「にこさんを一目見た瞬間、時間の流れすら置き去りにするくらいに視線を繋ぎ止められ、心を奪われ、新しい私が生み出された」
乱入者をガン無視のまま、熱に犯されたような熱い息を吐きながら、それ以上に熱い言葉を紡ぎ続ける。
「恋は事故と比喩されたり、魔法と詩的表現されたりするけど……。私にとっての愛は誕生そのもの。にこさんとの出逢いで私の第二の人生がこうしてスタートしたの」
あんじゅの頬は赤く蒸気し、潤んだ両の瞳がにこを覗き込む。人生はじめての愛の告白。誤解の余地が入り込む隙もなく、其れは同性からのもので確定した。
だがその同性という事実すら忘れさせる妖艶な微笑み。一生忘れることのできない衝撃の中、無意識に口元をむにゅむにゅさせながらどう答えるべきなのかを考え――ようとして断念。
今まで培ってきた物の中に今出せるべき答えはない。にこの恋愛という引き出しは空っぽなのだからそれも当然。ただ、相手があんじゅではなくこれが男の子だったとしたら、こんなにも胸の高鳴りに苦しむことはなかったという核心があった。
そんな二人の間に漂う百合の空気を遮断するかのように、再び乱入者が言葉を掛ける。
「改めて言わせてもらうわね。さっき耳にしたスクールアイドルに興味があるの。私も立ち上げのメンバーに入れて頂戴」
「盗み聞きした挙句に許可なく対面席に腰掛けて、私とにこさんの二人きりの愛の活動を邪魔しようとか何を考えているのかしら? 人の恋路を邪魔する馬鹿は泥舟に乗って煉獄まで沈めって言葉をあげるわ。というか女装して女子高に潜入とか犯罪者じゃない」
今まで発していた甘い声とは対照的な低くて不機嫌を隠さない声色。あんじゅにとって告白を邪魔されたも同然で、この世から消したりたいと思うのは必然。故に怒気を隠さないのは当然。
「誰が女装よっ! 小学生に間違われることは何度かあるけど、男の子に間違えられるなんて小さい頃以来だわ!」
「どこの誰だか知らないけど、自分語りをしたいのなら鏡の前でどうぞ。むしろそのまま鏡の国へ行って、戻ってきて玉手箱でも開けて孤独に慄くといいわ」
「誰か知らないってそれ本気で言ってるの!? 同じ芸能コースのB組じゃない」
「え? あんじゅちゃんって一般じゃないの?」
如何にして早く二人きりに戻るかを考えていたあんじゅの思考が停止した。にこの話が聞きたくて芸能コースではなく一般生徒だと言った嘘がここでバレた。もう少し交流を深めてから実は芸能コースだったと暴露する計画は台無し。
信頼を築く前に嘘吐きと判断されては素直な告白の言葉すら疑われかねない。停止した脳を再起動させ、一気に全力回転。これは男でいう『赤ちゃんが出来たかも』と言われた時の回転力と同等の速さ。だけど初めての感情から本能のまま嘘を吐いてしまったので誤魔化しようがなかった。
「にこさん、ごめんなさい。確かに私は芸能コース。でもね、別に芸能人になりたいなんていう希望は全くないの。お母さんの勧めでただ芸能コースに入っただけ」
誤魔化せないとなったら素直に謝り、どうしてそうなったかを説明した。嘘に嘘を重ねて破綻するのは物語でよくあるお約束。そんな失敗も失態もする訳にはいかない。あんじゅにとっては今日が初恋。相手が女の子とか関係ない。だから今まで声に出したことすらない言の葉を奏でる。
「私には夢と呼ばれるものがなくて、ただただ現実だけが続いてた。きっとこの先もそうなると思って、だからお母さんの勧めを拒まなかったの。でもね、それはにこさんにこうして出逢う為の準備期間だった」
「にこさんが夢を諦めてスクールアイドルという夢を見つけた。そして、私はそんなにこさんと出逢い愛と夢を知った。同じ時間をこれから共有していきたい。同じ努力して、スクールアイドルを広めるという同じ夢を叶えたい。私とにこさんが次の夢を見つけて叶える未来が欲しい」
「こうして出逢えたことが運命だったんだねって笑い合いたい」
先ほど以上の衝撃ににこの口元は閉じることを忘れた。夢を諦めたから見つけた夢を、他の人が共感して同じ夢を共有してくれる。愛云々はまだ少し早いので一旦脇に置き、その事実を何度も何度も噛み締める。嬉しさと呼ぶには足りない、幸せですら満たせない想いが湧き上がる。
「サラリと自分の嘘を運命と置き換えたわね」
男の子扱いされたことへの反撃を試みる乱入者。だが、初めての想いに胸いっぱいのにこの耳には届くことはなかった。
「あなたは男の子だから知らないかもしれないけど、女は好きな人と一緒に居る為なら嘘すら運命と書き換えられる生き物なのよ」
「ちょっと待ちなさいよ! だから私は女の子だって言ってるじゃない。芸能コースでショートカットの子がほとんど居ないけど、でも男なのに女子高に入れる訳ないでしょ。漫画じゃないんだから」
「ああ、うん、そうね。言いたいことが終わったならお出口はあちらよ」
言い終わると鼻で笑うあんじゅ。流石にムカッとした乱入者が声を荒げる。
「すっごいぞんざいね! 言葉って発した本人が思った以上に重い物なんだから、もう少し言葉は選ぶべきだと思うわ」
「盗み聞きって言葉には盗むって漢字が入ってるわよね。年々窃盗の被害額が増加してるようだし、盗むような人は罪を償うべきだと思うわ。屋上はエレベーターのRを押せばいいのよ」
「……盗み聞きしたことは本当にごめんなさい」
根が素直故に悪いことをしたという自覚があり、居直るような無様な真似はしなかった。そこで漸くにこの溢れ出る想いが落ち着きをみせ、現実に戻ってきた。
「スクールアイドルに興味があるって本当ですか?」
「ええ、本当よ。でも盗み聞きしちゃったのは席が近くて耳に届いちゃっただけで」
「ううん、そこは別に気にしないでください。私はスクールアイドルをUTXで活動してくれる人を探しにきたので。お名前を聞いてもいいですか?」
「あ、自己紹介が遅れたわね。私はツバサ。綺羅ツバサ。優木さんと同じクラスよ」
乱入者改めツバサがあんじゅとは別の魅力ある笑顔を見せた。其れは目の前の少女がアイドルなのだと言われても納得してしまえる魅力。あんじゅという特大の存在に出逢う前なら少し見惚れていたかもしれない。
スクールアイドルに興味を示してくれる人と出逢えただけでも僥倖なのに、カリスマ性の塊のような二人。カリスマ性は磨こうとして磨けるような物ではない。努力では補えない生まれ持ってのモノが強く左右する。
だからこそ自分の心に待ったを掛けた。アイドルになることを諦めた自分とは違う。目指そうと努力し続ければ叶えられる存在。それなのにスクールアイドルという檻に閉じ込めてしまってもいいものなのか? 自分の夢を共有してくれるのは嬉しい。でも、その幸福に流されてはいけない。
一呼吸して目の前のツバサを、そして隣のあんじゅを見つめた。最初に言うことがけじめだと思って夢を手放すかもしれない事を口にする。
「スクールアイドルは本物のアイドルとは違うもの。三年間という限られた時間の中で輝く、蛍のような存在。二人が目指せば本物のアイドルになれると思う。それでもスクールアイドルでいいの?」
途中言葉が詰まったり、全身が震えたりしたが言い切った。その直後にあんじゅが優しく諭すように答える。
「駄目よ、にこさん。私たちの夢をまるで偽物みたいに言うなんて。スクールアイドルっていうのは未来の女子高生の憧れの存在になるんだから。女子中学生が高校生になったらなろうって思うものなんだから。スクールアイドルは唯一にして本物のものよ」
言葉だけでは伝わらないと言うかのようににこの肩を抱き、自分の胸ににこの頭を乗せた。何かで人は心臓の音を聞くと落ち着くというのを聞いたことがあったから。
「優木さんの言うとおりだわ。それに、限られた時間の中でどれだけ人を魅了して輝くことが出来るのか。己と時間の戦いであり、広まれば他グループとの戦いでもある。私たちが頑張って広められればトーナメントとかできるわよ。楽しみね!」
少年漫画が大好きなツバサにとって制限されている方が燃えるのだ。逆境こそが自身をより強くすると考えてるし、こんな始まりを経験できることなんて先の人生で待っているとも思えない。それぐらいスクールアイドルというシステムは面白い。
バスケットが好きで中学までやっていたが、身長が伸びずにスタメンになることは結局叶わなかった。そんな時に適当に決めたのがUTXであり、芸能コースを選んだのはそっちの方が面白そうだから。でも、入学して楽しいことは今までなかった。
クラスメートは皆ライバル心に滾っていて、漫画のようにぶつかり合って成長するような展開はなし。寧ろあまり好きではない少女漫画のようにねちっこい。本人がいなくなるや嫌な噂を話したり、軽く無視したり。そんなのが嫌で表面的なお付き合いをツバサは拒否した。
だから今日も一人で紅茶を飲みながら、想像していたような面白い展開がない現実に黄昏ていた。そんな折、にこの話が耳に入って色褪せた学校が一気に色づいた。待っていた面白い展開がそこにはあった。おまけに一緒に居たクラスメートのあんじゅは本人に思いっきり毒を吐くくらい清々しい性格。
「トーナメント?」
キョトンとされてしまったがツバサは笑う。否、嗤う。少年漫画の魅力を知ってもらえれば、スクールアイドルを広めた先に待っている熱い展開に共感してもらえるかもしれない。だからこそ色々とお勧めの少年漫画を持ってきて読ませようと心に誓った。
「スクールアイドルの立ち上げメンバーは三人。これって三国志なら劉備と関羽と張飛の三人に当てはまるわ。ここは桃園の誓いを再現すべき箇所よね。さぁ! 熱い誓いを決めましょう!」
矢澤にこ。優木あんじゅ。綺羅ツバサ。スクールアイドルの立ち上げメンバー。頭を悩ませ、工夫を凝らし、どうやってスクールアイドルを広めるかを三人で知恵を絞っていくことになる……。