「にこさんにこさん! GW一日目は映画を観に行きましょう」
練習前の部室という名のただの空き教室。にこの肩に寄り寄り添い、あんじゅが提案する。その大人びた見た目とは裏腹に甘えん坊のあんじゅ。
「映画?」
「ええ、前売りチケットも購入したの」
「何の映画? それといくらだった?」
暴走気味なくらい好きをアピールしてくることに少し戸惑いはあれど、あんじゅに対して悪い感情は一切ない。だから誘われれば喜んで付き合うつもりだ。
「けっこうCMやってるから分かると思うけど『ベターマン』っていう映画よ」
「……ホラーっぽいやつだよね」
「いいえ、違うわ。一つの愛の形を表現した話題の作品なんですって」
「愛って言っても狂気に歪んだ愛なんでしょ?」
学校の部活紹介から最近作ったスクールアイドルのサイト。そこにリンクを張ったのだが、サイトのカウンターは自分で回すのみ。ツバサはどうすれば注目されるかを真剣に考えていたのだが、解決策は思いつかず。思考の海から意識を戻すと、いつもの如く百合な雰囲気を醸し出していた。気分転換するかのように、二人の話題にツッコミを入れていた。
「ネタバレになるからレビューは読んでないんだけど、ある意味究極の純愛らしいわ」
「其れは一般的解釈だと狂気って分類されるやつでしょ」
が、例の如くスルーされるツバサの発言。これもお約束となっていて、もう一度突っ込むと反応が返ってくる。いや、正確には反応というより毒だけど。
「人の恋路を邪魔する馬鹿は、自分の影を見つけてさっさと存在しない国へ帰りなさい」
「…………あっ! ピーターパンね。いい加減人のこと男の子扱いするのヤメなさいよ! 肩に掛かるくらいとはいわなくても、今より絶対に髪を伸ばしてやるんだから!」
「伸ばすのは髪より先に背丈じゃないのかしら?」
ツバサを射るあんじゅの毒矢。しかし、其れは同時ににこのど真ん中を射抜いた。
「私ってやっぱりちっちゃいかな?」
「何を言ってるの、にこさん。小柄で可愛いところがにこさんのチャームポイントじゃない。自分から個性を捨てるなんて頂けないわ」
肩を強く抱きしめて、可愛いを連呼した。
「矢澤さんが個性なら私だって小柄なのが個性じゃない」
「ハァ? にこさんと自分を同列に扱おうなんてどうかしてるわね。自分という生態をよく研究してから言葉を発することをお勧めするわ」
「そうね。自分を見つめ直すことが何かを始まる時に必要な行為なのかもしれないし。で、ベターマンは何時から行くの?」
「……はい?」
あり得ない言葉を聞いたと言わんばかりに、あんじゅは心の底から沸き出るような嫌悪を声に乗せた。
「観に行くんでしょ? 私も行くわ。共通の話題ってグループ間の絆を深められるし。絆が深まれば今より絶対にスクールアイドルを広めることができるわ」
「なっ! 私達の夢を人質にデートを邪魔するなんて最悪だわ。にこさん、綺羅さんを追放しましょう。後々裏切るに違いないわ」
「裏切らないし、人質って人聞き悪い。いいわよね、矢澤さん?」
「う、うん。私は……あんじゅちゃんさえ良いなら、良いと思うけど」
「今にこさんまで人質にしてるじゃない! 外道は一人で勝手に『君のスイーツを食べたい』でも観てくればいいのよ」
「それを言うなら君の膵臓を食べたいでしょ? スイーツなら分けてもらえばいいわけだし」
尤も、ツバサがあんじゅのスイーツを食べたがっても分けて貰えないのは火を見るほど明らか。
「なんて猟奇的なタイトル。正に綺羅さんに相応しいんじゃないかしら?」
「え、それって苗字が『きら』なだけに第四部のボス的な意味で?」
「意味の分からないことばかり言ってると、脳天にボールを叩きつけるわよ」
「っ!!」
自分で振ったネタが瞬時に吹き飛ぶ返し言葉。少年漫画を読ませる計画は上手くいったが、流し読みされる可能性もなくはなかった。だけど、今のあんじゅの言葉によって不安は解消。きちんと読んでネタにもしてくれている。
「優木さん。実に素晴らしいわ!」
脳天にボールを叩きつけられると言われて喜ぶツバサに、にこが若干引いているのには気付かない。嬉しさのあまり肌が艶々になる程だ。
「そ。じゃあ映画は一人で観に行くことね」
「それはそれ。これはこれよ。三人共通の話題を作っていきましょう」
「ちっ!」
三人を強調されると攻撃し続けるわけにもいかない。にこに首っ丈のあんじゅではあるが、スクールアイドルを広める為にはツバサが必要不可欠なのは理解している。この三人の中で一番カリスマ性があるのはツバサである。
が、それはあくまで現時点での話。あんじゅはにこの秘められているカリスマ性を感じていた。今はまだ見え隠れする程度のものだけど、自信をつけて言動を意識していけば大きく化ける。そんな存在がプロを目指さず創設した物。
スクールアイドルが大きくなればなるほど、そこに深い意味があるに違いない。そう考える子が増えていく筈。そういう子達によって、磨けば光るけど自信なさそうにしている子がいれば、スクールアイドルに誘って一緒にステージの上で輝き、色褪せない最高の思い出を重ねていく。そんな今が未来に繋がる光景を夢想した。
「当日は半径三メートル以内に近づかないで頂戴ね」
「それ一緒に行く意味ないから! 傍から見ると二人の後をつけてる危ない人じゃない」
「元々危ない人なんだから変わらないでしょ」
「危なくないわよ!」
元気な二人のやり取りがにこを笑顔に変える。昼にしたお願いが叶えばオトノキの教室でこんなやり取りが見える。他の生徒が見ればスクールアイドルは楽しいんだって印象が変わるかもしれない。期待に胸が膨らみながらも、本決まりじゃないのでまだ秘密にしておく。
一緒に授業を受けられるとなったらあんじゅは喜ぶだろう。その時を想像してにやにやする。
「あら、にこさんご機嫌みたいね。綺羅さんを排除する方法でも思い浮かんだのかしら?」
「そんなこと思いついてないよ。三人で出掛けるの楽しみだなって」
本題はすり替えたけど、三人で映画に行くのは楽しみでしょうがない。にこにとって映画というと妹であるここあとこころが好きなアニメだけ。普通の映画を大画面で見るのは初めてだったりする。
「おまけが邪魔だけど楽しみね。映画見てる最中はずっと手を握ってましょうね」
「怖そうだから強く握っちゃうかもだけど。それでもいいなら」
「うふふ。寧ろ望むところだわ。ビクッとなって強く手を握るにこさん……はぁ~。映画に集中できなくなってしまうわ」
「何の為に行くのよ。観る映画まで自分で決めたんだからそっちに集中しなさい」
「綺羅さん。混んでるかもしれないから、チケット早く予約した方がいいんじゃないかな?」
「あ、そうね。これだけ邪険にされた上に映画観れなかったら骨折り損のくたびれ儲けね」
スマフォを取り出すと直ぐにチケットの購入に入る。あんじゅに観る上映時間を聞いて予約完了。当然のことながら席は離れているが、そこは仕方がない。大事なのは観た後に感想を言い合ったりすること。
中学時代はバスケットに情熱を燃やす余り、交友関係というものが極端に狭く、ツバサもまた友達と映画を観に行くのは初めてだった。ただ、その初めてがR-15という不安要素が強い。『逢イは狂気を巡り、アナタが愛へ逝く』という謎のフレーズがまた不安を煽る。
「遊ぶ予定を立てたことだし、作詞について決めましょうか。一番早いのは作詞経験のある子に依頼するのが良いわよね。一般の子に声を掛けてみようと思うんだけど、どうかしら?」
「却下。初めての曲を他の人に委ねるとかありえないわ。にこさんと私の初めての共同作業なんだから、素人感満載の下手な詞でも構わないのよ」
あんじゅがありえないことをぶっちゃけた。愛の高さを呆れるべきか、志の低さを嘆くべきか迷って返す言葉を無くした。だけど、意外なことににこがあんじゅの言葉を引き継いだ。
「あんじゅちゃんの言いたいこと分かる。最初は下手でも、段々と上手くなっていく。そういう過程もプロとは違う事を表現できるスクールアイドルらしさになると思うの」
「にこさんは私の想いをきちんと掬いあげてくれるのね。これは正に以心伝心。愛し愛されだわ」
なんてことを言っているが、あんじゅはただ下手でもにこと一緒に作詞をして、書き上げた詞に自分が作曲して二人の愛の形を完成させる。そんな邪まな考えしかしていなかった。
「ふふっ。その考えは面白いわね。今ある道を辿ったらプロの劣化にしかならない。険しき道なき道を歩んで道を作り、未知を完成した道に仕上げる」
「私達の意見をそういう危ない人の発言で汚すのやめてくれるかしら。迷惑でしかないわ」
言葉にされると道と未知を掛けたネタが分からずに小首を傾げているにこ。なんか自分に酔ってるっぽいツバサにドン引きのあんじゅ。今のは流石にふんどし妖精がくるレベルだったと、少しだけ恥ずかしくなった。
「こほんっ! でも作詞は以前にやり方を調べた通り、簡単にできるってものではないわ」
「そうだよね。だけど、諦めるにしてもやってみてからにしたいの。失敗したら作詞をお願いすることになる人に感謝と尊敬の気持ちが高まるし」
「ええ、そうね。その考えもまた尊いわ」
同い年でありながら心から尊敬できる。そんな友人に巡り会えたことは本当に僥倖。その素直さが自分の中の闇を照らし、だからこそ恥じて直していこうと思える。
「にこさんは優しいから誰かに惚れられて危険なことにならないか不安だわ」
「一番危険人物が傍にいるから、他の危険は近づかないでしょう」
「……その一番の危険人物が怖いんじゃない」
「だから私は危険じゃないわよ!」
「自覚なしが一番怖いわ。そして、デートを邪魔した怨みはいつか必ず晴らすから」
ネタなのかガチなのか分からないが、背筋が凍る経験を体験する日がくるとは思っていなかった。浮かべようとした笑顔が引きつったのが分かった。
「ゆ、優木さんは相変わらずね。作詞についての資料は明日まとめて持ってくるわ」
「綺羅さん、ありがとう」
「どういたしまして。だけど、どういった内容にするのかは先に決めちゃいましょうか」
「私はラブソングがいいわ。勿論、にこさんと私の愛の歌。世界中に広めたいし、多くの人から祝福されたいわ」
にこの腕に頬擦りしながら夢心地の表情。否、だらしなく緩んだ残念顔。涎を垂らしてないのが唯一の救いか。だけど、こういう部分がにこにとってあんじゅを身近にさせる。
「ラブソングだと普通にありふれてるのよねぇ」
「私とにこさんの愛は唯一にして無二よ!」
「いや、重要なのはそこじゃないから。さっきの意見を参考にすべきだと思うんだけど、矢澤さんはどう思う?」
作詞が自分達でできたとした場合で考えてみた。他の誰かが思い描ける歌詞じゃインパクトに欠ける。下手で世に溢れた内容では見向きもされない。だけど、新しい何かを素人である自分達で創造できるなんて思えない。
「誰にとっても唯一無二の内容。だけど、多くの人が共感できるような歌がいいかな」
言うは易し。行うは難し。理想としてはそうだけど、其れが一番難しい。にこの言葉に暫し静寂が訪れる。思考の海を泳いでいても、答えという陸地には辿り着けそうもない。それはにこだけではなく、ツバサも同様だった。
「内容はありふれたモノでいいと思うの」
愛深き故に最初から溺れているあんじゅだけは別だった。難しく考え過ぎずに発想を逆転させ、にこを救い上げる。嵐に難破して溺れた王子を助ける人魚姫のように。
「スクールアイドルは高校生活の三年間限定。ありきたりな日常会話。つまらない授業。ありふれた楽しみと悲しみ。体育祭や学園祭。好きな人と過ごす放課後。そういうのを凝縮した普通のありふれた内容がいいと思うの」
にこの顔を胸に抱え、自分の心を伝えるように囁く。
「大事なのは歌詞じゃないわ。私達がどういう存在なのかをアピールすることが重要なの。だから、曲名で印象付けるのがいいと思って。故に曲名は私達の自己紹介『スクールアイドル』」
「広めましょう、私達という存在を。教えましょう、私達の存在意義を。叶えましょう、私達の夢を。そして、伝えるの……私とにこさんの愛を!」
最後の最後で全てが台無し。壮大なちゃぶ台返し。胸に抱かれながらにこは思わず笑ってしまった。ぶれないことも強さの秘訣なのかもしれない。これもあんじゅの魅力の一つ。
「ま、まぁ。最後はアレだったけどテーマと曲名も決まったわね。それじゃあ、今日の練習を始めるわよ。スクールアイドルーファイトー!」