矢澤にこ自身がラブライブ   作:にこあん

7 / 32
7.燃えよ!学校偶像淑女

「それでこれがお勧めの漫画! 私が一番好きな物で、これで少年漫画の良さが分からないなら一生掛けても分からないと思うわ」

 わざわざその漫画を全巻揃えて持ってくる為にスポーツバッグを持参したツバサ。その一巻目を取り出して控えめな胸を張る。普通なら一巻だけ持ってきて興味が出たならその後の巻を何冊か貸すのだろうが、直情的で意外とめんどくさがりな一面を持つ彼女が全巻持ってくることを選択したのは必然だった。

 其れをどうでもいい目で見るあんじゅと、普通の漫画自体持ってないにこはキョトンとした表情でその漫画を見ていた。勿論ツバサも最初から強い興味を持たれるとは思っていない。これまでがこれまでだったし、理解されない可能性もきちんと考えてある。

 が、短い付き合いながらも志を同じとするメンバー。どう導けば興味を持つのかを既に把握している。にこへの反応がイマイチだとしてもあんじゅは絶対に食いつくだろう。思わず口元に三日月を浮かべ、漫画で隠してから息を整える。さぁ、ゲームの時間よ!

「それでね、にこさん。私考えたのだけど」

「ちょっと待って! 今は私のターンでしょ?」

「はぁ? 意味が分からないわ。さっきも言ったけど、独り言と自称宝物自慢は自分一人で部屋にいるときにでもしてくれるかしら」

 あんじゅは蔑み100%の視線をツバサに送ると、愛情120%の瞳でにこを見つめた。だけどツバサは慌てない。心の隙間に入り込む魔法の言葉を使う。

「これは主人公がヒロインに惚れて、ヒロインが好きな部活を始めるという青春物語なのよ」

 嘘は言っていない。ヒロインではあるが別に恋愛物とは言ってないし、結ばれる訳ではなく片思いのまま終わるとも告げていないだけ。現状というか、普通に考えて片思いのまま終わるであろうあんじゅにとって、読み始めてさえしまえば主人公と自分をリンクさせて結末まで読むことを止められない筈。

 そうなればこちらのもの。次はバトル物でトーナメントの熱さを教え込み、少年漫画の良さにどっぷりと嵌め込むだけ。一度浸かってしまえば逃れられない。気付けば泥中、首まで浸かっている。悪魔的策略・・・っ!

「……ふぅん」

 あんじゅがにこの手を握っていない右手で自分の髪を弄りながら、少しだけ興味を持ったように視線を漫画に向けた。ここで更に倍プッシュとはいかない。撒き餌はこれで十分。撒き過ぎると逆に警戒される。

 ツバサの次の獲物はにこ。アイドルに対しての熱は成ることを目標とするUTXの芸能コースの生徒よりずっと強い。熱き志は少年漫画の主人公達と通じるものがある。だから、読んでくれれば目標が一段階上に変わってくれると信じている。

 スクールアイドルを広めることから、卒業までにスクールアイドルを広めてトーナメント戦を開催することへ。初戦敗退だって構わない。いや、悔しいから絶対に優勝したいけど。でも、一番肝心なのはトーナメントを開催してその舞台で戦う――ライブを行うこと。

 バスケットではコートに立つことが叶わなかった。だからこそスクールアイドルとしてステージに立ってみせる。これが今の綺羅ツバサの毎晩眠る前に思い浮かべるようになった未来。開催が決まった後に、ただの一度もこの日をイメージしなかったことはないと語りたい。

 決勝まで進めたら進めたで『ずっと決勝の舞台でライブをすることを夢見てきた』と、追加する予定だ。今これを言うとあんじゅが読んだ後、絶対に自分のことをゴリと呼び始めるだろうから言わない。

 トーナメント戦を行いたいという理由にはもう一つ理由がある。スクールアイドルを広めるだけだと、もし二年目に広まったとしてそこで目標が達成されてしまう。目標達成其れ自体はいいことなのだけど、燃え尽き症候群になってしまったら選手生命の終わり。そうならない為にも目標はより困難な方がいい。

 出会ったばかりなのにずっと一緒に居たかのようなこの優しい空気。卒業まで終わらせたくないという強い想い。だからこれは卒業してずっと後、機会があれば語ることもあるかもしれない。もしくは恥ずかしいから墓まで持っていくか。どちらにしろ少年漫画を読んで嵌らせないと始まらない!

 GWの計画を話し合うと言いながら自分の欲望を最優先にしている。この時点でそんな清らかな想いが欲望に勝っているかどうかは残念なことに不明。

「矢澤さん。これには練習の大事さと目標への熱き想い。モチベーションを持つことの大切さ。ライバルがいることの至福を知ることができる。部活動の指南書と呼ぶべきかもしれないわ」

 かなり大げさのようでありながら、この漫画に影響されてバスケットを始めた者はツバサを合わせて多くいる。だから間違っているとは言えなくもない。

「サブカルチャーに理解があるっていうのは良いことだと思うのよ。人間って自分が好きな物を好きな人には良い印象を持ち易いし。日本は漫画大国だしね」

 スケール大きくすることで、あたかもそれが常識であるように錯覚させる。自分が他の人とズレていることを無意識に嫌うのが一般人の習性。にこのように自分に自信を強く持てない相手にはこれが効果的。

 少年漫画を勧める為に詐欺師の戯れという本を購入し、熟読した成果を遺憾なく発揮させる。これが漫画なら今のツバサは悪役顔か鼻と顎が尖っているところだろう。だが、勿論これだけで終わりではない。

 にこが漫画に興味を持ち出したその刹那、事前にスマフォに打ち込んでおいたメールをあんじゅに送信する。にこはあんじゅの押しに滅法弱い。普段はその押しの強さに呆れすらしているが、使える手札は全て切る。ずっとツバサのターン!

 メールの送信相手が目の前のツバサと知り怪訝な顔をしたが、あんじゅは一応メールに目を通した。

『この漫画は全部で三十一巻。全巻持ってきたけど、にこさんと同じくらいの身長の私でかなり疲れたわ。優木さんが家に持ち帰ってくれれば、漫画が面白かったから読みにきてと部屋に自然と誘えることになるわ。圧倒的合法手段!』

 とどのつまり、にこは売られたのだ。この時点でどう考えてもツバサの清らかな想いは圧倒的後付け! 少年漫画を広められればまずは良いという邪道。

「……にこさん。同じスクールアイドルである綺羅さんがここまで勧めるのだから、無碍にするのは失礼になるわ。スポーツバッグにぎっしり入ってるみたいだし、今日は私が持ち帰って毒見役になるわね」

「もし読んでみてにこさんにも是非読んで欲しいと思える内容の本ならば、是非私の部屋に遊びにきて。にこさんが持ち帰るには重たいと思うし。でも凄く長そうだからその時は泊まりにきてね」

「お泊まり会?」

「ええ。パジャマパーティーをしましょう」

 ツバサの欲望より上をいくのがあんじゅの欲望。遊びにから泊まらせる手段に変える。そして迫るはGW。高校入学して一月で友人宅に泊まりに行く。これは泊まりに行くくらい仲の良い友達ができたという証明にもなる。両親にとっては喜ばしいことだろう。

 両親の安心を盾にして呼び出すことを瞬時に考えたあんじゅに戦慄。恋する乙女の思考は詐欺師レベルなのか。それともあんじゅが魔性の女なのか。考えていくと闇墜ちしそうなので思考を切り替える。これで少なくとも二人とも最後まで読むことになるのが確定した。

 

――計画、通り!

 

 既に精神面が黒いノートに汚染されてるレベルだが、ツバサは気にせずに冷めた紅茶で喉を潤す。今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しく感じた。この達成感は人を堕落させる。そう再認識することで自分が清らかな心の持ち主なのだと思い込ませる。未来の仲間の為に、今のにこを生贄に捧げたのだと。

「五日が駄目でにこさんに逢えず寂しいと思ってたけど、お泊まりというイベントが待ってるなら耐えられるわ! ううん、その前にご褒美があった方がいいのかしら?」

「お泊まり会とか久しぶりで楽しみ」

「にこさん改造計画はその日から発動することにしましょう。にこさんが変わった日が私の部屋に初めて泊まった日……未来の大事な思い出になるわ」

 美人が台無しの緩みきった顔。お泊りにワクワクしているにこ。勝利の微笑を浮かべるツバサ。スクールアイドルである前にまだまだ十五歳の高校一年生。青春を謳歌しながら一歩一歩進んでいく。今回みたいに時に回り道をしながら、たまに後ろに下がりながら。其れすらも全部が正解なのだと今は信じて。

 泊まる日の計画は楽しいからもう少し味わっていたいというあんじゅの案で、一旦保留することになった。それでもあんじゅの頬の緩みは直っていない。

「さて、それじゃあGWの練習のことについて話合いましょうか」

「待って。それよりも大事なことがあるわ」

 自分のやるべきことはやり終えたので元々決めるべき話に戻した瞬間、あんじゅに水を差された。いつもは一言くらい反論したり、呆れた動作を返すところだけど、今回は作戦の功績者ということもあり素直に意見を聞くことにした。

「大事なことって何よ?」

「にこさんには毎回UTXに来てもらってるでしょ?」

「ええ、そうね。時間の都合上悪いとは思うけど一番効率だから。矢澤さん、ごめんなさいね」

「ううん。オトノキからそんなに距離が離れてるわけじゃないから」

 にこにとっての心からの言葉。むしろこんなに近い距離で理解者を得られた自分が如何に幸せなものか。神様に感謝してもし足りない。

「労いの言葉なんかじゃ足りないわ。私もにこさんと同じ苦労がしたい。にこさんと一緒に同じ制服を着て、オトノキで授業を受けたい!」

 あんじゅのこの我侭発言に、ツバサは広いおでこに手を当ててため息を吐いた。恋する乙女はこのありえない発言を現実の物にするだろう。つまり、進むのではなく後ろに下がるのが確定した。回り道のち後退。

 其れすらも正しいと信じようと思った矢先、ツバサの自信が少し揺らいだ。本当にスクールアイドルが広がり、トーナメントを行える日がくるのか……いな、くるとしんじたい。ツバサの自信は思った以上に揺らいだのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。