「矢澤さんは本当にまめですね」
音ノ木坂学院の昼休み、お弁当を食べた後ににこが毎日のように訪れるようになった生徒会室。挨拶をするなり副会長の零華が感心した。立ち上げに協力してもらっておきながら、UTXで協力者を見つけたのでありがとうございました!
そんな風に縁を終わらせて良いという教育は受けていない。与えられた恩には誠意を持って返す。生徒会で活動しているのが基本二人ということで、こうしてお昼休みに手伝いに来るようになった。決してクラスで浮いているので居場所がないから避難している訳では……。
「ここは居心地がいいので」
残念ながら一般生徒との距離が少し開いている。イジメという訳ではない。話掛ければ返事は返ってくるし、プリントだってきちんと回ってくる。ただ、新しいことを始める為にする努力というのは傍から見ると滑稽に見え、どこか浮いた子という印象が距離を開けた理由。
これが二年生、三年生ならば話は違ったのかもしれない。だけど、入学して一月と経たずでは相手に与える印象が大きい。最初から普通とは違う子なんだというレッテルを張られてしまったのは必然。だからといってにこに後悔はない。自分の夢を綺麗な状態で叶えられる程、現実は優しくないのを知っている。
そう思って強く在ろうとしているけど、強がりでしかないのは自分が一番理解している。故ににこにとってオトノキでは生徒会室が唯一心の落ち着く場所となっている。
「手伝ってくれるのは本当にありがたいわ。もう少しすれば一段落するんだけど、そこまでは本当に二人じゃきつかったから」
「本来なら強引でも手伝いを募集すべきなんですけどね」
「権力を持つ者が強制するのはねぇ。自分が偉いんだって思い込んで恐怖政治を始めちゃうわ」
「瞬時に下克上をして三時間天下で終わらせますよ」
会長と零華のやり取りはあんじゅとツバサのやり取りに似てて好きだったりする。ほっこりとしながら気持ちを引き締めた。今日は避難してきただけでなく、手伝いをしにきただけではない。とても言い難いお願いがあるのだ。
「あの、お手伝いの前に一つだけ……その、お願いというか相談があるんですが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。何かしら?」
これを口にしてしまうと生徒会室というオアシスすら失うかもしれない。でも、昨日のあんじゅを思い出す。目を輝かせながら、にこの手を両手で包みながら期待していた。オトノキで授業を一緒に受けたいと。
ツバサが今までで一番呆れた溜め息を吐いたのはとても印象深かった。それを掻き消すくらいのあんじゅが浮かべた期待と希望と切望と熱望の眼差しが忘れられない。流石に学校の許可云々もあるので保留となったけど、あんじゅの願いを極力沿う形で叶えてあげたい。
少し前までは憧れで、訪れたのは一度だけ。そんなUTXに何度も足を運ぶ反面、あんじゅとツバサはオトノキに一度も訪れていない。当然のことだけど、少し寂しく思う気持ちもあった。だからってこんな無茶苦茶が素直に通るとは考えてない。
擬似的なもので構わないので一緒に授業を受けられたらいいなと思っている。忙しいとはわかっているけど、一段落するということだし、GW明けにでも教師役として会長か副会長にお願いして。あんじゅもきっとそれで納得してくれると思う。
あんじゅは制服を借りるつもりはなく、購入する気満々だった。今回以外に着る機会があるとは思えないけど、同じオトノキの制服を持っていたいらしい。
「荒唐無稽と思われても仕方のないことなのですけど」
「ふふっ。そういう前置きされると胸が高鳴るわね」
「なんでテンション上がってるんですか」
「……えっと、ですね」
スクールアイドル部の説明した時より緊張し、嫌な汗が背を伝う。今回は部活動ではなくただの我侭。新設校のUTXと違い、歴史のある音ノ木坂は部外者を入れることに対して、色々な柵があったりするかもしれない。今になってそういうのを先に調べておけば良かったと苦虫を噛む。
でも、調べていたら段々と冷静になって、行動を起こすのを躊躇した気がする。だからこれが正解なんだ。ウジウジするより一気に楽になった方がいい。少しだけ口内の苦味が薄れた。覚悟さえ決めてしまえば後は口八丁。
説得を成功するか否かは頭で考えた言葉じゃ駄目だ。感じるまま口を動かし、想いをただ素直に乗せるだけでいい。拒まれ、居場所を失ってもにこにはUTXに居場所がある。
後ろ向きだけど全力で前向き!
それが矢澤にこの真骨頂。人に誇れるものでなくても、自分の力になるなら臆病さだって剣にする。弱さだって盾にする。無謀さだって糧にする。少しでも強い自分になる為に。自ら泥に塗れても笑ってみせる。
「今私クラスで少し浮いてるんです」
言葉を発した瞬間、後悔しか残らなかった。違う、今言いたかったのはそんなことじゃない。汗と血の気が一気に引いて頭がグラついた。
「イジメがある、ということかしら?」
普段優しい生徒会長の口調が固いものに変わった。穏やかな昼下がりの雰囲気が凍りつく。逆境こそが成功の近道。ツバサが嬉しそうに笑っていた言葉が脳裏に浮かんだ。そうだ、この逆境を活かしてしまえばいい。フリーズしてたら全てが終わってしまう。
「いえ、違います。自業自得、私、全校生徒、スクールアイドル、ならないか、スカウト、したので」
物凄い怪しい片言のような喋り方になってしまう。だが本人はいっぱいっぱいで気付いていない。無理をしているのではないかと、逆に二人の心配を加速させた。が、ここで間を空けたことで喋り方が普通に戻る。
「部活として学校を背負うべくスクールアイドルが浮いている。私が変だと思われるならいいんですけど『私=スクールアイドル』が変だと思われるのは駄目なんです」
変と思われる人がスクールアイドルやってたら、当然ながらスクールアイドルが変に思われる。好きの反対は無関心。そんな言葉があるけど、にこは間違っていると思う。それってまるで嫌われ者の強がりにしか聞こえない。興味の反対こそが無関心。今の状況で皆が自分のことを実は好きなんだって、そう思える程頭がハッピーじゃない。
厄介なのが好きという想いと違って、人は容易く興味を捨てられる。いや、中には好きなんて想いも直ぐに捨てられる人も多いかもしれない。でも、明らかに興味の方が簡単に生まれて、簡単に捨てられる。その先に待っているのは、答えを出したという思いだけ。
無関心であればスクールアイドルという単語を忘れてくれる。でも、そうじゃない。変という答えが既に出てしまっている。流行らなくても仕方ない。でも、変と思われたまま終わるのは絶対に嫌だ。
何を言うべきで、何を言ったら正しいのか。考え直そうとしてたら自分の本心が溢れ出て、にこは今完全に感情に溺れていた。それが証拠に視界が波打ち、心が形となって世界に生まれる。純粋を表すような無色透明の心。頬を伝い、あんじゅが着たいと願う制服に染み込む。
「だっから、だからっ! スクールアイドルを知って欲しいんです」
聞き取りにくい声になってしまっているけど、伝えたいと願う想いだけは十二分に感じた。
「知ってもらう為には普通はしないことをすべきだって思って。より変に思われるかもしれないけど、あんじゅちゃんと綺羅さんの魅力を武器にすれば大丈夫だって、思って」
小さな迷子の子供のようにたどたどしく、それでも溢れ出る想いは紡ぎ続ける。回り道をしても、後退したとしても、足を止めたくないと駄々を捏ねるように。
「スクールアイドルというのが普通のアイドルとは違う。ずっとずっと身近で、誰にだって目指せて、だけど憧れる。そんな素敵なものなんだって、あの二人を見たら思うから。だから」
始まりはあんじゅの我侭だった。でも、今は矢澤にこの我侭。学生にとっての学校は世界の半分といっても過言じゃない。大人はそんなことないと笑うかもしれないけど、半日を過ごす場所を世界と言っておかしいだろうか? 少なくともにこにとっての世界の半分は学校だ。
同じ夢共感してくれるあんじゅとツバサの二人に、にこの過ごすこの世界を見て欲しい。そう思ったから今はにこ自身の我侭。理不尽なくらいの我侭。普通じゃ呆れて、放置される案件。だけど、この二人なら聞いてくれると信じられるから、だから我侭を言える。
「オトノキの制服を着た二人と一緒に授業を受けさせて欲しいんです。本物の芸能人を目指す人達と同じカリキュラムを体験している二人と過ごす。ただ其れだけのことであの二人のカリスマ性を知ることができる。そんな二人がスクールアイドルに興味を持ち、志してくれている」
冷静な部分のにこがカリキュラムって単語で合ってるのかな? とか思っていたのは内緒。
「その事実を知ればスクールアイドル=変な物・どうでもいい物・ただのアイドルの真似事。そういう負の感情を拭えると思いまして。だから一緒に授業を得られるように先生を説得するのに協力してください!」
荒唐無稽。最初に確かにそう言われた。そして、間違いではない。普通の学校でそんな無茶が通るわけがない。が、音ノ木坂学院の現会長は違った。既に廃校になることが決まっている。多少の無茶もゴリ通させる可能性がある。
正直話としては支離滅裂といった箇所もあったし、落とし所が授業を受けるというのも謎だった。でも、にこの強い想いだけは本物だった。先輩とは後輩の想いを無碍にする存在ではなく、掬いあげる存在じゃないといけない。
なんて考えてるんだろうなと零華は眼鏡の位置をクイッと直しながら会長を見た。秋にはその会長の座を譲られる身としては無理難題に付き合わされるのは迷惑でしかない。だけど、泣いていることすら気付かないくらいに夢中になり、伝えたいことを伝えたにこの姿を見て、拒むという選択肢なんて生まれない。例え悪感情を持っているUTX高校。その生徒を招くことになるとしても。
「零ちゃん。どうやら一段落は旅に出たみたいよ」
「その様ですね。忙しさが来客したようです」
「おぉ! 零ちゃんがそういう冗談に乗ってくるなんて珍しい」
「私だってたまにはそういう気分になります。矢澤さん」
にこが憧れる零華の綺麗な声。今は綺麗に慈愛が彩られていて、声で頭を撫でられた錯覚すらした。
「音ノ木坂学院生徒会副会長と会長があなたの願いを叶えてみせましょう」
「そういう決め台詞は会長である私がすべきでしょ」
「会長は権力のおまけですから」
「零ちゃんが酷い! 私に優しくしてくれるのは矢澤さんだけよ」
言いたいことを言い切ってぼんやりしているにこを励ますように、いつも以上に賑やかなやり取りをする二人。にこが手伝ってきた仕事よりずっと時間を消費する厄介事。嫌な顔一つ見せずに引き受けてくれた。
安堵の余りその場に座り込んだ。スカートが汚れることなんて気にしない。否、気にする余裕なんてない。寧ろ皺になったって構わない。にこは入学して一番の笑顔を浮かべて二人にお礼を言った。ただ静かに終わるだけだった音ノ木坂学院がこれから活性化していく。ある意味で其れは学院にとっての産声となった……。