つになればいいな。英玲奈がスクールアイドルになって目指す道が見えてきた。モデルの時とは違う。ただ自分の役割をこなすだけじゃない。けーちゃんと一緒に作業できることを喜ぶだけじゃ駄目。信念を持とうと自分に言い聞かせる。

 

 そして、モデル時代が決して過ちなだけじゃなかったと胸を張れるように。自分の経験を活かせられるように。自分に出来ることがあれば進んでやろう。

「私は今大変気分がいいからさっきの答えをあげるわ。綺羅星さんと呼ぶ一番の理由」

「え、何か普通の理由があったの?」

 敗北感を味わうだけで終了していたが、何かしら理由があったようで驚きを隠せない。ただ生理的に名前で呼びたくないから……だろうか? 冷静にそんな悲しい事を考えてしまう。だが、あんじゅから出たのは意外にもシンプルな物だった。

「ツバサさんだとさが続くから呼び難いのよ」

 一瞬呆けてしまうくらい本当にシンプルな答え。お前は俺を怒らせたくらいシンプル。

「あっ!?」

 おまけににこの追撃。瞬時ににこの顔を見ると、焦りが浮かんでいる。咄嗟に『それ分かる!』と同意してしまいそうになったのを誤魔化そうとする焦り。ツバサと目が合うとにこは嘘を口にする。

「ち、違うよ? オトノキで見かけた猫を思い出して」

「どうしてこのタイミングで学校で見かけた猫のこと思い出したの!?」

 自分の為の嘘だと分かっていながらも、ツッコミ癖が発動してしまう。にこの申し訳なさそうな顔に逆にダメージを受ける。召喚したモンスターが本当にいるのなら、自分を攻撃させてライフを0にしたいくらいの反省。

「にこさんの慈愛に満ちた優しさを無碍にするとか地獄すら生温いわね!」

 そんなモンスターがいなくても、ヤンデレという超究極のボスにオーバーキルされるのにそう時間は掛からなかった。放送事故レベルなのでここで一旦CM。

 

 

■穢れ発動で信号機が出てきた時の余計穢れる心の在り方■

ピアニストの幼馴染の手の怪我を治すには莫大のお金が掛かる

そう知ったさやかは借金を背負い、宮部伊グループの会長

宮部伊 悪尾(きゅうべい あくお)に麻雀勝負を挑む

普通のルールではない宮部伊麻雀に成すすべなく敗退し、飼われの身になったさやか

 

そんなさやかを救う為、杏子は師であるマミと宮部伊へ戦いを挑む

 

誰かの為に戦うなんて馬鹿げてる

そう言い続けてきた杏子の信念は、さやかを救いたいという願いに姿を変える

 

「……マミ。やっと見つけた。私の死に場所」

 

心の奥底で死を望んでいた少女が決める、最強の一手

 

死すら恐れないどうしようもない奴隷だからこそ、会長を討つ!

 

 

◇黄昏の二人◇ ――帰路

 夕陽が空を染め上げ、赤く紅く街を彩るそんな時刻。ツバサと英玲奈はにこの家を後にして、途中までは道が同じなので一緒に帰っていた。あんじゅ不在なのは、にこが話があるということで先に帰っててと言われたから。

 

 二人に言葉はなく、されど苦痛という訳ではない。お互いに物思いに耽っているだけ。英玲奈はにこの妹であるここあとこころの可愛さを思い出してた。小さくて一生懸命で元気いっぱい。最初から物怖じせずにいたここあ。最初の少しだけ不安そうにしてたけど、直ぐに変わらぬ元気を見せ、妹のここあにお姉ちゃんしてたこころ。

 

 英玲奈の中の天使というイメージがバッチリと当て嵌まるような愛らしさ。いつかけーちゃんと結婚したらあんな風な子を産みたい。なんて少し気が早いが、そんな想いを強める。でも、やんちゃで少し手を焼くような男の子でもいいかも。でも、けーちゃんに似た優しい男の子もいいかも知れない。知らず内に頬が緩み、夕焼け色に染めていた。

 

 ツバサは思う。スクールアイドルは今現在五人いるけど、その中で自分が一番弱い。このままだと少なからず足手まといにしかならなくなる。もっと強くならなきゃ駄目だ。心の在り方を広く、発想を自由に、想いをより強く。

 

 にこの我が侭に対して自分は無理だと決め付けた。だけどあんじゅは其れを受け入れて、しかも……あの発言。絶対的窮地に追いやられたような状況下で、あんなことを自分から提案できるだろうか?

 

 『口にするだけなら誰にでもできる』みたいことを言う人がいるが、其れは間違っていると思う。発想力がなければ、案を口にすることすらできない。にことあんじゅの提案は、今日までの自分では考えることは不可能なレベル。行動力だってそう。にこもあんじゅも他校に乗り込むことを決めて行動出来たし、英玲奈はモデルをやめることを決断し、行動した。

 

 北海道の愛もそうだ。にこと同じように学内を回り、全員に勧誘し、結果駄目でも今もスクールアイドルを続けている。自分以外のスクールアイドルは行動力も発想もメンタルも優れている。だから、同じ道を行けば足手まといにしかならなくなる。

 

 実際は一番弱い訳ではないけど、ツバサはそう誤認した。バスケ部でスタメンになれなかったことが、自己評価を下げる要因になっている。だけど、この間違いこそが正解に繋がる唯一の道。運命を切り開く剣となる。

 

 空を見上げる。いつの間にか真っ赤な朱色に夜が混じっていた。逢魔ヶ刻。黄昏。夕と夜の狭間。中途半端な今の自分に似ている。

 

自分の魅力とは何か?

 

自分が目指すべき道は邪道であってるのか?

 

 性急に安易な答えを出したとしても、きっと直ぐに剥がれるメッキに過ぎない。だからって考えているだけでは何も変わらない。頭の中がごちゃ混ぜになる。だけど、自分にない物を今から得ようとするんじゃ間に合わないのは分かる。だからこそ、今持っているピースでパズルを完成しなくてはいけない。

 

 もう失敗なんてしている場合じゃない。悔し涙を流してる場合じゃない。自分の全てを受け入れて、弱さをひっくり返して強さに変える。でも、最初の一歩は一人じゃ歩めないかもしれない。

 

「ねぇ、英玲奈さん」

「ん?」

「私は皆に比べて凄く弱い。発想力もないし、けっこう不器用な面もあるし、掃除とか苦手だし、目標はあってもそこへ到達する手段はまだ何一つないの」

 

 そう。ラブライブという目標はあれども、そんな規模の大会を学生でしかない自分だけでどうにかできる物ではない。伝もなければ手段もない。確かな夢を持つ人にとってこれを夢というには馬鹿にしてると思われるくらいの目標であり夢でもある。

 

「だけどもう諦めたくない。全て出し切って駄目でも足掻いて叶えたい。例えそこに辿りつくことができるのが自分でなくても構わない」

 

 ラブライブ開催という自分にとってのゴールが、スクールアイドルにとってのスタートになるのなら、その栄光の座は自分である必要なんてない。その為にはスクールアイドルを花開かせることが絶対に必要。臆している場合じゃない。

 

「私一人じゃね、やれることなんて少ない。今日みたいに処罰されることは怖くない。其れが未来の糧に繋がるなら進んでやれる。でも、断固たる決意を決めた最初の一歩は臆するかもしれない。後ろに下がりたくなるかもしれない」

 

 主語もなければ要領も掴めない。だけど、ツバサの想いだけは充分に伝わってくる。自然と立ち止まり、夕焼けが夜の帳に染め上げられる空を見上げる。

 

 

「本当に私は弱い

 

……だから

 

私の覚悟が決まったら

 

――力を貸してくれる?」

 

 

 その想いは既に武器。消え往く夕焼けよりもずっと熱き想い。英玲奈が一番の新参者。今日スクールアイドルになったのだから当然の事。だけど、やるからには本当に全て使いきる必要があると思わされた。信念を持つと決めたばかりだけど、揺ぎ無い信念を持つ覚悟を今決める。

 

「勿論」

 

 今一番の問題点はダンスの振り付け。当ては一人だけある。昔バレエをしていて、日本にくることを優先して辞めたと言っていたモデル仲間。本格的なバレエはもうやってないが、ダンスを今でもやっていると聞いた。遠慮せずに巻き込む。それがスクールアイドルのやり方ならば巻き込むだけ。

 

「そっか。ありがとう、英玲奈さん」

 

 照れ臭そうに言うとツバサが歩みを再開する。その足取りはずっと軽く、頭の中のモヤモヤが解消されていた。後に決断するツバサの断固足る決意。それは今より十年以上先の未来、一人の少女の命と心を救う。其れがスクールアイドルが世界に広まる切っ掛けとなる……。




青ニ「野郎じゃないわよ! よく分からないけどCMの間の出来事は次回らしいわ」
青ニ「そもそもCMって何!?」

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