「ふふふっ」
間近から聞こえてきた突然の笑い声。羞恥も置き去りにして横を向くと、宝石のような輝きをする双眼が自分を覗き込んでいた。魅入られるように視界が彼女一色になる。
「あ、笑ってしまってごめんなさいね。真剣な顔をしてるのに、面白い行動していたから」
にこの思考は置き去りに、比例するように鼓動は早く脈打ち始める。憧れのアイドルを初めて見た時に似た――否、その時以上の強い印象。テレビ越しと肉眼という差だけでは決してない。まだ名も知らぬ花の種が心にしっかりと埋め込まれた。
ゆっくりと流れる思考の中で漸く相手が誰なのかを認識した。にこと同じ真新しい制服。音ノ木坂学院とUTX高校との違いはあれど恐らく同い年。幼く見える自分と違い、随分と大人びて見える。整った顔立ちや体形の良さだけでなく、溢れる気品がそう感じさせるのかもしれない。
「……え、と?」
口の中が張り付くような渇きを覚えながら声を出す。本当はもっと気の利いた言葉を出すつもりが、実際に口から出たのは随分と間の抜けた物だった。最近こんなことばかりで、面接が何故上手くいったのか謎になってきた。
「うふふ。素敵な声ね」
「えっ!?」
「私はあんじゅ。UTXの一年。あなたは?」
人生で初めて自分の声を褒められて驚いてる暇ななく、あんじゅに顔を近づけられて質問される。頬が急激に熱帯びるのを感じながら答えた。
「や、矢澤にこ。オトノキの一年生」
「可愛い名前。にこさんはうちの学校に用事かしら?」
「はい」
間近で見るその顔は自分と違って本当に大人びて見える。制服が真新しいのは一新しただけで、実は三年生と言われれば信じて疑わなかった。綺麗の中に可愛いが同居してて、見る者を魅了する生まれ持ってのアイドル体質。間違いなく芸能コース。
「芸能コースの生徒じゃなくて、一般の生徒に話を聞いて欲しくて来ました。学校は違うんですけど、新しい部活の勧誘みたいな感じで」
「ということは私でも良いってことかしら?」
「えっ!?」
先程と同じ驚きの声を上げる。こんな魅力の塊の人が一般? にこはUTXに通う生徒の質の高さに恐怖すら覚えた。
「駄目、かしら?」
おでことおでこがくっつきそうな程顔を寄せられ、これ以上ない緊張で視界が潤む。
「あんじゅさんで大丈夫です。というか、あんじゅさんに是非聞いて欲しいです」
「さん付けだとなんだか堅苦しいし、気軽に呼び捨てにしてくれるなら話を聞くわ」
甘い囁き声と共におでこがくっつけられ、熱くなってる体温がバレてしまうのではないかと思うと胸の高鳴りが止まらず、唇に伝わるくすぐったい吐息がより羞恥心を煽ってくる。鼻腔に届くいい匂いが、ただでさえ早い鼓動が更に激しく脈打つ。
初対面でこんな風にされるのはおかしいし、同性相手に感じる胸の高鳴りではないのだけど、今のにこに正常の判断等できる筈もなく。ただ溢れそうになる涙を堪えるのと、息苦しいと感じるくらいの鼓動の中でただ呼吸をするのが精一杯。それでも勇気を持って名前を紡ぎ出す。
「あんじゅちゃん?」
普段の自分の声とは思えないか細く震えた声。まるで迷子だけど泣くのを我慢してる子供みたい。対する名前を呼ばれたあんじゅは、
「呼び捨てがよかったけど、呼ばれた瞬間胸がキュンってしちゃった」
迷子の我が子を優しく迎えるような母親のような、でも恋する乙女のような不思議な表情を浮かべる。にこの顔に掛かる吐息が熱さを増したのに気づく余裕はなかった。
「それじゃあにこさん。立ち話も何だし、うちの食堂に行きましょう?」
「え、でも私UTXの生徒じゃないし」
「生徒同伴で女の子なら大丈夫。それとも嫌……かしら?」
「嫌じゃないです!」
即座の否定に花咲く笑顔でにこの手を握る。其れは恋人同士がするように指まで絡めた、俗に言う恋人結び。
「うぇっ!」
変な声を上げるにこをフォローするように告げた。
「うふふ。生まれて初めてナンパしちゃったわ」
寧ろ話を聞いて欲しいのはにこの方なのだけど、あんまりにも楽しそうなので水を差す発言は控えた。そして、改めてUTXの校舎を見上げる。パンフレットを貰いに来た時、こんな風に再び足を運ぶことになるとは思いもしなかった。夢を叶える為に今度こそ興味を持って貰えるように喋らなくちゃ。経験地は十分稼いだ。その集大成を見せる大一番!
「スクールアイドル?」
隣であんじゅがにこの分のケーキを食べ易いサイズに切りながら尋ねた。奇しくも生徒会に足を運んだ時と同じ言葉。仄かな運命を感じながら、スクールアイドルを目指す切っ掛けから話した。
「アイドルになる夢を諦めて、だからこそ生まれたにこさんの夢。それがスクールアイドル」
自分の中で思うならともかく、それを人に言われると恥ずかしい物があった。でも、恥じることこそが恥。夢は胸を張って人に言える物じゃないと叶えることなんて出来ない。
「とても素敵ね。これが後の多くの女子高生の憧れになったなら、にこさんが主人公。私はヒロインで小説化しそうね。題するなら『夢を諦めてスクールアイドル』かしら?」
題名が物凄くダサい。もしかしたらあんじゅはネーミングセンスがないのかもしれない。だけどにこは嬉しくなった。自分と違って背も高く、スタイル抜群で声も可愛い。UTXに通えていて、自信にも満ち溢れている。そんな完璧に思える少女にも欠点があった。人間味があってこそ人は魅力的だと思うから、だから嬉しくなったのだ。
「プロではなくアマチュアだからこそ、燃え尽きるくらい真剣の三年間。女子高生の青春を彩る“スクールアイドル”歌い文句はこんな感じね」
「あ、それはとってもいいと思う」
「それは?」
何か変なこと言ったかしら? と、小首を傾げる姿は愛らしく。だからこそネーミングセンス云々のことを誤魔化すように切り分けてくれたケーキを口にした。見た目と違って甘さは控えめ。でも、美味しい。
「あんじゅちゃん、ケーキ美味しい」
「よかったわ。甘すぎると太っちゃうからって、甘さを控えてあるからどうかと思ったんだけど」
話題を逸らすことに無事成功した。ホッとしながら今更ながら思う。二人なのに四人席に座って、しかも対面席じゃなくてなんであんじゅは隣に座ってるんだろう? しかも腕が当たるくらいにピッタリと。疑問に感じながら口にはせず、他の疑問を口にした。
「控えめなのは芸能コースの子もここを利用するからなの?」
「ええ、そうみたい。甘い物に目がない私としてはこれ以上太らないように注意しないと」
「これ以上って、あんじゅちゃんは健康的で可愛いからもう少しあっても全然平気だと思うけど」
「嬉しいけど間食の誘惑に勝てないから。油断するとすぐにお肉がついちゃうのよ」
言葉に苦味が付着していることから、謙遜ではなく事実のようだ。いくら食べても縦にも横にも増えない身としては羨ましいような気もする。
「スクールアイドルを始めるからには今まで以上に気をつけなきゃ。にこさんに出逢った時より太ったなんて言われたら死ねるもの」
「言わない言わ――え?」
強く否定する最中にあんじゅの言葉の意味に気付いた。スクールアイドルを始める。確かにそう言った。
「一目惚れしたにこさんの夢を二人で叶える。なんて素敵な運命なのかしら」
「えぇっ!? わ、私女の子なんだけど!」
喜びすらも吹き飛ぶ驚きに、にこは大きな声を上げて反応した。
「うふふ。人を好きになるって、理屈じゃないんだってにこさんを見て知ったわ」
「……ぅあぁ」
冗談を言ってる顔ではなく、ママがパパの若い頃の話をする時と似た顔。中学までは普通に共学だったけど、告白なんてされたこともなかった。そもそも恋をした経験もない。故にどう反応すればいいのか言葉にならない。
「話は聞かせて貰ったわ。スクールアイドル。私も参加させてもらうわ」
どう反応すべきか頭がショートしそうなにこを救ったのは、空気を読まない対面席に勝手に座った乱入者。スクールアイドルを広める為のもう一人の立役者。ゆっくりと運命は広がっていく……。