「どうぞ。次の転生者の方、お入りください」
面接官から入室を促され、私はオズオズと面接室へと足を踏み入れた。
「ではそちらの椅子へおかけください」
私は面接官と一つの机を間に挟む形で向かい合った。机にはいくつかの書類が広げられている。『はじめての転生のしおり』『天国案内パンフレット』『無機物転生における意識確立の手引き』etc…。
「それで単刀直入に申しますが」
面接官が一度手元の書面──おそらく私の生前の履歴が記されていると思われる──に目を落とし、それから目だけで私の顔を伺った。
「あなたの人生歴を検討させていただいたところ、人間への転生はできないと結論付けさせていただきました。申し訳ございません」
人間への転生は、できない。
私はその言葉に、特に絶望も諦観も抱かなかった。現実味がなさ過ぎるからだろうか。そも、私の今いるこの場所自体、現実味なんてカケラもないのだが。
そう、何せここはいわゆる天国──死後の世界──なのだから。
申し遅れた。私の生前の名は中島とおる。27歳没。死因は思い出せない。というのも、死者のメンタル保護の観点がどうのこうということで、死因に関する記憶を取り除く処置が私に施されているためだ。
同意書にサインをすれば開示請求が可能らしいが私はなんだか恐ろしくてサインはしなかった。他殺とか、凄惨な自殺だったりしたらどうしよう。
まあそういうわけで、私は一度死に、この曖昧漠然とした天国というフワフワゆるゆるな名前を冠している場所へと天使に連行された。
私が天国へと連れて来られる間にも紆余曲折あったわけだが、まあそこはいい。
そうして、えらく事務的な手続きを経て、今一度新たな人(?)生を始めさせられようとしていたわけだが。
面接官の金髪碧眼の天使さん─ガタイのいいイケメン。たぶん20台前半くらい。なぜかマッシュポテトとか作るのがうまそう─が言葉を続けた。
「そこであなたの転生先候補ですが、いくつかこちらでリストアップさせていただきました。ご覧ください」
私は机に広げられた書類の中から示された、一枚のリストに目を通した。内容は以下の通りであった。
『運送トラック(大型)。キャリアを積めば転生トラックの仕事が回ってくることもあります。先輩の言葉「給油される瞬間が、この仕事で一番充実感を感じる時ですね」オススメ度★★★★』
『鶏(採卵鶏)。毎日楽しく卵を産みましょう!!先輩の言葉「短い一生を延々と同じ生活サイクルで過ごすことで、強靭なメンタルが身につきますよ!」オススメ度★★★★』
『単一電池。………解脱できる可能性が最も高いと評判の……精神崩壊の可能性が最も高く……オススメ度★★』
『コピー機。……紙を排出する喜びに目覚め……オススメ度★★★』
『鹿。自分のフンで道を埋め尽くすことに生き甲斐を感じます。人間の女性とのスキンシップも可能です!!!オススメ度★★★★』
etc…
「ロクなものがないじゃないですか!!!」
私は思わずリストを机に叩きつけた。
つーかやたら無機物多いな!?
あと、鹿ァ!なんなんだお前……。フンを撒き散らす喜びに目覚めるのはちょっとやばいと思う。健全に生きてる鹿さんに失礼だよ。
確かに彼らは色んなもんを口にしてはフンを作ろうとするよ。
自転車のサドルを咥えてた時には私は自分の目を疑ったね。流石にサドルをウンチにするのは無理だろうよ。でもJKのサドルなら私も咥えたい。なんならベロベロしたい。そうか、鹿なら合法的にJKのサドルをベロベロできる可能性が微粒子レベルで存在する……?いや、しかしJKのサドルだと思っていたものが実はオッサンのサドルだったらどうする……?私ならその場でうんち撒き散らして死ぬね。やっぱ鹿ダメだわ。
そんな事もわからんとはな。へ、所詮はケダモノよ……。そのケダモノが私の転生リストに載ってるけどなァー!どういうことなんですかねぇ!ドンッ!
「しかしあなたの人生歴ではこのような転生先が最大限でして。私個人としましては単一電池がオススメですよ。解脱の可能性が最も高く、できなかった場合でも来世は人間であることが確約されていますので」
「単一電池とか嫌すぎる……。想像するだけで虚無りそう。というか解脱って……ここキリスト教的な天国じゃないんですか」
「それはあなた達が作り出した認識ですので。三次元世界のあなた方にも理解できる言葉にすると、解脱となる訳です。解脱すると魂が高次元へと押し上げられて、新たな生命体としてまた次の段階にある輪廻の輪に組み込まれます」
「逃げ場がない!」
大いに狼狽する私を見かねてか、天使さんはもう一枚の書類を私に手渡した。
見出しに大きく赤字で「二次元世界」と記されいる。
「……これは?」
「そちらは二次元世界への転生リストです。現在のあなたの存在界位は三次元ですので、一つ下のランクということになりますが」
私はリストにサッと目を通してみた。
『獣人』
『巨人』
『亜人』
「なるほど、一応人間に近い候補がこちらにはあるということですか」
二次元世界ということは、つまり私たちでいうところの漫画やアニメの世界へ転生できるということであろうか?
獣人、巨人、亜人。どれもいずれかの媒体で目にするメジャーな生物だ。思考はおおよそ人間と同じであることが多く、身体の作りもそう変わらないはず。やっぱり、転生するなら人間に近いものに転生する方がいい。
単一電池とか採卵鶏とか、消費社会の歯車感がヤバイ。たぶん心がもたない。
「せっかくなので私はこの獣人を選びます!」
私の言葉に、天使さんは苦笑いした。
「よろしいですか?二次元世界への界位落ちとなりますが」
「構いません」
即答する。単一電池とか、鶏とかよりはマシだろう。運送トラックは、ちょっと惹かれない訳でもないのだが。鹿?しらねぇなぁ……。
「なお、獣人といっても種族や登場作品の種類は膨大です。転生先はそれらの中からランダムとなりますがそれでも構いませんか?」
あ、今登場作品って言ったな天使さん。やはり三次元世界の私たちでいうアニメや漫画の世界に転生するという認識で間違いなさそうである。
「わかりました。お願いします」
「そうですか。それでは、こちらの契約書にサインをお願いします。はい、ありがとうございます」
天使さんは契約書をファイルにしまい込むと、おもむろに立ち上がって言った。
「それではただいまより、ドキッ!転生!世界決定!チキチキルーレットを始めます!」
パーフー!間の抜けた音がした後、天使さんが台詞を言い終わる前に目の前の床が開いてルーレットがせり出してきた。たわしとかパジェロとかが当たるアレだ。
私は天使さんにダーツを一本押し付けられて、投擲ラインまで連れてこられた。やだ、天使さんの手のひらって大きいんだ……キュン。
なるほどこれで矢が刺さったところに書いてある世界に転生するわけだな。やってやりましょうじゃんね。そぉれぃ!ドスっ!パンパカパーン!
「あ、おめでとうございます。あなたの転生先はFate/GrandOrderの世界に決定しました」
FGO!聞いたことがある!
知っているのか私!?
というかプレイしていたことがあるもんね!
モッピー知ってるよ!犯人はレフ。地球は狙われている!素人は黙っとれ……。
いや、しかし終局特異点まで駆け抜けた私がFGO世界に転生するとはアドバンテージがやばくないですか?これは私、来世は結構やるかもわからんね。
いやいやまて考えろ。下手したら転生してすぐ人理焼却に巻き込まれてお陀仏。
ん、んー?いやけど私獣人だしな。たぶんウェアウルフとかトナカイマンとかその辺だわ。
それなら人理焼却後の雑魚キャラの1人だから安全じゃんね。安心安心……。ってそんな訳ねーだろ、すぐに死んでしまうわ。獣人さんはサーヴァントに小突かれたら木っ端微塵に爆発四散してしまうか弱い生き物……。ゲーム中ではそこそこ戦えてる風に見えるけどアレはあくまでゲームだからじゃんね?というわけでそのまま放り込まれたら私すぐ死んでしまうんですけどそこんとこどうなんですかね。私は満面の笑顔をうかべながら天使さんにすり寄った。へへへ、やっぱり私にも転生特典とかあるんでございましょう?
「転生特典、ですか。ええ、特典を付けることは可能です。しかしその場合、相応の対価を支払っていただくことになりますが」
まあ、予想はできていた。私の前世歴を見て転生先を単一電池と鹿に絞ってくるような連中だ。タダで転生特典なんて虫のいい話ある訳がない。
で、その対価ってなんです?
「あなたの存在界位の剥奪ですよ。あなたは二次元世界という、三次元世界の人間が生み出した想像の世界に永遠に囚われます。あちらでどれだけ充実した人生を送ろうと、三次元世界へは二度と転生できません」
ふーん。
それってデメリットなんですかね?
二次元世界と三次元世界、それぞれそこに生きている生き物にそんな自覚はないんでしょう?これまで三次元世界に住んでいた私がそうだったように。それに。
「それに?」
天使さんが首を傾げた。トゥンク……。
「どうせ私が今まで生きてきた三次元世界とやらも、もっと高次元の存在が想像した産物とかそんなところなんじゃないんですか」
私はドヤ顔で言った。
天使さんが微妙な顔をした。あ、違うなこれ。あーいや、まあ次元がどうとか私専門外なんでぇ……。詳しくはよくわからないんですけどぉ……。
私は日和った。
「三次元世界が一体どのようなものなのか。それはあなたがより高次元の存在に転生した時理解できますよ。まあ、それももう叶いませんが」
天使さんが憂を含んだ表情で言った。
「とても残念です。私たちの使命は個々の魂を転生の輪によって循環させ、それによって得られるエネルギーを用いて魂の存在界位を高めること。しかし今回の私の行いは、それに背くことになってしまう」
なるほどね。完全に理解した。よくわからんが。
なんだか悪いことをしたなぁってのは理解した。私のワガママで天使さんを困らせてしまうのは申し訳ない。けど、無機物とか鹿はどうしても勘弁なんですよね。
「お気になさらず。魂の行先は、その魂自身が決めることです。あなたの決断はあなただけのものだ。誰に止められるものではない」
天使さんがそう言うと、私の身体が白い光に包まれ始めた。え、なぁにこれぇ。もう天使さんの顔も見えないんですけど。眩しいけど、眩しくない不思議な感じだ。
「存在界位の低下という困難な道を選択するとは、本当に物好きな魂ですね。──ええ、あなたがこれから行く先は、道しるべのない暗闇の獣道となることでしょう」
もう顔も見えなくなった天使さんが、なんかそれっぽい事を言い出した。
道しるべのない暗闇の獣道、か。詩人ですね、天使さん。それより、転生特典はどうなったんですかね。
「目が覚めたら自ずとわかるでしょう。あなたの魂に刻まれた力。それを持ってなにを成すのかは、あなた次第です」
ああ、それを聞いて、安心した──
あと今更ですけど、特典って選べないんだ……。
ああ、ガッカリした──
「最後に一つ、あなたに助言を授けましょう。報われぬ人生を歩み、死してなお獣道を歩む者よ。──星を集めなさい。あなたの道を照らす、強い星の光を」
天使さんの声が遠ざかっていく。
私の視界は真っ白に染め上げられ、不思議な浮遊感を味わいながら朦朧としていく頭で未来への想いを馳せた。目を覚ましたら、きっとそこは見知らぬ土地で。
──星を集めなさい。あなたの道を照らす、強い星の光を──
天使さんの言う通りなら、多くの困難が、出会いが待ち受けているのだろう。
──次にココに戻ってきた時には、死因の開示請求を笑って出来るくらいにはいい死に方をしよう──
私はそこで、意識を手放した。
私の存在が泡沫となってどこかに溶け込んでいく。それは深く、深く。染み渡るように。
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