かつて少女は、ひたすらに己を研磨し続けた。しかし誰も彼女を褒めやしなかった。できて当然。誰もが口を揃えてそう言った。少女が一番認めて欲しかった父親さえも、彼女のことを見なかった。
やがて少女は成長し、1人の女になった。そして訪れた、父の突然の死。それからの女の人生は酷いものだった。背負いきれない荷物を抱えて、溺れるのを待つだけの生き方だった。
そんな女の元に、ある時一匹の銀色の狼が現れた。
狼は女にこう言った。
──私が君を、ここから連れ出して差し上げましょう。
こうして、女は一歩を踏み出した。
もうそこに立っているのは、己自身の不甲斐なさ、周囲への劣等感に苦しむだけの女ではなかった。
決して乗り越えたわけでもなく。
決して忘却したわけでもない。
それはただ、護りたい誰かのために。
自分を護ると言ってくれた
※
それは人のカタチをした破壊の嵐であった。
岩が削れ、大地が割れる。
洞窟内の淀んだ大気が掻き乱れ、吹き荒ぶ魔力が肌を殴る。
彼女の一挙一動で、この世界が悲鳴をあげる。
洞窟内という、この閉じた空間には逃げ場など無く。
オルガマリー・アニムスフィアは、ただただマシュ・キリエライトの盾の後ろに隠れることしかできないでいた。もはやプライドなんてものはない。魔術師など歯牙にも掛けぬ、とでも言うようにセイバーは剣を振るう。
ランサーとは、まるで比べ物にならない。あの女もとんでもない強さではあったが、このセイバーは文字通り格が違う。
そんなセイバーを、キャスターと二人掛かりとは言え押し留めているデミ・サーヴァントのマシュは、その役割を十分以上に発揮していた。
だが、危うい。
この攻防、いや、一方的な防戦は、どこかでいつか、必ず破綻する。
己の放つ魔弾を悉く弾いてみせるセイバーに、キャスターが舌打ちした。
「ったく。キャスターの身になって初めて、対魔力ってもんが如何に反則かってのが身に染みたぜ」
セイバーはその高い対魔力をもってして、キャスターの魔術による攻撃を全て無効化しているのだった。
(このままじゃ、間違いなく負けるわ)
オルガマリーは冷静に状況を分析した。
守りに長けたシールダーと、魔術を得意とするキャスターでは、セイバー相手に攻め手がない。なにか決め手が無ければ。
(あのバカ狼……トオルなら)
オルガマリーは頭を振ってその考えを追い出した。
あのウェアウルフは、アーチャーと単騎で戦っている。
使い魔契約を通して彼がまだ死んでいないことだけはわかるが、彼を対セイバーの戦力として期待するのは無理だ。
ランサー戦は、本当に運が良かったのだ。
たしかにあの狼は、強い。魔獣の身でありながら不思議な力を持ち、状況によってはサーヴァントすらも妥当し得る。
けれどアレは。運が、良かったのだ。ランサーに勝てたのは、本当に奇跡としか言いようが無かった。
微力ながらもオルガマリーの計略と、彼の異能の力がたまたま噛み合って、サーヴァントに届いたに過ぎない。状況が味方したのだ。
だが彼は、アーチャーの固有結界に取り込まれた。あの中では世界すべてが彼の敵だ。きっと生きては、帰ってこない。
だからこそ。
オルガマリーは屹然と前を見据えた。
キャスターは、黒化英雄はセイバーに操られていると言った。ならば、セイバーを倒すことで、アーチャーとの戦闘も終結するはずだ。
だからこそ、私たちがいち早くセイバーを倒してあのバカを助けるんだ。
オルガマリー・アニムスフィアはカルデア最後のマスターである藤丸立香と、デミ・サーヴァントのマシュ、頼みのキャスターに指示を伝えるべく動き出した。
※
オルガマリーがセイバーの猛攻の中必死に立てた作戦は、こうだ。
まずマスターは相手のサーヴァントでもステータスを閲覧可能、という特性を利用した。
「えぇと、自信はないけど、たぶんセイバーの対魔力はB、だと思います!」
マスターである藤丸立香にセイバーのステータスを確認させたところ、彼女の持つ対魔力のランクはBであった。
「それなら俺の宝具で、ヤツの対魔力の上からでもブチ抜けるぜ」
次いでキャスターの有する宝具ならセイバーを倒せることを確認。
しかし宝具の展開には多少なりとも時間を要する。セイバーがそんな隙を許すわけがない。
「わ、私がキャスターさんの宝具展開までの時間を繋ぎます!」
そこで守りに長けたマシュの出番だ。
問題は、実戦経験の少ないマシュがキャスターの援護なしでどこまで粘れるか……。
けれど、信じるしかない。少ないながらも、彼女だってここまで戦ってきたのだ。
「頼むわよ、みんな!」
オルガマリーのその一声で、これまで延々と防戦に徹していた各々が次の行動を開始した。
いや、一人。セイバーの攻撃を躱してスッとオルガマリーの近くに寄ってくる者がいた。
「よぉ、アンタ。いいツラ構えになったじゃねーか。美人で強情で、ついでにようやく肝が据わった。性格は俺の好みじゃないが、なかなかのいい女だ」
キャスターが飄々とした顔で何事かを言い出した。
「は、ハァ!?」
いきなり何を言いだすのだ!?この男は。
オルガマリーはドギマギした。
「けどま、狼の旦那のためにも、ここはきっちり生き残ってもっと女を磨くこったな」
「ば、ばっばっ!馬鹿なこと言ってないでさっさと配置につきなさい!」
オルガマリーは真っ赤になってキャスターを叱り飛ばした。
キャスターは呵呵と大笑しながら、セイバーの猛攻の中に飛び込んでいったのだった。
「私が!?磨く!?何を!?誰のために!?」
ハァーーー!?!?
※
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社───」
セイバーの剣をマシュが受け止めたその瞬間、キャスターが宝具を解放せんと詠唱を開始した。
「──!」
それを察知したセイバーがキャスターに向け剣を振るう。
彼我の距離は十分に離れており、剣など届くものではなかったが。
なんとセイバーの振るった剣から魔力の塊が、まるで飛ぶ斬撃の如くキャスターへと一直線に走った。
だが。
「させません!」
人間のソレを遥かに凌雅した脚力で、マシュが斬撃とキャスターの間に割り込んだ。
「ぐっ、くぅっ!?」
だが抑えきれない。
魔力の圧に耐えきれず、マシュは盾ごと吹き飛ばされて、キャスターに激突した。
「うぉ!無事かお嬢ちゃん!?」
「マシュ!大丈夫!?」
慌てて藤丸がマシュの元に駆け寄った。
「す、すみませんキャスターさん、マスター!」
キャスターに支えられてマシュは態勢を立て直した。
「──ほぅ。アレを受け止めるとは」
「なぬ!?テメエ、喋れたのか!?」
キャスターが驚きの声を上げた。
「何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。だが、それもここまでだ」
セイバーが腰を落とし、剣を下段に構えた。
「構えるがいい。名も知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう」
漆黒の剣から闇の奔流が迸る。
セイバーが宝具を発動した。
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め! 『
(まずい!)
今、4人は一箇所に固まってしまっている。
(マシュが受け止め切れなかったら、私たちは──!)
思考は一瞬。
4人の視界を、漆黒の聖剣から迸った闇が瞬時に覆い尽くした。